学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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魔法科要素いっぱい(錯乱)




第十四話〜守るために〜

綾斗達が、そして聖夜個人も襲撃された日から二日後。

 

生徒会室の扉を開けた聖夜は丁寧に腰を折って、自らの来訪を告げた。

 

「失礼します。……って、時雨だけ?」

「ええ。クローディアは忙しいらしいわ」

 

他のメンバーは、とはどちらも言わなかった。聖夜は先の襲撃事件に関することで来ているのであり、そのことは聖夜、時雨、クローディアの三人しか知らないからだ。聖夜が時雨に連絡を入れた時点で、彼女は巧みに他の生徒会メンバーの席を外させたのだろう。もしくは強制的に帰らせた可能性もある。

 

時雨が立ち上がり、言った。

 

「それで、具体的にはどんな用事なの?」

「面会の要求にね。俺を襲った奴らとの」

 

さらりと言ってのけた聖夜に、時雨は特に驚きもなく彼の発言を繰り返した。

 

「了解。()()()()()()()奴らとの面会、ね」

「何か意図を感じる言い換え方だな……」

 

字面を見ただけでは同じような意味だが、彼女はそのまま繰り返したわけでは無かったようだ。ニュアンスが明らかに変わっている。

 

「だって、ただの面会じゃないんでしょ?」

 

だが、時雨は聖夜の目を、続いて腰のホルダーを見て、意味ありげに笑った。聖夜も溜め息を吐き、彼女の発言を渋々認める。

 

「……まあ、そうだな。正確には『尋問』だ」

「そんなことだろうと思ってたわ。……確認なんだけど、本当に『尋問』の域は超えない?」

 

探るような目を向ける時雨に、聖夜は苦笑して答えた。

 

「いくらなんでも、肉体は傷付けたりしないよ」

「肉体()?」

 

意味ありげに繰り返す時雨に、聖夜は表情を少し硬くして。

 

「……精神干渉は行う。加減は間違えないつもりだけど、想像以上に耐性が無い可能性もあるし、そっちはちょっと保証出来ない」

「なるほどね……」

 

納得顔で彼女が頷く。そこに懸念の感情は無い。

 

聖夜が問うた。

 

「……あいつらも一応ここの生徒なんだけど、精神崩壊のリスク有りでも大丈夫なのか?」

「別にー? 自業自得だし、あんなの心配する価値も無いでしょ」

 

返ってきた答えは辛辣だ。しかし事実としてはその通りなので、聖夜は特に何も言わなかった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

教室からはかなり離れた場所に、星導館学園の懲罰室は存在する。

 

その名の通り、そこには何かしらの問題行為(大体は暴力事件)を起こした生徒が勾留されている。そして、それ故に、そこら辺りの雰囲気は悪い。普通の生徒ならばまず躊躇ってしまうに違いない。

 

しかし生憎と、聖夜と時雨はその程度の雰囲気に影響を受けるような人間では無かった。

 

 

「ここよ」

 

聖夜が案内されたのは、複数ある懲罰室の一つだった。

 

「サンキュー。……五人纏めて収容してるのか?」

「いいえ、一人ずつ分けてるわ。元々広い部屋でも無いし」

 

そうか、と彼は頷いて扉を開ける。

 

 

その瞬間、中で蹲っていた男が素早く顔を上げ、聖夜を強く睨み付けた。

 

「お前……!」

 

激しい敵意。だが、聖夜はそれをまるで意に介さず、それどころか無防備にその男へ近づいて行く。もっとも、男は拘束されているため、無防備でもなんら問題は無いのだが。

 

 

だが、その後の行動には時雨も驚いた。彼はその男の前に屈み込むと、男の左耳に手を差し出したのだ。

 

その男は、聖夜に鼓膜を破られて無力化された、()()()の制服を着た生徒だった。

 

「治るまで時間かかるよな。すまない、流石にやり過ぎた」

 

聖夜が優しく声を掛ける。突然のことに、その少年からは言葉も出てこない。

 

 

彼は続けた。

 

「でも、どうしてあんな事をしたんだ? 裏事情は深く聞かないから、理由だけでも教えてくれ」

 

その言葉遣いはまるで諭すように。初めは身構えていた少年だったが、予想外の柔らかい態度に思わず口を開いてしまった。

 

……言っておくが、これは聖夜の誘導尋問では無い。彼はそんなことなど微塵も考えておらず、ただ自分より年下の少年が何故襲撃なんて事をしたのか、それを純粋に知りたかっただけなのだ。

 

「俺は、その…………実はお金に困っていて……」

 

零れた本音。だが、それだけの理由で、退学する恐れすらある行為に手を染められるものだろうか。

 

「そうしたら、二つ上の先輩が声を掛けてきて、『上手くいけば報酬を払う』って……」

 

しかし、その口調から、彼が金に相当困っているのだということが伺える。これはアスタリスクに存在するいくつかの闇の一つだ。

 

そして、少年はその依頼主の名前を出すことを躊躇っている。脅しをかけられたか、報復を恐れているのか。もしくは、単に名前を聞かされていないだけなのかもしれないが。

 

聖夜はそれを聞かなかった。少年をこれ以上の危険に晒したくなかったし、何より少年自身が『二つ上の先輩』とあえて言ったことから、少年自身もどうにかして伝えようという意志を持っている、ということをしっかりと感じ取ったからだ。名前は出せなくとも、なるべく情報は伝えたいという意志を。

 

聞いたところ、少年は中等部二年。この時点で、犯人は聖夜の同級生だと判断出来る。あとは、この少年以外の四人から聞き出すなりすれば良い。

 

聖夜は立ち上がり、優しげな口調で。

 

「……そっか。ありがとう、有益な情報だった」

 

えっ、と驚きの目で少年が聖夜を見た。年相応の、あどけない表情だった。

 

「………怒らないんですか?」

 

思わず聖夜は微笑んでしまった。言葉遣いもちゃんとしているし、何より罪の自覚と反省の色がある。この少年は、根は全くもって悪くないのだ。

 

故に、彼は聞き返した。

 

「ふふ、怒ってほしいのか?」

 

相変わらず微笑んだままに問われ、少年は口篭ってしまう。ちょっと意地悪だったかな、と聖夜は表情を苦笑に変えて。

 

「怒らないよ、俺は。確かに最初は思うところもあったけど、君はどうやっても悪人には見えないからな」

 

再び屈み込み、聖夜は視線を合わせる。

 

「それに、君はちゃんと反省している。自分のやった事、これからやるべき事が分かっているのなら、俺が怒る必要は無い」

 

この一言で、少年の表情が変わった。それを確認した聖夜は満足げに頷き、少年の頭をくしゃっと少し乱暴に撫でてから立ち上がる。

 

戻る途中、彼は振り向いて言った。

 

「明日には解放してもらえるようにしとくから、まずは治療院で耳を治してもらうと良い。費用は俺が持とう」

 

あまりにも唐突に告げられ、少年は驚きよりも申し訳無さが勝った。

 

「いくらなんでも、それは……」

 

だが、その言葉は時雨に遮られる。

 

「好意は素直に受け取っておきなさい? ……私も君が悪人には見えないし、釈放の手続きはこっちで進めておくわ」

「助かる、時雨。正直なところ、どうやって口説き落とすかなって思ってたんだけど……」

 

聖夜が感謝を口にすると、時雨は悪戯っぽく微笑んで言った。

 

「ふーん……それじゃ、今度二人で遊びに行くついでに何か奢ってちょうだい? それで手を打ってあげる」

「なんだよ対価有りなのかよ……まあ、そのくらいなら良いけどさ」

 

呆れた表情の聖夜は、しかしどこか楽しそうで。この二人は恋人同士なのか、と少年は場違いな感想を思い浮かべずにはいられなかった。

 

それが表情にも出ていたのだろう。聖夜が咳払いをして、話を戻した。

 

「えっと、まあ気を取り直して……まずは明日、治療院に行くこと。そして、これ以上こっちの調査には協力しないこと。この二つを守ってくれるか?」

 

少年は頷く。元より不利益など何も無い。ただ、これ以上協力出来ないということだけは悔しく感じた。

 

「よし、オッケー。……おっと、これも渡しといた方が良いかな」

 

思い出したように聖夜がペンを取り出し、メモに何かを書いていく。彼はそれをちぎって少年に渡した。

 

「俺の連絡先だ。明日、治療院に行った後にでも連絡をくれ」

 

直接会うのはあまりにもリスクが高いからである。双方、それはよく分かっていた。

 

「それじゃ、またな」

 

聖夜が踵を返し、時雨と共に部屋を出て行く。その姿を、少年は尊敬の目で見送った。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

残る四人とも面会を終え、聖夜達は生徒会室へと戻ってきた。

 

「結局、あとの四人は尋問かー」

「情状酌量の余地あり、って思ったのはあの子だけだったな」

 

時雨が溜め息を吐き、言った。

 

「本当に面倒ね……ま、聖夜のおかげで多少楽にはなりそうだけど」

「あの調子なら、そう遠くないうちに自白すると思うぞ。予想以上に上手く効いたみたいだし」

 

聖夜が腰のホルダーを軽く叩いた。その中に入っているのは『幻想の魔核(ファントム=レイ)』である。

 

「そうよ。気になってたんだけど、あれって精神干渉系魔法でしょ?」

「あー……まあ片方はそうだけど、もう一つは違うんだよな」

「えっ、二つも魔法使ってたの?」

 

こてんと首を傾げた時雨に、何それ可愛いなと聖夜は内心で思いつつも、自分の使った魔法の解説を始めた。

 

「オリジナルの音波振動系魔法、『テラー・ノイズ』。複数地点から異なる音波を発して不協和音とし、対象に聞かせることで潜在的恐怖を引き起こす魔法だ」

 

頷く彼女を確認して。

 

「これが一つ目。でもそれだけじゃ自白剤にはならないから、その後に精神干渉系魔法『ルナ・ストライク』を使った」

 

何故か、星脈世代(ジェネステラ)には精神干渉の類が効きにくい。『ルナ・ストライク』のような魔法もその例外ではなく、余程の高出力でなければ大した効果が出ないのだ。

 

それに対して、『テラー・ノイズ』は音を使う振動系魔法。精神に効果を与えるものではあるが、それに至る過程(プロセス)はあくまで物理現象によるものだ。聴覚さえ遮断されていなければ、等しく効果を発揮する。

 

とはいえ、音波のみでは精神を弱らせただけで終わってしまう。そこで精神干渉系魔法の出番だ。対象の精神が乱れた状態であれば、精神干渉は星脈世代相手にも効くようになるため、それによって恐怖心をさらに増長させたのである。

 

 

それら諸々のことは時雨も理解出来ているようで、一旦は納得の顔を見せた。だがすぐに不思議そうな表情に戻して、

 

「あれ? でも聖夜って、オリジナルの精神干渉系魔法も作ってなかったっけ」

「あー……偶然の産物というか、まあ確かに一つあるけど」

 

彼は言葉を切ると、苦笑ともとれる笑みを浮かべた。

 

「あれはまだ実験段階というか……割とヤバい威力のくせに、コントロールが完璧じゃないんだ。あれ使われたら、星脈世代だろうと間違い無く精神壊れるだろうな。俺も、壊してしまう自信がある」

 

へえ、と時雨は驚いて言う。

 

「そんなに恐ろしいんだ……」

「作った本人が言うのもあれだけど、かなり。……それに副作用もあるし」

「……副作用?」

 

 

微かに表情を曇らせた時雨に、聖夜は安心させるような微笑に変えて、

 

「そんな酷いものじゃないって。……その副作用ってのは、『対象が受ける影響を自分も味わう』こと」

「えっ、それって……」

 

彼女の表情が明らかに変化した。恐らく、その意味を察したのだろう。

 

「――つまり、聖夜も相手と同じ苦痛を受ける、ってこと……?」

「まあ………そうなるな」

 

わざとぼかした『苦痛』という言葉を言い当てられ、聖夜はきまり悪く目を逸らそうとする。

 

だが、時雨はそれをさせなかった。

 

「酷くない、なんて嘘でしょ。どうしてそんな風に誤魔化すの?」

 

心配していながらも、彼女の口調はあくまで優しい。そして、それを前に黙秘を続けられるほどの気概は彼に無い。

 

だが、彼だって時雨を心配させたくないのだ。真剣な態度ではあえて答えない。

 

「正直に言ったら、絶対にそれを使わせてもらえなくなるだろ? よしんば使ったとしても、その後こっぴどく叱られるだろうし、」

「当たり前でしょう。そんなリスクの大きい技なんて……」

 

畳み掛けるように言葉を発する時雨に、聖夜は緩く溜め息を吐いて。

 

「―――でも、必要になる時が来るかもしれない」

 

心配させまいという努力を諦め、声のトーンを一瞬で落とした。時雨は思わず口を噤んでしまう。

 

「いざという時、俺が使える技の中で、星脈世代のトップクラスを迅速に無力化できるものはそう多くない。現状で可能性があるのは、スペルカードの『白き月の幻想曲(ファンタジア)』と『ネクロポリス・バースト』、そして今話した精神干渉系魔法『狂月(くるいづき)』」

 

時雨の返事を待たず、彼は続けた。

 

「もちろん、これらは星武祭(フェスタ)で使えるような――いや、そもそも、人に向けて使うことが許されるような技じゃない。だけど、今回のような襲撃事件がもっとエスカレートしたものに巻き込まれたり、『翡翠の黄昏』のような大規模なテロに遭遇したり、そういった状況が今後ありえないとは言い切れないだろ? そしてその時、相手側にどんな実力者が居るかなんて分からない」

 

『翡翠の黄昏』という言葉に動揺しなかったのは、この二人が異世界人だからだろうか。

 

「副作用や反動があったとしても、どんな実力者でも無力化出来る技があれば、そういう時に必ず展開を変えられる。例え自分の身に何かがあろうとも、やらなければならないことだってあるからね」

 

あの時のように、と聖夜が言うと、時雨がハッとした表情で彼を見返した。そのまま、無意識に彼の右脇腹へ手を伸ばす。そこには、かつて時雨が彼に付けてしまった刀の傷跡がある。

 

だが、その左腕を聖夜は優しく掴んで止めた。

 

「俺は、友人を巻き込みたくない。自分一人でも周りを守れるようにしたい。こう言うと怒られるかもしれないけど、俺は自分がどうなろうとも構わないんだ。……元々、そうやって生きてきたし」

 

聖夜の考えに反して、時雨は反論しなかった。彼女は自分の腕を聖夜の手からゆっくりと引き、両手で彼の手を包み込んだ。

 

「……怒らないわ。私だってそう考えてるから」

 

でも、と俯いていた顔を上げた時雨は、聖夜の目をしっかりと見て。

 

「私はやっぱり、聖夜に傷付くことはさせたくない。もしそれで守ってもらったとしても、自分が許せなくなっちゃうに決まってるから」

「……確かにな。俺だって、時雨にそんなことはして欲しくない」

「ふふっ……結局、自分のワガママなのよね」

 

浮かべた自嘲は、どちらも同じものだったに違いない。

 

「自分だけが傷付けば終わり……なんて、そんな簡単に終わるものじゃないのに。周りにいる誰かがきっと心を痛めるはずだって、理屈では分かっているつもりなんだけどな」

「人間、そう簡単には変わらないよ。……だから、俺は時雨のことを止めることは出来ない」

 

その言葉に、時雨は聖夜の手をギュッと強く握った。

 

「ううん、その時は止めて。私だってあなたを止める。それは間違ってるって。……一人でやる必要は無いんだって」

 

彼はすぐにその意味を理解した。

 

「……分かったよ。俺だって仲間は信頼しているからな」

「私もそうだけど、あなたの仲間ならきっと全員が協力してくれるわよ。それこそ、自分のことなんて考えないで」

 

聖夜は苦笑したが、何も言わなかった。彼も、自身がその立場であればそうするだろうと思ったからだ。

 

時雨がふっと笑った。

 

「私達も、これからは仲間を頼れるようにならないとね」

「耳が痛いな……」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

その翌日、昼過ぎに聖夜はメールを受け取った。

 

 

『月影聖夜様

 

 

先日の無礼な行為にも関わらず、このようなご厚意には感謝しかありません。償いをしたいのですが、今回のことに協力することも出来ず、心苦しい限りです。

 

ですが、先輩が仰るのであれば、俺は全てに替えてもそのご指示に従います。

 

是非、もう一度先輩とお話をしてみたいです。この件が終わりましたらご連絡いただけませんか?

 

 

ご健闘をお祈りしています。

 

 

古河(こが)勝海(かつみ)

 

 

 

その文面を一目見て、聖夜は思わず吹き出しそうになってしまった。昼食を食べていた時だったので、中々危なかった。

 

「どうしたの?」

 

今はちょうど昼休み。彼の様子を見て茜が不思議そうに首を傾げたが、聖夜は「何でもない」とはぐらかした。

 

 

それにしても。

 

(なんかすげえ礼儀正しいな、これ。俺はこんな丁寧に書いてもらえるような人間じゃないぞ)

 

一人称が『俺』になってしまっているあたり、こういった書き方には慣れていないのが分かる。だがそれ以上に、この文面に書かれていることは全て本音であることも伝わってきた。

 

ともかくすぐに返信しようと、聖夜はキーボードを打ち始めた。とはいえ食事しながらなので、打つのは左手オンリーである。

 

「……アンタ、打つの速いわね」

「まあ、慣れてるからな」

 

だが、その速度がおかしい。左手だけのはずなのに、セレナ達女性陣――この場には他に時雨が居る――が両手を使って打ち込むより速い。

 

それを見て、時雨が言った。

 

「聖夜、あなた来期の生徒会メンバーね。書記か会計として」

「俺の意思は無視ですか。というか、勝手に決めて良いのか、それって?」

 

相変わらず文字を打ちながら、しかし明らかに苦笑して聖夜は問うた。

 

「生徒会推薦枠があるから、それを使わせてもらうわ。……あっ、異論反論拒否権は一切認めないから」

「そういう情報を付け加える必要は無いからな?」

 

しかし、彼はそれほど嫌がっていない。聖夜だって嫌なことはちゃんと断るし、時雨もそういうことを無理に押し付けたりはしないのだ。

 

もっとも、聖夜が時雨の『お願い』に慣れてしまったというのもあるが。

 

「まあ、それくらいなら構わんよ。貴重な枠を潰してしまうことにはちょっと抵抗あるけど」

「誰も反対しないわよ。……ああ、うちは風紀委員的な仕事も兼ねてるから、なんならそっちメインでも良いし」

「風紀、ねえ……難しそうだな。傷付けずに無力化するのはそんな得意じゃないんだけど」

 

とかなんとか言いつつも、聖夜は返信を書き終えた。

 

 

『連絡ありがとう。一つ聞きたいんだけど、君のようにやむを得ない事情を持ってた人は他にいたか?』

 

内容は、ざっとこんな感じである。実際にはもう少し余計なことも書いている。

 

「誰かにメール?」

 

茜が再び不思議そうに聞いた。聖夜は無言で頷く。

 

彼は片付けを終えると、立ち上がって言った。

 

「んじゃ、午後の授業も頑張りますか。そんでその後、俺のトレーニングルームに来れる?」

 

転入早々に序列入りしたことと、その時に見せた実力によって、彼は個人のトレーニングルーム使用権を与えられている。

 

セレナ、時雨、茜が同時に頷いた。

 

「オッケー。俺は先にやってるから、勝手に入ってきていいからな」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「アルスライトフレア!」

 

 

授業が全て終わり、彼女達が揃って聖夜のトレーニングルームの扉を開けた瞬間、燃え盛る炎が彼女達の視界一杯に映った。

 

思わず声を掛けるタイミングを失ってしまった三人に、聖夜はゆっくりと振り向いて微笑む。

 

「や、驚かせてごめん。新しい技を試してたんだ」

 

腰には『幻想の魔核(ファントム=レイ)』、手には何かの札を持っている彼に、時雨が気付いて言った。

 

「それは……呪符?」

「ご明察。これは陰陽師が使う発火の呪符だ」

「……ってことは、さっきの技は能力とか魔法じゃないの?」

 

それにしては火力が強過ぎるけど……と時雨が呟いたのに、聖夜は律儀に答えた。

 

「いや、魔法と能力との合わせ技。……まあ見せながら説明するよ」

 

彼は再び前を向いた。腰の『幻想の魔核』に右手で軽く触れ、そのまま前に差し出す。

 

すると、弱い電撃が聖夜の周りを走り、続いてトレーニングルームの中に風が吹いた。

 

「まずは雷属性で空気中の水分を電気分解し、発生した酸素と水素を気体操作の魔法で別々に集める。この時、対象の周りに水素、それより手前に酸素を集めておいて」

 

そこまで言うと、彼は呪符を放つ。その呪符は途中で激しく燃え、そして、

 

 

 

―――目の前の空間が紅蓮に染まった。

 

 

強い熱波が、離れているはずの彼女達にも襲いかかる。思わず、彼女達は自分の顔を腕でかばった。

 

だが、炎はそれほど長く続かなかった。聖夜が溜めた水素は二秒弱で全て燃焼し、炎は唐突に消える。

 

 

二回連続で発生した炎によって温度が上がった室内を気流操作で換気しつつ、聖夜がまた振り向いて言った。

 

「自分で言うのもあれだけど、結構強い技だろ? 過程がちょっと長いけど、俺の中では最高のコンビネーション魔法だ」

 

驚きに包まれた中で、時雨が呟く。

 

「酸素によって呪符を激しく燃焼させ、水素に燃え移らせて大規模な炎を起こす……あくまで物理法則に則った技ね」

「ああ。電気分解と火種の用意も魔法で行えるけど、そうするとさらに過程が増えるから、能力と陰陽術で代用してるんだ」

 

彼の再現した現代魔法は、元々複雑な過程を持つものである。『高速思考(スピードオペレイト)』という技術があるとはいえ、過程が増えるほど発動までの時間は遅くなるし、魔法の連続行使は多かれ少なかれ術者の脳に負担を掛ける。聖夜の中では『アルスライトフレア』は星武祭で使うことを前提とした技であり、戦闘に悪影響を及ぼす要素は極力省きたいのだ。

 

だが、この『全行程を魔法で行える』というのは強みでもある。何らかの理由で純星煌式武装が使えない状況であっても、発動速度は落ちるものの魔法の行使自体は可能なため、戦闘の幅を広げることが出来るのだ。近接戦闘では不利な相手でも、互角に立ち回ることが可能となる。

 

ましてや、この『アルスライトフレア』は強力な技だ。純星煌式武装その他が無くてもそれを使えるというならば、それ以上の贅沢は言えないだろう。

 

 

「ま、この話はもういいか。……それよりも、今日は何をする?」

 

言うと同時に、彼は二回手を叩いた。話題を変えるというよりは、思考に耽っている三人を我に返らせるという意味合いが強い。

 

その思惑通り、彼女達はハッと顔を上げた。

 

「あー、そうね……とりあえず実戦形式で良いんじゃない?」

「了解。そんじゃやるぞ」

 

 

軽い準備運動をし始める聖夜に、彼女達も慌てて続いた。


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