学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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久々に早く書き終えたぞー……なんて思ってたら普通に半月以上経ってました。どれもこれもクワガタ達が可愛いのが悪い。





第二十五話〜五十鈴の姉妹〜

あと十数分も経てば、草木も眠る丑三つ時。半月が淡く照らす学戦都市は、昼間とは打って変わって静けさに包まれている。

 

――そんな月明かりのもと、星導館学園男子寮の屋上では、パーカーのフードを被った聖夜が気楽な様子で佇んでいた。

 

「この暗さだし、大した変装しなくても大丈夫だろ。……にしても、やっぱり夜は落ち着くな」

 

何となく月に手を伸ばそうとして、ふと思う。

 

(魅入られてるな、俺も……それが悪いかと言えば、別にそんなこともないんだろうけど)

 

こうも月に惹かれてしまうのは運命か、あるいは心の拠り所にしてしまっているのか。思い返せば、月というものは今まで行ったどの世界でも、変わらずその神秘を降り注がせていた。

 

「……っと、いけない。そろそろ出ないと」

 

白い輝きから視線を外し、眼下に広がる闇を見据える。寮の刻限はとっくに過ぎており、今は最低限の街灯がぽつぽつと遊歩道を照らしているのみ。聖夜の目的地は遊歩道のその先、さらに正門をも超えた先のどこかにある。

 

「さて。この高さからならちょっと補助すれば跳び超えられるはずだけど、果たしてどうかな」

 

ふっと笑う。正門付近など、学園の至る所に備えられている防犯装置は大体がパッシブセンサーのようなものが(一部機密性の高い場所はアクティブセンサーが)用いられており、それもある程度の高さまでしか機能しないのは既に時雨から聞いている。もっとも、星脈世代基準での『ある程度』なので実際には結構な高さであるし、普通に近付いて跳び超えようとすれば監視カメラに引っかかるので、充分に効果はあるらしい。

 

――とはいえ、それらの防犯装置も、流石に建物の屋上から跳ぶ者を想定してはいないだろう。それだって、普通ならいくら星脈世代でも届くわけがないのだから、そもそも想定などしない。

 

(呪符の準備、完了。星辰力も問題なし、と)

 

それは聖夜とて例外ではなく、仮に全力で跳んだとしても学園の敷地外には届かない。しかし、跳んだ直後から風の術式を使って滑空し飛距離を伸ばせば、余裕を持って学園外へ出ることができるのだ。――帰りは高い建造物など無いので、純星煌式武装(オーガルクス)の力を借りることになるが。

 

(そんじゃ、束の間の空中散歩を楽しむとしますか)

 

もっとも、眼下の景色はあまり代わり映えのないものだが、それもまた一興。パーカーのポケットから呪符を取り出し、聖夜は屋上の(へり)を力強く踏み切った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

舗装された夜道をのんびりと歩くこと、しばし。気配を消すことも、周囲に気を配ることも、特段意識してはいない。聖夜の想定通りの相手なら、()()()は相当な手練のはず。ならば気配を消すことに大した意味はない。

 

恐らく向こうもそれは同じなのだろう。聖夜の耳は、はるか背後から聞こえてくる二人分の小さな足音を確かに捉えていた。

 

――互いに何もアクションは起こさないまま、聖夜が時折覗く懐中時計の針だけが二時へと近付いていく。

 

(……あと十秒)

 

そうして、長針が真上を指す。と同時に聖夜がおもむろに振り向けば、そこにはクインヴェールの制服を纏った二人の少女が佇んでいた。

 

「いつの間に。……なんて尋ねるのは失礼にあたりますか?」

 

どことなく顔立ちが似ていることから、この二人は姉妹なのだろう。フードを外して笑いかけた聖夜に、少し背丈の高い方の少女が朗らかに微笑み返して言った。

 

「お褒めに預かり恐悦至極です。我がご当主様」

 

おや、と聖夜は首を傾げて。

 

「今となっては、月影家と五十鈴家の関係は主従のそれではないはずですが……」

「それでも、私にとってはあなたが当主なのです。私達の代においても陰ながら支援をしてくださっていた聖夜様こそ、私が真に慕うべきお方」

 

確かに聖夜は、親戚筋などに経済的援助を始め様々な支援を自らおこなっている。しかし、五十鈴家にだけ特別な援助をしているわけではないし、どうして彼女がそこまで慕ってくれるようになったのか、聖夜にはまだ分からない。

 

すると、少女が続けて言う。

 

「――それに、母上などもおっしゃっていました。私達一族は遥か昔から月影家の方々に助けていただいている、その恩を少しずつでも返していかなければね、と」

 

そう語る少女の瞳には確かな憧憬の色があった。だが、はいそうですかとそれを簡単には受け止められないわけで。

 

(いやいや、マジか……俺の記憶通りなら、小さい頃に何度か会っただけのほとんど知らない他人なのに、普通そこまでなるか?)

 

如何に周りから言われ続けたとしても、だ。直接的な関わりがない人間に、先祖が世話になったから恩を返そうなどと思う学生はまず居ないだろう。

 

まさかと思い、もう一人の少女に見る。――しかし、彼女の方はさほど友好的な目をしていなかった。視線を向けられたことに気付いたのか、少女は姉に耳打ちする。

 

「お姉ちゃ……姉上、この人が月影様ですか? 今の所、どこにでもいるような学生にしか見えないんですが」

「こらっ、なんてこと言うの桐花(きりか)!」

 

耳打ちとは言え、これだけ静かな夜であれば聖夜にも聞こえる。呆れも含まれていそうな妹の発言を慌てて訂正しようとする姉に、聖夜は苦笑して。

 

「お気になさらず。それが本来の評価だと思います」

 

怒りの感情などない、むしろ安心したくらいだ。聖夜は、自分にカリスマ性や威厳があるとは全く思っていない。姉と同じようなことを周囲から聞かされていたはずの妹がこの態度ということは、もしかすると。

 

「あなたも、そんな過剰に評価することはありませんよ。私はあなたに憧れや夢を見せられるような男ではありませんし、もちろん、慕われるような大層な人間でもないですから」

 

彼女はどこかで、聖夜に対して思い込みをしていたのだろう。恥ずかしい話だが、周囲の人々が話していたことは大体が聖夜を褒めるような内容だったはずだ。それに加えて、物心が付き始めて少し経ったくらいの聖夜と出会ったときの記憶が残っていたとすれば、それが美化されちょっとばかり聖夜に対する認識がズレてもおかしくない……のかもしれない。

 

どうであれ、あまり慕われることに慣れていない聖夜は、このままではどうにもやりにくいと感じていた。少なくとも、姉の方には、自分は別に上の存在では無いのだということを示さなければならない。

 

「失礼、名乗りをしていませんでした。星導館学園序列三十五位、高等部一年の月影聖夜です。以後お見知りおきを」

 

そうして、腰を折る。姉妹は呆気に取られたようだったが、はっと姉も頭を下げて言った。

 

「私達こそ、初めに名乗るべきでした。――クインヴェール女学院所属、高等部二年の五十鈴玲音(れいね)と申します」

「……同じくクインヴェール所属、中等部三年の五十鈴桐花(きりか)です」

 

姉――玲音を見て、桐花というらしい妹も軽く頭を下げる。やはり、彼女は聖夜に対しての思い入れは特に無いようだ。

 

「玲音さんに、桐花さんですね。今後もよろしくお願いします」

「桐花、で良いですよ。あなたの方が先輩なんですから」

 

少々ぶっきらぼうに桐花が付け加える。すると、慌てて玲音も口を開いた。

 

「すみません……この子、ちょっと人見知りのきらいがあって」

「そうなんですか?」

 

否定しないところを見ると、どうやら真実らしい。姉ほどではもちろんないにせよ、好感度がマイナスからスタート、というわけでも無いようだ。

 

それはそうと。

 

「クインヴェール、ですか……確かに、その端麗な容姿であれば納得ですね」

 

月明かりしかまともな光源が無い夜中でもそう思うほどに、彼女達は美少女だ。程よく引き締まっているプロポーションも、揃って鼻立ちの整った綺麗系の顔立ちも、姉の亜麻色をしたふわりと膨らんでいるミディアムヘアーと妹の青みがかった黒色で真っ直ぐ伸びているロングヘアーも。世辞抜きに、聖夜は美しいと感じた。

 

果たしてそれが伝わったのかどうか、玲音は恥ずかしそうに赤面して、桐花は少々驚いたように、それぞれ言った。

 

「あ、ありがとうございます……」

「えっと、ありがとうございます。――褒め言葉として受け取って良いんですよね?」

 

もちろん、と聖夜は頷く。すると桐花の視線がいくらか和らいだような気がした。

 

「ふーん……」

 

とはいえ、未だに値踏みするような視線は変わらない。ただ、この場でそれを気にしているのは姉の玲音だけのようだった。

 

「桐花っ、どうしてそんな態度ばかり取るの!?」

 

怒りを滲ませた声音で玲音が言う。聖夜に対して失礼だ、と感じているのだろうか。別にこっちは気にしてないんだけどな、と聖夜は彼女を宥めようとしたが、それより先に当の桐花が口を開いた。

 

「姉上、私は月影さんのことをほとんど知りません。……あの人が本当に、姉上が仕えるだけの実力を持っているのかどうかも。映像だけでは分からないこともあります」

 

なるほど、と聖夜は納得する。彼女は最初から聖夜の実力を疑っていたのだ。姉が慕い、仕えるのに相応しい強さが果たして聖夜にあるのかを。

 

思わず笑みが零れてしまった。彼女は中等部の子とは思えないほど聡明で、それでいて家族思いだ。良家の人間にありがちな、身内に対して変にドライであったり、何かを盲信するようなところは見られない。

 

「桐花、あなたは――」

「いえ、それは最もな疑問だと思いますよ」

 

妹に反論しようとした玲音の言葉を遮り、聖夜が彼女達の方へ歩みを進めた。さっと一歩身を引いた玲音にありがとうと伝え、そして堅苦しい敬語は止め、あくまで一人の先輩として言葉を紡ぐ。

 

「桐花ちゃん――馴れ馴れしい呼び方を許してもらいたいんだけど、君は俺の実力どころか、俺のことだってほとんど知らないんだろう? であれば、俺を胡散臭く思ったっておかしくない」

 

聖夜がそんな事を言うのが意外だったのか、玲音と桐花は揃ってぽかんとしていた。やっぱり似ている、と聖夜は口元を綻ばせながら、

 

「だけど、一人の男子高校生として、実力を認めて欲しいという気持ちも俺にはあるわけだ。どうだろう、どうすれば認めてもらえるかな?」

 

聖夜とて男だ、慕ってくれる女性には良いところを見せたいし、後輩の女の子に実力を認められればやはり嬉しい。

 

成り行きを見守る玲音と、自然体で返事を待つ聖夜の前で、桐花がしばし悩んだ末に言った。

 

「……なら、一つ模擬戦をしてもらえませんか。今、この場所で」

 

それを聞いて、聖夜は首肯した。単純明快、実力を試すには手合わせするのが手っ取り早いということなのだろう。聖夜からしても、その考え方は嫌いではない。

 

ちらと玲音に目を向ければ、彼女も異存は無いようだった。――いや、異存が無いというよりは、むしろ。

 

「――聖夜様がよろしいのであれば、私に異論はございません」

 

視線を向けられたことに気付いた玲音が静かに答える。彼女はあくまで聖夜の意見に従うというスタンスらしい。もっとも、その瞳には微かに桐花への非難の色があったが、聖夜への忠誠心が勝ったようだ。

 

ぽん、と手を打って。

 

「決まり。……よし、それじゃ早速始めようか。女の子をあんまり遅くまで引き止めるのも良くないからね」

 

言うやいなや、聖夜はホルダーから三つのコアを取り出し、玲音へと手渡した。

 

驚きに目を見張る玲音。

 

「っ、もしかして……!」

「――俺の大切な純星煌式武装なんです。預かっておいてもらえますか?」

 

桐花との手合わせに純星煌式武装は相応しくない。そしてそれらを玲音に預けることは、こちらの信頼を表明するという意味も含む。彼女になら、安心して預けられる。

 

はい、と玲音は満面の笑顔を咲かせた。聖夜が思わず見とれてしまうほどの美しい笑顔で、大切そうにコアを両手で包み込む。

 

――と、それを見ていた桐花が、若干不満を滲ませた口調で言った。

 

「それって、手加減するってことですか?」

 

確かに、アスタリスクで知られている聖夜の主要武器は純星煌式武装だ。それを使わないというのは手抜きだと感じるのも無理はない。

 

だが、聖夜は首を振る。

 

「ああ、そういうことじゃないよ。君は俺の実力を試したいって言ってるのに、純星煌式武装を使っちゃったら正しい実力が測れないだろう? ……俺としても、純星煌式武装無しの実力も知ってもらいたいからな」

 

だけど、とポケットから呪符の束を取り出し、

 

「流石に丸腰じゃどうにもならないから、陰陽術(これ)は使わせてもらうけど。良いかな?」

「……そうですか、それなら文句はありません。勘違いをしてすみませんでした」

 

素直に謝罪の言葉を述べた桐花は、やはり根は良い子なのだろう。中学生特有の思春期ゆえの意地と、聖夜へのちょっとした不信感が相まってこんな態度になってしまっているだけで。

 

そうと分かれば、むしろ可愛らしさすら感じる。口角が上がりそうになるのをなんとか堪えながら、聖夜は桐花から数歩離れ、呪符を剣の形へと組み上げた。

 

「………」

 

それを見た桐花も、携えていた小太刀を無言で抜き放ち、逆手に構える。

 

「小太刀か。苦無じゃないんだな」

「苦無は、どちらかといえば姉上が得意としています。私が使うのはこの小太刀と――」

 

そして懐から取り出すは、細かな色形こそ違えど、確かに聖夜が持つ物によく似た紙の束。

 

「――この札です。あなたのように多彩な術を使うことはできませんが、札に爆破の術式を仕込んで操ることくらいはできます」

 

つまりは遠距離の攻撃手段ということ。ただ、聖夜はそれを珍しく感じた。

 

「ちょっと意外だな。基本的に、忍びは幻術の類しか使わないと思っていたけど」

 

すると、今度は傍の玲音が口を開く。

 

「このように他の術をも扱える者は、五十鈴家(うち)にもほとんどおりません。ひとえに桐花の努力の賜物です」

 

桐花はくすぐったそうに微かな笑みを浮かべる。姉に褒められて嬉しいのだろう。そして、玲音の言葉が真実であるということは、聖夜にもよく分かる。

 

「なるほど……いや、本当に凄いですね。複数の、しかも系統の違う術式を扱う難しさは俺もよく知っているから、余計に恐ろしい」

 

聖夜の場合は、魔法や神道の術式に詳しい知人……というより本物の巫女や魔法使いや神様が周りに居たし、術式に関する文献も豊富にあった。しかし彼女の場合は、忍びの血を引く家系である以上、幻術以外の術式に関する資料などほとんど存在しなかっただろうし、それらを教えられる人もまず居なかっただろう。そんな状況下で、実戦に耐えうるほどのレベルにまで鍛えあげたことは驚嘆に値する。

 

「――元々気を抜くつもりなんて無かったけど、これは相当気合い入れてかないとな」

 

右手で剣を構え、左手には呪符を。そして、懐から飛び出してきた十数体の人形(ひとがた)を周囲に浮かべて、聖夜は宣言した。

 

 

「――さあ、忍びのご息女よ。私の力、存分に試し給え」

 

 

 

 

 

 

 


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