学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第十二話〜二つ名命名式〜

 

 

茜と時雨――二人の来訪者によって、セレナの部屋は軽い修羅場と化していた。

 

茜が素敵な笑顔のまま、しかし低い声で言う。

 

「……で、これはどういうこと?」

「……これ、とは?」

「どういうこと?」

 

(怖っ……)

 

聖夜は試しにとぼけてみたが、茜にはまるで通じない。彼女は同じような笑みを顔に貼り付けたままだ。

 

やっべー、と聖夜は内心で焦る。こうなってしまった以上、茜はそう簡単には機嫌を直してくれない。

 

(心配だからこそ、ってことは分かってるんだけどな……毎度のことながら恐ろしい)

 

なんともまあ、過保護な友人が多いことだ。聖夜とて、知り合ってからそんなに経っていない異性と、いくらなんでも思い切った行動などしない。……部屋に入るのはどうなのだ、と言われれば、確かにこれも大胆な行動ではあるのだが。

 

(とりあえず、この状況をどうするかだな……)

 

言い訳は通用するはずが無い。また、セレナや時雨に助けを求めるのも、状況を悪化させるだけである。

 

では、真実を述べたらどうか。

 

(……まず間違い無く、変な勘繰りされて終わりだな)

 

何せ、セレナが一緒に特訓する、ということにだってあれだけ警戒心を見せていたのだ。険悪、というほどでは無いだろうが、この二人の仲はそれほど良くないのだろう。よって大惨事間違い無しである。

 

ならば、聖夜がとれる行動はかなり限られてくる。

 

(しっかし……これだと、茜の性格につけ込むような形になっちゃうんだよな。良心が痛む……)

 

とはいえ、だ。そもそも聖夜は何もやましいことなどしていないのだから、こんな風にする必要は無いのである。これもまた茜の性格のせいではあるのだ。

 

しばしの葛藤の末、聖夜は自身が纏う雰囲気を変えた。先程の焦りはどこへやら、冷たい雰囲気に変わる。

 

茜もその変化に気付いたらしい。訝しげな視線を彼に向ける。

 

「……ねえ、黙ってないで答えてよ。どういうことなの?」

 

「……別に、茜には関係無いだろ?」

 

「えっ……?」

 

突き放すような聖夜の口調に、今度は茜が戸惑いの表情を見せた。これには傍の時雨とセレナも少し驚いた様子だ。

 

だが、それも仕方が無い。聖夜自身、普段はこんな態度など取らないのだ。余程の事が無ければ。

 

そして今回は、その『余程の事』に入るというだけである。聖夜がそう判断するほど、茜はこういうことに関しては敏感なのだ。

 

「俺が誰と遊びに行こうと自由じゃないか。……俺のことが全く信用出来ない、ってことなら仕方無いけど」

 

「べ、別にそんな風に思ったりなんて……」

 

彼女がそんなことを思っていないということは聖夜だって百も承知だ。

 

茜は嫉妬しやすい。そして、聖夜のことを家族同然とまで思っている。……その結果として、彼女は聖夜が誰かに取られてしまうことを恐れている。それがこういう状況を生むことに繋がるわけだ。

 

(……ごめんな、茜)

 

ともあれ、聖夜の良心は痛みっぱなしである。早く茜が折れてくれなければ大変だ。なにせ、聖夜の演技はそう長く続けられなさそうなのだから。

 

それをなんとか隠しながら、聖夜は渾身の演技を続ける。こういう時に見られる彼の凄いところは、限界を迎えるまではそのポーカーフェイスが崩れないことだ。良心の呵責などという――今回のような――ファクターが無ければ、聖夜の演技力は恐るべきものとなる。

 

……もっとも、彼は情に流されやすいので、その演技力が完全に発揮されることはあまり多くないのだが。

 

 

何はともあれ、ある意味では聖夜に依存している茜にとって、聖夜の突き放す態度はこたえたようだ。

 

「ご、ごめんなさい……迷惑だった、よね」

 

しかし、茜の落ち込みようは聖夜の想定外だった。思わず素に戻りそうになったが、そこは強く意識して抑える。

 

「迷惑っつーか……まあ、プライベートなことはあまり詮索しないで欲しいって感じだな」

 

しかし、口調が若干柔らかくなるのは避けられなかった。聖夜も身内には結構甘いのである。

 

それを悟られないよう、彼はわざと溜め息を吐いた。

 

「……ま、この話は終わりにするか。掘り下げても良いこと無いし」

「……あなたの為にも、ね」

 

時雨のツッコミが小声で入ったが、聖夜は気にしないことにした。下手に反応すれば、それこそ良いことが無い。

 

……というより。

 

「そういや、何で二人はここに? お前らがセレナを訪ねるってのはちょっと考えられないんだけど……」

 

聖夜が今更のように言うと、茜より先に時雨が答えた。

 

「私は生徒会の副会長として、少し聖夜と話し合いたいことを思い出して……聖夜と仲良くしてる人が居るなら、その人にも聞いてもらいたかった話なんだけど」

 

彼女は一旦言葉を切り、付け加えた。

 

「……まあ、それが『雷華の魔女』だっていうのは色々と複雑なんだけどね、私的には」

「……余計なことは付け加えなくても良いわ」

 

それにセレナが素っ気無く反応する。だが、そこに険悪な雰囲気は無い。

 

(あ、この二人は仲が悪いってわけじゃないのか)

 

友人というわけでは無いようだが、別段仲が悪そうにも見えない。聖夜が思い違いをしていただけのようだ。

 

時雨が続ける。

 

「それでこの部屋に向かっていたら、途中で『麗水の狩人』と鉢合わせたのよ。……で、行く場所が同じだったから、ここまで一緒に来たってわけ」

「なるほど……その話し合いたいことってのは後にして、茜の方はどうしてここに?」

 

聖夜が茜の方に向き直り、一転明るい口調で問いかけた。さっきのは気にしなくて良い、という思いを込めて。

 

それが伝わったのか、茜もいつもの口調で(まだ若干引きずってはいたが)答える。

 

「部屋でゆっくりしてたら、『影刻の魔女』の驚きの叫び声みたいなのが聞こえて……でもその音量が不自然に小さかったから、怪しいなって思って気配を探ってみたの」

「いや、ちょっと待て。あれが聞こえたのか?」

 

少し驚いたらしい聖夜が遮った。時雨もまた、同じように驚いている。

 

だが、茜はあっけらかんと、

 

「そりゃ聞こえるよ。私だって、これでも『冒頭の十二人』なんだから」

 

当たり前のように言ってのける茜だが、実際には彼女がハンターだからであろう。聖夜の振動系魔法は完璧に近く時雨の声を相殺していたのだから、あれは当事者以外に聞き取れるものでは無かったはずなのだ。事実、同じく『冒頭の十二人』の一人である時雨は「ありえない」と首を振っていた。

 

だが、茜の実力をよく知っている聖夜にとっては、一概に不可能とは言い切れないのであり。

 

「……まあ、そういうことにしておくか。それじゃ、続きをどうぞ」

 

とりあえず続きを促すのだった。

 

「えっと、それで私は気配を探ったんだけど……そうしたら、外に聖夜らしき気配がしてね? 慌てて窓から覗こうとしたら、今度はその気配がこの女子寮に入ったみたいだったから……」

 

この時点でセレナと時雨はおろか、聖夜すらも軽く驚いている。流石はハンター、そして聖夜と長く過ごしてきた者と言うべきか。……後者が要因ならば、時雨にも案外出来てしまいそうではあるが。

 

「それで、今度はどの部屋なのかを探って……この部屋だった、って分かった時はもうびっくりしちゃって」

「そりゃまあ、確かにな……」

 

彼自身、セレナに誘われた時には酷く驚いたのだ。セレナの性格を知っていれば尚の事、驚くに違いない。

 

「私はこんな感じなんだけど……」

 

ともかく、彼女達の話は一旦終わった。……であれば、次に聞かれるのは当然、有耶無耶になっていた聖夜達のことであり。

 

「……で、聖夜こそ何故ここに? さっきは上手くはぐらかされちゃったけど」

 

時雨が二人に……というより、聖夜に向けて問う。ただ、その言葉に棘はあまり無く、あくまで冷静だ。これが茜であれば、もう少し面倒なことになっていたかな……と聖夜は若干安堵した。

 

とはいえ、馬鹿正直に答えることは出来ない。あのやり取りを話すのは、何より互いに恥ずかしいのである。

 

「……まあ、色々とな。俺がもう少しセレナと話していたかっただけだ」

「ふーん……」

 

嘘では無い。しかしまた真実でも無い。それは時雨にも分かっているようで、彼女は聖夜に訝しげな視線を向けていたが。

 

「……ま、いいや。それより聖夜、あなた何気に恥ずかしいこと言ったわよね」

「……今気付いた」

 

セレナが赤面している。かくいう聖夜も少し焦った表情だった。自分の発言が、解釈のしようによっては意味合いが変わることに気付いたのである。

 

「……えっと、そんで、時雨が話し合いたいことって何なんだ?」

 

聖夜のそれは露骨な話の逸らし方ではあったが、時雨はそれを察して、そして乗った。

 

「ほら、聖夜も序列入りしたじゃない? だから、そろそろ二つ名が要るんじゃないかなって」

「二つ名っつーと……時雨の『影刻の魔女(シャドウプリンセス)』とかのことか?」

「そうそう」

 

ふむ、と聖夜は思案。序列入りした生徒、もしくは将来有望な生徒には二つ名が付けられる、というのはアスタリスクの常識だ。この場に居る女子三人にもそれぞれ二つ名が付けられている。

 

「……あれ? でもそれって、ネットとかで勝手に広まったりするやつじゃないのか?」

「……まあ、そういうのもあるけどね」

 

時雨が空間ウインドウを開きながら言った。

 

「でも、別に本人や関係者が付けても良いのよ。幸い私は副会長だから、その二つ名を広めることも楽だし」

「なるほど……」

 

実力を認められるということなのだから、二つ名を付けられるのは悪くない。しかし、やはり不本意なものは付けられたくないものであり。

 

「そうだな……確かに、友人に考えてもらうっていうのは良いな。嫌なら嫌とも言いやすい」

「そういうこと。……この場に居る四人なら問題無いでしょ?」

「ああ、何の問題も無いな。寧ろ適任だ」

 

二人の会話を聞いていた茜とセレナもやる気を見せる。それを見た時雨は一つ頷くと、微笑みを浮かべて言った。

 

「……それじゃあ、始めましょうか」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「そういや、何かルールっつーか……暗黙の了解、的なのはあるのか?」

 

開口一番、聖夜がそう問うた。時雨は少し考えて、

 

「そうね……まあ、『魔術師(ダンテ)』や『魔女(ストレガ)』には、その名の通り魔術師や魔女という言葉が入ることが多いわ。あとは、『騎士』なんかの西洋の言葉はガラードワースの生徒に多く使われるかな」

「ふむ、了解」

 

聞いた感じ、そこまで意識することは無さそうだ。そして聖夜以外はそれを知っている様子。

 

「しっかし、どう決めようか……やり方が分からないんだけど」

 

聖夜が零す。すると、時雨が自分の空間ウインドウを聖夜の目の前に移動させて言った。

 

「連想ゲーム。何でもいいから、思いついた語をどんどん表すの。そこから広げていけば良いのよ」

「連想ゲーム、か……作詞する時みたいな感じかな」

 

どうやら、聖夜なりに掴むものがあったらしい。彼も空間ウインドウを開き、そこに文字を打ち込み始める。

 

「そうすると、俺を連想させるような言葉は……」

 

……が、しかし、その手はすぐに止まった。

 

「……なあ、これって自分で決めるものじゃ無いだろ」

「あ、やっと気付いた」

 

聖夜が見れば、時雨が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。セレナ達もまた、やれやれと首を降っている。

 

「そっちの二人まで……気付いてたなら言ってくれよー」

「いや、だって……ねえ?」

 

茜が苦笑しながら言う。その言わんとすることを察し、聖夜は溜め息を一つ吐いた。

 

「全く……からかわれたわけだな。まあいいけどさ」

 

仕切り直しである。

 

「まあ、これは私達三人で考えるわ。聖夜にはその審判をしてもらいたいんだけど」

「はいよ。変なのが付けられないことを祈っとくわ」

 

時雨が頷いた。

 

 

「それじゃ、何か候補はある?」

 

まず初めに、茜が控えめに手を上げる。

 

「私は、『龍』とかをイメージできるものを入れた方が良いと思う」

 

そして、ちらっと聖夜を見た。彼は微笑みながら頷き返す。

 

「『龍』か……確かに、そうかもな」

 

茜ならではの観点だ。聖夜は他のハンターと比べて古龍との戦闘経験が多く、聖夜本人としてもしっくりくるものだ。

 

すると、時雨も口を開いた。

 

「それなら、『月』って言葉も良いと思うわ。それか『夜』とか」

 

これにもまた、聖夜は同意を示した。『月』などの言葉には縁があるというのは、彼自身もついこの前考えたことだ。……とはいえ、決して良い縁ばかりではないが。

 

そんなマイナスの考えを払拭するかのように聖夜は軽く頭を振ると、考え込んでいるセレナに声をかけた。

 

「……セレナは何か思い付いたか?」

「えっ? あ、えーと……」

 

しかし、まだアイデアが纏まりきっていなかったセレナは、彼の問いかけに曖昧な返事を返すことになってしまった。何か言わなくては、と慌てた頭で判断した結果。

 

「『幻想』っていうのはどうかな……」

 

彼女は一番初めに思い付いたその言葉を呟いた。何故『幻想』なのかといえば、彼女はこの前の夜の出来事を思い出したからだ。聖夜が醸し出していた、あの幻想的な雰囲気を。

 

だが、それを聞いた三人は、揃ってぽかんとしていた。特に、聖夜にはそれが顕著だ。

 

その反応に、セレナは気まずそうに顔を背けた。

 

「……ごめん、忘れて」

「えっ? ああいや、そういう意味での反応じゃなくてだな」

 

セレナが勘違いしていることに気付き、聖夜がすぐに取り繕った。

 

「俺はただびっくりしたんだよ。まさか、セレナからそのアイデアが出るとは思わなかったもんで」

「その、って……何か心当たりでもあるの?」

 

鋭いな、と聖夜は感心しながら。

 

「それなりに、な。……まあでも、それを導き出した過程は全く違うと思うけど」

 

彼の言葉に、セレナもそうだろうなと思う。彼にどういう心当たりがあるのかは分からないが、少なくともセレナが思ったようなことでは無いだろう。

 

と、聖夜が腕を組みながら考える動作をした。

 

「一巡したけど……今のところ、どれも魅力的だな」

「ありがと。……それで、聖夜自身が欲しいのは?」

 

嬉しそうな顔をしながら時雨が問い返した。すると、聖夜は苦笑しながら、

 

「いやー……何も無い、ってわけじゃないんだけど」

「だけど?」

「……『魔術師(ダンテ)』に対抗して、『魔導師(マギカ)』とか。そんな魔法を連想させる言葉も良いよな」

 

空中に指で文字を書きながら、彼は言った。時雨も納得顔で、

 

「『魔法』……確かに、イメージにぴったりね」

 

セレナも頷く。だが、茜は首を傾げた。

 

「『魔法』……?」

 

ああ、と聖夜が補足するように口を開いた。

 

「『幻想の魔核(ファントム=レイ)』のおかげで『魔術師(ダンテ)』のような力が使えるようになったからな。それのイメージなんだ」

「あっ、こないだの特訓のやつ? あの、氷とか炎とか……」

「そういうこと。魔法っぽいかな、って思ってさ」

 

すると、彼はおもむろに『幻想の魔核』を起動させた。

 

「……ま、本物の魔法も使えるんだけど」

 

彼は自分の右手を、目の前に置いてあるカップに向けて突き出す。するとその下に魔法陣が現れ、カップが浮かび上がった。

 

茜が驚いて叫ぶ。

 

「何これ、物体操作!?」

「似たようなものだな。まあでも、俺が使う『魔法』はそこまで便利なものじゃなくて……」

 

呟きながら彼が右手をスライドさせていくと、カップもそれに沿って空中を移動し始めた。そしてそのまま、彼はカップをシンクの上まで移動させる。

 

底面すれすれにまでカップを降ろしてから、彼は魔法を解除した。カタン、という微かな音と共にカップが着地する。

 

「……こんな感じの移動にすら、四工程の魔法を必要とするんだけどな。セレナ、ごちそうさまでした」

「えっと、どういたしまして。それで、四工程って……?」

 

今度はセレナが反応した。

 

「セレナは『魔女』だからなんとなく分かるんじゃないかな……つまり、今やったような物体移動は、そういう能力者ならほとんど意識しなくても出来る事だ。少なくとも、その過程を意識したりはしないだろう」

「ええ、そうね」

 

茜も頷く。聖夜は続けて、

 

「けど、俺が『幻想の魔核』によって使える魔法は、そんな片手間に出来るようなものじゃない。例えば、今のような物体移動なら、四つの魔法が必要になる。初めに『上昇』、続いて『加速』、『減速』、そして『停止』の魔法」

 

言い切ると、彼は浅く溜め息を吐いた。

 

「……簡単に見える物体の移動すら、四つの過程(プロセス)が必要になり、結果大して効率は良くない。これが、能力者でない俺が使える『魔法』だ」

 

やれやれとでも言いたげな表情で、彼は自分の右手を見る。

 

「『幻想の魔核』によって、俺は『魔術師』のような力が使える……けど、その過程が多いから、能力の発動速度は本物の『魔術師』と比べて劣るんだよな。……でもまあ、そんなデメリットも含めて、俺は『魔法』をイメージ出来る言葉が欲しいんだけど」

 

彼は締め括った。わざわざ実演し、その不自由さをも説明してまで、自分がこの言葉を欲しがる理由を。

 

だが、そこにセレナが、聖夜の想定外だった質問を入れた。

 

「アンタの気持ちは分かったけど……一つ、聞かせて。今、アンタが言ってた四工程必要な『魔法』は、物体を移動させる時のものなのよね?」

「ああ、そうだけど……」

 

言っている意味がいまいち飲み込めず、聖夜は曖昧な返事をする。

 

「えっと……つまり、そのうちの一つか二つの工程を無くせれば、発動速度は上がるの?」

 

ここでようやく、彼は質問の意図を汲んだ。

 

「まあ、そうだな。でもそれじゃあ意味が無いんだ。さっきの例で言えば、『停止』の魔法を省くことは出来るけど、そうすればカップは割れてしまう」

「それは分かるわ。じゃなくて、私が言いたいのはね……」

 

セレナは一つの間を置き、考えを軽く纏めてから言った。

 

「……戦闘用に、例えば相手を吹き飛ばすとかであれば、一工程の魔法で足りるんでしょ?」

 

「……なるほど、それを聞きたかったのか」

 

聖夜が納得顔で呟く。彼は改めてセレナに向き直ると、

 

「その通りだよ。戦闘に使うのなら、単一工程の魔法でも事足りてしまうことが多いからな」

 

しかし、と彼は続けて、

 

「例えば人体のように、ある程度の質量体に干渉するとなると……俺の星辰力の量から、あまり多用は出来ない」

 

あっ、とセレナが気付いたように言った。

 

「結局のところ、そんなに自由には使えない……」

「ま、そういうことだ」

 

これで終わりだとでも言うように、聖夜は言葉を切る。今、彼は苦笑していた。

 

「とんでもない方向に話がずれたけど……とりあえずまあ、俺は『魔法』をイメージする語が欲しいってことだ。さて時雨、一旦纏めるか」

「無理矢理話題を切ったわね……」

 

時雨も苦笑。その理由は、聖夜にも分かる。

 

(ついつい話し過ぎたな……そこまで追求されなかったから良いものの、流石に『魔法』については話さないほうが良かった)

 

別に、セレナがこの話を広めるとは思っていない。ただ、異世界の技術を、その世界の人間が使えるようになったらどうなるのか。この世界の(ことわり)を、少しでも崩してしまうことにはならないか。それが聖夜の心配していることなのだ。

 

聖夜と時雨は良い。茜も問題無い。異世界人というそれそのものが、この世界の理に背いているのだから。それでもこの世界に居られるのだから、聖夜達がその理に縛られることは無いと思っていい。

 

しかし、この世界の人間であるセレナが、この世界にあるはずない技術を持ってしまったら。世界の理を無視するということには、想像以上に大きなリスクがあるのだ。

 

聖夜と時雨は、幻想郷で紫からそれを教わった。その世界に無い技術を使うことは、時に、その世界の理に染まった心身を深く傷付けることになる。境界を操ることのできる彼女の言葉は、強い実感を伴って彼らに伝わったのだ。

 

元より、過去に異世界へと迷い込んだ経験のある聖夜には、それが感覚的に分かっていた。別世界の技術は不用意に持ち込むべきでは無いと。

 

もちろん、この世界で聖夜達が別世界の技術を使えば、ここの科学者達がそれを解明しようとするだろう。だが、例えそれが出来たとしても、それらの技術をそっくりそのまま使うことは絶対に出来ない。あくまで()()の域に留まる。空想上のものであるはずの『現代魔法』を、聖夜が幻想郷の魔法を応用して再現したように。

 

しかし、それはあくまで『解明』――言い換えれば『解釈』という過程が入るからである。そしてそれらがされるのは、自分達の知識に無い要素を理解するためだ。そのためにこの世界の技術を使い、そして再現するのであれば、それは理に反さない。

 

つまり、この世界の人間が異世界人から直接それらのことを聞き(もしくは教わり)、使えるようになったとすれば……それは再現ではなく完全なものであり、それを使う者はこの世界の異端となってしまう。純粋なこの世界の人間がその時にどうなるのか、それが全く予想出来ないからこそ、迂闊に口を滑らせてはいけないのだ。

 

(……まあ、今のところはセーフかな。そもそも俺がちゃんと意識しとけば大丈夫なわけだし)

 

彼が思うように、聖夜達がしっかりと注意を払っておけば問題にはならない。

 

 

「……黙っちゃって、どうしたのアンタ?」

「ん? ああ、ちょっと考え事を」

 

セレナが訝しげに声を掛けたことにより、聖夜の思考は止められた。なんでもないと手を振り、彼は会話に戻った。

 

「それじゃ、決めていきたいんだけど……この四つを一つに纏めるの、結構キツくね?」

「ホントそれよ……下手したら二つか三つくらいになるかもね」

「それって良いのか?」

 

二つ名が複数あっても大丈夫なのか、と思い彼が聞くと、時雨はさも当たり前のように言う。

 

「別に大丈夫よ。呼ばれる側は大変でしょうけど」

「いやまあ、それは平気だけどさ。……ともかく、問題無いなら良いんだ」

 

少し驚いただけである。とはいえ考えてみれば、彼にも時雨にも、幻想郷では複数の異名があった。

 

「それじゃ、二つくらいにするか?」

「そうね……上手いこと纏められれば良いけど」

 

とはいえ、いざ決めるとなれば厄介極まりない。一つであればどれかを使わないという判断も出来るが、複数作れるならば出た案全てを使うことも可能であり、その分だけ組み合わせも増えるからだ。

 

 

……とはいえ、やはりこういうものは楽しいものなのである。

 

「……ま、とりあえずやってみますかね」

 

そう言った聖夜の口にも、残る女子三人の口元にも、同じような微笑が浮かんでいた。


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