学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第二十九話〜聖夜の思惑〜

 

 

 

思ったよりも声通ったな、と聖夜は注目を浴びていることをどこか他人事のように感じながら、おもむろに綾斗の方へ歩み寄る。そうして、「おや」とあからさまに驚いたような表情を浮かべて。

 

「って、綾斗か。この騒ぎは一体? ……って本当は聞きたいところなんだけど」

 

突然の乱入者に目を丸くする綾斗に、聖夜はまるで何も知らないかのように振る舞う。もっとも、何の意味もなくこんな行動取ったわけではもちろんない。聖夜がこの場でわざわざこんな行動を取った意味は二つ。一つは、仕事中の生徒会風紀担当として、責任をもってこの騒動を収めるということ。

 

そしてもう一つは、綾斗の友人として、彼の本気には制限があるという事実を誤魔化すこと。聖夜は背後をちらと見て、くすくすとわざとらしく笑った。

 

「……まあ、まずはお姫様の機嫌をとったほうがいいかもな。随分とお怒りのご様子だ」

 

面白そうにそう言った聖夜の視線を綾斗が辿ってみれば、確かにその先にはユリスが立っていた。彼と目があったユリスは一瞬はっとなったが、すぐに表情を険しいものに戻すと、綾斗の方へ荒々しく歩を進めて、有無を言わせずその腕を掴む。

 

「えっ、ちょっとユリス!?」

「いいから来い! まったく、どうしてこんなことになったのかたっぷり聞かせてもらうからな……!」

 

そしてそのまま、ユリスは綾斗を引きずるようにしてその場を早足で離れていく。そんな彼女に綾斗が抗えるわけもなく、腕を引かれるままその背中についていくしかない。

 

「あっ、後で事情聴取しに行くからよろしくなー」

 

ギャラリーも呆気に取られている中で響いた聖夜の声は、心なしか、やけに呑気なように聞こえた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「――さて、と」

 

ニコニコと綾斗達を見送った聖夜は、しかしその身に纏う雰囲気をがらりと変えて、ゆったりと振り返る。その視線は、酷く冷徹に男――鋼一郎を射抜いていた。

 

「大の大人がいるというのに、この騒ぎはなんですか。説明して頂けます?」

 

事の顛末をあらかた理解した上で、聖夜は煽るようにわざとそう言う。だが、やはり男の方も只者ではないのだろう、その煽りには乗らず、フンと鼻を鳴らして。

 

「わざわざ言う義務はない。なんだ、貴様は?」

 

馬鹿にしたような言い方に、しかし聖夜はへぇ、と冷たい微笑を浮かべた。そして、左腕に巻いた腕章を控えめに主張しながら。

 

「生徒会所属風紀担当の者です。巡回をしていたら中等部と高等部の生徒同士の諍いが見えましたもので、関係者の方にお話を伺おうかと参った次第です」

 

どこまでもわざとらしく、口調も慇懃無礼に。初っ端から胸糞の悪いものを見せられたのだ、ならば相手の怒りも誘って情報を引き出すことも辞さない。

 

聖夜の態度にだんだん腹が立ってきたのか、鋼一郎の表情が苦虫を噛み潰したようなものに変化していった。

 

「……あの学生がこちらの問題に介入してきたから、決闘をおこなって勝者を決めただけのことだ。それが貴様達化け物のやり方だろう?」

 

その言葉からは、明らかな星脈世代への偏見が見てとれた。聖夜は心の中で大きな溜め息を吐く。

 

(今の、周りの生徒達にはあんまり聞かせたくなかったな……)

 

星脈世代の生徒達の前で平然とそういった差別発言をするとは、驚きや怒りを通り越してもはや呆れるしかない。それを聞いた生徒達も決して良い思いはしないだろうし、そもそもそんな発言を公然の場でしてしまう時点で、人としての器もたかが知れている。

 

とはいえ、そう言うのならば相応の言葉を返すだけだ。元々人を煽るのがそれなりに好きな聖夜は、男に抱いている侮蔑感と同じくらい、これは面白いことになったという気持ちがあった。

 

「なるほど。しかし、あの学生がなんの理由もなしに首を突っ込むとは思えませんが……何かが彼の気に触ったのでは? 心当たりがあれば教えていただきたいのですが」

「これは身内の問題だ。貴様が知る必要はない」

 

取り付く島もない鋼一郎の応答。しかし、聖夜はまるで初めから興味などなかったかのように、やる気を感じさせない態度でそっけなく返した。

 

「ああそうですか。まあどうせ素直に吐くなんて思っちゃいなかったので、もとより他の人に聞くつもりでしたが」

 

もう口調すら取り繕うことはなく、馬鹿にした様子を隠すこともしない。彼の表情が歪むのを視界の端で捉えつつも、聖夜はそれをまるで意に介することなくギャラリーの生徒達の方を見渡した。そして、撮影らしき行為をしている一人の男子生徒を見つけると、そちらへと足を進めて。

 

「……ああ、矢吹君。確か君は新聞部だったかな。私の友人がそう呼んでいた覚えがあるけど」

 

その生徒の名前は矢吹英士郎。錬と同じ新聞部所属で、綾斗のルームメイトだったはずだ。聖夜が声をかけると、彼は気さくな笑顔を浮かべて撮影している端末から顔をあげた。

 

「おうよ、そうだぜ。何か用かい?」

「ああ、その撮影している映像を見せてはもらえないだろうか。何が原因なのか分かるかもしれないからな」

 

重ねて言うが、聖夜は事の顛末を知っている。あえてそれを隠しているのは、ひとえにこの後の展開を考えてのことだ。こっちは事情が聞ければひとまずよいのだが、もし綾斗の時と同じように決闘を仕掛けられることを想定した場合、聖夜が先程の闘いを見ていたと分かれば、あちら側は戦法を切り替えてくる可能性がある。加えて、聖夜はギャラリーがいる前で無駄に多くの手札を切りたくないため、純星煌式武装は極力使わないつもりでいる。

 

相手は序列一位。その実力がどれほど末恐ろしいものか、聖夜は今さっき間近で確認したばかりだ。真っ向からの剣術では勝てる見込みが薄い以上、相手が先程と同じように、速さを武器に校章を狙う最小限の勝ち方を狙ってくることを利用して、いかに相手を欺き、自分の得意なステージに引きずり込むかにかかっている。その種は、闘いの前から蒔いておくに超したことはない。

 

頭の中で戦法を用意しながら、聖夜は英士郎の元へと歩み寄り、端末の画面を覗き込んだ。

 

「すまない、初めの方だけ見せてもらえるかな?」

「ああ、このあたりか?」

 

英士郎が撮影を一時中断し、聖夜にその動画の再生画面を見せる。そこに映っていたのは、紛れもなく聖夜が初めに見た通りの光景であった。やはり気分の良いものじゃない、と聖夜は顔を顰めつつ、呆れた目つきを作って男へと声をかける。

 

「……どう考えてもアンタが悪いじゃん。身内だからってこれは許されないだろ、時代遅れにも程がある」

 

そして、予め用意していた言葉を、冷ややかな表情で以て放つ。もはや敬語すら使わない。しっかりと鋼一郎を見据えたまま、聖夜は彼らの近くまで戻り、そして毅然とした態度で口を開いた。

 

「とりあえず、風紀担当として話は聞かせてもらうよ。再発防止のためにもね」

 

そんな聖夜の態度にいよいよ我慢ならなくなったらしく、鋼一郎は怒りを滲ませた強い口調で言った。

 

「先程の学生といい、最近の若者は随分と生意気な口を叩くものだな。どんな教育を受けてきたのか、親の顔が見てみたいものだ!」

 

それを聞いた瞬間、ひく、と聖夜の眉が僅かに動く。ギャラリーの誰にも気付かれないほど微かなそれは、しかし鋼一郎が聖夜の逆鱗に触れたということをはっきりと表していた。今は亡き、聖夜の誇りである両親。それを侮辱するというならば。

 

 

――しかし、聖夜は溢れ出しそうな悪意を、緩い溜め息ひとつで抑えた。確かに今の発言は許し難いことではあるが、後先考えずにこの場で月影家の権力をひけらかすのは得策ではない。聖夜の目的はあくまで、この騒ぎを収めることと、綾斗の意思を継いで少女への理不尽を止めること。ここで下手に権力を振りかざせば、家族を侮辱されたことへの報復はできても、肝心の少女を助ける機会を失ってしまう可能性がある。自分の都合のために少女を犠牲にするなんてことをすれば、それは目の前にいる男と同じ種類の人間になってしまうということ。そう考えついて、聖夜は怒りを内々に抑え込んだ。

 

代わりに、演じてみせる。何も感じていないのだと、観衆も、目の前にいる男も、そして自分の感情すらも欺いて、聖夜は薄く笑う。

 

「――いやー、アンタにだけは言われたくない言葉だな。少なくとも、私の父と母は理由も無く子供に手をあげるような()()()人間ではなかったけど、そこのところどう思います?」

 

そして、相手によく効くであろう言葉を、自慢の演技力できっちり返す。会話の主導権は絶対に握らせない。自分にとって都合の良い方向に話を持っていくことこそが、この場では重要だ。

 

「貴様……!」

「あらま。たかが学生の戯言に、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか」

 

けらけらと笑いながら、そうして聖夜は詰めの言葉を放った。

 

「――まあ、気に入らないのなら、アンタの言う()()()()()()()()で決めても構いませんけど?」

 

すっ、と目を細めて、その視線に威圧感をこめる。そうして口元を微かに歪め、怒りを隠さない男に向かって、ふてぶてしく言葉を続けた。

 

「私はアンタ達から事情を聞いて、なんなら再発防止に努めていただきたいわけだ。しかしそっちは話したくないと言う。……ということなら、決闘という手段を取るのもやぶさかじゃないけど。もちろん、そっちが勝てばその時は素直に引きますよ」

 

かつかつと靴を鳴らして距離を取るように歩きつつ、「どうする?」と聖夜は挑発的な流し目を男に向ける。乗ってくれれば上々だが、果たして。

 

「……いいだろう。その言葉、忘れるなよ」

「当然。――で、闘うのはアンタ本人かい?」

 

からかうように聖夜が嗤えば、鋼一郎は気分を害したかのようにフンと鼻を鳴らして。

 

「誰が貴様達のような化け物と闘うか。貴様の相手をするのは()()だ」

 

そうして、綾斗に対して言い放った時と同じように、まるで人に対するものとは思えない傲慢な態度で、鋼一郎は綺凛を指し示した。

 

「へえ……なるほど、随分と強そうなお嬢さんだ。アンタの自信にも納得だな」

 

彼女をちらと見て、聖夜はいかにもわざとらしくそう言った。そして、

 

「……しかし、彼女の意思を無視するのはいかがなものかと思うけど。君は、それでいいのか?」

 

問いかければ、綺凛は一瞬だけ目を伏せ――しかし、顔を上げてはっきりと言った。

 

「――はい、構いません。私、刀藤綺凛は、月影先輩に決闘を挑みます」

 

彼女がそう宣言すると、聖夜と綺凛の校章が淡く輝き出す。それを聞いた聖夜は興味深そうに再び口元を歪めて。

 

「なるほど……既視感があると思ったら序列一位の子だったか。そりゃ見覚えあるのも納得だ」

 

聖夜は彼女の目を正面から見据え、そこに何を見たのか、やがて底冷えするような声で言った。

 

「まあ、勝てると思ってもらうのは結構なことだけど。――芯が揺らいでいる相手に易々と負けてあげるほど、私は甘くないよ」

「っ……!」

「その辺り、よく考えて闘うといい」

 

威圧感があるわけでもない。ただ若干の失望を滲ませただけのようなその声音は、しかし綺凛にとっては響く言葉だったのか、微かではあれど、確かに彼女は怯んだ。

 

その様子を知ってか知らずか、聖夜はおもむろに踵を返し、互いの間合いからほんの半歩ばかり離れた位置で振り返って、腰に下げた刀をゆらりと抜き放つ。

 

「ほら、構えなよ」

 

突然の展開に固まっている彼女の反応を待たず、聖夜はその切っ先を綺凛へ突きつけるように片手で構え、そうして酷く落ち着いた声で宣言した。

 

「星導館学園生徒会所属風紀担当として、決闘の申請を受諾する。――かかっておいで、凄腕のお嬢さん」

 

 

 

 


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