学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第七話〜序列入り生徒〜

聖夜が夜の散歩をした、その翌日。聖夜達のクラスにて。

 

「……っし。なんか人揃ってるし、訓練いくか」

「えっ? ……あっ、一昨日聖夜が言ってたやつね」

「そうそう。……ってことで、誰かトレーニングルーム使える?」

「あ、じゃあ私のとこ使えば?」

「サンキュー時雨、んじゃ行こうか。……ほら、セレナも行こうぜ」

「あっ……もう、分かったから手を引っ張んないでよ。恥ずかしいじゃない」

 

この教室に時雨が話をしに来ていたのを幸いに、聖夜は早速そう提案してみた。それに誰も異存は無いようなので、そのまま彼ら四人は時雨が持っているトレーニングルームへと向かう。

 

――はずだったが。

 

「おいお前、ちょっと待ちやがれ」

 

教室から出て行こうとしたその時、聖夜達の前に立ちはだかったのは丸木裕二であった。そんな彼に、聖夜は少し顔をしかめる。

 

「……何だ? 俺らはこれから用事があるんだが」

「知るかよ。なんだ、その用事ってのは? ……お前みたいな序列外野郎が、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』を三人も連れてよ」

「あんたには関係無いことだろう? ……邪魔だ、どいてくれ」

 

そして、いらつきを隠すことも無く、聖夜は裕二を鋭く睨みつける。

 

まるで全てを狩り尽くすかのような獰猛な視線に裕二は一瞬怯んだが、それをかき消すかのように彼も聖夜を強く睨みつけた。そして、嘲笑しながら言う。

 

「はっ、やなこった。俺はムカつくんだよ、お前みたいな調子に乗ってる奴がな」

 

明らかな暴言。だが、聖夜本人は特に気分を害した様子は無い。少なくとも、今の言葉では。

 

むしろ、気分を害したのは時雨と茜だった。こういうことに関しては、二人は息がピッタリと合う。

 

「へえ……聖夜に随分と言ってくれるじゃない」

「……もちろん、相応の覚悟あっての発言なのよね?」

 

そう言いつつ、星辰力を練り上げていく彼女達。まさかこの二人が怒るとは思っていなかったのだろう、裕二は途端に挙動不審になり始めた。

 

「あ、いやその……これは貴女達には関係無いのでは……」

 

「はいはい、二人ともストップ」

 

しかし、裕二の言葉を遮り、二人の怒りを抑える聖夜。何故、という彼女達の鋭い視線に、彼は淡々と答える。

 

「こいつの言う通り、お前らは関係無いからな。変な問題は起こさない方が良いだろ。……で、どうすんだ? どいてくれないなら、こっちは無理矢理にでも通らせてもらうけど」

 

そんな彼の発言に、裕二は大きく声を上げて嗤った。

 

「無理矢理? ……序列外が、序列三十五位に敵うとでも?」

「あれ、言わなかったっけ? 俺はあんたが思ってる程弱くない、って。負ける気はしないんだよなあ」

「……上等だ、ならさっさと表に出やがれ!」

 

売り言葉に買い言葉。聖夜の挑発に激昂した裕二は、そう叫んで窓から中庭へと移動した。それを受けた聖夜も、面倒だな……と呟きつつその後に続く。

 

「なんだよ、決闘か? ……星武祭(フェスタ)前のこの時期に序列外とやるなんて、流石に考え無しだとしか思えないんだけど」

「何言ってんだ、俺がお前なんかに負けるわけねえだろ? 身の程をわきまえろ」

「はいはい、分かった分かった。後悔するなよ?」

 

そんな聖夜の投げやりな発言が頭にきたのか、裕二は青筋を浮かべてホルダーから煌式武装(ルークス)を取り出して起動させた。どうやらハルバード型の煌式武装のようで、かなり大型の物だ。

 

(煌式武装か……なら、純星煌式武装(オーガルクス)は使わなくても大丈夫だな。星辰力もあまり使いたくないし、戦力もあまり晒さなくてよさそうな刀でいくか)

 

そう判断した聖夜は、同じく中庭に出て来ていた時雨達の方を向いた。騒ぎを聞きつけたのか、既にギャラリーも集まり始めている。

 

「時雨ー、教室にある俺の刀取れるか? ロッカーに入ってるんだけど」

「分かったわ。よっ、と…………はい。これでしょ?」

「サンキュー。……にしても、便利な能力だなそれ」

 

聖夜の頼みを受けた時雨は、するするっと自身の能力で影の鎖を作り、教室の外から彼の愛刀である『夜桜』を取り出した。そしてそれを持ち、聖夜に歩み寄って手渡す。

 

さらに彼女はその肩を軽く叩き、それだけでは飽き足らず彼の頬をつついて可愛らしく激励した。

 

「まさか負けるとは思ってないけど、頑張ってね」

「はいよ。ありがとな」

 

そう言われた聖夜も、穏やかに微笑み返す。そして、裕二の方へと向き直った。

 

「さーて、じゃあ早速やるか」

「……お前、あの大剣は使わないのか?」

「ああ。星辰力が勿体無いし、小回りも効かないし」

 

その発言に、ますます怒りの形相になる裕二。だが、それも仕方あるまい。今の聖夜の発言は、裕二のプライドを傷付けるのには充分だったのだから。

 

その前の、聖夜と時雨のやり取りもそうだ。何故序列外の奴が、『冒頭の十二人』のうち三人からチヤホヤされているのか。しかも女子ばかりに。

 

「……ムカつくんだよ!」

「――はあっ!」

「なっ……!」

 

力には自信のある裕二が間合いを詰めて放った、強烈な縦斬り。しかし聖夜は、それを()()で受け止めてみせた。驚きに染まる裕二がいくら力を込めても、聖夜の切っ先はまるで揺るがない。

 

「うわ、早速見せてくれたわね」

「聖夜ってあんな事も出来たんだ……いくらなんでも、あんな事はあなただって出来ないんじゃないの、『影刻の魔女(シャドウプリンセス)』?」

「いえ、やろうと思えばできるけど。……ただ、あんなゴツいの相手じゃちょっと厳しいかな。膂力じゃ聖夜に勝てないし」

 

彼女達の言うとおり、聖夜はとんでもない事をやっているわけだ。迫りくる刃に対して、寸分違わず刀の突きを、その切っ先を当てる……並外れた技術、膂力、そして集中力が無ければ到底こなすことは出来ない。

 

「ふむ、単純な力だけなら思ってた以上だな。――だけど、甘い」

 

そう呟くと、聖夜は切っ先を少し上にずらした。すると、触れ合っていた煌式武装が大きく跳ね上がる。軸をずらされ、力のバランスが崩れたのだ。

 

「月影流剣術――『水無月(みなづき)』」

 

その隙をついて、聖夜は剣撃を放った。大きな弧を描く、(急所)を狙った鋭い一撃……命の危機を感じた裕二は、無意識のうちに大きく後ろへ跳んでいた。

 

が、しかし。聖夜の刀は、先程まで裕二がいた場所の寸前で止まる。

 

「――やっぱりな。良く分かった」

「な、何が分かったんだ」

 

先程の恐怖が未だ拭い切れず、距離を取ったままそう問う裕二。そんな彼に、聖夜は刀を鞘に納めつつ淡々と告げる。

 

「あんた、多少戦い慣れてはいるみたいだけど……死地に遭遇した経験は、流石に無いだろ?」

「……んなもん、あるわけねえだろ」

 

裕二には、今の質問の意味が分からなかった。

 

「で、それが何なんだ」

「そこがあんたと俺の差、ってことさ」

 

そう不遜に言い放った聖夜に、今度は裕二だけでなくギャラリーも訝しげな表情になった。例外は茜と時雨だけ。

 

「ああ、そういうことね」

「多分そうだと思う。私もよく言われたことだし」

「……一体どういう事?」

「聞いてれば分かるわよ、『雷華の魔女(フリエンブリッツ)』」

 

 

「あんたはさっきの俺の一撃に、多分危険を感じたんだろうな。それで大きく飛び退った」

「……ああ、そうだ」

「それはつまり、命のやり取りはしたことないか、あってもそこまで慣れていないか……少なくとも、自身の命を脅かされたことはないって判断できるわけだ。もしそういう経験があるのなら、たかが一撃にあんな過剰に反応したりしないからな」

 

そしてもう一つ、と彼は付け加え、

 

「あの一撃に殺気が無かったことにあんたは気付いていなかった。……それだけで、実力は大体分かるってもんだ」

 

その説明にギャラリーはどよめき、裕二は怒りに燃えた。序列入り生徒をここまで挑発する序列外、一体何者か。

 

「お前……言ってくれるじゃねえか」

「事実だからな、仕方無いだろう?」

「クソがっ! 今すぐ黙らせてやるよ!」

 

 

「あーあ、突撃しちゃった」

「これで決まり、かな」

 

時雨と茜がそう呟く中、裕二は聖夜に向かって勢い良く突っ込んでいき、そして。

 

「おらあぁぁぁ!」

 

流星闘技(メテオアーツ)でその刃を巨大化させ、袈裟がけに振り下ろした。相当大きくなったそんなものを自在に振り回せているあたり、彼も相当の力を持っているわけであって、それを以てすれば聖夜など簡単に吹き飛ばせるだろうと、そう裕二は思っていた……のだが。

 

「ふっ……!」

 

聖夜の刀が淡く輝いたかと思うと、彼は居合斬りの要領で右下から鋭く斬り上げた。二つの刃がぶつかり合い、激しく火花が散る。

 

「ッ!」

 

裕二のショックは大きかった。自分の渾身の一撃を序列外生徒の刀に受け止められたのだから。ましてや、自分より力が無いだろうと侮っていた相手に。

 

しかし、聖夜にとってはなんでもないことだ。ハンターとしての膂力に加え、星辰力での強化もあり……単純な力比べであっても、彼は裕二を超えていた。

 

しかも『夜桜』には後付けで魔力が込められている。その魔力を、星辰力を媒体に少し解放すれば、通常時以上の強度を生み出すことが出来るのだ。

 

鍔迫り合いになるも、さほど長く保たないうちに聖夜が相手を弾き飛ばす。そして、彼は腰のホルダーから『幻想の魔核(ファントム=レイ)』を出し、素早く起動させた。その動作にギャラリーが一斉にどよめいたが、聖夜はそれを気にすることなく、懐からスペルカードを取り出す。

 

「スペルカード発動……『ボルケーノブロー』!」

 

そうして、スペルカード発動の宣言と共に放たれた聖夜の右拳。その拳は、うっすらと緑色のオーラを纏っていた。

 

「ちっ……!」

「おらあっ!」

「っ!?」

 

その拳を防ごうと、裕二は咄嗟にハルバードを盾にする。しかし、ハルバードがそれを受け止めた瞬間、二人の間に派手な爆発が起きた。為す術も無く、裕二は後ろに大きく吹き飛ばされる。

 

今のスペルカードは、かつて狩った砕竜というモンスターの攻撃を真似たものだ。流石の聖夜も爆破属性までは操れないので、爆発は粘菌ではなく霊力……この世界では星辰力によるものだが、その爆発力は確かに裕二をダメージを与えていた。

 

「クソったれが……」

 

がしかし、裕二は上手く体制を立て直した。地面の上を滑りながら勢いを殺し、砂煙の先にあるはずの聖夜の姿を探す。

 

――まさに、その時だった。

 

「月影流……『時月(ときづき)』」

 

その砂煙の中から聖夜が出てきた……と裕二が判断した時には、既に彼の校章は真っ二つに斬られていた。砂煙に紛れて高速移動してきた聖夜が、すり抜けざまに裕二の校章を断ち斬ったのだ。

 

スッと、刀が納められ。

 

「――桜舞い 魂踊る 幽世(かくりよ)を 覗き込みしは 現世(うつしよ)の果て」

 

辺りが静まる中、聖夜はそう歌を詠み――。

 

校章破損(バッジブロークン)

 

無機的な声が校章の破損を告げた瞬間、ギャラリーが大歓声を上げた。最近転入してきたばかりの生徒が序列三十五位を下した……そんな光景に、彼らも驚きを隠せないのだ。

 

それと、もう一つ。

 

「お疲れ様。……にしても、随分と格好付けたじゃない。何よ、あの和歌は?」

「そんな気分だったんだよ。悪いな、センスの欠片も無くて」

「いえ、和歌自体は良かったと思うんだけど……でも、ちょっと目立ち過ぎじゃない?」

「目立つくらいが丁度良いだろ?」

 

そう言って穏やかに笑う彼が、つい先程詠んだ和歌である。あの歌に込められた意味は、この場では恐らく時雨にしか分からないだろうが。

 

時雨がやれやれと、しかし若干嬉しそうに言う。

 

「この際だから言っちゃうけど……刀を納めながら歌を詠んでたあなた、とんでもなく格好良かったのよ?」

「いやいや、まさか……流石に冗談だよな?」

「じゃあ、ギャラリーの女子を見てみなさいな」

 

そう言われるがまま、疑い深げに聖夜はギャラリーを見渡した。その中の、とある女子三人組の一人と目が合い……その瞬間、彼女達は小さく黄色い声をあげた。

 

「きゃー、こっち見てた!」

「すごい、やたらとイケメンだ……ね、サイン貰いに行かない?」

「うん、行こう行こう!」

 

――ちなみに、ハンターである聖夜にはこの会話が筒抜けだ。彼的には聞きたくなかったような、聞きたかったような、そんな微妙なラインの内容である。

 

「おっおーう……マジか、サインですか。なんか恥ずかしいんだけど」

「転入早々ここまで派手にやった生徒なんてほとんど居ないからね。ましてやいきなり序列入り……大人しく人気にあやかっとけば?」

「……ま、ありがたいことだもんな」

 

しかしまあ、と聖夜は思う。元の世界でもサインを求められる事があったにはあったし、ここアスタリスクでは序列が上げれば人気も同時に上がることは承知のうえだ。……しかし、こんなに早くこういう事になるなんていうのは予想外である。

 

と、その内の一人が声を掛けてきた。先程目が合った子で、制服を見る限りどうやら中等部の生徒らしい。

 

「あの……サインを頂いても良いですか?」

「ああ。俺で良ければ」

 

朗らかな、人懐こい笑みを浮かべて、彼は彼女達に向き直った。サインを書くのは、聖夜にとっては慣れたものだ。見事な手際で三枚分書き終え、彼女達に手渡した。

 

「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそ。君達も頑張れよ」

 

そう言って再び微笑みかける聖夜に、三人はまたも感嘆の声を漏らした。

 

すると、時雨達が聖夜の元へ。

 

「凄いわねえ。というか、他にも居るけど……」

「これ以上はパスで。……早いとこトレーニングルームに行こうぜ。意外と時間食っちゃったし」

「そうね。……これ以上邪魔が入らないうちに行きましょうか」

「目が怖いって、目が」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「――さてと、まずは茜の今の実力を見たいな」

 

到着早々、聖夜は準備運動をしながらそう言った。茜はといえば、こちらはあまり乗り気には見えない。

 

「えー……」

「こら、不服そうにしない。……まあ、じゃあ最初は武器有りにするか?」

「ううん、大丈夫。勝てないだろうなって思ってただけだから」

 

茜は苦笑しながらそう言うと聖夜から少し離れ、彼の正面に立つ。何だかんだ言ってても、結局やるつもりらしい。

 

「手加減はした方が良いよね?」

「お互いにな。こんな事で怪我するのもアレだし」

 

口ではそんな風に軽く言っているが、どちらも既に臨戦態勢に入っていた。どちらも構えを取るわけでは無く、あくまで自然体だ。しかし、そこに隙は無い。

 

「……じゃあ、いくわよ」

「おうよ。かかってこい」

 

刹那、鋭い蹴りが聖夜の首に迫る。手加減しているようには見えないその右脚だが、聖夜は素早く左腕を上げて防いだ。そして、彼はそのまま彼女を左腕だけで弾き飛ばす。

 

しかし、聖夜は少し痛そうに左腕をさすっていた。対する茜も驚きの表情を浮かべている。

 

「……随分強くなったな。星辰力をしっかり練ってないと、そのまま持っていかれそうだ」

「……聖夜の膂力(りょりょく)の方がやばいと思うんだけど」

「まあ、俺の左腕は何度も修羅場をくぐってるからな。それで色々と我慢強くなっただけだ」

 

斬竜に叩き斬られそうになり、妹紅の炎が直撃したこともあり、フランのスペルカードを受け止めたこともあり……そもそも彼はランスや片手剣の盾も、セオリーに反して利き手ではない左手で持つので、それのせいもあるだろう。古龍の突進も然り、である。一つ一つ挙げていてはきりがない。

 

ふと、傍から見ていたセレナがぽつりと言う。

 

「まさかこんなに凄いなんて……」

 

セレナにとって、先程の攻防は目で追いかけるのがやっとだった。状況が把握しやすい傍観でこれなのだから、実際に相対した時は、辛うじて反応できるかといったところだろう。

 

「まあそりゃね。体術で言えば、私達が束になったって互角くらいじゃない?」

「なんででしょうね、冗談だと思えなくなってきたわ……」

 

月影聖夜という人間を過小評価していた、という事をセレナは認めなければなるまい。目の前の光景の通り、彼は冒頭の十二人と互角に……否、それ以上に渡り合っているのだから。

 

このままじゃ埒が明かないと感じたのか、茜が積極的になった。力の差を補うように、速く速く……。

 

「うおっ……ギリセーフ」

「まだまだ!」

「これまた、随分と速いこって……!」

 

何発か良い一撃が聖夜に入りそうになり、その度に彼は間一髪のところで防御する。先程とは一転、傍目には茜の有利な状況だ。

 

……しかし全員が、彼が攻撃に転じていないことに気付いていた。そしてそれが分かっているからこそ、茜は攻め急いでいるのだ。

 

しのぎを削りあった攻防の末、ついに茜が聖夜の懐に入った。彼に反撃の隙を与えぬまま、彼女の右拳が聖夜の鳩尾に突き刺さ……ろうとしたまさにその時、彼女の腕が聖夜に掴まれた。彼が浮かべる、少しニヤッとした笑み。

 

 

……次の瞬間、茜の視界が回転する。投げられた、と彼女が判断した時には、その身体は想像よりも軽い衝撃と共に地面に倒れていた。

 

何故衝撃が軽かったのかは、聖夜が茜の身体を支えたからであろう。かなり近くにある聖夜の端正な顔にドキドキしながらも、茜は呟いた。

 

「……やっぱ勝てないか」

「いや、かなりイイ線いってたぞ。流石は茜だ」

 

その聖夜の言葉には、一切の世辞が感じられなくて。

 

「あ、ありがと……」

 

茜は頬を染め微妙に視線を逸らし、そう照れた返事しか出来なかった。

 

……しかし、それが聖夜には効果抜群だったらしく。

 

「……マジで可愛いなあ」

「ひゃっ……」

 

ほとんど無意識に、聖夜は茜の頭を優しく撫でていた。茜も抵抗はしない。お互い、深く信頼しあっているからである。

 

「……もう」

「悪い。ちょっと魔が差して」

 

聖夜が手を離すと、茜も少し名残惜しそうに離れた。その名残惜しさを彼女は隠さない。

 

「ねえ、もう少しやってくれても……」

「……そこまでにしとけば?」

 

突如として聞こえる冷ややかな声。それは時雨が発した声だ。

 

「……何よ、嫉妬?」

「ええ、そうですけど?」

 

場が一瞬にして険悪な雰囲気に。しかしまあ、聖夜もこの雰囲気には慣れっこだ。取るべき行動は分かっている。

 

「――よし、放置しよう」

「それ、一番やっちゃいけないやつでしょ……」

 

呆れたようにセレナが言うが、面倒な事に首を突っ込みたくないのだ。

 

「ホント、どうしてああなるんだか」

「……引き金を引いたのはアンタだけどね」

「さて、何のことやら」

 

 


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