バカとテストと最強の引きこもり   作:Gasshow

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今回、少しだけ雑さが否めません。
そして毎回、誤字報告してくださる方々、本当にありがとうございます。

高峯のモデルは一方通行(アクセラレータ)の筈なのに、なかなかそれっぽい行動ができない。


微睡みの幽霊屋敷

僕と高峯くんが(と言うより高峯くんたけが)三年生と二年生に喧嘩を売った翌日、僕は信じられない現象を目にしていた。と言うのも、実は昨日から一晩かけて作られた肝試し大会の会場を、僕と春咲さんは何一つ手伝っていないのだ。何でも、出来上がったものをテストしたいからと言う理由で、更に言えば本番前に僕と春咲さんの驚くリアクションを見てみたいからと言う理由も合わさってそうなったのだ。そんなわけで、Dクラスにあたるこのお化け屋敷の入り口に、僕は春咲さんと二人で中に入ったのだが、その内部には驚くほど完成度の高い幽霊屋敷の要素が詰まっていた。その光景は、いつか行った遊園地のお化け屋敷と比べても大差ないものだった。

 

「…………凄い」

 

思わずそう呟く。いや、正直に言ってしまえば嘗めていたと言ってもいい。少し考えてみれば当たり前だ。なぜなら四つの教室を使った大きなスペースをおどろおどろしく模様替えするだけでも大変なのに、それをこれだけのクオリティで、しかも高峯くんとメルさんの二人だけで完成させてしまうなんて、そんなの普通に考えてありえなかった。高峯くんとメルさんが喧嘩をして完成すらできないんじゃないだろうか、と思っていた僕の心配はどうやら杞憂(きゆう)だったようだ。

 

『おい、吉井。ボケッとしてんじゃねぇよ。お前はテスターなんだから、さっさと先進んで、誤作動やら修正点を見つけて報告しろ。時間ももうねぇからな』

 

頭に装着されたインカムから高峯くんの声が流れる。時間にして五時。ここから僕たちはこのお化け屋敷を一通り潜り抜けて、もし修正点があればそれを改善しなければならない。学校の生徒が来るまで時間もない。高峯くんの言うことは最もだった。

 

「うん、そうだね。そうするよ。そうする、そうしたいのは山々なんだけど……」

 

僕は言いながらふと自身の足元に目をやる。そこには白銀色の丸い何かが転がっていた。言わずとも分かるであろう。それは春咲さんである。

 

「4093。4099。4111。4127……」

 

春咲さんは膝を抱えて、何かから逃避行するように謎の数字を呟き続けている。一体何の数字なんだろう。僕のそんな疑問は、高峯くんの呆れ声と共に解消された。

 

『吉井、そこでただひたすらに素数を数えている馬鹿をさっさと立たせろ』

 

いや、これ素数だったの?数が大きすぎて分からなかった。こんな大きな素数を数えられる春咲さんも凄いが、それを直ぐに言い当てられる高峯くんも大概だ。だが今はそんな二人の頭の良さに感心している場合ではない。

 

「……は、春咲さ~ん」

 

僕は膝を屈めてしゃがみこみ、そっと春咲さんの名前を呼ぶ。すると春咲さんは一瞬ビクリと肩を震わせて、永遠に続くかと思われた素数の呟きを中断させる。しばらくお互いの言葉が止まり、それは塞き止められる。しかしその静寂は春咲さんのか細い声によって破られた。

 

「…………吉井くん、知っていますか?」

 

「な、何かな?」

 

いつもとは違う、春咲さんの雰囲気に僕は思わず言葉を詰まらせる。なんだろう?こう、昨日まであった馴染みの飲食店がいつの間にか消えていた、そんな言い表せない不安感を感じる。しかしそんな不安とは裏腹に、春咲さんから尋ねられた質問は、呆気ないほどに簡単なものだった。

 

「……知っていますか?吉井くん、“試験召喚システム”は科学技術と多少のオカルト要素を織り混ぜたものだと言うことを」

 

「し、知ってるよ」

 

「では私がそんな画期的な技術の研究者であることも……」

 

「も、もちろん知ってるよ」

 

春咲さんは何が言いたいのだろうか?僕はその答えを知るため、ひたすら頭を回転させるが、その答えは得られない。

 

「と言うことはですよ。私は普段、オカルト的な要素に触れていると言うことですよね」

 

「そ、そうなるかな?」

 

僕の自信無さ気な答えを聞いた春咲さんは、スッとその場に立ち上がる。そこでやっと見えた春咲さんの表情はまるで能面を被せたかのように無表情だった。

 

「…………行きましょう」

 

「え、えっと……」

 

「行きましょう」

 

「そ、そうだね」

 

何とも言えない春咲さんの雰囲気に押し負けて、僕はただ言う通りに従った。妙にリアルで薄暗いお化け屋敷の中を、春咲さんは一人、僕を先導する形で進んで行く。多少、強引とも言えなくはない歩調ではあるが、春咲さんはただ足だけを動かし続けた。しかしそれはさし当たって一つ目の角を曲がった瞬間で止まることとなる。それはそう、全身を一瞬震わせて強張らせると言った形で。

 

「うわっ、スッゴいリアル」

 

春咲さんに続いてその曲がり角を曲がると、そこには口がバッサリと裂けた女の人が立っていた。恐らく召喚獣の一種なのだろうが、そのリアルな造形は一瞬本物なのではないだろうかと見間違える程の再現度だった。

 

「…………高峯くん。これ、昨日からモデリングを始めたんだよね」

 

僕はインカム越しに高峯くんへと話しかける。

 

『ああ、召喚システムを応用だ。動作のプログラミング、容姿のモデリング、どちらとも俺がやった』

 

なんと言う速さと完成度。流石は高峯くんと言ったところか。

 

『まあ一部はババアに手伝わせたがな』

 

なんと、学園長も手伝っていたのか。人を使うだけ使う学園長が人に使われるとは。なんと言うか、ざまぁないのではなかろうか。そう言った具合に僕が内心ほくそ笑んでいると、春咲さんがゆっくりとこちらに寄って来て、そっと僕の手を繋いできた。

 

「…………春咲さん?」

 

春咲さんが行った突然の行動に、僕は内心をざわめかせた。するとそのざわめきを静めるかのような声が僕へ向けて放たれる。

 

「…………吉井くん、知っていますか?」

 

そう言ってただ前を見続ける春咲さんは、やはり無表情だった。

 

「…………えっと、何が?」

 

「今回の肝試し大会。ルールには二人一組で進むと言う原則が記載されていることを」

 

「……うん、知ってるけど」

 

もちろん知っている。それが大前提の肝試し大会なのだから。

 

「では、今私たちが行っているのがテストであると言うことは?」

 

「いや、知ってるも何もさっき僕と高峯くんはその事について話してたんだけど……」

 

どうしたと言うのだろうか?やはり春咲さんの様子がおかしい。

 

「ならばこうしてもっと二人一組だと言う意識を持って先に進んだ方が、良いデータを取れると思いませんか?」

 

「うん?まぁそうかもしれない……のかな?」

 

いや、本当にそうなのか?何か違う気がする。そもそも二人一組を意識する方法が手を繋ぐと言う結果に落ち着くのだろうか?だが僕のそんな疑問を否定するように春咲さんはただ言葉を発する。

 

「はい、そうなのです」

 

「…………えっと」

 

「そうなのです」

 

ほぼごり押しに近い形で、春咲さんは僕を納得させようとする。この暗闇に春咲さんの無表情が相俟って、かなり怖い現象になっているせいか、僕はそのごり押しを首を縦に振ると言う形でしか肯定できなかった。それを確認した春咲さんは、何事もなかったかのように、僕を引っ張りながら前へと進む。僕は視線を下に落として、僕と春咲さんを繋ぐ箇所を見る。ふと僕の右手に伝わる春咲さんの体温が、周囲の冷たい空気を優しく暖めた。しかしそれとは相反するように、春咲さんの表情は凍ったように動かない。周囲に人魂やら、提灯お化けやらが漂う中を春咲さんはまるでそれらが見えていないかのように進み続ける。しかしそこで僕はふとある異変に気がついた。そう、どこからか笑い声が聞こえてくるのだ。明確にその場所は分からない。強いて言うならば周囲一帯と言うのが正解だろう。けたけたけたけたと不気味な響きが僕たちに押し寄せられる。だがそれはやがて一点に集中していった。そう、声の発生源が分かり始めたのだ。そして気づいた。笑い笑う、ひたすら笑うその声は僕たちの真下から聞こえていたことに。僕たちは下を見る。何がいるのか、誰が笑っているのかと。そうした決心を孕みながら下を見る。そう、(つい)ぞ見たその場所には……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたけたと笑いながら僕たちの足に手をかける、目玉のえぐれた女の人が這いつくばっていた。

 

「こわっ!」

 

悲鳴をあげる程ではなかったが、これは怖い。不意打ちと言うやつだ。しかしまたこの女性も精巧な造りをしている。どうやればここまでの完成度で造形を仕上げられるのだろう?そんな風に高峯くんのモデリング能力を感心している時だった。先ほどまで繋がれていた春咲さんの手が離れ、その代わりとばかりに僕の左腕に春咲さんがヒシリとしがみついて来た。

 

「…………春咲さん?」

 

またもや行われる春咲さんの唐突な行動に、僕は驚きで一瞬体を硬直させる。しかしなるほど。これでやっと、春咲さんが何をしたいのか……と言うよりは何が原因でこうなっているのかが分かった。

 

「………………吉井くん、知っていますか?」

 

だからこの言葉もきっと誤魔化しの言葉なのだろう。しかしそれを知っても僕のできることは変わらない。ただ春咲さんの言葉に答えることしかできないのだ。

 

「…………何をかな?」

 

そう、僕はこう尋ねるだけ。

 

「はい、非常口には、それを知らせる“非常口マーク”と呼ばれるものがあると言うことを、吉井くんは知っていますか?」

 

「あの緑色のやつだよね。知ってるよ」

あれがどうしたのだろうか?今のこの状況とは到底関係があるとは思えない。だがそれはあくまでも僕が考えつく限りというだけだ。僕より遥かに頭脳明晰な春咲さんからすれば、何か関連があるのかもしれないーー。

「では非常口マークの逃げている人に“ピクトさん”と言われる名前があることは……」

 

と思っていた時期が僕にもあった。

 

「いや、それは知らなかったよ……って違う!落ち着こうよ春咲さん!もう言ってることが無茶苦茶だよ!」

 

もう誤魔化しと言うより逃避に近い。前を向かなければいけないのに、地面を覗き込んで、そこにめり込んでいるようなものだ。

 

「………………吉井くん、知っていますか?」

 

しかし春咲さんは僕の言葉を聞いていないかのように、同じ言葉(ワード)を繰り返す。

 

「世の中には“ホラー”と呼ばれる種類(ジャンル)が苦手な人がいることを」

 

そう言った後も、春咲さんの言葉は止まらない。僕が口を挟む間もなく春咲さんは次の言葉を紡ぎ出す。紡いで紡いで、紡ぎ続ける。

 

「…………吉井くん、知っていますか?私がそんな、そんなーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんなホラーが苦手な人の筆頭であると言うことを」

 

あっ、やっと認めた。とは言わなかった。無表情を崩して、僕の腕にすがり付きながら涙目でこちらを見上げる彼女を見てしまえば、そんな言葉を口に出せるはずもなかった。

 

「…………春咲さん、なんでこんなことを?」

 

言わばなぜ我慢せず認めなかったのか?と言うことである。恐らくずっと無表情だったのも、なるべく心を無にしようとした副産物だったのだろう。春咲さんが現在浮かべている、今にも泣き出さんばかりの表情がその証拠だ。

 

「た、だって……まがいなりにもオカルト要素のある分野の研究者を名乗っているのに、そのオカルトそのものが苦手なんて、絶対バカにされるじゃないですか」

 

引きこもりなのに誰にバカにされるのか?などと尋ねるのは無粋であろう。そう察して僕はただ黙って彼女の話を聞くことにした。

 

「でも流石に限界だったんです。高峯くんがここまで本気でやるとは思ってなくって……こ、このままだとここから外に出るのもままなりません」

 

そう言った後、春咲さんはちらりと一瞬だけこちらを見て、直ぐさま隠すように自身の顔を僕の腕に(うず)めた。

 

「つ、つまりですね……」

 

顔を(うず)めたまま、春咲さんは震える声で続ける。

 

「ここを出るまで、このままでお願いしたいのですが……」

 

春咲さんの恥ずかしそうな、それでいて申し訳なさそうな声色が僕の鼓膜を色付かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま」

 

僕はひたすらに恐ろしいお化け屋敷を抜けて、驚かす側の待機場所であるAクラス教室へと戻っていた。そこにはメルさんが上から降り下ろしたであろう(ほうき)をチリトリで受け止める高峯くんの図が出来上がっていた。

 

「……戻ったか」

 

高峯くんはこちらを一瞥して、そう呟いた。それを合図に二人はお互いの武器を下ろす。

 

「……またやってたの?」

 

相変わらずと言うか何と言うか。本当にそれでよくここまでのお化け屋敷を完成させたものだ。

 

「この男は春咲様を怖がらせた罪があります。裁判を開く余地もなく死刑です」

 

「何が怖がらせた罪だ。てめぇは“今日、空に太陽が昇ったから”って理由だけで俺を殺そうとするだろ」

 

「あら、よくご存知で」

 

もはやこんなやり取りも見慣れてきた……となったらお仕舞いなのだろう。いつかはこの二人を和解させたいものだ。

 

「それでどうだった?」

 

僕はそんな一見すると不可能な願いを思いながら、高峯くんに作動テストの具合を尋ねた。

 

「全体で見りゃ及第点と言った所か。だがまぁ、余程、こっち(ホラー)の耐性がないやつじゃねぇと、チェックポイントにすらたどり着けねぇのは確かだ。こいつみてえにな」

 

高峯くんはそう言って、僕の背中にへばり付いている春咲さんに目線を移す。それに気がついた春咲さんは、ジト目で高峯くんへと抗議を訴えかけた。

 

「…………高峯くん、やり過ぎです」

 

余程怖かったのだろう。お化け屋敷を出ても、春咲さんはまだ僕から離れようとはしなかった。

 

「まぁそんぐらいやんねぇと、こちらは勝てねぇってことだ」

 

言われれば確かにそうだ。今回のルール。こちら側から提案したと言うのに(何か狙いがあるのだろうが)、その内容は僕たちにとってかなり不利な内容となっている。言ってしまえば、僕たちは二年生と三年生をどちらとも相手にしなくてはならない。しかも点数は五十点と固定されてしまっている。僕たちの勝利はこのお化け屋敷のギミックでどれだけの人数を脱落させられるかにかかっているのだ。

 

「まぁ、それは分かるんですけどぉ……」

 

しかし春咲さんは納得していない様子だ。と言うか若干ーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「春咲様、私がこの男を殺しましょうか?」

 

「…………………………お願いします」

 

怒っているんじゃないだろうか?

 

「てめぇ、それは八つ当たりに近いだろぉがぁ!」

 

高峯くんの叫びと共にまた見慣れたバトルが始まる。何だか姉さんのことと言い、今回のことと言い、高峯くんは最近不幸続きな気がする。後でコーヒーでも淹れてあげよう。

 

「…………ふあぁ」

 

朝早く起きたからだろう。そんなことを思いながら二人の戦いを見ていたら、欠伸と共に激しい眠気が襲ってきた。Rクラスになってからは起きるのが遅くても問題ないので、そのせいもあるだろう。さて、まだ胆試しが始まるまで時間があるので、少しだけ睡眠をとろうとそうした時、ふと僕の両肩に優しい、それでいて暖かい重圧がのしかかった。

 

「…………春咲さん」

 

僕はその重さに逆らわず、そっと体を横に倒した。倒した、と言うよりはいつの間にか倒されていたと言うべきか。そう、気づいた時には僕の頭の下には春咲さんの膝があった。そして後頭部から伝わる彼女の体温によって眠気が一気に促進される。

 

「先ほど助けてもらったお礼です。今は少しだけ、安らかに目を閉じて」

 

僕の頭から瞳にかけて、春咲さんの手のひらがそっと滑る。辺りの音が消え去る。深く暖かい泥の中に埋もれるように、僕は意識を下へ下へと沈ませる。

 

「……なでり、なでり」

 

ただひたすらに頭を撫でられる。穏やかに、静かに、ただひたすらに、そっと優しく。

 

「……なでり、なでり」

 

その言葉だけが、その声だけが、いつまでも耳に残り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから起きて目を開けてみれば、僕は『麻名明葉』へと姿を変えていたのだが、これはどう言う訳なのだろうか?

 

 

 

 

 




最終章前のこの胆試し編で、なるべく春咲にヒロインっぽいことをさせたかった。と言うだけの話でした。今までは意識して春咲にヒロインらしい行動はさせてきませんでした。勝手にキャラが動いた結果、ああなったと言った感じでしたが、今回は初めて意識してヒロインさせた気がします。なので非常に書くのが難しかった。ちゃんと書けてるのか心配です。

次回、久々のアキちゃんパート。

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