香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第十四話

サッカー部の練習を行うグラウンドには今までに見たことがない数のカメラが並んでいた。

ほとんどがスポーツ関係の雑誌、テレビ局の取材である。

昨年、全国大会に出場を決めた時にもカメラは入っていたが、ここまで大々的ではなかった。それだけ一高校生が海外のプロのクラブチームに進むことに注目していた。

 

 

「練習を始めるぞ。カメラが多くて緊張するかもしれないが、一週間くらいしたら落ち着くだろう。大会が近付いてきているのだから、まず練習に集中しろ!」

 

 

サッカー部顧問の山田の叱責に部員たちは一斉に返事をし、練習を開始する。

しかし、やはりカメラの前では緊張してしまう。特に一年生は、大々的な取材は初めてに近いために、どうしてもプレーが硬くなる。

 

この時期にして正解だったか。

山田はぎこちない動きを披露する部員を見てため息を吐く。浩介のプロ入り内定の発表時期は、直ぐに判断することは出来なかった。全国紙に取り上げられるかは分からないが、スポーツ紙は間違いなく取材に来る。

地域のテレビ局であればテレビ取材もあるだろう。その時に、あまり注目されることに慣れていない部員たちは、練習に身が入らなくなると予想していた。

 

クラブチームとしても、ある程度浩介に注目を浴びてもらわなければならない。そのためにテレビ放映もされる大会より前に発表することは規定事項であった。

ただ、大会直前に発表した場合、大会前最後の調整が難しくなり、下手をすると夏の総体の二の舞になる。他の選手、例えば千葉の仙習高校の中本ほど知名度が高い訳ではないために、取材も一週間程度で落ち着くと考えクラブチームと話し合い、早めに発表することにした。

 

運が良いことに、今はプロ野球がペナントレースの終盤を迎え、例年以上に優勝争いで盛り上がっているため、予想より取材の数は少ない。これなら早く通常状態に戻ることだろう。

余談ではあるが、仙習高校の中本は八月にイングランドリーグのチーム内定が決まっており、その際は昨年の全国大会優勝校、さらに夏の総体優勝の二冠している高校のエースということも手伝い、大手テレビ局のニュースにも流れていた。

 

練習中では浩介の一挙一動に、カメラのシャッターを切る音が聞こえる。シュート練習が行われる際にはゴール裏に報道陣が集まる。まるで民族大移動みたいだ、と浩介はため息をついた。

登校してくる生徒も、野次馬のようにグラウンドに集まり、一つのイベントのようになっていた。

 

 

正直、辟易する。朝練が終わり教室に入っても、進路内定の件について聞こうと寄ってくる人の数はあまり減っていないような気がする。

サッカー部の人間は察してくれており、誰かが会話に入ってこないようにわざと輪を作ることで浩介を野次馬から守っていた。それだけで少しは気が楽になる。

 

しかし、今は香織のことが心配になる。浩介と交際していることは周知の事実であり、向こうにも何とか聞き出そうと押し寄せている可能性は高い。もちろん吹奏楽部員が香織を守ってくれていると信じているが、やはり心配である。

 

サインは書いてはいけないとチームから指示を受けている。誰に書いて、誰に書いていない、となると面倒になるためにそう嘘をついた。それでも休み時間の度に、誰かが強引に輪に入り話し掛けてくるために心が休まる時が中々ない。早く話題が過ぎ去って欲しい。七十五日は長すぎる。浩介は机に突っ伏し寝たふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに予想していたことが起きている。事前にプロ内定の発表を行う日については聞いていたし、浩介だけでなく香織の方にも声を掛けてくる人がやってくる可能性があることは伝えられていた。しかし、浩介には申し訳ないが、来ても二、三人程度だと思っていた。まさか十人以上現れるとは考えてもいなかった。

 

香織が登校すると、まず朝練に参加していた吹奏楽部員が駆け寄る。吹奏楽部のマドンナとして、また上級生としても慕われているために、直ぐに香織の状況に理解を示してくれる部員が多いことは幸いであった。

大変なのはその後である。

教室に入った瞬間、周りのクラスメイトが一斉に寄ってくる。普段であれば、吹奏楽部の誰かが側にいることで遠慮することもあるが、今日はそんなことはお構い無しと詰め寄る姿に思わず後退りしてしまった。

 

 

「香織、進藤くんのサインお願いできないかな?」

 

「俺ずっと進藤のこと応援してて、サインどうしても欲しいんだけど無理かな?」

 

「あ、あのね。浩介が、サインはまだ書いてはいけないってチームから言われてるんだって」

 

 

私も貰ってないんだ。

戸惑いながら予定通りのことをクラスメイトに伝える。

えー、と不満そうに口を尖らせながらも、ホームルーム開始のチャイムが鳴ったために渋々席に戻って行く姿に、次の休み時間も詰め寄ってくるのだろうかと危機感を募らせる。

一方で、自分の方でこんなに人が来るのだから、浩介の方はさらに凄いことになっているのだと不安に思う。一週間くらいで熱も冷めるから。そう笑っていたけれども、正直本当に収まるのか全く予想が出来ない。

内心など知るよしもなしとでも言わんばかりに空は雲一つなく晴れ渡っており、それが何故か気に障った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香織先輩も大変そうだったね」

 

「進藤先輩のことなんだから、そっちに行けば良いのに。なんで本人のところに行かないのか分からない」

 

「麗奈らしいね」

 

 

文化祭での発表を控え、リハーサルのために体育館へ移動する途中、久美子は昼休みに見かけた香織の様子を思い出す。

隣を歩く麗奈は、真っ直ぐ前を見て歩く。

相変わらずの様子に思わず頰が緩む。誰もが直接浩介に聞きに行けない。特に女子とは普段から少し距離を置いているため、近づきがたい部分もあるらしい。

久美子自身は会う度に話をしているので、浩介に対して近寄りがたさは感じないが、周りの反応を見ていると実際に結構あるようだ。

前の方で話している香織と優子が目に入る。野次馬から香織を守るために隣にいることを買って出た優子は、これでもかというくらいにいつも以上に隣に居座っていた。誰か近寄って来ようものなら猫のように威嚇をする。物怖じせずに発言できる性格のため、まさに人払いとしては適任であるが、なんというかこの人も相変わらずだ。

 

 

「でも凄いね。私たちが全国大会決めても、地域の新聞が少し取材に来たくらいだったし」

 

「それは私たちがまだまだということだと思ってる。全国大会で結果を残せば少しは違うんじゃないかな」

 

「そうだね。頑張らないと」

 

 

誰かが頑張る姿は、自分にも勇気がわいてくる。それは良いことだと思っている。

階段を降りる振動で手からズレた楽器ケースを持ち直す。ケースの中にあるユーフォニアムは、昨日久しぶりに持ち帰って磨いたために、いつもより見栄えが良い。楽器が綺麗になることで、やる気もいつも以上に出てくるのは現金だろうか。

階段を降りていくと下の踊り場から、複数人の声が聞こえてくる。男女入り混じる会話は、視線や笑顔などの普段の会話からはあまり聞きなれない単語が入っている。

顔を赤くして小走りで通り抜ける香織がちらりと目に入る。集団の中にはカメラを向けられる浩介がいた。

 

 

「あ、進藤先輩だ」

 

「インタビュー受けてるみたい。大変そうね」

 

「そうだね。顔引き攣ってる」

 

 

カメラマンからもっと笑顔で、と声がかかるたびに頰を無理やり上げる様子に同情の念が湧いてくる。いつもの様子からは全く想像がつかない笑顔に、ボタンを掛け違えたような違和感を感じる。

また、ユニフォームではなく制服を着て写真を撮っていることに、若干疑問はあるものの、教室を出て帰る途中の生徒が集まり出し通行の邪魔になってしまう。練習も始まってしまうし、今度機会があれば話を聞いてみよう。

そう判断し、久美子は体育館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっぱり見られてたんだ」

 

 

翌日、昼休みに偶々浩介に出会った久美子は、昨日の取材について早速聞いてみる。恥ずかしそうに頭を掻きながら、事の顛末を語り始めた。

浩介は時の人であり、流石に人通りの多い廊下で話すと目立ってしまうため、外のベンチに移動する。途中で香織を見つけ、せっかくだからと引っ張り、奇妙な組み合わせで校舎を出た。

軽い好奇心から聞こうとしただけなのに、まさか香織までついてくるとは思わなかった。いや、彼女だから当たり前と言えば当たり前なのだろうけど。内心微妙な気まずさを感じつつも、二人の後ろをついていく。いつもであれば、ここは優子のポジションである。むしろ優子に見付かったら余計に絡まれそうだ。

どうか見付かりませんように。

祈っている間にベンチにたどり着く。昼休みではあり、何人か座ってる姿が見える。三人は空いているベンチを探し、腰を下ろした。

 

 

「さて、と。昨日の取材だよね」

 

「そう! あれ何だったの?」

 

「地域の新聞の取材なんだけど、一緒に写真も載せたいって言われて」

 

 

普通であればユニフォーム姿になるが、どうせならと記者の希望で制服で撮影することになった。そのためにグラウンドではなく廊下でカメラを向けられていたらしい。

 

 

「私が近く通った時に、周りの人が彼女だ、みたいな視線向けてきて恥ずかしかったんだから」

 

 

なるほど、あの時赤面して急ぎ足で通り抜けていた理由はそうだったのか。久美子は合点がいき一人頷く。

二人の会話を聞きながら髪を弄っていると不意に話題を振られる。

 

 

「今日は黄前さんがいるって不思議な感じだね」

 

「黄前ちゃんも昨日の取材見てたみたいで、何だったんですか?って」

 

「あ、はい。取材って大変なんですね。進藤先輩の顔が引き攣ってたので」

 

「分かる人には分かるかー。頑張って頰を上げてたけど、もっと笑顔でって言われてつらかったよ」

 

 

あと何回かまだあるみたいなんだよな。

項垂れる浩介の頭を香織が撫でる。自然にイチャつき始める二人に、ジト目になってしまうのは仕方がない。ただ、純粋に信頼し合える存在がいることは羨ましいと思う。

されるがままであったが、思い出したように浩介はバッと顔を上げた。

 

 

「そういえば、そろそろ文化祭あるけど吹部は何か演奏するの?」

 

「何曲か体育館でやる予定だよ」

 

「時間があれば聴きに来てください」

 

「あー、香織も出るし、ぜひ行きたいんだけど……」

 

 

また日本代表の招集がかかっており、小さい大会ではあるものの一週間程度、参加メンバーとして学校を休むことになっていた。

なお、文化祭で香織の演奏を聴くために参加を悩んでいたと伝えた時に、優子にバカを見る目でなじられたりしている。

 

 

「ビデオはお願いしてあるから帰って来てから、黄前ちゃんの演奏も見させてもらうよ」

 

 

気恥ずかしさから、カラカラと笑う浩介を直視出来ず、久美子は目を逸らした。

 


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