学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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原作コピペにならないように書いてたら、いつの間にか二ヶ月……。


お待たせしました。





第十六話〜危機〜

――再開発エリアの端、とある廃ビルを訪れた二人の少女。それぞれ薔薇色と黄金色の髪をなびかせ、無言でその奥へと歩いて行く。

 

夕暮れ時でありながら、そこは薄闇に覆われていた。解体工事中であるビルは随所に廃材が積まれており、死角を数多く作り出している。加えて、壁や床もところどころ傷んでおり、それら全てが陰気な雰囲気を醸し出していた。

 

 

しかし、そんなことは気にも留めず、彼女達は奥の区画へと足を踏み入れる。……瞬間、吹き抜けになっている天井から無数の廃材が落ちてきた。いくら星脈世代(ジェネステラ)といえど、少女二人を押し潰すのには充分な量だ。

 

 

「……咲き誇れ、隔絶の赤傘花(レッドクラウン)

 

「……迸れ、花冠の閃雷(フラウ・エクレール)

 

 

だが、この二人はただの少女ではない。彼女達は頭上を見ることなく、それぞれが炎と電撃で廃材を弾き飛ばした。床に落ちた廃材が響かせるけたたましい音と、舞い上がる砂埃。

 

険しい顔をして、ユリスが言う。

 

「……こんな手紙まで寄越して私達を呼び出したんだ。小細工は止めて、腹を括って出て来い。サイラス・ノーマン」

 

二人が睨みつける前方から、足音を響かせて、一人の少年が姿を現した。

 

「これは失礼。ちょっとした余興にでもと思ったのですが」

 

妙に芝居がかった仕草で一礼したサイラスに、セレナが冷たい目を向ける。

 

「……ホント、最悪の男ね。奇襲しか能が無いのかしら」

 

「まさか。……それにしても、僕が犯人だとよく分かりましたね」

 

今度はユリスが嘲笑する番だった。

 

「気付いてなかったのか? 愚かな奴だ。何日か前、お前が自分で語ったではないか」

 

「……そんな記憶はありませんが」

 

一瞬、不愉快そうに顔を顰めたが、それでも余裕のある態度でサイラスは問い返す。

 

対して、ユリスは無感情に告げた。

 

「商業エリアでレスターが絡んできた時、天霧と月影があいつを挑発しただろう? その際、お前はレスターを止めるためにこう言った。『レスターさんは、決闘や会話の隙を伺うような卑怯なマネはしない』と」

 

一つ聞くぞ、と彼女は指を立て、

 

「……何故、襲撃者が決闘の隙を突いたと知っていた?」

 

綾斗とユリスの決闘。それ自体はともかく、第三者からの襲撃があったことは知られていない。それを知っているのはおかしいと彼女は言ったのだ。

 

「でも、二回目の襲撃はニュースになっていたじゃないですか。僕も見ましたよ」

 

「そうだな、確かに報道されていた。私が襲撃者を返り討ちにしたとな」

 

だが、とユリスは言うと、

 

「あの時に私が会話をしていたというのはおろか、沙々宮があの場にいたことすら報道されなかった。返り討ちにしたのは沙々宮の方だというのにも関わらずな」

 

そこで、今度はセレナが言葉を引き継ぎ、口を開く。

 

「なのにアンタは『会話の隙』と言った。……襲撃者かその関係者しか知り得ない情報を、どうして知っていたのかしらね? 実に不思議だわ」

 

淡々と告げたユリスに対して、セレナの口調は多分に煽りを含んでいた。

 

こういう話術に関しては、セレナはアスタリスクの中でもかなり優秀な部類に入る。……聖夜はそんな彼女よりもさらに一枚上手だが、それは彼がおかしいくらいに慣れているだけだ。

 

 

サイラスは再び不機嫌な表情を見せた。が、すぐにそれを消して言う。

 

「なるほど、そういうことでしたか。僕としたことが迂闊でした。……とすると、あの時、彼らがレスターさんを挑発したのもわざとですか」

 

「だろうな。あれくらいのことは簡単にやってのける奴らだ」

「優秀だからね、あいつらは」

 

何故か、ユリスとセレナは自慢げに胸を張った。

 

……だが、サイラスの言った次の言葉には、二人も態度を険悪なものに戻した。

 

「……となると、彼らに狙いを変えたのは正解でしたね。あなた方を狙う上で、彼らは邪魔な存在ですから」

 

「貴様……!」

 

セレナは無言で、ユリスは声を荒げながら、それぞれサイラスを睨みつける。

 

だが、事実として、彼の作戦は成功していた。綾斗達が狙われていると分かったからこそ、彼女達はこの場に現れたのだ。

 

「そんな怖い顔をしないで下さい。それを阻止するために、あなた方はここに来たのでしょう?」

 

神経を逆撫でするようなサイラスの口調に、彼女達の怒りは増す。

 

今朝、二人の元に届いた手紙。そこには、『これからは周囲の人間を狙う。それが嫌ならこの場所に来い』といった旨が書かれていた。

 

「……なら、さっさと済ませましょうか」

 

「まあまあ、そう焦らないで下さい。僕としては、話し合いで済むのならそれに越した事はないと思っています」

 

あくまでも軽薄な口調でサイラスは言う。元はといえば、そのために彼女達を呼び出したのだ。

 

「何をほざいている。今更、話し合いで終わると思っているのか?」

 

「ですから、話し合いで済むのならそれに越した事は無いと言っているじゃありませんか。僕としても、真っ向からあなた方と戦いたくはないので」

 

星辰力(プラーナ)を高めて威嚇する彼女達に対して、サイラスは余裕を見せたままだ。

 

二人は考える。この前襲ってきたのは四人。一人がサイラスだとしても、最低でも他に三人の仲間が居ることになる。

 

一旦、この場は様子見をした方が良い。二人は顔を見合わせ、頷いた。

 

「……よかろう。話だけは聞いてやる」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「くだらんな。寝言は寝て言え」

 

そして、話を聞いたあとのユリスの言葉がこれだ。セレナも同様に、はっさり切り捨てるような口調で言う。

 

「私達の安全の保証と引き換えにアンタの正体を言わない、だっけ? そんなもの、この場でアンタを焦がせば済む話だわ」

「それに、仮に私達が黙っていたとしても、生徒会はとっくに貴様に辿り着いているはずだぞ」

 

生徒会長と副会長がアレだから、と彼女達は内心で笑う。基本的に彼女達はあの二人を苦手としているが、その優秀さはよく知っているし、認めている。

 

だが、それを聞いても、サイラスの余裕は崩れない。

 

「そっちはどうとでもなりますよ。僕がやったという証拠はありませんからね」

 

「大層な自信だな」

 

「事実ですから」

 

涼しげな顔でサイラスが言った、まさにその時。

 

 

「……これは一体どういうことだ、サイラスっ!」

 

低い声音に怒りを含ませて現れた一人の大男。彼女達が見覚えのあるその姿は、確かにレスター・マクフェイルだった。

 

「レスター?」

 

二人は思わず身構えたが、彼の怒りはサイラスに向いている。

 

「やあ、お待ちしていましたよ、レスターさん」

 

相変わらず余裕ぶったサイラスに対して、レスターの怒りは烈火の如く激しい。

 

「ユリス達が決闘を受けたと聞いて来てみれば……今の話は本当か? 手前が襲撃の犯人だったのか?」

 

どうやら、サイラスの話を聞いていたらしい。タイミングが良いのか悪いのか。

 

しかし、その怒気を受けても、サイラスの態度は変わらなかった。

 

「ええ、そうですが……それが何か?」

「何でそんな真似をしやがった!?」

 

レスターがさらに詰め寄る。

 

「何でと言われましても……依頼されたから、としか答えようがありませんね」

 

「依頼だと?」

 

怒り、驚き、そして混乱と、目まぐるしく表情を変えるレスターに対して、セレナはつまらなさそうに説明した。

 

「こいつ、どこぞの学園に内通して、『鳳凰星武祭(フェニクス)』にエントリーしていた有力候補を襲ってたのよ。……ま、知らなかったのでしょうけど」

 

言葉も出ない様子のレスターだが、彼女達はその態度を当然の事として受け取った。もし彼が知っていたのであれば、いの一番にサイラスに殴りかかっているだろう。レスターとは、そういう男だ。

 

そんな彼に、サイラスは嘲るように肩をすくめて言った。

 

「僕はあなた方と違って、馬鹿正直に真正面からぶつかり合うような愚かな真似はごめんなんですよ。もっと安全、かつスマートな方法があるならそちらを選択するのが普通でしょう?」

 

「それが同じ学園の仲間を売ることであってもか?」

 

「仲間? ご冗談を」

 

サイラスは愉快そうに笑った。

 

「ここにいる者は全員が敵同士ではありませんか。チーム戦やタッグ戦で一時的に手を組むことがあるとはいえ、基本的には誰かを蹴落として這い上がろうとする。あなた方序列上位の方はそれをよく知っているでしょう? 血と汗を流してそれなりの地位を掴んでも、今度はその立場を付け狙われる。僕はそのような煩わしい生活、ごめんなんですよ。同じくらい稼げる方法があるなら、目立たずひっそりとやれるほうが余程賢い。そうは思いませんか?」

 

長い台詞を滔々と延べた彼に、ユリスは言葉を返す。

 

「……まあ、貴様の言うことも一つの真理だな。確かに我々は同じ学園に所属しているとはいえ、仲良しこよしのグループではないし、名前が知れ渡れば鬱陶しいのが湧いてくるのも事実だ」

 

「おい、ユリス……!」

 

予想外の言葉だったからか、それとも単に心当たりがあるだけなのか、レスターが顔を顰めた。

 

しかし、彼女の発言はそれで終わりでは無かった。

 

「だが……決してそれだけではない」

 

「おや、これは意外。てっきり、あなた方は僕と同じだと思っていましたが」

 

今度はユリスとセレナが顔を顰める番だった。心底不愉快そうに、

 

「ほざけ。貴様のような下衆と一緒にするな」

「ふざけないで。アンタみたいなクズと一緒にされたくない」

 

そうして、睨みつける。レスターもそれに加わり、言った。

 

「ぶちのめす前に一つ聞いておくぜ、サイラス。何でこの場に俺様を呼び出した? まさか、俺様が味方をすると思っているほど手前は馬鹿じゃないはずだ。何が目的だ?」

 

「あなたは保険ですよ、レスターさん。もしこの二人との交渉が決裂したら、誰かに犯人役をやってもらう必要がありますからね」

 

レスターが呆れたように嘲笑した。

 

「……手前、頭でも打って馬鹿になったのか? 俺様がはいそうですか、なんて受けるわけねえだろ」

 

「心配ご無用。三人揃って喋らなくなれば、あとは適当に筋書きをこしらえれば良いのですから。そうですね……決闘と言うのは無理がありますが、ともかく三人仲良く共倒れ、というのが無難でしょうか」

 

その台詞でレスターは完全にキレたらしい。

 

「面白ぇ……手前のお粗末な能力で俺様を黙らせられるっていうなら、是非ともやってもらおうじゃねえか」

 

言いながら、彼はホルダーから煌式武装(ルークス)を取り出して起動させた。レスターの巨体に負けず劣らずのサイズを誇る大斧、『ヴァルディッシュ=レオ』だ。

 

ユリスが注意を飛ばす。

 

「レスター、迂闊に仕掛けるなよ。奴も魔術師(ダンテ)なのだろう? 何をしてくるか分からんぞ」

 

だが、レスターは、

 

「あいつの能力は物体操作だ。そこらの鉄骨を振り回すのが関の山だろうよ。……そっちこそ、手を出すんじゃねえぞ!」

 

言うやいなや、彼は強く地を蹴る。またたく間にサイラスに肉薄し、その手にある巨大な光刃を振り下ろした。

 

「くたばりやがれっ!」

 

しかし、その刃がサイラスに届く瞬間。

 

「何っ!?」

 

何の前触れもなく吹き抜けから降ってきた大男が間に割って入ると、レスターの一撃を受け止めたのだ。しかも素手で。

 

「何だ、こいつは!?」

 

驚くべきことに、レスターが渾身の力を込めているにも関わらず、大男はびくともしないのだ。力なら星導館随一と自負しているレスターにとっては衝撃的であったし、それを知っている彼女達も目を見張った。

 

驚愕の表情を浮かべながら、それでもレスターは一度大きく距離を取ることに成功する。

 

「……なるほど、それがご自慢のお仲間か!」

 

「仲間? いえいえ、違いますよ」

 

サイラスが指を鳴らした。すると、大男に続いて二人が姿を現す。

 

「こいつらは僕の可愛い人形です」

 

そして、男達が服を脱ぎ捨てた。果たして、その下にあったのは、確かに人形と呼ぶべき造形のものであった。顔は双眸に位置する場所にだけ窪みがあり、そこ以外は完全にのっぺらぼうだ。関節部分は球体で繋がっており、強いて言うならばマネキンに近い。

 

「人形……なるほどね。それがアンタの本当の能力ってわけか」

 

この前の騒動で、何故この襲撃者達の気配をギリギリまで感じ取れなかったか。それはこれらが人形だったからだ。元々生物でないのだから、気配なぞ感じ取りようが無い。

 

「手前、隠していやがったのか!? 自分じゃナイフを操るのが関の山だとほざいてたくせに……!」

 

「まさかそれを信じていたのですか? 冷静に考えて下さいよ、わざわざ手の内を明かす馬鹿がどこに居るんです?」

 

出来の悪い生徒を諭すかのようにサイラスは言う。

 

「レスターさんの言うとおり、僕の能力は印を刻んだ物体に万能素(マナ)で干渉して操作すること。それが無機物である以上、どんなに複雑な構造をしていても自在に操ることが可能です。……まあ、このことを知っている人間はこの学園にいませんがね」

 

サイラスの、自分が犯人だとバレない自信の根拠。ユリスにもそれが理解出来た。

 

「ターゲットを人形共に襲わせていたか。確かに、貴様の能力のことを知らなければ、誰も貴様に辿り着く事は出来ないな」

 

綾斗の話を思い出す。サイラスには完璧なアリバイがあり、襲撃することは不可能だったと。しかし、この能力があるのなら話は別だ。どれ程の距離まで能力が有効かは分からないが、状況さえ掴んでいれば現場にいる必要はない。人形にカメラを仕込んでいればどうとでもなる。

 

「くだらねぇ! そんなもん、この場で手前をぶちのめして風紀委員なり警備隊なりに突き出せばそれで終わりだ!」

 

「それはあなた方がここを無事に出られればの話でしょう?」

 

「いいぜ、次は本気でいかせてもらう……!」

 

レスターが星辰力を高めると、『ヴァルディッシュ=レオ』の刃が二倍ほどに膨れ上がった。ユリスにも見覚えがある。レスターの流星闘技(メテオアーツ)だ。

 

「ぶっ飛べ! 『ブラストネメア』!」

 

裂帛の咆哮と共に放たれた一撃は人形三体を纏めて吹き飛ばした。豪快な破砕音を上げて柱に激突し、人形と柱の破片が散らばり、砂埃が舞い上がる。そして、人形三対を受け止めた柱には幾つもの亀裂が走っている。

 

『ブラストネメア』を受け、人形の内二体は完全に壊れたようだ。手足が千切れ、あり得ない方向に捻じ曲がっている。もしこれが人間なら相当悲惨な光景になっていただろう。

 

そんな中、大男型の人形は何事もなかったかのように柱から体を引き剥がし、レスターと相対した。ボディにヒビこそ走っているが、それ以外のダメージは無さそうだ。

 

「ほう、丈夫な奴もいるみてぇだな」

 

レスターは戦斧を肩に担ぎながらにやりと笑う。

 

「そいつは対レスターさん用に用意した重量型ですからね。そんなにやわじゃありませんよ。体格も武器もあなたに合わせてあります」

 

「いざって時、俺様に罪を着せるためか。ってことは、そっちの人形にはクロスボウを持たせてランディに仕立てるつもりだな」

 

「まあ、そんなところですね」

 

あくまで余裕ぶって答えるサイラスに、

 

「そいつはご苦労なこった。でも、残念だったな。そいつは無駄になるぜ!」

 

レスターは再び距離を詰め、重量型にもう一撃、

 

「っ!?」

 

加えようとしたのだが、その瞬間クロスボウ型の煌式武装を構えた人形二体が新たに現れ、レスターに光弾の雨を浴びせた。

 

「ぐあああああっっ!」

 

「レスター!」

「マズイわね……!」

 

このまま傍観しているわけにもいかず、ユリスとセレナは走り出す。しかし、彼女達の道を阻むかのように、またも人形が二体飛び出してきた。

 

「あなた方はそこで大人しくしててください。……そうそう、そいつらも特別仕様でしてね。あなた方用に耐熱・絶縁仕様にしているんですよ」

 

さらに、彼女達を包囲するように、三体の人形が追加で現れる。その手にも剣型の煌式武装が握られていたため、彼女達も自身の細剣型煌式武装『アスペラ・スピーナ』を起動させざるを得なかった。

 

「ぐっ……汚え不意打ちしか出来ねえみたいだな」

 

一方、レスターは苦しげな表情でサイラスを睨んでいた。星辰力を防御に回したのだろう、致命傷だけは免れたようだ。その闘志は未だに衰えていない。

 

「こんな木偶の坊共が何体かかってこようが、俺様の敵じゃ」

 

 

「やれやれ……レスターさん、あなたは何も分かっていない」

 

しかし、サイラスが芝居がかった仕草で首を横に振ると、吹き抜けから次々と人形が飛び降りてきた。最初は忌々しげにそれを見ていたレスターだったが、人形が一体、また一体と数を増やすうちに、その表情は驚愕、そして恐怖へと変わっていった。

 

それは、彼女達も例外ではない。

 

「こいつら、何体居るんだ……」

「これは、一体……」

 

夥しい数の人形を従え、サイラスは言う。

 

「何体かかってきても? なら、望み通りにしてあげましょう。……僕が操れる最大数、百二十六体でね」

 

「ひゃく、にじゅう……」

 

絶望の表情を浮かべるレスターを見下ろしながら、サイラスは満足そうに頷いた。

 

「そうそう、あなたのそういう表情が見たかった。……では、ごきげんよう」

 

サイラスが腕を振る。その動きに合わせ、人形達はレスターに殺到した。

 

「止めろ!」

 

酷薄な笑みを浮かべるサイラスの背後で、レスターのくぐもった悲鳴が聞こえる。ユリスとセレナは強引に囲みを突破しようとするが、しかし数の差がそれを許さなかった。一対一ならともかく、連携されてしまうと後手に回らざるを得ない。

 

「ご安心を。もうしばらく息をしていてもらわないといけませんからね。相打ちということにするのですから、適当に火種を、」

 

「咲き誇れ、呑竜の咬焔花(アンテリナム・マジェス)!」

 

「咲き誇れ、翼竜の翔雷花(エルトナム・ヴェルサ)!」

 

悲鳴も聞こえなくなったレスターの方を見つつ、口を開いたサイラス。その言葉を遮り、彼女達は細剣で魔法陣を刻んだ。

 

それを突き破って現れるのは、焔と雷で象られた二体の竜。

 

「その技は初めて見ますね」

 

サイラスの呟きなど意に介さず、彼女達は細剣を振って竜を動かす。焔竜は圧倒的な火力で、雷竜は圧倒的な速力でもって、進行方向の人形をまとめて噛み砕いた。

 

「おおっ!?」

 

耐熱性も絶縁性も、竜達の前には無意味であった。

 

「これは大したものですね。序列五位と六位の名は伊達ではない、ということですか……!」

 

それでも、サイラスは慌てずに距離を取り、再び指を鳴らした。

 

「しかし、多勢に無勢であることに変わりは無い!」

 

竜を躱した人形が五体、二人に襲いかかる。彼女達も反撃を試みるが、発動中の技の制御に思考のリソースを割いているため、その動きは普段より鈍い。

 

「舐めないで!」

 

それでも、セレナの動きは以前とは違った。たった数回とはいえ、聖夜達との特訓をしたおかげだ。

 

雷竜を暴れさせつつ、彼女はそれぞれ自分とユリスに飛びかかってきた二体の人形を蹴り飛ばし、鋭く一声。

 

「ユリス、後ろ!」

「ああ、分かっている!」

 

背後から迫ってきていた、これまた二体の人形の腹を、ユリスとセレナはそれぞれ突き刺した。

 

だが、人形は止まらなかった。その攻撃を無視し、彼女達にしがみつく。

 

「捨て身か!?」

 

「人間ではありませんからね。普段と同じように戦っていると足下をすくわれますよ!」

 

サイラスが再び手を振った。それと同時に、彼の前に並ぶ人形達が一斉に銃を構える。

 

「くっ……!」

 

彼女達は竜を盾にすべく呼び戻したが、相手の方が一歩早かった。太腿を撃ち抜かれた痛みに彼女達が膝を着くと、間髪入れずに四体の人形がその両脇を抱え、壁に押さえつける。

 

サイラスはその前へ歩いていき、嘲笑を浮かべながら言った。

 

「あなた方の能力は確かに強力ですが、ご自分の視界まで妨げてしまうのが難点ですね」

 

「……流石によく見ているではないか」

 

そして、彼女達もまた、痛みに顔を引き攣らせながらも笑みを浮かべてサイラスを見た。

 

「だが、こっちにも分かったことがある」

 

「何です?」

 

「貴様の背後にいるのはアルルカントだということだ」

 

瞬間、サイラスの顔から笑みが消えた。

 

セレナが言葉を引き継ぐ。

 

「この人形達、特別仕様とか言ったっけ? よくこんな代物が手に入ったわね。しかも大量に。……今の技術力じゃ、アルルカントにしか用意出来ない物だと思うんだけど?」

 

「……ご明察。ですが、そこまで知られては見逃すわけにいきませんね」

 

「元々、そんなつもりは無いくせによく言うわね」

 

それには答えず、サイラスは無言で彼女達の太腿の傷を蹴りつけた。

 

「ぐぅぅぅっ!」

「うぐっ……!」

 

「……レスターさんと同じようにもう少し嬲ろうかと思ってましたが、気が変わりました。さっさと終わらせるとしましょう」

 

ユリスとセレナは悲鳴を漏らさないよう歯を食い縛る。そんな二人に背を向け、サイラスは片手を上げた。それに合わせて、二体の巨大な人形が手に持った戦斧を振り上げる。

 

反射的に、彼女達は目を瞑った。しかしそれでも分かってしまう、人形が戦斧を振り下ろそうとする気配、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まさに、その時。

 

 

 

 

 

「スペルカード発動、『相克の螺旋階段』」

 

 

静かに響いた声と共に、赤と青の弾幕が巨大人形達に直撃し、

 

 

「頼むよ、綾斗」

「ああ、了解」

 

 

続いて一陣の風が奔ったかと思えば、その瞬間には、彼女達を押さえつけていた人形は残らず両断された。

 

 

ふらり、と倒れ込む彼女達を、何者かが抱き留める。

 

 

―――彼女達が見たのは、二人を覗き込む夜色と亜麻色の瞳だった。

 

 

「やあ、助けに来たよ」

 

「お疲れ。よく頑張ったな」

 

 

天霧綾斗と、月影聖夜。彼女達の窮地を救ったのは、二人が信頼していた少年だった。


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