学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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読者の皆様、お待たせしました。原作1巻の山場だと作者が勝手に思っているシーンです。

とはいえ、聖夜が居るために、相対的に綾斗の活躍が上手く書けませんでした。書けませんでしたが、ちゃんと無双しています。

次の投稿は、まだ目処が立っておりません。ご了承下さいませ。


それでは十七話、どうぞ!




第十七話〜恐るべき二人の剣士〜

 

「それにしても、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』っていうのは大変だな。こんなのに絡まれるんだから」

 

乱入してきた新たな敵に絶句しているサイラスをよそに、果たして本音かどうか判断できない口調で聖夜が言った。と同時に、腕の中のセレナをさらに近くへ抱き寄せる。

 

嬉しさと恥ずかしさで頬が染まってしまったセレナは、自身の感情に困惑しながらも聖夜に問うた。

 

「な、なんでここに……?」

 

対して、聖夜は安心させるように笑いかける。

 

「沙々宮さんとクローディアと時雨のおかげ。……だよな、綾斗?」

「聖夜のおかげでもあるんじゃないかな?」

 

聖夜と綾斗とのいかにも軽いやり取りを聞き、ふとセレナはユリスの方を見る。彼女もまた、綾斗に抱き寄せられて顔を赤くしていたのが確認できて、セレナは改めて状況を確認する余裕を得た。

 

ユリスを抱えた綾斗は右手に純白の刀身を持つ剣を持っており、視線を下に向ければ、聖夜の右腰には『幻想の魔核(ファントム=レイ)』が下がっている。となると、綾斗のあの武器は、噂の『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』だろうか。『魔』の名を冠する純星煌式武装(オーガルクス)が二つ、同じ場所に存在している。希少な光景だ。

 

そして今更ながらに気付いたのは、綾斗の星辰力(プラーナ)の量だ。彼の周囲がうっすらと光って見えるほどに、桁外れな量の星辰力が溢れ出ている。

 

辺りを見れば、彼女達の動きを封じていた人形達は全てが綺麗に両断されており、戦斧を構えていた二体は四肢部分が千切れ飛んだ状態で奥に吹き飛ばされていた。一体どれほどの威力の攻撃が放たれたのか、セレナには想像しきれない。

 

そして、一度冷静になれば、どうしても言わなければならないことを思い出す。

 

 

「……まさか、私を助けに来たなんて言わないわよね」

 

「まさか、私を助けに来たなんて言わないだろうな?」

 

 

奇しくも、ユリスとセレナは同じことを口にした。本来なら、彼女達こそが彼らの身を守ろうとしていた側だったから。その思いは、どちらも確固たるものだったのに。

 

そして、彼らもまた、同時に口を開く。セレナに聞こえたのは聖夜の声だけだった。

 

「いいや、ただの我儘だよ。セレナが傷付きでもしたら、俺はきっと後悔するからな。俺のために、って思ってくれたセレナには感謝してるけど、それでも俺は、自分のためにその気持ちを無視したんだ。……俺ってさ、本当に自分勝手なんだよ」

 

だから、と彼は優しく続けて、

 

「何も気にせず休んでて。ただ、やりたい事をやるためだけに、俺はここに来たんだから」

 

そう言って前を見据える彼の表情を、セレナは純粋に格好良いと思った。セレナが隠していたことをまるで責めることなく、それどころか「気にするな」とまで言ってくれた。口では自分のためだと言っていたが、まさか先程の言葉が彼の本音だとはセレナも思っていない。彼との交流を何度もしているおかげで、彼女にも聖夜のことが何となく分かってきている。

 

ともかく、何であれ、セレナにとっては自分を助けてくれた存在に変わりは無い。聖夜の優しさは、彼女の心に深く染み込んでいった。

 

だから、彼がセレナのスカートのポケットに手を入れてきても彼女は何とも思わなかった。

 

彼が取り出したのは、セレナが受け取った脅迫状。

 

「『これからは周囲の人間を狙う』、ね……全く、どの口が言うんだか」

 

呆れたようにため息を吐くと、聖夜はサイラスを冷たく睨んだ。その目にサイラスは一瞬怯んだが、それでも尚、芝居がかった仕草で肩を竦めて言う。

 

「これはこれは、思わぬ飛び込みゲストですね。月影聖夜君に天霧綾斗君」

 

その声に、ユリスと話していた綾斗もサイラスを見据えた。対して聖夜は、つまらなさそうにもう一つため息。

 

「アンタがつまらないミスをしてくれたおかげで、簡単に証拠が集まったんだ。だけどそれを予想することもなく、思わぬゲスト、とはね……笑わせる」

 

サイラスは表情を険しくしたが、聖夜はあくまで淡々と。

 

「あの夜に俺を襲ったあいつらは、アンタと()の差し金だろう? ……詳しく言えば、一連の襲撃事件で俺に疑われてると危惧したアンタは奴の提案に乗り、あえて人間を使ったんだ。それなら、能力から足を付けられることもないと考えて」

 

サイラスの表情が僅かに揺らぐ。

 

「だけど、人間は人形と違って口があるからな。捕まえて情報を聞き出せばそれで解決する。幸いと言うべきか、尋問の手段はいくつか持っているわけだし。……つまるところ、アンタ達の手駒は敗れて捕まった結果、逆に正体がバレる羽目になったというわけだ」

 

さて、と彼は口角を上げて。

 

「俺の推理に間違いがあったら教えてくれ。……見るも可笑しき役者さん?」

 

サイラスは図星を突かれたようで、何も言わなかった。だが、その顔は怒りに染まっている。

 

「っ……その通りです。ですが、この場を切り抜けられなければ、その推理は意味を成しませんよ」

 

しかし、言葉を発することで怒りが収まってきたらしい。彼の態度は、再び仰々しいものに戻っていく。

 

「あなた方の戦いは何度か拝見しました。それなりにやるようですが、はっきり言って、その程度の実力者はいくらでも居ます。その純星煌式武装だって強力ですが、宝の持ち腐れでしょう。……先程は奇襲が上手く決まったようですが、真っ向から戦って、百体を超える僕の軍団に何が出来るというのですか?」

 

 

 

「黙れ。奇襲しかできないのはあなたの方だろう、サイラス・ノーマン」

 

 

突如として横から聞こえてきた冷たい声に、聖夜は開きかけていた口を閉じ、面白そうにそちらを――綾斗を見る。綾斗の視線は刺すように鋭く、サイラスは気圧されていた。

 

だが、サイラスは自分が怯んでいたことに気付き、忌々しげに首を振った。

 

「……っ、言ってくれますね。しかし、実力すらわきまえず挑発するのは滑稽を通り越して哀れで、」

 

「おや、果たしてそうかな?」

 

次は聖夜だ。今度こそサイラスの発言に割り込んだ彼は、手に持つ脅迫状をひらひらと振った。

 

「俺から言わせれば、アンタの方がよほど哀れだ。実力をわきまえていないのは果たしてどちらだろうね?」

 

聖夜が脅迫状から手を放す。紙は重力に従い、ひらりと舞い落ちて――発火し、瞬く間に灰となった。

 

 

「なっ……!」

 

「―――アンタは、俺達の実力を知らない」

 

 

彼は空いた手でホルダーから碧色のコアを取り出す。起動するは、蒼雷を纏う大剣。ごく自然に、純星煌式武装の()()使()()という離れ業を見せつけ、聖夜は宣言した。

 

「かかってきなよ、滑稽な人形遣い。勝てると思うのならな」

 

 

 

「――やれるものならやってみるが良い!」

 

怒りに頬を紅潮させ、サイラスが指を鳴らす。人形達が一斉に得物を綾斗達に向けた。

 

「たった二人で、僕の軍団をどうにかできるものか!」

 

次の瞬間、四方八方から光弾の雨が降り注ぎ、近接の人形が襲い掛かってくる。ユリス、セレナ、レスターを追い詰めた物量が、今度は二人に牙を剥く。

 

 

――しかし、襲い掛かった人形は、刹那の内にバラバラにされていた。

 

「…………は?」

 

呆然としながらサイラスが見ている場所には、既に彼らの姿は無かった。そこにあるのは、高温に晒され赤熱化した切り口をもつ人形と、圧倒的質量に叩き斬られた人形の残骸だけ。

 

「いくらなんでも、この程度じゃ話にならないな」

 

「なっ、」

 

背後から聞こえてきた呆れたような声に、サイラスは不意を突かれて振り返る。そこに居たのは、右手に剣を、左手に少女を抱えた綾斗と聖夜だった。彼らはサイラスが知覚出来ない速度で――綾斗は星辰力のブーストで、聖夜は『王牙大剣【黒雷】』の生み出した電磁力を利用して、それぞれ人形を切り裂きながら移動したのだ。

 

だが、サイラスは勿論、その動きはユリスにも認識できなかった。対してセレナには、自身の能力特性に似た何かを聖夜がやった、ということが少しだけ理解できていたが、突然のことに驚いたのは同じだ。

 

「な、な、な……」

 

「悪いけど、ここまでだよ」

 

青ざめ後ずさるサイラスに、綾斗が言う。聖夜も大剣を担ぎ、獰猛に笑った。

 

 

ここでユリスが我に返り、綾斗の肩を慌てて掴む。

 

「それよりも私を下ろせ! 足手まといになるつもりは無いし、それは片手で扱えるようなものでもないだろう!」

「大丈夫だよ。これ、意外と軽いし」

 

ユリスの声色とは反対に、随分と余裕を含んだ綾斗の声。そんなやり取りを聞いて口角が緩みそうになるのを感じながら、ふとセレナも聖夜に問うた。

 

「私も下ろして良いわよ。その武器だって軽くはないんでしょう?」

「……まあ、強がりたいけど、そんな軽さじゃないのは事実かな」

「だったら、」

 

しかし、聖夜は軽く首を横に振って、

 

「心配無用。重さなんて、身体全体の動きで補ってやればいいだけだ。そのくらいは叩き込んである」

 

ふっ、と笑う。

 

「それに、今セレナを下ろせば、あいつは間違い無く狙ってくる。離れられちゃ俺も守れないからな」

 

その笑みは小さく、しかし不思議と頼もしかった。

 

「気にするな、って言っただろ? 必ず君を守ると誓おう、麗しきお姫様(プリンセス)

 

聖夜の芝居がかったセリフ。セレナは、それを嫌だとは思わなかった。

 

むしろ嬉しかった。自分は絶対に安全なのだと、確信にも近い予感を抱いた。

 

 

聖夜と綾斗が視線を向け直す。その先に居るのは、平静を装いきれていないサイラス。

 

「ふ、ふん。少しはやるようですね。ならばこちらも本気を出すとしましょう……!」

 

サイラスが手を振る。すると、今まで綾斗達を囲むように動いていた人形達が、整然と隊列を組み始めた。

 

前衛には近接の人形、その隙間を埋めるように後衛には遠距離型。さらにその後ろに陣取るサイラスは、さながら指揮官の如く。

 

「これぞ我が『無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)』の精髄! 一個中隊にも等しい戦闘能力! やれるものならやってみせろ!」

 

高らかな宣言を合図に、前衛の人形が殺到した。セレナの視界から綾斗とユリスの姿が見えなくなる。

 

「……『集中』するか」

 

そんな呟きが聞こえ、セレナは聖夜に声をかけようとした。しかし、その時には既に、彼は一歩踏み出していた。

 

無造作に大剣を振り上げ、左から右へと袈裟懸けに振り抜き煌式武装ごと二体を両断。その直後に飛んできた光弾を確認すると、今度は一声、

 

「『結界』!」

 

と唱えると、その声に呼応して、彼の懐から四枚の札が飛び出す。そして、札を頂点とした正方形の結界が、聖夜の前方に展開された。

 

いつぞやセレナの雷撃を防ぐのに使った簡易版ではなく、きちんと儀式を施した札を使用したそれは、まるで揺らぐことなく、衝撃の余波すら届かせることなく全てを防いだ。

 

しかし、息つく暇もなく、今度は剣持ちの人形が何体も突っ込んでくる。

 

「なるほどね……」

 

意味深に呟いた聖夜はその刃を最小限の動きで躱すと、大剣を振って回り込んでいた後方の人形を牽制した。と同時に、右足に星辰力を集めていく。

 

「『纏依(まとい)(ほむら)】』―――」

 

次の瞬間、『幻想の魔核』が淡く光ったかと思うと、聖夜の右足が炎を纏った。彼は前方の人形に狙いを定めて、

 

「―――『御神楽(みかぐら)』!」

 

大剣を振った反動を利用して、その右足で強烈な回し蹴りを放った。月影流の中でも破壊力に長け、さらに炎撃が追加されたその蹴りは、直撃した人形を強く吹き飛ばす。そうして砲弾のように飛んでいった人形は、次の砲撃に備えていた後衛の人形達をも巻き込み、共に転がっていった。

 

その隙に、聖夜は後ろに跳んで距離を取る。

 

「……火傷はしてないか?」

「えっ? あ、うん……」

 

唐突に声をかけられ、ようやくセレナは一息つくことが出来た。目の前の戦闘に、そして抱きかかえられて守られるという初めての経験に、セレナは知らないうちに緊張していたのだ。

 

「……さっきのは狙ってやったの?」

 

とはいえ、先程の攻防を近くで見ていて、気になることもあった。今尋ねたのは、蹴り飛ばした人形を飛び道具としたことについてだ。

 

主語がない問いだったが、聖夜は意図をすぐに察した。

 

「もちろん。意表を突けるし、リカバリーするのにも時間かかるだろうから」

 

事も無げに言った彼に、そこまで考えてたの、とセレナは純粋に驚嘆した。恐るべき洞察力である。

 

しかし、サイラスは自分が有利になったと思っているようだ。見れば、綾斗達も距離を取ったところだった。

 

「ふ、ふふふ、よく避けますね。ですが、そのような体たらくで僕に敵うとでも?」

 

まだ多少は引き攣っているものの、挑発的な笑みを浮かべるサイラス。そんな彼に、聖夜はつまらなさそうに言う。

 

「追撃を妨害された奴が言えたセリフじゃないな。……ああ、無駄だよ。その人形はもう動かない」

 

サイラスが先程の人形を動かそうと苦心しているのを、聖夜は見逃していなかった。サイラスの余裕が崩れる。

 

「な、なぜ……」

「やろうとしてることくらい、星辰力と万応素(マナ)()()()()()分かる」

 

にわかに信じ難いことをさらっと言ってのけた聖夜に、まさか聞き間違いではないかと、セレナは思わず問うてしまう。

 

「ど、どういうこと?」

「ん? ああ、そのままの意味だよ。星辰力や万応素の動き、そして生物の気配を、俺は『音』という概念として捉えることが出来るんだ」

 

さっぱり分からないのはセレナだけでは無いだろう。この話を聞いて、すぐ理解が追いつく者は果たして居るのだろうか。

 

「つーか、アルルカントの技術力も大したものじゃないな。耐熱性と耐衝性くらい両立させとけよ」

 

相変わらず退屈そうな様子で独りごちた聖夜だったが、「まあ、それよりも」と自ら話題を転換し、

 

「綾斗も、あいつの能力の底には気付いただろ?」

「そうだね、今ので大体見えてきた」

 

 

「……見えた?」

 

訝しげなサイラスの呟きに、聖夜は頷いて言った。

 

「その能力の限界だよ。アンタ、自在に動かせる人形は六種類が限界だろう?」

 

はあ、とサイラスは怪訝な視線を向ける。それはセレナとユリスも同じだった。

 

「何を言い出すかと思えば……あなたの目は節穴ですか? 現に、僕はこうして百体を超える人形を動かして、」

「自在に、って言ったろ。その耳は飾りか?」

 

遮り、聖夜が嘲笑うように言った。後半の言葉は、サイラスに対する当てつけか。

 

「戦力として数えられるくらい動かせているのは六種類だけ。あとはパターン化された動きをこなしているだけだ。……まあ、それが出来ているのも十六体くらいで、残りは突っ立って引き金を引いたり腕を振ったり、簡単なパターンを繰り返しているだけに過ぎない」

 

聖夜の口調は、さながら答え合わせのようだった。

 

「脳の演算能力が足りていないんだ。その程度なら――」

 

ふと、聖夜は隣に視線を向けた。その先にいる綾斗は頷き、言葉を引き継ぐ。

 

「その能力はハッタリにしかならないよ。どうしてあなたが奇襲や搦め手に徹していたのか……それは、このことが暴かれるのを阻止するためだったんだろう?」

 

顔を青くし、小刻みに震えているサイラスに対して、聖夜は愉しげに口を歪めた。なかなかどうして、敵には容赦の無い男である。

 

「何も言い返してこないところを見るに、当たりだな。……ああ、もしかして、イメージはあれか」

「チェス、だね」

 

「六種類、十六体……なるほど、そういうことか」

 

ユリスとセレナが納得したように頷いた。

 

通常、魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)は能力を使用するときは、発現しやすいよう、何かしらイメージを構築していることが多い。ユリスやセレナのそれが『花』であるように(もっともセレナは他のイメージもあるが)、サイラスのイメージは『チェス』なのだろう。

 

「イメージは重要だからな。俺だと、『音』とか『自然』とか、まあ色々あるけど、ともかく能力者にとっては生命線とも言える」

 

独り言のように言い、聖夜が笑う。その真意は誰にも分からなかったが。

 

それよりも、セレナは彼らの観察眼に驚いていた。

 

(あれだけの攻防で見抜いたなんて……これじゃ、心配する必要も無かったわね)

 

全てにおいてサイラスは彼らに敵わない。文字通り、大人と子供の喧嘩だ。

 

「でも、その大袈裟な仕草は止めた方が良いんじゃないか? ゲームプレイヤーのイメージなんだろうけど、取って付けた感が半端ないし、何より似合ってないからな」

 

「ゲームプレイヤーだとしたら、ただの三流だね。聖夜の言う通り、確かに似合ってない」

 

 

「くそったれがああああああっ!!!!!」

 

二人の言葉がよほど頭にきたのか、サイラスは今までの余裕をかなぐり捨て、吠えた。

 

「お前ら如きに僕が負けるはずないんだあああ!!!!」

 

同時に、前衛の人形が再び襲い掛かってくる。聖夜は肩を竦めて言った。

 

「……訂正、感情的なプレイヤーは三流以下だ」

 

おもむろに、彼は一歩踏み出す。大剣は構えずに、しかし薄い笑みを浮かべて。

 

――次の瞬間、彼の懐から一枚の札が飛び出した。烈しく美しい雷撃の弾幕、その術式を秘めた、幻想の地で生み出されたカードを眼前に浮かばせ、聖夜は大剣を振り上げる。

 

「スペルカード発動―――」

 

宣言と共に、彼はそれを両断した。刹那、迸った雷撃が『王牙大剣』に纏わり付き、そして。

 

「―――『月下雷鳴』!」

 

彼が大剣を天に掲げた瞬間、彼の周囲に無数の雷が降り注いだ。天地を焦がす、妖怪をもってして「反則寸前」と言わしめた無慈悲な速度の弾幕が、人形達を蹂躙する。

 

時間にして、僅か数秒。聖夜の周囲に巻き上がっていた砂埃が晴れたとき、そこには五、六体の人形の残骸が転がっていた。

 

「個々が大して強くない上に、動きが単純だ。だから、この程度の範囲でもこれだけ巻き込める」

 

退屈極まりないといった表情と声音で聖夜はサイラスに言い、次いで感心したように綾斗の方に視線を向ける。そこでは、綾斗が華麗な剣捌きでまとわりつく人形達を迎撃していた。

 

綾斗に襲い掛かった人形が『黒炉の魔剣』によってバラバラにされたのは、それからすぐ後のことだった。

 

「まったく、その『黒炉の魔剣』もそうだけど、恐ろしいくらいに冴えた剣術だな」

 

「そう言う聖夜こそ、いろんな技を使いこなしてるじゃないか。聖夜も『幻想の魔核』も、どっちも凄いんだろうね」

 

「お、嬉しいね。……それじゃ、これ以上長引かせてもつまらないし、半分もらうぞ?」

 

「了解、邪魔にならないようにしておくよ」

 

「そりゃあこっちの台詞だな」

 

短い会話を終えると、二人は自ら人形の群れに突っ込んでいった。焦ったサイラスはどうにかして彼らに攻撃を当てようとするが、圧倒的な星辰力を誇る綾斗と、圧倒的な身体能力を誇る聖夜の迅雷の如き動きには、到底対応出来ない。避けることは出来ず、運良く武器がかち合ったとしても、魔剣と大剣相手では鍔迫り合いすら許されなかった。

 

遮蔽物越しに狙撃しようとしていた人形も、『黒炉の魔剣』に遮蔽物ごと切断され、あるいは『幻想の魔核』による弾幕に掃射され、砂埃と共に見えなくなる。

 

(凄い……)

 

底知れぬ星辰力をもって魔剣を使いこなす綾斗と、二つの純星煌式武装と巧みな体術で多彩な技を繰り出す聖夜。その動きは、サイラスとは次元が違った。

 

(一体、どんな生き方をすればこんな力を持てるの……?)

 

自分と同い年の少年だとは、セレナには到底思えなかった。元々、どこか大人びているところがあるとは感じていたのだが、それは実力の面でもそうだったらしい。

 

 

――雰囲気からして、まるで違う。

 

 

「そうだ、アルルカントに伝えといてくれよ、サイラス・ノーマン」

 

聖夜側の人形が残り十体ほどになった時、彼はおもむろに口を開いた。と、同時に、彼の周囲の温度が徐々に下がっていく。

 

その足元に現れるは、昔ながらの六芒星。彼が『魔法』と呼ぶ技を発動する時に展開されるもの。

 

大剣を振り抜き、不敵に笑った。

 

 

「耐凍性も備えとけ、ってな」

 

 

 

――瞬間、彼の周囲が凍りついた。人形のみならず床までもが凍てつき、聖夜とセレナの元に冷気が吹き込む。

 

振動減速系広域魔法『ニブルヘイム』。空気中の分子の熱運動を減速・停止させ、凍結させる魔法。

 

 

「う、そ……」

 

自身の周囲が氷結地獄と化したのを見て、セレナは絶句するしかなかった。『幻想の魔核』の力もさることながら、技の威力と範囲、そしてそれを可能にした聖夜の星辰力操作の完璧さに、ただ驚き、戦慄した。

 

そして、否応無しに理解した。『幻想の魔核』使用時の聖夜は、アスタリスクでもトップクラスの能力者となる、と。

 

 

時間にして、僅か数分。それぞれ、聖夜が凍らせ、綾斗が焼き切って、それを最後に動いている人形は居なくなった。

 

「そんな、バカな……こんなことありえない、何かの間違いだ……」

 

よほど信じられない光景だったのだろう、顔面蒼白なサイラスはぶつぶつとうわ言のように呟いていた。しかし、綾斗と聖夜が一歩近付くと、甲高い悲鳴を上げてへたり込んでしまった。

 

「おいおい、情けないな。現実逃避するくらいならさっさと斬られた方が楽だぞ」

 

あながち冗談でもなさそうに言い放ち、聖夜は威圧感を強めた。それに呼応するように、『王牙大剣』と『幻想の魔核』のコアも静かに輝きを増す。

 

それに続いて、綾斗も冷たく言った。

 

「サイラス・ノーマン。あなたは欲望のために大勢の夢を踏み躙った。当然、自分がそうなる覚悟も出来ているんだろう?」

 

すると、サイラスは何かを思い出したかのように跳ね起き、叫んだ。

 

「……まっ、まだ終わってない! 僕には切り札がある!」

 

切り札? と綾斗達が怪訝な視線を向けるなか、サイラスは両手を大きく掲げる。

 

――瞬間、サイラスの後方にあった瓦礫の山が二つ、派手な音と共に弾けた。そこから現れたのは、先程までの人形とは五倍ほども違うであろう二体の巨大人形。

 

「へえ……なるほど」

「また、随分と大きいね」

 

その大きさに、彼らは少しの驚きを見せた。ここが吹き抜けではなく、天井があったとすれば、それを容易に突き破っていただろう巨躯。腕や足はビルの柱と同じくらい太く、その形状は、一見するとゴリラのようだった。

 

しかし、驚いたのは一瞬だけで、すぐに彼らのその表情は退屈なものに戻る。

 

「だけど、まあ……デカいだけだな。構造も材質も変わってないみたいだし、切り札って言えるほど大層な物じゃないだろ、これ」

「うーん、確かに……何というか、能力と同じくらい底が浅いように思えるね」

 

 

「クイーン、キング、その男達を潰せぇぇぇ!」

 

二人の言い分に今度こそキレたのか、サイラスが絶叫を放つ。それに従い、その巨躯に似合わぬ俊敏な動きで、人形達が二人に襲い掛かってきた。その身に煌式武装やその他武器の類は無い。しかし、武器が無くとも、その巨大な拳で殴られれば、例え星脈世代だとしても無事では済まないだろうことは想像に難くない。

 

にも関わらず、二人の様子は至って平静だった。

 

「こっち、貰うぞ」

「了解」

 

この二人からすれば、人形達の俊敏さは()()()()()()()()()()だけであって、決して速くは無い。それこそ、どうにでも対処できる。彼らは目配せを交わし、互いの意思を確認した。

 

 

 

――仕留める。

 

 

 

 

頷き合って、聖夜は人形に意識を戻す。迫り来る巨躯。しかし、そこに威圧感は感じられない。

 

この程度では、彼を倒すことなど決して出来ない。

 

(さて、やりますか)

 

これから行う動きに備えるため、彼はセレナをさらに強く抱き寄せる。何かを予期したのだろう、今度ばかりは彼女も、恥じらうことなく聖夜に身を預けた。

 

人形までもう距離は無い。しかし、聖夜は相手の腕の振りかぶりに合わせて、自らも一歩踏み込む。

 

人形が放った拳が聖夜に直撃する、まさにその刹那。

 

「はッ!」

 

彼は前方に跳びながら一回転し、さらに着地際に相手の拳を踏みつけ、人形の頭上を超える大ジャンプをした。抱かれていたセレナにとっては、あまりにも突飛で奇想天外な行動。少しでもタイミングを誤れば間違いなくダメージを貰っていたであろう、高い技術力と慣れが必要なはずの行動。

 

 

彼女が知る由もない技術だ。相手を踏み台にして空中に跳び上がる、聖夜ら狩人が使う狩猟スタイルの一つ。

 

――そして、大剣の場合、重力も乗った超高威力の溜め斬りこそ、その真髄。

 

 

「終わりだ」

 

 

空中で反転しながら、彼は大剣を振り上げる。片手ながらも充分に溜められたその一撃は、人形を見事に頭から両断した。

 

しかし、その勢いそのままに着地すれば、廃ビルの脆い床など簡単に崩してしまう。巨大な人形が真っ二つに切り裂かれる目の前の光景に驚愕しながらも、咄嗟にそう悟ったセレナは、満足な効果は得られないのを承知で、聖夜の足元に電磁浮遊の術式を発動させた。

 

(即興だけど、何もしないよりは……)

 

彼女が覚悟を決めたその時、大剣のコアが輝き、周囲の万応素が動いた。まるでセレナの術式を助けるように。それを直に感じて、彼女は遅まきながら理解した。

 

――この少年が、そこまで予想していないはずが無かった、と。

 

「ありがとな」

 

それなのに、完璧に機能した術式によってふわりと着地した聖夜は、彼女に感謝を述べた。

 

「星辰力には、もう余裕がなくてね。セレナのおかげで浪費せずに済んだ」

 

言われて、今更のように思い出す。彼の星辰力は決して多くないことを。

 

ここまでサイラスを翻弄してきた聖夜だったが、純星煌式武装の同時使用や様々な技、さらにはその前の捜索による消費も合わさり、星辰力の量は残り少なくなっていた。それこそ、自分の放った一撃の勢いを中和することにすら、星辰力の使用量を考えなければならなかったほどに。それ故に、彼にとっては、セレナの行為は大変ありがたいものだったのだ。

 

 

 

ともあれ、人形二体の残骸が崩れ落ちる音を以て、戦闘は終わった。

 

 

「……さて、そろそろ大人しくしてくれないか。面倒なのはもういい」

 

もう言葉すら出なくなり、馬鹿みたいに口を開けていたサイラスだったが、聖夜達が近付いていくと情けない悲鳴を上げながら逃げ出した。もっとも、ほとんど腰が抜けているような状態であるため、決して速くは無い。

 

「往生際が悪いなあ……あっ」

 

だが、二人が何かに気付き走り出すより先に、サイラスが人形の残骸に縋り付く。そして、それはまるで意思を持っているかのように浮かび上がり、速度を上げて吹き抜けを飛んで行った。

 

うわ、と聖夜が顔を顰める。

 

「星辰力が残ってれば撃ち落とせるのに……」

「俺が行くよ。ごめんユリス、ちょっと追いかけてくる」

 

腕の中のユリスが問いかけた。

 

「それは構わないが……間に合うのか?」

「うーん、それは微妙かな……」

「まあ、間に合わなきゃ後で捕まえるだけだけどさ」

 

サイラスは既に最上階付近を飛んでいる。このままでは、逃がすのは時間の問題だ。

 

すると、得意げな顔をして彼女達は言う。

 

「なら、私の出番だな」

「それなら私の出番ね」

 

えっ、と顔を見合わせる綾斗達に、ユリスとセレナは不敵に笑ってみせた。

 

「言っただろう、足手まといになる気はないと」

「それに、やられっぱなしっていうのも癪だし」

 

星辰力を集中させ、彼女達は言葉を紡ぐ。

 

「咲き誇れ、極楽鳥の燈翼(ストレリーティア)!」

「咲き纏え、金糸雀の麗幕(リヴェールティア)!」

 

瞬間、彼らの周囲に万応素が集まったかと思うと、綾斗の背に美しき炎の翼が現れ、聖夜の全身を麗しき電撃のベールが覆った。それはさながら、優雅に空を舞う鳥の如く。

 

「おお、綺麗……これで飛ぶのか?」

「凄い……これで飛べるのかい?」

 

驚く彼らに対して、ユリスとセレナは意気揚々と言った。

 

「ええ、そうよ。あいつに一泡吹かせてやりましょ!」

「操作は私達がやる。今度こそ止めを刺してやれ!」

 

あはは……と綾斗は苦笑。

 

「……随分とハイテンションなお姫様達だこと」

 

聖夜もまた困ったように言うと、完全に操作を任せた綾斗とは反対に、セレナの術式に再び自分を割り込ませた。黄金色のベールに碧色が加わり、さらに幻想的な色合いとなって、揺れる。

 

他者の術への介入、そして補助。あまりにも難易度の高いその技術に遅まきながら驚くセレナだったが、聖夜は事も無げに微笑んだ。

 

「飛んだ経験ならあるし、操作は任せて。……もっとも、操作するくらいしか出来ないから、術式の大部分は頼む」

 

星辰力がね……という呟きが聞こえたかと思うと、彼の両足が静かに床を離れる。

 

「いいね。綺麗な術式だ」

 

そう感嘆し、彼は綾斗達の方を見た。彼らも準備万端のようだ。一つ頷き、言った。

 

「それじゃ、三流役者の仮面を叩き斬りに行こうか」

「了解。終わらせに行こう」

 

翼を羽ばたかせ、ベールをなびかせ、彼らは圧倒的な加速力で以て飛び立った。

 

「あそこよ!」

 

吹き抜けから上空へと飛び出した綾斗と聖夜は、夕焼け空を背景にして逃げ去って行くサイラスを捕捉する。向こうから攻撃を仕掛けてくる様子はなく、どうやら逃げることしか考えていないらしい。

 

とはいえ、人形の残骸程度では、星導館トップクラスの魔女(ストレガ)二人の能力から逃れられるはずもなく。ましてや、綾斗と聖夜が居るおかげで、彼女達は普段以上の力を発揮しているのであって。

 

「なっ……!」

 

そして、追い抜き反転した純星煌式武装(オーガルクス)使い二人の、その刃を防ぐこともまた、サイラスには出来るはずもなく。

 

「これで終わりだよ」

「さあ、チェッカーフラッグだ」

 

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

悲鳴とも絶叫ともいえる声を上げたサイラスに、容赦無く魔剣と大剣が叩き込まれた。自身が乗っていた人形の残骸を――聖夜には身体をも――すれ違いざまに斬られ、苦悶の表情を浮かべて彼は眼下の廃ビル街へと落下していく。

 

とはいえ、サイラスも星脈世代だ。いくら手負いの状態でこの高さから落下したとしても、大怪我こそすれ死ぬことはないだろう。

 

「あれじゃ、そう遠くには逃げられない。あとは生徒会長と副会長に任せよう」

 

聖夜は大剣に付いた血を払い落とし、「お疲れ様」と三人に声をかけた。

 

「ああ……流石に疲れたぞ」

「ホントにね。やっと終わった、って感じ」

 

腕の中の少女達がそう言って溜め息を吐けば、綾斗も釣られて苦笑を浮かべる。

 

「そうだね。……でも、ほら」

 

しかし、綾斗が視線を向けながらそう示した先には、見事な夕焼け空と赤く染まった学戦都市が広がっていた。

 

見渡す限り、全てに朱色が落ちている。あまりにも美しいその光景に、絶景は見慣れている聖夜も感嘆の声をあげた。

 

「はー……なんかもう、見事としか言えない」

 

こんな景色は聖夜も初めてだ。近未来都市と夕焼けの組み合わせは言うまでもなく幻想的であるが、どこか不思議な懐かしさを感じさせる。ユリスと綾斗、セレナと聖夜が、どちらからともなく微笑みを交わした。

 

 

――綾斗の周囲の万応素が何の前触れもなく動いたのは、まさにその時だった。

 

「うぐっ!」

 

「っ、どうした!?」

 

万応素の不自然な揺らぎに感付いた聖夜が真っ先に、そして綾斗の苦しげな声を聞いてユリスとセレナが、それぞれ彼に起きた異変に気付く。

 

綾斗の身体に、無数の魔法陣が纏わり付いていた。

 

「これが……」

 

それを見て、聖夜はここに来るときに綾斗から聞いた話を思い出していた。曰く、その昔、彼の力は姉の能力によって封印されたと。そして、全力を出すためにはその封印を無理矢理破らなければならず、解放後に再び封印が戻った際には強い反動が襲ってくると。

 

まさに、今の状況がそれなのだ。

 

「うあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

魔法陣から鎖が現れ、綾斗の身体に巻き付く。そして、彼が一際大きく叫んだと同時に、一斉に綾斗を締め付けた。

 

鎖が消える。綾斗の意識は、既に無い。

 

「お、おい! しっかりしろ!」

 

落ちまいと慌てて綾斗にしがみ付きつつ、ユリスが呼ぶ。ともかくどうにかしなければと、聖夜もそちらへ移動しようとして、

 

(あ、れ……?)

 

ふらり、と。突然、意識が遠のいていく。視界が徐々にぼやけていく中、彼はさして苦労することなくその原因を理解した。考えるまでもなかった。

 

(ああ……星辰力、か)

 

単純な話だ。すなわち、星辰力切れ(プラーナアウト)

 

(甘かった、ここで切れるなんて……)

 

様子がおかしいことに気付いたのだろう、セレナが驚いたように何かを言っている。しかし、その声を脳が処理できない。必然、何を言っているのかも分からない。

 

そして、思考能力すら呑み込まれていく。それでも辛うじて一声、

 

「……あと、任せた」

 

それを最後に、聖夜の意識は消えた。

 

 

 

さて、ここで困るのはユリスとセレナの二人である。特にセレナは、『金糸雀の麗幕』の操作を任せていた聖夜の意識消失と共に彼からの星辰力の供給が途絶えた結果、何の前触れもなく術の全制御を行わなくてはならなくなり、高度を少し落としてしまっていた。

 

「セレナ、大丈夫か!?」

「ええ……それより、そっちは任せたわよ!」

 

しかしすぐにリカバリーした彼女は、上から飛んできた声に返事をし、近くにある廃ビルの屋上を目指して翔ける。ユリスも「ああ!」と返し、どこか違う屋上に向かって羽ばたいていった。

 

 

「「全く、頼りになるのかならないのか……!」」

 

 

 

 

 


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