それは蝉のよく鳴く夏だった。
実際どうなのかは知らないが、自分はそう感じた。もしかしたら自分が泣いていたからそう聞こえたのかもしれない。
でも涙は流さなかった。
そこは蝉と同じくだとよく分からないことを思ったものだ。
ここはとても暑かった。いつもいる場所よりもかなり暑いと感じた。湿度が高いからなのか、単純に気温が高いからなのか、多分どちらもそうなのだろう。
でもここが好きだった。よく母から話は聞いていたのだ。自分が話を理解できるようになったくらいからずっと聞かされていた。だからもの心ついた頃には、そこに行きたいとなるのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
ここに来たときは随分と興奮した。初めて来たはずなのに懐かしく感じた。自分の肌に合っていると直感で思った。
大げさなのではと思うかもしれないが、それぐらいここへの第一印象は高かったのだ。期待を裏切らなかったとでも言うのか。元々ネットワークを通じてそこについて調べていたと言うのもあるのかもしれない。一枚の画像や、数分の動画を何時間眺めたか分からないくらい見た。そう、言わば憧れの場所だった。
この土地に来てからよく外を出歩いた。
普段とは違い、緑が濃く生き生きと輝いていたから自然とそれに誘われたのだと思う。元々外を出歩くのが好きで、かなりの頻度で家を出ていった。でもさすがにこの年で遠くへは行けなかったので、自分の足で歩ける範囲しか移動できなかった。そのせいで両親によく心配されていたが、折角ここまで来たのに、部屋でじっとしていたら勿体ないと思っていたのでそれは止められなかった。
いろんな所へ行った。山や川。村や街。見るもの全てが少しづつ違っていて、どこへ行っても楽しかった。
自分のお気に入りの場所も見つけた。それは林の中にあり、座りやすい大きな岩がある。独特な形をしている岩があって、自分はその岩を気に入っていた。そこに腰を掛けたり、寝転がったりするのが好きだった。目立たない隠れた場所なのでいつ来ても誰もいなかった。
その場所を少しの期間しか独占できないのが残念だといつも思ったものだった。そこだけ切り取ってもって帰りたいと思うほどに好きだった。
そしてそこが二人の出会いの場だった。
いつの間にか二人の秘密基地となっていた。
今でもはっきりと思い出す。懐かしい記憶。
覚えていますか?予想だときっと覚えていないのでしょう。
だけど何か一つでも覚えていたなら嬉しいと思うのは未練なのか、それとも……。
未だにその答えは分からないけど、いつか分かるといいな。
また紡いでいこう。
私とあなたのその記憶。