香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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過去編です。
2期までの繋ぎで書いていこうと思います。


過去編
例えばそんな始まり ①


秋から始まる高校サッカーの全国大会予選。

それを前に浩介は高校の応接室にいた。隣には顧問の山田、向かい側にはスポーツ雑誌のライターとカメラマンが座っている。いつもと違う空気だからだろうか、自然と姿勢が良くなっていた。

 

目の前のライターが所属するスポーツ雑誌では、高校サッカー特集という題目で全国から何名かに焦点を当ててインタビューを行っており、その中の一人に浩介が指名されていた。今回のインタビュー内容は来月号に掲載される予定であり、浩介と他にもう一人が記事になるらしい。

ライターはサッカーを始めたキッカケや先日の日本代表の試合のことなど様々なことを質問し、浩介はその一つ一つに対し丁寧に答える。

予め定められていたインタビューの終了時刻に近づいていることを確認すると、ライターは一つ咳をした。

 

 

「……なるほど。では最後の質問になります。今、京都は立華高校の一強で他の高校がそれに追随する形になっています。進藤君はこの現状についてどう思っていますか?」

 

「はい。確かに夏の総体予選でも立華を苦しめたところは無かったので、今回の予選も立華が優勝する可能性は高いかもしれないです。でも、僕たちも夏の敗退から成長してきています」

 

「僕たち、というと進藤君だけでなくサッカー部全体として?」

 

 

ライターは思案する。ICレコーダーの数字は止まることなく動き続けている。

浩介は夏の間、ヨーロッパのクラブチームの練習に招待選手の一人として参加してきていた。きっとそれは大きな糧になっていることだろう。

しかし、建前としての部の成長という言葉ではないことが表情から伝わってくる。

 

 

「今度の予選での北宇治の戦い方は以前とは違うものになると思います。まだ細かいことは言えないですけど、昨年みたいにまた立華にも勝てるくらいには成長してきています」

 

「立華にストップをかけるとしたら北宇治か。歴史は繰り返される……。私たちも楽しみだね。去年のようなドラマチックな試合を期待してるよ」

 

 

ライターとカメラマンが退出すると浩介は疲労を隠そうとせずにソファに腰掛ける。今回は見守りという立ち位置のため、ほとんどインタビューには参加していなかった山田は、二人を見送った後に部屋に戻って来るなりため息をついた。

 

 

「俺も何社かインタビューは受けたが、今年は立華が全国に行くのが当たり前みたいな風潮があるな」

 

「夏の結果をみる限りだと、どこもそう判断しますよ」

 

 

夏の予選大会では、全ての試合で三点差以上をつけて優勝していた。隙のないサッカーを展開する今年の立華高校サッカー部のレベルの高さは例年以上と言っていいだろう。

しかし、浩介を始めとした北宇治高校サッカー部も夏の敗退から大きく成長している。誰もがあの時の屈辱を忘れず成長の糧としていた。

 

 

「新しいフォーメーションが上手く機能するようになったら立華と互角以上に戦える」

 

「後は実戦ですね」

 

「ああ。試合をこなしてモノにしていくしかないからな。今週末もたっぷり試合が入ってる」

 

 

浩介と山田はグラウンドへと足を運ぶ。

既に練習は開始されており、活気のある声がグラウンドいっぱいに響いていた。

 

 

『進藤君はプロからも声が掛かっていると聞いていますが、まだ今後の進路は決まっていないんですか?』

 

練習の準備を行う浩介の頭にはライターの言葉が残っていた。

今後の進路。

大学へ進学か、それとも––––。

進学以外の選択肢は自分でも想像していなかった。サッカーを続けていなかったら無かった選択肢。

ふと懐かしい言葉が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日の試合観たよ」

 

「え?!」

 

 

昼休み。

浩介が友達と弁当を食べていると後ろから声を掛けられる。振り向いた先には香織が立っていた。艶のある黒髪が肩の上で切り揃えられている。暑くなってきているためかな、と勝手に考えてしまう。

しかし香織との会話など、以前に晴香が設けてくれた公園での一件以来だ。密かに憧れていた存在から急に声を掛けられ、思わず返事が上ずりそうになる。

 

 

「進藤君凄かったね。あの緊迫した展開で出てくるから私が緊張しちゃったよ」

 

「あ、うん。俺も結構緊張してたよ」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 

腕を組んでうんうんと頷く香織に耳が赤くなるのを自覚する。話し掛けられたのは嬉しいが、気持ちの準備が出来ていない。嬉しさと試合とはまた異なった緊張が同居し頭がクラクラしてくる。

 

 

「あ、そろそろ戻らなくちゃ。また今度話聞かせてね!」

 

「ああ、うん」

 

 

自分の教室へと戻っていく後ろ姿をただ見つめていた。

惚けていると不意に腕を掴まれる。先ほどまで一緒にご飯を食べていた友達は掴む手に力を入れながらもニコニコと笑っている––––浩介を見るその目は全くもって笑っていないが。

 

 

「何で進藤が中世古と仲良さげに話してるんだ?」

 

「俺にも分からねえよ」

 

「羨ましいぞ」

 

 

友達からの妬みを流しながら次の時間の準備をする。しかし頭は香織のことでいっぱいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴香、ちょっとお願いあるんだけど良いかな?」

 

 

放課後の部活が始まる前の時間。

香織は晴香と机を音楽室から運び出していた。机の運び出しも一年生があまり多くはないため結構な労力が必要とされる。古い机だと端の木がささくれのようになっていたりする。手を扱う楽器のために怪我をすることがないよう持つ前に注意して持ち上げる。カタカタと時折机の足を地面にぶつけつつ最後の机を運び出すと晴香は一息をついた。

 

 

「香織がお願いなんて珍しいね。何?」

 

「進藤君の連絡先教えてもらっても良いかな?」

 

「……はい?」

 

 

少し恥ずかしそうにお願い、と手を合わせる仕草に同性ながらドキッとしつつも唐突な発言が晴香を驚かせた。

今まで一度しか接点が無かったはずの浩介の連絡先を知りたいなど予想外でしかない。そして、まさかの浩介だ。確かに以前に会話する機会を設けたことはあったが、浩介が緊張し過ぎた所為もありほとんど会話にならなかった。端から見ている分には青春を感じられて楽しかったことは本人には酷だと思い今でも言わずにいる。

残念ながら縁は切れていたと思っていたが、それが今さらとはどういうことなのか。

 

 

「いや、まあ良いけど……。急にどうしたの?」

 

「ちょっとね。昨日友達の付き添いでサッカー部の試合観に行ったんだけど、凄かったから話聞いてみたいなって」

 

「ふーん。なるほどね」

 

「なにその顔。別に変な意味はないよ!」

 

 

赤面しながら抗議してくるが、むしろそれが疑わしさに拍車をかけていることに気付いていない辺りが香織らしいのだろう。晴香はニヤけながらも浩介に連絡を取る。

数分も経たない内に了承の返事が返ってきたため、スマホを仕舞うことなく、そのまま連絡先を香織に伝えた。香織は大切そうに自身のスマホを胸に抱える。

 

 

「ありがとうね」

 

「いえいえ。頑張ってね?」

 

「もう! そんなんじゃないってば!」

 

 

入学して数ヶ月しか経っていないが、香織が何人かの男子に告白されていることを晴香は知っている。今まで異性とのやり取りに関して受動的であった香織が、自分の知る限り初めて能動的に男子の連絡先を聞いてきた。

これはもしかしたら、もしかするかもしれない。

晴香は二人の行く末を見守ることを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

思えば一目惚れしたのは初めてであった。浩介は香織からのメールに、少し震える手を押さえつけながら返事の内容を打つ。

何でも友達の付き添いで昨日のサッカー部の試合を観に来ていたらしい。そしてその試合に出ていた浩介に話を聞いてみたいということで晴香から連絡先を聞いたという。

まさかの展開に喜びつつも慎重になる。あの日以来、話しかける勇気もなくただただ時間だけが流れていた。やり取りが途切れないよう、当たり障りのない言葉を選びながらメールを送る。

気が付けばいつの間にか話題はサッカーから趣味のことになっていた。

 

 

《進藤君もそのアーティスト好きなんだ! 私の周りには一人もファンがいなかったから嬉しい!》

 

 

嬉しいとメールに書かれているだけで、顔のニヤけが止まらない。端から見たら相当気持ち悪いことになっていることだろう。しかし、共通の趣味、それも好きなアーティストが同じなんて、偶然の出来事に神様へ感謝の気持ちしか出てこない。

偶々ネットで音楽漁ってて良かった。

この日、今まで趣味を共有出来なかった鬱憤を晴らすかのように二人のやり取りは夜遅くまで続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴香、やっほー」

 

「香織? どうしたの?」

 

「ちょっと、ね」

 

 

昼休みに入り、授業で使用した教科書やノートを片付けていると上から声が掛けられる。今日は香織と昼食の約束はしていない。首を傾げていると香織はある一点を見つめていた。

香織の視線を追うと、その先には浩介がいた。浩介は晴香同様、教科書をしまっていたが、香織に気付くとちょっと待っててとジェスチャーを出してバッグを漁り始める。二人の元へとやってくるその手には一枚のCDが握られていた。浩介は晴香には目もくれず香織にCDを手渡す。

 

 

「はい、これ昨日言ってたやつ」

 

「ありがとう! 初回盤は手に入らなかったから、PVをずっと見てみたかったんだ」

 

「今回のは絶対に見た方が良いからね」

 

「早速今日帰ったら見てみるよ!」

 

 

晴香の席で会話しているが、晴香は置いてきぼりにされていた。むしろ全くもって展開が理解出来ていなかった。

お互いの連絡先を交換したのは、ほんの数日前だ。なのに何故、CDの貸し借りをするほどに仲良くなっているのか。実は昔ながらの友達なのではないかと思わせるそのやり取りを見逃すことは出来なかった。

 

 

「あのお二人さん?」

 

「うん?」

 

「いつの間にそんなに仲良くなってるの?」

 

「普通じゃない?」

 

「うん、晴香が古風すぎるんだよ」

 

「いやいや。数日でCDの貸し借りなんてビックリだよ。あと古風ってなにさ」

 

 

話を聞くと、共通の好きなアーティストがいることが分かり、そのことでかなり盛り上がったらしい。その際に香織が買うことの出来なかったアルバムの初回限定盤を浩介が持っていることを知り、アルバムに収録されているPVを見たいということで浩介がアルバムを貸すことになった。

 

二人の仲を進展させるためにお節介焼こうかなどと考えていたが、この様子では必要ないかもしれない。

それはそれで良いのだけど。

晴香は人知れずため息をついた。


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