学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】 作:観月(旧はくろ〜)
すっきりと晴れ渡った、ある日曜日。
「悪い、待ったか?」
「いいえ、私もついさっき来たところよ」
星導館学園の校門付近、そんなカップルめいた会話を交わしたのは聖夜とセレナだ。
「……って、なんか見慣れない感じね」
「髪色ちょっと変えたのと、あと制服じゃないからだろ。セレナだって、私服だとすごい雰囲気変わってるじゃん」
「……似合う?」
「この上なく」
セレナはシャツに薄いカーディガンを羽織り、下は明るめのジーパンという出で立ちだ。てっきりスカートなどを履いてくると思っていた聖夜は、ある意味で意表を突かれた。しかし似合っていることに変わりはない。
対して聖夜は髪を黒く染め、白いシャツに地味めのパーカーを羽織り、そして踝の出ているカーキのスボンという格好だ。普通であればあまり目立たないような服装だが、聖夜が着ると不思議と様になっている。
「さーて……じゃあエスコートさせて頂きますよ、お姫様」
「何言ってんの、今日は私が案内するのよ」
「おっと、そうだった」
「……分かってて言ったでしょ」
やれやれといった表情でセレナは聖夜を見やり、ふと聞いた。
「……そういえば、今日は武器を持ってきてるの?」
「ああ。無粋だとは思ったけど、身の安全の方が大事だからさ」
「気にしてないわよ、私だって持ってるし。……最近は何かと物騒だから、武器は手放さない方がいいわね」
「やっぱそうだよな」
と言いつつ、聖夜は懐に手を入れてそこにある物を確かめる。そこにはちゃんと、十数枚のスペルカードが入っていた。
ちなみに、聖夜が持ってきている純星煌式武装は『
しかし、この何となくの判断が後に役立つこととなる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここはショッピングモールよ。大体の物が揃うから、必要ならここに来ると良いわ」
「ふむ、かなりデカイな」
「そうね。多分、この商業エリアで一番大きいんじゃないかしら」
彼らは今、商業エリアと呼ばれる場所に居た。
アスタリスクの市街地は、主に外縁居住区と中央区に分けられる。外縁居住区にはモノレールの環状線が通り、居住エリアや六学園と繋がっている。
それに対して中央区では、移動は基本的に地下鉄が中心だ。学生達が起こす決闘が交通網に影響しないようにするためである。
今彼らが居る商業エリアは中央区に位置する場所だ。様々な企業が出店している、まさになんでもござれなエリアである。
「何か買っていく?」
「そうだな、いくつか揃えたいものはあるけど……荷物増えるからなあ」
「なら、後で届けてもらうようにすれば良いんじゃない?」
「ほう、そんな事も出来るのか……じゃあ少し回っても良いか?」
「ええ。私も少し回りたいし」
……はて、これは案内ではなかったか。これではまるで、普通のデートではないか。というツッコミは野暮なので、あえて置いておこう。と、聖夜は心の中で思った。
「何を見たいんだ?」
「洋服をちょっと……あと、雑貨も少し」
「雑貨に洋服か……俺も見ていくかな」
相部屋なので派手な事は出来ないが、彼も少しインテリアを揃えたい。洋服も、彼は割とお洒落が好きな方なので興味がある。
「じゃあ、お昼までちょっと時間を潰しましょうか」
「おう……って、なんか趣旨変わってるような気がするけど」
「何か文句でも?」
「……なんでもないよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
有名な服屋に着いた聖夜達は、二人連れ立って服を見始める。どちらも相応の知識があるらしく、その様子は楽しそうでいて割と真剣だ。
「セレナはスカートとか履かないのか?」
「そうね……履かないってわけじゃないけど、やっぱり今日みたいな服の方が楽だし」
「ふーん……まあそれはそれで大人っぽい感じだし、俺は好みだけどな」
「……ありがと」
ここで会話は一時中断。異性との交流の経験が乏しいセレナには、今のような何気ない一言にも弱いらしい。
そんな様子を見て、聖夜は悪戯っぽい微笑。
「おっ、照れてる照れてる」
「うるさいわよ。……これ、アンタに似合うんじゃない?」
「ジャケットか……結構薄手だな、これ」
「それならこの時期なら着れるでしょ?」
「確かに。……でもまあ、来シーズンまで我慢しようかな。今シーズンはもうあまり着れないし」
「まあ、そうね。……じゃあ夏物を探す?」
聖夜に差し出した服を丁寧にたたみ、セレナは違うものを探し始める。それを見て、ふと聖夜は疑問に思った。
「……なんか、張り切ってる?」
「っ!? そ、そんなわけないでしょ! 大体、何に張り切る必要があるの!?」
「いや、そんな必死にならんでも……」
はっと気付いてセレナは咳払い。完全に自爆であった。
「えっと、そろそろ移動するか?」
「……そうね。他も見に行きましょうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「次に案内するところは……」
「ちょっと待った、そろそろ昼飯にしないか? 腹減っちゃってさ」
「そ、そうね。ごめんなさい、気付かなくて」
「いやいや、気にすんなよ。……さて、どこにする?」
そうね……とセレナは思案。
「……ここらへんを見て回りながら決めましょ」
「了解。じゃ、いこうか」
そう言って歩き始める二人。
……それはそうとこの二人、やはり注目を集めている。星導館学園の序列六位が、しかも男連れで居るのだから、それも当然ではあるが。
「……変装してきて正解だったかな」
「ちょっと迂闊だったわね……私ももう少し変装しとけば良かったわ」
「ゴシップ記事の良い的だからな……まあ、俺の正体がバレてないだけでも違うだろ」
スキャンダル記事になるにしても、連れの正体が割れているか否かではかなり違う。聖夜の経験談だ。
「……んで、どこ行くかは決めた?」
「んー……あ、ここにするわ。良い?」
「へえ、ファストフードか。意外だけど、俺は構わないよ」
セレナが指差したのは有名なハンバーガー店だった。お嬢様でもこういう所なんだなと意外に思いながらも、聖夜に異存はない。連れ立って店へ入る。
すると、聖夜の目に留まった二人組が居た。
「……って、あれ綾斗達じゃん」
「えっ? ……あら、本当ね」
彼らも聖夜達と同じく、今日出掛けていたらしい。二人共、結構楽しげだ。
「ま、邪魔しないでおこうか」
「……そうね。それじゃ、私達も並びましょうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
綾斗達から少し離れた二人席に聖夜達は陣取った。
「ほい、お先にどうぞ」
「ありがとう。……じゃあ、いただきます」
「いただきます」
まずはハンバーガーを一口。聖夜にとっては慣れた味である。外の世界もここも、こういうものはほとんど変わらないらしい。
「はむっ……やっぱり美味しいわね」
「意外だよ、お姫様でもこういうものを食べるんだな」
ふと聖夜が思っていた事を言うと、セレナは別段気にすることもなく。
「私だって学生だから。それに、この国でトップクラスの金持ちである月影家の人間に言われたくは無いわね」
「……知ってたのか?」
「当たり前でしょ。私としては、何故アンタがこの都市に居るのかが全く理解出来ないわ」
月影家は日本の最上流階級、それも外の世界と同じらしい。「知ってたのか?」なんて冷静に返した聖夜だが、実際にはその事実を今初めて知ったのだ。
とはいえ、上手く返答しなくてはなるまい。
「まあ、こっちにも色々な。孤独の身だし、こういう所の方が過ごしやすいのもある」
「……なるほどね」
「察してくれたようで何より」
はぐらかした感はあるが、様々なしがらみがあるのもまた事実だ。上流階級というものは基本的に面倒なのである。しかしそれはセレナも同じであり、だからこそ彼女は言わんとすることを察したのだろう。
「……そうだ。セレナ、一応言っておきたい事があるんだけど」
「ん、何かしら?」
唐突に話題を変えた聖夜に、セレナも乗っかった。お互いに沈黙を嫌ったのである。
「少し声を潜めるけど……」
そう言って彼が話し始めたのは、ここ最近の襲撃事件に関する憶測だった。しかし、憶測にしては妙に説得力があり、セレナは無意識のうちに彼の話に引き込まれていった。
言ってしまえば、聖夜には犯人の目星が付いていた。まず狙われているのは主にユリスで、セレナは恐らくその次だということ。そして、気配の無かったレスターやランディに似た襲撃犯……しかし、これだけで聖夜が犯人を絞り込んだということに彼女は驚く。
「……凄い推理力ね。私とユリスも何となく考えてたけど……でも、その根拠は?」
「始めから話すと……」
と聖夜が小声で話し出した瞬間、突如として怒鳴り声が店に響いた。二人が同時に振り向いた先は綾斗達の席だ。
「あれはレスター達ね……」
「白昼堂々喧嘩売ってんのか……まあユリスが何かしら言ったのもあると思うけど」
苦笑しながらそう言いつつも、彼は右手を前に差し出すようにしてレスターへと構えた。セレナが見れば、そこに星辰力が収束している。
「……アンタ、何するつもり?」
「いや、魔法式を組んだだけだ。万が一に備えてな」
「魔法式……って、何?」
「あとで説明するよ」
言いながらも、彼は目を離さない。注意深く騒ぎの中心を見つめている。
すると、レスターがテーブルを叩き割った。ユリスの言い放った一言が、どうやらレスターの怒りを呼んだらしい。
「あいつ……」
「あら、こりゃそろそろ手が出そうだな。こっちも一応準備出来てるけど」
その向こうでは、今度は綾斗とレスターが言い合っている。店内が静かになっているので、その内容が聖夜達にも聞こえてきた。今、綾斗はレスターに胸倉を掴まれている状態だ。
「おっと、あいにくだけど俺も決闘する気はないよ」
「……なんだと?」
「受ける理由がないからね」
綾斗がさらりとそう言ってのけ、聖夜は少なからず感心した。この状況で恐るべき冷静さである。
しかし、レスターにとっては我慢ならないことだということに違いない。顔を怒りに染め、綾斗を突き飛ばそうとした。
――まさにその瞬間。
「はっ!」
「っ!?」
突然聖夜が立ち上がると、その右手首を通るように六芒星の魔法陣が現れる。すると、綾斗を掴んでいたレスターの手が、何かに弾かれるようにして離れた。何が起きたか周囲の人々は理解出来ておらず、レスターもまた驚愕の声をあげた。
「誰だ……!」
「……騒がしいな、全く」
「なっ、お前は……」
周りを見渡すレスターの目に、悠然と歩いてくる聖夜が映った。そんな聖夜の立ち振る舞いは優雅かつ凛々しく、周りの注目を一瞬にして集めていた。
「……何をしやがった」
「なに、振動系魔法の要領で、アンタの右手に円形の衝撃波を当てたんだ。即興だったけど……『
「魔法……? 何言ってやがる」
しかし聖夜はそれには答えず、レスターの間合いギリギリで立ち止まる。
ちなみに今のは、聖夜があるラノベで読んだ魔法の理論の応用だ。ラノベというものは基本的にフィクション(のはず)だが、幻想郷で学んだ魔法を応用してみたところその再現に成功したのである。
戦闘で使うのには、補助するマジックアイテムがないと発動速度が遅すぎて使えないが、魔法式を展開する時間さえあれば自身のサイオン……ではなく霊力や星辰力を消費していつでも発動できる。
レスターが聖夜を強く睨みつけながら言う。
「……まあいい。なら、てめえから叩き潰してやるよ。転入早々序列入りしたらしいが、その程度で調子に乗るなよ」
「ああそうそう、俺も決闘を受けるつもりはさらさら無いから」
レスターの発言を無視しつつ、聖夜が涼しい顔でそう言った。しかしその言葉とは裏腹に、彼は次の魔法式を構築し始めている。
冷ややかな声で彼は続けた。
「そもそもこんなとこで喧嘩吹っかけてちゃ、最近話題の襲撃犯の同類と見られてもおかしくないんだよなー。……って、同じ事を綾斗にも言われたんだろうけど」
そしてこの一言。レスターの怒りはさらに増したが、それをランディ達が必死に止める。流石にマズいと分かっているのだろう。
「お、落ち着いて! レスターの強さはみんな分かってるから! いつだって正々堂々相手を叩き潰してきたんだから、こんな奴の言うことなんて真に受けることないって!」
「そ、そうですよ! 決闘や会話の隙を伺うなんて卑怯なマネ、レスターさんがするはずありませんし!」
(……ふむ。『決闘や会話の隙を伺う』、ね)
聖夜は心の中で呟く。
二人の説得によって、なんとかレスターの怒りは抑えられたらしい。しばらく綾斗と聖夜を睨み続けていたが、やがて踵を返して帰っていった。
「ふう……ありがとう、聖夜」
「はいよ。まあ、俺が手を出さなくても大丈夫だっただろうけどな」
すると、ユリスとセレナが二人の傍に歩み寄った。ユリスが小声で言う。
「……なるほど。お前らも中々に食えない奴らだ」
「何のことかな?」
「いやはや、本当に何のことだろうな」
「全く……」
冗談だよ、と聖夜は笑った。
「まあこれで、俺の憶測はほぼ証明されたかな。綾斗もそうだろ?」
「……そうだね。さっきのあれで俺も分かった」
どうやら彼らの考えは同じらしい。……と、ここで周りの注目を集めていることに気付く。
「ちょっと派手にやり過ぎたな……外に出ようか」
この聖夜の言葉に三人は頷き、外に出ようとする。が、何故か聖夜は外では無く、店内のATMへと向かった。
「聖夜、どうしたんだい?」
「まあ、ちょっとな」
曖昧に答えつつ、聖夜はカードを使って金を引き出した。その額、100万。周囲がざわめく。
その札束を無造作に掴むと、彼はそれをカウンターに載せて言った。
「騒ぎを起こしてしまってすみません。これ、テーブルの修理費用と迷惑料です」
周りはおろか店員ですら唖然としている中、今度こそ聖夜は店を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
店を出て早々、セレナが呆れたように言った。
「アンタ、何考えてるの?」
「あー、やっぱりあれじゃ少なかったか?」
まさかの返しをしてきた聖夜に対し、三人は驚愕の目を向ける。
「……聖夜、あれで少なかったと思ってるのかい?」
「いやだって、結構派手にやったし……」
「逆よ、逆。なんであんなに払ったのって聞きたいの」
ああ、と聖夜は納得したように頷いて言った。
「いやー、お詫びっていったら普通あんなもんだろ?」
「それは聖夜の感覚がおかしいだけだと思うよ……」
綾斗の言う通りだとでも言いたげに頷く女子二人。それを受けて、聖夜は気まずそうに頬を掻いた。
「あー……まあ、次からは気を付ける。それより、次の案内はどこなんだ?」
「話を逸らすのが下手ね……えっと次は」
そうしてセレナが話した場所を聞いて、ユリスが少し驚いたように言った。
「奇遇だな、私もそこを案内する予定だったのだ」
「あら、そうだったの。……じゃあこのまま一緒に行動する?」
セレナとユリスは、それぞれ聖夜と綾斗の方をチラッと見る。
「俺は構わないよ」
「同じく。元より、こっちが案内してもらう側なんだし」
そして、朗らかに答える二人。その笑みに彼女達はそれぞれ見惚れてしまう。
それに気付き、ユリスは慌てて首を振った。
「どうかしたの?」
「い、いや。なんでもない。それより早く行こうではないか」
「まあ、そうだな。時間もあまり無いし」