香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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香織先輩可愛いよ香織先輩


府大会編
プロローグ


「なあ、その芋美味いの?」

 

 

浩介は緊張を含んだ声で話し掛けた。

頑張って笑顔を作ろうとして顔が引きつっており、口もカラカラに渇いている。浩介は精一杯の勇気を出して話し掛けていた。

 

 

「うん? 美味しいよ。私のお気に入りの屋台の焼き芋なんだ。ほら、あそこ」

 

 

女子の視線を追うと確かに、公園の入り口付近に焼き芋の販売をしている車がある。初夏の陽気を感じさせる5月の終わり、時期でもないのに焼き芋を販売していることに違和感を覚える。

しかし、確かに良い匂いが漂ってくる。

部活を終え小腹の空いている今、食欲を誘う匂い––––さらに気になっている女子の好物ともなれば、思わず財布の紐が緩みそうになる。

 

 

「そっか。俺も少し腹減ったし。……買ってみようかな」

 

「あ、それだったら。私こっちの半分食べ切れそうにないからあげるよ」

 

 

ちょっと待って、と女子が半分に折っていた焼き芋の片方を浩介に手渡す。

新聞紙に包まれたそれはまだ熱を帯びていた。

 

 

「あ……。ありがとう」

 

 

予想外の行動に男子はおっかなびっくり受け取ると、女子と焼き芋を何度か交互に見つめ––––やがて意を決し口に頬張る。

 

 

「確かに美味い……」

 

「でしょ? あと牛乳があれば言うことなしなんだけどね〜」

 

 

悔しい!という顔の女子に見惚れていると、ふと隣から視線を感じた。

 

 

「なんだよ」

 

「べっつに〜。二人だけの世界作ってるな、とか思ってないよ」

 

 

口元を歪めながら熱いね!と囃し立てるもう一人の女子に浩介は赤面し顔を背ける。

 

 

「そんなんじゃないから」

 

「そうだよ、晴香。彼に失礼だよ」

 

 

咎める声に晴香と呼ばれた女子はごめんごめんと謝るが、浩介はその反省していない目を見てため息をついた。

 

確かにクラスが異なるために話し掛けるキッカケがなく黄昏ているところを見かねて、今日実際に話す場を提供してくれたことには感謝している。

でも、何となく自分の感情を知られているような気がして––––いや、間違いなく知られているだろう。不安が浩介の中に芽生える。

 

彼女に見つめられていると恥ずかしさや嬉しさ、更には逃げ出したい気持ちで心が不安定になる。部活の試合でもこんなに心が乱される場面は訪れたことはない。

でも。それを言い訳に逃げ出したら一生チャンスは来ない––––そう自分に強く言い聞かせ口を開く。

 

 

「そういえばまだ名前聞いてなかったっけ。俺は進藤浩介。君は?」

 

「進藤くんだね? 私の名前は……」

 

 

ショートヘアに整った顔立ち。左目の泣きぼくろが優しさを引き立てている。入学式で一目見てから気になっていた子。

 

「中世古香織だよ!」

 

 

これが彼女、中世古香織との出会いだった。


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