香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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最初の方の『』は外国語と思え(クレしん風)


第十七話

『おや、北宇治は負けたのか』

 

 

ホームページで高校生の大会の結果をチェックしていると北宇治高校が府大会予選で敗退したことを知る。

意外そうに呟くと、後ろにいた男性も画面を覗き込む。

 

 

『ええ、そうみたいですね。期待していたんですか?』

 

『ああ。ちょっと気になる選手がいてね』

 

『あなたが目をつけるってことは相当の選手なんですね。しかし……、北宇治高校にそこまで有名な選手はいた記憶がありませんが』

 

『私の予想なんだけどね。彼は今担っているポジションでは自分の実力を発揮することが出来ていないんだ』

 

『だから名前が売れていないと?』

 

『あくまでも私の予想さ。どこかでそれが見れたら––––ああ、そうだ! 今度高校生の代表が東アジアで開催される大会に招待されてたね』

 

『六カ国が集まる大会がありますね。……まさか、そこに?』

 

『確か怪我した選手がいて、追加で招集かける予定だったろう? 私の推薦ということで入れることは出来ないかな?』

 

『一応監督には伝えてみますが……。通るかは分かりませんよ?』

 

『きっと招集されるさ。そして彼の才能が開花することを祈るよ』

 

 

白髪混じりの柔和なイメージを抱かせる一人の男。通訳に電話を依頼し、ある試合の得点シーンを見ていた。その中の一つのプレーが男の心を掴んでいた。

 

 

『もしかしたら彼は––––』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おや、今日もお二人さん一緒に登校ですか?」

 

「ん? ああ、小笠原か」

 

「おはよ、晴香」

 

 

晴香の指摘通り、今日も二人揃って登校していた。空は既に明るく、青々と気持ち良い天気ではあるものの時刻はまだ七時前。登校している生徒も部活の朝練がある人たちのみであり、数も疎らである。晴香は二人に追いつくために駆け寄ったことで乱れた髪を整えた。

 

 

「香織は分かるけど進藤もこの時間に来るんだね」

 

「ちょっとボールを蹴りたくなってね」

 

 

なるほど、上手くいったのか。それとなく香織の様子を伺うと、意図は伝わったようで香織も頷いた。

 

 

「香織を心配させたんだからね。もうそんなことさせるなよ?」

 

「分かってるよ」

 

 

二度と無いとは言い切れない。それでも、そうならないように努力はする。浩介の新たな決意だ。

 

昇降口で香織と別れグラウンドに足を運ぶ。

グラウンドでは既に練習は始まっていた。やや乾いた土なのだろう、所々から土煙が起こる。普段と異なり三年生がいない分、いつもより人数は少ないが活気は変わらないほどに感じられる。浩介は練習着に着替えると山田の元へと向かった。

 

 

「監督、おはようございます」

 

「うん? ああ、進藤か」

 

 

山田は浩介の顔を見て確信する。

敗退後の表情とは全く異なっていた。目に力が戻っている。誰かは分からないが浩介に喝を入れた人間がいたらしい。

 

 

「決断したんだな?」

 

「はい。冬までよろしくお願いします」

 

「まだ北宇治にはお前が必要だ。期待してるぞ」

 

「はい!」

 

 

一応ではあるが負傷退場した人間だ。今日の朝練では全体練習に合流せずに強い負荷をかけないよう別メニューで調整することになった。

怪我した直後の検査では異常はなかったものの、時間が経ってから何かしら発見される可能性もある。時期的にもまだ様子を見ながら––––そして問題がないことが分かってからの本格的な復帰でも遅くはない。

 

浩介は凝り固まった筋肉をほぐすようにストレッチを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「香織先輩おはようございます!」

 

 

吹奏楽部の朝練は自由参加である。早起きが苦手な部員を除き、大抵の部員が各々必要に応じて練習を行っていた。

オーディションの日が近づくにつれ、朝練に参加する部員が増えていることは、吹奏楽部の雰囲気として望ましいことである。ただ参加するだけでなく、一人一人の意識が以前とは大きく異なっていることを香織は強く感じていた。

優子はいつも通り、渡り廊下で練習している香織の隣で準備を始める。

 

 

「おはよう、優子ちゃん」

 

 

香織の表情は昨日より輝いて見えた。いつも先輩の隣にいる人間だからこそ分かる。何か良いことがあったのだろう。

香織先輩マジ天使。

この笑顔だけで今日一日頑張れる。優子はいつも以上に気合を入れてトランペットに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

浩介との約束を守るため、香織は今まで以上に練習に取り組んでいた。真剣に向き合って取り組み始めてから日に日に上手くなっている気がする。気持ちの入れ方次第で音も変わってきている。

最後の大会に向けて徐々に仕上がってきていることが、充実感をより得ることにつながっていた。

 

 

 

 

––––残された唯一の懸念は、トランペットのソロパート。

 

北宇治高校吹奏楽部の演奏の出来を大きく左右させるそれに対し、香織は今までに感じていなかった感情に揺り動かされていた。

 

私は全国に行く。

目標に対する決意と、トランペットパートのリーダーとしての責任感がソロパートを吹きたいという気持ちに拍車をかけていた。自分が演奏して部を全国に導きたい気持ちも持っていた。もちろん一番上手い人が吹くべきであることは十二分に承知している。

 

トランペットパートの中でソロパートを担当する可能性がある人物は、現段階でほぼ二人に絞られている。

一人は文字通りパートリーダーの香織。そして、もう一人は一年生の麗奈である。

一年生でありながら、その実力は高校生のレベルを抜きん出ていると言っても過言ではなかった。それこそ自分以上の実力の持ち主だということも。

 

でも負けたくない。

そのプライドが香織のトランペットの音にも現れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ戻ろうか?」

 

「はい!」

 

 

熱中していた気付かなかったが、時間を確認すると始業時間が近付いていた。遅刻しないためにはそろそろ片付けに入る必要がある。まだ練習は続けたい気持ちは強い。しかし、学業を疎かにして遅刻するのは非常に不味い。間違いなく副顧問の松本からのカミナリが落ちるだろう。

練習参加の禁止すら言い渡される可能性もある。香織と優子は片付けを終えると音楽室へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だ……」

 

 

浩介は放課後の校舎を歩いていた。ホームルームが終了してからだいぶ時間が経過しており、視界に入る教室や廊下に人気はほぼない。だからだろう、上履きの地面を蹴る音が廊下によく響く。

 

結局のところ今日はまだ本格的な練習はさせてもらえず、軽めの調整メニューを終えると先に切り上げさせられた。

山田が体を気遣っていることは分かるが、体調は万全であると思っている。そして夏の大会で負けてしまったという焦りもある。秋から始まる全国大会の予選に向け、早めに復帰したい気持ちは今朝よりも強くなっていた。

 

 

「うん? この音は––––」

 

 

違う棟の図書室へ向かうため校舎を出たところで、低い楽器の音が聞こえた。楽器に詳しくない浩介は、それが香織の担当する楽器であるトランペットやパーカッションでないことくらいしか分からない。

誰が吹いているのだろうか、興味が湧いたため建物の陰から様子を伺うべく音を立てないよう足を向けた。

 

 

 

 

 

 

「全然ダメだ……」

 

 

久美子はオーディションで演奏する部分を何度も吹いていた。頭に正解の音、指の動きのイメージはあるが、どうしてもその通りに指が動かない、音が鳴らない。

そして、ついさっき見た夏紀の姿。蘇る中学時代の記憶。

言い様のない焦りと不安が押し寄せていた。

 

 

「黄前ちゃんか」

 

 

気持ちに余裕がないと視界は狭くなるのは本当のようだ。気が付くといつの間にか隣に浩介が立っていた。気付かなかった自分も鈍感なのかもしれないが、それでもこの男子生徒はいつも気配なく寄ってきている気がする。久美子は持っていたタオルで汗を拭き、ため息を漏らす。

 

 

「なんだ進藤先輩ですか」

 

「おお、相変わらず冷たいね」

 

「そりゃ練習中ですから」

 

「うん、そうだね。邪魔しちゃってごめんね」

 

 

頑張って、浩介はそう言うと踵を返し校舎に戻ろうとする。その後ろ姿を見て久美子はふと思い出した。

そういえば、この人はサッカー部で上級生に代わってレギュラーになっていたらしい。

 

 

「あ、あの!」

 

「うん?」

 

「少し……、話を聞いても良いですか?」

 

 

久美子の表情に何かしらの不安を抱えているように浩介には見えた。何処か、かつての自分に似ているようにも思え、浩介はバッグからまだ開封していないスポーツドリンクを手渡すと隣に座った。

 

 

「汗かきすぎてるから、まずは水分補給しな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど」

 

 

浩介はお茶を飲んで一息ついた。

仲良くしてもらった先輩がオーディションに落ちて、代わりに久美子が受かる。それが原因で卒業までの間、先輩は一言も話してくれなかった。

中学生時代の記憶は久美子にとってある種のトラウマになっていた。偏見かもしれないが、特に女子の多くいる部活はそういった傾向が強い。

 

 

「今回もそういうことが起きるんじゃないかって思ってるんだね」

 

「はい……。夏紀先輩は良い先輩です。そんなことはないと思うんですけど––––」

 

 

久美子の頭から過去の記憶が振り切れずにいた。

あの先輩もオーディションまでは良い先輩だった。そんなことはないと思っても、夏紀とあの時の先輩がダブって見える。胃のあたりが締め付けられるような感覚に陥る。

 

 

「ここで俺が言ってもどれだけ説得力があるかは分からないんだけど、黄前ちゃんは中川なっつんのことどう思う? 中学の時みたいに裏切られそうな面って見たことある?」

 

 

その言葉に久美子は顔を上げ思案する。

中学の先輩は自分に良くしてくれていたが、確かに時折誰かを悪く言うようなこともあった。オーディションに落ちたことで、その誰かが久美子になったのだろう。

 

夏紀は初めて会った時はやる気もなく練習にも不真面目であった。でも、練習に真面目に取り組むようになって、よく話すようになっても誰かの陰口を言うようなことはなかった気がする。

それこそ犬猿の仲といわれる優子が相手でも、決して傷つけるような発言はしていない。

 

 

「ない……です」

 

「中川なっつんはね、すごい良い子だよ」

 

 

だからオーディションの結果がどうであれ、黄前ちゃんも彼女を信じてあげて?

 

 

「……はい。直ぐには無理かもしれないですけど」

 

「まあ、皮算用みたいな話だし、中川なっつんがオーディションに受かれば要らぬ心配なんだけどね」

 

「フフッ……。そうですね」

 

「うん、その顔だよ」

 

「はい?」

 

「せっかく好きなことやってるんだから、笑顔じゃないと」

 

 

あ、と声が漏れる。

そうか。そうだ。私は音楽が好きなんだ。

いつの間にか人間関係ばかり考えて、上手くいかないことが合わさって原点を見失ってた。

 

 

「ただ純粋に楽しむなんて出来ないかもだけど、でもまず楽しいと思えないと他のことも上手くいかなくなると思うんだ」

 

 

その言葉はストンと胸に落ちるものがあった。波立っていた焦りや不安は穏やかに、落ち着くように消えていた。

そして同時に、香織が浩介に惹かれた理由が分かった気がした。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「いえいえ、少しでも参考になったなら良かったよ。あと、水分補給するなり体調管理はしっかりね?」

 

 

久美子の目にもう悩みは見えなかった。

 




前回の幕間のくせに最新話より後の話だったのは何となくで意味はないです

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