自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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西には無かった夢の国。
仕方がないから東に向かうブルー・プラネット。



第9話 シモベの創造

 シェルターから離れて森を散策し、1、2時間たったころ、ブルー・プラネットは森の端に達する。いや、自我と感覚を共有する樹々がそこで途切れていることを知る。そして、その辺りで他の動物と異なる信号――人間の存在を感知した。

 ブルー・プラネットはその信号源から少し距離を置いて樹から抜け出し、周囲の物音に耳を澄ます。警戒心とともに。

 

「この草が薬草だよね?」

「そう……だと思う。持って帰って調べてもらわないといけないけど」

 

 風に乗って人間の声が伝わってくる。若い――幼い声だ。声を発している2人の他にもう1人いることが足音や葉の擦れる音で分かる。スキルによる情報とも矛盾はない。

 人間たちは、話の内容からみて薬草を採集しているのだろう。彼らがいるのは森の端から2,30メートルほど入ったところ。ブルー・プラネットが実体化した地点は更に100メートルほど森の奥だ。

 

 ブルー・プラネットは夢から醒めた気持になる。楽しかった森の散策は終わりだ。人間との接触がこうも早く来るとは――何も考えていなかった迂闊さを反省する。

 

 とりあえず再び樹の中に入り、人間たちから10メートル離れたところで大木の陰に隠れるように実体化する。ゲームとは違い全身ではなく、顔と腕だけを出して樹の幹に「シイの実」を埋め込む。そして、再び樹の中に戻り、人間たちを囲むように次々と樹にアイテムを埋め込んでは樹の中に戻る作業を繰り返す。

 樹の中からでは外界の様子は分からないが、アイテムを埋め込んだ樹から視覚・聴覚の情報を得ることが出来る。視覚は樹々に遮られるが、静かな森の中でもあり現在の鋭敏化された聴覚によって人間たちの会話をハッキリと聞くことが出来る。

 

「これが熱冷まし……?」

「葉っぱの形がちょっと違う。見本は、ほら、もっとギザギザしている」

「もっと奥に行った方が良いかな?」

「でも、あまり深く入って迷ったら大変だよ」

 

 どうやら、薬草にあまり詳しくない人間たち――子供たちが3人で薬草を探しているようだ。

 

 さて、どうするべきか――ブルー・プラネットは思案する。

 おそらく、この子供たちは危険な存在ではない。少なくとも、樹に潜むブルー・プラネットの存在を感知できる能力をもつレベル――ユグドラシルであれば70レベル以上――ではない。スキルでは敵意は感じられないし、声の調子には知らぬふりの演技という違和感もない。

 

 では、ここで姿を現してもいいのかというと、そうとも言えない。

 ユグドラシルのシナリオならば基本は勧善懲悪だ。子供たちを助けることで見返りに何かのアイテムが手に入ったり、有益なヒントが得られるかもしれない。ナザリックへの帰還に必要な情報が。

 だが、この世界では今のところその保証はない。子供たちに姿を見せて生かして返したら、植物系モンスターを討伐するため軍隊が来るかもしれない。この静かな森が荒らされる可能性がある。

 かといって、何もしていない子供たちを皆殺しにするのも流石に気が引ける。

 とりあえずは様子を見るべきだ。

 

――それにしても、子供たちだけで……大人たちは何をしているのだろう?

 

 そんな疑問が生じ、少し離れたところで木から抜け出て体を霧に変え、<擬態>(カモフラージュ)<自然化>(ワンインネイチャー)<視線回避>(ゲイズスクリーン)の魔法を重ね掛けして周囲の樹々に紛れ、上からこっそりと子供たちを眺める。

 子供たちは自分たちを上から眺める霧の塊に気が付く様子もなく、薬草と思しき草を集めている。ボサボサの髪の毛は明るい色をしており、日本人の子供ではないようだ。やはり「人間:欧州系」なのだろう。その手は草の汁で汚れ、すり傷だらけで、頬には涙の跡がある。

 

「これで助かるかな……?」

「うん……帰ろう……」

 

 子供たちは集めた草を籠にまとめ、帰っていく。時間を見ると、もう17時を回っている。まだ日没までには間があるが、森の中はそろそろ薄暗くなるころだ。

 ブルー・プラネットは霧になったまま、子供たちの後をつける。5メートルほどの高さで宙に浮いた霧の体は木々の枝に引っかかることも、枯葉を踏みしめることもなく、音を立てずに移動する。

 仮に子供たちが後ろを振り返ったとしても、魔法によって視線は逸らされるはずだ。また、仮に視線が定まったとしても、樹々の中で漂っている霧が自分たちを監視しているとは思わないだろう。

 

 そして、森の端につく。

 ブルー・プラネットは今度は地を這うように体を低くし、滑るように移動する。魔法によって擬態された霧の体は地面の草と溶けあい、その移動は草叢が風にそよぐようにしか見えない。

 

 森の端から数百メートルほど離れたところに、柵に囲まれた小さな村があった。子供たちは柵の門を開け、村に入っていく。

 ブルー・プラネットは聞き耳を立て、村の中の様子を探る――至る所から、呻き声が聞こえてくる。どうやら病気が蔓延しているらしい。スキルによる感覚も人間が集団で弱っていることを感知している。

 

「ただいま。様子はどう?」

「変わらないよ。熱も引かないし」

「ネスタさんの所に行って薬草を見てもらってくる」

「気を付けてね」

 

 先ほどの子供の1人と、その親の声だろう。暗い声に交じって溜息をついている。

 

 なるほど――ブルー・プラネットは状況を飲み込む。

 つまり、この村は疫病に侵されており、動ける大人が看病する一方で子供しか森に行けないのだ。そして、医療水準は低く、薬草なるもので治療するしかないらしい。

 

(ならば、この村でこの世界の人間について情報が得られるかもな)

 

 森で生きていくためには、火を使う者たちを排除しなくてはならない。この世界の社会――騎士や魔法詠唱者といった存在から推測される国家などの組織――についても知っておく必要がある。

 そして、ナザリックについても何かヒントが得られるかも知れない。

 

 ブルー・プラネットは森に戻り、植物系モンスターである自分の代わりに動ける者――万一の場合には捨て駒となる者を創ろうと考える。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルー・プラネットは森の探索で見つけた動物たちの群れ――イノシシによく似たもの――に近づき、その中の2頭に狙いを定める。非実体化を解いて、両腕から蔦を2本伸ばし、各々を2頭の獣の後脚に絡みつかせ、一気に宙に吊り上げる。

 

 プギィィィィィ

 

 静かな森の中に獣の悲鳴が響き渡り、群れは一斉に森の奥へと散っていく。

 ブルー・プラネットは、捕まえた2頭の獣を手元に引き寄せ、吊るされながらも暴れ続けるそれらに魔法を掛ける。

 

<獣類(メタモルフォース・)人化>(アニマル・トゥ・ヒューマン)

<獣類(メタモルフォース・)人化>(アニマル・トゥ・ヒューマン)

 

 獣を人間に変形させるドルイド魔法だ。

 

「おお!」

 

 ブルー・プラネットは思わず声を漏らす。自分と獣との間に何か細い糸で繋がれたような感覚が生じ、目の前でイノシシに似た獣が姿を変えていく。

 

 短い脚が伸び、手と足に分化し、体毛が消え、頭部が人間のそれへと変化し――

 

 そして出来上がった”それ”をみてブルー・プラネットは眩暈を覚える。

 年齢は三、四十といったところか、茶色の髪と瞳をもつ、欧州系の身体的特徴を備えた男女が立っている。地理的な影響なのか、ブルー・プラネットの認識のせいなのか、やはりユグドラシルの人間種基本タイプの1つ「人間:欧州系:一般人」だ。これならば、先の子供たちの特徴から考えても、村で溶け込める可能性が高い。

 

 それはいい。しかし、全裸なのが問題だ。

 

 これがもう少し若ければ、そして鍛えた肉体であれば、ブルー・プラネットはまだ平静でいられただろう。しかし、色々な個所の肉が弛んだ中年の男女が一糸まとわぬ姿で直立不動の体勢を取り、こちらを見つめている。ユグドラシルであればアイテムや装備品は無いものの、着衣の状態で創造されたはずだが――この世界は、どうやらそこまで便利ではないらしい。

 

 居たたまれない気分になったブルー・プラネットが二人に声をかける。

 

「あ、あー、お前たち、私の声が聞こえ……るか?」

 

 直立不動の全裸の男女を前にして力が抜けるが、真剣な彼らの視線につい口調が改まる。

 

「はっ! もちろんでございます、わが主よ」

 

 全裸の中年男女が真顔で跪く。言葉は通じるのかとブルー・プラネットは少しばかり安心する。そして、返答がオウム返しや「聞こえます」といった単純なものでないことに驚く。

 召喚モンスターにも表情や意識はあったが、動物から作り出したこの者達にも自我があるのだろうか?

 

「お前たち、寒くはないか?」

「はい。すこし風がスースーしますが、快適でございます」

 

 何の衒いもなく、全裸の中年男女が声を合わせて恭しく答える。

 やはり、AIとは違う自由な会話をしている。

 

「そうか、それはよかった」

 

 創造主が被創造物を思いやる声に、全裸の中年男女は最高の、零れんばかりの笑みを返す。

 あまりにも真直ぐな視線――目のやり場に困ったブルー・プラネットは仕方なく質問を続ける。

 

「お前たちは今、私が野生の獣から人間へと変化させたのだが、野生の記憶は残っているか?」

「はい、曖昧な記憶ではありますが、あちらで食事をしていたところをブルー・プラネット様に導かれ、人間にしていただいたことを覚えております」

 

 男が率先して答え、女はその横で頷いている。

 

「ふむ、お前たちは私の名を知っているのか?」

 

 創り出したシモベは、まだ名を告げていないのに「ブルー・プラネット」という名を口にした。そして、どうやら動物であった記憶は保持しているが、無理やり変形させられたことに恨みや怒りなどの感情は抱いておらず、忠誠心があるらしい。これは、植物系モンスターを召還したときもそうだったが、直感的にも理解できる。

 

「当然でございます。御手によって作られた私どもが主のお名前を存ぜぬはずがございません」

 

 そういうものなのだろうか? ブルー・プラネットは頷いて質問を続ける。

 

「では、お前たちは……この周辺の村のことを知っているか?」

 

 跪いている男女は顔を見合わせ、やがて男が答えた。

 

「申し訳ございません、主よ。森の外に人間の村……というものがあることは知っておりますが、私たちは人間たちを避けておりましたので」

「そうか……では、人間たちがどのような生活をしているかは?」

「申し訳ございませんが、存じません。たまに何人かが森に入ってきて、木の実などを集めてはいるようですが」

 

 ブルー・プラネットが知っている以上の情報は無いようだ。ブルー・プラネットがユグドラシルからこの世界に来て戸惑っているのと同様、彼らも動物からいきなり人間にされて戸惑っているのだろう。

 

「ふむ……そうだ、お前たちは子供はいないよな?」

「はっ! 現在、私が知る限り、私の仔はおりません」

 

 男が答える。

 

「はい、春に生まれた巣立ち前の仔が5匹おります」

 

 女が答える。

 

「ダメでしょ!」

 

 それまでの支配者として精一杯保っていた威厳が崩れ、ブルー・プラネットの地が出る。反射的に出た言葉だが、熟慮した上でも結論は同じだっただろう。もっと威厳のある物言いは出来ただろうが。

 

 <獣類人化>を解き、女のシモベは再びイノシシに似た獣に戻る。

 その獣は数瞬、不思議そうな目をして周囲を見渡し、森の奥に駆けていった。

 

(仔が死んだら俺のせいだもんなあ)

 

 ホッとして獣を見送り、ブルー・プラネットは残された雄のシモベを見る。

 その男は真っ青な顔をして震えている。

 

「ブ、ブルー・プラネット様……私共の何が至らなかったのでございましょうか……?」

 

 やっとのことで言葉を絞り出した男を見て、ブループラネットは自らの短慮に気が付く。

 男が震えあがるのも無理はない。彼の視点では、仲間がいきなり存在を否定され、その身を獣に変えられて追放されたのだ。

 

「……いや、お前たちに罪はない……ただ、彼女の仔を死なすわけにはいかんだろう?」

「私共つまらなき者たちのために、なんともったいなきご配慮!」

 

 ブルー・プラネットが慌てて腕を振り、彼の危惧を否定すると、シモベは涙を流して感謝する。

 

「いや、いいから。それよりも、やはり2人目は欲しいな……お前の目で雄を……男を選んでくれないか? そうだな、若く健康な男がいい」

 

 自らが生み出したシモベの歪んだ忠誠心に罪悪感を覚えながら、ブルー・プラネットは命じる。

 

「承知いたしました。それではもう1つの餌場にご案内いたします」

 

 今の餌場には獣は残っていない。すでに森の奥に逃げてしまった。

 

「ああ、だが、その前に、お前の体を隠しておいた方がよいだろうな」

 

 既に人間となったシモベが動物の群れに接近するのは困難だろう。レンジャーなどのスキルをもった人間を創造できればよいのだが、それには更にMPを消費し、クラスを習得させるアイテムも揃えなくてはならない――今は無理だ。

 

 ブルー・プラネットはシモベに<霧化飛翔>を掛け、自らは樹の中に入る。そして、霧となったシモベが餌場に向かうのを、ブルー・プラネットは樹の中から時々顔を出して追いかける。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 森の開けた場所に、十数匹の獣が草を食んでいる。ブルー・プラネットの聴覚でも群れの存在は把握できたが、その個体差となると難しい。

 

「で、どの個体だ?」

 

 ブルー・プラネットが木の中から体を出し、霧となったシモベの耳元で囁く。

 

「あの、右から三番目の者がブルー・プラネット様のシモベに相応しいかと存じます」

「よし」

 

 ブルー・プラネットは即座に蔓を伸ばし、指定された個体を捕捉する。

 

 プギィィィィ

 

 先ほどと同じように、蔓で後ろ足を拘束され空中に持ち上げられた獣は悲鳴を上げ、他の獣は一斉に森の奥に散る。

 

<獣類(メタモルフォース・)人化>(アニマル・トゥ・ヒューマン)

 

 これも先ほどと同じ作業だ。

 

「ブルー・プラネット様、何なりとお申し付けください」

 

 創造された新たなシモベは跪く。やはり、こいつも全裸だ。

 1人目のシモベが言うように、確かに体は大きく筋肉質であり、容姿も優れた若い男だ。先の2人と同じく茶色の髪と瞳をもつ欧州系であり、この種の獣からはこのタイプの人間が出来るのか、とブルー・プラネットは考える。

 

(場合によっては、もっと別のタイプも必要になるかもしれないな)

 

 虐殺されていた村の住人達、そしてこの森の近くの村の子供たちも明るい髪の色をしていた。しかし、これから出会うかも知れない人間たちも同じとは限らないのだ。

 最初のシモベの<霧化飛翔>を解除し、2人を並べて立たせて今後のことを考える。

 

(ふむ……この2人なら「旅の薬師の師弟」という設定でいけるな)

 

 村に入り、ブルー・プラネットが創りだした薬で病を治して人間社会との交流の切っ掛けとし、この世界の情報を得る。変なイベントが始まりそうだったら、シモベを獣に戻して立ち去る――それがブルー・プラネットの計画だ。はじめは人型に変形させた獣を操り、腹話術の人形のように使うつもりだったが、自然な会話が可能なことで随分と楽になりそうだ。

 

 ただし、2人とも全裸であることで、予定は初っ端から壁にぶち当たっている。

 これでは人前に出せない。早急に服を調達する必要がある。

 ブルー・プラネットはしばらく考えて、スキルで蔦を伸ばして「幸運の首輪」を作り出し、それに「紅一点」で作り出した小さな花を融合させる。

 

「お前たちはこれを首に掛けろ」

 

 シモベ達が言われるままに首輪を掛けると、魔法のアイテムである首輪は2人の首に丁度合うように縮まる。

 

「これでお前たちの居場所を見失うことはないからな。それでは、ついて来てくれ」

 

 3人のシモベ――1人は失敗――を作り出し、もはやMPにあまり余裕がない。この世界に相応しい服装を調達するために、今朝見てきた村の焼け跡を探ることを考えたのだが、今からでは往復は難しい。もうそろそろ夕方になり、夜飛ぶことにもなってしまう。

 

 ならば、一旦はシェルターに戻って休み、明日の朝、再びあの村に行こう――そう計画する。

 

 そして、ブルー・プラネットは2人のシモベを連れ、2時間ほどかけてシェルターに戻る。

 道中、日も暮れて森の中は真っ暗になる。ブルー・プラネットは樹の中で移動でき、「紅一点」のポインターがあるために道に迷うことはない。だが、人間となった2人のシモベは裸足であり、森の中は歩きにくそうだった。獣に比べて柔らかい人間の皮膚は枝に引っ掻かれて傷だらけになる。それに気が付いたブルー・プラネットは、樹を出て<霧化飛翔>を自分と2人のシモベにかける。

 

 これでMPには完全に余裕がなくなった。これ以上は精神的疲労で行動制限が起きる。

 初めは2人を抱えて樹の中に入り込むことも考えたのだが、自我が周囲の樹の中に拡散するときに他の個体――シモベたち――の意識が混ざったらどうなるのか。ブルー・プラネット自身の自我が汚染される可能性と、シモベたちが余計な情報を共有することで忠誠心が変化する可能性――その2点が気になり、リスクを冒しても空を飛んでシェルターに向かう。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 MP切れの前兆で頭に痺れを感じ始めたころ、ようやくシェルターに辿りつく。すでに時刻は20時を回っていた。シモベたちを中に入れて休ませ、ブルー・プラネット自身も<永続光>を浴びてホッと一息つく。

 少しばかり休息して頭の痺れも取れ、気力が回復したところでブルー・プラネットはシモベ達に尋ねる。

 

「お前たち、食事はどうするのだ? 夕食と明日の朝食だが……」

「はっ! 先ほどまで食べていましたから腹は減っておりません。朝は柔らかい草か木の実が少々あれば十分です」

「そうか……では、私が少し出て、木の実を集めてこよう」

「も、もったいない! 私共の分は私共で集めます」

「だが、すでに外は暗いぞ。構わん。私が行こう」

 

 人間になったばかりのシモベたちが森で怪我でもして使い物にならなくなったら困る。

 それだけのことだったが、シモベたちは涙を流して感謝している。その、異常ともいえる忠誠心に少し居心地の悪さを感じながら、ブルー・プラネットはシェルターの外に出る。そして樹々の中に入り、実の生っている樹を見つけて何種類かの果物らしいものを集め、シェルターに戻ってくる。

 

「お前たち、これらを食べられるか?」

 

 ブルー・プラネットはシモベに尋ねる。何しろこの世界の植物の知識は無い。草は分からないが、果物というものは基本的には動物に食べられて種を拡散するためのものだから、おそらくは食べられるのだろう――そう考えて両腕に山盛り抱えて持ってきたのだ。

 

「はっ! これは食べられますが、こちらは苦く、腹を下します。これはまだ未熟で……」

 

 シモベから見て食べられる物は半分らしい。仕方がないので、食べられない物は森に還す。

 まあ、夕食と明日の朝食には十分な量があるようで、今度からは食べられるものを選んで採集しよう。シモベたちを連れて森の中を歩き、シモベ自身に選ばせてもいい――そう考えながら、ブルー・プラネットは食事をとるシモベたちを見つめ、自分は休息のために外に出て地面に足を――植物的には「根」を伸ばし、水分を補給する。

 

 そして、朝が来る。この世界で3回目の朝だ。

 シェルターの中には寝具がない。シモベたちは床に寝転がっている。昨晩は<永続光>を隠すためにブルー・プラネットが2人の上で陰を作り、さらに「睡眠」のポーションを分泌してシモベたちを寝かしつけた。

 

(布団があればいいんだがな)

 

――そう考えるブルー・プラネットには相変わらず睡眠は必要なく、それでいて<永続光>を浴びたためか疲労感は全くない。

 そして、相変わらずだが、現実世界からの連絡もない。

 

「私はお前たちの服を探してくる。すぐに戻るが、その間、この中で待っていてくれ」

 

 ブルー・プラネットは、目が覚めたシモベたちに向かって命令を下す。

 ユグドラシルでは、<獣類人化>の効力は24時間で切れた。それと同じならば、今日の午後遅くまでは獣に戻ることはないはずだ。仮に効果時間が短く、獣に戻ったところで、首輪に付けた「紅一点」があればすぐに見つけ出すことが出来る。

 

「はっ!」

 

 2人のシモベ達は同時に返事をする。

 

「腹が減ったらここにあるものを食べてくれ。足りなければ外に出てエサを探してもいいが、人間の目には触れないよう注意せよ」

 

 花の首飾りを付けた全裸の中年男性と若者が森の中で戯れていることを目撃されるのは拙い――人間が此処まで来るかわからないが、そう判断する。この世界の人間の常識は、まだ分からない。村を焼き払っていた騎士団を思い出せば慎重にならざるを得ない。何かいかがわしい儀式とみなされて討伐隊でも派遣されたら目も当てられない。

 

「承知いたしました」

 

 2人のシモベは再び口をそろえる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルー・プラネットは<霧化飛翔>によって空を飛び、昨日の村の焼け跡に辿り着く。

 方向や距離がハッキリしているだけ楽な旅で、MPをやや多めに消費した結果、掛かった時間は2時間ほどだ。途中、あの騎士と魔法詠唱者の集団が移動しているのを、また、別な戦士の一団が移動しているのを遥か上空から見かけたが、関わりたくはないので素通りする。

 

 焼かれた村の周辺には、もはや人間はいない。皆殺しになったか、別な村に避難したのだろう。すでに死体も片づけられているようだ。

 

 ブルー・プラネットは焼け跡を漁る。何か申し訳ないと感じながら。

 そして、最初に村を、そして虐殺を見たときに感じた中世的な暗黒時代のイメージとは違い、この村がそれなりに裕福であったことを知る。村長の家らしき大きな焼け跡には焦げてはいるものの衣類が幾つも残されていた。驚いたことに、金属を引いたガラスの鏡まで1つ見つかった。他の家々を回ってもテーブルや椅子などの家具の跡が残っている。

 特に鉄器――製造には大量の燃料を必要とし、森林崩壊の原因となるそれが、粗末な物とはいえこんな小さな村の家々に存在することに驚く。

 中世というよりは、産業的な大量生産が始まりつつある近世に近い印象だ。

 

 目的の衣類は、焼かれてボロボロではあるが、シモベたちのサイズに合いそうなものを何組か見つけることが出来た。そして、他に見つけた役に立ちそうなもの――クツやカバン、ロープ、割れた鏡など――を思いつくままに焦げた毛布で包み、大きめの長持にまとめて抱えあげる。人間ならば3,4人がかりで運ぶ荷物だが、レベル100のトレントにとっては重さも感じない。

 あらかた必要な物が揃ったと考え、ブルー・プラネットは再び空を飛び、シェルターに戻る。

 MP消費量を調整してなるべく速く飛び、昼前にはシェルターに着く。

 

「今帰ったぞ」

 

 ブルー・プラネットがシェルターに入ると、跪いたシモベたちが迎える。急いで帰ってきたのだが、<獣類人化>の効力はまだ切れていないようだ。

 

「ブルー・プラネット様、ご帰還をお待ちしておりました」

 

 MPを消費してやや疲労を感じているブルー・プラネットは、跪く全裸の男たちを見て更に精神的なダメージを受ける。MP切れとは異なり、倒れるには至らないが。

 そして、シモベたちが外に出て昼食をとる間、持ってきた荷物の修復を試みる。試しにカバンに<修復>(リペア)の魔法を掛けると、カバンの焼け焦げが消え、穴が塞がり、失われていた手提げ紐等までが出現する。

 

「魔法というものは、本当に不思議なものだな……」

 

 ブルー・プラネットはそう呟き、自分の指先や召喚モンスターが魔法によって回復したときのことを思い出しながら、修復されたカバンを手に取って見つめる。

 このカバンも、見ればデザインは22世紀の自分が知るものとはずいぶんと違う――しかし、それは確かに機能する。作りは粗いが、紐の位置やポケットの位置は合理的で使いやすいように生活の中で工夫されてきたものだ。

 

 この世界には、多種多様な生態系、生々しい死体、意志をもつシモベ、そして日用品のデザインに至るまで、自分の考えには存在しなかったものが顕現している。

 この世界は何なのだ、本当に妄想の世界なのか――疑問が再び頭を支配しそうになる。

 

「ただいま帰りました」

 

 昼食を終えて帰ってきたシモベたちによって、ブルー・プラネットの思考は中断する。

 シモベたちは相変わらずの全裸である。

 

「とりあえず、これを着てほしいのだが、サイズは合うか?」

 

 シモベたちは服を手に取り、不思議そうに眺めて疑問を発する。

 

「これは……人間たちの皮によく似ておりますが、これを身に着けるのでしょうか?」

 

 皮じゃなくて服だよ、とブルー・プラネットは心の中で突っ込むが、口には出さない。

 

「ああ、これは『服』と言ってな、こうやって、人間たちは寒さをしのぐのだ」

 

 手ごろな服を1枚選んで<修復>(リペア)を掛け、中年のシモベにそれを無理やり着せてみる。そのシモベは初めて着る「服」というものの概念は理解したようだが、窮屈そうだ。

 

「お前たちは、これを着て、人間として村に行ってもらう」

 

 シモベたちの顔が一瞬、歪む。獣として人間を避けてきた記憶がそうさせるのだろう。しかし、創造主への忠誠心がその忌避の記憶を押さえつけたようだ。

 

「分かりました。私たちはこれから『人間』として『服』を着て、村に向かいます」

 

 ブルー・プラネットは頷き、少しでも窮屈にならないように、やや大きめのサイズのもの選んで<修復>(リペア)を掛け、シモベの着替えを手伝う。

 魔法によって焼け焦げた服は新品同様の形を取り戻す。だが、血糊や煤の汚れは落ちていない。

 ブルー・プラネットはトレントと薬師の複合スキルで洗浄液を分泌し、きれいに洗いあげる。

 

 これでシモベの服は揃った。しかし、薬師としてはそれだけでは不十分だ。

 

 アイテムボックスを開け、ポーションの空瓶を取り出し、緑色の回復液を分泌して満たす。

 植物系異形種のスキルで分泌される各種の薬や毒は取り置きが出来ないが、薬師のスキル「ポーション作成」で瓶に詰めれば任意のタイミングでアイテムとして使用することが可能になる。

 さらに、「調合」のスキルで原料を組み合わせれば回復薬だけでなく独自のポーションを作りだすこともできるのだ。それらの原料は、植物系異形種の種族レベルが上がったときにスキルとして追加できる。

 各種ポーションの原料を自前で調達できるのだから、トレントと薬師との組み合わせは便利だ。

 その代わりに自分が採集の対象となるという欠点もついて回るが。

 

 ブルー・プラネットは更に上位の秘術師のクラスも習得しているため、薬や毒以外の魔法効果をもつポーションまで作ることが出来る。空を飛べるようになったり、炎を噴き上げたり、稲妻を飛ばすポーションなどだ。ユグドラシルには原料となる素材は多数設定されており、その組み合わせは数えきれないほどで、新しいポーションを見つけるのも遊び方の1つだった。

 

 ブルー・プラネットは、例えば、飲むと口から火を噴いてロケット噴射の様に空を飛ぶポーション等も開発してきた。ナザリックのバーでそれを皆に飲ませたときには大うけしたものだ。居室には、原料の組み合わせを無数に記録したノートが置いてある。それがあればもっと楽に色々なことが出来るのだが――ブルー・プラネットは懐かしさに宙を見つめる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 服とポーションの準備が出来た。

 だが、そこで、ブルー・プラネットは問題に気が付く。あと数時間で<獣類人化>の効力が切れるが、獣に戻ってから再び魔法を掛けた場合、先ほど与えた指令を記憶しているのだろうか?

 

 試す必要がある。幸い、MPは十分に残っている。

 

 <獣類人化>を解除し、シモベたちをイノシシに似た獣に戻す。

 花飾りの首輪と服を着た獣が出現する。

 そこで再び<獣類人化>の魔法を掛ける。首輪と服を着た中年と若者が出現する。

 

「お前たち、先ほどの話を覚えているか?」

「はい、つまり、人間として村に行くのですね?」

 

 ブルー・プラネットは安堵する。一旦魔法を解除しても、記憶は引き継がれるようだ。獣の脳にも指令自体は残るらしく、1日ごとに初めから色々と教え込む必要はなさそうだ。

 

 懸念の一つは消えたが、これからはもう一段複雑な指令を与えなければならない。

 

「そうだ、お前たちは『旅の薬師』として村に入り、病人を……」

 

 ブルー・プラネットがシモベたちの表情を確認すると、彼らは言葉の内容を把握するのに一生懸命なようだ。無理もない。つい昨日まで獣として草を食んでいたのが、いきなり専門職である薬師の演技をしろというのだから。

 <獣類人化>によって形成された人間モドキの知識は最低限の基本的なものに限られていた。会話による意思の疎通は出来るが、村の生活などは知らなかったのだ。服すら知らなかったシモベたちにとって、薬師の何たるかなどは想像も及ばないだろう。

 

<知力向上>(ウィズダム・オブ・アウル)

 

 少しでも臨機応変に対応できることを願って、知恵を向上させる魔法を掛けてみる。ユグドラシルでは魔法の成功確率を向上させる等の効果があったが、この世界ではどうか。

 魔法を掛けたブルー・プラネットは、自分から魔力の糸が伸びてシモベに繋がる感覚を覚える。そして、何かがそのシモベに向かって流れ出し、シモベの目つきが変わる。

 今までは、どことなく浮世離れした呑気さがあったが、何というか……鋭くなる。

 

「ブルー・プラネット様、では、このカバンのポーションが村人を治療する薬なのですね?」

 

 聞かれもしないのに、的確な判断をブルー・プラネットに告げる。

 

 ほう、と内心でブルー・プラネットは感心の声をあげ、自分にも同じ魔法を掛けてみる。

 カフェイン錠を飲んだ時のように頭が冴えるが、特に新しい知識は増えない。その代り、古い記憶が物置から取り出され並べられたようにハッキリと思い出される。

 

 そうか、そういうことか、とブルー・プラネットは冴えた心で納得する。

 

 基本的な<獣類人化>では獣の形が人間となり、最低限の知識が備わる。そして、その知識は術者――すなわちブルー・プラネットの状態に依存するのだ。

 人間の村を知った後に<獣類人化>を掛ければ、おそらくは村の生活に適合した人間モドキが生まれるのだろう。異形種のトレントであり、鎧などを装備せず、服を着ていない状態を当然とする、この世界のことを何も知らないブルー・プラネットが創造したからこそ、創造者の名前は知っていても「服」すら知らないシモベが生まれたのだ。

 

 そして、<知力向上>の魔法は知性の向上以外に、術者の知識を分け与える効果がある。全ての知識ではない。この場合、術者のブルー・プラネットの意図に沿って、薬師として演技するのに必要な知識がシモベに渡されたのだ。先ほど感じた「何か」が流れ出す感覚、それが知識を共有する感覚なのだろう。

 

「そうだ、そして、これを身に着けておけ」

 

 ブルー・プラネットはシモベの服のポケットに、スキルで作られたシイの実を入れる。森の樹に埋め込めばブルー・プラネットの目や耳となり、NPCに持たせればその遠隔操作をも可能にするアイテムだ。

 ユグドラシル時代ならば人形に過ぎないNPCを腹話術で喋らせ操るものだったが、シモベが自我をもった今ではシモベの身体を一時的に乗っ取ることになるだろう。身体を乗っ取られることによる混乱を防ぐために、シモベには事前に教えておくべきだ――そう考えて、ブルー・プラネットはシモベたちに告げる。

 

「今お前達に与えたアイテムは、お前たちが見聞きすることを私にも伝えるためのものだ。そして、こちらから強制的に……お前たちの体を動かすことも可能だが……良いか?」

 

 最後のあたりは声が小さくなる。忠誠心が高いシモベとはいえ、強制的に体の自由を奪われるのは良い気持ちはしないだろうと考えて。

 

「もちろんです。この身は御手によって形作られたもの。毛の一筋、血の一滴、魂の一欠片まで至高なる我が創造主に捧げつくすことこそ、我らの喜びです」

「そ、そうか……分かった。では、お前たちの体を使う前に『ゲフン、ゲフン』と2回、咳払いをすることにしよう」

「はっ! 承知いたしました!」

 

 シモベたちから帰ってきた声は大きく、明るい。その明確な意思に、ブルー・プラネットは圧倒される。

 そして、ブルー・プラネット達は人間の村に向かう。森の端に達するまで、ブルー・プラネットとシモベたちは感覚を共有する実験を続けた。

 




「至高の御方に忠誠の儀を」(全裸で)

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