香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第七話

水曜日。浩介は香織と晴香の三人で昼食を食べていた。いつもは二人で食べることが多いため珍しいメンツである。玉子焼きを摘んでいた浩介はふと思い出したように呟いた。

 

 

「今日だっけか? 合奏の日」

 

「うん。たぶん大丈夫……だと思う」

 

「晴香、部長がそんなんじゃダメだよ。堂々としてないと」

 

 

自信なさげに俯く晴香に、香織は弁当のおかずを晴香の口元へと運ぶ。

 

 

「……何してるの?」

 

「お芋食べると元気でるよ」

 

「いや出ないから。え、まって、分かった……た、食べるから」

 

 

ぐいぐいと押し付けてくる箸に根負けし、晴香は口を開ける。

大学イモの甘みが口の中に広がる。少し前に食べていた春巻きとの相性は抜群だと思い込むことにした。横を見ると浩介が羨ましそうな顔をしている。

 

 

「香織、俺には?」

 

「うん? もうお芋ないよ?」

 

「小笠原のバカ野郎」

 

「いやいや、むしろ私も被害者」

 

「人の可愛い彼女からおかず貰っておいて被害者とは何奴」

 

「可愛いなんて……もう人前で言うのは止してよね」

 

 

イチャつきだす二人に晴香はげんなりする。なんか落ち込んでた自分が馬鹿らしくなってくる。ミートボールを頬張りながらも器用にため息をつく。

しかし、元々香織はこういう感じではなかったはずである。

 

 

「香織も結構変わったよね」

 

「そう? 自分では分からないけど、そうなのかな」

 

「前までの香織なら人前でイチャついたりしなかったよ」

 

「確かに。ハニカミながら"一緒にご飯食べよ?"って言ってた時代が懐かしい」

 

「あんたのせいだからね?」

 

 

付き合い始めは、ちょっとしたことで照れていた香織––––いつの間にか目の前の男に毒されたかと思うと嘆かわしい。あの頃の純粋な香織を返してほしい。

 

 

「でも……そういう風に変われるって少し羨ましいかも」

 

「え、小笠原も俺から"晴香ご飯作って〜"とか言われたいの?」

 

「いくら晴香が友達でもそれは怒るよ?」

 

「いやいやいや。意味が分からないから」

 

「まあ、小笠原はご飯作れそうにないし無理か」

 

「おいコラ、喧嘩なら買うぞ?」

 

 

腕を捲くる晴香にまあまあ、と落ち着かせる。口元がにやけているため、香織も浩介に同感のようだ。何か気に入らない。

 

 

「香織も私が料理できないと思ってるでしょー!」

 

「今はコンビニでもお弁当充実してるし、料理出来なくても大丈夫だよ!」

 

「料理できるから!」

 

 

え、そうなの?と目を丸くする二人に晴香はヒートアップする。香織は中身までこのバカに染まってしまっているのか。

本当に、あの頃の香織を返してほしい。

 

 

「なんか馬鹿らしくなってきた」

 

「さっきまでみたいに変に気負ってるよりかは良いだろうさ」

 

「そうだね。晴香、今日の合奏だってきっと上手くいくよ!」

 

「……うん、なんかそんな気がしてきた」

 

 

強引だなとは思いつつも、二人はなんだかんだで私のことを考えてくれていることが分かる。からかいながらも気を遣ってくれてることが嬉しくて、少し目が潤みそうになる。

 

 

「明日から本格的に練習始まるだろうから、食中毒にならないように、明日は弁当作るのは止めときな」

 

 

前言撤回。やっぱりただからかってくるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

今日のサッカー部の練習はなく、ミーティングのみになった。

グラウンドは点検中で使えないため、いっそのことミーティングだけで終わりにし、自主性に任せることとなった。もっとも、トレーニングルームも空いていないため学校内で出来ることはなく、ほぼ休みと言っても過言ではない。

 

 

市営のジムに行ってプールで泳ぐのもありか。

浩介がミーティングの終わった足で廊下を歩いていると、前方から向かってくる姿が見えた。

吹奏楽部新顧問、陰で噂の粘着イケメン悪魔––––滝である。

今日はサンフェス出場を賭けた合奏の日と聞いているため、これから音楽室に向かうのだろう。笑顔で一人歩いている姿は、端からは少し危ない人にも見える。口に出しては言わないが。

 

昼間の二人の様子を思い出す。駄目元でお願いしてみても良いかもしれない。浩介は滝の元へと足を運んだ。

 

 

 

「こんにちは!」

 

「こんにちは。たしか……サッカー部のキャプテンの進藤くんでしたっけ?」

 

「俺、いや、僕のこと知ってるんですか?」

 

「私たち吹奏楽部が目指しているのは全国ですからね。実際にサッカー部を全国へと導いた山田先生にお話を聞く機会もあるんですよ。そこで進藤くんについても少し聞いてます」

 

 

優しげな笑顔の滝に噂の粘着悪魔具合は確認できない。やはり噂は噂でしかないのだろう。人の噂など信用ならないものである。

むしろ、吹奏楽部員以外からは人気があるとも聞いている。なんでも爽やかな笑顔が良いとか。

 

 

「そうだったんですね。僕はあまりキャプテンとしてやれている自信はないので、チームに迷惑をかけてばっかりな気がします」

 

「いえいえ。山田先生もすごい褒めてましたよ。進藤くんが入部してから空気が変わったと。全国大会出場は、あなた無しには成し得なかったと」

 

 

浩介はむず痒さを感じた。前部長の佐藤からも、お前が来てから変わった、とは言われていたが、自分では分からないものである。

サッカーをやっていて、身近な人物から面と向かって評価を聞くことはないため、嬉しさよりも気恥ずかしさが勝る。

 

 

「あ、ありがとうございます。なんか恥ずかしいですね」

 

「美点ですからね。誇って良いと思いますよ」

 

「ありがとうございます。––––あ、滝先生にお願いがあるんですけど良いですか?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

滝はニコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日が約束の日ですね。みなさんの合奏楽しみにしてます」

 

 

笑顔で煽るような発言をする滝に対し、部員はやる気に満ちた顔をしている。

滝への反発は結果的にプラスに働き、部員は積極的に練習に取り組んだ。

 

 

––––ぎゃふんと言わせてやる

 

––––見返してやる

 

 

気楽に部活をこなしてきた部員からは、想像もつかないほどのスポ根振りを見せた背後には部長の晴香、香織の働きもあったのだろう。

 

滝が一礼し、手を挙げる。

一瞬ドアの方を見やり––––手を振り下ろした。

 

 

 

 

一音目から違う。

浩介はほんの数週間前、入学式に聞いた演奏との違いに声が出なかった。まず音の大きさが違う。ドア越しに聴いてるのに間近で聴いた時より圧倒的に耳に届いている。

何より、聴いていて楽しい。

 

気が付いた時には合奏は終わっていた。一瞬の出来事と思えるほどに、ずっと聴いていたいと思わせる合奏に浩介自身驚きを隠せなかった。

静寂の後、部員の歓声が聞こえてくる。滝が合格を出したのだろう。

 

(良かった……)

 

浩介は椅子から立ち上がると、部員に気付かれないよう滝に頭を下げ音楽室を後にした。合奏にエネルギーを貰ったかのように、不思議と高揚感に体が満たされていく。音楽の力はやっぱりすごい。

 

 

「早くジムに行って体動かさなくちゃおさまりそうにないな」

 

 

浩介は教員に見つからないよう廊下をかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、廊下に一つ椅子あるんですけど、これは何ですか?」

 

「ああ、恥ずかしがり屋の方の観客席です」

 

「え、誰か聴いていたんですか?!」

 

 

片付けをしていた部員の問い掛けに滝は無言で頷く。もちろん、誰が聴いていたかは伝えない。聴いていた人は誰だったのか、話で盛り上がる部員たちを前に滝は笑みを深めた。

 

今日の合奏を聴きに行っても良いですか?

 

 

浩介の真剣な表情に思わず頷いてしまったが、結果としては良かったのかもしれない。合奏後の表情から彼は何かを感じ取ったようであった。

 

 

「さて、誰が聴いていたんでしょうね」

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

『うん、とりあえずは大丈夫だったよ。サンフェスも出場できるって』

 

「そっか。一安心だな」

 

『明日からサンフェスに向けての練習になるみたい。みんなも少しずつやる気になってるし、良い傾向なのかな』

 

「これからが楽しみだね。……俺もあんな合奏聴かされたら頑張らなくちゃだな」

 

『なに? 後ろの方が聞こえなかった』

 

「何でもないよ。お互いに頑張らないとね」

 

『うん! じゃあ、そろそろ寝るから切るね? お休みなさい』

 

「お休みなさい」

 

 

香織との通話を終了し、ケータイをベッドへ投げる。やはり吹奏楽部は滝の合格ラインを越えたようだ。

彼女たちはこれからさらに伸びていくだろう。それこそ全国が夢物語でなくなるくらいには。

 

サッカー部も負けていられない。週末の二試合に勝ち、目下の目標である優勝を決める。もちろん、勝敗だけでなく試合内容にも拘る。

強い決意を胸に浩介は目を閉じた。

 

 

 

 


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