学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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なぜこの話に二ヶ月近くかけてしまったのか、それが分からない……。





鳳凰星武祭編
第二十話〜月影聖夜のひととき〜


――とある昼休み。星導館学園の学食『北斗食堂』に向かう道にて。

 

「はー……面倒事はしばらくいいや」

 

その道すがら、三人の少女と歩いていた聖夜がふと独り言を零した。

 

すると、そのすぐ後ろに居た茜が彼の横に素早く駆け寄る。

 

「この二人から色々と聞いたよ。お疲れさま」

「ああ。……って、えっ? なんで知ってんの?」

 

不思議そうに振り向く聖夜に、茜は呆れたように答えた。

 

「だから、この二人に聞いたんだってば」

「いや、だからそれがおかしいと思ってだな」

 

そう。この前集まった時の様子を見た限りでは、茜は時雨、セレナと仲が良くなかったはず。

 

(……あ、でもさっき普通に会話してたっけか)

 

だが、先程集合した時は確かに三人で話していた。集合時間に遅れそうになって急いでいたためか、彼はそれを今の今まであまり意識していなかったのだ。

 

そして、ひとたびそのことを意識し始めれば、その異常さにどうしたって驚いてしまう。

 

「え、なに。いつの間にか仲良くなってたの?」

 

くすっ、と二人のやり取りを見ていた時雨が笑った。

 

「私達ね、たまに集まって話すようになったの。いわば女子会って感じで。……あ、ちなみに提案したのは私よ」

「時雨が?」

 

意外だった。行動力は高い彼女であるが、それにしても、どうしてわざわざそんな提案をしたのだろうか。

 

「……何か企んでるのか?」

「酷くない? 別に腹黒女ってわけじゃないんですけどー」

 

時雨が冗談めかしてむくれてみせる。しかし、聖夜は首を振った。

 

「そういうわけじゃないけど、なーんか妙でさ。普通に考えて、時雨がそんなことをする理由はないはずだろ?」

 

何か目的が無ければ、急に仲良くしようとは思わないはず。そう思っての発言だった。

 

んー、と時雨は考える素振りを見せる。

 

「まあ……そうね、聖夜に迷惑をかけたくないっていうのが一つ。私達が会う度にいがみ合ってたら、それこそ面倒だろうからね。だったら仲良くしちゃおうかなと」

 

聖夜がさりげなく茜とセレナに視線を飛ばすと、二人は小さく頷いていた。どうやら事実らしいと確認し、彼は時雨に視線を戻す。

 

「『一つ』ってことは、他にも?」

 

だが、そう問いかけた途端、時雨はそっと目を逸らした。

 

「……こら、目を合わせなさい」

「えっと、言わなくても良いかなーって……」

 

そんなにやましいことなのかと聖夜は胡乱げな目を向ける。しばしの沈黙の後、時雨がやっと口を開いた。

 

「……あなたの行動とかその他情報を共有するっていうのが、もう一つ」

「それってもう監視じゃねーか……さっきの感心を返してくれ」

 

しかし、なるほど確かに、そういう理由なら言い難そうにするのも納得である。半ば呆れたように聖夜が後ろの二人へ再び視線を向ければ、茜は時雨同様に目を逸らし、セレナは肩を竦めてみせた。

 

「……一応、理由はあるのよ」

「無かったらドン引きだよ……」

 

時雨が慌ててセレナの言葉を引き取る。

 

「そ、そうよ。あなたの行動に注意を払うのには相応の理由があるの」

「……認めたな?」

 

聖夜が苦笑しながら言うのを、時雨は聞こえないふりをして話を進めた。

 

「コホン。……いい? あなたは今、色々な意味で注目を集めているわ。星導館の生徒達から、序列上位者達から、そして私達生徒会からもね」

 

茜が付け加える。

 

「序列上位者達の警戒具合は特に凄いね。詳細の分からない『幻想の魔核(ファントム=レイ)』だけじゃなく私有の純星煌式武装も使いこなし、剣術や体術も並じゃない。試合映像だって、参考にするには短過ぎるものが二回分しかないし、対策をしようにも出来ないっていうのが現状かな」

 

「へえ……そりゃまた、随分と買ってもらえているようで」

 

もっとも、警戒するならしてもらった方が、聖夜にとっては都合が良い。既存の技に対応しようとすればするほど、初見の技に引っかかりやすくなってくれる。

 

時雨が話を戻した。

 

「生徒会は別の意味で注目……というよりも注意しているわね。私があなたの情報を共有したいのもそれよ」

「ふむ……どういう理由だ?」

 

「いくつかあるけど、一番はあなたがトラブルに巻き込まれやすいということ。……私から言わせれば、あなたはいつも自分から巻き込まれに行くだけなんだけどね」

「酷い言われようだな。……ってか、別にそういうつもりはないんだけど」

 

聖夜が心外そうに言うと、時雨は呆れを隠そうともせずに言い返した。

 

「本気で言ってるの? 今回だって、騒ぎの中心人物を二人とも倒しているのに?」

「あれはまあ、成り行きというか」

「違うでしょ? 丸木裕二は自分から誘い出していたじゃない。あの手紙、こっちでちゃんと回収しているのよ」

 

えっ、と言う声が二人分聞こえた。ばつが悪そうに、聖夜は頬を掻きながら。

 

「ちゃんと燃やしといたはずなんだけどなあ……」

「あなた文字書くのにも陰陽術使ったでしょ。燃え残しから内容の復元するくらいなら、私にだってできます」

 

はぐらかすことは許さないと、時雨はぴしゃりと言い放つ。そして、声のトーンを落として、訥々と告げた。

 

「あなたは前からそう。私の時だって、別にあなたがやる必要は無かったのに、わざわざ傷付いてまで……」

 

耳が痛いな、と聖夜は内心で苦笑。あの時に聖夜が行動する必要は確かに無かった。聖夜でなくとも、異変を解決するだけなら、他に適任がいただろう。しかし、あれを聖夜がやらなかったとすれば、傷付くことを恐れずに時雨の心を救おうとしなかったとすれば、今ここに時雨は居なかったはずだ。

 

そしてもちろん、時雨もそれは痛いほど分かっていた。分かっていながら、それでも、自ら進んで事件に飛び込んでいく聖夜が心配でならないのだ。

 

「大丈夫さ」

 

そして、そんな時雨の想いを察していながら、聖夜もこんな事を言うのである。

 

「守れるものも守れないようじゃ、俺は俺じゃなくなってしまう。……でも、ちゃんとこの前の約束は覚えているよ。だから大丈夫」

 

時雨に向かって力強く頷き。

 

「そんなつもりはない、ってのは訂正だ。それが原因で注意を払われるのも仕方ない。……けど、俺はこのやり方を変えるつもりも無いから、生徒会には迷惑をかけるかもな」

 

ふっ、と笑って。

 

「俺を監視するのも構わない。……けど、本当に動かなければならない時は、俺はお前ら三人だって出し抜いてみせるよ」

 

だからまあ、精々頑張って――と、冗談めかして聖夜が締め括る。時雨が呆気に取られているなか、茜がやれやれとでも言いたげに首を振った。

 

「よく分からないけど……まあ、聖夜は聖夜ってことか」

 

この場において、最も的を射た発言だった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「――あっ、そうだ」

 

生徒の列に並び、いざ食券を買おうとしたその時、聖夜が思い出したように言った。

 

「セレナ、今日のトレーニングで新しい技に挑戦しても良いか?」

 

セレナは振り返り、首を傾げる。

 

「構わないけど、別に確認なんて取らなくても……」

「いや、今回はセレナに合わせる必要がある技だからさ」

「そうなの?」

 

食券機の上部にあるメニューに目を通しつつ、聖夜は頷いた。

 

「下準備に時間がかかるものでね……でもその分、火力は相応にあると思う。上手く決まればそれだけで一試合終えられるくらいに」

「……ふうん、それは面白そうね」

 

どうやらセレナの興味を引いたらしく、彼女は聖夜の方へ顔だけ向ける。

 

……が、しかし、それが悲劇を招いた。セレナの指が、彼女が押すはずだったボタンの僅か下に逸れ、違うメニューを押してしまったのだ。

 

「あっ、」

 

しかもそれは、この食堂名物の激辛カレー。

 

「あー、やっちまったな……」

 

俺が食べようか? と喉元まで出てきていた言葉を、聖夜は飲み込む。ここでそれを言ったところで、変なところで意地を張るセレナが聞くわけもないからだ。

 

うわあ……と頭を抱えている彼女はとりあえず放っておいて、聖夜も食券を買う。押したのは、自分が食べたかったものではなくセレナがよく食べている洋食のセットだった。

 

そして、セレナが間違って買ってしまった食券を、そして茜と時雨の食券をも()()()()()()、一言。

 

「全部取ってくるから、席は決めといてくれるか?」

 

呆気に取られているセレナ達をよそに、彼はさっさと歩き去ってしまった。

 

 

女性陣は首を傾げる。

 

「……急にどうしたんだろ?」

「さあ……聖夜なりの慰め、とか?」

「もしそうだったら余計に辛いんだけど、私……というか、全部ってどうやって持ってくるつもりなのかしら」

「うーん……コツとかあるのかな」

「指の力だけで持つ……とかも出来そうだけどね、聖夜なら」

 

 

しかし、残念ながら彼女達の予想は外れていた。結界をお盆のように展開して四人分の料理を運んできた聖夜は、セレナの目の前にカレーではなく洋食セットを置いたのだ。

 

「悪い、ちょっとこのカレー食いたくなってきちゃって。こっちでも良いかな?」

「えっ、ちょっと……正気?」

 

セレナがそう言ったのも無理はない。そのカレーは、彼女の想像していたより色も匂いも凄まじかった。

 

しかし、聖夜はあっけらかんと。

 

「もちろん。大丈夫だよ、完食出来るから」

「嘘でしょ……?」

 

聖夜が気を遣ってくれているのは確かだが、どうやら無理をしているわけでもないらしい。それが分かってしまったセレナは絶句するしかなかった。

 

時雨もまた、信じられないものを見るかのような表情で言う。

 

「うっわあ、これはヤバいわね……というか、結界はそういう使い方しちゃダメでしょ。私達は一応陰陽師の血筋なんだから」

「いやまあ、最初は氷を使おうと思ったんだけど、こんな所で『幻想の魔核(ファントム=レイ)』を出すのもなあって。だからといって浮遊系の術式とか障壁はまだ下手くそだし、でも全部持ってくって言っちゃたし……って思ってたらちょうど手元に札があって、それでこうなったわけ」

 

元々、結界は空間を区切り隔離するためのものであった。それは結界に、簡単に言えば『霊的・物理的問わず、術者の決めたモノを通さない』性質があるからだ。

 

その用途の関係上、人間は古くから結界を魔性の者の退治や侵入防止に使ってきた。そして古の人々は、魔を防ぐ結界は神あるいは仏の力だと考えた。それは時代を追うにつれて間違っていたとされてきた――そもそも現代では過去の陰陽師などのそういった能力すら科学が否定しようとしている――が、陰陽師や神主、巫女や法師の間に深く根ざしたその考え方はそう易々と覆るものでもない。時雨もその例に漏れず、聖夜の安易な結界の使用に小言を零したのだ。

 

もちろん聖夜も最初はそのように考えていた。しかし、彼はハンターでもあった。その場にあるものは何でも使う生き方をしてきた彼は、ほどなくして陰陽術を日常でも使い始めるようになった。宗教に関わるものであるとは聖夜自身も分かっているので、たまに使う程度で済んでいるが。

 

 

時雨とて、そこまで細かく言うつもりでもなかった。

 

「まあ……いっか。持ってきてくれたんだから、あれこれ文句を言うのもね」

 

結局のところ、そういった術の類は手段に過ぎない。それがよほど禁忌に触れるようなもの――死霊術(ネクロマンシー)や血を贄とする術など――でもない限り、個人がどう使おうと自由だ。

 

この話題は終わり、とでも言いたげに時雨が手を合わせ、いただきますと口にする。残る三人もそれに続いて手を合わせ、それぞれ箸(及びスプーン)を動かし始めた。

 

再び時雨が問いかける。

 

「そうそう、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

 

カレーを事も無げに口へ運んでいる聖夜を軽い戦慄の目で見つつ、時雨は続けた。

 

「……えっと、『アルスライトフレア』だっけ? こないだ見せてくれた技についてなんだけど」

「っと、もしかして説明不足だったか?」

 

いいえ、と時雨は首を振った。

 

「そういうことじゃないけど、ちょっと思ったことがあって。どうせ空気中の水分を酸素と水素に分けることが必要なら、あんな回りくどいことをしなくても、その二つを酸水素ガスとして結合させて点火すればもっと威力のある技になるんじゃないの?」

 

時雨本人としてはなかなか自信のある提案だった。しかし聖夜は笑って首を振り、彼女の案を否定する。

 

「『アルスライトフレア』に必要な程度の酸素と水素じゃ、星脈世代に効果のある威力の爆発は起こせない。もっと大規模な術式で気体の量を増やすか、術式を複数展開して酸水素ガスを多数配置するなりすれば別だろうけど……」

 

一つ、と指を折る。

 

「大規模な術式はそもそも準備に時間がかかる。使い勝手は極めて悪いとしか言えない。遠くから時間をかけて発動出来るならともかく、ね」

 

もう一つ、と。

 

「術式を複数用意するのはそれよりもさらに困難だ。確かにガスを連鎖爆発させれば相当な火力を生み出せるけど、俺の技量じゃ『気体成分の分離』を行う術式をそんな大量に展開することは出来ないんだ。恐らく、時雨は魔法科の……」

 

言いかけて、聖夜は言葉を変える。

 

「……まあ、いわば水素爆弾のようにすれば良いと思ったんだろうけど、そのレベルの魔法を使いこなせるようになるには相当な研鑽が必要になる。いくら『幻想の魔核』があるとはいえ、ちょっと実用性に欠けるかな」

 

長くなったけど、と締め括り、聖夜はカレーを再び口に運んだ。スパイシーなどという言葉では到底生ぬるい香辛料の匂いと、味を意識する間もなく痛覚を刺激してくる強烈な辛さを感じ――しかし特に反応を見せることもなく、淡々と食べ進めていく。

 

茜が興味津々といった様子で聞いた。

 

「ねえ聖夜、それってどのくらいの辛さなの?」

「んー……このまま寒冷地に行っても大丈夫そうなくらいだな。美味しいとか不味いとか関係無いし分からないレベルの辛さ」

 

それを聞いた茜は大きく身を乗り出す。

 

「つまり、私にも食べられるってことね?」

 

そして当然のように目を瞑り口を開けた彼女に、聖夜は苦笑。

 

「平気だとは思うけど……それをする必要性はないんじゃないか?」

 

とか言いつつも、彼は嫌がる様子もなくスプーンを彼女の口元へ持っていく。

 

「はい、あーん」

「んー……」

 

いつの間にか周囲の生徒達から(色々な意味で)注目を集めていることは気にも留めず、茜は聖夜のスプーンを咥えた。

 

――そして。

 

「……あー、確かに味は分からないかも。頭おかしいよ、この辛さ」

 

聖夜のように淡々と言ってのけた彼女に、時雨は呆れることすら出来なくなったようだった。

 

「そうは見えないんだけど……」

 

一方、セレナはセレナでまた別の思考に囚われていた。

 

(今のって間接キス、よね? あんなに何気なく出来るなんて……!)

 

辛さや匂いにどうして反応しないでいられるのかとか、そういったことよりも彼女は『間接キス』という概念に思考を奪われていた。

 

間接キス。恋愛初心者のセレナからすれば、考えただけでも頬が熱を帯びてしまう。

 

(うー……私もしてみたい、けど自分から誘うのは恥ずかしいし、どうすればいいかな……)

 

別に無理してやらなくても、というのは、セレナの意地が許さなかった。恥ずかしいからやらないというのは、何か負けたような感じがして嫌だった。

 

とはいえ、自然な流れでやってもらうためにはどうしたら良いかも分からない。

 

 

――そうやって悩んでいたのが、果たして吉と出たのか凶と出たのか。

 

「……聖夜先輩、ちょっといいですか?」

「ん? って勝海君か。どうした?」

 

彼らの元に、この間の騒動で聖夜に救われた勝海が現れたことで、セレナはついに行動を起こせなかった。しかし、それを悔やむ反面、知らない後輩に恥を晒さずに済んだことに対する安堵の気持ちもあった。

 

そんなセレナの心情は露知らず、勝海は初対面の女性陣に礼儀正しく頭を下げ、会話を続ける。

 

「はい。今日の特訓について、少しご相談がありまして」

「そうか。……いや、ちょっと待っててくれ。すぐに食うから」

 

そこまでして頂かなくても……という勝海の呟きを無視し、聖夜は半分ほど残っていたカレーを一気に流し込む。傍から見ればとても正気の沙汰とは思えない行為だったが、依然として聖夜は反応を示さなかった。

 

「……っし、待たせてごめんな。それじゃ行こうか」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません……」

 

また後で、と女性陣に手を振り、聖夜は勝海と一緒に去っていく。その後ろ姿を見送って、セレナは無意識的に深いため息を吐いた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

聖夜が連れて来られたのは中等部の教室だった。

 

「俺のクラスです」

 

そう告げて、勝海は教室の中へ入って行った。どうやら誰かを呼んでくるらしい。周りの生徒達から送られる奇異と興味の視線を軽く受け流しながら、聖夜は勝海を待つ。

 

さほど時間はかからなかった。戻ってきた勝海は、サイドアップにしたダークブロンドの髪が美しい、緊張した面持ちの少女を傍らに連れていた。

 

「あれ、君は確か……」

 

聖夜はその少女に見覚えがあった。聖夜が序列入りしたあの決闘の時、サインを貰いに来た子達。その一人だったはず。

 

どうやら正解だったらしく、少女の顔に喜びの表情が浮かんだ。

 

「まさか覚えていてくださったなんて……」

「あはは、大げさだよ。あの時はありがとな。……君の名前は?」

 

聖夜が聞くと、少女は居住まいを正して答えた。

 

「オリヴィア・ルーゼンベルグと申します。どうぞお見知りおきを」

「おや、わざわざご丁寧に」

 

一つ頷いて、聖夜は手を差し出した。自分の紹介はしない。わざわざ言わなくても、彼女はこちらの名前を知っている。

 

二人が握手を交わしたのを見計らって、勝海が本題に入った。

 

「実は、オリヴィアさんも特訓に参加したいって言ってて……もし良ければ、どうですか?」

「ああ、なるほど。それで来てくれたのか」

 

ふふ、と小さく笑い、聖夜はオリヴィアの目を見つめる。オリヴィアは少し驚いた様子を見せたが、それでも臆せずに聖夜の目を真っ直ぐ見つめ返した。

 

「……うん、良い眼をしているな。強い意志を持った綺麗な眼だ」

 

不意に、聖夜が言った。その意味がよく分からなかったオリヴィアが首を傾げると、聖夜は「なんでもない」と手を振って、

 

「まあ、参加したいっていうことなら俺は大歓迎だよ。……ただ、守って欲しいことが一つだけある」

 

今度は勝海も首を傾げた。このことは彼も聞かされていなかった。

 

「特訓という形ではあるけど、その中で俺が君達に教えるようなこともあるはずだ。というか、二人共それが目的だろう?」

 

二人が頷く。

 

「もちろん、俺も出来る限り指導する。――でも、俺の言う事を聞くだけじゃダメだよ。何か意見があったら遠慮なく言いなさい」

 

えっ、と二人は聖夜の目をまじまじと見返した。彼らはむしろ逆のことを言われると思っていたのだ。

 

彼らが言わんとしていることは、聖夜にも手に取るように分かった。思わず笑みが零れてしまう。

 

「俺はそんな自信家じゃないよ。至らないところばかりだし、君達が期待するほどの強さだって無いかもしれない」

 

人に何かを教えるのは嫌いではないが、人に教えられるほどの器が自分にあるとは聖夜も思っていない。

 

――それでも、彼らが望むのなら、全力で応えてあげたいとも思うわけで。

 

「そんな奴でも良いと言うのなら、俺も自分が教えられる事の全てを君達に教えたい。……だからこそ、君達には様々な意見を言って欲しいんだ。意見を交わしていく中で、君達に相性の良い教え方が見つかっていくはずだから」

 

言い終わり、聖夜は二人の頭をぽんぽんと軽く叩いた。それは、後輩相手にしては似つかわしくない、とても優しすぎるものであって。

 

「それじゃ、これから頑張ろうな」

 

ふわりと微笑んだ聖夜のことを、勝海とオリヴィアが「兄のようだ」と思ったのは無理のないことだった。




次回は聖夜と後輩達の特訓です。


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