香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第二話

六時半に宇治駅集合ね。心の中で香織の言葉を反芻する。

 

花火大会当日は快晴であり、絶好の花火日和と言える天気であった。これなら花火も綺麗に見れそうだ。

早朝練が終わった浩介は、その足で買い物に出掛け夕方に一度帰宅、浴衣に着替え家を出た。

 

身長は高いし、細身だから白い浴衣が似合うよ。

彼女の言葉に従うまま試着し、お褒めの言葉をいただいたために購入した浴衣を身に纏い電車に揺られていると、同じ目的であろう人が駅に停まる度に乗車してくる。

男で浴衣着ている人は少ないから目立ちそうで恥ずかしい––––勝手な偏見でそう思っていたが、よくよく車内を見てみると浴衣の男の人も意外と多いことに気付く。

これなら目立たずに済みそうである。慣れない服装のために多少の気恥ずかしさはあるが、せっかく選んでくれた以上堂々としていなくてはいけない。

 

待ち合わせ場所に着くとまだ香織は到着していないようであった。スマホにメールが入っている。待ち合わせ時間ギリギリになるそうだ。

 

会場へと歩いていく人混みをぼーっと眺めていると見覚えのある制服の男子生徒が目に入った。

腕を組んで話し合っている様子から誰かを待っているのだろうか。軽く挨拶したことがある程度で別に親しくはないが、時間までの暇潰しにはなるだろう。浩介は腰を上げ、男子生徒の方へと向かって行った。

 

 

「他の面子は?」

 

「彼女と行くとかで俺らだけっぽい」

 

「マジか」

 

 

会話から察するに花火大会は二人で回るらしい。浩介は後ろから近付くと男子生徒の肩を掴んだ。

 

 

「練習お疲れ様!」

 

「うわっ!」

 

 

急に肩を掴まれた男子––––秀一は慌てて振り返る。そこには白の浴衣を身に纏った浩介がしたり顔で笑っていた。

上手く驚かせたことが嬉しかったようだ。何か悔しい。秀一は頭を掻くと口を尖らせた。

 

 

「進藤先輩ですか。急に驚かさないで下さいよ」

 

「ごめんね。掴みやすそうなところに肩があったから、つい」

 

「何ですか、その理由」

 

 

二人のやり取りを見ていたちかおは、ちゃんと会話をしたことのなかった浩介の顔を見ていたが、あ!と声を上げた。

 

 

「三大マジでやばい美人な中世古先輩の彼氏だ」

 

「すごい思い出し方してるね、キミ」

 

「瀧川! 先輩、すみません」

 

「いや、面白いから良いよ。因みに、あと二人は?」

 

「田中先輩と高坂です」

 

「なるほど。でもその二人ならうちの香織が一番だな」

 

「惚気ないで下さい」

 

 

秀一はため息を吐く。

軽くしか話したことはないが優しい先輩であることは知っている。名来と廊下で話している姿を移動教室の時などに何度か見ており、浩介は秀一を見つけると挨拶してくれるため、秀一にとって部活以外の先輩の一人であった。

ただ、名来やヒデリから聞いてはいるが、香織のことになると人が変わったように惚気ることがある。

今がまさにその時なのだろう。

 

 

「で、キミたちは二人だけなのか」

 

「裏切られました」

 

「見てるとむしろ取り残された感じだよね」

 

「惨めになるので言わないでください」

 

 

秀一はため息を吐く。何度目になるだろう。

度胸があれば久美子を誘っていたのだ。いや、多分。

どうしても隣に麗奈や、葉月がいると気後れしてしまう。葉月の場合はどこか申し訳なさも含んでいるかもしれない。

自分には度胸がない。それでも思ってしまう。浩介のように素直に振る舞えたら、と。

 

 

「二人は気になる子とかいないの?」

 

「俺は今はいないですね」

 

「俺は––––」

 

「黄前ちゃん?」

 

「ぶっ」

 

「え、塚本そうなの?」

 

「い、いや、ちが––––」

 

「だって、この前宇治橋のところで」

 

「あー! 先輩、香織先輩来ましたよ! 急がなくちゃ!」

 

 

秀一の言葉に振り返ると、そこには確かに香織がいた。浩介たちに気付いていないのか、スマホを取り出し何か操作をしている。

数秒も経たずに浩介のスマホが震える。画面は香織からの着信を知らせていた。

 

 

「もしもし」

 

『あ、浩介? 今着いたよ』

 

「うん。見えてるよ」

 

『うそ! どこ?』

 

「真っ直ぐ前を向いた方向にいるよ」

 

 

香織は顔を上げ前を見る。視線の先には白の浴衣を身に纏った浩介と制服姿の後輩二人がいた。おおよそ浩介の時間潰しに付き合わされたのだろう。

通話を終了し浩介の方へと向かった。

 

 

「部活お疲れ様」

 

「うん。塚本君と瀧川君、ごめんね? 浩介の暇潰しに付き合わされたんでしょ?」

 

 

軽く首を傾け謝る姿は、着ている浴衣と合わせて一つの幻想に見える。

秀一とちかおは赤面し口ごもることしか出来なかった。今なら優子が香織を天使と連呼する理由がよく分かる。

 

 

「人聞きの悪いこと言わないでよ。俺は塚本君の恋の相談を––––」

 

「浩介の苦手分野じゃない」

 

「おっしゃる通りです……」

 

 

自由奔放にも見えているけれども、香織の尻に敷かれているようだ。先ほどまでの浩介とは打って変わってシュンとなる様子に秀一は笑ってしまう。それを目敏く発見した浩介は、秀一を近くに呼び耳元に小さく呟く。

 

 

「で、黄前ちゃんは何で誘わなかったの?」

 

「だ、だから、久美子のことは––––」

 

「意外にあの子のストレートな物言いとか、好きな人はいると思うんだよね」

 

「それは––––」

 

 

いない、とは言い切れない。現に浩介はそういうところが気に入っているのか、時折久美子と楽しそうに会話している姿を見かける。

彼女のいる浩介だから大丈夫と言い聞かせていたが、もしそれが別の男子なら……。そう考えると心が締め付けられるように苦しくなる。

 

 

「まだ学生の俺が言うのも変だけど、学生生活は短いよ。それも部活に取り組んでいると、余計にあっという間に感じる」

 

 

秀一は頷く。確かに、入学してから夏までは一瞬で過ぎたように思える。それだけ部活に熱心だったと言い換えることも出来るが。

 

 

「高校までと違って、これからは様々な選択肢が増えるから、黄前ちゃんと同じ大学に行く可能性は低いと思った方がいい。だからチャンスは今だけだよ」

 

 

ずっと同じ道を歩いてきた。

それはこれかも一緒だとどこか楽観視していたことは事実だ。しかし、浩介の言葉にも心当たりはある。

秀一は久美子が将来をどう考えているのか知らない。

 

 

「浩介?」

 

「あ、そろそろ行かないとマズイか。……まあ、よく考えて青春したまへ」

 

 

お待たせした。香織と会場へ歩き始める。仲睦まじく歩くその後ろ姿に、秀一は自分と久美子を重ねた。

いつか自分もそうありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局何話してたの?」

 

「塚本君の恋の相談」

 

「冗談は良いから」

 

「いやいや! ホントだって!」

 

 

信じられてないぁ、と愚痴る。

女心は全く分かってない自負はある。しかし、そこまでキッパリと断言されると悲しいものがある。

肩を落とす仕草が面白かったのか、香織はクスクスと笑う。

 

 

「それで塚本君の恋は上手くいきそうなの?」

 

「うーん……。どうだろう? お似合いとは思うけど」

 

「因みに相手は私の知ってる人?」

 

「黄前ちゃんだよ」

 

「あー、確かに言われてみるとそんな感じはあるかも。でも吹部の人間じゃないのによく分かったね?」

 

 

その言葉に浩介は府大会前の話をする。

用事があって宇治まで来ていた時に、宇治橋で青春している現場に出会っていた。

流石にその場で声を掛けたら恥ずかしさで橋から飛び降りそうな気もしたので、後日久美子に見ていたことを伝えたところ、これ以上にないくらい赤面をしていて、逆に申し訳ない気分になったのは記憶に新しい。

 

 

「黄前ちゃんも塚本君のこと嫌ってないし、キッカケ次第でくっ付きそうな気はするんだよね」

 

「変なお節介焼かないでよ?」

 

「流石にしないよ。上手くいったら祝福するくらいにしとく」

 

 

そうこう話している内に毎年の場所にやってくる。見えづらそうに思っている人が多いのか、穴場のようになっており毎年この場所は意外と空いている。

持ってきたレジャーシートを敷きその上に座る。周りには家族で花火を待っていたり、浩介たちと同じくカップルで肩を近付け寄り添っていたり。様々な人たちが花火を待ちわびていた。

浩介は途中の屋台で購入したジャガバターとフランクフルトの入った容器を抑えている輪ゴムを外す。まだ熱を保ったそれらの匂いは胃を刺激する。

 

 

「今年もジャガバターのおじさん一個オマケしてくれたね」

 

「あのおっさん香織のこと気に入り過ぎだろ」

 

「妬いてるの?」

 

 

『お待たせいたしました。これより––––』

 

 

花火大会開始のアナウンスが流れ始める。三度目ともなると毎年同じような内容であることに気付くが、それもまた今年も花火大会に来たのだという気持ちにさせてくれる。

 

 

『源氏物語。千年の時を超えて今、甦る! 』

 

 

そして花火が打ち上がる。

大きく、花開くように舞い上がるそれの音は身体の芯まで強く響いてくる。その感覚が浩介は好きだった。先ほどまでの嫉妬を一緒に吹き飛ばしてくれるような、それでいてどこか懐かしさを感じさせる風景。夜空が鮮やかに彩られる。

 

 

「私は、浩介以外のところには行かないからね」

 

 

不意に耳元に囁かれる。

浩介の振り向く間もなく香織は肩に頭を預けた。

浩介は抱き締めたい気持ちを必死に抑えつけ、応えるように指を絡めた。

 


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