学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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第十話〜襲撃者〜

ユリスとセレナの案内が終わったのは、もう日も落ちかけ、夕焼けに街が赤く染まり始める頃だった。

 

「今日のところはこれくらいかしら?」

「おう、サンキューな。にしても今日は結構歩いたなあ……」

「そうだね、あちこち歩き回ったから……」

「なんだ、疲れたのか?」

 

からかうように言うユリスに、勘弁してくれと聖夜は返した。その反応に彼女達は苦笑。

 

そして、四人は帰るために地下鉄の駅へと向かう。――しかし、その駅の方が何やら騒がしい。

 

「……諍いか?」

「みたいね。ホント、迷惑……」

 

彼らは騒動の人混みを掻き分け、前に立ってその中心を覗く。見物人すら距離を置いているその騒動の原因は、どうやらどこか二つのグループの言い争いだった。

 

よくよく見てみると、双剣の校章を両グループのメンバーが着けている。

 

「あれはレヴォルフ……だな」

「どうやら、そうみたいだね」

 

粗暴な連中だ、と聖夜は思う。レヴォルフの生徒は校則の関係で血の気が多く、またガラの悪い生徒が多いというのは噂に聞いていたが、よもやここまでとは。

 

「あっ、手が出た」

 

そんな一触即発の空気の中、片方のグループのリーダー格の男が相手のリーダー格の男を殴った。

 

そうなれば当然、あれよあれよと言う間に乱闘だ。聖夜達を囲むようにそこかしこに散らばった生徒達が、各々の武器を取り出して決闘を始める。

 

そう、()()()()()()()()()、である。ユリスが忌々しげに呟いた。

 

「……マズいな、はめられた」

「えっ?」

 

綾斗の疑問に、セレナが代わりに答える。

 

「レヴォルフの連中がターゲットを襲う時によく使う手段よ。ターゲットはあくまで巻き込まれた、という体を装うわけ」

「恐らく、こいつらは正規の決闘手続きをしているだろう。警備隊に問われても言い訳が効く」

「なるほど……って、うわっ」

「よっ、と……なるほど、こういうことか」

 

彼女達の説明を聞いていた聖夜と綾斗の背後から、剣形の煌式武装(ルークス)を持った男がそれぞれ一人ずつ走ってきた。彼らはそれを避けるものの、男達はそのまま乱闘に紛れ込んでしまう。

 

周りを見てみれば、全員がなんともおざなりな戦い方だ。それでいて、時折こちらの隙を伺うように鋭い視線を向けている。

 

ふと綾斗が気付くと、聖夜が隣で獰猛な笑みを浮かべていた。その手にはいつの間にか『幻想の魔核(ファントム=レイ)』のコアが握られている。

 

「――この状況なら正当防衛は成り立つよな?」

「もちろん。それに、どうせ三下ばかりよ」

「よーし……かかってこい」

 

どうやら、セレナもユリスもその気らしい。彼女達の心象を現すように電撃が迸り、炎が渦巻く。

 

すると、再び聖夜の背後から男が襲ってきた。しかし聖夜は避けようともせず、それどころか彼は『幻想の魔核』を起動して懐から1枚の札を取り出す。

 

男が顔色を変えたが、もう遅い。

 

「スペルカード発動――『クレセントフォルテ』!」

 

そう彼が唱えた瞬間、その足元に六芒星の魔法陣が現れ、三日月型の弾幕が聖夜の頭上から周囲に向けて放たれた。聖夜に襲いかかった男はその直撃を何発か受けて吹き飛び、聖夜達を囲んでいた男達の数人も流れ弾を受け、地面を転がる。

 

倒れ伏した男達を見渡し、聖夜は不敵に嗤った。

 

「あんまり舐めない方が良い。怪我だけじゃ済まないことになるぞ?」

 

レヴォルフの生徒達が驚愕の表情を浮かべる中、今度はセレナとユリスが武器を構えながら前に出た。

 

「さて、私達もやるか」

「……ミディアムレアくらいで勘弁してあげなよ?」

「私もちょっと派手にやらせてもらおうかしらね」

「それは良いけど……頼むから巻き込まないでくれよ」

 

男子二人の苦笑を合図に、彼らは迎撃に動いた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

ほどなくして騒動は終わった。

 

「まあ、こんなものかしら」

「あまり俺の見せ場無かったな。流石は『冒頭の十二人(ページ・ワン)』ってとこか」

 

周りには何人ものレヴォルフの学生が倒れている。そのほとんどが、ユリスとセレナによって黒焦げにされていた。

 

中には逃げ出そうとした生徒達もおり、「あれって星導館の『冒頭の十二人』じゃねえか!」とか「そんなの聞いてねえぞ!」と口々に叫んでいた。どうやら自分達のターゲットがどんな人物かもよく知らなかったらしい。

 

ちなみに、逃げ出そうとした生徒達は回りこんでいた聖夜によって無力化された。月影流の格闘術によって的確に急所を打たれ、全員が一撃でやられている。

 

「何言ってんのよ、まったく。分かってたけど、本当に大したものね」

「サンキュ。……で、なんで綾斗はユリスに怒られてんの?」

「戦い方がお気に召さなかったみたいよ」

 

聖夜達が綾斗の方へと目を向けると、彼はユリスに何やら苦言を呈されていた。綾斗が困ったような顔をしている。

 

「そうは言っても、今の俺にはあれくらいが限界なんだ」

「……どうやら私が買いかぶり過ぎていただけのようだな」

 

がっかりした顔をしてユリスが溜め息を吐く。それに対して、綾斗は苦笑を浮かべるしかない。

 

その様子を見て、聖夜も思わず苦笑。

 

「まあ確かに、綾斗は結構危なかったけどなー」

 

実際に聖夜も間近で見ていたから分かるのだが、綾斗の戦いぶりは、彼が纏う強者の雰囲気の割にあまり強く感じられなかった。相手の動きはよく見えていたようだったが、そこに身体の動きが追い付いていないように見えたのだ。もっとも、その傾向はこの前の適性検査の時にも見られていたが。

 

「……まあいい。とりあえず、こいつらから聞き出さねばならないことがある」

 

何はともあれと、気を取り直したユリスが倒れている生徒の一人に近付いた。片方のリーダー格だったモヒカンの男だ。彼女はその胸倉を掴み、持ち上げる。

 

「おい、いつまで寝たフリをしている。早く起きないと、そのチンケな髪を毛根から焼き尽くすぞ」

「ひいっ!?」

 

ユリスの脅しに、その男は情けない声を上げて目を開けた。よほど髪が大切らしかった。

 

セレナもその男に近付き、雷撃を迸らせて威嚇する。

 

「……正直に吐きなさい。アンタ達にこんな仕事をやらせたのはどんな奴?」

「く、黒ずくめで背の高い、大柄な男だった。だから顔も見れてねえ!」

「なら、声は?」

「声? い、いや、知らねえ」

「聞き覚えが無かったという事か?」

「違う、喋らなかったんだ! 指示は全部、金と一緒に渡された紙に書いてあって……」

 

はっきりと分かるほど慌てふためいている男の言葉に、聖夜の意識は一瞬でそちらに向いた。

 

(紙? ってことは……!)

 

恐らく犯人はどこかで結果を見届けるはず。そう咄嗟に考え付いた聖夜は目を閉じ、索敵を始めた。

 

(この前襲ってきた奴等と同類だと考えると、星辰力の探知や気配察知じゃ発見は期待できない……物として探した方が確実か)

 

敵を星辰力の塊や気配として探すのではなく、一つの物体として探す……しかし聖夜はハンターという職業上、気配を探る生物探知(ソナー)は得意だが物体探知(ダウジング)は苦手だ。

 

だが、今回の場合はある程度犯人の位置が絞り込める。隠れながらも聖夜達のことが見える場所、つまり一定範囲内の物陰や建物の屋上など、視界が通る場所と仮定すればそれほど多くはない。

 

加えて、聖夜には『幻想の魔核』がある。聖夜はそれを使って、魔法の中でも苦手分野筆頭である探知魔法をアシストし自身の知覚能力を一時的に増幅させ、そして怪しい場所を集中的に探し始めた。

 

そんな彼を差し置いて、ユリス達の詰問は続く。

 

「他に何が書いてあった?」

「これは前金で、残りは見届けてから払うと……」

「見届ける……」

 

(やっぱりな……っと、ここも違うか)

 

その言葉を聞いてユリス達は考え込み、聖夜は探知にさらに意識を費やす。

 

 

 

――果たして。

 

 

「あ、あいつだ! あいつが俺達に指示を出したんだ!」

 

(見つけた……!)

 

男が目を見開いて彼らの後ろの方を指差したのと同時に、聖夜も犯人を認識した。フードを被った大男……間違いない、この前と同じ奴だ。

 

しかし、向こうも気付かれたと悟ったのか、踵を返して路地へと引っ込んでしまった。

 

「待てっ!」

「待ちなさい!」

 

ユリスとセレナが血相を変えて犯人の方へと突撃する。だが、敵の全容も分からない中でのそれは悪手だ。

 

「二人共、深追いはまずい!」

 

綾斗が咄嗟に叫んだが、もう遅い。これこそが襲撃者達の待ち望んでいた隙だった。

 

二人が路地の入り口へと着いた瞬間、待ち伏せていた大男が斧型の煌式武装(ルークス)を手に二人へ襲いかかった。

 

「なにっ!?」

「くっ……っ!」

 

その不意打ちを彼女達は見事な反射神経で避けたが、そこへさらにもう一人、アサルトライフル型の煌式武装を持った男が襲いかかる。その男から放たれた光弾を、彼女達は地面を転がりながら必死に避けていた。

 

(二人目か……!)

 

綾斗と同じく彼女達の方へ駆けながら、聖夜は舌打ちをする。どうやら、襲撃者達は素晴らしく性格の悪い輩のようだ。

 

(なら、遠慮する必要は無いし……こいつのことがバレてもこの際しょうがない!)

 

友人に手を出す輩を見逃すほど聖夜は慈悲深くない。彼は腰のホルダーに手を伸ばし、その中にあった一つのコアを取り出した。

 

「――頼むぞ、千刃竜!」

 

聖夜はそう叫ぶと、手にしている純星煌式武装(オーガルクス)を起動。瞬く間に武器が形成され、次の瞬間には彼の手にも斧が握られていた。

 

『叛逆斧バラクレギオン』。彼が持つ純星煌式武装の一つであり、千刃竜素材のスラッシュアックスだ。荒々しいその外装には、鈍い金色に輝くコアが埋め込まれている。

 

先にいる綾斗が驚いたように、しかし走りながら問うた。

 

「聖夜、それは……!?」

「俺が持ってる純星煌式武装は一つじゃないってこと。それより早く行かないと……!」

 

彼女達の反射神経は驚異的だが、体制が整っていない状態では危険なのに変わりはない。

 

だが、彼らも油断していた。襲撃者は二人だけでは無かったのだ。少し離れた左右のビルの屋上に居たもう二人の黒ずくめに、綾斗と聖夜が同時に気付く。どちらもクロスボウを構え、その引き金に指を掛けていた。

 

(まだ居たのか……!)

 

綾斗は右の方を向いた――なら、聖夜は左だ。

 

しかし彼らが状況を完全に認識したときには、襲撃者達は既にクロスボウの矢を放っていた。

 

(秘伝、嵐の型)

 

明らかに避けられないタイミング。幸い聖夜は武器を展開していたため、一瞬足を止めて、それを素早く盾にして攻撃を防ぐ。

 

しかし、綾斗は武器を展開していない。彼は咄嗟に煌式武装のコアを盾代わりにした。

 

「ぐっ……」

 

だが、コアは直接の衝撃に弱い。矢を受けたコアの破片が飛び散り、綾斗の制服を少し引き裂いた。

 

「ふう……まあ、これくらいなら大丈夫かな」

 

しかし、綾斗自体に傷は無い。それを確認して、聖夜は腰を落とし斧を後ろに構えた。

 

この場は綾斗に任せておけば問題無いだろう。そう判断した彼が斧に星辰力を送り込んでいくと、斧が仄かに紅く輝き始めた。

 

その視線の先には、未だ防戦一方のユリス達。どうやら綾斗達が襲撃されたのを見て、意識がこちらに逸れてしまったようだ。どうにかして形勢逆転を図らなければならない。

 

「いくぜ、天彗龍……天の型!」

 

そう彼が呟いた刹那、爆発的な星辰力の勢いとともに、紅い光の尾を引いて聖夜の姿が掻き消える。

 

次の瞬間、彼はセレナに振り下ろされた斧を受け止めていた。それを鍔迫り合いをするまでもなく弾くと、今度はもう一人の男がばら撒いたアサルトライフルの弾を全て斬り捨てる。いつの間にか、彼の斧は剣の形に変わっていた。スラッシュアックスの機構の一つ、変形だ。

 

聖夜は彼女達を守るように割って入ると、パーカーの裾をはためかせ、その剣を正眼に構えた。

 

「――さて、どうする?」

 

そして、冷たく言い放つ。そんな彼の言外の圧力を感じ取ったのだろうか、襲撃者達はすぐさま奥へと消えていった。

 

 

 

それを追うことはせず、彼は彼女達の方へと振り向いた。

 

「怪我……は無いみたいだけど、大丈夫か?」

「……ええ。平気よ」

「私もだ。……借りが出来てしまったな、礼を言う」

「借りなんて気にしなさんな。俺がやりたいからやったんだ」

 

何事も無くて何よりだ、と聖夜は安堵の溜め息一つ。

 

(にしても、流石は『冒頭の十二人』だな。あの状況で一発の被弾も無しか)

 

もちろん聖夜も避けられるだろうが、それは弾幕ごっこというバックボーンがあるからだ。伊達に『冒頭の十二人』という立場にいるわけでは無いということなのだろう。

 

「……そういえば、綾斗の方は」

 

ふと気付き、聖夜は綾斗の所まで戻る。その後ろから彼女達も付いてきた。

 

「……綾斗、大丈夫か?」

「ああ。……あいつらはさっき逃げたよ」

「了解。……とりあえず、全員大きな怪我が無くて良かった」

 

そう言って彼が武器を戻そうとすると、セレナが待ったをかけた。

 

「ちょっと待ちなさい。……気になってたんだけど、それって純星煌式武装でしょ?」

「ああ、そうだけど……それがどうした?」

「それがどうした、じゃないでしょ」

 

一応聖夜はとぼけてみせるが、もちろん通用しない。困ったように綾斗達の方へ顔を背けるが、彼らも似たような表情をしていたので、彼は諦めた。

 

「……まあ言ってしまえば、俺が持ってる純星煌式武装は一つじゃないってこと。複数の武器の使い手なんだ、俺は」

 

他言無用で頼むよ、と聖夜が言うと、三人は驚きながらも了承した。

 

「でも、驚いたよ……まさか、複数の純星煌式武装が使える人がいるなんて」

「こいつらの一つ一つの能力はそこまで強大じゃないからな。そのぶん代償も軽いんだ」

「へえ、そういうものなのね……」

 

そもそも軽いとかいうこと以前に、聖夜は代償を感じたことが無い。元々認められているのか、それとも何か他に理由があるのか。

 

ちなみに、『幻想の魔核』の代償である『幻視・幻聴』はしっかりと受けている。とはいえ噂ほど酷いものでは無く、夢が少しはっきりとしたものになったり、頭の中のイメージが実際に見えたりする程度だ。特に害は無い。後者にいたっては、寧ろ戦闘の補助になっているくらいだ。

 

「……それよりも綾斗、その制服はどうするんだ?」

「えっ? ……あ、これか」

 

彼らが話しているのは、先の襲撃で所々破れた綾斗の制服のことだ。

 

「どうしようかな……新しいのを注文するにしても届くのに時間かかるし、その間このままっていうわけにも……」

「うーん……どうすりゃいいのかね」

 

聖夜も一緒に悩んでみるが、良い案は思い付かない。

 

「……まあ、自分でどうにかするよ」

「そうか。すまんな、力になれなくて」

「いや、考えてくれてありがとう。……えっと、俺らはそろそろ戻るけど」

「ああ。……先に戻ってくれて構わないぞ。俺はもう少しセレナと居たいからさ」

 

えっ、と驚いた顔でセレナが聖夜を見るが、綾斗達は特に怪しんだ様子もない。

 

「そっか。じゃあ俺達はこのへんで」

「ああ。二人共、今日はありがとな」

 

そうして仲良さげに帰っていく二人。その後ろ姿を微笑ましげに見送りながら、聖夜は呟いた。

 

「……あの様子じゃ、変に気を遣う必要も無かったかな」

 

聞いて、セレナも気付く。

 

「……アンタ、細かい所まで気が利くのね」

「そんなんじゃないよ。……知り合いの恋路は応援しようかな、ってね」

 

微笑ましげな表情から一転、悪戯っぽい笑み。随分と表情が豊かなんだな、とセレナもつい釣られた。

 

「……ふふっ。それ、ユリスの前では絶対に言わないでよ?」

「まさか。暑いのは平気でも熱いのは苦手だからな、俺」

 

軽口を叩き合いながら、セレナがふと言った。

 

「……それで、さっきのは気を利かせただけの冗談?」

「え、何がだ?」

「何が、じゃなくて! ……その、私と居たいって発言のこと」

 

思わず声を荒げてしまい、慌ててその声を小さくするセレナ。

 

そういえば、と聖夜は自身の発言を思い返す。

 

(そういえばそう言ったな……じゃなくて。何で俺は一国の王女を口説いてんだ)

 

思い返して、そして恥ずかしくなる。しかしまあ、言ってしまったことは取り消せないものであり。加えて言うのであれば、もう少しセレナと居たかったというのは事実であるので。

 

「……君に時間があるなら、俺はそうさせて頂きたいな」

 

ならば、自分の発言は潔く認めようではないか。そう開き直った聖夜の芝居がかった言葉に、セレナもくすくすと笑って答えた。

 

「ええ、良いわよ。どこに行くの?」

 

そう言って彼女が浮かべた年相応の可愛らしい微笑みに、聖夜は思わず息を呑んでしてしまう。だが気を取り直して答えた。多量の冗談を込めて。

 

「そうだな……どこか、二人きりで話せる所かな」

 

聖夜自身もしっかり自覚している格好付けた発言だったが、流石にこれは効いたらしい。彼女は恥ずかしげに目を逸らした。

 

しかしセレナとて、いつまでもやられっぱなしではいられない。彼女は負けず嫌いなのである。それに、少しずつではあるが耐性も付いてきているのだ。

 

だからといって、飛び出したこの発言には明らかに問題があったのだが。

 

「……そう。なら、私の部屋なんてどう?」

 

言って、即座にしまったと気付く。

 

(って、何言ってるの私!?)

 

女子寮に男子を入れてはならないとか、そういった規則以前に大きな問題がある。女性が男性を自分の部屋へ入れるという事は、それはつまり……。

 

聖夜も驚いて言う。

 

「いやいや、それは……」

 

いくら聖夜でも、美少女の部屋に二人きりはハードルが高過ぎる。何か間違いが起きないとも限らないのだ。

 

そしてそれはセレナも同じである。というより、彼女はほんの少しだけそんな想像をしてしまった。部屋に招いた後、ベッドで彼に押し倒され……。

 

(……そ、そんな事コイツがするわけないでしょ!? 何考えてるの私は!?)

 

セレナは慌てて頭を強く振る。それを見て、聖夜がびっくりして言った。

 

「……大丈夫か?」

「え、ええっ!」

 

とはいえ、頭を振ったくらいで思考を追い出すことが出来るはずもなく、彼女は思わず食い気味に答えてしまう。

 

「な、なら良いんだけど……」

 

まあ、先程の邪な考えは聖夜には全くバレていないようだ。一先ずセレナは溜め息を吐く。

 

(あーもう、なんであんなに焦らなきゃいけなかったのよ……って、どう考えても私が悪いんだけど)

 

からかい返すなどという慣れない事はしない方が良かった。そう思うセレナであった。

 

だが、聖夜に自分の部屋へ来てほしい、という気持ちは紛れも無い本音なのである。このチャンスを逃しては、もう二度と誘えないかもしれない。

 

 

しばし気まずい沈黙が流れるが、気を取り直して聖夜が言う。

 

「……そんで、どうする? 俺としては人に聞かれたく無い話なんかもしたいんだけど……」

「そうね……でも、人に聞かれる心配の無い場所っていったら、やっぱり私の部屋が良いんじゃないの?」

 

どうしても来てほしい……という気持ちが無いというわけでは無いが、それら色々な事情はさておいても、盗み聞きされない場所が他に思い付かなかったのだ。

 

聖夜も思案顔。

 

「うーん……確かにそういう点では安全だろうけど、でもなあ……」

 

しかし、それを簡単に飲むことは聖夜には出来ないのである。これがかなり親しい、それこそ時雨のような相手ならばまだ良いが、セレナとは知り合って間もない仲でしか無い。そんな女子の部屋へ躊躇なく入れるほど、聖夜の肝は据わっていない。

 

だがセレナも、持ち前の負けず嫌いが災いして、一度言ったことを取り消すことは嫌なのだ。こうなってしまった以上、多少強引にでも。

 

「……いつまで言ってんの。ほら、行くわよ」

「えっ、いやちょっと、まだ心の準備が……」

「覚悟決めなさい」

 

焦れったくなったセレナは、未だ呟いている聖夜の手を引いて自分の部屋へと帰るのだった。

 

 

この後、自分が恥ずかしさで悶えることになるとは知らないで。

 

 

 


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