学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第六話〜『幻想の魔核(ファントム=レイ)』〜

「ふあぁ……激眠し」

「シャキッとしなさいな。ほら、コーヒーでも飲む?」

「おっ、サンキュー。頼むわ」

 

今俺が居るのは、女子寮の時雨の部屋だ。時刻は八時頃。こんな時間だが用事があるとかで呼ばれたので、十階のここまでクライミングしてお邪魔した次第である。言い訳の余地もなく校則違反だが、生徒会副会長の用事だというのならば問題にはならないだろう。あくまでバレなければ、だが。

 

――まあ、それは良いとして。

 

「……時雨、もうちょい何か着たらどうだ? タンクトップ一枚ってのは、どうにも目のやり場に困るんだけども」

「ふふ、気になるでしょ?」

 

そう言って、時雨は誘うように微笑む。彼女が居るシンクと俺の座っているソファーまでは少し距離があるが、思わずそれを忘れ彼女を抱き締めたくなってしまったほどには、その微笑みは可愛らしかった。

 

時雨はトレーに載せたカップを二つ、目の前のテーブルに移し、そしておもむろに隣へと座った。

 

「はい、お待たせ」

「あ、ああ。……って、近い近い」

「文句ある?」

「無いけどさ……」

 

何がとは言わないが、二つの柔らかいものが右腕に当たっているのだ。如何せんそれが気になってコーヒーを飲めそうにもないので、俺は時雨から半身分の距離を取る。しかし、彼女は素早くその間を埋めてしまった。

 

「もー、離れなくたって良いじゃない」

「……しゃーねえだろ。多少は緊張してんだよ」

「へーえ……それは意識してるってこと?」

「ええそうですよ。……甘っ、マッカンかこれ?」

 

諦めてカフェオレかと思っていた飲み物を飲んだ瞬間、むせ返るような練乳の強い甘みが口の中に広がった。まるで、俺の大好きなMAXコーヒーの味だ。思わず時雨を見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。

 

「……上手く出来てた?」

「ああ、めっちゃ美味い。……いつの間に?」

「うん。聖夜が私の家に来てくれる日の為に、ちょっとずつね」

 

とてもありがたい話である。

 

「でもね……入ってるのは、砂糖や練乳だけじゃ無いんだよ?」

「えっ、そうなのか。じゃあ他には何が?」

「それはね…………ふふっ、とっても甘い『愛情』だよ?」

 

そう言って、彼女はニコッと笑う。そしてそれを見た俺は、無意識のままに彼女の頭へと手が伸びていた。

 

「ひゃっ……もう、急に撫でないでよ」

「すまん。つい」

「……別に良いけど」

 

なんだかんだ撫でられるのが好きな時雨は満更でもないようだ。ちなみに、俺は俺で彼女の甘い雰囲気に呑まれかけていた。

 

「あ、そうそう。あともう一つ、少し薬も混ぜてあるけど……」

「前言撤回。お前何してくれちゃってんの?」

「だって、まさか効くとは思ってなかったんだもん」

 

あーもう本当に可愛いなあ。ただし、その混ぜた薬とやら、何か嫌な予感がする。ハンターの体質上、薬は効き()()が、スキルを発動していない限り無力化は出来ないのだ。

 

「……で? 何となく予想出来てるけど、その薬とやらは何だ?」

「安心して。媚薬に似た何かだから。探すの大変だったんだよねー」

「予想の斜め上を行ったなおい。……つーか、俺に薬は効かないぞ」

「へえ……その割には、結構体温上がってきているみたいだけど?」

 

 

苦し紛れの言い訳。しかし、そう言って体を密着させてくる彼女の顔には、先程のような可愛らしい微笑みは無かった。今あるのは、全ての男を虜にする妖艶な笑み。俺がそれに惑わされている間にも、彼女の細い指は俺の首筋を這う。そして、彼女は至近距離から上目遣いで俺の顔を覗き込んだ。

 

 

「ねえ、いいでしょ……?」

 

 

そんな甘えた声が聞こえてくる。正直なところ、俺の理性は限界寸前だ。いや、もしかしたら超えているかもしれない。

 

薬のせいなのか、それとももっと違う何かのせいなのか。それは定かではないが、ともかく気付けば俺は時雨を押し倒していた。

 

 

「聖夜……」

 

 

困惑しながら、しかし期待のこもっている目で俺を見る時雨。そんな彼女の唇に、俺は自身の唇をゆっくり近付けていく。

 

 

「えっ……?」

 

 

しかし直前で軌道を変え、キスしたのは彼女の頬。……これくらい、パーティーなどではよくやる事だ。いやもちろん押し倒したりはしないが。

 

そして、俺は彼女に馬乗りになったまま顔を離す。彼女の両腕をしっかりと掴んだままで。

 

 

「……全く。俺を犯罪者に仕立て上げるつもりか?」

「……そういう事、するつもりだったの?」

「あれだけ誘われたらな。今だってやろうと思えば出来るんだぞ? この体勢なら、俺の方が有利なんだからさ」

「……良いよ。私の事、好きにして。何されても文句言わないから」

 

 

時雨は抵抗する素振りすら見せず、言葉通り為すがままになっている。そんな状況と彼女の発言に今度こそ理性が弾け飛びそうになるが、それをなんとか堪えた。俺ってマジ紳士の鑑。

 

「…………はあ、そんな事するわけないだろ?そういう関係でもないんだから」

 

そうして俺は彼女の上から退く。……しかし、不覚にもその時に気付いてしまった。

 

「お前さ……下一枚しか履いてなかったのかよ」

「う、うん……その、面と向かって言われるとすごく恥ずかしいんだけど……」

「今更だろ……ってまさか、上も……?」

「……うん。着けてないよ」

「ああもう、本格的に襲いたくなるからやめてくれ」

 

何故かこちらも恥ずかしくなり、俺は彼女から視線を逸らした。そして再びソファーに座り、俺の横を軽く叩いて時雨に座るよう促す。

 

「……話があるんじゃなかったのか?」

「そ、そうね。……こほん」

 

尚も恥ずかしそうに隣に座った時雨は、そうわざとらしく咳払いをして。

 

「……あの『幻想の魔核(ファントム=レイ)』について、少し話しておかないといけない事があるの」

「オッケー。聞くよ」

「ありがとう。……じゃあ、まず一つ目ね。あれの()()についてよ」

 

代償か……と俺は少し思案する。純星煌式武装(オーガルクス)にはそう呼ばれるものがある、というのは今日クローディアから聞いた事だ。そういったデメリットは聞いておかなければ、今後困る事もあるだろう。

 

「でも聞いた感じ、かなり危険なものだと思うわ。……その代償は『幻視・幻聴』。以前の適合者は、それで廃人になってしまったらしいの」

「廃人に……そんなに酷いのか」

「よく分からないけど、多分ね。強力になればなるほど、代償も大きなものになっていくの」

 

だから、と時雨は一旦言葉を切って、

 

「……危ないと感じたら、無理せず手放すのも一つよ。持ち主にしか危険が分からない、なんて事も多いからくれぐれも慎重にね」

「……了解。心に留めておくよ」

 

しかし、そんな事を聞かされたからか、先程の『幻想の魔核』に触れた時に感じた心地良さを思い出した。

 

「でもなあ……なんとなくだけど、上手くやっていけそうな気がするよ」

「……かもね。あんなに使いこなせてたし」

 

彼女の言う通り、俺はかなり上手く使えてたと思う。適合率も申し分なかったし……。

 

ふと時雨を見ると、改めてその蠱惑的な格好に目を奪われる。上はタンクトップ一枚、下はパンツだけ……。

 

「…………時雨、ちょっと良いか?」

「なあに? ……きゃっ!」

 

本当に突如湧いてきた感情のままに、時雨を再び押し倒す。あまりにも唐突な事だったので、彼女も驚きを隠せないようだ。

 

「ちょ、ちょっと、急にどうしたの?」

「……少しムラムラとしてきちゃってな」

 

困惑している時雨の上に跨がり、タンクトップの下、彼女のお腹へと手を這わせてみる。スベスベとして柔らかいその感触に、俺は思わず嘆息した。

 

「んっ……」

「……全然無駄な肉が付いてないんだな。こりゃモデル顔負けだ」

 

ふにふにと優しくつまんでみたり、撫でてみたり。時雨もなんだかんだ気持ち良さそうにしているので、まだまだ続けていたくなる。

 

すると、時雨が俺の右手首を掴んできた。そしてそのまま、俺の手を彼女自身の胸の上に(服越しに、だが)乗せる。

 

「あんっ……」

 

想定外の感触に、俺は思わず手を少し動かしてしまった。その瞬間、時雨は艶っぽい声をあげる。その姿に、そしてこの感触に、俺はこの右手をもっと動かしてみたい衝動に駆られるが、すんでのところで理性を取り戻した。

 

(……これ以上は流石にまずいな)

 

そう判断し、素早く彼女の上から退く。そして彼女の手を引っ張って立たせた。

 

そして、目を丸くしている彼女に背を向ける。

 

「悪かったな。じゃ、もう帰るわ」

 

立ち上がってからここまで、約十秒。そのままクールに立ち去ろうとしたのだが……。

 

「……待ちなさい」

「げほっ……こら、急に引っ張らない」

 

何やらお怒りの様子な時雨に強く襟を掴まれ、危うく首が締まりかけた。

 

「あのねえ……まだ話は終わってなかったのに、普通あんな事する? ……まあ、私もちょっとやる気になっちゃってたけど」

「あー、それはなんつーか……すまん」

「……ま、良いけどね。嫌じゃなかったし」

 

彼女はそう言い、再びソファーに座った。そして、その横をぽんぽんと叩く。――友人同士の戯れはこれで終わり、という合図か。

 

「ほら、座って?」

「はいよ。……で、まだ何かあるんだよな?」

「ええ。……じゃ、教えて? 『幻想の魔核』の能力(ちから)を」

 

俺は頷き、『幻想の魔核』のコアをホルダーから取り出した。

 

 

「『幻を現す』と言われているように、こいつの能力は『使用者の想像した攻撃等を具現化する』……だと思う。言ってしまえば、使用者が万能な『魔術師(ダンテ)』や『魔女(ストレガ)』になれるってこと」

 

「ふむふむ。……じゃあ、次。貴方は属性力も使えてたみたいだけど、あれは?」

 

「予想だけど……こいつが俺の星辰力(プラーナ)を属性力に変え、技とした……んじゃないかな」

 

「なるほど……そういえば、星辰力は属性力一種類分しか増えてないって言ってたけど」

 

「そのまんまの意味。いやまあ、もっと増やしてくれそうな雰囲気あるんだけど……その為には、まだいくつか条件があるっぽいな」

 

「条件? どういうこと?」

 

「なんつーか……もっと星辰力が欲しいなら条件がある! ……的なことをこいつが示してるんだ。詳しくは分からないけど」

 

「うーん……? よく分かんないけど……まあ、純星煌式武装っていうのはそんなものよね」

 

 

激しく同意である。実際、俺もよく分かってないのだ。分かっていることは、【技はイメージが強いほど鮮明に現れる】、【技の規模に比例して星辰力を消費する】ことくらいだ。

 

ちなみに今の状態だと、スペルカードは(種類にもよるが)一戦につき三、四枚しか発動出来ない。『幻想の魔核』の力を借りて、それでもようやく七枚くらいか。戦闘中は常に余力を残しておかないといけないから、実際に使えるのはもっと少ない。……嗚呼、自分の無力さを嘆く。

 

まあ、耐久力なんかは、ハンターボディに加えて星辰力もあるから頭一つ抜きん出てるんだろうけど……あ、スキルもあるか。『精霊の加護』や、緊急用に『絶対防御態勢』なんかを上手く使えば相当耐える事が出来そうだ。とりあえず、そっちは問題無い。

 

つまるところ、戦闘において『幻想の魔核』は今のところあくまでもサブ。メインは体術だろう。……中々面白くなりそうだ。幻想郷に居た時はあまり近接戦闘をしていなかったし、ここでそれがどこまで通用するのか興味もある。おあつらえ向きに、俺には十五の武具……もとい、純星煌式武装があるのだ。ハンターの真髄、見せてやろうではないか。

 

無論、『幻想の魔核』も使える範囲で存分に使うつもりだ。イメージした技を発動出来る……つまり、某SAO(隠すつもりは無い)のソードスキルのように、近接技の一連の動作もイメージ次第では『幻想の魔核』が補助してくれるのだ。星辰力を追加で使うが、それっぽいエフェクトを出すことも出来る……らしい。こいつが教えてくれた。

 

言ってしまえば、知っているアニメやゲームの技を真似出来るのである。このことは、技のレパートリーが増えるだけに思えるかもしれないが、実はもっと大きなアドバンテージになり得る。

 

それが何かといえば、それらはこちらの人々からしたら完全初見の技になるという事である。俺らが居た世界……すなわち元の世界で流行っていたものが、この異世界にあるわけが無いからだ。『メタルギア』シリーズのCQCの動き、前述した『SAO』のソードスキル……。

 

俺的には、『星のカービィ』シリーズも取り入れてみようかと考えている。ソードとかビームとか、あとはサーカスやリーフなんかも面白いかもしれない。あとウルトラコピー系。王牙大剣を流星闘技(メテオアーツ)で巨大化させて、ウルトラソードみたいにするとか。……何それメッチャ面白そう。

 

そして、この性質を利用した戦い方がもう一つある。俺が検査の際に魔理沙の『マスタースパーク』を撃ったのと同様に、他人の技をもコピーすることが出来るのだ。おそらく、やろうと思えば時雨の技なんかも真似出来る。……もちろん、星辰力の消費に耐えられるかは別問題であるし、使いこなせるかどうかも分からないが。

 

 

「……まあ、こんなとこだけど。大丈夫か?」

「うん、ありがと。心配だったから、なんとなくでも知れて良かったわ」

「そりゃ良かった。じゃ、俺はこれで」

「えっ……?」

 

用件は全て終わったはずなのに、俺がそう言って立ち上がると時雨は寂しそうな目でこちらを見上げてきた。

 

「もう行っちゃうの……?」

 

駄目だ、この子可愛い。しかし、俺の理性だって結構キツイのだ。さっきのだって、戯れとはいえ柄にもなくドキドキしてしまったのだから。

 

「まあ、これ以上居ると……な? そんな関係じゃないんだから、夜遅くまで男女が一緒に居るのもあれだし」

「ううー……じゃあ、また来てね? 約束よ?」

「……はいはい」

 

無論、この状況でそのお願いを断れるほど厳しいわけじゃない。またお邪魔していい口実が出来るのは悪い事ではない……はずだし。それだけ信頼してくれているということだ。

 

「……じゃあね。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よっと。……なんか疲れたな」

 

十階から飛び降り、なるべく音を立てないように着地した聖夜。彼はそのまま、手近な木に寄り掛かった。

 

(ほう……星、随分と綺麗だな。ここら一帯は明るいのに、珍しい)

 

ふと彼が空を見上げると、そこには満天の星空が。この時期特有の肌寒い風も相まって、思わず聖夜は幻想郷を思い出した。

 

(月も大きいしなあ……異世界ってのはどこもそうなのかね)

 

月、というのは聖夜にとって特別な意味を持つものだ。彼の身に流れている『月の一族』の血、古龍が力を発揮する『月夜』、そして彼が死にかけながらも、解決した異変『影月異変』……彼がどこに行っても、『夜』……ひいては『月』というものが関わってくるのだ。一種の運命、いや、因縁だろうか。

 

(不思議なもんだよな……運命っていう考え、俺は嫌いじゃないけど)

 

しかしながら、そういう非論理的な考え方を彼は好んでいる。こんな風に異世界に来てしまっていること自体あまりにも非論理的であるため、まあ仕方無いことではある。

 

と、彼はとりとめのない事を色々考えながら、ふと『幻想の魔核』を起動させた。それは完全なる無意識の行動だった。

 

なんとなく、本当になんとなく、彼は属性で作った五つの球体を目の前に浮かべてみる。ちょうど、紅魔館で初めて自分の能力に気付いた時のように。

 

その中でも一際目立つ、赤黒い球体。

 

(龍属性……か。本当に、この属性は何なのだろう)

 

考えたって答えがでるわけないことくらい、彼も分かっている。あくまでも、思い出に浸っているうえでの思考なのだ。

 

 

――そのまま、どのくらいそれらを見つめていたのだろうか。

 

 

「さっきから何してんのよ、そんな所で」

「……セレナか」

 

不意に後ろから聞こえてきた、呆れていながらも優しい声。彼が緩慢にそちらに振り向くと、穏やかな瞳をしたセレナが窓辺に肘を置いて彼を見ていた。……彼は、その瞳にある既視感を感じる。

 

「悪いわね、邪魔しちゃった?」

「……いや。ぼーっとしてただけだから大丈夫だ」

「そう、なら良いんだけど」

 

そう言うと、彼女はその窓辺を乗り越えてきた。マナーなど無視したその動きがあまりにも自然だったので、聖夜は思わず苦言を呈する。

 

「……おい、お姫様」

「別に良いじゃない。こないだの決闘の時にやったら意外と便利だったから、たまにこうしてるのよ」

「あ、そう……なんかごめん」

 

……思いっきり聖夜のせいであった。

 

「良いわよ。体裁なんてあまり気にしてないから」

 

しかしセレナは、そんな事を謝るなんて……と、面白そうにくすくすと笑っている。

 

そこで、ようやく彼は気付いた。

 

(そうか……さっきの視線といい、セレナはあの人に少し似てるんだ)

 

ドライなところとか、それでいて感情に割と素直なところとか。なんとなく、彼にはそう思えた。

 

「……どうしたの?」

「なんでも。そういや、いつから俺に気付いてたんだ?」

 

先程セレナが「さっきから何してんのよ」と言ったのを、聖夜は不思議に思っていたのだ。

 

「ああ、結構前からよ。……アンタが上から飛び降りてきた時くらいから、かしらね?」

「あ、や、えーと、あれはだな……」

「分かってるわよ。どうせ、『影刻の魔女(シャドウプリンセス)』の所にでも行ってたんでしょ?」

 

真上だからね、と。見事に当てられ、聖夜は諦めたように頷く。それを見て、セレナは一つため息。

 

「はあ……別に言いつけたりなんかしないわよ。あいつが自分の部屋に招き入れたんだろうし、それで何かあったわけでもないみたいだし」

「確かにそうだけどさ……」

「……まあ、これからは気を付けなさいよ。私以外の奴にバレたりしたら、その時はどうなるか分からないから」

「……ああ、肝に銘じておくよ」

 

バレたら死ぬ。これ大事。

 

「そういや、なんでセレナは少し間を置いてから俺に声かけたんだ? 見つけた時に声かけたってよかっただろうに」

「あ、えっと、それは……」

 

ふと、彼が感じた疑問。それを指摘すると、何故かセレナは途端にしどろもどろになってしまった。

 

……まあ、それもそうであろう。

 

(アンタをずっと見つめてた、なんて言えるわけないわよね……)

 

何故なら、彼女はただ聖夜に見惚れていただけだからである。正確には、彼と夜が創り出していた幻想的な雰囲気に。

 

しかし、それを正直に言ったら彼に嫌われる可能性すらある。言えない。

 

そんなわけで彼女が口を開けずにいると、幸いにも聖夜は話を変えた。言い難いことなのだろうと、彼にもなんとなく察せられたのだ。

 

「……まあ、いいか。それより、こんな時間までどうしたんだ? ……人の事言えないけどさ」

「全くね……夜空がいつも以上に綺麗だったから、つい眺めてただけよ」

「へえ……結構ロマンチストなんだな」

「悪い?」

「いいや。……ただ、やっぱり可愛いところあるんだなって思っただけさ」

 

往々にして、聖夜は『天然スケコマシ』と呼ばれることがある。その一例が、まさに今の発言だ。

 

そして、セレナはそういう事に疎いのであって。

 

「〜//!」

 

夜遅くというこの状況も相まって、それはもう顔を朱に染めてしまうのであった。

 

もちろん聖夜はそれに気付いたが、今回ばかりは追撃しない。今のはちょっと格好付け過ぎたな……と、自分でも気付いているからだ。

 

「……悪かった、話を変えよう。セレナはなんで、さっき俺に声を掛けたんだ?」

「えっ? ……あ、そうよ!」

 

聖夜にそう問われ、思い出す。

 

「アンタが浮かべてたあの球体……あれ、一体何なのかなって」

「ああ、なるほど……それを聞きたかったってわけか」

 

さてどう説明したもんか……と彼はしばらく悩み、答える。再び、五つの球体をお互いの目の前に浮かべて。

 

「これらは、俺がこの『幻想の魔核』によって使えるっていうか……得意な能力の一例……かな」

 

彼は空いている左手で一つずつ球体を指さし、

 

「これは火で、こっちは水。んでこれが雷、氷。……まあ、分かるだろ?」

「ええ。……それで、これは?」

「これは龍。……『神の天敵』の力」

「神の天敵……?」

「……まあ、ただの比喩さ」

 

龍属性については、知らない人に説明するのは難しい。そんな感じで、聖夜の言葉は少し曖昧になってしまった。

 

もちろんセレナも不思議に思ったが、追求はしない。他にも聞きたいことがあるからだ。

 

「ふーん……でもこれって、『魔術師』や『魔女』そのものよね? そういうのも『幻想の魔核』の能力?」

「まーそうだな。確かに、この雷なんかはセレナと似たようなもんだし」

 

そうして、聖夜は他を消して雷球だけを残す。すると、セレナも自分の能力で雷球を作り、目の前に浮かべた。彼らはお互いの雷球を見合い、思う。

 

「……あ、でも少し違う。アンタのは青白っぽいわね」

「本当だ。……セレナのは綺麗な黄金色だな。使い手と同じだ」

 

セレナの雷球の黄金は、彼女の金髪とも合わさりとても美しく夜景に映えている。そう思い彼がふと呟くと、セレナは再び頬をほんのり染めた。

 

「……アンタ、ブレないわね。嬉しいけど」

「いや、すまない。事実だったもんで」

「……もう。一体、アンタは何人の女性を落としてきたのかしら?」

「人聞きの悪いこと言うなって。俺じゃどんなに頑張っても落とせないよ」

 

何言ってんだか……と、彼女はため息。もう少し自信持っても良いと思うんだけど、と内心で思ってみるものの、さすがに口には出さない。

 

「……ま、いいわ。次にアンタと戦う時を楽しみにしてるから」

「おう。初見殺したくさんあるから、くれぐれも気を付けてくれよ?」

「そう簡単に負けてたまるもんですか。……それじゃあね、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 

 

 


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