香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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ついに2期が始まってワクワクしてます。
原作は後から読む派なので今後の香織先輩が楽しみです。


第十一話

「浩介に言っても仕方ないんだけどね。聞いて欲しいんだ」

 

 

大会に向けて楽曲が決まり練習が始まった。吹奏楽部は順調にスタートを切ったようにみえた。しかし、それは部の外から見た考えでしかないみたいだ。

とある日の放課後。陽は徐々に伸びてきて、帰宅時間でも街灯に頼らずに帰ることができるくらいになっていた。部活からの帰り道、浩介と香織は肩を並べていた。フワリとスカートが揺れてそこからのぞく白い足に自然と目が向いてしまう。

話題は勉強から部活の話に変わったところで、香織は一度視線を落とした。

 

 

「葵がね、部活辞めるかもしれないの」

 

 

斎藤葵。香織とは一年の頃から仲が良かったことを覚えている。去年の吹奏楽部の出来事の際も、香織や晴香と共に部を何とかしようと奔走していた。

最近の部の雰囲気が変わってきたことで、悩んでいるような表情をしていることが増えてきていたため、香織としても心配になっていたらしい。

 

 

「多分なんだけど、去年の出来事と今の部の雰囲気で悩んでいるんだと思う」

 

「うん」

 

「受験に取り組みたいからって言ってるけど、多分違うと思うんだ」

 

 

何も話してくれない以上私たちが色々考えても仕方ないと思い、一緒に続けようよ、とは言ってるの。

浩介は頷くしかできなかった。部外者である上、まだ不確定なことが多く浩介から言えることはない。今はまだ成り行きを見守るしかないようだ。

部の雰囲気が良くなったことが全て良い方向にいくとは限らない。

 

 

「ただ、そうなると小笠原がメンタルやられないか不安になるな」

 

「うん。晴香は私以上に悩んでると思う」

 

 

何も起きなければ良いな、その言葉を区切りにこの話は終わった。そして、その願いは一週間と経たずに叶わないものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私の良いところ挙げてみてよ!」

 

 

サッカー部の練習が終わり、教室に荷物を取りに行く途中、思いつめたような表情をした葵とすれ違う。

まだ練習は終わったという連絡が着ていないため、首を傾げていると誰かの叫び声、いや怒鳴り声が聞こえた。

 

 

「何事だ……?」

 

 

壁伝いにソッと覗き込むと、晴香と久美子が向かい合っている姿が目に入る。怒鳴り声の主は晴香のようだ。普段見ることのない姿であり、何となく先ほどすれ違った葵と関係ありそうな気がした。久美子はゴニョゴニョと何か言っているが、ここからは聞き取れない。

 

 

「優しいなんて、他に褒めるところがない人にいう言葉じゃない!」

 

 

俯いて謝る久美子の様子に仲裁に行くか悩んでいると、あすかがやってきた。上手い具合に仲裁しているようだ。浩介は胸をなでおろした。

 

 

「これで丸く収ま––––」

 

 

あすかの冷たい目、項垂れる晴香、戸惑う久美子。事態は収束するどころか、むしろ悪い方向に進んでいるような気がする。

この現場を見つかってもマズイし、荷物は後でまた取りに来れば良いか。浩介は音を立てないよう踵を返し階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場を見てしまってから一時間弱は経過しただろう。

図書館で吹奏楽部の練習が終わるのを待っていると、スマホに通知が入った。どうやら今日の練習は終わったらしい。ゴタゴタしているみたいだし、滝も早めに切り上げたのだろう。

待ち合わせ場所に向かうと、目元を抑えている晴香と、それに寄り添う香織がいた。

正直なところゴタゴタには関わりたくない。仮に部外者である浩介が関わって余計に拗れるようなことがあれば目も当てられなくなる。

 

 

「あ、浩介。待たせてごめんね」

 

「ううん、大丈夫。部活お疲れ様」

 

「え、進藤?!」

 

 

晴香は急に浩介がやって来たことに驚いていた。慌てて泣き顔を見られないように背を向ける。頑張って涙を拭き取ろうとしているようだ。その様子に浩介は頭を掻く。

 

 

「俺がいるとあれだろうし、今日は一人で帰るよ。香織は小笠原のこと送って行くでしょ?」

 

「そう……だね。ごめんね、せっかく待ってもらったのに」

 

「大丈夫。勉強するために残ってたのと変わりないし」

 

「ありがと」

 

「ちょ、ちょっと待って! お邪魔虫なのは私だし、もう大丈夫だから二人で帰ってよ」

 

 

二人のやり取りに焦ったのは晴香だ。自分のせいで一緒に帰る予定であったであろう約束を破らせてしまう。しかし浩介は晴香の言葉を手で制した。

 

 

「俺は今後も一緒に帰る機会はあるからね。今日は香織を小笠原に貸してやろう。では!」

 

「あ……、行っちゃった。香織、ごめんね」

 

「気にしない気にしない。ほら行こっか」

 

 

香織は晴香の手を取ると歩き出した。

帰り道––––香織は何度か話を振るが続かない。ぷつん、ぷつんと会話が途切れてしまう。やはり葵が辞めたことが堪えているのか。

部を辞めると言った葵を追って音楽室を出て行った後から、晴香の表情は暗くなっていた。

晴香と葵と久美子、そしてあすか。四人にどのようなやり取りがあったのか香織は知らない。だから変に踏み込んで話をすることが出来なかった。

 

 

「今日はごめんね。……また明日」

 

 

晴香はか細い声で謝るとそのまま家に入って行った。結局のところ、最後までまともに話が出来なかった。香織は自身の無力感に苛まれる。このままではオーディション以前に部が崩壊してしまうかもしれない。どうしたら良いだろう。

葵の退部の件は、もちろん簡単に流せることではないが、今回は一度保留する。まずは晴香が立ち直ることが先決だ。

香織はスマホを取り出すと通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

久美子はベッドに倒れ込んでいた。疲れていたこともあるが、それ以上に部活での、あのあすかの目。普段見せる表情とは全く異なるものであり、少し怖かった。あれがあすかの本心だったのだろうか。

そして晴香のことも心配である。あの後、魂が抜けたように俯いているだけの存在になっていた。部活が終わった後も香織が付き添っていたが、どう見ても大丈夫ではなさそうだった。

 

 

「このままで大丈夫なのかな……」

 

 

晴香のメンタルが弱いことは以前に夏紀から聞いていた。しかし今回は完全にへし折られているのではないか。そうなったら部は誰がまとめていくのだろう。やはりあすかだろうか。

不意に耳元で音が鳴り響く。気を抜いていたこともあるが、急な着信音に心臓が止まりそうになる。パッと起き上がると慌ててスマホを手に取った。

 

『香織先輩』

 

香織から連絡が来ることは初めてのことである。建前のようなもので晴香や香織とは連絡先を交換していたものの、お互いに連絡をすることなど無いと思っていた。しかし相手を待たせてはいけない、ひとつ深呼吸をするとスマホを耳に当てる。

 

 

「も、もしもし」

 

『もしもし。こんばんは、中世古です。黄前さんのケータイで合ってるかな』

 

「はい、そうです」

 

『こんな時間に急にごめんね』

 

「いえいえ! 全然です」

 

『ありがとう。でね、昼間の事について少し聞きたい事があるんだけど時間大丈夫かな?』

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 

話の内容は、葵が音楽室を出て行った後のやり取りについてであった。晴香のあの落ち込み様は見た事がなかったために何があったか知りたかったとのことだ。

久美子は一部始終を話す––––あすかの冷たい目のことは除いて。

 

 

『そっか……。そういう事があったんだ』

 

「はい。それから部長もずっと俯いてしまって」

 

『話してくれてありがとうね。後はこちらで何とか解決するから……。迷惑かけちゃってごめんね』

 

「いえいえ。私も部長が元気の方が良いと思います。よろしくお願いします」

 

『うん、任されたよ。じゃあ、こんな時間までありがとう。おやすみなさい』

 

「おやすみなさいです」

 

 

終了ボタンを押すと久美子は深く息を吐いた。手汗がすごいことになっている。先輩と話すということは自分が思ってた以上に緊張していたようだ。こんなに長時間香織と通話していたことが優子あたりにバレたら大変なことになりそうだ。絶対に黙っておこう。

 

 

「すごい疲れたし、もう寝よ」

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。やはりと言うべきか、晴香は学校を欠席した。

 


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