香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第二十四話

「進藤先輩……」

 

 

アジアでの大会が終わり学校に復帰したその日、浩介は再び優子に呼び出されていた。

学校に復帰したといっても既に終業式は終わっており、夏休みに入っているため部活に来ているだけである。

 

緊張した様子の優子の後ろには香織がニコニコと笑っている。

全く予想がつかない展開に若干の混乱はあるものの、努めて冷静な態度を取る。

 

 

「練習までたっぷり時間がある訳ではないから、話が長くなりそうなら部活終わった後に聞くよ?」

 

「いえ、その……、直ぐに終わります」

 

「優子ちゃんが何か言いたいことがあるんだって」

 

 

香織がフォローする。

言いたいことがある。流石に告白の類ではないだろう。そんな日には香織が香織でなくなる気がする。誰もが損する展開だ。

 

 

「この前はすみませんでした!」

 

 

少しの間の後、優子は勢いよく頭を下げた。頭のリボンも一緒に頭を下げ下げているように見える。

しかし、浩介には優子の行動がさっぱり理解出来なかった。

 

 

「何か謝るようなことしたっけ?」

 

「ほら、この前浩介のこと呼び出したって言ってたでしょ?」

 

 

その言葉にああ、と思い出すように頷くと優子は顔を強張らせた。

香織は大丈夫と言っていたが、感情に任せて侮辱したのだ。やはり怒ってたりするのではないかと不安は募る。

 

 

「私、こ––––進藤先輩に酷いこと言いました」

 

「まあ、言われても仕方ないような気もしたけど」

 

「こう––––進藤先輩にはちゃんと謝っておきたかったんです。このままでは嫌だったんです」

 

「そっか。じゃあ……、許すよ」

 

「え?」

 

 

あまりにもあっさりと許しが出たために拍子抜けしてしまう。あたかも事務的な手続きのように終わった謝罪は優子に中途半端な感覚を残らせた。

その答えを聞いた香織は胸を張る。

 

 

「だから言ったでしょ?」

 

「何で香織がドヤ顔してるのか知らないけど、俺はむしろ嬉しかったよ」

 

「え」

 

「別に暴言吐かれて嬉しかった訳ではないからヒかないで」

 

 

浩介の性癖初めて知った、と呟く香織に慌てて否定する浩介。先ほどまでのシリアスな雰囲気が微塵もない。あれだけ嫌われたらどうしよう等と考えていたのに、いつもの二人の姿に思わず笑ってしまう。

 

 

「ほら香織のせいで笑われたよ」

 

「浩介の性癖のせいでしょ」

 

「だから違うって。分かってて言ってるだろ」

 

「先輩たちのやり取りは見てるだけで楽しいです」

 

 

これからも二人の姿を追いかけたい。

恥ずかしがる香織に照れる浩介。

私は二人が好きなんだと再認識する。

 

 

「あ、そろそろ時間だ」

 

 

浩介は時間を確認するとバッグを肩に掛ける。グラウンドへと向かう浩介の後姿を優子が名残惜しそうに見ていると、ふと肩に手を添えられた。香織は笑顔で頷き、ポンと背中を押す。

反射的に開いた口からは、自分の予想以上に大きな声が出た。

 

 

「こ、浩介先輩!」

 

「お、おう?! 急にどうした?」

 

「練習……頑張って下さい!」

 

「ありがと! そっちもね!」

 

 

香織は後手に組んで二人のやり取りを眺める。仲良さげな様子に少し嫉妬してしまうほどである。

 

 

「でも浩介はあげないからね?」

 

「香織先輩?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

吹奏楽部の練習は夏休みに入って更に熱気を帯びていた。午前中朝早くから午後は陽が沈む頃まで。吹奏楽部の練習メニューを見て浩介の顔が引きつったのは記憶に新しい。

 

その日、サッカー部の練習は午後からになっており、部活までの時間を潰そうと図書室へ向かうために校内を歩いていると、鼻を押さえた久美子と付き添い歩く葉月に出会った。

 

 

「どうした?」

 

「あ、進藤先輩。久美子が鼻血出ちゃって今保健室行くところなんです」

 

 

コクコクと頷く久美子の制服には垂れたであろう血が付着していた。保健室の先生がいない可能性を考慮し、手当て出来るよう浩介は付き添うことにする。

 

 

「黄前ちゃんもしかして水分補給忘れてたりした?」

 

「はい……」

 

「久美子は熱中し過ぎだよ。今飲み物買ってくるから」

 

「俺さっき買ったやつあるからあげるよ」

 

「あ、いえいえ! そんな申し訳ないです」

 

 

保健室に到着すると血の付着した制服から体操着に着替え、ベッドに腰掛ける久美子にスポーツドリンクを手渡す。

 

 

「良いからさっさと飲みな? でも一気飲みはダメだからね」

 

「ありがとうございます」

 

「この前も言ったけど水分補給は大切だからね? 熱中症なんてなったら大変なんだから」

 

「……すみません」

 

「あ、いや、怒ってる訳じゃないんだ」

 

 

説教するつもりなんて毛頭もない。後輩への心配が度を越して、結果的に怒っているように感じさせては萎縮してしまうだけだ。

浩介は意識しながら、いつも以上に柔らかく言葉をつなげる。

 

 

「黄前ちゃんは練習熱心なんだね」

 

「いえ、そんなことは––––」

 

「新しく演奏するところが増えて大変なんですよ!」

 

「……なんで葉月ちゃんが答えてるの」

 

 

発表する曲をよりレベルの高いものにするために急遽ユーフォニアムの演奏するパートが増えた––––パートリーダーのあすかは初見から大凡吹くことが出来ており自分が足を引っ張ってしまっている。

直ぐにでも吹けるようにならなくてはいけない。強迫観念に駆られたようにずっと練習をしていたところ、水分補給が疎かになっていたようだ。

 

香織からも聞いてはいたが、やはりあすかのレベルは非常に高いらしい。香織が憧れるのも分かる気がする。

 

 

「本当なら、今回のことは滝先生にも伝えなくちゃいけないと思う」

 

「そんな!」

 

 

もし滝に伝えたのなら、久美子は今日の練習に参加できない可能性は高くなるだろう。熱中症手前まで体調を悪化させた人間を熱のこもった音楽室で、合奏に参加させるなど危険行為でしかない。

 

 

「だから俺は今から間違った判断をするよ」

 

「進藤先輩?」

 

「カトちゃん、全体練習まであとどれ位時間あるかな?」

 

「えーっと、三十分くらいです」

 

「思ったより時間は少ないな……。仕方ないか」

 

 

浩介は葉月に氷嚢を持ってきて久美子の首と脇に当てるよう指示を出す。

葉月は首を傾げながらも、取り敢えず言われた通りに冷凍庫から氷嚢を取り出し久美子へと渡した。

 

 

「ギリギリまで水分補給と体にこもった熱を取ること。そして体調が落ち着いたなら練習に参加する」

 

「良いんですか?」

 

「本当ならダメだよ。でも、黄前ちゃんは納得しないでしょ?」

 

 

自分でも間違った判断をしていることは分かっている。しかし今の久美子の目を見て安易にストップをかけることが躊躇われた。

例え十数年しか生きていないとしても、今が人生の全てなのだ。多少無理してでも参加したい気持ちはひしひしと伝わってくる。

 

もちろん放置するわけにはいかないので、久美子たちには黙って香織にメールを送る。人任せになってしまうが、これで何かあった時には直ぐに対応が取れる筈である。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ある程度の無理は仕方ないと思うけど、無理し過ぎて練習に参加できない方がよっぽど部に迷惑がかかることだけは覚えておいてね?」

 

「次から気を付けます」

 

「ならよし」

 

「先輩が先輩してる!」

 

「カトちゃん失礼だな」

 

 

つまり葉月からはあまり先輩らしく見えていなかったということだろう。それはそれでショックである。今度からもう少し先輩らしくしようと決意する。もっともどうしたら先輩らしいのか分からないのだが。

それから二十分と少しの間、他愛もない話で時間を潰していると香織から返信のメールが届いていた。

 

 

《分かったよ。私の方でもそれとなく注意しておくね》

 

 

香織に感謝を伝えスマホをバッグにしまう。

先ほどまで顔色が少し良くなかったが、だいぶ落ち着いていることが分かる。これなら何とか練習に復帰出来そうである。

 

 

「黄前ちゃん体調はどうかな?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

「久美子、本当に大丈夫?」

 

「うん。おかげさまで熱っぽさもないし元気だよ」

 

「なら良いけど……」

 

「今日は部活が終わったら早めに帰って体を休めること。大会前の大事な時期なんだし、もう水分補給は絶対に忘れちゃダメだよ?」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

 

音楽室へと戻る久美子と葉月を見送る。足取りもしっかりしており、きっと問題はないだろう。すっかり忘れていたが、そろそろ部活の準備をする時間だ。浩介はバッグを反対の肩にかけ直すと部室へと向かった。

 




実際のところ、熱中症になった場合はスポーツドリンクもダメだったりしますけど、今回は創作ということでスポーツドリンクにしました。

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