香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第十二話

「小笠原? 風邪で休みみたいだよ」

 

 

晴香と同じクラスの浩介に確認したところ、学校自体休んでいるらしい。昨日の別れ際の様子から予想はついていたけど––––

香織はため息をついた。部員に示しがつかないとか呆れたとか、そういうことではない。元々晴香は先頭に立って部員を纏めていくタイプではなかった。

しかし、晴香が居ると居ないでは部の雰囲気が異なる––––特に三年生は。

最悪の事態は葵だけでなく、晴香も部を辞めてしまうことである。もちろん晴香が吹奏楽部を辞めるなんてことはないだろう。それでも少し不安になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫でしょ」

 

 

昼休み。

浩介に相談したところ即答された。それも箸でおかずを摘みながらである。吹奏楽部の一大事であるのに、大したことではないとでも言うかの様子に香織は少しイラッとさせられる。

 

 

「ご、ごめん。言い方が良くなかった」

 

 

陰険な目をした香織に慌てて説明する。基本的に香織に対しては清々しいくらいにチキンである。

 

 

「あいつは周りが辞めさせないよ」

 

 

去年の出来事があってから。いや、それ以前から晴香の人柄は部の誰もが知っていた。二年生が大量に辞めた後、部長に任命されたことを本人は消去法的に選ばれたと思っているだろう。しかし、それは違うことは三年生であれば全員知っている筈だ。

晴香がどれだけ周りの為に動いていたのか。自分のことよりも部のこと、部員のことを考え行動していた。

だから晴香が部長に選ばれた。

 

 

「吹奏楽部にはあいつが居なくちゃいけないんだよ。三年生ならみんな知ってることだろ?」

 

 

––––それを伝えてあげないと

 

浩介の言葉に視界がぼやける。溢れ出そうな涙に気付き、慌てて目頭をハンカチで抑える。私たちは晴香に感謝しているのだ。それを伝えてこなかったせいで、晴香は自信を持てずにいたのかもしれない。

 

 

「吹奏楽部の人間じゃない浩介に指摘されて気付くなんて情けないね」

 

「そんなことはないよ。こういうのは意外と外からじゃないと見えないもんだよ」

 

「ありがと。……今日部活が終わったら晴香の家に行ってくるね」

 

「香織の気持ちしっかり伝えてきなよ」

 

 

頷く香織に、頑張れの意味を含め頭を撫でる。香織にも伝わっているのか、恥ずかしがりながらもされるがままだ。

 

 

「あれー? お昼休みから何いちゃついてるのかなー?」

 

「これがいちゃついてるように見えるか?」

 

「いちゃついてるようにしか見えないかな」

 

 

振り返るとあすかが立っていた。玩具を見つけたかのように顔がにやけている。

 

 

「香織に用があったんだけど、今はお忙しそうだし後にするよ」

 

「おう、そうしてくれ––––」

 

「い、忙しくないから! 浩介も頭撫でるの終わり!」

 

 

あまりやり過ぎると拗ねてしまう。以前無視をして撫で続けたところ次の日まで拗ね続けたことを思い出し、名残惜しさは残るものの諦めて手を戻した。

 

 

「それであすかはどうしたの?」

 

「今日の部活なんだけど。滝先生から言われて、晴香が休みだから私が代わりに指示することになったからって、一応伝えとこうと思ってね」

 

「そっか。あすかが副部長だしそうなるよね。分かった」

 

「いえいえ。じゃあ私は戻るからいちゃつき再開して下さいな」

 

「あすか! もう––––」

 

「よし頭撫でるか」

 

「浩介?」

 

「ごめんなさい」

 

 

笑いながら教室を出て行くあすかに抗議の声は届かず、若干八つ当たり気味に浩介を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

「もしもしー?」

 

『あ、夜遅くにごめんね』

 

「まだ寝る時間でもないし大丈夫だよ」

 

『ありがと。部活終わった後に晴香の家に行ってきたよ』

 

「そかそか。どうだった?」

 

『多分だけどね、大丈夫だと思う。晴香もあの後、葵に会いに行くって言ってたし少し吹っ切れた感じはあると思う』

 

 

香織は無事に、晴香に気持ちを伝えることが出来たようだ。様子を聞く限り、明日にも晴香は復帰することだろう。

浩介は窓を開けた。昼間の曇天具合が嘘のように星がよく見える。明日はきっと晴れに違いない。

 

 

「とりあえずは一安心ってとこか」

 

『うん。協力してくれてありがとうね』

 

「小笠原が元気になったとしたら、香織の気持ちが伝わったからだよ。俺はそのお手伝いを少しさせてもらっただけ」

 

『その少しが私にはとても大きな意味があったんだよ』

 

「そこまで言うなら……。どういたしまして」

 

『うん。じゃあ、また明日ね。おやすみなさい』

 

「はーい。おやすみなさい」

 

 

 

通話を終了すると浩介は背伸びをし、そのままベッドに倒れ込む。手には一枚の紙が握られていた。

 

 

––––総合体育大会 府大会予選 日程表

 

いわゆる総体である。北宇治高校サッカー部に所属する三年生が部活を引退するタイミングとしては主に二つある。一つがこの夏の総体。そしてもう一つが冬の全国大会である。

主にテレビで放映される全国大会が高校サッカーのメインに思われるが、相当の強豪校でもない限り、大抵の高校のサッカー部員は夏の総体を最後に引退する。

大学受験や就活など、プロを目指さないのならば切り替えるタイミングは早めの方が良い。多くのサッカー部員はそう考えていた。

 

その中で、浩介は総体後の進路を決めかねていた。冬の全国大会までやり続けるか、夏で引退するか。

浩介は元々プロを目指していた訳ではない。むしろ選手生命が長くても十数年しかないプロの選手になることは、その後の人生を考えるにあたり不安でしかなかった。

しかし、プロになれるのはごく一部の人間だけである。確定的な勧誘はないまでも練習会の誘いなど興味を持ってくれているクラブチームがあることは、浩介の決断を鈍らせる一因になっていた。

 

 

「……とりあえずは予選を勝ち抜かないと、プロもクソもないんだよな」

 

 

来週から府大会予選が始まる。順当にいくと、準決勝で洛秋高校、決勝で立華高校と当たる。

絶対に勝たなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 部活でもないのに珍しいね」

 

 

小笠原が無事吹奏楽部に復帰してから数日後、浩介が昼休みの渡り廊下を歩いていると、低音パートの一年生三人に加え後藤、梨子が集まっていた。

 

 

「あ、進藤先輩ですか。こんにちは」

 

 

後藤の挨拶に手を振って答える。

 

 

「みんなで集まってどうしたの? 田中の寝首でもかく相談?」

 

「いやいや、そんな事したら殺されますって!」

 

「じゃあ……、謀反でも起こすの?」

 

「意味同じですから」

 

 

必死に首を振る葉月に呆れる久美子。四月に知り合って以降、久美子が日に日に浩介に冷たくなっている気がするのは気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。カトちゃんが担当している楽器の良いところを聞いていたのか。それで後藤ちゃんは何と?」

 

「それで俺は地味なところと答えました」

 

 

堂々と答える後藤に誰も肯定する人はいない––––いや、一人いた。

 

 

「やっぱり後藤くんは良いこと言うね」

 

 

パチパチと手を叩く梨子。周りを見渡しても、誰もが頭に“?”を浮かべていた。

 

 

「後藤ちゃん、嫁が何か変だよ」

 

「嫁じゃないです」

 

「せ、先輩! 隠してるんですから言っちゃダメです!」

 

「あ、そうなの? むしろ気付いてない人がいないと思ってたけど」

 

「え、みんな知ってるんですか?!」

 

 

本人たちは隠し通せていると思っていたらしい。しかし、吹奏楽部の部員を始め、二人を知っている人は大抵が気付いていた。それくらいには醸し出す雰囲気が二人の間だけ異なっている。

 

 

「後藤先輩と梨子先輩付き合ってたんですか?!」

 

 

驚きの声を挙げた葉月を始め、低音パートの一年生はまだ知らなかったらしい。部の雰囲気に慣れてきて間もないために、感じ取れなかったようだ。

 

 

「ほら! 気付いていない人もいたじゃないですか!」

 

「いや、一年生以外はみんな知ってるよ。今度の祭りも二人で行くんでしょ?」

 

「それは、まあ……行きますけど」

 

「みんな予想してたよ。俺のとこと、後藤ちゃんのとこは二人で祭り行くんだろうなって」

 

 

いつの間にか話題は県祭りのことに変わっていた。久美子はため息をついた。浩介が来てから思いっきり話が脱線している。

 

 

「先輩、今は祭りじゃなくて、チューバの話です」

 

「ああ! そうだった!」

 

 

何故か葉月までもが忘れている。この子は大丈夫なのだろうか。久美子は先が思いやられていた。

 

 

 

 


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