自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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転移前の話です。


前日譚その2:裁判とその結末

 新しいクランに誘われ、ギルド拠点も得てから数か月――ブルー・プラネットは悩んでいた。

 大した悩みではない。「新たなギルドに貢献できることは何か」だ。

 孤独を救ってくれた新しい仲間のために何か役に立ちたい。だが、自分は特に秀でた能力をもっているわけでは無い。

 ギルド拠点を得て、その整備のためにアイテムや材料を獲得するクエストに行く。その度に自分が役立たずであることを思い知らされるのだ。

 戦闘職なら「たっち・みー」がずば抜けている。攻撃力なら武人建御雷がいる。トレントの怪力は売りにはなるが、同じく怪力属性の巨人族も何人かいるし、弐式炎雷のようなスキルによって素早さと攻撃力を合わせもったプレイヤーもいる。

 魔法職はウルベルトの絨毯爆撃に敵う者はいない。単発の火力ならタブラも優れているし、回復・防御系ならば「ぶくぶく茶釜」や「やまいこ」がいる。そういった仲間を指揮し、見事な戦術を披露する「ぷにっと萌え」もいる。

 新たなギルド拠点を得て続々と新メンバーが増えている。その中で、自分はいかにも特色が無い、居なくても良い存在なのではないかと思えてしまうのだ。

 

「まー、ユグドラシル始めた切っ掛けがアレだしなあ……」

 

 ブルー・プラネットはベルリバーに愚痴をこぼす。現実世界でも友人付き合いの皮肉屋に。

 ベルリバーは発表当時から趣味としてユグドラシルで遊んでおり、後から仕事として始めたブルー・プラネットよりもユグドラシルの楽しみ方を良く知っている。ブルー・プラネットがトレントという不人気種族を選んだ経緯も知っている。以前、ギルド長として「逃げること」と「隠れること」に特化した構成にしていることも良く分かっている。

 だから、何かいいアイディアはないかと相談したのだ。

 

「いっそのこと、1からキャラ作り直した方が早いかも知れない……って思ってなぁ」

「今さら、なんだよ。そっちの方が戦力ダウンで迷惑かけるんじゃねーの?」

「ま、そうなんだが……なんか俺、ここに居ていーの……って、さ」

「お前の作ってる空、スゲーじゃん。完成したら皆喜ぶと思うぜ」

「ああ……でもなぁ、あれは俺の趣味みたいなもんだし、それを言ったら他の奴らだって自分の拠点を作りこんどるやろ? そうじゃなくて、クエストとかでさ……やっぱ、戦ってナンボって気がするやん?」

「ユグドラシルなんて皆趣味でやってんだ。クエストだって戦いたい奴が戦ってるだけだ。アイテムの鑑定しかしない奴もいるし、武器作りに熱中してる奴もいる。気楽に楽しめばいいって」

 

 ベルリバーと名乗る肉塊が無数の口をパクパクと動かしてブルー・プラネットを慰める。その言葉は口から出ているわけではなく、口が動くのはただのエフェクトだ。

 お前は気楽すぎだ――そう思っても口には出さず、ブルー・プラネットはベルリバーを眺める。魔法剣士というどっちつかずの職業を、しかも職業スキルの伸びにくい異形種でわざわざ取るなんて、と思いながら。

 

「ブルー、『お前だって取り柄が無いやろ』って考えてるだろ」

「い、いや……ま、そうだな」

 

 図星だ。ブルー・プラネットはワタワタと腕を振って一旦否定し、肯定した。

 

「へっへっへ……俺様はあえて器用貧乏の道を選んでんの!」

「ああん?」

「他の奴らが大味な攻撃するのを俺様が全部カバーしてやってんだぜ?」

「そうなんか」

「おう、戦い方を良く観察しろ。ま、持ち味を生かせってことよ。例えばヘロヘロ。あんなネタ構成で、それを無茶苦茶活かしてるだろ」

「せやね……」

「我らがリーダー、モモンガ様だって敢えてロマンビルドに走っちゃいるが、なかなかどうして上手く戦うじゃないか」

 

 ベルリバーの説明に、ブルー・プラネットは唸る。

 

「うん……モモンガさんは研究熱心だからなぁ」

「そこよ! お前も<シャーウッズ>なんて吹っ切って、今のキャラで何ができるかを研究し尽くせば見えてくるものはあるって」

 

 研究かぁ――そう呟くと、ベルリバーは「お前の得意分野だろ」とブルー・プラネットの脇腹を剣で叩いた。

 カキンカキンと金属音が響く。ブルー・プラネットの胴体は、樹そっくりでも「生ける鋼」で出来ている。

 

「お前は頭が固いんだよ。『かくあらねばならぬ』なんて悩まずに、俺のよーに不真面目に徹すりゃ――」

 

 そこまで言うとベルリバーは一旦言葉を切り、自分を納得させるように続ける。

 

「――少なくとも、こうして遊べる時間はタップリとれるようになるってわけだ。ま、“塞翁が馬”って奴だな。このユグドラシルにしたって、運営が何にも考えてねーおかげで『何でもあり』だ。折角なんだから、色々と試してみろよ。意外なところでイイことが見つかると思うぜ」

 

 そう言うと、ベルリバーは不定形の肉体をブヨブヨと弾ませて通路の奥に消えていった。

 お前は柔軟すぎるんだよ――ブルー・プラネットは心の中でツッコミを入れながら友人を見送る。励ましてくれてありがとうな、という感謝の眼差しを添えて。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ナザリックの一角に設けられた訓練場――そこでブルー・プラネットは「自分の持ち味」を探す。

 トレントって何が出来たかな……と、司令塔であったため<シャーウッズ>では他人に任せていたスキルを確認し直す。

 

「なるほど、蔓系植物モンスターの属性もあるから――」

 

 マニュアルを読みながら腕を伸ばし、意識を切り替える。そして別な腕を伸ばす。

 

「ふむふむ、腕が増える、と」

 

 古い腕は一本の棒となって残っている。それに現在の腕を絡めてみる。

 

「ふーむ、こりゃ、先輩に聞くとしますか」

 

 蔓系植物モンスターのスキルとなれば「ぷにっと萌え」に聞くのが一番だろう。ふざけた名前のわりに熱心に戦い方を研究し、様々な戦術や戦略を駆使するアインズ・ウール・ゴウンの司令塔だ。

 ブルー・プラネットはメッセージでぷにっと萌えの都合を聞き、訓練場に転移した。

 

「――そうそう、新しい腕で攻撃を切り替えるだけじゃなく、古い腕が残ることを利用して敵の動きを邪魔するんです」

 

 訓練所で、ぷにっと萌えの説明と実演に沿ってブルー・プラネットも腕を操作する。

 

「まず足元を攻撃する。敵が避けたところでその先を上から袈裟切りに。敵が再び避けたところに古い腕が残っているので転ぶ……と。まずはその対角線の攻撃が基本ですね」

「ふむふむ」

「それだけじゃ敵も察するので、足元にさりげなく罠を残すために、こうやって――」

 

 色んなフェイントを入れるために多数の腕を操ることが必要になるのだと、ぷにっと萌えは蔓を伸ばして見せる。

 

「瞬間的にパパッと切り替えるために、パターンを作って反復練習するのがいいでしょうね。条件反射的にホイホイホイッて」

「なるほど……じゃ、下・上・上にホイホイホイッ……っと」

「ははは、上手い上手い。それじゃ私もホイホイホイッ……どうです?」

「負けませんよっ! 上から下までホイホイホイッ」

「甘いっ! ホホホイのホイッ」

 

 ぷにっと萌えに向けてブルー・プラネットが枝を伸ばす。それを受けて、ぷにっと萌えが蔓を伸ばして枝を押さえる。ボクシングで言えばスパーリングだ。

 蔓系植物モンスターは腕を何本でも生やせる。レベルによる長さ制限と1メートル単位という縛りはあるが。競うように枝と蔓を伸ばしていた二人は、いつしか幾十本もの蔓と枝が絡み合う茂みになっていた。

 

「何してるっすか、お二人とも? あ、分かった! 植物系ローパーごっこですね!」

 

 そう言って近寄ってきたのは、バードマン――ペロロンチーノだ。

 

「いやあ、ブルーさんの腕を何本も操る特訓ですよ」

「ええ、何か得意技が欲しいなぁって思ったんで……」

 

 二人はシュルシュルと腕をしまい、ペロロンチーノに挨拶する。

 

「なるほど! しかし、さっきの格好は、まさにエロ系触手モンスター以外の何物でもありませんでしたよっ!」

 

 目を輝かせて――プレイヤーキャラクターには表情は無いが、声を弾ませて身を乗り出して変態が熱く語る。

 

「もう、ペロさんは……そういう見方は……ありですっ!」

「あーれー」

 

 もう一人の変態が隙を見て「絞め殺し蔦」をバードマンの胴体に絡みつける。

 バードマンが両手を振りあげ、怪しく身をくねらせて甲高い声で悲鳴を上げた。

 

「そうそう、ブルーさん。こうやって敵を固定したら、すかさず両腕も抑えて蔓を切られないように……力が強い場合に備えて、多重に掛けて固定します」

 

 そう言うと、ぷにっと萌えは見る間にペロロンチーノをグルグル巻きにして宙吊りにした。

 

「いやあっ! 変態植物モンスターの苗床にされちゃうっ!」

「――おみごとですね。さすが絞め殺し蔦」

 

 緑色のミイラのようになりながら謎のセリフを裏声で叫び続けるバードマンを後目に、ブルー・プラネットは冷静な声でぷにっと萌えの腕前を称賛した。

 

「ブルーさんもやってみます?」

「ええ、でもペロロンチーノさんの怪しい叫びは無しという方向で……」

「それじゃ面白くないっすよ! ちょっと考えがあるんですが――」

 

 拘束を解かれて自由になったペロロンチーノは二人に向き直り、声を潜めた。

 

「あの、ほら……折角だからメイドタイプのNPCを的にしてみません?」

「却下です」

 

 ペロロンチーノの提案を即座にぷにっと萌えが否定する。

 

「いや、ぷにさんのじゃなくて、もっとこう縛りがいのある――」

「んじゃ、ペロさんのシャルティア使いましょうか?」

「却下です」

 

 今度は逆に、ぷにっと萌えの提案をペロロンチーノが否定した。

 

「あれは俺の魂の作ですので、あれを縛るのは俺だけです」

「んじゃ……あれは……?」

「あ、イイっすね! 決まりっすね」

 

 ぷにっと萌えが胸の前で何かを持ち上げるジェスチャーをして、ペロロンチーノも頷いて同じ動作をした。

 

「何のことです?」

 

 ブルー・プラネットが二人に尋ねる。

 

「ユリ・アルファですよ。ほら、折角縛るんだからこう……」

「ああ……はいはい。でも、“先生”に見つかったら、ぶちのめされますよ?」

 

 理知的な表情に過剰に豊満な胸――その映像がブルー・プラネットの脳裏に即座に浮かんだ。

 そして、その後ろにそびえる半魔巨人の姿も。

 

「大丈夫っす。『ヤマちゃん、今日は忙しいから遊べないって』って、餡さんに姉貴が言ってるの聞いたんで」

「グッドニュース!」

「行きましょう!」

 

三人の変態はサムズアップすると転移の指輪を発動させ、NPCのAI調整場――別名「ヘロヘロ工房」に向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「よし……誰もいませんね」

「ヘロヘロさんは今日は来れないらしいんで。今のうちです」

 

 三人は周囲に<静寂>の魔法を掛けると、身を潜めて目標――ユリ・アルファに向かう。

 

「目標捕捉!」

 

 ブルー・プラネットが低い声で囁く。

 ユリアルファは“待機”のポーズで前方を見据えたままだ。

 

「じゃ、ブルーさんがやります?」

「はい、で、では僭越ながら先陣を切らせていただきます」

 

 ぷにっと萌えが低い声で囁き、上ずった声でブルー・プラネットが答えた。

 

「では……えいっ!」

 

 ブルー・プラネットの枝が伸び、ユリ・アルファの胴に巻きつく。

 

「よし、そこですかさず両手を固定!」

 

 ぷにっと萌えの指示より先に新しい枝が二本、ユリの両腕に絡みつき「バンザイ」の形に持ち上げる。

 

「上手い! 新しい腕に切り替えて、もう一度両腕を……そしたら持ち上げて」

「ほいさぁっ!」

 

 ユリの両腕に計4本の枝が巻き付き、ユリ・アルファの身体全体を吊り上げる。

 

「きゃあぁ、助けてぇっ!」

 

 甲高い裏声で悲鳴を上げたのは、ユリの横でしゃがんでいるペロロンチーノだ。

 

 ユリ自身は無表情のまま、枝に吊られてユサユサと揺れている。

 

「よ、よし……じゃあ、今度は両足を……」

「は、はいっ……ようしっ!」

 

 ぷにっと萌えの裏返った声にブルー・プラネットも震える声で応える。そして、ユリの両足首に枝を巻き付け、そのままMの字に……

 

「うおおおお!」

 

 ペロロンチーノが叫び声をあげてユリの周りを転げ回り、様々な角度から映像記録を残している。

 

「いやあ……なんというか、背徳感がたまりませんな……」

 

 感慨深げにぷにっと萌えが腕を組んでいる。

 

「どうですか……じゃ、次はどんなポーズを……」

 

 ブルー・プラネットがぷにっと萌えに指示を仰ぐ。

 

「次……次は――」

「NPCを下ろしてください」

 

 悩むぷにっと萌えの声に続き、聞き覚えの無い声が3人の耳に届いた。

 声の方向を見る。白く輝く騎士が立っていた。運営のアバターだ。

 

「ユグドラシル規約違反の恐れがある行為を検知しました。状況を説明してください」

 

 騎士が3人に説明を求める。

 ユグドラシルではプレイヤーの行為は感情によってスクリーニングされている。先ほどのように強い興奮――特に18禁行為に関わる――が検知されると管理者が派遣されるのだ。この管理者の目を逃れることはシステム上不可能であり、抵抗は無意味である。

 

「あ、いえ、ちょっとNPC相手に戦闘訓練をしていまして、それで――」

 

 ぷにっと萌えが騎士に説明をする。先ほどの訓練場での行動記録を提出し、これが18禁行為目的ではないことを訴える。

 騎士は説明を記録しながら同時にNPC――ユリ・アルファの構造も点検する。このNPCが18禁行為を目的として創られたものではないことを確認するためだ。

 3人は自然に床に正座し、騎士の調査を待つ。

 しばらくして調査が終わり、騎士が処分を告げる。

 

「――了解しました。今回はプレイヤーではなくNPCを対象とした行為であり、NPCも違反構造ではないことから登録抹消は行いません。しかし、NPC相手とはいえ多数によるこのような行為は決して推奨されるものではなく、御3名は1か月間の厳重監視対象とさせていただきます。また、同期間、ギルド全体も第一段階の観察対象とさせていただきます。今後ともルール順守の上でユグドラシルをお楽しみくださるようお願い申し上げます」

 

 そう言い残し、一礼すると騎士は消えた。

 残された3人はホッと息をつき、床に正座したまま顔を見合わせる。

 

「いやぁ……助かったぁ……」

「ペロロンチーノさんが過剰に興奮するからですよ」

「えぇっ、俺っすか? いや、ここは皆の連帯責任っしょ」

「うん、まあ、そうですね。俺も悪乗りが過ぎました。連帯責任で――」

「そうだね。連帯責任だね」

 

 ブルー・プラネットの声に応えるように女の声がする。低い、怒りのこもった声だ。

 ハッとしてブルー・プラネットはその声の主に目を向ける。

 視野一杯に巨大な拳が迫ったかと思うと、ブルー・プラネットの巨体が宙を舞った。広い「ヘロヘロ工房」に置かれたNPC達が、飛んできたブルー・プラネットに突き飛ばされてガラガラと音をたて、倒れる。

 

「や、やまいこさん……今日は忙しいって……」

「そうだよ。ユリの調整で忙しいから、あんたの姉貴と遊べないって連絡したんだよ!」

 

 正座したバードマンに巨大な鉄拳のアッパーカットが襲い掛かり、キラキラとしたエフェクトを振りまきながらペロロンチーノが宙を舞う。

 

「あの、やまいこさん、説明をき――」

 

 半魔巨人は無言で草の塊を踏みつける。

 

「ほら、立ちなよ。痛くは無いんでしょ。まったく……玉座の間に行くよ」

「え、円卓の間じゃなくて?」

 

 首根っこを掴まれたぷにっと萌えが、自分を持ち上げた半魔巨人に問いかけた。

 

「あったりまえでしょ。あんたに円卓に座る権利があると思ってんの?」

 

 ぶっきらぼうにそう言うと、やまいこはペロロンチーノの首を片手で掴んで引っ立てる。

 

「ほら、そこの独活の大木も」

「はい……」

 

 倒れたNPCたちに紛れて身を伏していたブルー・プラネットもノソノソと立ち上がって半魔巨人の後に続く。

 なぜ玉座の間に――そう疑問を抱いたまま。

 

「ユリもおいで。えっと……『ついてこい』か」

 

 やまいこがユリ・アルファに向かって優しい声をかける。それを聞いたユリはコクリと頷き、やまいこの後ろについて静かに歩き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 玉座の間――ナザリックの最奥であり、未完成ではあるが最も荘厳な場所に着いた3人は息をのむ。その広い空間にアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが、全員ではないにせよ揃って待ち受けていたからだ。

 裁判――その言葉が3人の頭に浮かぶ。周囲の非難めいた空気が3人を押しつぶす。

 自然に3人は玉座の間の中央に正座していた。

 

「あの、困りますよ。ぷにっと萌さん、あなたが居ながら何で……」

 

 頭が痛いという様に片手を頭蓋骨に当てて苦言を吐いたのは、玉座に座るモモンガだった。

 

「あ、あの……?」

「さっき運営から連絡が来て、外に出てるメンバーも呼んで緊急全体集会になったんです」

 

 もう一方の手をヒラヒラと動かし、苛立ったような、困ったような声でモモンガが宣言する。

 

『おい、ブルー……何でもありだ、よく研究しろとは言ったが、そーゆーのはさすがにどーかと思うぞ?』

 

 個人用通信でブルー・プラネットの脳内にベルリバーの声が響く。困ったような、それでいて楽しんでいるような、いつもながら掴みどころのない声だ。

 

『いや……すまん、皆に……お前には特に迷惑かけちまった』

『いやいや、俺はいいんだけどさぁ。あ、ちょっと悪ぃ』

 

 ブルー・プラネットが謝罪を続けようとしたとき、ベルリバーの通信は切れた。

 

「たっちさん、今回の件、どう思います?」

 

 モモンガが、たっち・みーに顔を向けて質問する。現実世界では警察官をしているという「たっち」の経験を仰いだのだろう。

 

「うーん、運営の処分はすでに決まったわけですし、あとは我々の裁量ですが……やまいこさんのNPCを勝手に使ったこと、それでギルド全体が監視下に置かれることを考えると、3人にはギルド除名を含めた厳重な処分も考えるべきでしょうね」

 

 腕組みをしながら聖騎士が重々しく答える。周囲の仲間たちからも溜息が聞こえてくる。

 それに対して山羊頭の悪魔が挙手をし、勝手に発言を始めた。

 

「おい、たっち。何でいきなり処分の話にまで飛んでんだよ。そういうのは、まずは当事者の……やまいこさんとぷに達の話を聞いてから皆で考えるべきじゃねーか?」

「いや、だから私も『処分すべき』とは言ってませんよ。ただ、大きな枠組みを考えておかないと……」

「枠組みってのは、皆が納得できるってことだろ? 初めから処罰を前提にして――」

 

 またはじまった――モモンガが両手で頭を抱えて項垂れる。

 

「――分かった、分かりました。じゃ、まずはやまいこさんの話を聞きましょ」

 

 今回は聖騎士が折れたようだ。安堵した空気がギルドメンバーたちに広がる。

 

「ふぅ……そうですね。俺も急ぎすぎました。まず、やまいこさんの話を……」

 

 モモンガが皆に向かって頭を下げ、やまいこに向かって手を向ける。

 

「ボクの話って、この変態どもをブン殴りたい……それに尽きるんだけど、まず、変態どもの言い訳を聞こうよ」

 

 巨大な拳を揺らしながら、半魔巨人は顎をしゃくった。

 もう殴ったくせに――そんな思いを込めてブルー・プラネットたちは顔を上げる。

 

「はい、じゃあ……ぷにっと萌えさんから、何でこうなったのか説明してくれます?」

 

 モモンガが、ぷにっと萌えに話を振る。

 

「……まずは、皆さんに謝ります。ほんと、すみませんでした」

 

 ぷにっと萌えが頭を下げ、その蔓草がユサユサと揺れた。

 

「それで、モモンガさん……どこまで情報が来てるんですか?」

「いや、先ほど運営から俺に『ギルド内で18禁行為の疑いがあった』と警告。3人のキャラクター情報とユリ・アルファの映像が送られてきて……それで、やまいこさんに伝えて。さらに追加で『1か月間、ギルド全体を第一段階観察対象にする』って連絡が来たんですよ」

 

 そう言ってモモンガは手にしたギルド武器<スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン>を操り、玉座の上にギルド情報を展開した。

 ギルド名<アインズ・ウール・ゴウン>の後ろに黄色い警告マークが付いている。

 それをみたギルドメンバーたちから、あらためて嘆息が漏れる。第一段階の観察処分では実害は無いとはいえ、見張られているというのは気分の良いものではない。ちょっとした違反も見逃されず、さらにペナルティが課される可能性もある。

 

「……そうでしたか……じゃあ、始めから説明します」

 

 ぷにっと萌えは頭を振って今日の顛末を説明した。

 ブルー・プラネットの特訓の手伝いをしていたこと。

 枝を生やす様子が怪しげに見えたとペロロンチーノに言われ、悪乗りしてしまったこと。

 折角だから練習台が欲しいと、整備中のNPCを相手に蔓を巻き付け、それで騒いでいたのが運営に誤解されたこと……

 

 蔓が巻き付けられた――その話を聞いたとき、ユリ・アルファを後ろから優しく抱き抱えていたやまいこの腕に力がこもった。

 ピンクの粘液がそれを見上げて慰める。

 

「ごめんね。うちのバカ弟が……後でシメとくから」

「ううん、かぜっちが謝ることないよ」

 

 低い声で交わされるその会話を聞き、正座していたペロロンチーノが身を震わせる。

 

「――なるほど、ことの次第は分かりました。あくまで訓練の一環で、NPC相手にそういう感情を向けたというわけではない、と」

「ええ、蔓を使って敵の胴体と両手両足を封じる、その行為が見ようによっては興奮を誘うものであったと――」

「ふ・ざ・け・る・な」

 

 我慢できずにやまいこが飛び出し、叫びながらぷにっと萌えを殴りつけた。

 ぐぇっ――押し殺した叫びと共に、蔓草の塊が宙を舞う。

 ぷにっと萌えの身体は玉座の間の床を滑り、反対側にいた武人建御雷がそれを足で受け止める。腕組みを解かず、額に手を当て首を傾げて何か考え込んでいるような仕草で。

 その横にいた弐式炎雷がしゃがみ込んでぷにっと萌えを助け起こす。

 

「おいおい、ぷにさん、大丈夫?」

「うぇ……大丈夫です、目が回ったけど」

 

 ギルドメンバー間での攻撃はダメージにはならない。痛みは無い。

 しかし、ノックバックは効く。急な位置の変化は、夢の中で空から落ちたときのような、ガクッとした感触と不快感を残す。

 

 ふらつきながら起き上がったぷにっと萌えは、武人建御雷と弐式炎雷に頭を下げて中央に戻ってきた。

 

「あんたたちさあ、ユリが可哀想だって思わないの? なんでユリを使うのさ? マトならその辺の素体でいいじゃん。絶対、下心があってボクのユリを――」

 

 早口で詰め寄り、やまいこは順にペロロンチーノとブルー・プラネットを殴り飛ばす。

 弐式炎雷が器用に跳びまわって床を滑る2人の身体を受け止めた。

 

「ちょ、ちょっと、やまいこさん、落ち着いて」

 

 モモンガが慌ててやまいこを止めた。

 

「気持ちは分かります。大体の事情は分かったので、今度はやまいこさんの話を聞きますから。やまいこさんは3人をどうしたいんですか?」

「除名、だね」

 

 間髪を入れずにやまいこは答えた。

 

「除名……ですか」

 

 モモンガは唸る。周囲のギルドメンバーも同様に、腕組みをしながら考え込んでいる。

 作戦立案の要であるぷにっと萌え、遠距離攻撃の主力ペロロンチーノを失うのは痛いな――そんな囁きがブルー・プラネットの耳に伝わってくる。

 ギルド<アインズ・ウール・ゴウン>は現在41名。他の有力ギルドに比べて人数の上では少ない。戦力拡充のため上限の100名を目指してメンバーを増やしていく方針だ。

 その中で3人を失うとなると――いや、メンバーの補完は可能だろう。多数のアイテム、有力な拠点を得てギルド<アインズ・ウール・ゴウン>は注目を浴び、参加希望者は多い。

 しかし、有名ギルドだからこそアンチも多い。元々がPKギルドであり、掲示板では常に叩かれる存在だった。

 そんな中で3人が一度に――しかもギルド内の揉め事で除名処分になるとしたら、一気にアンチが騒ぎ立てるだろう。それを口実に、戦力減の隙を突いて他ギルドが攻撃してくることも考えられる。

 

「スパイも増えているって噂だからなあ……」

 

 誰かが呟く。掲示板で囁かれている噂――ギルドに仲間を装って潜入し、情報を売買している者がいるらしいという噂だ。

 そんなときに3人を揉め事で除名し、新メンバーを募集をするとなると……

 誰もが唸った。

 

「なんとか――」

「3人を連帯責任で除名ってのは、ギルドにとって負担が大きすぎるな」

 

 モモンガが口を開いたタイミングで、ベルリバーが被せてきた。

 

「俺もそう思う。かといって、誰か1人を生贄にするってのもダメだ」

 

 山羊頭の悪魔も続き、たっち・みーに顔を向ける。

 通称『ベルベル世界征服倶楽部』――ベルリバーとウルベルト、2人の古参はギルドの中でも発言権が強い。

 

「え、ええ……そうですね」

「私も賛成ですよ。今回の問題は3人がいたからこそ起きたもので、誰か1人に責任を帰するものではないはずです」

 

 2人の勢いに押されてモモンガが頷き、聖騎士に視線を向ける。聖騎士も腕組みをして頷いた。

 ギルドメンバーの間に安堵した空気が広がる――女性陣を除いて。

 

「じゃ、ボクが辞めるよ。変態どもと同じ空気を吸いたくないからね」

 

 やまいこが冷たい声で言い放つ。

 

「そんな……なんとか許してもらうことは出来ませんか?」

「イヤだね」

 

 ぷにっと萌えが縋るような声でやまいこに許しを請うが、取り付く島が無い。

 

「うーん……3人には1か月の間ログイン禁止ってことで……」

「その間にボクの頭を冷やせって?」

「そういうわけじゃ……3人にも反省の機会を与えるべきだと思うんですよ」

 

 モモンガが妥協案を出す。ギルドメンバーの多くがウンウンと頷く。「賛成」という声が周囲から聞こえてくる。

 教師であるやまいこも「反省の機会」という言葉を聞き、無言で腕組みをする。

 

「……分かった。1か月間待って反省を聞いてやるよ」

 

 悩んだ末にやまいこが結論を出し、処分が決まった。3人はホッとして顔を見合わせる。

 

「じゃあ、明日から1か月間……いいですね?」

「了解です。その間のことを話し合いたいので、モモンガさん、後でちょっと……」

「はい。時間が出来たら俺の部屋に来てください」

 

 モモンガとぷにっと萌えは頷き合う。

 

「おい、弟、あんたは今からあたしの部屋に来な」

「ねーちゃん、勘弁……」

 

 ペロロンチーノはぶくぶく茶釜に必死で頭を下げている。

 

『ありがとよ、ベル』

『いいから。……実はウルベルトとも話し合ってたから、そっちにも礼を言っとけよ』

『そうか……分かった』

 

 ブルー・プラネットはベルリバーに個人通話で礼を言い、次いでウルベルトにメッセージを送る。

 

『もしもし、ウルベルトさん、ありがとうございました。ベルから聞いたんですが……』

『あー、ブルーさん? はい、気にしないでください。なんとか誰も辞めずに済んで、俺は嬉しいですよ。ほんと、気にすることないですから』

 

 玉座の間の向こう側で山羊頭が手を振っていた。これまであまり話す機会は無かったが、悪魔の声は気さくで明るかった。

 

 話し合いが済んだと、皆が玉座の間から解散しようと動き始めた矢先だった。

 

「あー、でもやっぱ気が済まないから、謹慎前に一度殴らせて!」

 

 やまいこが呼び止め、皆がそちらに視線を向ける。

 

「ええっ!もう2回も殴られたんですけど……」

「最初の一発はあの場を鎮めるためで、二発目はあんたがフザケタことを言ったから。だから、罰としては今度が一発目」

「そんな無茶苦茶な……」

「いいから、そこに正座!」

 

 ぷにっと萌えの反論も空しく、有無を言わさぬ迫力に、ぷにっと萌え、ペロロンチーノ、ブルー・プラネットの3人は玉座の間の中央にトボトボと歩いて戻り、床に座り直す。

 

「じゃあ、いくよ――」

「あ、ちょっと待って!」

 

 巨大な拳を振り上げたやまいこの背後で、呼び止める声がする。

 

「ん? なによ?」

 

 やまいこは振り返り、声の主――るし☆ふぁーを睨んだ。

 

「えへへ、ちょっと思いついたことがあって――」

 

 るし☆ふぁーは含み笑いをしながら3人に近づき、取り出した小瓶の中の液体を振りかけた。

 

「うわっ、冷てっ」

「ウップ……何ですかこれ?」

「ええっ? 毒ですか、酸……いや、違う?」

 

 3人が突然のことに叫び声をあげる中、液体は3人の身体を伝わり浸み込むように消えた。

 

「毒じゃないから。折角だから試したいことがあってねぇ~。じゃ、やまいこ姐さん、やっちゃってください」

 

 るし☆ふぁーが、やまいこに向かって大仰に腰をかがめる。

 

「ん? 何だか分かんないけど、いいや……じゃあ、歯を食いしばりなさい!」

 

 そう言って女教師は拳を振り上げ、3人を次々に殴り飛ばす。

 

「うおぉぉぉぉぉ……」

「ひゃぁぁぁぁぁ……」

「ひぇぇぇぇぇぇ……」

 

 3人は勢いよく床を滑りだす。今までのノックバックとは明らかに違う勢いで。

 

 壁にあたる。跳ね返って再び滑り出す。

 柱にあたる。跳ね返る。

 メンバーにあたる。跳ね返る。

 

 3人はそれぞれ立ち上がろうとするが、足元がツルツルと滑って立ち上がれない。

 他のメンバーが助けようとして手を差し出しても、その手をスルリとすり抜けてしまう。

 円陣を組んだギルドメンバーの輪の中で、3人の身体が互いにぶつかり合いながら滑り続ける。

 

「な……なんですか、これ?」

 

 モモンガが玉座から立ち上がり、原因を作ったと思われる、るし☆ふぁーに向かって叫んだ。

 

「あはははは、潤滑油ですよ、ゴーレム用の。塗った部分の摩擦係数を0にするんだけど、いやぁ、やっぱりプレイヤーと床の間にも効いちゃうんだ。さっすがユグドラシル!」

 

 自分で試さなくて良かった――そう言いながら腹を抱え、るし☆ふぁーが笑っている。

 

「ビ、ビックリしたよー……これ、いつまで続くの? ずっと?」

「短時間の加速用なんで、小瓶1本で1分間です」

 

 自分の拳と床を滑る3人を呆然と眺めていたやまいこが不安げに質問し、るし☆ふぁーが真面目くさって答えた。

 

「そっか、じゃあ、すぐに止まるね……いやぁ、なんか……」

 

 やり過ぎたと思った――そう言いたげに、やまいこは自分の拳を振った。

 

 やがて3人の身体は減速し、床の上で止まる。

 

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

 

 フラフラと立ち上がったブルー・プラネットは、再びバランスを崩して転ぶ。

 潤滑油の効果ではない。高速で床の上を回転したため目が回っているのだ。

 

「いいもの見せていただきましたっ!」

 

 るし☆ふぁーが3人の前で腰をかがめる。

 

「見せていただきました、じゃないでしょ!」

 

 よろめきながら、ぷにっと萌えが怒声を上げる。

 

「いえ、ぷにっと萌さんならこの経験を生かして新たな戦術を考えていただけるのではないかと大いに期待しているでありますっ! では、また1か月後にっ!」

 

 そう言って、るし☆ふぁーは消えた。どこかに転移したのだろう。

 

「……あの野郎は……」

 

 頭を抱えたモモンガが小さな声で呟く。そして、やまいこをみる。

 

「ともかく、やまいこさん、これで良いですか?」

「はぁ……なんか毒気が抜けちゃったよ……うん、じゃあ、1か月後に反省文ね」

 

 そう言うと、やまいこはユリに声をかけて玉座の間から悠然と歩き去る。

 今からユリ・アルファの調整に取り掛かるのだろう。ユリは無表情でその後を追う。

 

「ねぇねぇ、鳥って可愛くない? パタパタって」

 

 餡ころもっちもちが、ぶくぶく茶釜に声をかける。

 

「あんちゃん、忠告する……うちの弟にだけは近づかない方がいい」

「えー、そんなんじゃなくって――」

 

 2人の女性の声が玉座の間から遠ざかっていく。

 他のメンバーも解散していく中、3人は顔を見合わせる。

 

「……なんとか、まあ……」

「ええ、なんとか……」

 

 ブルー・プラネットとぷにっと萌えが顔を見合わせる。

 

「俺はこれからが地獄ですよ……」

 

 しょげているのはペロロンチーノだけだ。彼がなぜそこまで姉を恐れているのは分からないが、そこには誰も触れない。

 

「ペロさん……後でユリの記録画像……」

「ええ、バレないうちに処理しますから」

「いえ、こっちにもコピーください。3人の秘密で……」

 

 3人は顔を突き合わせ、ヒソヒソと相談する。そして女性の好みの話になり、声が大きくなったところでモモンガに叱られた。

 謹慎前に早く必要な手続きを済ませてください、と。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 数日後、研究所でブルー・プラネット――広川は昼食をとっていた。

 後ろから別室の同僚――鈴川が肩を叩いた。彼が現実で研究室を出るのは数日ぶりのはずだ。

 

「おう、スズか、お疲れ……どうよ? 皆は……」

「変わらねーよ。ここ1か月は対外作戦は取れないから防御を固めて内装に注力してる」

 

 ユグドラシルではベルリバーと名乗っている男は、いつものようにボサボサ頭を掻きながら青白い顔に皮肉な笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「悪ぃなあ……推薦してくれたお前の顔に泥塗っちまって」

「気にすんなよ。誰が誰の推薦か、なんてもう誰も覚えてねぇって」

「そっか……しかし、やっぱり“ぷにっと萌え”や“ペロロンチーノ”の除名を心配する奴は居ても、俺の名は出なかったよなあ……」

 

 広川は食器に目を落とし、フォークで合成肉をつつく。

 

「ははっ、やっぱ傷ついてた? いや、裏じゃ個人通信でお前を残そうってメッセージが飛び交ってたんだぜ、何人も」

「そうなん?」

「ああ、お前が作りかけの第六階層、楽しみにしてる奴は多いんだぜ」

「そっか……」

 

 広川は背を伸ばして椅子に身体を預け、何度か頷いた。

 

「それでな、他の奴らも自分の領域を決めて改装に夢中だ。源さん中心に、これまでのアイテムを整理して宝物庫を作ろうって話にもなってる」

「あーいいな、それ……うん、アイテムは整理すべきだよなぁ」

「タブ公がノリノリでな、パスワードとトラップとか、相当捻ったモノになりそうだ」

 

 広川と鈴川は、ははは……と笑う。あいつのことだ、きっとホラー映画じみた仕掛けになるのだろうと予想して。

 

「ってわけで、今は戦闘組が暇でな。たっちまで『俺もNPC作ろうか』なんて言い出してるくらいだ」

「へー、たっちさんがねぇ……どんな?」

「あのイイ子ちゃんは萌えキャラなんて作らねーよ?」

「ちげーよ! そうじゃなくて……」

「隠すな。お前がムッツリだってのは、もう皆が知ってる」

「はぁっ?」

 

 広川は顔を上げて周囲を見る。周囲の同僚は皆、親指を立てて広川の顔を見つめている。

 いじめだ――広川は鈴川の腹にパンチを入れた。

 

「うっ……ははは……まあ、気にせずまたユグドラシルに来いよ。実はな――」

 

 そう言って鈴川はテーブルに片手を突いて広川の顔を見た。

 

「――お前に期待してる奴から頼まれてんだ。武さんは何でも甲殻類の外装データ欲しがってるし、弐式は蟲の図鑑を借りたいってよ。あと、出来れば第六階層の桜のデータ、天さんの領域用に移せねーかな?」

「ああ、分かった。データ変換して渡すわ。桜は土台ごと持っていけば問題なく移せるはずだから、モモンガさんの了解得たら勝手にやってくれ。微調整は後からやるし」

 

 広川は頷く。仲間たちから必要とされていることに照れた笑いを浮かべながら。

 それを見て鈴川も笑って言う。髪をクシャクシャと掻き上げながら。

 

「それに、俺も暇してるんで、内装に凝りたくなってな。ほら、今回の件もあるし、皆が楽しめる親睦の場を……風呂を作ろうかって。それで、お前にも手伝ってほしいんだよ。ジャングル風呂のデザインを――」

 


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