ムッツリーニたちのペアを失格にできた僕たちだったけど、あの二人によってお化け屋敷の仕掛けを大半見破られてしまった。そのせいで僕たちの予想よりも遥かに早く第二チェックポイントへの到達者が現れた。二年生も三年生も、次々とチェックポイントに到達して、それをメルさんが撃退する。今の戦況はそんな様子だった。第一チェックポイントまでの戦いとは対照的で、明らかにこちらが不利と言ってもいい状態だ。
でも僕はその戦況に一つの違和感を覚えていた。
「あれ? 二年生と三年生が見ている映像ってそれぞれ別物だよね。何で三年生たちがここまで仕掛けを見破ってるの?」
そう。三年生たちはまるでムッツリーニたちの映像を見ていたかのように、先々の仕掛けを把握していた。でなければここまで三年生が易々とチェックポイントに到達できる筈がないのだ。そんな意図せず沸き上がった僕の疑問に口を開いたのは春咲さんだった。
「……彼ら、映像を共有していますね」
「映像を共有?」
僕は春咲さんの言葉を聞き、首を傾ける。
「はい。恐らく何らかの方法で二年生は三年生の映像を、三年生は二年生の映像をお互いに拝見できるようにしているみたいです」
なるほど。それで三年生もここまで来ることができたのか。向こうも僕たちに勝つ為、色々と考えているみたいだ。僕がそんな春咲さんの言葉に納得していると高峯くんが愉快そうに口角を上げ、モニターに鋭い視線を向けた。
「ククッ、いがみ合ってた筈の奴等が仲良しこよし手を組むとはな。どうやらお相手さんは何が何でも俺たちに勝ちたいらしいぜ」
確かに。あれだけ嫌い合っていた二年生と三年生が協力し合うなど、あまり考えられなかった事態だ。恐らくだけど、こうでもしないと僕たちには勝てないと頭の隅で察したのかもしれない。でなければこうもあっさりと協力体制を組むことはできなかった筈だ。現に今の所、僕たちが有利にある状況だ。二年生と三年生は三分の二程の戦力を失っているのに対して僕たちはまだ第一チェックポイントしか通過させていない。今は少し押され気味だが、全体を通してみると、まだまだ僕たちが優勢だ。
あと僕の予想ではあるけど、高峯くんはそんな風に必至に抗ってくる敵チームを敗北させた時のことを考えて愉快そうに笑っているのだと思う。
「おい、ワーメルト。もうすぐ二年のB、Cクラス代表ペアがチェックポイントに到達する。準備はできてんだろうな?」
『愚問です。誰にものを言っているのですか?』
通信機からメルさんの済ました返事が返される。
えっと、二年生のB、Cクラス代表となると……根本くんと小山さんか。まだメルさんの残り点数が半分を切っていないところを考えると、恐らくこちらの勝利は揺るがないと思う。でもよく小山さんが根本くんとペアを組むことを了承したなとそんな疑問が沸き上がってしまう。多分だけど、単純に点数の高い人とペアになりたかっただけだと思うんだけど……その真意は謎だ。
僕がその謎を紐解こうと頭を捻っている時だった。
『ようこそ、お越しくださいました。私、Rクラスの一員、ワーメルト・フルーテルと申します』
メルさんの自己紹介がスピーカーから聞こえてきた。それに反応する形で僕はモニターに目を向けた。するとそこにはメルさんと対峙する形で部屋に並んで立つ、根本くんと小山さんがいた。どうやら対戦相手がチェックポイントにたどり着いたみたいだ。
『……羊の仮面。貴方、そんな名前だったのね』
『はい、ご紹介が遅れ申し訳ありませんでした』
どうやら小山さんはメルさんの名前を知らなかったようだ。確かにRクラスは人数誤認をさせる為や、情報を黙秘させる為に仮面を付けて試召戦争に参加することがほとんどだ。戦闘になった時も仮面の動物が名前の代わりに記述される為、小山さんのようにRクラス生徒の名前を把握していない人は少なからずいるはずだ。まあ、僕は全校生徒に名前も顔も割れているようだけど。
『ふん、お前の名前など今さらどうでもいいことだ。俺たちはとっとと先へ進みたい。そして今度こそお前たちRクラスに敗北と言う文字を刻ませてやる』
根本くんも何やらやる気を出している。多分だけどRクラスに一度でも土を着けられるかもしれないと言う理由と、小山さんの前だからと言う二つの理由があるからだと思われる。
『これは失礼いたしました。では早速始めさせていただきます』
メルさんが戦闘体制を取り、それに習って根本くんと小山さんが同じように姿勢を低くする。
『『『
Bクラス 根本恭二 256点
&
Cクラス 小山友香 198点
VS
Rクラス ひつじ 28点
『随分と点数が減ってるわね』
『ここにご到着なされた皆様がとても勇敢な方々でしたので』
『よくもまあそんな口がたたけるな。その口を今すぐにでも閉ざさせてやる』
そんなやり取りが画面越しに交わされるが、メルさんの点数がこれだけ削られているのは仕方がないことだ。正直に言ってしまえば、Rクラスの中でメルさんは召喚獣の扱いが一番下手だ。それはそうだろう。僕の場合は労働を春咲さんは研究を召喚獣で行ってきたが、メルさんは違う。この間まで試験召喚獣システムとは無縁の生活を送っていて、更には本業がメイドなのだ。普通に考えればそれは当たり前のことだ。まあ、初めから異様な操作能力を発揮した高峯くんと言う例外はいるけど。
でも、勘違いして欲しくないのはその話がRクラスの中だけでの話だと言うこと。それが学園全体となると──
『ッ! 早い!』
根本くんと小山さんの召喚獣がメルさんの召喚獣に怒濤の攻撃を仕掛けるが、それは呆気なくメルさんにかわされてしまう。
『流石、クラス代表と言ったところですね。しかし甘いです』
次の瞬間、クラス代表二人の召喚獣はメルさんの攻撃によって点数を減らされていく。小山さんと根本くんの攻撃はメルさんの召喚獣を避けるように空を切り、逆にメルさんの攻撃は小山さんたちの召喚獣に面白い程当たっていく。
『何故だ!』
根本くんが悔しそうにそう叫び、小山さんがそれに同意するよう下唇を軽く噛む。
しかしそれでも状況は変わらない。メルさんの召喚獣に大きな損害を与えられることなく、二人の点数は少しずつではあるが、確実に減っていく。
そして呆気なくポリゴン体と化して空気中に消えてなくなってしまった。
これでメルさんの勝ちが確定した訳だけど……。
「小山さんと根本くんがペアだったのは少しびっくりしたな」
少し前に見かけたRクラス前での騒動を思い出すと、あの二人がペア組むなんて発想は生まれない。何がどうなってああなったのか不思議なところだ。しかし僕のそんな疑問にあっさりと答えを提示してきたのは春咲さんだった。
「簡単なことです。今、BクラスとCクラスが同盟関係にあるからです」
「えっ!?そうなの?」
それは知らなかった。
「どうしてもRクラスに一泡ふかせたい小山さん。そして彼女に好意を抱いている根本くん。そんな思惑を持つ二人に対して私たちが発表した複数クラスでRクラスに挑戦できる権利が舞い込んでくればそうなるのは不思議ではありせん」
春咲さんに言われて気がついた。そういえばこの前の試召戦争ラッシュでCクラスとBクラスが一緒に戦いを申し込んで来ていたことに。つまり小山さんはBクラスとの関係を密接にするために、根本くんは小山さんへの好意を得るためにお互いペアを組んだと言う訳だろう。
なぜだろうか? こうして考えてみると少し根本くんが可哀想な気がしてきた。
悪女に利用されている男と言う構図が自然と浮かび上がってくる。
「まあ、僕からは何もできないんだけどね」
そんな呟きと共に、僕は地面に膝をつく根本くんを画面越しに見やった。その姿を見て不憫だとは思うが、僕たちは学年の──いや、学校の頂点に立つクラスなのだ。勝ちを譲るわけにはいかない。
──あわよくば、根本くんにはまた小山さんと付き合って貰いたい。
僕はそんな、ある意味で根本くんに対して無責任な言葉を頭に思い浮かべた。
根本くんたちとメルさんの勝負が終わって十分程後、僕と高峯くんは口を半開きにしながらお化け屋敷内を映すモニターを見ていた。それは端から見たらさぞかし奇妙な光景に映っただろう。僕はともかく、あの頭脳明晰な高峯くんがこんなまぬけとも言える表情を見せることは滅多にない。と言うかクラスメイトの僕ですら見たことはなかった。
それ程までに異常な現象を引き起こしているのは僕たちが目にしているモニターにあることは誰にでも分かるだろう。
何故ならば──
『ケキャキャキャキャキャ!』
ミュータントとも、
「…………あの、高峯くん。いつの間にあんなギミック導入したの? 試運転で僕たちが入った時、あんな仕掛けは無かったと思うんだけど」
しばらく思考を放棄していた僕だったが、考えられる一番高い可能性を僕は口にした。いや、可能性的にこれしかあり得ないとしか……。
にしても流石は高峯くん。こんなにもおぞましい怪物のモデルを一晩で作ってしまうとは。
僕は身勝手な推測をそのように納得していたが、それは──
「…………奇遇だな吉井。俺も見た覚えはないし、更に言えば作った覚えもない」
高峯くんの一言で全て破綻した。
ふむ。と言うことはつまり……。
「…………あれ? これ本物? 本物が出ちゃった?」
自然と頬がひきつっているのを自覚する。確かに恐怖を詰め込んだおもちゃ箱のようなお化け屋敷ではあるが、まさか本物が現れるとは思わなかっ──
『オネエサマ。イマ、ミハルガムカエニイキマス』
「いや、これもしかすると清水さんじゃない!?」
声が歪んでいて聞き取りずらかったが、確かに今、“ミハル”と聞こえた気がする。それに“オネエサマ”とも。このキーワードから察するに、恐らくこのモニターに映っている化け物は『二年Dクラスの清水美春さん』だと思われる。
「おいおい吉井、冗談はよしやがれ。これが生きてる人間とでも言う気か? 流石にそれは──「オネエサマァァァ」……何でもねぇ」
どうやら高峯くんも納得してくれたみたいだ。
「あの、これどうなるの? このままいくとメルさんの所にたどり着きそうなんだけど」
と言うのもこの怪物──もとい清水さんは何故かペアがいない。作戦として一人なのか、それともパートナーに何かしらあったのか。ともかくとして清水さんは一人だった。
「ルール上は問題ねぇが、二人でないとチェックポイントは通過できない。逆に言えば、通過さえしなければ失格にはならないってことだ。つまり……」
「つ、つまり?」
「このまま行けば、この化け物とワーメルトのタイマンってことだ」
「……………………」
「……………………」
「いや、よく分からないけどそれは不味いんじゃない!?」
まず出てきた感想がこれだった。今の清水さんは何やら普通とは違う謎のパワーを感じる。悪魔にも邪神にも似た今の彼女にはどんなものですら通用しないように思えた。それは例え、メルさんであっても例外ではない。
僕がそんなことを考えている時だった。メルさんと連絡をする為の通信機から何やらボヤッとした機械音が鳴った。これはメルさんから僕たちに通信を繋いだ合図だ。案の定、すぐにメルさんの声が通信機から聞こえ始める。
『もしもし、こちらワーメルトです。高峯聖、何やら通路の奥から呪怨のような声が聞こえ──』
そこで通信は切れた。いや、正確にはこちらから切ったと言うべきだ。高峯くんの手によって。
「……………………」
「……………………」
僕と高峯くんの間で奇妙な間が形成される。それは僕が今までに経験したどんな空白の時間とも異なる間だった。そんな空白を打ち破ったのは高峯くんが拳で机を叩く音だった。
「クソッ! もう俺たちじゃどうすることもできねぇ。ここはアイツの犠牲を糧にするしか……ない」
取り繕ったとしか言えない唐突な台詞。それはあまりにも不自然だった。
「いや! 流石の僕でもそんなのじゃ騙されないから! 明らかに高峯くんが通信を切ったよね!」
「それは幻覚だ吉井。謎の力によって何故か通信が切れた」
「駄目だこの人!」
このままではメルさんが危ない! 主に高峯くんのせいで!
「仕方ない、こうなったら僕が!」
メルさんに危険を知らせようとしたところでそれは聞こえてきた。
「キャーーーーーー!」
…………どうやら既に手遅れだったらしい。
メルさんの悲鳴は珍しいので、それを聞けたのは少し得した気分だが、それ以上に何か大きなものを失った気がした。
僕が自分の無力感にうちひしがれていると、唐突に僕の制服の袖が引っ張られる。その方向へと視線を向けるとそこには怯えた表情で僕を見つめる春咲さんがいた。
「…………吉井くん。少しだけでいいので近くにいてもいいですか?」
どうやら春咲さんは清水さんの姿に怯えてしまったらしい。どうりでずっと無言だったわけだ。
──これは後で荒れるなぁ。
僕は近い将来起こるであろう
何故、清水さんがこうなったのかは次話で。