学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第四話〜学園案内ツアー〜

「……これでよし」

 

放課後、セレナはトイレの鏡の前で身だしなみを整えていた。無論、これから聖夜を案内するからだ。

 

(ちょっと気合入り過ぎたかしら? でも、少しでも可愛いと思ってもらうためには……って、何考えてるのよ私!)

 

慌ててぶんぶんと首を振る。煩悩退散。……あ、少し髪が乱れた。

 

それを丁寧に直してから教室へと戻ると、聖夜と茜が楽しそうに話していた。久しく会っていないと聞いたし、だからこそ積もる話もあるのだろうが……セレナには少し、それが気に入らなかった。

 

「えーっと……そろそろ行かない?」

「あっ、もうそんな時間か。じゃあ茜、また明日」

「うん……ってちょっと待って。聖夜、『雷華の魔女(フリエンブリッツ)』と何処かに行くの?」

「ああ、ちょっとな。学園とかの案内をしてもらうんだ」

 

そんな聖夜の返事に茜はふうん、と言いながらセレナを見据える……というより、睨みつける。

 

「……一体どういう風の吹き回し? あなたが案内をするなんて」

「どうも何も、借りを返すだけよ」

 

借り、ね……と茜は呟くと、キッと顔を上げて言った。

 

「………なら私がやる。聖夜も嫌々案内されるのは気分悪いだろうし」

「ちょっと、いきなり何よ。こっちはもう約束してるんだから、邪魔しないで」

「知らないわ。というか、それなら聖夜に決めてもらいましょ」

「おい待てちょっと落ち着け二人共」

 

二人が睨み合っているのを見かねた聖夜が、慌ててその仲裁に入ろうとする。……だが、そんな彼の腕にそっと寄り添う女性が。

 

「なら、私が一番適任じゃない?」

「おわっ……と。やっぱ気配を消すのが上手いな、時雨」

 

やれやれとでも言いたげな顔で、聖夜は時雨を見やる。

 

「で、何の用だ?」

「昨日言ってた、純星煌式武装(オーガルクス)の適正試験の事でね。明日やるから、それまでにこの書類に目を通しておいて」

 

そう言って無造作に渡される書類の束。聖夜はそれに何気なく目を通し、

 

「って、随分多いんだな。読み切れるかね……」

「ああ、適当に流して大丈夫よ。どうせ小難しい事しか書いてないんだし」

「……副会長がそれで良いのか?」

「会長だってそうだし……ねえ?」

 

本当に大丈夫なのだろうか、と聖夜は思う。純星煌式武装はかなり希少かつ、取り扱いに気を付ける必要のある物なのだから、こんな適当に済ませてしまっても問題……なかったんだろうな今までも、と聖夜は一人で完結させ、会話を続けた。

 

「ま、どうせ適合率は高く出ないだろうけどさ」

「……案外、合うのがあったりしてね」

「そりゃ、あればいいけども」

 

聖夜と時雨が呑気に会話していると、蚊帳の外状態だった茜がついに痺れを切らした。

 

「……もう我慢の限界! さっさと聖夜から離れて!」

「嫌ですー。ていうか、あんたは朝くっついてたじゃない!」

「それとこれとは話が別でしょ! 第一、あなたより私の方が聖夜の横にはふさわしいのー!」

「なんですって!?」

 

そのまま二人は聖夜を挟んで大騒ぎ。茜に続いて怒鳴ろうとしたセレナはそれに呆気に取られ、抗議の言葉を飲み込んでしまった。

 

「おーい……全く。二人共、いい加減落ち着きなって」

「「聖夜は黙ってて!」」

「……変なところで息が合うんだな」

 

苦笑いしながらそう言った聖夜は、一つため息をついて。

 

――次の瞬間、いきなり彼女達の体制が崩れ、そのまま仰向けに倒れていく……直前に、聖夜が二人の背中を支えて一言。

 

「はい、もう終わり。俺はセレナと約束したんだから、今更それを変えるつもりは無いよ」

 

一言。これには二人も反論できず。

 

「むう……まあ、聖夜が言うなら仕方ないか」

「……この体術の天才め」

「褒め言葉として受け取っておくとしよう」

 

彼女達の体制を崩したのが聖夜だとセレナが気付いたのは、この会話でようやく二人が落ち着いた頃。そして、その事実に気付いた彼女は再び驚く。

 

なにせ、この二人は星導館でもトップクラスの実力者なのだ。しかも、かたや魔女(ストレガ)、かたや弓使いでありながら、体術をも他の『冒頭の十二人(ページ・ワン)』レベルで使いこなす二人である。それなのに、こうもあっさりと体制を崩されるとは。

 

ふと、聖夜が問うた。

 

「……茜、最近体術の訓練してないだろ」

「えっ? そ、そんな事は……」

 

さっと顔を背ける茜。

 

「こら、目を逸らさない」

「……ごめんなさい。実は、弓秘伝に使う動き以外は基礎訓練しかやってなかったの」

 

しかし、聖夜の視線には勝てなかった。心なしか若干しゅんとした様子で、茜がそう打ち明ける。

 

しかし、それを聞いた彼は特段叱るようなこともなく。

 

「まあ、その気持ちも分かるけどな。……そうだな、今度また稽古をつけようか? 前みたいにさ」

「え……良いの!?」

「ああ。今は実力がほぼ同じとはいえ、茜は教え子だし」

 

教え子!? とセレナは戦慄する。麗水の狩人(メレアヴィーネ)が教え子……もしかしなくてもこの転校生、とんでもない強者なのではあるまいか。

 

そう思った彼女は、思わず口にしてしまう。自分でも言うつもりの無かった、単なる思い付きを。

 

「その……私にも教えてもらえる?」

 

そう言った瞬間しまったと感じるが、時すでに遅し。案の定、茜の鋭い視線がセレナに突き刺さる。

 

「……なんであなたが?」

「えっ、それは……私だって強くなりたいからよ」

「はあ!?」

 

苦し紛れの理由に、もちろん茜が納得するはずもなく。

 

「まあまあ、俺は別に構わないよ。でもまあ……『冒頭の十二人』なんだから、かなり厳しくやるけどな。それでも良いなら」

 

だが、当の聖夜に異論は無いようだ。渡りに船とばかりに頷くセレナ。認めないとでも言いたげに茜が言う。

 

「ちょっと待ってよ聖夜、本当に?」

「ああ。別に秘伝を教えるわけでもないし、ただ体術の基礎とコツを教えるだけだからな」

 

そんな事よりも、と聖夜は話を切って、

 

「とりあえず案内をしてもらわないとな。よろしく頼むよ」

 

そう優しく微笑みながら手を伸ばしてきた彼の姿に、セレナは思わず見惚れてしまう。

 

――だから、なのだろう。その差し出された手を彼女が反射的に握ってしまったのは。

 

「その……こちらこそよろしく」

「おっと、これは意外だな」

「えっ? ……あっ、」

 

ようやく自分が何をしているのかに気付き、慌てて手を離そうとするセレナであったが、その時教室の外から微かな物音が。

 

「っ!」

 

それを聞きつけて、聖夜と茜が素早く反応する。だが、その何者かの気配はどこかへと去っていってしまった。

 

「今のは何だったんだろ?」

「確実に誰か居たんだけど……敵じゃない、かな?」

 

時雨も茜と警戒はしているが、追いかけようとはしないようだ。聖夜もふむと思案し、

 

「……まあ、一応警戒しておくかな。それじゃ、行こうか」

「あ、うん…」

 

相変わらず聖夜と手を繋いだままだったが、あろうことかセレナはそれを忘れてしまっていた。その状態のまま、彼女は案内を始めてしまう。

 

もちろん聖夜は気付いていたが、あえて何も言わなかった。こう見えて、意外と人をからかったりするのが好きなのである。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

星導館敷地内、中庭にて。

 

「どう? どこに何があるかくらいは分かった?」

「ああ。丁寧に教えてくれたおかげでよく分かったよ」

 

聖夜の返事を聞いてセレナは安堵する。案内なんて事は初めてやったので、内心彼女はとても不安だったのだ。

 

(よかった……)

 

すると、聖夜が悪戯っぽく笑って言う。

 

「なんだ、不安だったのか?」

「えっ!? なんで分かったの?」

「その綺麗な顔に出てたよ。分かりやすくね」

 

わざとらしいその言葉に、しかしセレナは狼狽えてしまいながら、

 

「なっ……何よ、いきなり」

「事実を言ったまでだよ。麗しいお嬢さん?」

 

同級生に面と向かって言われたのは初めての事だったので、セレナはどぎまぎしてしまう。中々言葉が出ず、それでもなんとか絞り出したのは苦し紛れの一言。

 

「……世辞は嫌いよ」

「そのつもりは全く無いんだけどな。……あとさ、さっきから注目を集めてるのには気付いてるか?」

「ええ、いつもより視線を感じるわ。なんでかしら…」

 

本当に分からないといった様子のセレナに、聖夜は驚きつつ。

 

「あー……まさか気付いてないのか」

「……何よ、視線を集めてる事くらい気付いてるって言ってるでしょ」

 

軽く睨んでくるセレナに対して、聖夜は少し言いにくそうに告げた。

 

「そうじゃなくてさ……ほらセレナ、その原因はさ、君がずっと俺の手を握りっぱなしだからじゃないかな?」

「えっ? ………あ」

 

慌てて手を離し顔を赤くするセレナを見て、聖夜は苦笑を一つ。まさかとは思っていたが、本当に気付いてなかったとは。

 

「まあ、なんだ……随分と可愛らしいじゃないか」

「忘れなさいっ! 今すぐ!」

「おっと。そんな大声出したら、もっと注目を集めちまうぞ」

 

その言葉に、セレナはぐぬぬと唸るしかない。どうやら、口は彼の方が一枚上手のようだ。

 

「別に他言はしないって。……まあ、さっきから写真撮られまくってたから意味ないだろうけど」

「もうどうにでもなれだわ……」

「うん、まあ……明日は誤解を解くのだけで終わりそうだな」

 

明日の事を考えて早くも憂鬱になり始める二人。

 

 

……だが、その時遠くで爆発音が。

 

「えっ、何!?」

「なんで爆発音がするんだよ……どうなってんだこの学校」

 

周りの生徒達もその音に気付き、既に発生源の方へと向かい始めている者もいた。もちろんセレナも動こうとするのだが、何故か聖夜は立ち止まったまま。

 

「何してるの? 一応、私達も見に行きましょう」

「いや……ちょっと待った。その方向から、何かが近付いてきてる」

「えっ?」

 

目を閉じながらそう言った聖夜に、困惑を隠しきれないセレナ。すると突然聖夜が目を開き、懐から札のようなものを取り出した。

 

「スペルカード発動……霊槍『ゲイ・ボルグ』!」

 

そう唱えた聖夜の手に純白の槍が現れるのと、近くの茂みからこちらへ矢のようなものが放たれたのはほぼ同時だった。

 

「よっと!」

 

彼はそれを槍で弾き飛ばし、お返しとばかりにそれを投擲。そして何故か後ろを向き、

 

「伏せろ!」

 

そう叫んで、彼は星辰力で作り出した光弾を四発、自分の周囲から放つ。誰も居ないかに見えた後ろの茂みからは、その弾の直撃を受けたのであろうフードを被った大男が出てきた。同じく、槍を投げた方からは煌式武装を持ったフードの男が吹き飛ばされて出てくる。

 

しかし、彼らは体制を立て直し、かたや大斧を、かたやボウガンを構えて臨戦態勢をとった。

 

聖夜はその男達を見据え、冷徹に言う。

 

「……聞こう、アンタらは何者だ?」

 

そう彼が問うても、男達は答えない。聖夜は溜め息を吐いて。

 

「口は利かない、と。……ならまあ、覚悟しろよ」

 

そう言って間合いを取り始める。だが、次の瞬間、不意に彼らは大きく飛び退いた。予想外の行動に、そしてまるでその気配が無かった事で、聖夜の反応はワンテンポ遅れてしまう。

 

「ちっ、逃げる気か……!」

「轟け、『焦乱の雷鳴(スパークノア)』!」

 

虚を突かれながら、それでも再び光弾を放とうとする聖夜より先に、セレナは十数発の不規則に飛ぶ雷撃を放つ。しかし既に距離を取られていたためにその攻撃は数発しか直撃せず、聖夜が放った光弾も避けられ、男達はそのまま逃げ去ってしまった。

 

「どうする、追う?」

「……いや、止めておこう。深追いする必要は無い」

 

そうセレナを制した聖夜は、男達が逃げた方向と爆発音が聞こえた方向を交互に見やって、

 

「あいつらは爆発音の方向から来た……だけど、何故俺らを攻撃したんだ?」

「分からないけど……とりあえず、音がした方に行ってみましょう」

「そうだな。さっき一体何が起こったのか……」

 

彼らは小走りでそちらに向かう。そしてある程度進んだところで、惨状が彼らの目に飛び込んできた。

 

「うっわ、これはまた派手にやっちまってますねえ……」

「……本当に何があったのよ、これ」

 

ほぼ全壊状態で、あちこちに水を撒き散らしている噴水。何かで抉られた周りの地面。思ってもみなかった光景に、彼らは同時に驚き呆れた。

 

「……あっ、聖夜!」

「お? って綾斗か。一体……ああ納得」

 

少し離れたところにいた綾斗に呼ばれた聖夜達は、その後ろにいた、水を被りついでにタオルも羽織っている二人の女子生徒を見て、おおよそ納得する。

 

「随分と派手にやったもんだなあ。あいつらはこれから逃げてきたのか」

「……あいつらって?」

 

傍らの、水色髪の少女が聖夜に問う。

 

「俺らを襲ってきた奴らがいたんだけど、そいつらはこっちの方向から来たから、もしやと思ってね。貴女の名前は?」

「……沙々宮紗夜。よろしく」

「こちらこそ」

 

ほとんど表情が変わらない紗夜は、そう言って聖夜と握手し、

 

「それで、あなた達を襲った奴らは、もしかしてフードを被ってなかった?」

「ああ、確かに被っていたな」

「私達もそれに襲われた。返り討ちにしたけど」

「……手加減はしたのかい?」

「……? する必要はない」

 

淡々と言い放つ紗夜。

 

「あはは……紗夜はこう見えて意外と好戦的なんだ」

「……だろうな」

 

苦笑する綾斗に聖夜は同じく苦笑で返し、改めて辺りを見渡した。

 

「にしても……これだけの大爆発を伴う攻撃を受けたってのに、あいつらは普通に動けたのか。セレナの雷撃と俺のスペルカードを直撃させても倒せなかったし……」

「聖夜達も戦ったのかい?」

「まあな。……あ、手加減はちゃんとしたからな? 殺したりしたらめんどいし。……つーか、これはヤバイだろ。始末書もんだ」

 

聖夜と綾斗が紗夜に視線を向けると、彼女は傍らのユリスを見て言った。

 

「……面倒くさいのはリースフェルトに任せる。ファイト」

「何故私に丸投げする!? お前が吹き飛ばしたのだろう!」

「はいはい、ストップストップ」

 

口論を始めかけるユリスと紗夜を制して、聖夜は難しい顔をしながら一言。

 

「今問題なのは、ユリス……貴女がまた襲われた事だ。間違いなく、犯人は貴女か……セレナが襲われた事も考えると、『冒頭の十二人』を狙っている」

 

昨日綾斗とユリスの決闘中に誰かが横槍を入れた事を、聖夜は時雨から聞いていた。

 

「とりあえず、クローディア達に報告しとかないとね」

「ああ。あとはまあ、大丈夫だとは思うけど……警戒は解かないようにしないとな」

「……次は逃さない」

「俺も同感だ。騒ぎに便乗して闇討ちする輩だからな……次会ったら、塵一つ残さず消し炭にしてくれる」

「……聖夜も割と血の気が多いんだね」

「女の子を襲う奴らは死すべし、慈悲は無い」

 

場所は選ぶけどな、と聖夜は付け足す。

 

「とはいえこんな所で立ち話もあれだし、お二人さんが風邪引いてもよくないからな。そろそろ行こうか、セレナ」

「ええ、そうね」

 

そう言って聖夜は無意識に手を差し出し、セレナもごく自然にその手を取った。それを見て、ユリスが驚いた様子で言う。

 

「……なんだ、お前達は付き合ってるのか?」

「……はあっ!? な、何よそれ!」

「いや、自然に手を繋いでたものだから、ついな……」

「……あっ」

「ああ、思わず……まあでも、お姫様をエスコートするためだから仕方ないよな」

 

聖夜は、慌てるセレナを素早くフォロー。だが、ユリスの訝しげな視線は解かれない。

 

「ふむ……ようやくセレナのパートナーが決まったのかと思ったのだが」

「ああ、鳳凰星武祭(フェニクス)のか」

「そうだ。いい加減、私も早く決めなければ……」

 

鳳凰星武祭か、と聖夜は呟く。その声にセレナが反応し、何かを期待するような目で聖夜をちらりと見るのだが……生憎彼は気付かない。

 

「うーん……俺も出てみようかな」

「パートナーはどうするんだい?」

「そうなんだよなあ……誰か一緒に戦ってくれる人居ないかな」

 

綾斗はどうするんだ? と聖夜が問うと、やはり綾斗も悩んでいるようで。

 

「……まだ俺も決めてないんだ」

「だよなあ……あ、じゃあ一緒に出ようぜ」

「ありがとう。でも……気持ちは嬉しいけど、俺じゃ力不足かも」

「それこそこっちのセリフだけどな。……ま、時間はまだあるし、もう少し悩んでみるかな」

 

結局、身近にペアを望んでいる人が居るのに気付かないまま、聖夜は綾斗達と別れて寮へと向かう。その途中、彼は自販機を発見した。

 

「セレナ、なんか飲むか?」

「えっ? ……じゃあ、これにしようかしら」

「了解、ちょっと待ってて」

 

そう言って、聖夜はセレナが指した缶の紅茶を買う。

 

「はいよ」

「あ、ありがとう……って、奢ってもらわなくても……」

「別にいいって。あ、俺はこれにしよっと」

 

セレナは申し訳なさそうにして財布を取り出そうとしたが、聖夜はそれを制止。そのまま、彼も缶コーヒーを買った。

 

「このくらい気にすんなって。デートなんだからさ、男が払わなきゃね」

「デ、デート!? ………もう!」

 

さりげなく言われた『デート』という言葉に赤面してしまうセレナだったが、直後、聖夜が笑いをこらえているのを見て、自分がからかわれたのだと気付きさらに赤くなる。

 

「いや、ごめんな。予想以上に可愛らしい反応だったもんで、つい……」

「殺すわよ!?」

「だから悪かったって。でも、時雨とかには出来なくなっちゃったからなあ……昔は初心かったのに」

 

「だからって、なんで私が弄られなきゃいけないのよ……というか、『影刻の魔女』にもそんな時があったのね」

「変わったからなあ、時雨は……あいつ今、彼氏とかいるのかな。なんか知ってる?」

 

デートとか言っときながら、他の女の話なんてして……と若干不機嫌になっていたセレナは、その疑問にも素っ気なく答える。

 

「さあ、いないんじゃない? 好きな人がいるとは言ってたけど」

「ふむ……ま、それも当然か」

 

ここは別世界だから、恋愛とかは難しいのだろう。そう判断した彼は、今度は別の女子について聞く。

 

「茜はどうなのか、なにか知ってるか?」

「また他の……まあいいわ。あいつのは聞いた事ないわね。好きな人がいるってことも」

「うーん、そうか……あいつには恋愛して欲しいんだけどなあ」

 

まるで家族を心配するかのような彼の声音に、ふとセレナは彼と『麗水の狩人』の関係が気になり始めた。

 

「……ねえ、あいつとアンタってどういう関係なの?」

「そうだな……茜は弟子。いや……それ以上、家族だな。一緒に暮らしてこともあったし」

(同棲してたの!? ……なんか悔しいわね。って、また変な事を……)

「……そういやさ」

 

ふと、聖夜が静かに呟いた。その真面目な雰囲気に、思考に耽っていたセレナも言葉の続きを待つ。

 

……だが、彼の次の言葉は、セレナも予想外のものだった。

 

「そういうセレナはどうなんだ? 彼氏とか」

「……はい?」

「いや、だから付き合ってる人とか居ないのかなって……」

 

彼の言葉は段々と尻すぼみになっていった。……まあ、それも当然だろう。彼の目の前には、怒りを通り越して呆れてしまっているセレナが居るのだから。

 

「はあ……全く、どんな真面目な話なのかと思ったらこんな事?」

「……悪い。でも、気になっちゃってさ」

「……私に居るわけないでしょ? あまり人と関わるのは好きじゃないし」

「あー……挨拶だけであんな騒ぎになったもんな」

 

聖夜は改めてセレナを見ると何かに感動したかのように、ほうと息を一つ吐いた。

 

「でもなあ……勿体無いんだよな。性格はドライだけど、こんなにも可愛くて良い奴なのに」

「え……ちょ、ちょっと、からかうのもいい加減に……」

「ああ、でも……時雨とか茜の方が胸はあるかな?」

 

その一言に、セレナの照れた表情が一瞬で固まった。恐らく、聖夜は軽口のつもりで言ったのだろう。だが、男が女性の容姿をとやかく言ってはいけないのだ。当然ともいえるがセレナは顔を真っ赤にし、彼女の周りでは抑え切れなくなった星辰力が荒れ狂い、バチバチとスパークが発生する。

 

「わ、私だって気にしてるのよ!? このバカッ!」

「うわ危ねっ!? 『結界』!」

 

セレナが怒りと羞恥心のままに撃ってしまった雷撃を、聖夜は慌てて手元に展開させた結界で弾く。そこに当たった雷撃がバチッと弾け、結界が軽くたわんだ。

 

(いてて……やっぱ強いのは展開出来ないな)

 

普段使うものよりも数段強度と範囲の落ちた結界。星辰力の少なさ、そして式を省略したために、今の聖夜にはこの程度のものしか作れなかった。手をさすりながら、彼は結界を解除。

 

「いや、本当に悪かった。異性に軽々しく言っちゃいけない事だったな」

 

もう一発飛んでくることを覚悟しながら彼はセレナの方を見るが、もう彼女は怒っておらず、聖夜を……正確に言えば、聖夜の手元をじっと見つめていた。

 

訝しげに彼女を見返す聖夜。そんな彼に、セレナは先程から気になっていた事を問う。

 

「ねえ……あんたって、もしかして『魔術師(ダンテ)』なの?」

「えっ、何でそう思うんだ?」

「今の盾みたいなやつとか、さっき襲われた時の光弾や槍は一体……」

「……ああ、そういう事か。納得したわ」

 

最初は呆気に取られていた聖夜も、彼女の言葉を聞いてようやく理解する。セレナは弾幕の事を言っているのだと。

 

「どういう事って言われてもな……星辰力を集めて、それを形にしているだけさ。それ以上でもそれ以下でもない」

「……でも、そんな事は『魔女』や『魔術師』にしか出来ないはず」

「その通り、もちろん君らみたいな威力の物は作れない。あのくらいが限界だ。でも、慣れれば誰だって出来る事だとは思うよ」

 

幻想郷では普通にやっている事である。霊力や魔力などを集めて形にし、それを撃つ……弾幕ごっこは皆、そういう風にやっているのだ。

 

「確かに理論上はそうだけど……いえ、いいわ。じゃあ次、さっきの札は何? あの槍を出した時の」

「ああ、あれは……君らが使う設置型の技、それの応用ってとこかな」

 

そう言って、彼は懐から先程と同じ札を取り出した。

 

「この札……俺は個人的にスペルカードって呼んでるけど、これにあらかじめ星辰力で技をプログラミングしておくんだ。そうすれば発動時の星辰力を抑えられるし、鮮明なイメージもほとんど要らなくなる」

「ふうん……納得は出来るけど、やっぱり不思議ね。どんな特訓したらそんな事が出来るようになるのよ?」

「とは言っても、特別何かしたわけじゃないからな……」

 

幻想郷にいるうちに自然と覚えてしまったことだ。だからこそ、難しい事だという考えが彼には無かったのだが、それはこのアスタリスクでは当てはまらないことも確かである。そんな事が出来るのは、ここでは能力者だけなのだから。

 

「……でも、凄いわね。威力だって、牽制に使うには十分過ぎる」

「いや、元は牽制用じゃないからな? ……ちっくしょー、俺が全力を出せればさっきの奴らも余裕だったのになあ」

 

目前で敵を取り逃がすというのは、ハンターとしてとんでもなく悔しい。

 

あいつらと言えば、と聖夜には少し気になる事があった。もちろん、先程の戦闘の時のことだ。ちょっと油断していたとはいえ、普通であれば相手が逃げ出そうとするのに気付けたはず。紫のスキマにも気付いた事があるので、気配察知にはそれなりの自負があった。なのに、何故?

 

答えは絞れる。相手が恐ろしく手練だったのか、人間じゃなかったかだ。

 

ただ、今回の場合、前者の可能性は著しく低い。もし大妖怪をも凌ぐレベルで気配を消すのが上手いのなら、敵に近付く際の足音も消すはずだからだ。現に、聖夜はそれで接近に気付いた。

 

なら、人間じゃなかったか……これも、そうだと一概には言えない。この世界には擬形体(パペット)という操り人形があるが、そいつらであれば近くに操り主が居たはず。しかし、そんな気配は無かった。

 

どちらにしても、奴らの頑丈さは尋常ではない……それだけは確かである。普段より威力が落ちていたとはいえ、彼のスペルカードは直撃していた。全力だったならば吸血鬼や天狗すらも吹き飛ばす技である。いくらアスタリスクといえど、あれを喰らって普通に動ける奴なんて限られているだろう。

 

(……これは、早く時雨達に知らせないとマズイかもな)

 

そんな奴らが学生を襲っているということは、すなわち相当に緊急性の高い事件であるということだ。明日は純星煌式武装のテストがあるし、その時に伝えるとしよう。早急に対策を取らないと、取り返しのつかない事になるかもしれない。

 

 

 


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