この話について一言:なんだこの暑苦しい友情物語は。
人は変わっていく。生きていくもの全て、昨日とは違った生き物となる。肉体的にも精神的にも、人は毎日変わっていくのだ。ある人はそれを賢くなったと言う、またある人は大人になったと言うのだ。でも、『かわる』とは不思議なものだ。もし僕が社会から精神的に大人として扱われるよう変わったとする。子供から大人へと認識が変わったのだ。では次に、僕が子供の様な、幼児の様な行動をすれば即、通報され病院に放り込まれてしまうだろう。
人と言うのは後ろに下がることが嫌いなのだ。立ち止まることや、振り返る事は好きなのに、一度来た道をそのまま戻るのは嫌いなのだ。そして、これはほんの一例だ。前後の話だけではなく上下に、その本質自体が変わることもある。ねぇ雄二。雄二が今まで見てきた僕ってのは、どんな人物だった?
…………………っと…………くん。
声が聞こえた気がした。
「ちょっと、吉井くん!ちゃんと聞いてるの?」
その声で僕は思考の波から這い出た。
「…………ごめん、小山さん。ぼうっとしてたよ」
「私が質問してるんだからしっかりしてちょうだい」
あの日の女装事件から一日がたち、僕は今、CクラスとDクラスの合同教室で自習の質問を受けていた。
Cクラス代表である小山さんが質問をしてきたので、その質問に答えていたところだ。
「それにしても、本当よくこんな質問に答えられるわね。こんなこと、Aクラス代表ですら知らないと思うわよ」
こんな感じの台詞を合宿中によく聞く。本当に。
「…………もしかして僕を試してた?」
「そうよ。と言うか、この機会にRクラスの学力を把握するために貴方に質問をした生徒は少なからずいるはずよ」
「……そうなんだ。全然気づかなかった」
すると小山さんは、はぁっとため息に似た何かを吐いた。
「吉井くんって学力的な意味では賢くなったけど、本質はバカなままよね」
「そうかな?」
「バカと言うより抜けてるとか、おっちょこちょいとか、そんなところかしら?」
雄二にも昨日、そんな感じの事を言われたな。
「でも試召戦争では敵無しって言えるほど強いから、あんまり関係ないけど。あの点数であの操作技術は反則ものよ」
じとーっとした目で小山さんが僕を見てくる。
「僕より首席の方が断然すごいよ。点数は僕の何倍もとるし、操作技術も僕より遥かに上手いからね」
僕がそう言うと、小山さんは肘を立てて手のひらに頬を乗せた。
「あわよくば私たちも………って思ってたけど、そんな生徒がいるならやっぱり無理っぽいわね」
CクラスもRクラスを狙ってたのか。
「まぁ勝負することになったら、よろしく頼むよ」
取り合えず、そう言っておこうと僕は小山さんを見ながらそう言った。
「王者の余裕ってやつかしら?いつかその余裕をなくしてみたいものね」
「出来るのならね」
「あら、言うわね。見てなさい。いつかCクラスが、貴方達Rクラスの教室を使う日がくるから」
小山さんが挑発的な笑みを浮かべたので、僕も同じ様に返した。
時間は過ぎ、今は覗きを阻止するために僕達は陣を張っていた。形的には僕とメルさんが階段を下りたすぐのところに留まり、その遥か後方に女子や教師達が構えていると言う感じだ。僕とメルさんで粗方、戦力を削り、その他のメンバーで殲滅しようと言うことだ。
「…………坂本様はどこまでの軍勢を引き連れて来られるでしょうか?」
僕の横に立っているメルさんが聞いてきた。
「分からないけど、雄二がなんの算段も考えないで、ここに来るとは思えないんだよね。少なくとも、前のように簡単にいくとは思わない方がいいかも」
「…………了解しました。ですが、坂本様はそこまでのお方なのでしょうか?」
「うん、そうだよ。そもそも雄二がいなかったら、Fクラスは前の試召戦争でDクラスにすら勝ててなかったと思うよ」
「…………なるほど、確かにそうですね。明久様は坂本様の事をよく知っておいでのようで」
よく知ってる…………か。
「…………そうだったらいいね」
そんな僕の呟きを書き消すように、階段からドタバタと音が聞こえ、FクラスとAクラスの男子達が降りてきた。そして、その集団の先頭に立っていたのは他の誰でもない雄二だった。
「………………よう、明久」
「………………やあ、雄二」
僕たちはそれだけ言葉を交わすと、構えることも、睨み合うこともせずにただ静かに、その場に立っているだけだった。しかし、しばらくして雄二は一歩前へ出て言った。
「明久、二人だけで話たい事がある」
「…………奇遇だね、僕もだよ」
一度、雄二とは腹を割って話してみたかった。
「…………明久様」
メルさんが小さく僕の名前言う。しかし、それ以上は言ったら駄目だと、僕はメルさんをそっと手で制した。分かってるよ。それが雄二の作戦かもしれないってことくらい。確かに雄二一人でRクラス生徒を押さえることかができれば、開いていた戦力差を大きく縮める結果となるだろう。そんなことは分かっている。分かってはいるんだ。
「雄二以外は、僕の横を通って先へ行っていいよ」
雄二が久保くんに目配せすると、僕の横を男子達が通り過ぎていった。全ての男子生徒が通り終えた後、そこにいたのは僕と雄二だけだった。メルさんもいつの間にかいなくなっていた。
「…………………………………………。」
「…………………………………………。」
この場が僕たち二人だけになり、辺りは静まりかえる。僕は待った。雄二が僕に何を話したいのかを。雄二が放つその言葉を。そして、雄二がゆっくりと口を開いた。
「…………明久、すまないが取り合えず一発殴らせろ」
「………………………………ん?」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ち、ちょっと待ったー!」
僕を殴ろうと、全力で突っ込んできた雄二に静止の声を掛ける。が、止まらない。ギリギリ、右ストレートを左にかわした。
「なんでさ!話し合いをするんじゃなかったの!?」
「何を言ってるんだ、明久?話し合い(物理)をしてるだろ?」
「雄二!それは話し合いって言わないんだよ!?」
「問答無用だ!」
くっ、こうなったら一旦雄二を止めるしかないか。
「『
Rクラス権限を使って召喚フィールドを出現させ、僕と雄二の間に召喚獣を召喚した。
「甘いぞ明久!『
「なっ!」
そして、なぜが僕が展開したフィールドが一瞬にして消え去った。『
「まさか、雄二!」
「そうさ、明久。これは白金の腕輪だ」
雄二が上げた左腕には、白く光る腕輪があった。
ってことは…………。
「僕の荷物を盗んだのはお前だな!雄二!」
「安心しろ明久。他は全部、川に捨てておいた」
「安心できる要素が一つも無いよ!」
実はあの清涼祭の後、賞品としてもらった白金の腕輪を春咲さんが改善して、学園長に返したのだが、一週間程でこの研究は終わったとかで僕達の元へ返ってきたのだ。で、春咲さんはもうすでに持っていると言うことで僕が二つとも貰っていたんだけど…………。
「…………ふふっ。いいよ、雄二。貴様が話し合い(物理)を望むのであれば…………僕も手加減しない!」
完全に頭にきた僕は全力で雄二に殴りかかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫び声をあげて僕と雄二はお互いに向かって走り出す。
「死ねぇぇぇぇぇ!明久ぁぁぁぁぁぁ!」
「くたばれぇぇぇぇぇ!雄二ぃぃぃぃぃぃ!」
二人の拳がお互いの顔に直撃した。
「ハァハァ」
「げほっ、ハァハァ」
僕たち二人は地面に仰向けになって倒れていた。
大きく大の字になって、傷だらけの状態だ。
「………………はっ。はっはっはっは!」
何の突拍子も無く突然、雄二が笑いだした。
「…………どうしたのさ?雄二」
「いやほんの数ヵ月前までは、よくこうして喧嘩してたなと思ってな」
「…………そう言えばそうだね。僕が雄二の弁当を躓いて、ひっくり返したりしてさ」
「あれはお前が悪いだろう」
「だから、あの後ごめんって言ったじゃん。」
「あぁ、そうだったな。…………だから今度は俺が言う番だ。」
雄二は立ち上がって、僕の方へ頭を下げた。
「すまなかった、明久」
「…………それは、僕の荷物を盗んだ事に対して?」
「どっちもだな」
「………………そう」
僕も立ち上がる。それに気づいた雄二は頭を上げた。真っ直ぐと腫れて不細工になった顔を見た。なぜかその顔を懐かしく感じて、僕は確信した。目の前にいる“坂本雄二”と言う男は、間違いなく僕の親友だと。
「…………実はさ、僕も女子風呂を覗きたいと思ってたんだよね」
雄二はキョトンとした後、再び大声で笑った。
「…………ハハッ!そうか、なら俺に手を貸してくれないか?」
「もちろんだよ。今までもそうしてきたでしょ?」
そう、いつも僕と雄二は喧嘩して、そして助け合ってきた。今回もただそれだけだったんだ。
「…………明久。お前はどこまでいっても明久だな」
「なに訳の分かんないこと言ってるのさ」
僕と雄二はぎゅっと固い握手をした。ここに文月学園一、最もひねくれた、最悪で、そして世界で一番
戦局は男子陣が、かなり不利な状況だった。僕と雄二が戦場にたどり着いた頃には、男子達はバラバラで、このままいくと壊滅まっしぐらという感じだ。
「久保、秀吉!無事か?」
「坂本くんに…………吉井くん?」
「明久!お主、こっち側についてくれたのか?」
周りにいた男子達も驚いているようだ。
「そうだよ。でも今は、そんな事を説明してる暇はないんじゃない?」
「明久の言う通りだ。先ずはこの状態をなんとかしないとな」
乱戦状態だからね。これじゃあ単純な戦力差で負けてしまう。
「一回、皆を退却させて落ち着かせる必要があるな。召喚フィールドを使って『干渉』を起こすか」
「その間に撤退させる隙を作ると言う訳じゃな」
「久保、援護を頼めるか?」
「任せてくれ、坂本くん」
「なら、僕が『干渉』を起こすよ。僕の場合は点数を減らさないでフィールドを展開できるからね」
作戦が決まり、急いで僕たちは配置についた。
「いくよ、『
召喚フィールドが展開され、元々あったフィールドが消え去った。
「なっ、なんだ!?何が起こった?」
「なにこれ!?どうなってるの?」
混乱した声が前から聞こえてくる。
「お前ら!考えるのは後だ!とにかく後ろへ退け!」
雄二が体を震わす程の大声を上げた。それに気づいた男子生徒は皆、後ろに下がっていく。そして再び、教師達の召喚フィールドが形成される頃には殆どの男子生徒が撤退していた。女子達も早い判断で追撃してくるが、それを久保くん率いる隊が阻止する。
「…………明久!味方になったのか」
「そうだよ、ムッツリーニ。よろしくね」
後ろに下がったムッツリーニが僕の方へ来た。
「…………そうか。ならこの面子が集まるのは久しぶりだな」
「…………そうだね」
僕と雄二と秀吉とムッツリーニ。一年生の時はいつもこのメンバーで一緒だった。
「しかしどうするじゃ。相手はAクラス代表に姫路、さらには高橋先生と鉄人もおるのじゃぞ」
「…………鉄人は明久に頼んでいいか?物理的干渉ができる、お前の召喚獣なら鉄人を倒せる」
「…………他はどうする?」
「それは俺たちでどうにかするしかないだろう」
「じゃがさっきの乱戦でこっちの戦力は殆ど削がれておるぞ。最低でも物理的干渉ができる教師達は倒しておかねばならんじゃろう。」
それを聞いた雄二が苦々しい顔になる。上の階で戦っている、E、D、C、Bクラスの男子達が援軍に来てくれるのに、望みを掛けるしかないのか…………いや、あるじゃないか。解決策。
「メルさん!」
「ここに」
僕が彼女の名前を呼ぶと、いつ現れたのか僕の後ろから声が聞こえた。
「…………聞いてた?」
「いえ。ですが事情は把握しました」
流石だ。
「なら、任せていいかな?」
「もちろんです、明久様」
「もう一人のRクラス生徒か…………これなら何とかなるかもしれないな」
「僕がもう一度、干渉を起こしながら突っ込んで奥にいる鉄人を倒すから、皆は教師達だけを狙って倒して欲しい。教師さえ倒せば、物理的干渉をできない女子生徒は無視できる」
うん、と僕達は頷き合う。
「いくぞ!」
「「「「おーーーーーーーーー!」」」」
掛け声と同時に僕達は走り出した。
「『
先程と同じ様に教師達のフィールドが消えた。
その隙にメルさんと僕は女子生徒と先生との間を潜り抜ける。
「吉井!あんた向こうについたの!?」
「吉井くん!?」
様々な声が聞こえるが全て無視して走り続ける。そして、雲を抜けるかのように、向こうへとたどり着いた。メルさんは僕に邪魔が入らないよう後ろを向いて足止めをする。そのまま僕は前へ進む、ふと目の前に一人の教師が現れた。
「待っていたぞ、吉井」
鉄人だ。
「待っていたって、まるで僕がここに来るのを分かっていたみたいですね」
「ああ、分かっていたさ。言っただろう。お前は昔のままだと。いつかこうなるとふんでいた。だからわざわざこの合宿中、テストを受け直したのだからな」
日本史
学年主任 西村宗一 957点
「なっ!?」
なんだその点数は!?メルさんより高いぞ!
「お前の点数が延びだした頃から、俺も勉強をやり直してな。お前より点数が下になったら、お前を叱る事ができなくなるだろう?」
Rクラスになっても僕を叱る気なのか!
「…………関係ありませんよ。それでも僕は勝たせてもらいます」
「威勢だけは一人前だ。その威勢がどこまで続くか、説教室で見せてもらおうか」
「それだけは勘弁してもらいたいですね。『
日本史
Rクラス 吉井明久 897点
「ほう、仮面が無い場合はちゃんと名前で標示されるんだな」
「…………行きますよ」
「来い!吉井!」
僕の召喚獣は鉄人の召喚獣の懐へ向かっていった。
「ふん!」
それを真っ直ぐに放たれた拳が邪魔をする。それで僕は一つ分かった事がある。
「教師なのに召喚獣の扱いがあんまり上手くないようですね」
教師達は僕が観察処分者になる前は、自分達の召喚獣を使って雑用をしていた。だから、普通は生徒達より召喚獣の扱いが上手いはずなのだ。
「俺は召喚獣を使わず、自分の体を使っていたからな」
そりゃそんだけ筋肉
「くらえ、吉井!」
今度は鉄人が僕の方へ拳をふるってきた。
それを刀で流して、軽い連撃を当てた。
学年主任 西村宗一 854点
「終わりだ!鉄人!」
僕は刀を構える。
「西村先生と呼べ!」
鉄人は拳を握る。
僕の木刀と、鉄人の拳がぶつかる。
しばらく、二つの威勢はぶつかり合ったままだったが、しかしそこからカタリと音が鳴り、次の瞬間には鉄人の拳を僕の刀が叩き切っていた。
鉄人本人もろとも。
「ハァハァ。流石は鉄人」
鉄人を倒したはいいが、その余波で僕の召喚獣は吹っ飛ばされていた。雄二との殴り合いのせいもあって、フィードバックにより僕の体は限界を迎えていた。
しばらく地面に倒れ伏していると、ふと複数の足音が聞こえてきた。
「やったんだな、明久!」
「うん、何とかね」
雄二たちだった。二年の全クラス男子がそこにいた。
「大丈夫か、明久!」
「大丈夫だよ、秀吉。少し疲れただけだから」
すると、皆が鉄人が倒れているのを確認したようだ。わーっと言う歓声と共に、僕を称賛する声が聞こえる。
「よくやった、吉井!」
「流石だぞ!」
「MVPはお前だ!」
いつのまにか、周りはお祭り騒ぎになってしまった。
「さて、行くか明久」
雄二が僕に手を差しのべる。
「…………いや、いいよ。少し疲れたんだ。ちょっと休んで行くから、雄二達は先に行っててよ」
「…………分かった。必ず来いよ」
雄二はゆっくりと手を引っ込めた。
「うん、すぐに行くよ」
僕がそう言うと、雄二達はガヤガヤと騒いだまま、女子風呂へと続く通路へ消えていった。そして誰の声も聞こえなくなったのと入れ替わるように、一つの足音が僕の元へとやって来た。
「…………………帰ろうか、メルさん」
「…………………はい」
僕は立ち上がった。体に痛みが残っていたが、メルさんが僕を支えてくれたお陰で何とか歩けた。
そして僕はメルさんと共に、雄二達と逆の方へと足を進めたのだった。
「痛たた。やっぱり傷に染みるな」
僕はゆっくりと一人お湯に浸かっていた。しかも露天風呂でだ。実はこの宿に露天風呂があるのだと、こっそりメルさんが教えてくれたのだ。元々、この宿は潰れかけていたところを文月学園が買ったものなのだそうで、その名残で今も時たま使われているようではあるのだが、使えるのは教師達のような特別人達だけらしい。まぁ今回は覗き事件のせいで、殆ど使われなかったようだが。
「…………露天風呂なんていつぶりかな?」
風呂に浸かりながら僕が呟いた。
「…………吉井くん?」
すると、竹で区切られた女子風呂から声が聞こえてきた。
「その声は…………春咲さん?!」
「やっぱり吉井くんなんですね」
やっぱり春咲さんの声だ。
「何で春咲さんがここに?」
「…………えっと、吉井くんの荷物が何故か文月学園に届いたので届けに来たんです。配達を頼んでも最終日には間に合いませんから」
「…………川に捨てたってのは嘘か」
貴重品もあったから戻ってきたのは良かった。
「…………でも明日に僕は帰るから、そこまでしてくれなくて良かったんじゃない?」
さして急に必要なものもないし。
「まぁそうなんですけど。…………そうですね、露天風呂にも浸かりたかったからというのもあって」
そんなことで春咲さんが外に出るとは思えないが、まぁいいか。
「夕方頃に着いたんですけど、さっきまで吉井くんは忙しそうだったので、ここでゆっくりしようかと思って入ってたんです」
夕方頃ってことは、僕が階段前で雄二達を待ってた時くらいかな?
「もしかして覗き事件のこと知ってるの?」
「はい、こっそりと見てましたから」
あんな所でよく見る事がてきたなと思った。
「あんな盛大な覗き、聞いたこともないよね」
「ふふっ、そうですね。最後は皆、お祭り騒ぎでしたし」
ふと、そこから何故か会話が途切れた。会話が無くなると、そこは異常に静だった。静すぎて、向こう側に春咲さんがいないのではないか、と思ってしまう程に。僕はふと耳を済ます。お湯がジャバジャバと落ちる音が聞こえる。ぽちゃんと雫が落ちる音がした。
「………………吉井くん?」
春咲さんの声が僕を呼ぶと、それらの音が存在感を薄めた。
「どうしたの?」
「いえ、すみません。吉井くんがいるのかどうか分からなくなって……少し心配になってたんです」
春咲さんが小さな声でそう言った。
「それなら大丈夫、僕はここにいるから」
安心させるため僕はそう言った。
でもーー
「…………春咲さん?」
少し春咲さんの様子がおかしい。
姿は見えなくても、僕はそれを感じ取れた。
「……………………………………。」
それからしばらくしても、何も返ってこないので、今度そこ春咲さんが消えたのではと思ってしまった。
「………………吉井くん」
だがその憂いは春咲さん自身の声によって晴らされた。僕が安心したのも
「…………吉井くんは、やっぱりFクラスの方々と一緒にいた方が楽しいですか?」
その声は、その言葉はどこか、このお湯の中に沈んでしまいそうな程に不安定だった。春咲さんはそんな事を心配していたのか。もしかして、僕と雄二達を見てそう思ったのかもしれない。でも春咲さん、それは少し違う。
「…………確かに雄二達といるのは楽しいよ。だけど、僕は春咲さんと一緒にいる時もすっごく楽しいんだ」
そう、これは僕の本心。
「今でも時々思うよ。僕はRクラスに入る事ができて、幸せだなってね」
春咲さんと、メルさんと出会えて僕は良かった。こんなクラスメイトと学校を共に過ごせて良かった。そう思っている。
「……………そう…………ですか」
その声は小さく、か細いものだった。
でもそれはしっかり芯を持っていた。
その声は、しっかりと僕に届いた。
それからの会話は無かった。ただ体に感じるお湯の温かさが、妙に気持ち良かった。目を閉じるとジャバジャバと音が聞こえる。そして、また一つ雫が落ちる音がした。
バカとテストと最強の引きこもりを読んでいただいて、ありがとうございます。
一年ほど更新しないという事もありましたが、皆様のお陰でここまで頑張ってこれました。
皆様は、何今さら改まってんだ?ってお思いのことてしょうが、理由の一つとして、多分これが今年、最後の投稿となるかもしれないので、一応やっといた方がいいかなと思ってやりました。
投稿するとしても『Contacute』を投稿する位だと思います。とにかく、また来年もちょっとずつではありますが、頑張っていきたいので暇があればまた読んでやってください。