2126年の夏、娯楽業界は新作映画の話題で賑わっていた。数十年ぶりにリメイクされる古典ファンタジー映画だ。壮大なストーリーと美しい自然を前面に押し出した予告編が何度も繰り返し放映された。
加えて、完全没入型の映画であるそれは、すでに人気を博していたDMMO-RPGとのタイアップ企画を発表しており、公式サイトには派手な宣伝が踊っていた。
「この夏、ユグドラシルに新たな種族が降臨する――樹の巨人:トレント」
ネットの掲示板は新たなプレイヤーキャラクターの誕生を歓迎した。しかし、「トレント」がどのような種族であるかを知るのは一部の古典マニアだけであった。
そして映画が封切られた。
視聴者は自宅で情報端末に接続する。ゴーグルをつけ、首にケーブルを差し込み、娯楽チャンネルを選択する。
目の前に選択肢が浮かび上がる。見たい映画を選ぶ。「見たい」と思うだけでいい。情報端末はその意志を読み取り、映画データをダウンロードする。
荘厳な音楽と共に目の前に美しい緑の山脈が現れる。視聴者はまるで鳥になって空からそれを見下ろすような浮遊感に包まれる。
彼方に目を移すと、暗雲垂れこめる闇の国がある。恐ろしい火山が溶岩を噴き出し、空からの稲妻と呼応している。
火山の奥の洞窟で悪魔が独り、魔法のアイテムを作成している。恐ろしい力を秘めた指輪だ。
視聴者は透明な――幽霊のような存在となり、一心不乱に指輪を鍛え上げる悪魔を間近に見る。その野望に満ちた眼差し、その荒い息づかい、一振りごとに弾ける火花を。
時代が下り、その指輪は小人に託された。世界を救うために指輪を破壊する旅に出るのだ。
小人の冒険は続く。仲間と共に険しい山脈を越え、魔物の追撃を振り切り、友とはぐれ、敵の魔法使いの謀略に惑わされ――
そして、小人達は深い森の中で迷ってしまった。
視聴者たちは暗い森の中で恐怖を知る。原始的な恐怖だ。縺れ合った枝の奥から魔物が、野獣が飛びかかってくるのではないかという本能的な警戒心が掻き立てられる。
小人の一人が飢えに倒れる。友が傍で嘆く。助けは誰もいない。
小人の身体に蔓が巻き付く……持ち上げられる。葉が擦れる音が聞こえる。
魔物だ――身を固くした視聴者は、自分に向けられた優しい目に気づく。
「おい、おちびさん……お前たちはどうしてこんなところに来たのだね?」
腹の底に響く、野太い、間延びした声が小人に語りかける。
そしてその巨大な樹は小人を肩に乗せ、果物と水を与えた。
小人達は差し迫った世界の危機を――これまでの経緯を伝える。
樹の怪物は顎髭を――絡まった蔦を扱きながら答える。
「ふぅむ……ならば、仲間を集めて相談しなくてはな……」
「急いでください。世界の危機なのです」
焦る小人達に樹の怪物は悠久の物語を語り、悠然と歩きだした――森の外れに来るまでは。
そこにあったのは荒れ果てた大地だった。樹は怒りに震え、鼓膜を破るような大声で吠えた。
樹の咆哮は森の彼方へと広がる。その叫びに呼ばれ集まってきた樹々たち――同種の怪物や、その使役する樹々は緑の津波となり、地響きと共に敵の城に突っ込んでいく。
無数の魔物の群れを蹴散らして。あの恐ろしいトロールたちを軽々と放り投げて。
かくして邪悪な魔法使いの城は落ちた。
――映画の前半のクライマックスが終わり、数か月後に続く後半の予告編が始まる。
視聴者たちは映像が終わってもしばらくゴーグルをつけたまま、暗闇の中で感動に震えていた。
あの力強い仲間――優しい樹の怪物になれたらどれだけ楽しいだろう。
あの美しい自然の中でゆっくりと動物と戯れ、樹を育てることが出来たら――と。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ユグドラシルの異種族プレイヤーキャラクターとして追加されたトレントは、一躍人気キャラクターとなった。
ケーブルを接続し、プレイヤーは白昼夢の世界に入る。
待合室には樹々が並んでいる。皆、ここ最近トレントを選んで遊び始めたプレイヤー達だ。ベテランプレイヤーの中にもキャラクターを作り直した者達がいた。
より強く、より大きく――ユグドラシルの運営は、人気種族トレントの特性を伸ばした。
レベルが上がるごとに成長し、最終的には数十メートルの高さにまでなる。
家ほどの岩を持ち上げ、投げ飛ばし、遠くのドラゴンすら撃ち落とすことが出来る。
その設定は、トレントを選んだプライヤーたちを満足させた。
少なくとも、最初の数週間は。
やがて、トレント達に不満が出始める。
「ゴドール洞窟を探検中です。地下3階の奥の部屋でレベルアップしたら、部屋から出られなくなっちゃったんですけど……」
「ドゥ・ルーグァの尖塔を攻略中です。中ボス戦の後、通路に挟まって動けなくなりました」
「町で情報取集してるんですけど、店の入り口に体がつかえて中に入れません」
GMコールが次々と運営に寄せられる。
「チームあるいは周囲の助けを求められるプレイヤーに<ミニマイズ>あるいは同等の効果をもつ魔法やアイテムを使える方はいらっしゃいませんか? もし不在であるならば、一旦緊急ログアウトして、集会場から再びログインしてください」
GMの返答は決まっていた。
「わりぃ、先に抜けるわ」
薄暗い部屋の中、巨体を苦しそうに折り曲げたトレントは仲間たちにそう伝え、拠点で待っていると言い残してフッと消える。取り残された仲間たちは、巨体で押しつぶされていた体を伸ばし、口々にヤレヤレと呟く。仲間からの干渉はダメージにならないのがせめてもの幸いだった。
「トレントはクソ、お前ら絶対選ぶなよ。後悔するぞ」
そんな罵倒が掲示板に並び、トレントの新規登録者は激減した。
ユグドラシルでは冒険の場となるダンジョンや城は大抵「人間種」を基本として設計されていた。巨人族程度ならば身をかがめたり、頭をぶつける程度で済む。それもロールプレイとしての楽しみである。
しかし、数十mの巨体を揺すって移動するトレント達には、あまりにも不適であった。
「ちょ、ちょっとストップ、ストップ! 崩れるからっ、崩れるから!」
仲間たちの悲鳴が響く。宝物庫を擁する神殿に無理に入ろうとしたトレントの仲間を必死で押し戻そうとしている。
冒険に参加できず、体育座りをして仲間の帰りを待つトレント達の悲しげな姿がそこかしこで見られた。
トレント達は他の種族と一緒のパーティーを組むことが少なくなった。運営に苦情も寄せられたが、その返事はつれないものだった。
「冒険の場はダンジョンや城だけではありません。広大なユグドラシルの山や平野があなた達の探索を待っています」
こうして、トレント種の人気は暴落した。新規登録者はほとんどゼロとなった。
待合所で人間種プレイヤーが怒鳴る。怒鳴られたのはトレントのプレイヤーだ。
「ちょっと、邪魔だからどけよ」
「ごめん、でも出口につっかえちまって……」
「ちっ……だからトレントは要らねぇって言われんだよ」
「仕方ねぇだろ! デカくなっちまうんだから」
「やる前に気づけよ、アホか? ああ、まだトレントって時点でお察しか。やーい、アホー」
「ああ? なんだてめぇ、馬鹿にしてんのか!」
待合室で喧嘩が始まる。こうしたやり取りが頻発し、後に異形種狩りと呼ばれるPKブームの一因ともなった。
ただし、運営も手をこまねいていたわけではない。せっかく新規導入した種族を、それも映画とのタイアップ企画で優遇した種族を、無駄にするわけにはいかないという大人の事情もあった。
「超大型種族プレイヤーの皆さんに朗報です! 人間用施設をご利用いただけるよう『サイズ可変』システムを導入しました」
このアップデートは、トロールやオーガ、いくつかの巨人族には歓迎された。頭をぶつけなくて済む、と。
しかし、トレントのような超大型種族、あるいは課金で「巨大」となった者たちには……
「やばい、古代竜だ! 隠れてやり過ごすぞ!」
「おう!」
次々と人間や森妖精のプレイヤー達が、山肌に開いた小さな洞窟に飛び込む。
「俺も!」
続いてトレントも飛び込もうとする。
「おい! 馬鹿……来んな!」
「広がっちゃう! 広がっちゃう!」
「ドラゴンまで入ってくるだろうがよぉ!」
トレントのサイズに拡大された洞窟の入り口を見て、仲間の悲鳴が響く。
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
一人だけ避難所に入れないトレントが絶望の声を上げた。それに答えて洞窟の奥から仲間たちの声が届く。
「後で復活してやるから……」
洞窟の入り口が魔法で封印される。もう逃げ込むことは出来ない。
取り残されたトレントの悲鳴が響いた。
トレント達に止めを刺したのは、数か月後に公開された映画の続編だった。
あの勇敢で優しい樹の怪物は、続編では忘れ去られたように登場しなかった。
そして、ユグドラシルとのタイアップ企画も切れた。
「詐欺だ!」
人気の再燃を信じていたトレントプレイヤーが悲鳴を上げた。
悲鳴を上げなかった者達は、そっと「キャラクター再生」を選択し、あるいはアイテムによって別な種族へと生まれ変わった。
こうして「樹の巨人:トレント」はユグドラシルプレイヤーの中では触れてはいけないものとなった――<シャーウッズ>によって自然公園が造られるまでは。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2127年の春――「桜祭り」によって公園は大いに賑わった。
その主役は何といっても桜のトレント達だ。森妖精の少女たちが歓声を上げ、桜の下で記念撮影をする。
「おにーさん、花吹雪やって」
「よし来た! ハイッ!」
森妖精たちを包むように桜の花びらが円を描いて舞い踊る。
「すごーい! ねえ、おにーさんって、現実ではどんな仕事してるの?」
桜のトレント達と森妖精の少女たちが楽し気に会話を続ける。
その横では、他の樹種を選んだトレント達が所在無げに立っている。
<シャーウッズ>全員が「桜」になって参加したわけではない。他の樹種のメンバーは、その外装のままで公園の隅で交通整理などをしている。
「全員が桜……ってのも飽きるやろ? 桜を見に来た人に『他の樹もある』ってのを知らせることも大切や」
プロジェクトリーダーのタガヤの一存で決まったことだ。
「いいよな、あいつら……」
賑やかな祭り会場を眺めてトレント達――松、樫、ブナの樹々が不満を漏らす。
「はっはっは、まあ、賑わっていいじゃないか」
背の高いモミの木――ギルド長ブルー・プラネットは余裕をもって笑う。他のモミの木たちも。
彼らの余裕には理由があった。「桜祭り」よりも盛り上がるであろう計画が。
クリスマス――年末に訪れる大型イベント。彼らはそれに賭けていた。
やがて年の瀬になる。1か月以上前からクリスマスを盛り上げるよう、大企業はアーコロジーの至る所でメロディーを流す。ネットには様々な広告が踊る。
「大切な人へ――プレゼントの購入は済まされましたか?」
そして当日。
今日の主役は俺たちだ――夕刻、モミの木を選んだトレント達はいそいそとユグドラシルにログインする。そして以前から作り上げていた様々な飾りを装着する。
ユグドラシルの仮想空間、アルフヘイムに夜の帳が下りる。シャーウッズ公園にはロマンチックな音楽が静かに流れ始める。
人間や森妖精のプレイヤーが次第に公園にやって来る。
だが、何か雰囲気がおかしい。
まず、「桜祭り」のような華やかさがない。大勢のプレイヤーで公園がごった返すことが無い。
公園を訪れたプレイヤー達は2人組になり、身体を寄せ合って静かに散歩している。そして夜空を見上げるて囁き合う。
「ごらん、あのモミの木の上で光る星を……」
「きれいね……」
そしてプレイヤーは抱き合い、何か囁くとログアウトしていく。その繰り返しだ。
何を話しているんだ?――頭の上に星を乗せたブルー・プラネットは、公園管理者としての権限を使い、プレイヤーの会話を盗聴した。
『……じゃあ、そろそろ……』
『うふふ……エッチ』
おかしい、何かが間違っている――トレント達の間にざわめきが広がる。
『あの、ブルーさん?』
『まあ、待って!』
『でも、なんか俺たち間違ってません?』
『そうっすよ。誰も俺たちに話しかけてくれないっすよ……』
『分かってる。分かってるから!』
グループメッセージで密かに会話が飛び交った。すすり泣いている者もいる。
泣くほどのことはねぇだろう――そう思いながらもブルー・プラネットは鼻の奥にツンとしたものを感じる。
やがてモミの樹々は恐ろしい事実に気がついた。
桜祭りは桜が主人公だった。しかし、クリスマスの主人公はモミの木ではないらしい。
皆が押し黙った。しかし、誰一人ログアウトするメンバーはいなかった。イベントの最中に逃亡は許されない。それ以上に自分が情けなさすぎるのだ。
足元で自分たちの飾りを指さし、抱き合い、甘い囁きを交わして恋人たちが次々とログアウトしていく。
モミの木たちはそれをチラチラと眺めつつも、気にしていないフリをする。ただの樹であるかのように黙って立ち尽くす。
いつまでこの苦行は続くのだ――ブルー・プラネットは密かに時計を確認した。
22:47
ブルー・プラネットは溜息を吐いた。イベントの時間は夜中の2時まで予定されている。
やがて人通りも少なくなってくる。もうそろそろ日付が変わろうとしている。
と、突然ガヤガヤという話し声が聞こえた。今までの恋人たちとは明らかに雰囲気が違う。いや、むしろ恋人たちの雰囲気をぶち壊そうとしているかのように騒々しい音をたてて公園を闊歩していた。
その声の主は――6人のパーティだ。全員が人間種の女であり、物理防御など皆無に等しいビキニの鎧を付けている。粗削りな外装だが美人であり、胸も異常に豊かに作られている。その胸を持ち上げて恋人たちに見せつけ、卑猥な踊りを踊っては、恋人たちが逃げるようにログアウトするのを見て笑っていた。
やがてその一団はブルー・プラネット達のいる場所にもやってきた。
「おう、こりゃ随分とキレイじゃねーか」
モミの木を見上げる先頭の女戦士から聞こえるのは野太い男の声だ。周囲の女たちも同じくダミ声で笑いあう。
やはりネカマか――遠目に女たちを見て心を躍らせていたモミの木たちが沈み込む。
「ははは、キレイでしょ。楽しんでくださいね、メリークリスマス!」
自棄になったモミの木が1本、ネカマ集団に声をかけた。腕を振って飾りを見せびらかす。
「――っと、何だおめぇ、プレイヤーかよ」
「おっ、知ってるぜ。こいつら今どきトレントやってんだよなあ」
男たちは酔っているようで、そのモミの木を蹴飛ばし始めた。
「お客さん、すみませんが……」
「ああっ? なんだぁ?」
ブルー・プラネットが声をかけると、男たち――外装上は女――が一斉に振り返り、巨大なモミの木を見上げた。
「おう、おめぇ随分ときれいな星、頭に乗っけてるじゃねーか」
「ええ、皆さんに楽しんでいただきたいと――」
「ぎゃはは、じゃ、星を増やしてやんよ」
そう言ってパーティーの1人、ベリーダンサーのような姿で口元をベールで隠した魔法詠唱者が呪文を詠唱した。
「<メテオフォール>」
ブルー・プラネットの頭上に轟音が響き、燃え盛る隕石が落下する。
「痛ってぇ!」
モミの巨木は仰け反って頭に手を――枝を伸ばした。
「うひゃひゃひゃひゃ」
「やっちめぇ!」
呂律の回らぬ男たちが総攻撃を始める。剣で切りつけ、魔法を飛ばしてくる。
周囲のトレント達もブルー・プラネットを守ろうと動き出した。
「きゃぁぁ!」
「うわっ、何だいきなり!」
まだ僅かに残っていた恋人たちが悲鳴を上げ、公園内から一斉に転移する。
「お客様、どうかマナーを――」
「うるせぇ! 知ってっか? 夜寝ない悪い子には、サンタさんから石炭のプレゼントが来るんだぜぇ!」
そう言ってネカマ魔法詠唱者は攻撃魔法を周囲に連発する。
まずい――ブルー・プラネットは逃げる。ロマンチックなイベントに合わせて、外装は飾りに徹している。武装と呼べるものは身に付けていないのだ。
もう一人の魔法詠唱者もトレントの弱点である火炎系魔法を放ち、助けに来たトレントの1体の尻に火がついて悲鳴が上がった。
「チクショウ、なんでだよ!」
ブルー・プラネットは涙声で叫んだ。他のメンバーたちも。
公園の中を火のついたトレント達が逃げ惑い、酒に酔ったパーティーが笑いながら追いかけてくる。
「うへへ、樹のくせに脚が速ぇじゃねぇかぁ」
「ちっ……この野郎っ!」
「グエッ!」
逃げながら反撃したトレントの太い枝が女戦士に当たる。非武装とはいえ、怪力のトレントの一撃だ。女戦士は数メートルも吹き飛ばされる。
やはり物理的防御はほとんどない。ネタ構成のネカマパーティーだ――それを知り、ブルー・プラネット達の闘志に火が付いた。
「おい、こいつら弱いぞ!」
「なんだとぉ! おい、魔法、魔法!」
ネカマ戦士に促されてネカマ魔法詠唱者は強化魔法を唱える。貧弱な装備を強化するために。
「やらすかよぉっ!」
「るせぇっ!」
トレントとネカマ――やるせない怒りを抱えた者達の混戦が始まった。
巨大なモミの木の枝が地面を掬うように振られ、それを交わしながら戦士が剣で、魔法詠唱者が呪文で攻撃する。
その時、巨大な笑い声がその場の全員の耳に届いた。陽気な老人の声だ。
「ホッホッホォ~ッ!」
何が起きたかと、全員の動きが止まった。老人の声はなおも続く。
「みんな楽しんでおるかなぁ? 寂しい皆にサンタさんから素敵なプレゼントじゃぞ。メーリィクリスマス! ホッホッホォ~ッ!」
光に包まれた仮面――泣いているような怒っているような、なんとも言えない表情の仮面が皆の目の前に出現し、アイテムボックスに吸い込まれた。
「なんだぁ?」
突然のことに、トレント達もネカマ達も顔を見合わせ、剣をしまう。
「なんか、運営からアイテムが配られたようですね……見てみましょう」
ブルー・プラネットの声で各自、アイテムボックスを確認する。
「嫉妬する者達の仮面」――新たに追加されたアイテムにはそう説明がついていた。
「ふっ、ふざけるなっ!」
誰かが叫んだ。アイテムボックスからその仮面を取り出して地面に叩きつける。
その仮面は地面を数回バウンドし、消える。そして再びアイテムボックスに現れた。
「呪いのアイテムかよっ!」
「で、でも、性能が凄いとか……」
鑑定魔法を使えるものが確認する。皆が固唾を飲んで見守る中、ベリーダンサー姿の魔法詠唱者が告げた。
「ねぇよ……何もねぇ。ただの嫌がらせだ」
「マジかよ! 運営、気ぃ狂ってんじゃねーのか!」
「前からおかしいと思ってたんだよ!」
「そうだよ、ぜってーおかしいって!」
その場の誰もが同意した。その場に奇妙な連帯感が生まれた。憎しみ会う理由はないのだ。彼らのやるせない怒りはユグドラシル運営に向けられた。
ネカマ達は仮面を付けて歌い、踊り出した。トレント達もその踊りに合わせて手拍子を打ち鳴らす。調子も何もない、でたらめな歌だ。自棄になった者達は大声で笑いあい、ユグドラシル運営への、そしてクリスマスへの罵倒を繰り返した。
いつの間にか、日付は12月25日に変わっていた。イベント終了の音楽が流れ、ブルー・プラネット達とネカマ集団は握手をして別れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
明けて2128年の正月。月替わりイベントに新たなメニューが追加された。
「森林の中で瞑想コース」――そう銘打たれたイベントだ。
印度菩提樹のトレント達が、枝に仏像を吊るして立ち並ぶ。仏教という宗教の開祖は印度菩提樹の下で瞑想し、悟りと呼ばれる境地に達した――そういった伝説に基づく演出だ。
その下ではイベント参加者たち――人間種のプレイヤー達が静かに座っている。
公園の中には小鳥のさえずりが微かに響いている。管楽器のゆったりとした奇妙な音楽も流れている。
「ゆっくりと自然に呼吸して、その息を数えます。スー……ハ―……スー……ハ―……」
そう指導しているのはブルー・プラネットだ。外装は印度菩提樹に変わっている。捻じ曲がった蔓で覆われた、奇怪な樹の姿に。顔も穏やかなトレントのそれではなく、厳めしいものに変わっている。
「深いリラックスで脳の老廃物が洗い流されるのです……そう、雑念が湧いてもそれにとらわれず、息を数えることに集中して……スー……ハ―……スー……ハ―……」
時折、印度菩提樹の蔓がプレイヤーの肩を叩く。カップルで参加した若い森妖精たちだ。
「煩悩を捨てて。息に集中して……」
肩を叩かれた森妖精は静かに頭を下げて瞑想を続ける。
スー……ハ―……スー……ハ―……
スー……ハ―……スー……ハ―……
小鳥のさえずりと共に、参加者の呼吸音が公園の中を静かに流れていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
数年後、ブルー・プラネットはワールドチャンピオン決定戦を見に仲間と競技場に行った。
新たに移籍したギルドの中心人物の一人、たっち・みーの防衛戦の応援のためだ。
「たっちさーん、がんばれー」
選手が所属するギルドのメンバーとして特等席から声援を送る中、ブルー・プラネットは別の見知った顔を見つけた。
あのネカマ戦士だ。
あの事件以来も、たまにネカマ戦士は〈シャーウッズ〉の公園に来るようになっていた。お互いに愚痴をこぼしあう仲だ。ギルド移籍以来は疎遠になっていたが――
「おー、立派になったもんだなあ」
ブルー・プラネットは感慨深げに称賛を送る。
いつか見返してやりたいんすよ――ネカマ戦士の愚痴を思い出し、そのような動機でもここまで強くなれるのかと悟った眼で。
ネカマ戦士は多くの挑戦者を退け、ワールドチャンピオンの1人となった。
表彰台に上るネカマ戦士にブルー・プラネットは惜しみない拍手を送った。
ネカマ戦士も観客席に座るトレントに気が付いたようだ。
彼は表彰台からブルー・プラネットに向けてウィンクし、投げキッスを送った。