バカとテストと最強の引きこもり   作:Gasshow

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ヤバイ……今回筆が乗ってない。

修正は明日。


麻名明葉の憂鬱

坂本雄二にとって麻名明葉と言う存在は、一言で表すなら“苦手”とそう評することが適切だ。それは普段のつかみ所のない性格の裏に、とある親友の影がちらりと見え隠れする。そのふわりとした二面性が雄二は気に入らないのだ。それは今現在も例外ではなく、彼女が作り出した現状に思わず、雄二は自身の顔が引きつっているのを感じていた。

 

「ねぇ坂本くん、少しだけ二人で少しお話しない?」

 

そう言って流し目で色目を使う麻名明葉。

 

「……………………」

 

その様子を敵意のある目で睨む霧島翔子。

 

「「「「死ねぇぇえぇえぇええぇえ!坂本ぉおぉぉおお!」」」」

 

それらを全て殺意と絶叫で包み込む、男女を含む大多数の生徒たち。

 

そんな混沌(カオス)な空間が出来上がったのは、肝試しが始まる前の、ほんのささいな時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄二が朝一番に登校して、驚愕したのは仕方がないことだった。いや、雄二だけではない。ここに来た瞬間、生徒もそして教師でさえもその空いた口がふさがらなかった。雄二はふと言葉を漏らす。

 

「…………Rクラスは五人。多くても七人程だと思っていたんだが、少し当てが外れたか?」

 

彼らの目の前にあるのは本来教室だった幽霊屋敷。まだ中に入ってすらいないと言うのに、肌を撫でるような禍々しさが自分たちを包んでいるように感じられる。外観だけでこれなのだ、恐らく中は本物の心霊スポット顔負けの、恐怖が詰まった宝箱に違いなかった。これほどのクオリティーを誇る幽霊屋敷をあれだけの規模にして一晩で完成させてしまう。そのありえない現象に雄二は一層、Rクラスに不気味さを実感する。

 

「み、美波ちゃん……」

 

「だ、大丈夫よ瑞季っ!」

 

励ますように島田が姫路にそう言うが、彼女自身も声が震え、か細い声しか出せていない。しかしそれは彼女たちだけでなく、ホラーが苦手な生徒たちは既に、腰が引けてしまっている。

 

「相変わらず底が見えない……か」

 

雄二は一人、ぽつりと呟く。

 

「雄二、大丈夫かの?」

 

そんな雄二の様子を見た秀吉が、心配そうにその顔を下から覗き込む。

 

「……ああ、安心しろ。この勝負、必ず勝つ」

 

それに同調する形で、ムッツリーニは頷く。

 

「…………俺たちなら何も心配はない」

 

彼らがそんなお互いを励ますようなやり取りをした後すぐだった。

 

「ごきげんよう、二年生と三年生の皆様」

 

その鈴のような声と共に、肝試し会場の奥から一人の女性が現れた。それにより辺りがざわめく。それは現れた人物が予想外の人物だったからとか、容姿に何かしらの特徴があったからではない。ただ被っている仮面が猫だった。ただそれだけ、本当にそれだけだ。

 

(猫の仮面……麻名明葉か)

 

雄二の思考が彼らのざわめきを生み出した答えを表していた。『麻名明葉』。それは文月学園のアイドル、マドンナ、高嶺の花。それら全てを総集させた存在だ。そんな存在が目の前に現れたのだ。周囲がそう言った反応をするのは当たり前と言えた。明葉はゆっくりと二、三年生の前に躍り出る。

 

「……まさかお前が出てくるなんてな」

 

「あら意外?」

 

「まぁな」

 

顔が割れているRクラスの中で、ある意味一番露出の少ないのが麻名秋葉であった。と言うのも、彼女が試召戦争に参加したのは最初のAクラス戦とFクラス戦のだけ。しかも連絡係としてだ。それ以降は殆ど、顔を出していなかった。

 

「ルールの確認は大丈夫?」

 

「ああ完璧だ」 

 

「なるほど、ちゃんと復習はしてきたようね。それで、どちらが先行なの?えっと……」

 

そう言って明葉は三年生の方へと視線を移した。その視線の先にいたのは坊主頭の男だ。その男子生徒は名前を尋ねられているのだと気づいたが、学園のアイドルに視線を向けられたことに若干テンパっていた。

 

「つ、常川だ」

 

「常夏先輩ね」

 

「ちげえよ!お前、絶対俺のこと知ってただろ!」

 

思わず学園のアイドルに突っ込みを入れてしまった常川だったが、次の瞬間には我に返って明葉の言わんとしていることを代弁した。

 

「先行は俺たち三年だ。昨日、もう既に決めてる」

 

常川の答えに明葉はこくんと一つ頷いた。

 

「分かりました。では三年生の先輩方は指定の待機場所で待機していて下さい。案内はこちらのワーメルトさんがしてくれます」

 

明葉がそう言うと、いつの間にかそこにいた女性がこちらですと言って彼らを先導した。それに渋々従う三年生たちを少し見送った後、明葉は「よしっ」とそう一言呟いて、二年生の集団に近づいて行った。唐突な行動に対して不審感を抱く二年生の面々だが、明葉の放つカリスマ的雰囲気に誰一人動けないでいた。そんな中、明葉が最終的に足を止めたのは、ムッツリーニこと土屋康太の前だった。明葉はそれから一つ優しく微笑んで、彼の耳元に唇を寄せた。

 

「ねぇ土屋くん」

 

「…………な、何だ」

 

もう既にこのシチュエーションに鼻血を吹き出しそうなムッツリーニだったが、今は全神経を煩悩退散にに費やすことによってなんとか踏み留まっていた。しかしそれは次に発せられる彼女の言葉によって崩壊する。

 

「土屋くん、今日私がどんなパンツを穿いているか……知りたくない?」

 

「ブハッ!」

 

一瞬鼻から赤い何かが吹き出した。

 

「私、こう見えても結構大胆なのよ」

 

「…………そ、それがどうした?」

 

ムッツリーニは耐える。ここで倒れるわけにはいかないと。麻名明葉の顔写真を撮り、ムッツリ商会の商品を充実させるまではと。しかし、それは(もろ)く一瞬で終わりを告げる。

 

「私、今日はね──」

 

 

 

 

 

 

レース付きの黒い紐パンなの。

 

その言葉を合図にムッツリーニは天高く舞い上がった。真っ赤な液状の雲を作り上げながら彼は大気圏の外まで飛んでいった……とそう思ってしまう程の飛距離を彼は生み出した。

 

明葉はその一連を見届けた後、仕事は終わったと言わんばかりに再び元の位置に戻って何事もなかったかのように振る舞う。しかし事実、何も起こっていないわけではない。

 

「おいおい、先制攻撃とはやってくれるじゃねぇか」

 

それを指摘したのは雄二だった。

 

「ごめんなさい。でも彼の前で仮面を取ると写真に納められてしまうから、仕方がなかったの。試召戦争とは違って勝負には影響しないから許してほしいわ」

 

明葉の言い分は一応筋が通っており、既に盗撮を寛容させてもらっているこちらからすれば雄二はそれ以上何も言えなかった。しかしそこで引き下がらなかった人物が一人。

 

「ちょっと、麻名さん。あれはちょっとないんじゃないかな?」

 

工藤愛子。保険体育で学年トップクラスの点数を持つ、ある意味でムッツリーニのライバルとも言える女子生徒。彼女が明葉に食ってかかる。

 

「あら工藤さん。貴方はあれが卑怯と?」

 

明葉は一瞬呆気に取られるも、すぐに表情を元に戻しそう尋ねる。しかし返ってきたのは彼女が予想もしていなかったものだった。

 

「うんうん、違うんだよ麻名さん。ボクが言いたいのはそんなことじゃなくて──

 

 

 

 

 

 

 

 

ムッツリーニくんにあれをしていいのはボクだけなんだよね。だから以降、ああ言う行為は慎んでくれると嬉しいよ」

 

それを聞いた明葉はしばらく呆け顔をさらしていたが、やがて意味を理解すると、にやりと口を軽く歪ませて愛子を真正面から見据え……

 

「あら、ごめんなさい。それは私が悪かったわ。以後、気をつけるようにするから許して欲しいわ」

 

と言って体を正面に向き直した。それを聞いた愛子も満足そうに頷いて自身の体を一歩後ろへと追いやる。

 

「さて、ではこれから肝だめし大会開幕……といきたいところなんだけど、その前に私は坂元くんと少しだけ話があるから、申し訳ないんだけど皆は先に待機場所へ行っていてくれないかしら?」

 

そう言いながら明葉は彼女の顔を隠していた仮面を外した。

 

それは誰だっただろうか?いや、もしかするとその場にいる全員だったかもしれない。息を飲む音が辺りに弾けるようにこだまする。それら全ては現れた女性の美しさによってもたらされた現象だった。麻名明葉の顔は文月学園の生徒殆ど全員が知っている。しかしそれはムッツリーニがこっそり撮影(盗撮)したもので真正面から、それもしっかりと顔が写っていたものは一つもなかった。ましてや彼女の素顔を知っているのは二年生のAクラスとFクラスだけなのだ。

 

だからこの場にいる殆どの生徒は彼女の美しさに全視神経をもっていかれたのだ。そしてしばらくしてから我に返った生徒は先程の言葉を思い出す。こんな、こんな学園のアイドルとあのFクラスの代表が二人きりでお話し?それは、それはなんと──

 

「「「「死ねぇぇえぇえぇええぇえ!坂本ぉおぉぉおお!」」」」

 

羨まけしからん!

一瞬にしてこの場がアウェイな空間に早変わりしたことに雄二は顔を引きつらせる。未だ周囲からはブーイングが飛んでくる。そんな中でまず動いたのは、先程までずっと傍観を決め込んでいた、雄二の幼馴染みである霧島翔子だった。

 

「…………ダメ」

 

翔子は雄二と明葉の間に入って、そう言った。

 

「あら、どうして?」

 

「…………雄二は私の彼氏だから」

 

「……へぇ、そうなの」

 

翔子はギロリと彼女らしからぬ力強さで明葉を睨む。しかしそんな視線を何事もないかのように受け流す明葉。

二人の間に静かなる視線の応酬が繰り広げられる。しかしそれは明葉がRクラスの方へと(きひす)を返すことで終わりを迎えた。

 

「なら仕方がないわね」

 

彼女の持つベージュ色の髪がふわりと揺れる。

 

「では今から三十分後に始まりのチャイムが鳴ります。先輩たちが入り口に入ってから三分後に入ってくださいね」

 

その言葉と共に学園のアイドルは彼らの前から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲に人影のない学内の廊下を、ポツポツと肩を落としながら歩く男が一人。

 

「なんで僕が男相手に色仕掛けをしなくちゃいけないんだ……」

 

麻名明葉──否、吉井明久である僕はRクラスの待機している場所へ向かいながらそんなことを呟いた。まさか友人相手に色仕掛けをする日が来るとは思わなかった。これも挨拶代わりに二年生全体をかき回してやれと言う高峯くんの作戦だったが、それでもなかなの無茶ぶりだ。

 

「それに途中から指示がむちゃくちゃ過ぎて何言ってるか全然わからなかったしね」

 

僕はふと未だに耳の奥に残っている彼らの声を掘り起こした。

 

 

 

 

 

『いいぞ、吉井。ここでもう押し倒したら完璧だ』

 

『ダメです吉井くん! 男の子同士なんて絶対ダメですから!』

 

『うるせぇぞ春咲! テメェはもう黙ってろ!』

 

『黙りません! 今だけは絶対黙りませ──』

 

 

 

 

 

今思い出しても無茶苦茶だ。途中からは完全に僕のアドリブで乗り切ったが、もうこんなこれっきりにしてほしい。まあでも少しはクラスの為になれたならいいか。と僕がそう思ったその矢先──

 

「明葉!」

 

唐突に後ろから僕の持つもう一つの名前を呼ぶ声が聞こえた。僕は内心ドキリとしながらも笑顔のマスクを張り付けて後ろへと振り向く。そこにはこの麻名明葉にとっての友人、中林宏美さんがいた。

 

「あら、中林さん。久しぶり……でもないわね」

 

「そうね。この前に三人でデートした以来だわ」

 

中林さんが言っているのは、麻名明葉(ぼく)と彼女と久保くんの三人で映画を見に行って、その途中で僕が抜け二人っきりでのデートにしてしまおうと言う作戦を実行した時のことを言っていた。このように、僕はあの夏合宿以来、麻名明葉として何度か中林さんの協力をしているのだ。結果はまぁ……微妙なところではあるのだが……。

 

「それで、どうしたの? こんな所まで追いかけてきて」

 

わざわざ息を切らしながらここまで走ってきたのだ。きっと何か大切なことを言いたかったのだろう。しかし次に中林さんが放った言葉は、そんなある意味で大切とは真逆の言葉だった。

 

「あ、えっとね……もしかして明葉って、坂本くんのこと好きなの?」

 

その言葉を聞いた瞬間、少し吐き気がしたのはきっと気のせいではない。

 

「…………何でそんな結論にたどり着いたのか……いえ、言わずとも分かるわ」

 

それはきっと、先程行われた一連の流れを見てそう思ったのだろう。だがそれは誤解も誤解。はっきり言ってあり得ない話だ。僕が女になったとしてもそれだけはあり得ない。

 

「中林さん。貴方の前だからい言うけど、あれは私たちの作戦よ。ああすれば二年生全体の連携を弱めることができるでしょう?」

 

僕がそう言うと、中林さんは納得したように、しかし少しだけ残念そうに頷き首を縦にふった。

 

「なんだ、そうだったのね。もし明葉が坂本くんのことが好きだったら、今度は私が応援しようと思ってたのに」

 

「貴女、それでここまで追いかけてきたの?」

 

「そうよ。いつもお世話になってるから、そのお返しにね」

 

いやいや、中林さんには申し訳ないが、それは正に言ってしまえば余計なお世話と言うもの。何で女友達に男友達とくっつくように仕向けられなければいけないのだ。とにかく、もうこれ以上この話題を先伸ばすわけにはいかない。僕はそう判断してさっさとこの場から逃げることにした。

 

「じゃあね、中林さん。私、もう行かないと」

 

僕は手を小さく挙げて別れの挨拶をする。

 

「ああ、ごめんなさい。もしかして明葉がチェックポイントの?」

 

「ええ、三人の内の一人よ。あとは高峯くんと、吉井くんね」

 

その瞬間、僕はしまったと急いで自分の口を両手で覆った。

 

「……吉井……明久ッ!」

 

しかし既に手遅れ。中林さんは苦虫を噛み潰したような表情をで唇を噛み締めた。やってしまった。まさか自分の首を自分で絞めるはめになるなんて。

 

「えっとね、中林さん。吉井くんも、そんなに……そんなに悪い人じゃないのよ?」

 

僕はすかさず自分自身のフォローを入れる。端から見ればなんとも滑稽な姿に映ったに違いない。

 

「ふふっ、分かってるわ。明葉が言うんだもの、それは間違いないわ。でもね……」

 

中林さんはギリッっと歯を噛み締める。

 

「それとこれとは別なのよ!」

 

さて、ここで疑問に思うだろう。何故ここまで僕は中林さんに嫌われているのか。それは単純に僕が中林さんと久保くんとの間を邪魔したことがある、と言う部分もあるのだが、それ以上に麻名明葉と吉井明久がとても仲が良いと彼女が勘違いしていると言う理由が大半を占めていた。中林さんは麻名明葉のことを親友だと思っている。しかしその親友の彼女を自分の恋路を邪魔した人物に取られるかもしれない。それを危惧しているようなのだ。僕からも一度、「私は明久くんとは仲が良くないわ」と言ったのだが、またそこで失言をしてしまった。言うなれば“明久”とうっかり名前呼びしてしまったのだ。すると、「私は名字呼び名のに……」と、これまたややこしい事態に発展。今はもうこれ以上こんがらがらない為にある程度この問題を放置することにしたのだ。

 

「吉井明久……いつか思い知らせてやるわ」

 

そんな言葉を置き去りに、中林さんは後ろへと振り返る。もう彼女には僕の姿が見えていないようだった。怒りの炎を纏わせながら来た道を戻る彼女を僕はただ眺めることしかできなかった。

 

「…………体、鍛えようかな」

 

そしてその阿修羅のような中林さんの後ろ姿を見て僕はふとそう呟くのだった。

 

 

 

 




中林さんとアキちゃんの友情物語はいつか番外編で投稿できたらなと思っております。

ちなみにどうでもいい話、一話を修正しました。修正前の分は自分で持ってることにしました。まだ全体の文を修正しているのですが、かなりの量なのでぼちぼちゆっくりやっていこうかと。


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