バカとテストと最強の引きこもり   作:Gasshow

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ま、まずは謝罪をいたします。ずっと放置して申し訳ありませんでした!
理由は普通にモチベーションが上がらず筆が動かなかったことにあります。他の話を書いていて、そちらが楽しくて放置した感じになってしまいました。そしてふと気がついたらこれだけの期間が空いてしまったと言う次第です。
言い訳はここまでにいたしまして、お待たせした分を取り戻す為、これからしばらくはこの『バカとテストと最強の引きこもり』だけに尽力を注ぎたいと思います。更新速度は最悪でも1ヶ月に1話ペースになる予定です。


第一チェックポイント『麻名明葉』

肝試し大会が始まった。まず先行の三年生が教室に入り、後行の二年生がその次に入る。こうして交互に進んで、チェックポイントで僕たちRクラスの誰かが召喚獣を呼び出して対決するはずなのだが──

 

「……また全滅だね」

 

Rクラスの拠点でモニター越しに会場の内部を見ているのだが、ものの見事に全員が大声を上げて失格になっていた。三年生も二年生も一番奥まで行った人でさえ大体半分程しか進んでいない。

第一チェックポイントまでに設置されているカメラは全部で十個。その全てのモニターからありとあらゆる恐怖が伝わってくる。

 

「視角、嗅覚、触覚と言った様々な心理的要素を誘発する仕組みでオブジェクトが設置されていますから。普通の人ならこうなるのは当然です」

 

お化け屋敷の試運転の記憶が甦ったのか、春咲さんは僅かに肩を震わせながらそう言う。それには僕も素直に同意せざる負えない。ホラーに自信のあった僕でさえ、あのお化け屋敷は“怖い”と感じさせられてしまったのだ。とっさに悲鳴を上げる人があれだけいても何ら不思議ではなかった。

 

「しかしこのままあいつらがやられっぱなしな訳がねぇ。何かしらアクションを起こして来るのは確実だ」

 

パイプ椅子に座りながらモニターを見ていた高峯くんが唐突に口を開く。

 

「何かって?」

 

「さあな? だが恐らく始めのチェックポイントまでは大きな動きは見せないはずだ。切り札をそう易々と切る程あいつらも馬鹿じゃないはず。失格者がこれだけ出ているのがその結果だ」

 

言っていることにピンと来ない顔を僕がしていたからか、呆れ顔を浮かべながらも高峯くんは続きを話し始める。

 

「このお化け屋敷を攻略するのに必要なのは仕掛けの配置を把握することだ。どんな仕掛けを設置しようとも、どこに何があるのか分かってしまえば恐怖は薄くなる。だから普通は犠牲となる人物を先に行かせて、仕掛けを把握。それからその仕掛けを次の挑戦者に伝えてまた行かせる。そうすれば少しずつだが前に進めるわけだ」

 

「な、何か残酷だね」

 

戦争で兵士を使い捨てにしている様を連想してしまった。

 

「何言ってやがる。それ以外に方法がねぇんだから当然だろ」

 

確かにその通りなので何も言い返せない。でもこのペースだと最後のチェックポイントどころか、三番目のチェックポイントにすら到達できないと思う。雄二たちが何も仕掛けてこないなんてのはあり得ないが、それでもこのままでは二年生も三年生も敗北は必須だ。

僕がそんな呑気なことを考えていると、それを邪魔立てするように高峯くんがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらに目を向けて来た。

 

「ほら、そろそろ出番じゃねえのか? アキちゃん」

 

「……高峯くんもそれ言うの?」

 

先程アキちゃんになった結果、かなり面倒なことになってしまったので僕は思わず疲弊した表現を浮かべる。するとそれを見ていたメルさんがどこからか取り出したチャッカマンの着火レバーを押す。カチリと乾いた音が響き、長細いパイプ状の部分から鮮やかな炎が顔を出す。

 

「明久様。私がこのゴミを燃やしてきましようか?」

 

メルさんの鋭い睨みが高峯くんに突き刺さる。それを押し返すように高峯くんが睨み返す。

 

「……いや、そこまでしなくていいよ」

 

このままではもう何回目か分からない二人の戦争が始まりそうだったので僕はそう言うしかなかった。

高峯君が言った通り、第一チェックポイントの担当である麻名明葉はそろそろ配置場所に向かわなくてはならない。流石に高峯くんとメルさんの喧嘩現場に春咲さんだけを置いて行くのは忍びない。あわよくばこのまま平和な空間が続くことを内心で祈りながら、僕は自分の向かうべき場所へ歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場所は開けた場所だった。ずっと続いていた狭い通路は何だったのかと思う程に、今まで進んでいた道とは違うお化け屋敷の中でも特徴的な場所だった。周囲には空間を特徴着けるものなど何一つなく。黒いカーテン幕に仕切られた壁がバランスよく立てられているだけの部屋だった。

そんな部屋の中央には女性が一人立っており、とある一枚の扉に目を向けていた。その女性はブラウンの長い髪を下ろし、目は優しさの中に鋭さを浮き出ている毅然としたもの。顔立ちは繊細で、非常に整っており、道行く人誰もが目を留めようとする魅力で溢れ出ている。

ふと、そんな女性の前に二つの人影が現れる。いや、本来二つなければいけないその影がピタリとくっ付いているせいで、一つになっていた。

 

「あら、以外ね。まさか貴方たちが初めの到達者なんて」

 

部屋にいた女性──麻名明葉はその影に向かってそう言う。彼女の目線の先には体を震わせながらお互いに密無着し、恐怖を少しでも和らげようとしている島田美波と姫路瑞希がいた。明葉もこのお化け屋敷の外観を見ただけで怖がっていたこの二人がここまで到達できたことに驚いているのか、少し感心したように二人を眺めていた。

 

「こ、怖かったですけど坂本君がアドバイスをくれたので」

 

その返答に高々、アドバイス一つだけで突破できるようなお化け屋敷でないはずだと明葉は首を傾げる。

 

「アドバイス? どんなアドバイスかしら」

 

「え、えっと……」

 

姫路は少し頬を赤らめさせ、口元を濁す。何故、坂本からもらったアドバイス一つを尋ねただけでこんな反応を見せるのか? 違和感を覚えた明葉は再び姫路に追及しようとしたが、それを阻害するように、姫路の隣にいた島田が一歩前へと出た。

 

「内緒よ」

 

彼女はそうキッパリとそれだけ告げて閉口した。言われてみればわざわざ敵に勝つための策をこちら側に教えてくれるはずもないかと納得し、明葉は引き下がった。

 

「吉井が見てるから、なんてアドバイス言えるわけないじゃない」

 

何やら島田がボソボソと話しているが、まあ一々突っ込んでいられないかと明葉は目の前のFクラス二人に対して身構える。

 

「まあいいでしょう。それより準備万端大丈夫かしら?」

 

島田と姫路はお互いに顔を見合わせ、そして頷く。

 

「ええ、いつでもいけるわ」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 

「では始めましょうか」

 

明葉の声により、表情を引き締め口元をきゅっと結ぶ二人。ここがお化け屋敷だとは信じることのできない程、緊迫した空気がこの空間に敷き詰められる。

今か今かと待ち望んだ引き金が引かれたのは、文月学園なら誰もが知るあの言葉からだった。

 

「「「『試獣召喚(サモン)!』」」」

 

三匹の召喚獣が彼女たちの前に現れる。

 

 

 

 

 

保険体育

 

 

 

 

 

Fクラス

 

島田美波 92点

&

姫路瑞希 379点

 

 

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

 

Rクラス ねこ 50点

 

 

 

「行くわ」

 

召喚獣が現れるや否や戦闘は始まった。明葉の召喚獣に突っ込んで行く二体の召喚獣。明葉はそれを見て余裕を持った表情で構える。島田の召喚獣が振るうレイピアを刀剣で受け止め、姫路の召喚獣によるランスの突きを体を僅かに反ることで避ける。しかし彼女たちはそれを読んでいたのか、島田と姫路の召喚獣が体を僅かに半回転させて明葉の召喚獣に攻撃を加えた。しかしそれも明葉は焦ることなく後ろへ飛んでそれらを避けた。

 

「随分と召喚獣の扱いが上手くなったわね」

 

明葉は先程の戦闘によるやり取りを見て、島田たちへと賛辞の言葉を述べた。島田はそれを聞いて、誇るように僅かに胸を張った。

 

「私たちだって試験召喚戦争を積み重ねてきたのよ! これくらい当然だわ」

 

「なるほど。それは素晴らしいことです。ですが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その程度でRクラスの一角を落とせるなどと思わないことね」

 

今度は明葉の召喚獣が島田たちの召喚獣へ向かっていく。点数が低いせいか、そこまでのスピードは出ていないが、その程度で油断する島田たちではない。Rクラスの召喚獣操作能力は他のクラスとは比較にならない程に凄まじい。それこそ相手によっては十倍を越える点数をひっくり返してしまう程だ。

だから油断も満身もしない。自分たちが勝てるとたかをくくるなんてもってのほかだ。しかしそれだけの心の準備を呆気なく無駄にするかのように、島田たちの迎撃を掻い潜って明葉の刀剣が二体の召喚獣の体を捉えた。

 

「くっ!」

 

「いうっ!」

 

島田と姫路が苦悶の声を漏らす。それからも島田たちは明葉の召喚獣に何とか対象しようと召喚獣を操作するが彼女たちの攻撃はことごとくかわされ、一方的に攻撃を受け始める。

 

「そんな……召喚獣の扱いも慣れてきて、点数の差も清涼祭の時より断然私たちが有利になってるのはずなのにどうして!?」

 

「一発、一発しっかり当てればそれで勝ちなのに……」

 

全ての攻撃が風が流れるように避けられ、当たったとしてもかする程度。それに対して明葉の攻撃はまるで吸い込まれるように島田たち二人の召喚獣の中心へと捉えられる。

 

「簡単なことよ。全ては経験値の差。召喚獣を使った操縦と戦闘のね」

 

段々とゆっくりと、しかし確実に島田と姫路の召喚獣を構成する点数が減っていく。そしてその時が来た。

 

「終わりです」

 

 

 

保険体育

 

 

 

 

 

Fクラス

 

島田美波 0点

&

姫路瑞希 0点

 

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

 

Rクラス ねこ 16点

 

 

 

明葉がその言葉を発すると同時に島田と姫路の召喚獣がポリゴン体となりその姿を消失させた。あまりにもあっさりと、呆気なく、戦闘は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島田さんと姫路さんが悔しそうな表情を浮かべて部屋を退出してからしばらく。それからもここに到達した二年生、三年生のペアと数回戦った。お化け屋敷のギミック配置が判明した今、もう悲鳴による失格者はそこまで多くないようで、戦ってはまたすぐに次の戦いの準備をする。そんなサイクルが出来上がりつつあった。

 

「おい、吉井。あとどれくらいいける?」

 

ふと先程戦った三年生のペアに勝利すると、唐突にトランシーバーを通して高峯くんが話しかけてきた。

 

「残り二年生用の召喚獣が十一点。三年生用が十五点。どっちにしてもそろそろ厳しいかな。相手によるけど、あと一回か二回来れたら突破されると思う」

 

「召喚獣に慣れている三年どもの方が点数を削れてないとはな。島田、姫路ペアが原因か」

 

「うん。何だかんだ二年生の中で一番戦い慣れてるのはFクラスだと思うよ。姫路さんは点数も高いし、正直勝てたのはラッキーな部分もあったかな。これがお化け屋敷の中でなくて、普通の試召戦争なら負けてたかも」

 

今までの戦いで一番手強かったのが彼女たちだった。姫路さんの高得点による召喚獣のスペックと、島田さんの運動神経が反映された召喚獣の操作能力。更に他の二年生よりも試召戦争の回数が多いせいか、戦い慣れもしていて、何発か危ない攻撃をもらってしまった。持ち点が五十点では姫路さんの攻撃をまともに食らえば一発で負けていた為に戦っている途中は冷や汗が止まらなかった。

そんな感じで僕が将来、Rクラスの脅威になるであろう二人との戦いを振り返っていると……。

 

「おい、そろそろ次のお客様がおでましだ」

 

高峯くんからそんな通信が入って来た。

 

「誰?」

 

「二年の土屋康太と工藤愛子だ。そろそろ決めに来たらしい。第一チェックポイントの教科は保健体育。点数だけで言えば今までの奴らより一回りも二回りも上だがお前なら……いや、はっきり言って無理だな」

 

いや! そこは嘘でも「いける」って言おうよ!そんな早々から諦めないでよ!

いや、でも高峯くんの言っていることは正しい。確かにチェックポイント一での科目が保険体育である以上、ムッツリーニたちは最強の刺客だ。もう点数が十五点しかない僕に勝てる未来はない。

僕はここまでかと諦めたように体の力を抜いた時──

 

「大丈夫です吉井くん」

 

「はい、彩葉様のおっしゃる通りです」

 

春咲さんとメルさんからそんな応援の言葉が僕の耳に届けられた。なんと、彼女たちは僕を励ましてくれ──

 

「スケベ度なら吉井くんも負けてませんから!」

 

「明久様は土屋様にも、工藤様にも遅れを取らない程の嫌らしさを持っていると思います。自信をお持ち下さい」

 

「ちょっと!? 何その応援! 全然頑張れないんだけど!? むしろ負けたくなる勢いなんだけど!」

 

──てるのかどうか怪しいぞ! 聞いて負けたくなる応援なんて初めて貰ったんだけど!

そのようにクラスメイト二人による思いもしない言葉に僕が衝撃を受けていると、ここ一時間程で聞き慣れた音が聞こえてきた。それは足音だった。暗闇の中を這うように進む足音。それはつまりここに誰かが近づいていると言うこと。そこで僕は思い出した。少し前に聞いた高峯くんの言葉を。

 

「い、いらっしゃい。土屋くん。工藤さん」

 

吉井明久から麻名明葉への切り替わりがスムーズに行うことができず、少しキョドってしまったが、この暗闇のおかげで目の前に現れた二人、ムッツリーニと工藤さんには気づかれなかったようだ。

僕は違和感を悟られないよう、苦し紛れにウィンクをふたりに飛ばした。それによりムッツリーニがブッと鼻血を噴出させた。

 

…………正直、何か複雑だ。

 

「むっ、だからそう言うのはボクのポジションだって言ったのに」

 

僕とムッツリーニのやり取りを見て、工藤さんはお株を奪われたと頬をぷっくらと膨らませる。

 

「ごめんなさい。つい……ね」

 

工藤さんはどうも麻名明葉(ぼく)がムッツリーニに色仕掛けをすることが面白くないらしく、このようにささやかな抗議をしてくるのだ。あまり工藤さんに嫌われたくないのでこれからは控えよう。

 

「さて、無駄話も程々に始めましょうか」

 

あまりここでだらだらしていても仕方がないと、僕は一つ柏手(かしわで)を打つように手のひら同士を叩き、音を鳴らす。それによりこれから行われるであろう戦闘へと意識が切り替わったのか、二人の表情が引き締まる。

 

「「「『試獣召喚(サモン)!』」」」

 

 

こうして麻名明葉として最大の山場を僕は迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった!」

 

「……勝利」

 

正直に言おう。瞬殺だった。何もすることができずに僕の召喚獣は砕け散った。いや、正直保健体育におけるこの二人の点数が異常なだけだ。麻名明葉として使っている召喚獣にはフィードバックが働いていないが、もしこれが吉井明久の召喚獣だったらと思うと考えるだけで恐ろしい。数十倍の点数差によって生み出されるフィードバックの痛みなど死刑宣告と何ら変わりはない。

まあとにかくこれでやっと“麻名明葉”としての役目は半分ほど終わったのだ。正直、僕は彼女になることが好きではないので、始めに脱落できる第一チェックポイントに配属されたのは良かったと考えるべきだ。

 

「おめでとう。でも四つあるチェックポイントの中で私は最弱。次からが本番よ」

 

僕は勝者にふさわしい言葉を送ろうと思ったが、いい言葉が思い浮かばずに適当な言葉を彼らに投げつけるようにして告げた。

 

「……なんだかそれ、どこかで聞いたことのある台詞だね」

 

言った後で僕もそう思った。

 

「さて、では先へと進んで頂戴。どうやらもうすぐ三年生のペアもここへ来るそうだから」

 

僕は工藤さんとムッツリーニに先へと続く通路を明け渡す。

 

「ありがとう」

 

「……先へ行く」

 

二人は一言ずつそんな言葉を残し、奥の道へと歩みを進め、この部屋から姿を消した。

さて、あとは三年生だけだと僕は正面を見据えて気を引き締め直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったか」

 

「お疲れ様です、吉井くん」

 

「お疲れ様です、明久様」

 

結局あれから三年生にも敗北して僕は春咲さんたちの元へと戻ってきた。麻名明葉としての役割はここで終わりだけど、まだ本来の僕としてチェックポイントを守る役割がある。でもそれはまだまだ先になると僕は考えている。だって第二チェックポイントに到達するには、どこにどう言った仕掛けがあるか分からない道をまた通らなければならないからだ。

 

「ただいま、皆。それで、今どんな感じ?」

 

僕は三人に近づいてモニターを覗き見る。

 

「土屋様と工藤様のペアがまだ先へと進んでいます。正直、このままでは不味いかと」

 

「えっ? まだこの二人、失格になってなかったの?」

 

僕は目を大きく見開いてモニターを食い入るように見つめる。そこには様々な仕掛けを余裕綽々にスルーして進んでいくムッツリーニと工藤さんの姿があった。まさかこの二人がここまでホラーに耐性があったなんて知らなかった。でも確かにこのままだもこのペアによって仕掛けが見破られ続けたりしたらお化け屋敷で相手の人数を減らすことができなくなってしまう。ましてやこのまま第二チェックポイントまで到達されたら目も当てられない。

 

「チッ、第一チェックポイントのフィニッシャーにこのペアを使ったのはそのまま勢いづかせて指揮を上げる為か」

 

高峯くんは忌々し気にそう呟いて何かを考えるように目を閉じた。しばらくそうした後、パソコンに体の正面を向ける。

 

「…………しかたねぇ。使うか」

 

使う? 何を使うのだろうか? 僕は疑問符を浮かべる。高峯くんはそんな僕の疑問を尻目に何かをパソコンに打ち込んでいく。

そして高峯くんが指を止めた瞬間、ムッツリーニたちの前に真っ白な着物を着た女性が現れたことに僕は気がついた。頭には白い三角形の白い布が張り付けられており、顔の造形は非常に整っている。

いや、と言うかこの女性って……。

 

「……メルさん?」

 

うん。やっぱりメルさんだ。メルさんが幽霊のコスプレをしているようにしか見えない。これでは怖いどころかむしろ可愛らしく思えてしまう。流石にこれでこの二人を失格にするのは難しいんじゃないかな? と思っていたのだが、それが浅はかな考えであったことを僕はその直後に理解することとなる。

なんと突然、幽霊メルさんが身に纏っていた白装束を自ら剥ぎ取ったのだ。そしてそこから現れたのは水着姿のメルさ……ん? これ水着なのか? どちらかと言えば下着なような気が

 

「キャー!駄目です、吉井くん!」

 

「ぐぁぁあぁぁぁあぁぁ!」

 

唐突に春咲さんが僕に目つぶしを慣行する。突然目に襲いかかった激痛に僕は地面に転げ落ちてのたうち回る。

 

「ああっ!ごめんなさい吉井くん大丈夫ですか!?」

 

自分のやったことに気がついた春咲さんが急いで僕の頭を膝に乗せ、自分の手を添えるように僕の瞼を包み込んで介抱する。そのお陰か目に走っていた痛みが段々と霧散していく。それからしばらく、春咲さんの好意を甘んじて受けようとそのままの姿勢でじっとすることにする。後頭部から伝わる柔らかい感触が春咲さんの優しさを表しているようで、僕は思わず口元を緩めてしまった。

 

「ありがとう、春咲さん。もう大丈夫だよ」

 

もうほとんど痛みも退いてきたので、僕はそう言って体を起こす。

 

「いえ、すみません。とっさに体が反応してしまって」

 

いや、メルさんの尊厳を守る為には仕方がない行為だと僕は思う。春咲さんを責める気はない。それより心配なのはこんなことをした高峯くんと、被害者であるメルさんの様子だけど……。

 

「タカミネヒジリ、コロシマス」

 

やっぱりと言うべきなのか、メルさんの振り上げた箒を高峯くんがパイプ椅子で受け止めている図が出来上がっていた。何かもうメルさんに至っては殺戮ロボットみたいになってるんだけど……。

 

「おいおい、何いっちょまえに照れてんだぁ? パンツの一つや二つくらい見せても減りゃしねぇだろ。ちゃんと相手側のカメラに映らないように遠隔装置も着けたんだ。お前の下着姿を見たのはここにいるRクラスメンバーとあいつらだけ。これで文句はねぇだろ?」

 

「……タカミネヒジリ、ムゴタラシクコロシマス」

 

いや、余計に酷くなってるんだけど!

でも一応、高峯くんもこの仕掛けを行うにあたって配慮したらしい。まあ二年生側からすればカメラの映像が途絶えた瞬間、ムッツリーニたちが失格になっていることに何か文句を言ってきそうではあるけど。そこはまあ適当に言いくるめておけば大丈夫だろう。別に不正をしているわけではないんだから。

 

「駄目ですよ高峯くん! 女の子にこんな仕打ち!」

 

僕の介抱を終えた春咲さんが高峯くんに突っかかってきた。でも流石に春咲さんが高峯くんを正面から押しきれる可能性は……。

 

「あ゛?」

 

「ひうっ」

 

やっぱりそうなるよね。

 

「ま、まあ……き、ききき今日はこの辺りにしておいてあげます」

 

いや、完全に負けてるよ春咲さん! 声を震わせて僕の背中に隠れながらそんなこと言っても全然駄目だから! もう負け犬の遠吠えみたいになってるから!

 

「……まあとにかくあのペアは失格だ」

 

メルさんの攻撃と殺気を受け止めながら高峯くんはそう言う。流石、高峯くん。鬼畜と言う言葉が最も似合う男かもしれない。一度で敵にも味方にも多大なダメージを与えるなんてそうそうできるものではない。

だけど諸刃の剣と言う言葉がぴったりなこの仕掛けのお陰で第二チェックポイントを死守できたのだ。それはそれで良かった……のかな? 僕はそんなことを思いながら、未だにモニター上で血を流し続けるムッツリーニに合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次のチェックポイントはメルさんです。

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