学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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受験期に入ってしまったので、更新は遅れ気味になるかもです……スマヌ




第十五話〜太陽と月〜

ある日の朝、聖夜はいつものように教室へ入り、いつものように隣の席へ挨拶をした。

 

「おはよう、セレナ」

「……えっ? ええ、おはよう」

 

だが、返ってきた挨拶はいつも通りではなかった。

 

 

……セレナの態度が、どことなくぼんやりしていて、そしてよそよそしい。

 

しかし、昨日まではいたって普通だったはず。この豹変ぶりに、聖夜は生憎と心当たりが無かった。

 

(俺、何かやらかしたか?)

 

だが、彼女が机の下で何かを隠したのを見て、彼は自分が(少なくとも直接的な)原因ではないと分かった。何故なら、その原因と思われるのは手紙のような物だったからだ。

 

(俺に……いや、誰にも見せたくないのか。そして恐らく、セレナにとっても良くない物らしい)

 

それにしても、浮かない表情が気になる。聖夜は口を開こうとして……だが、踏みとどまってしまった。

 

彼女とは友人であると思っているが、そこまで親しい間柄では無いのだ。そんな考えが聖夜の意思を鈍らせてしまい、結局深く詮索することは出来なかった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

授業を最後の一限だけ休ませてもらい、聖夜は懲罰室の方へと向かっていた。

 

(早めに口を割らせないと……)

 

虫の知らせ、とでも言うのだろうか、彼はなんとなく嫌な予感を覚えていた。無論セレナのことである。

 

用事があると告げて彼が教室を出た時、セレナは不安そうな視線を彼に向けたのだ。聖夜は気付かない振りを通したが、これではもはや疑いを持たざるを得ない。

 

(襲撃事件に関してのことじゃ無ければ良いんだが……)

 

だが、これは希望的観測に過ぎない。それは彼自身も分かっていた。本来なら授業を休んでまでやることではないのに、こうしてここまで足を運んでいるのは、ひとえに彼が焦燥を感じているからだった。

 

未だに核心に迫ることは聞き出せていない。犯人の目星が付いているとはいえ、確定的な情報が無ければまともに動けないままだ。

 

 

考えているうちに、目的の場所に近付いていた。

 

(……仕方ない。ちょっと強引になるけど、今日は何がなんでも情報を引きずり出す)

 

肉体的に損傷はさせないが、それ以外なら多少は目を瞑ってもらう。そう決意を固くして、彼は静かに『幻想の魔核(ファントム=レイ)』を起動した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……ふむ、なるほどな。感謝する」

 

 

聖夜が話を切り上げると、目の前の男は安堵の表情を見せた。だが彼が一瞥するなり、再び強張った表情となる。精神干渉と威圧感のせいで、男は()()()()()()の聖夜に激しい恐怖を感じていた。

 

しかし、そんなことは聖夜には関係無い。精神崩壊しなかっただけマシだろ、と彼は内心で考えていたくらいだ。その一歩手前まで持っていったのは他ならぬ彼だが。

 

 

 

彼は踵を返し、その部屋を出る。ふと時間を見ると、既に最後の授業が終わっている時間だった。

 

(……この時間なら、あの二人は生徒会室に居るはず)

 

クローディアと時雨は、仕事が無くとも生徒会室に居ることが多い。それはリサーチ済みだ。

 

……今回の尋問で、聴取した四人から聞いた同じ名前。これによって彼の予想は裏付けされた。そしてそれさえあれば、証拠としては充分だ。

 

(生徒会長に許可を取り、俺の手であれを捕まえる)

 

静かに意気込む彼だったが、しかしこの後、生徒会室での急展開に遭遇するとは欠片も想像していなかった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「良いわよ。入って」

 

聖夜が軽くノックをすると、中から少し早口な声で返事が聞こえてきた。とはいえ、それだけならば偶然だとも捉えることが出来たのだが、彼はその声から多少の緊張をも読み取ってしまった。

 

半ば無意識に部屋の中の気配を探ると、予想通りの二人と、もう一人……これは恐らく綾斗だ。

 

何か良くないことが起きた。そう直感的に判断したときには、彼は既に扉を開けていた。

 

「あっ、聖夜」

 

気配に違わず、まず綾斗が聖夜に声を掛けてきた。だが、彼の声にも緊張が含まれている。

 

聖夜は軽く手を挙げてそれに応じると、すぐに改まって問うた。

 

「……何があった?」

 

彼の中では「何かが起こった」ということは確定事項であり、それについて三人も特に疑問を持たなかった。彼らの中で、それは共通の考えだった。

 

綾斗がなんとも言えないような顔で答える。

 

「俺は昨日の襲撃について報告しに来たんだけど……」

「……ちょうど今、ユリスの様子がおかしかったとの話を聞きまして」

 

クローディアが言葉を引き継いだ。それに一抹の不安を抱えながら、聖夜は更に問う。

 

「どんな風におかしかったんだ?」

「何かの手紙を見てたのは確認したんだけど、その後は素っ気無くされちゃって」

「……おいおい、マジかよ」

 

『一抹の不安』が形を持った不安に変わった。襲撃される可能性が最も高い二人が、揃って似たような行動を取っている。どう考えても嫌な予感しかしない。

 

聖夜は早口に綾斗へ尋ねる。

 

「綾斗、ユリスと犯人についての話はしたか?」

 

綾斗は少し間を置いてから答えた。

 

「話はしてない、けど……多分気付いていると思う」

「そりゃそうだよな……でなきゃあの発言は出来ないし」

 

あの襲撃された日の昼、ファストフード店でユリスの言った「食えない奴らだ」の意味を、この二人はしっかりと理解していた。

 

と、ここまで静観していた時雨が口を挟む。

 

「聖夜、あなたの方は何かあったの?」

 

それで彼は、自身が何のためにここに来たのかを思い出した。懐から端末を取り出しつつ、言葉少なに答える。

 

「……襲撃事件の犯人が確定した」

 

聖夜は端末の録音・再生機能を立ち上げ、先程録音したばかりの音声データを再生した。

 

 

 

30秒ほどのデータを四本。それらを聞き終えた時には、綾斗達三人の表情は変わっていた。

 

「……これはどうやって手に入れたんだい?」

 

「どこで」、ではなく、「どうやって」。何故かは知らないが、綾斗も聖夜襲撃の件を知っているらしい。今の彼の口調は、そうとしか捉えられないものだった。

 

そして当然、聖夜もそんなことは全く気にしない。気にしている場合でもない。

 

「尋問しただけだよ。……ちょっとだけ、『幻想の魔核(ファントム=レイ)』の力を借りたけどな」

 

聖夜は一瞬だけ子供っぽい微笑を浮かべたが、すぐにそれを真剣なものに戻した。

 

「……というわけで、俺と綾斗が動く理由は確立された。だけど、あの二人のことも心配だ」

 

懸念を隠そうともせず、聖夜は続ける。

 

「あの二人が受け取った手紙は、多分、やつから届いたものだと思う。そしてこれも推測になるけど、恐らくその内容は……」

「まさか、呼び出しか……?」

 

綾斗が言葉を途中で引き取った。その表情にも懸念が浮かんでいる。

 

「そんなところだろうな。もっとも、何故それに応じたのかは分からないけど……もし彼女達が学園の外に出ていたら、この推測は残念ながら当たっていることになる」

 

言葉を切ると、彼は懐から一束の、人の形を模した紙切れを取り出した。

 

「校舎の外、星導館の敷地内を探してこい。五分で戻ってくること」

 

聖夜がその紙切れ――人形(ひとがた)と呼ばれる式神に星辰力を送り込むと、総勢百体ほどの式神は開いていた窓から外に飛び立っていった。

 

彼が何をしたか分かっている時雨はいたって冷静だったが、クローディアと綾斗はかなり驚いていた。それでも、辛うじてクローディアは口を聞く。

 

「……今のは?」

「最近作ったばっかりの式神。外はあれに任せておけば大丈夫だろう」

「式神? 聖夜、貴方は一体……」

 

クローディアの言葉を彼は最後まで聞かず、今度は『幻想の魔核』を起動させ、祈るように両手を合わせた。今回ばかりは時雨も何をするか分からないようで、綾斗達と共に首を傾げている。

 

それにしても、美少女二人はともかく、何故綾斗にまで首傾げの動作が似合うのだろうか。自分だったら絶対にこうはいかない……と、そんな益体も無いことをふと考えた聖夜だったが、気を取り直して手に星辰力を集め始め、意識を集中させる。

 

かつて興味本位で学んだいくつかの魔法の一つ、探知魔法。建物内にいる人間の中から、聖夜は、セレナの存在と、黒幕であろうある男の存在を探す。

 

だが、見つからない。式神が戻ってくるまであと二十秒弱、聖夜は組んでいた両手を解き、険しい表情を浮かべた。

 

「校舎内には居ない、な」

「本当ですか?」

 

おもむろに口を開いた聖夜に対し、クローディアが驚愕を押し殺して聞き返す。彼女の中で、驚きや好奇心よりも危機感が勝ったのだ。彼女が生徒会長としてしっかりとした意識を持っている表れだったが、聖夜にそれを指摘する余裕はなかった。

 

「ああ。……そんで多分、奴も居ない」

「……となると、かなりヤバいわね」

 

だが、それは時雨においても同じことで、彼女の切り替えもまた早かった。思考しながら、無意識に呟く。

 

「この分だと、敷地内に居る可能性も……」

「……正直、期待しない方が良いな」

 

律儀に答えを返して、彼が開いた窓に顔を向けた瞬間、式神が一斉に彼の元へ戻ってきた。それらは空中で整列し、聖夜の前でぴたりと止まる。全ての式神を完璧に統制している証だ。

 

それを一目見るなり、彼は先程の推測が不幸にも当たったことを知った。

 

「ちっ……やっぱり居なかったか」

 

彼は式神を放つ際に、「見つけたら円を描くように動け」という指示を出していた。にも関わらず、式神はきちんと整列したままだ。だが、この数の式神が、五分もかかって敷地内を探しきれなかったとも考えられない。

 

聖夜は式神を集めつつ、早口にクローディアへ問うた。

 

「学園外で、且つ人目に付きにくいのはどういう所になる?」

 

見つからなかったことをすぐさま察し、彼女は怪しい場所を頭の中で素早くリストアップする。

 

「……再開発エリアが一番有力だと思います」

「再開発エリアか……だけど、そうは言ってもまだ広いな。もう少し絞りこめれば、あるいは」

 

確かに、再開発エリアならば、多少の戦闘があろうとも大して目立たない。日頃から不良達がたむろしており、小競り合いなど日常茶飯事、大きな騒ぎも割とよくあることだからだ。しかし、それだけの情報では、まだ探すのには足りない。

 

と、その時、不意に着信音が響いた。その出処は綾斗だ。

 

「ごめん、ちょっと……」

 

彼は一言断りを入れてから空間ウインドウを開く。すると、そこに映ったのは水色の髪を持つ少女だった。

 

「紗夜? どうしたんだい、こんな時間に」

 

その画面がふと視界に入り、聖夜は内心で驚いた。何故かは分からないが、画面の向こうの少女が居るのは、どうやら再開発エリアらしき場所だったからだ。

 

しかし、一体綾斗に何の用なのだろうか。他の三人はもちろん、綾斗にも心当たりが無い。

 

『……迷った。助けて綾斗』

「えっ? あ、いや、そういうことか……」

 

だが、続く言葉で彼は納得した。紗夜が筋金入りの方向音痴だったことに思い至ったのだ。

 

「でも、どうしようか……ユリス達の方もあるし」

 

しかし、こちらもまた非常事態なのである。迷子の彼女を助けることも大切だが、ユリスとセレナが危険な目に遭っているかもしれないのだ。

 

だが紗夜は、綾斗の言葉を聞き漏らさなかった。

 

『……リースフェルトなら、さっき見たような』

 

思い出したかのような顔をして彼女が呟く。ただ、その乏しい表情変化に気付いたのは、幼馴染である綾斗と内面観察が得意な聖夜だけだった。故に、その呟きを真っ先に聞き取ったのもこの二人。

 

「えっ、本当かい?」

「えっ、マジか」

 

二人の声が被る。まさかの人物からのまさかの手掛かりに、二人は呆気に取られていた。それでも、聖夜の表情が一切変わらなかったのは、流石の演技力と言うべきか。

 

そのため、彼らより一拍遅れて紗夜の言葉を理解したクローディアと時雨の方が、この場において最適な行動を取った。

 

「沙々宮さん、周りの景色を映してもらえませんか?」

『エンフィールド? ……分かった』

 

端末のカメラを反対側に向けたらしく、彼女の顔がフェードアウトし、寂れたビル街が画面に映った。

 

(やはり、再開発エリア……)

 

それらしい表情はまるで見せず、聖夜は内心で呟く。恐らく、この場の全員が同じことを考えているはずだ。

 

案の定、クローディアと時雨が、同時に自身の端末を操作し始める。紗夜が映している場所の特定をしているのだろう。

 

「……時雨、恐らくここ辺りです」

「そうね、間違いないと思う」

 

それが早くも終わったらしく、彼女達は男子二人の方へ振り向いた。

 

「端末を出していただけますか?」

 

言葉少なに問うたクローディアに、二人は無言で頷き端末を差し出す。

 

するとすぐに、彼らの端末に地図データが送られてきた。

 

「……再開発エリアの端か」

 

そこに示された範囲は、再開発エリアの一部を広く覆っている。

 

しかし、と聖夜は思う。ここまで絞りこんでくれたことは大変ありがたいのだが、これでもまだ少し広い。もっとも、様々な術を使えば、星辰力こそ辛いものの探しきれるとは思うが、果たしてそれで間に合うかどうか……。

 

すると、その懸念が顔に出ていたか、時雨が慌てた様子で言った。

 

「クローディア。これ、もっとポイントを絞った方が良いかも」

「……そうですね。確かに、これではユリス達を助けに行くのは大変でしょう」

 

再び作業に戻る二人。それと同時に、今まで黙っていた紗夜が口を開いた。

 

『……私も助けて欲しいんだけど』

「あっ、そうか……」

 

すっかり忘れてしまっていたが、そういえば彼女は迷子であった。どうしようか、と綾斗が再び悩み始めると、クローディアがすぐさま言う。

 

「沙々宮さんの方には、こちらから人を手配しましょう」

「……ありがとう、助かるよ」

 

そのやり取りに、紗夜がやや不満そうながらも頷くのを綾斗が確認した時、映像が途絶えた。

 

その間にも、クローディアと時雨は次々とめぼしい場所をピックアップしていく。本当に目を見張る速さだ。

 

 

 

……しかし、ふと、聖夜が呟く。

 

 

「……信頼は、してもらえてなかったのかな」

 

ぽつり、と。誰に問いかけるわけでもなく、独り言を。

 

「相談してくれって、やっぱり無理があったのか」

 

その声は、誰かを責めるようなものでもなければ、悲哀の滲むものでもない。淡々と、自分の考えを口に出しているだけのよう。

 

しかし、その言葉は、綾斗が感じていたことそのままであった。彼も思わず、口を開く。

 

「……まだ、信用されてなかったのかな」

 

 

 

「……逆だと思いますよ」

 

「逆?」

 

だが、クローディアは二人の呟きを否定した。視線は手元の端末に向いたままだったが、口調は真剣そのもの。そして、苦笑の表情だ。

 

「以前綾斗には言ったと思いますが、あの二人――ユリスとセレナは、それぞれの手の中のものを守るのに必死なんです。きっと、綾斗と聖夜もその中に入ってしまったのでしょう」

 

綾斗と聖夜は、共に驚愕した。出会って間もない、かたや飄々とした、かたや軽口を叩いてばかりいた人間を、彼女達は守ろうとしてくれているのだ。

 

他者を守ろうだなんて、とは、どちらも思わなかった。二人が感じたのは憧憬。そして、かたや太陽のように、かたや月のように輝く少女の、気高い姿だった。

 

 

 

……瞬間、綾斗の頭の中で、何かが繋がった。

 

「……まさか、こんなに早く見つかるなんてね」

 

綾斗が、アスタリスク(ここ)で見つけたかったもの。それは確かに、誰かの力になりたい、というもの。

 

 

「……できました!」

「……よし、できた!」

 

クローディアと時雨が同時に声を上げた。そして、綾斗達の端末に、いくつかのマーカーが付けられた新しい地図データが送られてくる。

 

それを確認し、二人はすぐさま走り出そうとした。だが、その背中を、クローディアが止める。

 

 

二人が振り向くと、それはもう美しい笑みを浮かべた――まるで戦の女神のような――クローディアが立っていた。

 

 

 

「綾斗、あれの準備が出来ています。……どうぞ持っていって下さい」

 


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