バカとテストと最強の引きこもり   作:Gasshow

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読書感想文ーーーーーーーーーーーーーーーーー!
数学ワーーーーーーーーーーーーーーーーーーク!



君の壁になろう

春咲さんがいないと気がついたのはほんの少し前だった。手伝いを頼もうと春咲さんに声をかけようとしたらいつの間にか消えていたのだ。葉月ちゃんに聞いても、メルさんに聞いても春咲さんを見かけてないと言う。流石に僕は心配だからと店を二人に預けて、クラスの居住スペースに向かった。春咲さんが一人でクラスの外に出るとは考えられなかったからだ。

そこで廊下を歩いている時に、春咲さんの部屋の扉が何故か空いている事に気がついた。いつもは閉じているのにと不思議に思いながらも中に入る。入るのは二回目だが何とも綺麗で整理整頓された部屋だ。だが中に春咲さんはいなかった。

 

「ここは………。」

 

部屋の壁にある出入口とは違うもう一つの扉。ここも以前に入ったことがある。春咲さんの研究室だ。僕は遠慮がちに中に入った。そこは見ただけではよく分からない資料や装置なんかが多く置いてある。そのせいか、キョロキョロと辺りを見回しながら部屋をうろついていたら変なボタンを触ってしまった。

 

「やばっ!」

 

ブンと何かの電源が着く音と共に、いくつかのモニターがなにかを映し出した。見ればそれは校内の隠しカメラの映像だった。学園祭の真っ最中なだけあってどの画面でもガヤガヤと賑わっている雰囲気が伝わってくる。だからだろう、暗い画面に映る数人の男達と仮面とマントを着ている春咲さんをすぐに見つけられたのは。その画面を見た瞬間僕は走り出していた。

場所は体育倉庫。部屋を出て、居住スペースを抜け、教室を抜けて、廊下から階段をかけ下りてる。そのまま一気に走って体躯倉庫の扉を開け放つ。

 

「春咲さん!」

 

そこには七人の男と地面に、尻餅をついて仮面を剥がされかけている春咲さんがいた。カッと自分の中の何かが跳んで、呆気にとられている目の前の男を殴り飛ばした。急いで春咲さんに駆け寄る。春咲さんは人形みたいに固まってしまってる。震えてすらいない。目の焦点もどこかしら合っていない。視線を集められるだけであんなに怯えてたんだ。狭く暗い部屋で複数のしらない男に囲まれて悪意をもろにぶつけられたらこうなるのは当たり前だろう。

 

「くそっ!見つかったか!」

 

「どのみちこの二人を動けなくするってのが依頼の内容だったんだ。引きずり出す手間が省けて良かったじゃあねぇか」

 

「……………黙れよ」

 

「ああっ?」

 

「その汚い口を閉じろって言ってるんだこの糞野郎!」

 

思いっきり殴りかかった。何がどうなるとかそんなのは考えなかった。考える余裕がなかった。目の前にいるこいつらを殴ることしか考えれなかった。複数の拳が僕を襲う。痛みが身体中を駆け巡った。口の中が血の味で広がる。それでも血が頭に昇っているせいか、僕が止まることはなかった。どのくらいの時間が経ったのか、僕には長く感じたが実際は物凄く短かったと思う。

 

「はぁはぁ、なんだこいつ。倒れねぇぞ」

 

 

目の前がぐるぐると回る。目玉だけが回っているみたいで、立っているので精一杯だ。

 

「はぁはぁ、ゲホッゲホッ。倒れるわけにはいかないんだよ。……約束したから、春咲さんを守るって。決めたから、この大会で春咲さんを優勝させるって。だから倒れるわけにはいかないんだよ」

 

ほとんど働いていない思考でなんとか言葉を絞り出す。たぶん頭に浮かんだことを無意識で口に出していたんだと思う。そしたら僕の腰辺りに腕が回って力強く締め付けた。今ではもう馴れたくらいの感覚だ。

 

「はぁ、ごほっ。春咲さん?」

 

僕が春咲さんの方を向いたらドサッという音が一斉に聞こえてきた。音がした男達の方を見ると全員が床に崩れ落ちている。そしてわその真ん中にはマントを着てフードを被っている羊の仮面をした人物が立っていた。

 

「申し訳ございません。遅くなりました。明久様。彩葉様」

 

この口調にこの格好。メルさんだ。彼女を認知した瞬間、唐突に安心感が来て、僕も糸が切れたように崩れ落ちた。

 

「助かったよメルさん。あんだけ働いてたのによく分かったね」

 

「メイドの勘です。それにこれではNo.1メイド失格です。本当に申し訳ございません」

 

メルさんは僕たちを見て一つお辞儀をしてこう言った。

 

「いや、流石No.1メイドだよ。ありがとうメルさん」

 

何も告げず出ていったのにこの事に気がづいて、短時間でここを見つけるなんて普通はあり得ないだろう。

 

「明久様、後はお任せしてよろしいでしょうか?」

 

「うん、大丈夫だよ。任せて」

 

「ではこれにて」

 

そう言ってメルさんは床に転がっている男達を引きずって出口に向かって行った。だが出口から出る直前にメルさんは立ち止まってこっちを振り向いた。

 

「明久様、恐れながら一つ言わせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……うん、いいよ」

 

「では言わせていただきます、明久様。もう少しこのワーメルト・フルーテルを頼って下さいませ。いつでも私は貴方様たちお二人の味方です。お困りの事があれば、まずこの私にご相談をしてくださるくらいでいいのですよ」

 

言い終わるとメルさんはもう一度丁寧にお辞儀をして出ていった。扉の閉まる音が鳴って何も聞こえなくなる。

 

「…………………………。」

 

取り合えず春咲さんを落ち着かせよう。ぎゅっと正面から春咲さんを抱き締める。この間、僕の家でやったよう。彼女が落ち着くように。そして僕の胸に顔をうずめている春咲さんもぎゅっと僕を抱き締め返す。

 

「…………怖かったです。あんなに怖かったのは久しぶりでした」

 

急に春咲さんが話しかけてきた。

 

「…………ごめん、春咲さん」

 

顔は見えないが春咲さんがクスッと笑った気がした。

 

「何で吉井くんがあやまるんですか。私は感謝してます。それに嬉しかったです」

 

「助けに来たことが?」

 

「それもですが、私を守ってくれたことですよ」

 

「………いや、守れなかったよ」

 

「守ってくれましたよ。こんなボロボロになって、それでも私の心配をしてます。それに謝るのは私の方ですよ。私が捕まらなかったら、明久君がこんな目に合わずに済んだんですから」

 

「数日あれば治るよこれくらい。見た目ほど酷くはないから。捕まったのだってあいつらが勝手に連れてっただけなんだから」

 

「いえ、私が悪いんですよ。一人で教室に出るから」

 

「えっ!?春咲さん教室から出てたの!?」

 

「はい、少しでも人目に慣れようと思って。前の試合を見て吉井くんがしんどそうだったから。次の試合は吉井くんと戦いたかったんです」

 

どうやら春咲さんは、この大会に参加できなかったのを負い目に感じていたらしい。

 

「…………そっ………………か」

 

そっか。僕はそれしか言えなかった。暗がりの闇に、僕の呟きが溶けて消える。

 

「…………はい」

 

二人とも押し黙る。温かい空気が僕を撫でた。しばらく僕たち二人の間を沈黙が駆け巡る。外は祭の熱気で騒がしいと言うのに、ここはどこまでも静かで緩やかだった。

 

「…………ねぇ吉井くん」

 

しかし、その沈黙を破ったのは春咲さんの方だった。

 

「…………何?」

 

「えっと、これからも私を守ってくれますか?」

 

「うん、約束したからね」

 

「…………そうですか。それは良かったです」

 

そんな春咲さんの言葉を僕は飲み込んで、新たな決意を胸に刻んだ。次はきっと、きっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから次の試合が始まったのは、僕たちが外へと出てすぐだった。

 

「対戦科目は保健体育、始め!」

 

 

 

 

保健体育

 

 

二年

 

 

Rクラス こま犬 70点

&

Rクラス ウサギ 70点

 

 

vs

 

 

Aクラス 霧島翔子 346点

&

Aクラス 木下優子 321点

 

 

 

 

 

 

二年Aクラスの二人だ。二年生で参加しているチームでは最高の得点を誇っている。特にAクラス代表である霧島さんは要注意だ。この点数差一人で勝てるのか?そんな疑問が僕を支配する。しかしそれから、ふと腕に引っ付く春咲さんを見る。そうだ、守るって約束したんだ。勝たなくちゃ。

 

「………………因縁の対決。今度は私たちが勝つ」

 

「私は今回代表の付き添いみたいなものだったんだけど、あなた達と戦えるなら参加して良かったと思えるわ。全力の点数でないことが残念だけど」

 

試召戦争以来だな、この二人と喋るのは。どうやら前回の試召戦争のことを根に持っているようだ。

 

「うん、僕も戦えて嬉しいよ。でも何で霧島さんは大会に参加したの?」

 

「…………雄二と行くため」

 

「な、なるほど。それなら勝たせてあげたいけど、勝ちは譲らないよ」

 

僕は内心で、雄仁に合掌した。

 

「…………うん、全力で真剣勝負」

 

「そうだね、お互いに頑張ろう」

 

とは言ったもののこれではかなり厳しい。二人とも三百点台とは流石だ。教師からの合図の後、挨拶が終わると同時に二人がこっちに向かってくる。点差がこうもあると二人の攻撃を同時に受け止めるのは無理だ。押し負けてしまう。ここは一旦後ろに下がるか?いや、駄目だ。後ろには春咲さんがいる。仕方ない。受け止めるしかないか。槍と剣が迫ってくる。二つの攻撃を受け止めるために体を沈め、刀を構えた。しかし自分に来た攻撃は一つだけだった。それはそう、春咲さんの召喚獣がもう一つの攻撃を受け止めたからだ。

 

「春咲さん!」

 

「吉井くん、私を守ってくれるんですよね。それならもうこれくらい怖くありませんよ」

 

春咲さんは僕の腕から離れると、僕の手の掌を握ってきた。何故かさっきより接触している面積は小さいのにすごく恥ずかしくなる。

 

「勝ちましょう、この試合!」

 

「そうだね、勝とう!」

 

横に逃げて、そこから二人で激しく移動しながら攻撃を当てていく。回りながらローテーションに攻撃する。霧島さんも木下さんも反撃をするが当たらない。

 

「うっ、当たらない!」

 

「二人とも操作が雑になってきてるよ」

 

右を向いたら左を攻撃。前を向いたら後ろを攻撃と言ったように、二人で連携して点数を着実に減らしていく。そして最後は一斉に畳み掛ける。

 

Rクラス こま犬 43点

&

Rクラス ウサギ 70点

 

 

 

vs

 

 

 

Aクラス 霧島翔子 0点

&

Aクラス 木下優子 0点

 

 

 

 

 

僕達は見つめあって笑った。仮面で春咲さんの表情は見えなかったけどきっとそうに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に清涼祭一日目を終えて、片付けや明日の用意をし終わって。皆自室に帰っていった。明日も早いから早めに寝ようと言うことだそうだ。僕も疲れたのでベットで横になった。

 

コンコン。

 

しかしそこで、扉を叩く音が鳴った。僕はベットから起きて犬小屋の出口の前まで行く。こうやって部屋に入ってくるのはメルさんだけだ。どうしたんだろう?明日に向けての話し合いかな?

 

「入ってきていいよ」

 

僕がそう言うと、小さな扉がパカッと開いて春咲さんが這い出るようにして入ってきた。

 

……………ん?春咲さん?

 

「こんな夜遅くにごめんなさい」

 

「い、いや。それは全然いいんだけど、まさか春咲さんが僕の部屋に来るとは思わなかったよ。いつもはメルさんだけだから」

 

「ごめんなさい、少し話したいことがあって訪ねたんです。ご迷惑でしたか?」

 

僕はそれを首を横に振ることで否定する。しかし、こうして僕の部屋に春咲さんがいると言うのはなんとも奇妙な感覚だ。

 

「私、自分の部屋以外の人の部屋に入るのは初めてなので少し緊張してます」

 

「僕も女の子を自分の部屋に入れたことなんてほとんどないからちょっと緊張してるよ。それで、えっと話したいことって?」

 

「話したいことというより、改めてお礼が言いたかったんです」

 

春咲さんはペコリと頭を下げた。

 

「今日は本当にありがとうございました。私を守ってくれて、私を守ると言ってくれて。今まで私を守ってくれるのは自分の部屋の壁だけでしたから、とても嬉しかったです」

 

春咲さんは、それだけを言うと少し居心地が悪そうに目線を泳がせて、体の置場所を探すように挙動不審になった。

 

「…………えっと、それだけ言いたかったんです。とにかく明日も頑張りましょう!」

 

そう言ってから春咲さんはウサギの如く駆け出して犬小屋をくぐっていった。

 

「あいた!」

 

ゴンと頭をぶつける音がなった。あそこぶつけやすいんだよね。大丈夫かな?しかし嵐と言うよりはつむじ風のようにあらわれて消えていったね、春咲さん。僕は一つ息を吐いてベットに倒れ横になる。良かった。春咲さんが人目にある程度耐性ができて。それはきっと、春咲さんを引きこもりから脱出させる大きな一歩になったはずだ。でも今は目の前の事を考えよう。とにかく、明日の決勝のためにも早く寝なければ。僕はそっと目を閉じて電気を消す。そして、そのままゆっくりと夜は更けていく。ゆっくりと緩やかに、しかし確実に深く深く、それは海の奥底に沈むようにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。清涼祭最終日。その日ある試合は決勝であるこの試合だけだ。

 

「流石は決勝戦だね。観客の数が随分と多い」

 

会場を前にドクンと、少しだけ脈が早くなった。緊張していないと言えば嘘になる。

 

「大丈夫?こんなに人がいるけど」

 

「吉井くんがいてくれるなら大丈夫です」

 

「よし!ここまで来たんだ、絶対勝とう!」

 

「はい!」

 

『さて皆様。長らくお待たせ致しました!これより試験召喚システムによる召喚大会の決勝戦を行います!』

 

聞こえてくるアナウンスは今まで聞いたことのない声だった。もしかするとプロを雇っているのかもしれない。世間の注目を集めている大会だし、充分考えられる。そうなると、あの時ババアが言っていたデモンストレーションってのはあながち嘘ではないみたいだ。

 

『出場選手の入場です!』

 

僕と春咲さんは軽く頷き合って、観客の前に歩み出た。

 

『二年Rクラス所属・こま犬さんと、同じくRクラス所属・ウサギさんです!皆様拍手でお迎えください!』

 

盛大な拍手が雨のように降ってくる。

 

『Rクラスはこの学園の最高クラスにして特別クラスでもあります。今回は残念ながらその実力のうち少ししか垣間見ることができませんが、本来はAクラスと大差をつけるほどの点数の持ち主達です!』

 

アナウンスで僕達の紹介がされる。

 

『それに対する選手は、三年Aクラス所属・夏川俊平君と、同じくAクラス所属・常村勇作君です!皆様、こちらも拍手でお迎えください!』

 

相手は三年のAクラスか。なかなか強そうだ。

 

『出場選手が少ない三年生ですが、それでもきっちりと決勝戦に食い込んできました。さてさて、最年長の維持を見せることができるのでしょうか!』

 

同じように拍手を受けながら、二人はゆっくりと僕らの前にやって来た。

 

『それではルールを簡単に説明します。試験召喚獣とはテストの点数に比例したーー』

 

アナウンスでルール説明が入る。もう充分に知っていることなので、僕らはそれを無視して先輩達とにらみあった。

 

「…………あなたたちですね、昨日私を拉致するように仕向けたのは」

 

機械的な音声が聞こえる。仮面に仕込まれたボイスチェンジャーだ。

 

「けっ、気づいてやがったか。そうだよ、お前たちが公衆の面前で恥をかかないようにしてやろうとしたのによ」

 

事前に春咲さんに聞かされていた通り、彼女の推測は合っていたようだ。

 

「先輩。僕も一つ聞きたいことがあります」

 

「ぁんだ?」

 

「教頭先生に協力している理由は何ですか?」

 

そう聞くと、坊主先輩は一瞬驚いた顔をした。今回、学園長の失脚を狙っているのは教頭先生だ。だからこの二人は教頭先生と通じているはず。

 

「………そうかい。事情は理解してるってことかい。まぁ学園長と通じてるお前らなら知っててもおかしくはないか」

 

「それでどうなんですか?」

 

「進学だよ。うまくやれば推薦状を書いてくれるらしいからな。そうすりゃ受験勉強とはおさらばだ」

 

「そうですか。そっちの常村先輩も同じ理由ですか?」

 

「まぁな」

 

「…………そうですか」

 

小さく頷いて会話を打ち切る。僕が聞きたいことはそれだけだ。

 

『それでは試合に入りましょう!選手の皆さん、どうぞ!』

 

説明も終わり、僕達は配置についた。審判役の先生が僕らの間に立つ。

 

「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」

 

掛け声をあげ、それぞれが分身を呼び出した。

 

日本史

 

 

 

二年生

 

 

 

Rクラス こま犬 70点

&

Rクラス ウサギ 70点

 

 

 

vs

 

 

 

三年生

 

 

 

Aクラス 常村勇作 209点

&

Aクラス 夏川俊平 197点

 

 

 

 

 

 

 

「くくっ、こんだけの点数でしか勝負できないとは残念だな」

 

「けけっ、夏川あんまりいじめるなよ。可哀想だろ」

 

 

あからさまな挑発、だけどそんなのにのってやる必要はない。だってーー

 

「…………僕は決めてるんだ」

 

「ぁん?」

 

「この大会で春咲さんと優勝するって。」

 

僕の召喚獣は既に先輩たちの懐に潜り込んでいるのだから。

 

「「なっ!?」」

 

下から二人ともに木刀のアッパーで打ち上げる。

 

「春咲さん!」

 

「わかってます」

 

春咲さんが上にとんで攻撃をする体勢になる。

 

「俺たちをなめんじゃねぇぞ!」

 

先輩たちのも体勢を立て直す。流石は三年生。召喚獣の扱いが上手い。準決勝の二人より点数は低いが、彼らの方が実力は上だろう。だけどそんなんじゃ春咲さんの攻撃は止められない。春咲さんの召喚獣は常村先輩の召喚獣の武器の上に着地して、もう一人の先輩に一太刀浴びせていた。

 

「相手の武器の上に乗るなんて、そんなばかな!」

 

「あり得るのかそんなこと!」

 

「Rクラス主席をなめないでもらいたいね」

 

春咲さんはそのまま二人ともを地面に叩きつける。

 

「今です!明久君!」

 

春咲さんの攻撃で怯んでいる隙に僕が一直線に並んで倒れ伏している先輩たちを一刀両断する。先輩たちの召喚獣が音をたてて消えていく。

 

『こま犬・ウサギペアの勝利です!凄い戦いでした!まるで嵐のような連携に、召喚獣の操作能力の可能性を見せつけられましたね』

 

わぁっ、と一斉に歓声がおこる。僕たち二人は共にガッツポーズをしていた。二人でもぎ取った優勝だ。それが嬉しくてたまらない。間違いなく僕は今、最高の気分を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単な授賞式を終えて、僕達は学園長室に来ていた。

 

「学園長、優勝しましたよ」

 

「そんなことわかってるさね。全く物好きな奴等だよあんたらは。自分達の得になりゃしないってのに」

 

「いえ、私にとって学園長はお母さんみたいな人ですから。親を助けるのは子として当然です」

 

「…………そうかい、好きにしな」

 

学園長の表情は少し無愛想だ。それにしてもお母さんか………。妖怪から天使が生まれるわけないのでなかなか想像しにくいな。

 

「そういえば、なんで先輩たちは私たちが学園長と通じてることを知ってたんでしょうか?」

 

春咲さんが何かぶつぶつと呟いている。

 

「どうしたの春咲さん?」

 

「いえ、なんでも………ありません。」

 

なんだろう、まぁ何でもないって言ってるし大丈夫か。

 

「それにしても、もうこんなことはないようにしてくださいよ、ババア長。すっごく大変だったんですから。景品のこの白金の腕輪が欠陥品だなんてあり得ませんよ。もし暴走して生徒たちに何かあったら「待って下さい吉井くん!この話はマズイです!」……春咲さん?」

 

「恐らくは、盗聴です」

 

春咲さんは外へと駆け出して学園長室の扉を開け放った。すると複数の足音が遠ざかっていくのが伝わってきた。

 

「追いかけますよ吉井くん!」

 

「ちょ……春咲さん、どう言うこと?」

 

「盗聴です!あの先輩たち、この部屋に盗聴器を仕掛けてたんです」

 

「なんだって!?」

 

「あの一連の会話も聞かれていたはずです。録音なんかされていたら流石にマズイです!」

 

「録音!?冗談じゃない!」

 

そんなものが公開された日には今までも努力が全て水の泡だ。二人で屋内と屋外を走り回る、だけど春咲さんは普段あんまり運動しない。当然僕に追い付けなくなる。

 

「はぁはぁ、吉井くん。先に行ってください。私に合わせていたら見つかるものも見つかりません」

 

確かに、でも僕一人で探したとしてもこの学園のどこにいるかもわからない人達を探して捕まえるのはほぼ不可能だ。どうしよう。焦りが僕のなかに生まれる。

そんな時、ふと思い出した。メルさんの言葉を。僕は急いで携帯を取り出してメルさんに電話する。ワンコールが鳴り終わる前にメルさんが電話に出た。

 

「どうなされました、明久様」

 

「急いでるから理由は省略するけど、ある人物を捕まえてほしいんだ!特徴は坊主頭と小さなモヒカンで、見たらすぐわかるはずだよ!僕達の決勝戦の相手だった先輩たちだったから!」

 

「かしこまりました。早急に確保します。」

 

その一言の後に電話が切れる。

 

「はぁはぁ。……なるほど、彼女に頼めばよかったですね」

 

「うん。もっと頼ってくれって言われたからね」

 

まだ問題は解決していない。してはいないが、僕はもう大丈夫だと言う安心が心の中に芽生えていた。そして、そんな僕の心情を裏切ることはなく、その三分後に僕の携帯から着信音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わっちゃったね、清涼祭」

 

「はい、とても楽しかったです」

 

僕達は夜遅くに誰もいない校舎で散歩をしていた。春咲さんが僕を誘ってそれを了承したからだ。夜の校舎と言うのは、僕が思っていたよりも随分と怖い。まぁ怯えるほどでは全然ないけど。しかしそれは置いて置いて、今僕は非常にもう何回目か分からない既見感(デジャブ)を味わっていた。と言うのも、僕の左腕には春咲さんがくっついている状態にあり、僕はそんな春咲さんを引っ付けて歩いていた。

 

「…………えっと、ここに人目なんて一つもないんだけど」

 

「…………夜の校舎って怖いじゃないですか。だからです」

 

そうなのか。春咲さんってあんまり幽霊とか信じないタイプな気がするんだけど。いや、それは間違いか。もし本当にそうなら『試験召喚システム』なんてオカルト要素のある物を研究しようとは思わないはずだ。にしても春咲さん、こんな夏の夜に体を引っ付けてて暑くないんだろうか?

 

「春咲さん、熱くない?」

 

「熱くないありませんよ。(暖かいです)

 

「えっ、なんか言ったかな?」

 

「ん~なんでもありませんよ」

 

春咲さんがにっこりとした笑みを僕に向けた。その笑みを真っ直ぐに見てしまい、僕は照れてそっぽを向いた。

 

「どうしたんですか?」

 

「なんでもないよ」

 

春咲さんはクスクスと笑った。

 

「ふふっ、おかしな人」

 

そうしてまた一層、声にならない小さな笑い声を春咲さんはあげた。そんな彼女の笑い声を聞いてふと、僕は思い出した。

 

「そういえば決勝戦の時に、僕のこと名前で呼ばなかった?」

 

あの時、確かに春咲さんは“明久くん”とそう言った気がしたんだけど……。

 

「き、気のせいですよ!」

 

「ほんとに?」

 

「は、はい!」

 

うーん聞き間違いか。僕も勝負に夢中だったからね。もしかしたら春咲さんと距離を縮めらると思ったんだけど、まぁ聞き間違いなら仕方がないか。

 

 

 

 

 

 

僕たちは散歩を再開する。そのまま二人でゆっくりと夜の校舎を歩き続ける。この時間がいつまでも続けばとそう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し王道で甘めにしすぎましたかね?
3巻の分は春咲の出番皆無だからこれくらいしてもいいよね。
誤字脱字、矛盾点などあったら教えて下さい。
感想待ってます。

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