学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第十三話〜技術と魔法〜

「うっわ……あと一時間くらいで門限じゃん」

 

予想以上に議論が白熱し、聖夜が帰る頃には月が高く昇っていた。

 

(……いや、違うな。最後の一時間はセレナと話してただけだし)

 

これがまた、聖夜にとっては予想以上に安らぐものだったのだ。彼は不思議と、あの黄金髪の少女に心惹かれていた。

 

とはいえ、恋愛的な意味では無い。幻想郷で暮らしたことにより多少は恋愛事も分かるようになったが、自分がするのは別問題だ。

 

(何か放っておけない感じというか……普段はクールでちょっと無愛想だけど、どこか守ってあげたくなる)

 

この感覚を、彼は上手く言葉で表現出来ない。きっと、彼の心に響く『何か』があるのだろう。

 

(守ってあげたい、ね……)

 

自問。出会ってからそう経っていない少女に対して、彼は何故ここまで親近感を持っているのか。

 

(……ま、自分の感情すら理解出来ていない()()には、到底分かるはずもないな)

 

だがその自問はすぐに終わった。自身が抱えている一部の感受性の欠落を、彼は自覚しているからだ。

 

 

思春期真っ只中に身内を亡くした彼の精神は、襲い来る孤独から身を守るために急速に成長した。中学生にして、「まるで大人だ」と周りに言わしめるほどに。

 

しかしそのために、彼は身内の愛情を充分に受けきらないうちに「大人」になってしまった。また、独り立ちするのに必死で、恋愛などをする暇も無かった。自分の事は全て自分で決めなくてはならず、青春を楽しむ余裕など無かったのだ。また、無意識に人を疑うような見方をするようにもなってしまい、他人の悪感情には人一倍鋭くなった。

 

とはいえ、表向きは『普通に見えるように』生きてきた。他人の正の感情が分からないのは自分の性格のせいにして、嫌でも分かってしまう他人の負の感情は見ない振りをして、そうやって生きてきた。他人から向けられる好意などは、自分が知らないものなので分からない。彼は『鈍感』なのではなく、『無知』なのだ。

 

 

だから、セレナに惹かれている要因の『何か』は、聖夜には全くもって分からないのである。それが分かるようになるには、もっと時間が必要だ。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そんなことを考えながらも、彼は何事もなく寮に……。

 

(……何か居るな)

 

は、戻れなかった。帰り道の途中、街路樹が茂り、多くの植え込みが道の両脇に生えているところで、彼は前後左右に何者かの気配を感じ取った。

 

もちろん、何者かが居ることには既に気付いていた。だが、彼がようやく注意を払ったのは、その気配達が剣呑な雰囲気を纏ったからだった。その気配の隠し方はそれなりに上手いものだが、聖夜の感覚は誤魔化せない。

 

だが、彼は素知らぬ振りをして、わざと囲まれる位置まで歩いていった。そして、独り言のように呟く。

 

「……で、隠れているつもりか? そこの五人」

 

声量こそ大きくなかったが、明確な敵意を持ったその声はよく響いた。今にも襲い掛かろうとしていた五人の襲撃者はハッとして思い留まる。

 

それを察したか、聖夜が口元を微かに歪めて嗤った。

 

「おいおい、たかが一人に随分と意気地無しなんだな」

 

そう不遜に言い放った聖夜は武器も出さず、如何にも無防備に見える。だが、襲撃者達はそれに油断はしなかった。各々が警戒しながら、聖夜を囲むように姿を現す。

 

(ふむ。挑発にも乗らないし、無駄な隙も見せない……まあ、そこそこってとこか)

 

一目見て、聖夜はそう判断した。弱くはないが、ただそれだけのことだと。

 

そしてその瞬間、聖夜の興味は削がれた。

 

(正体は知りたいが……まあ、無理に戦う必要も無いし。乗ってこなきゃそれで良いか)

 

彼はつまらなさそうに視線を外す。しかしその行為は、結果的に襲撃者達の警戒心をさらに煽った。彼らが更に包囲を固める。

 

(乗ってきたか……それじゃ、遠慮無く)

 

再び口元を歪め、彼は素早く腰のホルダーから『幻想の魔核(ファントム=レイ)』を取り出し、起動させた。

 

そしてその瞬間、襲撃者の一人が左側面から彼に襲い掛かった。聖夜はそれと同時に、残りの四人が援護に回ったのを確認。

 

――より詳しく言えば、彼は前側に居る二人が拳銃型の煌式武装(ルークス)を構えたのを目視し、そして後側の二人がクロスボウ型の煌式武装を起動した動きを、目を向けること無く()()で感じ取った。

 

 

一人が切り込み、相手の避ける先を四方からの射撃で封じる。悪くない連携だが、聖夜はそれとはまた別の事を考えていた。

 

(あんまり時間かけ過ぎたり、派手な事するとバレるかもしれないな……秘密裏に処理したいし、結界張るのも面倒だから素早く終わらせるか)

 

ちなみに、彼がここまで思考するのにかかった時間は僅か〇.三秒程。月影家の人間が代々得意としてきた技術『高速思考(スピードオペレイト)』を用いれば、聖夜は通常の倍近くの速さで脳内での演算処理を完成させることが出来る。何も知らない人からすれば、『高速思考』によって行われた演算は、彼の単なる直感によるものとしか思えないだろう。

 

余談だが、同じように風鳴家に伝わってきた技術も存在する。現状、時雨にしか適性が無いその技術は『多重思考(マルチオペレイト)』と呼ばれており、これは通常の思考速度のままでありながら二つ三つの演算を同時に処理出来るものだ。

 

 

さて、と聖夜が切り込んでくる一人に意識を向け直した時、その耳に小さなインカムが嵌めてあるのに気付いた。これはつまり、仲間内で連携しているか、もしくはどこかから指示を受けているということである。そして今回の場合は、襲撃者達が声を発していない以上、後者の可能性が極めて高い。

 

(おっと、それは良くないな)

 

攻撃の前に、まず彼は雷属性を使って一定範囲に電磁バリアを張った。無駄な手間を一切排除した、質量体を止めたりするものではなく、あくまで相手の電波を妨害するだけのものである。この状態で更に魔法を使えば、恐らく電波の傍受も可能だが、相手にそれを悟られるリスクを冒してまでやることでは無いと彼は判断した。

 

果たして、襲撃者達が訝しげな表情を見せた。とはいえ、耳から入ってくる音が突如ノイズだらけになったのだから、この反応は当然のものである。

 

だが、それが彼らにとっては致命的な隙に、聖夜にとっては絶好のチャンスとなった。

 

 

切り込んできた一人に対して彼も踏み出し、避けざまに()()()()。予想外のことが立て続けに起こったために対応しきれず、その男は聖夜に背中を押され仲間の一人に突っ込んでいった。

 

そして、残る三人も状況を把握しきれていない。その一人に、聖夜が音もなく距離を詰めた。

 

その勢いのまま、彼は鳩尾に掌打を放つ。間に合わなかった不完全な星辰力の防御を容易く貫かれ、男が膝から崩れ落ちた。

 

次、と彼が振り向くと、今度は二人が接近してきていた。今の攻防を見て、遠距離でも決して安全ではないと判断したためだ。確かに、得物を持っているならば、素手の人間相手には近距離で有利だと考えてもおかしくない。

 

しかし、聖夜は冷静に分析した。

 

(普通にやれば星辰力での防御が間に合っちゃうだろうし、意表を突くのも手間がかかりそうだな。かといって本気でやっちゃうと星辰力に関係なく殺しかねないし、星辰力をある程度貫けて、かつ確実に一撃で無力化する方法は……)

 

内心で笑う。技術と魔法でもって、防御など無視出来る攻撃をすれば良い。

 

切りかかってきた二つの刃にはそれぞれ身を躱し、そのまま大した勢いも付けずに、彼は片方の男に向けて右手を差し出す。

 

その男はそれに気付くと、すぐさま星辰力を集めて防御しようとした。もし聖夜の攻撃が打撃であったなら、勢いが無いのも相まって、それで問題無く防げたはずだ。

 

 

……しかし、現実はそうならなかった。

 

「……?」

 

聖夜は攻撃するのではなく、相手の体に軽く触れただけだったのだ。何事かと男の反応が遅れたのも、決して無理はない。

 

そして、それが命取りだった。

 

「ほいっ、と」

 

聖夜が男を軽く押す……と同時に慣性加速魔法を発動。押された分の小さな慣性を極大化され、男が強く吹き飛ばされる。そのまま近くの街路樹にぶつかり、男は呆気なく意識を手放した。

 

これで二人目。もう一人の男が切り返してきた鋭い一撃を、彼は今度こそ左腕で受け止める。両手持ちの剣であるが故に無防備になった男の側頭部に、聖夜はさして威力も無い平手打ちを放った。

 

ポン、という音とともに、男が横に倒れる。たかが平手打ち、しかも星辰力の防御が間に合っていたはずの男は、しかし既に意識を無くしていた。

 

聖夜がやったことはそこまで不思議なことではない。掌を窪ませて空気を溜め、その状態の平手打ちを相手の耳に当てることで、相手の鼓膜を破って無力化したのだ。

 

 

三人目を倒したところで、もつれ合っていた残りの二人がようやく復帰した。だが突撃はしない。それどころか、三人を容易く無力化した相手には敵わないと判断し、男達は逃げを図った。

 

 

 

しかし、それはただの愚行でしか無かった。

 

 

聖夜がその頭上を跳び越え、先回りする。逃げ切れないと悟ったのか、男の一人が切りかかってきたが、そんなヤケクソの攻撃に当たってやるほど聖夜は優しくない。

 

避けると同時に、彼は二人の頭に手を当てる。

 

 

……そして次の瞬間、彼らは崩れ落ちていた。

 

 

「ふう、これで全部か?」

 

 

手を払った聖夜は、念の為に周囲を確認。やはり、これで終わりのようだ。

 

聖夜が屈み、足元に倒れている一人の首元に指を当てる。加減を間違えていなかったかの確認だったが、そこは弱々しいながらもしっかりと脈打っていた。

 

(加減が必要な魔法の連続使用はそんなに練習してなかったから、ちょっと心配だったけど……ともかく、殺してないなら問題無い)

 

聖夜は最後の二人を倒すために、相手の脳を振動系魔法で揺さぶり脳震盪を引き起こしたのだ。

 

魔法の同時使用は失敗のリスクが高いために使えず、よって彼は魔法の連続使用(右手ののち左手)を選択したのだが、脳処理を素早く切り替えられなければならないためにそれはそれで難しい技術なのだ。後の魔法を発動する際の切り替えが綺麗に出来ず加減を少し間違えただけで、無力化出来ないかあるいは殺してしまうからである。

 

そして、それをほぼぶっつけ本番で成功させたことは、聖夜にとって多少の自信になった。

 

 

(さて、こいつらをどうしようか。ここで尋問して終わらせても良いんだが、でもこいつらは黒幕から隔離しておいた方が良いと思うんだよな……)

 

 

悩んだ挙句、彼は通信端末を取り出した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……これはまた、随分と」

「うわー、全員意識飛んでる……」

 

聖夜に呼び出され、クローディアと時雨が急いでやって来ると、そこには五人の男が倒れていた。そして、その真ん中辺りに居るのが、呼び出した当人である。

 

「いや、悪いな。こんな遅くに呼び出したりして」

「いえ、それは別に構わないのですが……」

 

クローディアが転がる男達をチラと見て、苦笑しながら言った。

 

「これは、一体どういうことなんですか?」

「ああ、えっと……」

 

聖夜が詳しく説明する。襲われた事、ほとんど時間をかけずに倒した事。

 

「……分かりました。それで、どうしますか?」

「どうするか、とは?」

「こいつらの処置よ。私達としては懲罰室にぶち込んでおきたいけど……まあ、聖夜が決めてくれて構わないわ」

 

いや、と彼は首を振った。

 

「是非そうしてくれ。尋問もそこでした方が良いだろうし」

「尋問?」

 

時雨とクローディアの疑問に、聖夜は倒れている一人の耳からインカムを外した。

 

「こんなものを着けている時点で、誰かからの指示があったことはほぼ確定だからな。途中で電波遮断してやったから、詳しいことは何も漏れてないとは思うけど」

 

そう言うと、彼はそのインカムを自分の耳に当てた。だが、そこからは何の音も聞こえてこない。

 

「……ふむ、まあ及第点かな。もうひと工夫あればなお良かったけど、それは仕方ないか」

 

聖夜が呟いたのは黒幕に対してだ。無論、そいつに聞こえているはずも無いが。もし聞こえてたとすれば、聖夜の上から目線に大層腹を立てているだろう。

 

そのインカムをポケットに仕舞うと、彼は彼女達に振り向いて言った。

 

「それじゃ、速やかに運んでしまおう。時雨、能力でこいつらを縛ってくれるか?」

「了解。手首だけで良いの?」

「ああ。……クローディアには校舎に入るための手続きなんかをしてもらいたいんだけど、良いかな?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとう。それじゃ、俺は周りの掃除をしないと」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

三人は自分の仕事を迅速に終わらせた。時雨が男達を影の鎖で縛って一箇所に集め、クローディアが複数の空間ウインドウを慣れた手つきで操作し、聖夜が能力と魔法を駆使して戦闘の跡を消す。

 

ちなみに、こういう使い方をされても、『幻想の魔核』は特に不満を示さなかった。

 

「それで、こいつらはどうやって運ぶの?」

「このまま引き摺って……いきたいけど、それだと跡が残るから面倒だな」

 

少し考える素振りを見せた後、彼は男達の方へ右手を差し出した。瞬間、彼らの身体が、()()()()()()()()()かのようにほんの少しだけ浮かび上がる。

 

「……これは?」

「こいつらの下に対物障壁を作り出して、それを電磁浮遊させてるんだ。こうすれば跡は残らないし、運ぶのも楽になるし」

 

彼は男達を縛っているところから伸びていた鎖を持ち、言った。

 

「それじゃ二人共、先導を頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――無事、男達を懲罰室にぶち込んだ彼らは、帰りがけに昇降口付近で話していた。

 

「いやー、本当にごめんな。こんな遅くに」

「気にしなくて良いってば。学園内での襲撃事件なんて、生徒会として見逃すわけにもいかないんだし」

「ええ。寧ろ、伝えてくれて感謝していますよ」

「そっか。ありがとな」

 

ふわっ、と。そんな擬音が付いてしまうような微笑みを聖夜は浮かべた。元々顔が整っている彼のことだから、余計にその微笑みの効果は抜群だった。普段の彼からはまるで想像もつかない表情に、時雨はもちろんクローディアまでもが思わず視線を逸らしてしまったほどである。

 

「……どうした?」

「えっ? あっ、えっと、別に大したことじゃないのよ。うん」

 

訝しげな聖夜の問いかけに、時雨が慌ててクローディアと顔を見合わせた。

 

「それなら良いんだけどさ」

 

さして気にしてもいない様子の彼は、もういつもの調子に戻っている。いまさっきのあれは、どうやら彼自身も自覚していないものであったらしい。

 

急に態度がおかしくなった(と聖夜は思っている)彼女達の調子が戻るのを待ってから、聖夜が口を開いた。

 

「クローディア。突然で悪いんだけど、トレーニングルームって今から一晩借りられる?」

「今から、ですか? それはちょっと厳しいですね……」

 

クローディアの申し訳無さそうな返答に、聖夜は特に落胆もせず頷いた。駄目元のお願いだったのだから、通らずとも仕方ない。彼女が悪いわけではないのだ。

 

だが、時雨が予想外の助け舟を出した。

 

「大丈夫なんじゃない? 一応は襲撃の被害者なんだし、安全な学校に泊まりたいって言っても別に不思議じゃないよ」

 

一応は、という言葉が非常に気になった聖夜だったが、そこには触れないでおくことにした。

 

「……そうですね、建前としては充分です。そういうことであれば例外として対応出来ますからね」

「建前って……そういうことを生徒会長が堂々と言うのはどうかと思うよ、俺は」

「ふふっ、すみません」

 

三人が笑う。建前であるということをよく理解している上での冗談だ。

 

事実として、聖夜が残りたいと言ったのは身の安全のためでは決して無い。学校に、しかもわざわざトレーニングルームにと言ったのは、先程の戦いの最中にふと思い付いた技術を試したくなったからだ。欲を言えば、この一晩で完成まで持っていきたいと彼は考えている。

 

時雨が空間ウインドウを開き、聖夜に見せた。

 

「はい。どこにする?」

「ここで。……疲れきって寝てるかもしれないから、もしそうだったら起こしに来てくれると助かる」

「分かったわ。……って言っても、あなたが寝オチするとは思えないけどね」

 

 

 

聖夜は二人を見送り、彼自身も校舎の闇へ消えていった。

 




想像以上に主人公のスペックが高くなっとる……。


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