俺は今、部室の前にいる。
というのもまた平塚先生に呼び出されたからだ。一度は断ったが、「依頼人の話だけでも聞いてやってくれないか」とのことだったので「まぁ、それだけなら…」と承諾してしまった。そして今、俺は猛烈に後悔している。
「それでさー、優美子が…」
「あらそうなの…」
入りにくい、非常に入りにくい。「どうせ30分で終わるだろ」と軽く見ていた俺を思いっきり殴り飛ばしたい…!戸塚に「30分ほど遅れる」という旨のメールを送り一呼吸。腹をくくれ比企谷八幡!
「うっす」
「……」
返事なしかよ。由比ヶ浜に関してはアホみたいに口をポカンと開け、雪ノ下は俺を見るなり目を細め睨んできた。やめてくださいそんなに見ないでください、穴が開いちゃうだろ。俺は二人の視線から逃げるべく、近くにあった椅子を引き寄せ深めに座りいつもの文庫本を取り出した。
「随分久しぶりじゃない」
「…そうだな」
「もう来ないと思ってたわ」
「ちょっとゆきのん…」
「俺もそのつもりだった」
「ならどうして…!」
ノックなしに開かれる扉、我らが顧問平塚先生の登場だ。ナイスタイミング。後ろに付いてきている女子生徒が今回の依頼者か。
「あ、いろはちゃん!」
「結衣先輩どうもです」
由比ヶ浜の知り合いか。となるとサッカー部とかそこらへんの関係か…?
その後の話によると、どうもこの一色いろはとかいう生徒はクラスの女子達からあまり良く思われていないらしく勝手に生徒会長へ立候補させられてしまったらしい。今回の依頼はその一色が生徒会長にならなくて済むようにしたいとのことだった。
「なんだ、それなら簡単な方法が一つあるぞ」
「え?何ですか先輩!」
「応援演説で盛大にやらかす。そうすれば信任投票で不信任になり生徒会長になる必要もなくなる。悪意の矛先はお前へと向かわない。ハッピーエンドだ」
実際これぐらいしかないだろう。どうも立候補しているのは今の所一色だけらしいし、そんな面倒な役割進んで受ける奴がどこにいる。
「待ちなさい…その応援演説をするのは誰になるの…」
「まぁ、俺しかいないだろうな」
「ふざけないで!」
目を見開き俺を思い切り睨みつけてくる彼女を、俺は冷え切った気持ちで、腐った目で見つめ返した。
「あなたの一声で、みんなが動くとでも思ってるの…?そんなのただの思い上がりよ…それにそんなことをしたら…また…」
そこから俯いてしまって何を言っているか、どんな表情をしているのか俺には分からなかった。
「私が立候補します」
「は?」
「そうすれば一色さんは生徒会長にならなくて済む、私なら生徒会の仕事をこなす自身だってあります」
おいおい待て待て、雪ノ下が立候補するだと?なんでそんな話になったんだ。あまりに飛躍しすぎだろ。
「ゆきのん!ゆきのんが生徒会長になったら奉仕部はどうなるの?無くなっちゃうよ!」
「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。なんとか両立してみせるから。それに…」
「ううん、奉仕部は無くなっちゃう」
由比ヶ浜の言葉には、何故か説得力があった。雪ノ下は基本なんでもできるが不器用な人間だ。一つのことに集中すると周りが見えなくなる、例え自分の体調であっても。そのことが文化祭で証明されてしまったのだから。由比ヶ浜は奉仕部が無くなると思ったのだろう。
「私も立候補する!私なら、ほらあまり期待されないと思うし!きっとうまく両立出来るよ!」
「由比ヶ浜さん…」
「だから、ゆきのんには負けない。奉仕部を無くさせなんかしない」
「…そう。なら今回は全員別行動ね」
雪ノ下は席を立ち、荷物をまとめ始める。バッグを肩にかけて扉を開ける寸前、彼女は俺らに対して背を向け口を開いた。
「比企谷君…貴方の好きにはさせないから」
その後、一色と平塚先生にまた後日連絡するとだけ伝え急いで戸塚の元へと向かった。今日は戸塚とデート…いや、ラケットと靴を見る日なのだ。集合場所である、駅の時計モニュメントには総武高の奇跡こと戸塚と…材木座?
「おい材木座、なぜお前がここにいる」
「それは貴様らが二人で買い物をすると聞いたからだ!!!」
ビシィ!と音が聞こえてきそうなほどきれいに右の人差し指を俺に向けてきた。頭にきたのでその指を捻りあげることにした。
「痛い痛い痛い!!!それにズルイではないか!!なぜ我を置いていく!!!」
「お前テニス部じゃねぇだろ」
むむ?とずれた眼鏡を指で直し、ワザとらしい声をあげ材木座は続けた。
「八幡、お主テニス部に入ったのか?奉仕部はどうしたのだ?」
「あぁまぁ少し…な」
なんて説明すれば良いのだろう。嘘告白をして気まずくなった?やり方を真っ向から否定された?
「まぁまぁその話はこれぐらいにして中に入ろうよ」
「おぉ、そうしようではないか!では行こうぞ!八幡よ!」
俺は一体、どうして奉仕部から逃げたのだろう。
「テニスラケットって、沢山あるんだな…」
ここは千葉県内でも有数のテニスショップらしく、壁一面にテニスラケットが掛かっていた。ヨネックスやプリンスと聞いたことのあるメーカーから…ヘッド?あとあれはなんて読むの??バボラ?とかテニス特有…なんだろうか、まぁとにかく沢山だ沢山。
「一体何を基準に選べばいいんだ?」
「うーん、僕もあんまり分かってないんだよねぇ…」
あははじゃねえよ、頭掻きながら苦笑いするな可愛いすぎて理性保てなくなるるだろ。
「八幡は初めてだし、気に入ったので良いんじゃないかな」
「えっ、そんな適当で良いのか」
「まぁ、最初の一本だしね」
そう言われると八幡困っちゃうなぁ…。折角ならかっこいいやつが良いよな。おっ、なんかカッコよさげのがあそこにあるぞ。よしあの青と黒のやつならどうだ!
「三万…だと…⁉︎」
「え?あぁ…バボラね…」
え、なにその反応。怖いんですけど何かダメだった⁉︎教えて戸塚えもん!!
「ちょっと他に比べても高いよね、でもそのラケット使いやすいって有名だし買って損はないと思うよ!」
そうなのか。うーん、たしかに高い。しかしピンとくるものなんて見回しても他に無いからなぁ…。昔からボッチだった俺は貯金はそれなり貯まっていた。なのでこのラケットとシューズぐらいなら買えるのだが、それでも大きな買い物ということに違いはない。
「それを使ってテニスしてる八幡、きっとかっこいいね!」
「これ下さい」
やっぱこれだわ!!!金なんて関係ねえ、ピンときたやつが一番!!!だよな戸塚!!!!!!!
「ガットの張りはいかがいたしますか?」
「えっと…戸塚、どうすれはいいんだ?」
「55でいいんじゃないかな」
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
一方その頃材木座は「我もテニス、始めようかなぁ」と呟いていたらしい。
ガット張りについて
張りが緩いと切れにくくボールがよく飛ぶそうです。回転がかかりやすいとも言われていますが実際のところは微妙みたいです。
逆に張りが強いと飛ばなくなるので力のある人にはオススメです。