学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】 作:観月(旧はくろ〜)
「――じゃあ、次は私かな」
「だな。能力はどうする?」
「んー……まあ、無しでいいや」
茜と聖夜の取り組みが終わり、次は時雨の番だ。手短に聖夜と相談し、そして、彼に負けず劣らずのゲーマーである時雨が、いざ彼の正面に立って宣言した。
「言っておくけど、私にはさっきみたいな
「あら、バレてたか。……んじゃまあ、少し趣向を変えてみますかね」
墓穴掘っちゃったか、と時雨は内心で苦笑い。ただでさえ聖夜の技には初見殺しが多いのに、『趣向を変える』なんて……。
「あはは……お手柔らかにね?」
「それはこっちのセリフだって。……よし、んじゃいくぞ」
軽くそう言った聖夜は、先程とは打って変わって先制を仕掛けてきた。その飛び蹴りを時雨は両手を交差させて受け止め、すかさず右側頭部へ回し蹴りを放つ。しかし聖夜はその足を掴み、今度は大きく後ろに投げた。
CQCでも月影流でも無い、明らかに我流のその動き……故に時雨の反応は少し遅れたが、それでも空中で体制を立て直して軽やかに着地する。
「いやー……やっぱり疾いね、聖夜は。
「よく言うよ……そっちだってほとんど星辰力使ってなかったじゃんか」
「てへっ、バレてた?」
「何が『てへっ』だ。……ああもう本当に可愛いなあもう」
ちなみに、聖夜は異性のギャップにとてつもなく弱い。そして、時雨はそれをよく知っている。
分かっててやっているのだ。聖夜が照れ隠しに頭を掻きながら視線を逸らしているのを見て、時雨はしてやったりと思う。
「……はあ。仕切り直しだな」
しかし、気持ちの切り替えの速さは流石だ。おちゃらけた雰囲気から一転、再び緊張感が走る。
「……さてと。今の動きは対応されちゃったし、次はもう少し意表を突いていくとするか」
そんな彼の言葉に、時雨は少し焦っていた。
(うーん……今のままだとちょっと厳しい、かな。こっちもどんどん仕掛けていかないと)
意表を突かれてからでは遅い。それより前に、勝負を決める。
今度は時雨から仕掛けていった。突き刺すような拳を聖夜の肩目掛けて放つ。
「風鳴流……『
彼女が使っているのは、鋭さを重視した風鳴流の格闘術だ。聖夜も月影流を駆使して反撃を試みるが、如何せん一撃の重さを重視している月影流は風鳴流との相性が悪い。ほんのわずかな予備動作からの一撃を聖夜が放つ間に、時雨は二撃加えられる。
「………」
さて、こうなると苦しいのは聖夜の方だ。しかし、そのはずなのだが……当の聖夜は苦しい顔を見せない。
(やっぱり何か企んでるわね……)
先程彼が『隠し玉』と言っていたのを思い出す。それが何のことかは分からないが、この余裕そうな表情を見れば、きっと形勢逆転が狙えるようなものなのだということだけは分かる。
果たして、その予感は的中した。
「『
「っ!」
唐突に変化した聖夜の聖夜の柔らかい動きに時雨は対応しきれず、放ったハイキックを見事にいなされてしまう。
(雪宮流の格闘術……!)
しまった、と時雨は唇を噛む。柔らかさを重視する雪宮流は風鳴流との相性が良く、こちらが鋭く打てば打つほど全て受け流されてしまうのだ。
しかし、雪宮流は月影流との相性が悪い。『柔よく剛を制す』という言葉があるが、剛が強過ぎればそれは成り立たない……まさにその通りで、月影流の技は雪宮流のそれを
故に、ならばこちらは月影流で対応を……と、時雨がこう思ったのは仕方の無いことなのだ。
それこそが聖夜の作戦だった。
「『
「……『朧月』!」
時雨が右脚を横から振り抜くために力を溜めたまさにその時、聖夜もそれまでの技を中断して全く同じ動作をとった。
技の準備に入ったのは時雨の方が僅かに先だったが、幼い頃から月影流に慣れ親しんでいた聖夜の動作は非常に滑らかだ。時雨の動きが完成するより早く、彼の右脚が迫る。その右脚は、不思議に揺らめいて見えた。
「きゃっ……」
咄嗟に星辰力を集中させると、想像していたよりも遥かに軽い衝撃が時雨を襲った。しかし軽いとはいっても、彼女を軽く吹き飛ばすくらいの威力である。
危なげなく体制を整えて、時雨は苦笑しながら言った。
「……手加減してくれたの?」
「……もう一度言うけど、訓練で怪我してちゃ意味無いだろ?」
そういえば、そんな事を言っていたような気がする。集中し過ぎてたおかげですっかり忘れてた。
「まああれだ。時雨、お前のセンスはピカイチだけど、集中し過ぎちゃうのがネックだな。でも、あそこで咄嗟に月影流を使ったのは見事だった」
「……ま、上手く返されちゃったけどね」
「あの作戦は、時雨の頭が良いのを知ってたからこそのものだよ。並の人じゃ、あそこで咄嗟には月影流にシフト出来ないからな」
「あはは、ありがと。でもまあ、そこまで読まれちゃってたらね」
やっぱり勝てないなあ……と時雨はため息を吐く。でもまあ確かに、月影流の師範でもある聖夜にあの技を放ったのは少々軽率だったのかもしれない。『朧月』も、元はと言えば聖夜から聞いた技なのだ。
すると聖夜が時雨に歩み寄り、その肩をポンと叩いた。
「もうほとんど月影流を使いこなせてたな。俺も風鳴流を極めないとな、と思うよ」
「ふふっ……ありがと。後でまた教えたげる」
「おうよ、サンキュー」
そう。月影流の師範が聖夜しか居ないように、風鳴流の師範も今は時雨しか居ないのだ。この二人はお互いがお互いを教え合い、今もなお新しい技を作っている。
さて、と聖夜はセレナの方を見た。
「次はセレナだ。……いきなり体術オンリーってのは厳しいだろうから、最初は能力有りでいこうか」
「えっ? あ、うん」
唐突にそう言われ、セレナはあまり意識しないままにそう答えた。そして言ってから気付く。
「……って、能力とか使っていいの?」
「ああ。……その代わり、俺も『
「……ならいいけど」
セレナは、まさか彼が何の武装もしないで掛かって来るのかと思ってたのだ。そんなことをされればセレナはキレる自信がある。彼女のプライドが許さない。
「さてと、真っ向から能力勝負しても押し切れないだろうし……あ、
「……そうね。アンタに体術で勝てる自信は無いもの」
「「……えっ?」」
突如として驚きの声を上げたのは時雨と茜だ。
「嘘……あの『
「プライド高いのに……あんた本当に『雷華の魔女』?」
「うっさいわね! 何よ、文句ある!?」
確かにこんな事は初めて言った。別に悔しくもない。聖夜にはそれほどの実力があるという事を、さっきからまざまざと見せつけられているのだから。
だからと言ってこの言い草は何事か。心外である。
まあまあ、と聖夜がセレナを宥めた。
「プライドが高いのは別に悪い事じゃない。あんな事が言えるくらいだから、
その時初めて、セレナは聖夜の星辰力の違いに気付いた。先程までは状況に応じて一極に集中していたのが、今は恐ろしいほどに穏やかで澄んでいる。量自体はかなり少ないものの、星辰力を完全に自信の制御下に置いているのだ。ここまで星辰力を制御出来る
「その星辰力の質……」
言いたい事に気付いたのか、聖夜が笑って言う。
「こういうのは元々得意なんだ。意識を奥深くに委ねて、五感全てを制御し研ぎ澄ます……慣れれば、『第六感』的なものも使えるようになるぜ」
「凄いわね……」
多分本当のことだろう。セレナだって、『第六感』というものを少しは信じている。闘っているとそういうことがあるというのは経験で分かっている。
「ま、自慢話なんかしててもあれだ。まずはやってみようか」
そう言うなり聖夜はセレナから数歩離れ、そして振り返った。あくまで自然体な様子だが、しかしそこに隙はない。彼と相対してみて、初めて分かる。
「……ええ。じゃあ私から」
しかし、臆していても仕方がない。セレナは素早く攻撃の態勢を作り、牽制の雷撃を複数撃った。
牽制とはいえある程度の威力をもつそれらを、あろうことか聖夜は避けようともしない。『幻想の魔核』を腰にぶら下げて、悠然と佇んでいる。
見事にセレナの雷撃が命中する……まさにその瞬間、聖夜が右手を前に突き出すと、その腕に青白い雷撃が迸りセレナの雷撃を相殺する。しかし彼女もあらかじめそれを想定していたのか、別段驚く様子もなく。
「まあ、そう簡単にはいかないわよね」
「いくらなんでも。……しっかし、こんなんばっかやってると星辰力が無くなるからな。近接も混ぜさせてもらうよ」
さてどうくるかと警戒しているセレナに対し、聖夜は突き出したままの腕を右に大きくスライドさせる。すると、その軌跡をなぞるようにして氷の剣が現れた。
「氷……?」
「雷とはそれなりに相性良いからな。……さて、いくぞ」
そう言うと、彼は剣を掴んで床に突き刺した。するとセレナに向かって扇型に五筋の小さな地割れが発生し、その後を追って氷の棘が生えてくる。
「っ……!」
セレナはそれらを大きく横に跳んで回避し、続いて飛んできた光弾も雷撃で撃ち落とした。そのまま空中で華麗に体制を整えて狙いを定め、今度は一筋の高密度な雷撃を放つ。
「この角度……かなっ!」
すると聖夜は呟き一つ、剣の腹で雷撃を上斜めに受け流した。雷撃はそれなりの威力を持っていたはずなのに、氷の剣に欠けた様子などは見られない。
彼は剣を軽く切り払って言う。
「よしよし……咄嗟に昼飯意識できるようになったの偉い」
「……何言ってるの?」
セレナには到底意味の分からない言葉だったが、どうやら時雨には通じたようだった。
「まさか、ゲームで学んだ要素を持ってくるなんてね……CQCもそうだけど、よく実践する気になるわね」
「使えるもんはなんでも使わないとね……っと、今は勝負中だったな」
すまんすまん、と彼は申し訳なさそうに笑う。
「じゃあ、仕切り直しってことで」
「う、うん。別に大丈夫だよ」
呆気に取られていたセレナは、油断してつい昔の言葉遣いを出してしまった。直後にしまったと気付くが、案の定聖夜にも気付かれる。
「……お、ギャップ発見」
「今すぐ忘れてっ!」
「うおっ!? あっぶな……」
あまりの恥ずかしさにセレナは頬を真っ赤に染めて、聖夜目掛けて三発の雷球を放った。予備動作が無かったために聖夜の反応は若干遅れ、間一髪のところで身を躱す。
「あのー、今のは不可抗力というか……」
「黙りなさい」
「はいすみません」
どこのコントだ、と聖夜は心の中で苦笑するも、もちろん声に出さない。セレナの機嫌をこれ以上損ねたら、次は何が飛んでくるか分からないからだ。
「……じゃあ、今度こそ仕切り直しを」
「……そうね。じゃあまた私から」
瞬時に緩んだ雰囲気を霧散させ、セレナは十数発の雷撃を放った。しかし、もちろん聖夜は同じように角度を付け、受け流すようにしえ悉く弾いていく。瞬時に見切って弾くその技術には、正直セレナもかなり驚いている。
――だが、彼女とて何の対策も考えていないわけではないのだ。他の雷撃よりも少し遅れて進む最後の三発には、その対策がしてある。
その三発を残して全て弾いた聖夜は、それらも同じように防ごうとして――直前、何かに気付いたようにはっとした表情を浮かべた。
だが、時既に遅し。セレナの三発の雷撃は、氷剣に当たった瞬間激しく弾けた。
「おわっ……!?」
聖夜は咄嗟にガードの姿勢を作ったが、いささか不安定だったようで受けきれずに吹き飛ばされる。すぐさま受け身を取って体制を立て直すものの、彼の手にある氷剣は少し欠けていた。ちら、とそれを見やり、苦笑しながら。
「榴弾……? そうか、こう対策されることもあるんだな」
「……?」
「いや、何でもない」
ひとしきり意味の分からないことを言って、聖夜は氷剣に左手を這わせる。すると、瞬く間に剣が修復されていった。
しかし、彼の意識が一瞬自分から逸れたのを見逃すセレナではない。複数の雷球と共にレイピアを構えて突撃する。
「余所見はしない方が良いわよ!」
「してないさ!」
しかし、聖夜だって相手から完全に意識を外すわけがない。気配でちゃんと分かっているのだ。
「はぁっ!」
彼が裂帛の気合と共に氷剣を振るう。すると氷剣が
「何よそれ……!」
目の前で起こっている超常的な現象にセレナは驚いたが、それに怯まず彼にレイピアを振るった。攻撃後の隙を狙った、校章を壊すことは出来なくともダメージは与えられるはずの一撃。
しかし、聖夜の身体能力は彼女の予想を遥かに超えていた。
「よっ……と!」
「っ!」
かなり無理な体制から彼は蹴りを放ち、彼女のレイピアを受け止める。……が、セレナが驚いたのはそこではない。
彼女が驚いたのは、レイピアを受け止めているその左脚に、星辰力が普段通りにしか練られていないということだ。それでいて大して血も出ておらず、聖夜の表情も崩れない。
「どれだけ頑丈なのよ、アンタ……!」
「ははっ、俺の脚は並の鍛え方してないもんでね!」
そう不敵に笑い、聖夜は渾身の力でレイピアをセレナの手から弾き飛ばした。彼女の右手は無意識にそちらへと伸びたが、途中ではっと気付いて左手に雷を纏い、勢い良く聖夜へと突き出す。しかし彼はそこから放たれた雷撃の下をくぐり抜け懐に潜り込み、居合斬りの要領で彼女の校章に氷剣を突き付けた。
しばしの沈黙。だが、聖夜が氷剣を引いて言葉を発したことで、その沈黙は破られる。
「……っし、勝負ありだな」
「……そっか。負けた、のね」
そんなセレナの呟きが、不思議なくらい自然に彼女自身の胸に落ちた。悔しいことには悔しいが、何故だか納得出来る勝負だったような気がする。
「……凄いわね、本当に。まさか負けるとは思ってなかったわ」
「サンキュ。……まあやっと一勝一敗、とりあえずチャラだな」
「まさか……あの勝負、気にしてたの?」
「当たり前だって。最初の決闘だったんだからさ」
ふう、と彼はため息を吐いた。だいぶお疲れの様子である。
「しかしまあ、遠距離攻撃はああやって弾いたほうが楽だな。斬る、弾くを臨機応変に判断出来るように、もうちょっと鍛錬を積むか」
「本当にね……随分、ゲームから着想を得てるみたいね?」
呆れたように時雨が声を掛けた。我ながら、とでも言いたげな表情で聖夜も彼女に振り向く。
「まだまだ、使えそうなものはいくつかあるからな。楽しみに―――っと」
そこまで言いかけて、聖夜は不意にふらついた。慌てて氷剣を床に突き刺し、彼はそこに寄りかかる。
茜が心配そうに駆け寄った。
「聖夜、大丈夫?」
「大丈夫……倦怠感がすごいけど、多分星辰力を使い過ぎただけだと思うから」
そう言うと、彼は重いため息を吐いた。
「
それだけ疲れるって……まだ星辰力に慣れてない?」
「本格的に戦闘に使い始めたのがここ最近のことだからな……つーか、だるい。そして眠い」
相当疲れているのか、はたまたこの症状に慣れていないのか、彼は立っているのも大儀そうだ。そんな様子を見て、茜が提案した。
「横になったほうが楽なんじゃない? ……膝枕、してあげようか?」
えっ、と驚いたのは時雨とセレナだけ。聖夜は疑問にも思わず、ふむと考えてから言う。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。今日は俺ギブアップだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……確かに、横になってたほうが楽だな。サンキュー茜」
「どういたしまして。寝心地はどう?」
「冗談抜きで最高。……つーか、この角度だと胸が目立つな」
「っ!? ……もう、急に変なこと言わないでよ」
「悪い悪い」
言葉とは裏腹に、全く悪びれない様子で聖夜が言う。今は全員が床に座っており、頬を微かに赤く染めている茜の膝の上に聖夜の頭は乗っていた。
時雨が言った。
「聖夜、それセクハラよ」
「大丈夫大丈夫、茜なら許してくれる」
「ふふっ……確かに許しちゃうな」
これといって怒る素振りも無く、茜はまだ少し頬を染めたままで聖夜を撫でる。流石にこれは聖夜も恥ずかしい……というわけでも無いようで、存分の茜の手を満喫していた。
「あ〜……やばい、寝そう」
「……寝てもいいよ?」
「マジで? ……うん、そこの二人の目が怖いんでやめとくわ」
人目をはばからずイチャつく彼らに……というより聖夜に対して、時雨とセレナの視線は冷ややかだ。
「……随分と神経が図太いのね」
「手痛いね、お姫様」
だが、当の聖夜は何を言われても涼しげにしている。からかわれることなど慣れっこ、といった様子だ。
「でもまあ、気持ち良いんだから仕方ないよなー。ああ、ダメになりそう……」
何度も命を預け合ってきた家族同然の少女の体温に、聖夜は底知れぬ安心を感じた。寝ちゃマズいよなあとは思っているものの、体が重いのも相まって、聖夜の意識は次第に薄れていった。
「……あ、寝てる」
「「……えっ」」