学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第一話~Let's 新生活~

 

 

「で、何でまたこうも邪魔したわけ? ……『影刻の魔女(シャドウプリンセス)』」

「そっちこそ、どうして聖夜に手を出してるのかしら。 『雷華の魔女(フリエンブリッツ)』さん?」

 

そう言って睨み合う二人。もっとも、聖夜としては助かったことに変わりはないので御の字であるのだが。

 

(いや……どういうことなの?)

 

一応、時雨に止めた理由を、彼は視線を飛ばしてそれとなく尋ねてみる。すると、彼女は「そうだった」と呟き、

 

「すっかり忘れてた。――赤蓮の副総代たる権限をもって、セレナ・リースフェルトと月影聖夜の決闘を破棄する」

 

突然彼女がそう告げたかと思うと、光り輝いていた聖夜とセレナの校章がその光を失った。どういう事か未だ理解出来てない聖夜だったが、それは対面の少女も同じだったらしい。

 

「っ! ……ねえ、それは職権乱用なんじゃないの?」

「いいえ。そもそも、この決闘は最初から無効なのよ。聖夜は最低限の手続きこそ終わっているから校章が認識してしまったようだけど、実際には手続きはまだ残ってる。つまりそういう事……そうよね、クローディア?」

 

「ええ、そうですね」

 

時雨が滔々と述べ、そして不意に後ろを向けば、別の女性の声が一つ。聖夜も釣られてその声のした方に向いてみれば、その先にはしとやかな金髪をなびかせながらこちらに歩いてくる美少女がいた。そして、その後ろには辺りを見回している一人の男子生徒。

 

「ふうん……納得いかないけれど、まあそれなら仕方ないか」

 

その様子を見たセレナは未だに納得してなかった様子だったが、とりあえずこの場は諦めることにしたらしい。わざとらしい溜め息を吐き、レイピア型の煌式武装をホルダーに戻していた。

 

そして、それを横目で確認しながら、聖夜は時雨に感謝を告げた。

 

「っはー……助かった。ありがとな」

「どういたしまして。――なんて、本気じゃなかったんでしょ?」

 

くすくすと含み笑いをして、彼女は聖夜を悪戯っぽい目で見る。彼女の言いたいことを聖夜は何となく察したが、あえて自分からはそれに触れないことにして。

 

「なんでそう言えるんだ?」

「だって、本気だったらあいつが無事なわけないもの」

 

恐らくセレナにも聞こえるように言ったのだろうそれに、聖夜はピシッと空気が固まるのを感じた。

 

(あーもー、いらん挑発しないの……)

 

無意識にこめかみをおさえながら、聖夜は努めて平静に言った。

 

「そんな事無いって。さっきのは正真正銘の本気」

 

少なくとも今の俺にとっては、そう弁解してから彼は時雨の耳元に顔を近付け、

 

「実は今、能力が使えないんだ」

 

そう囁く。しかし、それでも時雨は涼しい顔で、

 

「それでも、本気の聖夜に敵うはずが無いでしょ。私でも、そして多分クローディアでも勝てないわよ」

「いや、買い被り過ぎだって。さっきの戦いだって助けて貰ってなきゃ危なかったんだし」

 

実際、あの状況から抜け出す方法はほとんどなかっただろう。このままだと面倒なことになる、と聖夜の勘が告げるが、彼が口を開く前に、クローディアと呼ばれた金髪の少女が聖夜に話しかけた。

 

「あらあら、それは本当ですか? 随分と凄い生徒を呼んでしまいましたね」

「いや、だから全然凄くないんですってば。……それを言うならそこの男子生徒の方が強いと思いますよ」

 

話題の矛先を変えるため、聖夜は彼女の後ろにいた男子生徒を示しつつ言った。そしてその生徒の前まで歩いていき、微笑みながら手を差し出す。

 

「始めまして、俺は月影聖夜だ。よろしくな」

「ああ、こちらこそよろしく。俺は天霧綾斗っていうんだ」

 

お互いに自己紹介して、握手をする。そうして、綾斗と名乗ったその少年は、不思議そうな視線を聖夜に向けながら。

 

「でも、なんで俺が強いって言えるんだい?」

「うーん……なんというか、身体の重心にブレがないし、身のこなしにも隙が無い。相当鍛錬を積んでいるんじゃないかと思って」

 

強者は、普段の立ち振る舞いからして違う。少なくとも、聖夜から見た限りでは、目の前の少年の自然体には隙がほとんど感じられなかった。

 

「ありがとう。でも、それなら聖夜もじゃないの?」

「……いやまあ、それなりには鍛えているけどさ」

 

嘘吐き、と時雨が微笑みながら呟いたのが聞こえたので、彼は思わず苦笑しつつ。

 

「そういえば、貴女の名前は?」

「クローディア・エンフィールドです。生徒会の会長をしています」

 

彼がおもむろに問えば、見た目に恥じない優雅な一礼。時雨も続いた。

 

「一応私も。風鳴時雨といいます。同じく副会長をしているわ」

 

生徒会のツートップである。さぞ実力も高いのだろうと聖夜は考えたが、どうやらそれが顔に出ていたらしい。たおやかにクローディアが微笑む。

 

「実は、時雨は序列八位なんですよ。押しも押されもしない実力者です」

「いやいや何言ってんの、クローディアなんて序列二位じゃない」

 

おっとこれは想像以上だった、と聖夜は心の中で驚く。

 

「貴女が本気でやればもっと上にいけるでしょうに」

「私はある程度融通が効けばそれで良いの。でも、聖夜が来ちゃったならこの座も危ないかなあ」

「いやいや、流石に無理かと」

 

ふと話題の方向性が自分へ向いたのに気付いて、聖夜は慌てて否定の言葉を口にした。

 

しかし、まさかこんな短時間に三人もの『冒頭の十二人(ページ・ワン)』に会えるなんて、と。時雨はもちろんのこと、先ほど闘ったセレナという少女も、目の前のクローディアも、そして綾斗も、相当な実力者であるということが見て取れる。

 

これは面白くなりそうだ、と聖夜は小さく呟き、クローディアの方へ向き直った。

 

「それで、最後の手続きっていうのは?」

「そうそう、忘れていました。今からご案内します」

「オッケー。――あっ、その前に」

 

そう言って、聖夜は不意にセレナに頭を下げる。突然の事に不思議そうにこちらを見るセレナに、聖夜は真面目な様子で口を開く。

 

「先程は誤解を招くような事をしてすまなかった。このとおりだ」

「……いいわよ。紛らわしかったとはいえ、善意で届けてくれただけなんだから」

 

ばつが悪そうにそう言って、セレナは女子寮に戻っていってしまった。思いもよらなかった反応に聖夜が唖然とする中、クローディアが困ったように言った。

 

「相変わらず素直じゃないですね、彼女は」

「本当、難儀な性格よね」

「……いやまあ、時雨も最初はそうだったけどな。だいぶ面倒だったけど」

 

うるさいなあ、と文句を言いつつも、時雨はまるで猫のように聖夜へ引っ付いた。聖夜もやれやれという顔をしながら、それを振りほどこうとはしない。それを見たクローディアがからかうように言った。

 

「ふふっ、随分と仲が良いのですね」

「あー……まあ確かに、仲は良いからな」

「聖夜は大事な人だものー」

 

へえ、と聖夜は顔をほころばせ。

 

「そりゃありがとよ。ほーれよしよし」

「……♪」

 

つい癖で聖夜が時雨の頭を撫でると、クローディアが困ったように、しかしどこか面白そうに微笑んでいた。

 

「……二人共、仲睦まじいのは良い事ですが、周りの生徒が見ていますよ?」

「別に構わないもんねー。……あでも、新聞部の奴ら、この事を記事になんかした時には覚悟しときなさいよ?」

 

笑顔のまま群衆にそう言い放った時雨と、その言葉にあからさまに挙動不審になる何人かの生徒達。ぜひ止めてくれよ、と聖夜も心の中でお祈りをする。暴れ出した時雨を止めるのは本当に面倒なのだ。

 

そんな様子を間近でみたクローディアは、信じられないといった様子で口を開いた。

 

「貴女、本当に時雨ですか?」

「そうよ。……大丈夫、こんなに甘えることなんて滅多に無いから」

 

確かに、時雨がここまで引っ付いてくるのは久し振りだ。寂しかったのかな、と聖夜はなんとなく考えながらも、このままだと話が進まないと判断し、彼は時雨を引き剥がしにかかった。

 

「はいもうここまで。綾斗も退屈だろうし、早く案内してくれ、時雨」

「失礼しました、時雨の様子が面白くって」

「むー……後で続きね」

「やめてね」

 

いらない誤解は招きたくない。……もう手遅れな気もするが、気にしてはいけない。

 

むくれる時雨をどうにか宥めながら、聖夜はクローディアと綾斗の後に付いて校舎に入った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

道すがら、聖夜の耳に授業をしている教師の声が聞こえたのだが、どうやら歴史のようだった。『落星雨(インベルティア)』、『星脈世代(ジェネステラ)』……聖夜にとっては聞きなれない言葉だ。

 

すると急に、時雨がひそひそと聖夜に話しかけてくる。

 

「ねえ聖夜、どうやってここに来たの?」

「スキマの中で龍属性を出した。後は察してくれ」

 

それだけで彼女は文字通り察してくれた。

 

「つまり事故ったって事ね。……ここ、アスタリスクに関する知識はどれくらいある?」

 

聖夜は簡潔に答える。

 

「世界観については大体。……そういう時雨こそ、どうしてここに?」

 

彼女には、自分のように能力の影響で世界を渡ってしまうようなことは起こらないはず。そう考えての問いだったが、時雨の答えは要領を得ないものだった。

 

「気付いたら、としか言えないわ。何故か私の存在は、始めからこの世界にあったようだけど」

 

内緒話が故、互いの言葉は簡潔だ。だが、今の言葉に聖夜は興味を惹かれた。

 

「そりゃまたどういう事だ?」

「こっちにも同じように『風鳴家』があるし、私を小さい頃から知っているって人もいるの。多分、あなたも同じだと思う」

「ふーむ………」

 

(迷い込んだ先の世界に、なぜ元から自分の存在があるんだ?)

 

聖夜がかつて迷い込んだ世界では、彼は完全に余所者だった。それがこの世界では違う。戸籍も、人々の記憶にも、『月影聖夜』という存在がきちんといる。

 

(あのときとは何かが違う……?)

 

思考の沼に嵌りそうになって、聖夜は小さく首を振った。とりあえず、考えても意味のないことは後回しだ。聖夜には聞きたいことがあるのだから。

 

「……話は変わるけど、こっちに来てからどれくらい経ってる?」

「えっ? えーと……半年くらいね」

 

半年か、と聖夜は聞き流そうとして、しかし大きな違和感に気付いた。

 

「ん? 待て、俺が最後に時雨と会ったのは一昨日だから……まさかこの世界、時間軸がずれてる?」

 

聖夜には確かに、一昨日時雨と学校で会い、言葉を交わした記憶がある。時雨も深い思案顔で。

 

「もしそうだとしたら……こっちの約半年は向こうの一日に該当するってことかしら」

 

なんとも不思議な話だ、と聖夜は思う。こんなことは今までなかった。

 

……ともあれ、何の根拠もない話だ。考えるのをやめて、聖夜はおどけるように言った。

 

「ま、それなら向こうで長時間行方不明でしたーっていうオチは無いかな」

「ああ。面倒だもんね、あれ」

 

経験者同士二人で頷いていると、どうやら前を行くクローディア達にその内緒話を気付かれてしまったようだ。

 

「二人共、どうかしましたか?」

「ああ、ちょっと愛の告白をね」

「あら……別に受けても構わないけど?」

「……頼むからボケ殺しだけはやめてくれ」

 

三人の驚く顔が見たかったのに、その本命が潰してくるとは。聖夜は渾身のボケが潰されて不服そうだったが、その様子を見たクローディアは笑っていた。

 

「ふふ、まるで夫婦のようですね」

「またまたご冗談を。時雨が妻だったら楽しいんだろうけど大変そうだ、色々と」

「聖夜、どういう意味かな?」

「ああ、それは……って痛いんですけど!?」

 

もちろん冗談だ。それでも時雨は聖夜に容赦しなかった。グリグリと、彼の足の甲を踵で踏み付ける。

 

「だから冗談だってばー!」

「仕方無いわね、許したげる」

 

そのやり取りの後、どちらからともなく吹き出す彼らを、クローディアと綾斗は困ったように見ていた。コホン、と。

 

「はい、着きましたよ」

 

そう言ったクローディアの声で聖夜が我に返ると、『生徒会室』と書かれた扉が目の前にあった。その扉のロックをクローディアが解除し、その中へ案内された聖夜と綾斗は驚きのあまり呆然とする。

 

「ねえクローディア、ここは本当に生徒会室なのかい?」

 

綾斗の疑問は尤もだ。なにせ、一流企業の社長室と言われても信じてしまうような部屋だったのだから。聖夜がたまに出向くような、お偉方の部屋と比べてもなんら遜色ない。

 

しかし、時雨は平然と言う。

 

「アスタリスクっていうのはこういう所よ」

「そりゃまた……」

 

驚きだ、と言おうとして、聖夜は思い出す。一瞬だけ見てしまったあのセレナの部屋も、学生が暮らすにしてはあまりにも豪華だったことを。

 

「それでは、そこへ」

 

言われるがまま、彼らはソファに腰掛け、残った二人の少女は奥に二つある一人掛けの椅子へ。それに座った彼女達は、さながら一流企業の敏腕秘書、あるいはやり手の女社長といったところか。

 

「ようこそ、アスタリスクへ。私達は貴方達を歓迎します」

「そして、私達が求めるのはただ一つ『勝利』。ガラードワースに打ち勝ち、アルルカントを下し、界龍(ジェロン)を退け、レヴォルフを破り、クイーンヴェールを倒すこと。即ち星武祭(フェスタ)の優勝。そうすれば、貴方達の望みを叶えるわ」

 

「近年、星武祭における我々星導館学園の成績は芳しいとは言えません。前のシーズンでは総合五位。ですから、一人でも優秀な人材が欲しいのです。その点においては、お二人が特待を受けてくださったのには感謝しなくてはなりません」

 

クローディアの言葉に、聖夜はふと綾斗の表情に浮かんだものに気付いた。。

 

「まあ、俺は断る理由が無かったけど……どうやら、綾斗は違ったみたいだな」

「ああ、何回か断ってたんだけど……」

 

そう言うと綾斗は一旦口を止め、再び。

 

「……探し物が出来たんだ」

 

その真剣な口調から、あまり深く詮索してはいけない類のものだと聖夜は直感的に理解した。

 

「……そうか。月並みのことしか言えないけど、頑張ってくれ」

「ありがとう。……まあ、星武祭では敵同士だけどね」

「まあそうだけど、ねえ? にしても、望みか……」

 

まともな望み無くして星武祭に出たところで、綾斗のような生徒と聖夜ではその覚悟が違う。それでは、この学園が求める『勝利』を掴むことはできないだろう。聖夜としても、負けることはできればしたくない。

 

まるで聖夜のそんな考えを見通したかのように、時雨が打って変わって柔らかく言った。

 

「別に今すぐ決める必要は無いわ。ここで学園生活を送って、その過程で気付けば良い」

 

なるほどね、と聖夜は微笑む。

 

(その通りだな。本物の願いはすぐに見つかるものじゃないってことだ)

 

至極当然のことだ。願いを追い求めることへの覚悟も大切だが、かといって中途半端な願いではいずれ躓いてしまうだろう。今はそれに気付けただけ上々、と聖夜が結論付けたところで、綾斗が思い出したように言った。

 

「そういえば、最後の手続きっていうのは?」

 

綾斗もそう言われていたのか、と聖夜は驚いた。てっきり、助けるための口実だとばかり。

 

「ええ、それは……」

 

そう言って、時雨とクローディアは何かを躊躇うかのようにお互い顔を見合わせる。そして、意を決したのか再び聖夜達の方を向き、

 

「二人共、目を瞑ってくれませんか?」

「えっ? 別に構わないけど……」

 

綾斗がそう答えて目を閉じたのを見て、聖夜もとりあえずそれを真似する。何故手続きに目を閉じる必要があるのかは分からないが、まあ命を取られるわけでもなし。

 

暗闇の中で、二人が席を立った気配。そして、そのまま聖夜達の方へとゆっくり歩を進めているようだ。

 

一体何をされるのかと聖夜は身構えていたが、襲ってきたのは予想の遥か斜め上をいった柔らかい感触と、そして確かな温かみ。慌てて聖夜が目を開けると、時雨がぎゅっと抱き着いてきていた。

 

「あの……時雨さん?」

「………」

 

こんな事は今まで無かったのでどう対処したら良いかまったく分からず、とりあえず聖夜は綾斗の方を見やってみる。するとそちらでも、クローディアがこちらと同じような状況で綾斗に抱き着いていた。綾斗はこういうのに耐性が無いのか、その体制のまま固まっている。

 

男子二人には何がなんだか分からないまま、しばしそんな状況が続いて。

 

「ふふっ、なんて……可愛らしい反応ですね」

「からかわないでよ、クローディア……」

「すみません、つい」

 

不意に悪戯っぽくそう言って、クローディアが綾斗から離れていった。そしてそれを見た時雨も、心なしか名残惜しそうに聖夜から離れていく。今のは一体、と聖夜は未だこんがらがっている頭で考えながら。

 

「……で、今のが最終手続きなのか?」

「いいえ、違います」

「え。……じゃ、何が手続きなんです?」

「……なーんにも」

「はい?」

「えっ?」

「ですから、手続きなんて残ってません。決闘を止める為の嘘です」

 

やっぱりそうだったのか、と聖夜は大きな溜め息を吐いた。だったらそうと言ってくれれば早かったのだが、まさかからかうためだけにこんなことをされるとは。彼が呆れた視線を時雨に向ければ、彼女はてへっと小さく下を出して笑った。

 

ふっと表情を真面目なものに変えて、クローディアが口を開く。

 

「さて、ここからは真面目な話に変わりますが……純星煌式武装(オーガルクス)の適性検査についてです」

「それって確か、ウルム=マナダイトっていうのを使った強力な煌式武装(ルークス)の事だよね?」

「ええ。二人は特待生ですから、適性検査を受ける権利があります。……といっても、聖夜は既に使っているようですが」

 

まあ、と彼は笑う。でも、この話を綾斗だけでなく聖夜にもしたということは、つまり

 

「純星煌式武装って複数使っても構わないのか?」

「使用に当たって、数の制限はありません。ただ、複数使おうとしても適合率が合格の値まで上がらないのが普通です」

「ふむ……そんじゃまあ、見に行くだけってとこかな」

 

ならば、聖夜にとってはあわよくば、という感じだ。期待しないで行くべきだろう。

 

――と、時雨がおもむろに立ち上がり、気が抜けた様子で伸びをしながら言った。

 

「はーい、それじゃこれで終了よ。二人共、お疲れさま」

「では、これから教室の方に行っていただきます。早く慣れると良いですね」

 

全くだな、と聖夜は独りごちる。入学早々、序列上位者と決闘を繰り広げたのだから、せめてこれ以上は何もないことを願いたい。

 

生徒会室を出てクローディアと綾斗とも別れて、聖夜は時雨の後ろに着いていた。

 

「じゃあ聖夜、私達はこっちよ」

「おうよ。そういや、時雨はどのクラスなんだ?」

「廊下から見て、あなたの教室の左側。残念ながら同じじゃないの」

「うーんそうか、それは残念」

 

もっとも、聖夜としても、何もかも時雨に頼りきりというのは避けたいところだったので、ちょうどよいのかもしれない。知り合いがいるとなると、やはり何かと頼ってしまいそうだ。

 

その後も聖夜が時雨と軽く雑談していると、どうやら彼の教室に着いたようだ。

 

「ここよ」

「ほうほう……よし覚えた。ありがとな」

「どういたしまして。それじゃ、純星煌式武装の申請書類はまた後日持ってくるから……新学園生活、ファイト!」

 

時雨の激励と共に、聖夜も静かに気合を入れた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……はい、今日からこのクラスに入る転入生です。自己紹介を」

「月影聖夜です。よろしくお願いします」

 

こういうのは第一印象が大切だということを身に沁みて理解している聖夜は、物腰をできるだけ柔らかくしてクラスメイトへの挨拶を済ませる。その甲斐あってか、大半の生徒は好意的に受け取ってくれたようだった。

 

ただ、一人を除いて。

 

「席は……リースフェルトさんの隣ですね」

「……まさかアンタがこのクラスに来るなんてね」

「はは、いや同感だね……」

 

厳しい視線を聖夜に向けるのは、つい先ほど刃を交わしたばかりのセレナと言う少女だった。教師が出て行った後、彼女はふい、と顔を逸して。

 

「……いい? さっきは勘違いで決闘を吹っかけてしまったし、結果的にアンタは帽子を返そうとしてくれた。つまり借りが出来たから一度だけは力を貸すけど、それ以外では馴れ合うつもりは無いわ。よく覚えておいて」

 

強気な態度でそうまくし立てられた聖夜だったが、その言葉はどうやら聖夜のささやかな嗜虐心を突いてしまったらしかった。

 

「あらら、それは残念。転入早々フラれるとは、ついてなかったなー」

「な、アンタ何を……!」

「冗談冗談」

 

初心(うぶ)いなあと思いつつ、聖夜は顔を赤くしたセレナをおかしそうに眺める。やがて不貞腐れたように顔を背けたセレナだったが、そんな様子が面白かったのか、聖夜は後ろの男子生徒が必死に笑いを堪えていたのに気付いた。その生徒も聖夜の視線に気付き、肩をバンバン叩きながら声をかけてくる。

 

「お前やるなあ、お姫様相手に。面白いやつー」

「そりゃどうも。……まあ、とりあえず名前を頼む。なんて呼べばいいのか分からん」

「ああ悪い。俺は新羅 錬(しんられん)ってんだ」

「そうか、よろしく錬。……確か、さっきの決闘も見てたよな?」

「お、まさか気付かれてるとは思って無かったぜ」

「目にはそれなりに自信があるんだ」

 

先ほど、野次馬の中に紛れていたことに聖夜は気付いていた。へえ、と面白そうに錬は、品定めするような目で聖夜を眺める。

 

「さーて……じゃ、質問タイムといこうか」

「……何についてだ?」

「色々あるぜ。お姫様と互角に闘ってたこと、純星煌式武装のこと、あとは副会長との関係だな」

 

最初の二つはさておき、聖夜からすれば、最後のは厄ネタ以外の何物でもない。言葉を濁す。

 

「最後のは答えないでおくよ。校内大量殺人は起こさせたくないんでね」

「つまりそういう関係だと?」

「消されても文句は言わせないぞ。一種特別な関係だというのは認めるけどさ」

「っし、良いネタ貰ったぜ!」

「ネタって…お前は記者か何かか?」

「ああ、新聞部員だからな」

 

ガッツポーズをしながらメモを取る錬に、アスタリスクの各学園にある記者クラブは、時として学生の枠に留まらないほどの活動をしているということを聖夜はふと思い出して真顔になった。火消しが面倒な記事にならなければいいが。

 

その後も聖夜は錬だけでなく色々な生徒に質問されたが、印象が悪くならないように気を付けながらもそのほとんどを適当にはぐらかした。迂闊に手の内は晒さない方が良いという判断の為である。

 

 

そうして、初めての授業が始まった。

 

 






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