自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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ちょっと【血飛沫注意】です。


第36話 冬来たりなば…

 夜になる。人間たちが休息をとる時間だ。

 睡眠を必要としない者が多いナザリック地下大墳墓においては昼夜の区別はあまり意味をもたないが、外界の人間との関りにおいては時刻は重要である。

 帝都での仕事を終えたモモンガ達が帰還する。

 

「お帰りなさい、モモンガさん」

「はい、ただいまです」

「帝都の方は……何か進展ありましたか?」

「ええ、皇帝が明後日、ナザリックに向かうそうです。こっちに到着するのは4日後の朝ですね」

「いよいよですね。こっちもぼちぼち準備を始めますか」

 

 ブルー・プラネットの言葉にモモンガは肩をすくめる。

 何かあったかな?――そう首を傾げるブルー・プラネットに向かってモモンガが指を立てた。

 

「アルベドがいないと。俺たちじゃ何も出来ないでしょ」

「え……ああ、そうですね。えっと、謹慎は3日間でしたか」

 

 2人は指折り数えて顔を見合わせる。アルベドの謹慎が解けるのは明日の夜だ。

 そして揃って溜息を吐く。

 なにしろ皇帝が来るのだ。元の世界で来客を迎えるようにはいかないだろう。

 皇帝の来訪に合わせてNPCや無数のシモベを配置し、式典を準備する。――そんなことはモモンガにもブルー・プラネットにも到底無理な話だ。

 

「……試してみます?」

 

 モモンガが自分の頭を指し示し、ブルー・プラネットは頷いて<知力向上>を掛ける。

 モモンガとブルー・プラネットの目に宿る炎が輝きを増し、2人は饒舌に語り合う。

 

「――やっぱり皇帝を迎えるのに美女を揃えて……そう、パレードが良いんじゃないかと」

「そうですね、戦闘メイドに水着着せて……金銀の糸に宝石あしらった奴」

「でも、エントマどうします? あれの水着はちょっとキツイっすよ?」

「リボンで誤魔化しましょ。そうだ、エントマの脚をアーチにしてその下を……」

 

 目の光を瞬かせ、カクカクと頭を小刻みに揺らしながら2人は話し合う。

 そして小一時間経って魔法が切れ、走り書きのメモの山を眺めて机に突っ伏す。

 

「宴会じゃないんだからさぁ……」

 

 モモンガが呟く。

 メモに残されたブレーンストーミングの結果は、冷静に眺めると酷いものだった。

「ビキニパレード。派手」「守護者の芸」「ナ/帝、ペアダンス」……は何となく分かる。

 だが「首を振り子」「光らせ?」等々、意味が分からないメモも多い。

 

 素人の暴走は怖い。――モモンガとブルー・プラネットはそれを思い知る。

 単純な情報処理の速度の問題ではないのだ。やはり内政において卓越した手腕をもつアルベドがいないとナザリックは立ち行かない。

 

 無力な至高者2人は天井を見上げ、疲れた声で呟く。

 

「まあ、明日まで待って……」

「ですね……」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、モモンガとブルー・プラネットは落ち着かない気分で過ごす。モモンガはいつもの様にゆっくりと報告書に目を通し、ブルー・プラネットもそれを手伝う。

 途中、ブルー・プラネットは席を外してヘッケランとイミーナの様子を確認し、相変わらず理性が戻らないのを見てデミウルゴスに連絡した。そして第六階層の巡回に向かう――アルシェの新居を避けて。

 

 そしてようやく夜になる。

 モモンガとブルー・プラネットは大墳墓の最奥、第十階層の玉座の間に向かう。

 そこでは守護者各員――謹慎の解けたアルベドをはじめとする最高位のNPC達が集まっていた。玉座の階下では守護者統括であるアルベドだけが立ったまま、他は皆、跪いて至高者達を迎える。

 

「ああ、モモンガ様、お久しゅうございます! ブルー・プラネット様、先日は申し訳ございませんでした!」

 

 眼を見開き涎の垂れそうな笑顔で身悶えしてアルベドはモモンガたちを迎える。

 デミウルゴスはアルベドの声を聴き、ヤレヤレと言いたげに顔を背けて眼鏡を直す。

 同じく謹慎を受けていたシャルティアは顔を赤らめてモモンガを見つめている。

 

 モモンガが玉座の前に上り、カツッと杖を鳴らす。それを合図に守護者たちは一斉に立ち上がり、至高の御方々に向き直る。

 

「皆の者、大儀である。既に知っているとは思うが、皇帝が3日後の朝、ナザリックを訪れる。明日明後日で歓迎の準備を終わらせなくてはならぬが、アルベド、計画は立てられるか?」

「はい! 勿論でございます。この3日間、十分に考えておきましたから」

 

 モモンガの問いにアルベドは満面の笑みで答える。

 

「よろしい。では、デミウルゴスと協力して計画を確認し、準備に入るように」

 

 モモンガが重々しく頷き、アルベドとデミウルゴスは頭を下げて了承の意を示す。

 

「質問をお許しください。ブルー・プラネット様は皇帝の謁見にご参加なさるのでしょうか?」

 

 早速、アルベドが質問する。

 

「いや、私は出ないよ。そんな柄ではないからな」

「うむ、ブルー・プラネットさんには他の仕事を任せようと考えている」

 

 ブルー・プラネットとモモンガの言葉にアルベドは笑顔で頷く。予想通りという様に。

 デミウルゴスや他の守護者――シャルティアを除いて――も黙って頷く。

 

「あ、あの、ブルー・プラネット様は何故にご参加なされないでありんすか? 至高の御方々が揃って皇帝の前に立って見下ろさないのは、いささか不思議でありんす」

 

 シャルティアが不思議そうに玉座の至高者達を見上げ、質問する。

 

「あんたさ、だから考えが足りないって言われんのよ」

 

 シャルティアの質問にアウラが溜息を吐いて手を広げ、やれやれという様に首を横に振る。

 

「なっ! では、アウラ、おんしは理由が分かっているとで……も……?」

 

 シャルティアの反論は途中で消える。他の守護者たちが皆無言で「分かってないのはお前だけだ」という視線を送っているのに気が付いたからだ。

 

「だぁからね、シャルティア! 皇帝がナザリックに来れば、あんたにちょっかい出した謎の敵も動くかもしれないでしょ! ブルー・プラネット様は隠れて皇帝の背後の敵を探るの!」

 

 胸を張り、優越感をあからさまにした笑顔でアウラが言い放つ。もっとも、アウラも自分で気付いたわけではなく、デミウルゴスから懇切丁寧な説明を受けていたのだが。

 

 アウラの説明に初めて理解の色を浮かべたのはシャルティアだけではない。

 モモンガとブルー・プラネットも初めてその可能性に気付き、口をぽかんと開けた。

 

「ああ、そ、そういうことだ。ブルー・プラネットさんには未知の敵を……そうだ、皇帝が動けば未知の敵も動く可能性があるからな。それを探してもらうつもりだ」

「え、ええ。その通り……うむ、アウラよ、凄いな。よく気が付いた」

 

 守護者達の視線がシャルティアとアウラに注がれている間に至高者達は気を取り直し、アウラを褒める。その言葉に守護者全員が玉座に向き直り、首を垂れる。

 

「ゴホン……だが、アウラ……それはお前の考えではないだろう? デミウルゴス?」

「はっ! 恐れながら、御二方のお言葉からそのように推察しておりました」

 

 モモンガはこれまでの経験から守護者たちに入れ知恵をしたであろう知者の名を呼び、名を呼ばれたデミウルゴスは喜びの表情とともに尊敬の眼差しを至高の御方々に向ける。

 

「……おかしいと思ったでありんす。オチビがそこまで頭が回るはずがないでありんす」

「うるさい! あんたが話を聞いてなかったのが悪いんでしょ」

 

 デミウルゴスの背後でシャルティアとアウラが小声で口喧嘩するのをコキュートスが剣の柄で床を叩いて鎮める。

 

「それでは、細かい謁見の運びはデミウルゴスと相談し、最終案をモモンガ様にご確認いただきたいと存じます」

「うむ、そのようにしてくれ」

 

 守護者達の喧騒を他所に静かに事を進めるアルベドの言葉に、モモンガは頷く。

 

「それでは、ブルー・プラネット様……ブルー・プラネット様は如何されますか?」

「うむ……そうだな、皇帝の背後……私はスレイン法国から探ってみようと考えているが……」

 

 アルベドが輝くような笑顔で問いかけ、ブルー・プラネットは少し考えて答える。

 スレイン法国を探る。――その言葉にアルベドとデミウルゴスは同時に感嘆の息を漏らす。

 

「ああ、スレイン法国ですか。……確かに。でも、危なくはないですか?」

 

 モモンガはやや不満げな声を上げる。

 確かに未知の敵はスレイン法国にいる可能性は高い。リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の主戦力は既にモモンガが調査済みだ。それは2人で何度か話し合ったことがある。

 問題は調査方法だ。

 モモンガとしては、デミウルゴスの提案通りナザリックを国家として樹立した後に国交を通じてスレイン法国の実態を探るつもりだった。周辺諸国最強と言われ、ワールドアイテムを持つ可能性もあるスレイン法国には慎重に当たるべきであると。

 皇帝の来訪に合わせて単独で潜入するとなると、効率は良いだろうが危険も大きい。

――モモンガは友人を気遣い、その顔を見上げる。

 

「大丈夫ですよ。私は人間型のシモベを使えますから」

 

 モモンガの視線を受け、ブルー・プラネットは胸を張って答える。

 3人のシモベには既に<獣類人化>を永続化させるアイテムを装着させている。魔法が切れて正体がバレる危険は小さくなった。帝国内で店を構えていた背景もあり、人間社会には溶け込みやすいはずだという自信もある。

 

「なるほど……デミウルゴスはどう思う?」

「はっ! スレイン法国はいずれ探らねばならぬ所。帝国を含めた周辺諸国へ密かに干渉しているようであり、皇帝の動向も彼らの知るところでしょう。今回の謁見はスレイン法国の動きを炙り出す格好の機会となります。確かに不明なことが多く、危険な場所ではありますが、ブルー・プラネット様が人間型のシモベを使い内偵されるのであれば、人間至上主義を掲げるスレイン法国の調査においてそれに勝る策は無いかと」

 

 モモンガから考えを求められ、ブルー・プラネットを神算鬼謀の隠密と信じて疑わないデミウルゴスは笑顔で断言する。慎重すぎる自分に比べ、何と大胆で迅速な手を打たれるのかと称賛の眼差しを向けて。

 

「そうか……では、アルベドはどうだ?」

「はい、モモンガ様。これまでの情報からスレイン法国は高度なアイテムに加え未知の戦力を有している可能性が高く、シャルティアを操った勢力もそこから来ている可能性が高いと考えられます。しかし、ブルー・プラネット様であればワールドアイテムをご所持の上、シモベを前面に出し、それを犠牲にして帰還されることも可能でしょう。私たち守護者の支援も加えれば問題はないと思われます」

 

 アルベドはうっとりとした顔でモモンガを見つめて答え、そしてブルー・プラネットに向かって信頼の笑みを送る。

 

「ふむ……二人がそう言うのであれば大丈夫か……」

 

 顎に指をあて、モモンガは少しの間考え込む。

 だが、ナザリック最高の知者である2人が揃って同意する案に反対する言葉は無い。モモンガは頷き、ブルー・プラネットに向かって言葉をかける。

 

「よし……では、ブルー・プラネットさん、スレイン法国方面の調査をお願いします。でも、十分に準備をしていってくださいね」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 その夜からブルー・プラネットはスレイン法国へ行く準備を始める。

 これまでに判明している情報――地理や人口、六大紳信仰など帝国とは異なった文化があること、周辺諸国では最強の力をもち、特に幾つかの特殊部隊を抱えていること、そして人類の守り手を自任し、かなり強固な思想統制を行っているようであること等をモモンガやデミルルゴスから聞き取る。

 

「以前捕獲した特殊部隊から聞き出したことですが……対尋問用の魔法を掛けられていたようで、詳しいことを聞き出す前に死んでしまいました」

「ふむ、秘密を喋るくらいなら死を……と。忠誠心が高いのか、思想教育が厳しいのか……」

「ええ、それで中々こっちからも手を出しにくいんです」

 

 ブルー・プラネットは額に枝を当てて顔を顰める。説明するモモンガも苦々しさを隠さない。これは折角手に入れた捕虜をむざむざと失ってしまった思い出も影響しているのだろう。

 

 ブルー・プラネットは翌日もスレイン法国への旅の準備を続ける。

 魔法で移動すればスレイン法国までは一瞬で着くが、この世界の人間に化けたシモベを使う以上、それは不自然すぎる。もう1日置いてナザリックの近郊からスレイン法国に向けて歩き始めれば日程上の辻褄は合うだろう。

 

 3人のシモベに各々の役どころを教える。師匠のブルプラ、弟子のネット、そして使用人のブルーだ。

 旅の薬師としての支度――保存食や水、着替え、そして身を守るための武具等々を揃える。そして、長年旅を続けてきた日記を偽造し、近隣の村で保護しているという薬師達が作ったポーションを用意する。

 

 そして、守護者達に緊急時の対応を伝える。

 危険が迫った場合、ブルー・プラネットは<帰還>でナザリックまで逃げることが可能だ。しかし、そこまで深刻でなくとも支援が必要な場合がある。支援は転移魔法を使えるシャルティア、ブルー・プラネットとの感覚共有アイテムをもつアウラやマーレが適任だ。そして盾役としては守護者の中で最高のアルベドも。

 

「シャルティアによる転移、アウラとマーレが範囲魔法やスキルで支援。それでも面倒な敵が出た場合は盾役としてアルベドが加わる……そんな感じでどうでしょう?」

 

 モモンガの提案にブルー・プラネットも頷く。

 

「ヤバくなったら迷わず撤退してくださいね」

 

 モモンガが念を押す。

 ワールドアイテムを持つ敵が出現するかもしれないのだ。対策としてこちらもワールドアイテムを装備しているとはいえ、敵のアイテムの効果は不明である。問答無用の効果は相殺できるとしても、副次的な効果がどう影響するか分かったものではない。

 

 モモンガは何度も注意を繰り返し、いざとなったら自分も支援に加わると約束する。

 ブルー・プラネットは笑って、そんなことになる前に逃げますよ、と言う。

 

「ご安心ください。私が必ず支援に駆け付け、ブルー・プラネット様の盾となりますから」

 

 モモンガの傍で話を聞いていたアルベドも微笑んで請け負う。

 

「アルベドよ、お前も決して無理をするな。お前はナザリックには不可欠な存在なのだからな」

 

 守護者を仲間たちの子供の様に大切に思っているモモンガが注意する。

 その言葉に興奮したアルベドがモモンガに抱き着き、ブルー・プラネットがそれを引き剥す。

 皇帝の来訪を前に守護者統括がいないのでは話にならないので謹慎は免れたが、モモンガの長い説教にアルベドは涙を流して謝罪した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、皇帝の来訪を間近にナザリックは喧騒を極めていた。

 第十階層を清掃するメイドたちはいつにも増して丁寧で、床には塵一つ残さない。

 玉座の間では守護者達が選り抜きの部下を連れ、その立ち位置をああでもないこうでもないと言い争っている。

 

 いわく、ドラゴンがその位置にいると鱗の模様で昆虫系モンスターが目立たない。

 いわく、炎の騎士の一群が傍にいると雪女郎達に負担がかかる。

 いわく、闇の悪魔たちに明るい照明が当たっては雰囲気がぶち壊しだ。

 

 この謁見は人類にナザリックの威を見せつける大切な儀式なのだ。十分の上に十分を重ねる価値はある。最初は図面の上で、そして守護者たちが現場で、さらに実際にシモベたちを並ばせる。

 

「ふう……実際に並べてみると、やはり考えていたのとは違うわね」

 

 アルベドは溜息をつき、広間の絨毯を往復しながら部下たちの位置を調整する。配置が決まったら次は式次だ。扉が開いたときに流す曲、そのタイミング、皇帝をどこで留めるか等々を細かく決めてリハーサルを繰り返す。

 

「モモンガ様、皇帝がここまで来た時に御手を上げていただくのはいかがでしょう?」

「うむ……そうだな、もっと近くからの方が表情を観察できて良いのではないか?」

 

 アルベドの確認に玉座からモモンガが修正案を出す。それに応じてアルベドが部下たちの立ち位置を含めて細々と調整する。

 だが、モモンガに何か具体案があるわけではない。単にそれらしいことを言っているだけだ。

 

 この世界の皇帝に会って話をする。

――現実世界では平凡な人間であったモモンガにとって、今や存在しない胃に穴が開きそうなストレスだ。出来ることなら逃げ出したいが、自分はナザリックの最高責任者でありそうも行かない。

モモンガはブルー・プラネットを少しばかり羨ましく思う。

 

 そのブルー・プラネットは、ナザリックを離れて旅に出るところであった。

 敷地から少し離れた小屋――そこから皇帝を招く予定であり、今は戦闘メイドがその準備をしている。そして、ブルー・プラネットたちもそこにいる。

 

「それでは、ユリ、指輪を頼む」

「は、はい。ブルー・プラネット様! どうかご無事で」

 

 会うごとに何故か立ち位置が遠くなっていくユリ・アルファに指輪を渡し、ブルー・プラネットは手を振って小屋を後にする。

 

「ブルー・プラネット様、皇帝の背後を探るのに、この周辺で潜まないのは何故でしょうか?」

 

 荷物を積んだ馬を引きながら、ネットがブルプラに問いかける。ブルー・プラネットは既に樹の中に潜み、ブルプラの身体を使っているのだ。

 

「ははは、それは既にモモンガさんが準備をしている。この周辺には探査系のモンスターが多数潜んでいるのだが、お前達には感じられないか?」

 

 ブルプラは笑ってネットの疑問に答える。

 

「それに、皇帝を直接監視する程度の連中は重要ではない。我々が確認すべきはスレイン法国の内部に居ながらバハルス帝国皇帝の動向を見ている者達だ」

 

 この周囲には無数のシモベが潜んでいる。また、上空にも不可視化したワイバーン達が巡回しており、数キロの範囲にわたって怪しい動きが無いかを監視している。モモンガが作りだしたシモベだけではない。森の中にはブルー・プラネットがスキルで召喚した植物系モンスターも樹々に擬態して隠れており、不可視知化した敵に備えた罠も張り巡らせている。

 この周辺で敵が隠れるのはまず不可能だ。――モモンガとブルプラはそう考えている。

 

 ブルー・プラネットが調べるのは、スレイン法国内での変化だ。

 皇帝にナザリックの圧倒的な力を見せつける。皇帝が帰国してからの帝国の動きをモモンガが内通者と共に確認する。

 その一方で、スレイン法国内の情勢を調べ、特殊部隊が警戒態勢をとるか調べるのがブルー・プラネットの役割だ。

 

 どれだけの日数で、どの程度、帝国とスレイン法国が反応するか。

――それによってスレイン法国が帝国に敷いている情報網を見極め、スレイン法国がどの程度の戦力を有するのかを知る。ユグドラシルのギルド戦で培った戦略の応用だ。

 

(もっと前から準備しておきたかったな)

 

 ブルー・プラネットは心の中で呟き、ブルプラの足を速める。

 情報のリーク、反応の分析、そして対応。――ユグドラシルなら数時間で全てが終わる。

 だが、この世界では皇帝が帰還してナザリックの情報が漏れるのに数日は要ると見ている。スレイン法国に拠点を構えて情報を集め始めるにはギリギリで間に合うかというタイミングだ。

 今日中にスレイン法国の町に着く。そこで法国のことを調べ、その首都に移動する。首都で薬師として店を構え、アイテムを使って情報網を構築する。シモベを連れて首都まで行くには数日かかるだろうが、大まかなことが分かれば自分一人で首都まで飛び、準備を始めても良いだろう。

 

 帝国ですでに経験済みのことだ。きっと上手くやれる。――そう唱えて自身を奮い立たせる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 朝にナザリックを発ち、昼になる。そして日が傾き、夕焼けが空を染め始める。

 疲労回復のポーションは使わないが、それに近い効果がある薬草を噛みながらシモベ達は歩き続ける。既にナザリックの監視網を超えてスレイン法国領内に入っており、最寄りの町まで数時間で着く距離だ。少し急いで夜までに町に着き、そこで色々と手続きを始めたい。

――そう考えていたとき、ブルー・プラネットは樹々の悲鳴を聞く。

 

 樹々に拡散された自我の感覚ではない。数キロ先の山の方角から風に乗ってきた樹々の叫びだ。

 熱い、熱い――樹々がそう叫んでいる。動物たちも脅え、森の中を高速で移動している音がする。

 

 何が起きている? ――ブルー・プラネットは樹を抜けて霧となり、上空を飛んで様子を見る。

 

 山火事だ。

 小さな山の麓を取り囲むように火が上がり、今まさに山肌を舐めるように登って燃え広がろうとしている所だった。

 

 ブルー・プラネットは炎の上まで飛ぶ。植物系異形種の弱点である炎は指輪の装着によって対策されているため、数百メートルの範囲に渡って渦を巻く猛火の直上であっても何のダメージもない。

 

 ブルー・プラネットの心を切り刻むような樹々の悲鳴――だが、<気候操作>による消火は出来ない。ここで高位の範囲魔法を使えば侵入がバレる危険が増すからだ。

 やむを得ずブルー・プラネットは地上に降り、断腸の思いで燃える樹の幹を抉り、倒す。

 そして、倒された樹々を枝で掻き集め、踏みつけて消火する。

 この地味な作業を続け、ようやく炎は収まった。

 

 いまだ燻り続ける黒く焼けた山肌に、ブルー・プラネットは立ち尽くす。

 季節は秋も終わり冬になりかけている、山の樹々も紅葉し、あるいは葉を落としている。枯れ葉が積もり、この数日の晴天で山火事になってもおかしくはない。

 だが、着火源は何だろうか。――その疑問は微かに残る油の臭いと人間の声で解消された。

 

『――おい、火が消えたぞ』

『なんだ? 調子よく燃えていると思ったが……』

『様子を見てくるか』

『まて、まだ火が残ってる可能性がある。少し待って、気を付けて進もう』

 

 放火だ。人間が山を焼いたのだ。――燃え上がる怒りを抑え、ブルー・プラネットは樹の中に潜む。

 そして、森を進む人間たちの足音を聞きながら考える。森を焼いた人間にはしかるべき罰を与えなくてはならないと。

 しかし、それがもし人間たちが生きるために仕方が無くしたこと――例えば強力なモンスターを退治するためならば、許さざるを得ないだろうとも考える。

 

 やがて人間達が焼け跡にやってくる。そして、木々が倒され踏みつけられた跡を見て驚愕の表情を浮かべる。

 

「おい、なんだこれは!? 魔獣でも暴れまわったのか?」

「いや、この周辺にそんな魔獣はいないはずだ。それに見ろ、焼けた樹が集められている。エルフどもの魔法じゃないか?」

「可能性はあるが、逃げた奴隷たちにそれ程の力があるとは思えん。本国とすでに連携して援軍が来ているのかも知れん」

「なら、こちらも援軍を要請するか?」

「相手の規模も分からんうちに援軍を呼んでも仕方なかろう。ともかく周囲を調べろ。注意してな!」

 

 様子を窺っているブルー・プラネットを追って、やがてブルプラ達も山に到着する。そして、森に入り、焼け跡で人間の一群に出会う。6人の戦士と2人の魔法詠唱者、そして1人の神官からなる9人のグループだ。

 

「あー? なんだお前は?」

 

 樹々の間をうろつくブルプラ達に声を掛けたのは、剣を構えた戦士だった。何らかの紋章が刻まれた盾、それに上質の兜と胸甲を装備しており、それなりの身分であるようだ。

 

「は、はい、遠くから山火事が見えて何事かと駆けつけたのですが……」

 

 息を切らして答えるブルプラを、戦士は胡散臭そうに見つめる。

 当然だ。わざわざ山火事に巻き込まれるために燃えている森に入ってくる馬鹿はいない。

 

「何者だ?」

 

 別の戦士も剣を構えて尋ねる。

 

「はい、私達は旅の薬師で、ドルイド信仰をもつ者です。それで、山の樹々は私たちにとって神聖なものですから火を消そうと……」

「はん……なるほどな」

 

 ブルプラ達の説明を聞き、その服装を見て、戦士たちはようやく警戒を解く。

 

「それで、この火事は……?」

「ああ、この山に逃げたエルフの奴隷たちを追っていたが、意外に時間がかかってな――」

 

 若い戦士が剣を下ろし、疲れた風で苦笑いしながら答える。

 

「――夜になる前にと、手っ取り早く山を焼いたんだが、いきなり火が消えちまったんだ」

「あんたらが火を消す前にエルフ達のドルイドが来た可能性もあるな」

「ああ、エルフの援軍が来ているかも知れないんだ。お前さんたち、さっさと離れた方がいいぞ」

 

 戦士たちが口々に説明する言葉でブルー・プラネットにもようやく概要が掴める。

 

「つまり……逃げたエルフを燻りだすために、この山に火をつけたんですか?」

「ああ、森の中では奴らは手ごわいからな。山ごと燃えてくれれば良かったんだが……」

 

 ブルプラの質問に、戦士が忌々し気に山の方を見ながら答える。

 

「しかし……山ごと焼くとは……罪のない獣や樹もあることでしょうに」

 

 ブルプラが擦れた声で問いかける言葉を聞き、人間たちはどっと笑う。

 

「ははは……いや失礼、あなたたちはドルイドの信奉者でしたな。しかし、我々にとってはエルフを狩ることこそが最優先なのですよ」

 

 年配の戦士――どうやら指導者格らしい――が一頻り笑った後で謝罪する。

 

「いやいや……『罪のない獣や樹』か、そんなことは考えたこともなかったな」

 

 笑いすぎたのか、目から涙を拭った戦士が答える。

 

「山の獣なんざ、幾らでも湧いてくるもんだろ?」

「左様、神は人類を万物の長として愛され、獣たちを糧として賜られたのですよ」

 

 戦士の言葉に神官が応え、それを聞くブルプラの目が獣の怒りを帯びる。

 ネットやブルーの目も同じだ。

 そして、樹の中で聞いていたブルー・プラネットも。

 

「もういい、十分だ。お前たちがどんな存在か、良く分かった」

 

 怒りを帯びた声とともに焼け跡の端にある樹から一体のトリエント――緑色のローブを纏い、杖を持った樹の魔物が出現する。

 

「トリエントか――こいつが火を消した奴だな!」

「小型のトリエント! 総員戦闘態勢に! エル、ディズ、火球を放て!」

「薬師さんたちよぉ、危ないから下がってな」

 

 戦士達がトリエントに向かい、距離を保って散開する。

 隊長に名を呼ばれた魔法詠唱者2人が揃って<火球>を飛ばす。トリエントは怪力と強い生命力をもち、周囲の樹々を支配する恐るべきモンスターだが、動きは遅く、火炎系の遠隔攻撃には弱い。このトリエントの幼体とも見えるモンスターには<火球>による攻撃が最適だという判断だろう。

 

 しかし、火球はトリエントの体に触れる前に爆発も轟音も引き起こすことなく掻き消される。

 

「くだらない……お前たちの魔法は効かないよ」

 

 トリエントが面倒くさそうに吐き捨て、次の瞬間、魔法詠唱者の1人の頭が弾け飛んだ。

 魔法詠唱者の頭があるべき場所には5つに分かれた枝が伸びている。

 そして次の瞬間、人間達が何が起きたのかを理解する前にその枝は消え、もう1人の魔法詠唱者の頭も弾け飛んだ。

 2人の魔法詠唱者の身体がほぼ同時に地面に崩れ落ち、残された人間たちはようやく理解する。

 このトリエントは強い、と。

 

「枝だ! 枝を伸ばして攻撃してくるぞ! 変異種……トリエントの上位種か? 支援を頼む!」

 

 異形のトリエントを警戒する隊長の叫びで戦士たちは盾を上げて頭部を守る。その後ろで神官がアイテムを取り出し、どこかに連絡を取ろうとした。

 

「糞ッ! アイテムが使えん! 妨害が入っている!」

 

 神官が大声で叫び、機能しないアイテムをしまう。

 

「はーい、正解! この周辺にはすでに妨害魔法を張ってまーす」

「あ、あの、隠れていた人間さんは、み、みんなボクが捕まえておきました」

 

 いつの間にか現れた2人の闇妖精の子供が戦士たちに告げる。

 

「闇妖精ッ! 散れっ! 本国へ……」

 

 エルフの軍勢――敵援軍の到来を知った隊長の叫びは、しかし、途中で消える。

 焼け跡の周囲には邪悪に顔を歪めたトリエント達――高さ10メートルを超えるトリエント達が肩を組むように枝を張って取り囲んでいる。退路を塞ぎ、誰一人として焼け跡から逃さないと。

 

「お前たちはここで死ぬんだよ? 神様に祈れよ。愛されてんだろ?」

 

 ブルー・プラネットはそう言って、戦士の一人に枝を叩きつける。

 

 周囲の人間たちには何が起きたのか分からなかった。

 鋭い鞭の音と轟音が響き、そして仲間の一人の姿がいきなり消えた。

 今、トリエントの前にあるのは――平たい金属の塊と周囲に飛び散った肉片と赤いスープだ。

 

 若い戦士の1人は思い出した。軍に入ったばかりの頃、野営訓練で仲間が食事用の大鍋をひっくり返してしまったときのことを。

 

 そして次の瞬間、戦士は現実に戻る。鍋ではない、あれは叩き潰された友人の残骸だ、と。

 

 戦士は友の名を叫ぶ。その戦士の頭部をブルー・プラネットは横殴りに張り飛ばす。

 潰れた兜と騎士の頭部が血飛沫の尾を引いて焼け跡の上を水平に飛び、周囲を囲むトリエントの胴体に当たって落ちる。そして残された胴体がガチャリと金属の音を響かせて地面に倒れる。

 

 残りの戦士達と神官は悲鳴を上げてブルー・プラネットに背を向けて走り出す。この醜い樹の怪物が凄まじい力を持つ魔物だと理解して。

 

 ブルー・プラネットは伸ばした枝に無数の剣を生やし、それを水平に薙ぎ払う。

 枝は背を向けて走る3人の戦士に当たる。その鎧が紙のように引き裂かれ、3人の体は細切れの肉片と化して宙を舞う。

 

 残る隊長と神官はブルプラの方に向かって走る。この殺戮の場でせめて人間の仲間――森の戦闘に適したドルイド達を頼ろうと。

 

 しかし、隊長と神官の脚は長く伸びた蔦に絡み取られ、2人はブルプラの元に辿り着く前に倒れる。

 

「助け……助けてくれっ!」

「おいっ! あんたらドルイドだろっ! なんとか……」

 

 悲鳴を上げてブルプラ達に呼びかける2人を、ブルプラ達は無表情で見つめる。

 隊長が周囲に目を遣ると、腕を頭の後ろに組んで面白そうに見つめる闇妖精の少年、その後ろから恐々と覗く闇妖精の少女、そして、銀髪の少女がニコニコしながら自分たちを眺めている。

 

 隊長は絶望に駆られながら、脚に絡みついている蔦に剣を振るう。しかし、それは小指ほどの太さもない細い蔦でありながら鋼の刃を弾き返し、逆に剣が砕け散ってしまった。

 

「ま、まってくれ! 謝る! この森にトリエントがいたとは知らなかったんだ!」

「……そういうことじゃない」

 

 隊長の謝罪にブルー・プラネットは冷たく答え、隊長を高々と振りかぶると勢いよく地面に叩きつける。

 隊長の首が横にねじ曲がり、金属の鎧に挟まれて身体が圧し潰された。

 その様子を見ていた銀髪の美少女――シャルティアは舞い上がる血煙に拍手し、ウンウンと頷くとアウラに向かって身振り手振りで「正しい謝り方」を説明する。

 

 残された神官は、引き摺られていく恐怖に耐えて必死に蔦を手繰り寄せて姿勢を立て直し、ブルー・プラネットを睨む。

 

「お前……お前はただのトリエントではない……魔神の生き残りか!」

 

 その言葉にはブルー・プラネットも聞き覚えがあった。

 

「魔神か……ああ、そうだよ。お前たちの神に代わってお前達に罰を与える魔神だ」

 

 なおも神の名を呼び何かを叫ぼうとする神官を手元に手繰り寄せ、両腕でその体を包み込んだブルー・プラネットは、そのまま神官を雑巾のように絞り上げる。

 そして全身から血を吹き出し内臓を飛び散らせた神官の残骸を地面に放り出し、ブルー・プラネットは枝を振るって血を振り払う。

 

「……さて、アウラ、マーレ、そしてシャルティア……世話になったな」

「とんでもございません。ブルー・プラネット様のお役に立てて嬉しいです」

「ぼ、ぼくも嬉しいです……あ、あの、この山にいた人間さんやエルフさんを捕まえていますけど、どうしますか? やっぱり、その、殺しちゃった方がいいですか?」

 

 ブルー・プラネットの労いに闇妖精の双子がいつもの様に明るく、あるいは上目遣いに微笑んで答える。

 

「わたしもブルー・プラネット様の御役に立てて光栄でありんす! このオチビから連絡を受けてサッと転移で駆けつけたでありんす!」

 

 シャルティアも嬉しそうに胸を張って答える。

 しかし、ブルー・プラネットはシャルティアに軽く頷いて、沈んだ声で次の指令を下す。

 

「マーレ、捕虜はモモンガさんに連絡して引き渡してくれ。面倒だったら殺してもいい。そこの死体も持って行ってくれると助かるな」

「は、はい……あの、この焼け跡はボクの魔法できれいにしておきますか?」

「いや、それには及ばん。私にやらせてくれ」

 

 守護者たち、そしてブルプラ達シモベは跪き、ブルー・プラネットの指示に了解の意を示す。

 そして死体を拾い集めはじめた守護者たちは、何事か考え込んでいるブルー・プラネットについてヒソヒソと話し合う。

 

「お、おねーちゃん……ブルー・プラネット様、す、すごく怒ってるみたいだね」

「うん……怒ってるよね」

「お怒りでありんすね……でも、何でそんなにお怒りでありんしょう?」

「きっと、人間が勝手に森を燃やしちゃったから、そのせいだと思う」

「こんな森を焼いたことで、そこまでお怒りでありんすか?」

「だって、至高の御方々に捧げるこの世界のものを、人間が勝手に焼いちゃったら不敬でしょ」

 

 アウラの言葉を聞いてマーレとシャルティアは納得したようにウンウンと頷く。

 そんな守護者たちを見てブルー・プラネットは苦笑し、3人を呼び集める。

 

「アウラ、マーレ、シャルティア……お前達には私がいた別の世界のことを話したな」

「はい、機械の獣や毒の霧で覆われた世界でしたね」

 

 ブルー・プラネットの話にアウラが答え、ブルー・プラネットは頷いて話を続ける。

 

「私は、この世界をあの世界のようにしたくないんだよ」

 

 守護者達は不思議そうな顔でブルー・プラネットを見上げる。

 彼らの中では、小さな森を燃やすことと世界を毒で覆うことが繋がらないのだろう。――そう考え、ブルー・プラネットはさらに説明する。

 

「今は小さな森を焼いただけだが、やがて人間たちはもっと力を付ける。……そして世界を汚しつくす。まるで世界が人間だけのものであるかのように傲慢に振る舞ってな」

「……ブルー・プラネット様、お言葉ではありんすが、人間ごときがそのような力をもつものでありんしょうか?」

 

 シャルティアの質問にブルー・プラネットは、ああ、と短く答えて頷いた。

 

「だ、だったら、今すぐ人間を殺し尽くしちゃった方がい、いいんじゃないかと、お、思います」

 

 マーレが顔を赤くして、躊躇いがちに意見を述べる。

 まるで害虫駆除みたいな言い方だな。――ブルー・プラネットはそう思い、マーレを窘める。

 

「いや、すぐに滅ぼすのも傲慢というものだ。人間たちの問題はその傲慢さにある。神に選ばれた等と言って世界を汚すような……。我々はそうであってはならない」

 

 ごめんなさい。――小さい声で謝るマーレの頭をブルー・プラネットは笑って撫でる。

 

「大丈夫だ。<アインズ・ウール・ゴウン>は様々な種族の寄り集まりでありながら、お互いに認め合う仲間だった。お前たちも闇妖精や吸血鬼と言った異なる種族として創造されながらもナザリックの同胞として強い絆で結ばれているだろう?」

 

 アウラとシャルティアはお互いに顔を見合わせ、ブルー・プラネットを見上げて頷く。その様子をみてブルー・プラネットは微笑んで話を続ける。

 

「人間たちも、とりあえず認めてやろう。この世界を様々な種族が助け合う理想郷とし、それを邪魔するようであれば排除する……それでいい」

 

 ブルー・プラネットはそう言うと、守護者たちの顔を見渡す。

 守護者たちの顔には、至高の御方の意思を知り、それを遂行する決意が現れている。

 

「に、人間が偉そうにしてるから、ブルー・プラネット様はお、怒っていらっしゃるんだよね?」

「うん。人間が勝手に偽の神様を信じて威張ってることを怒っていらっしゃるんだね」

 

 アウラとマーレは囁き合い、リザードマンの村に建てられた2体の神像を思い浮かべる。凛々しいアンデッドの神と雄々しい樹の神の像にリザードマンが今日も花を供えているはずだと。そして夢みる。自分たちの創造主の神像もそこに並べられ、人間を含めてこの世界の全ての存在が<アインズ・ウール・ゴウン>の至高の御方々に跪く日を。

 

 ブルー・プラネットは自分たちを至高の御方と呼び、神のように考えている双子の闇妖精の囁きを聞いて苦笑する。単純すぎる考えだが、方向は間違っていないと。

 

 ブループラネットはシャルティアに<転移門>を開かせ、守護者達をナザリックへ帰還させる。

 

「偽の神様、か……」

 

 王笏を地面に突き立て焼け跡の状態を確認しながら、ブルー・プラネットは呟く。

 

「どこかに本物の神とやらはいるのかもしれないな」

 

 だが、その神は元の世界を救わなかった。何もしない神ならば居ないのと同じだ。

 ならば、自分の手で理想を実現せねばならない。――ブルー・プラネットはそれを心に刻む。

 

 焼けた樹々を植え直し、魔法によって活力を与える。死にかけていた樹が安堵の息を付くのをブルー・プラネットは確かに聞き、満足げに頷く。

 無理に焼け跡に樹を成長させることはない。すでに冬になり紅葉も終わりかけているのだ。ここで新緑を生み出してもその芽は冬を越せないだろう。樹の幹に命が残っているのなら、冬が過ぎて春が巡って来れば森は再び美しい緑を取り戻すだろう、と。

 

 ブルー・プラネットは再び樹の中に戻る。ブルプラ達は街道に戻り、スレイン法国に向かっての旅を再開する。

 

(余計な道草の所為で、町に着く前に夜になってしまったな)

 

 ブルー・プラネットは夜空を見上げる。澄み切った初冬の空に白い月が浮かんでいる。この世界で初めて見たのと同じ、美しい満月だ。

 ブルー・プラネットはブルプラの目を通してそれを眺め、月に向かってその手を伸ばす。

 この美しい夜空が永遠のものであることを祈って。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ナザリック地下大墳墓の最奥、玉座の間で謁見に備えてリハーサルを繰り返しながら、最高の装備――漆黒の衣に身を包んだモモンガはアウラ、マーレ、シャルティアの3人からの報告を受けて溜息をつく。

 

「はぁ、初日から早速……こっちも忙しいけど、ブルー・プラネットさんも苦労が多いな」

 

 誰に言うわけでもない。友を思いやる心から出た呟きだ。

 

「致し方ございません。スレイン法国はエルフの国と戦争状態にあるのですから。しかし、これをエルフ達の仕業としてしまえば――」

「うむ、エルフの国とスレイン法国とで消耗しあってくれれば、こちらとしても好都合だな」

 

 傍らで報告を聞いていたアルベドが応え、アルベドの存在を意識したモモンガは支配者としての言葉を返す。

 

「はい、幸いにして捕虜が何人かいますので、偽装工作が可能です」

「うむ、頼むぞ。……それに、今回の件で守護者による支援の練習にもなったことも重要だな」

 

 モモンガの呟きに、アルベドが微笑んで頷く。全て上手く行っているという自信を込めて。

 

「しかし、別行動というのは寂しいものだな」

 

 再会の後だからこそ、余計に孤独を感じる――とはいえ、モモンガには帝国との間でなすべき極めて重要な計画がある。モモンガまで一緒に旅に出るわけにはいかない。

 

「法国での拠点が出来るまでのしばらくのご辛抱ではありませんか。それに<伝言>などでお話もできるのでしょう?」

 

 傍らに寄り添うように立つアルベドがモモンガを慰める。

 

「うむ、そうだな。しかし、面と向かってこそ話し合えることもあるのだよ」

 

 その言葉を聞いてアルベドは頷き、モモンガに顔を寄せて囁く。

 

「ところでモモンガ様、私に一つお願いがございます」

「なんだ、アルベド? 言ってみるがいい」

「はい、ブルー・プラネット様の御支援を私に一本化していただきたいのです」

「ん? 今回の支援で何か問題があったか?」

 

 モモンガは意外そうにアルベドに尋ねる。

 

「はい、今回は弱い敵でしたので3人の支援が間に合いましたが、やはり共同作戦には時間がかかりました。今後の帝国への作戦行動を考えますと、シャルティアが帝国への輸送などで席を外しており、緊急時にアウラとマーレが間に合わないことも考えられます」

 

 ふむ、確かに。――モモンガがそう頷くのを確認して、アルベドは続ける。

 

「それに、未知の敵はシャルティアと戦った経験から既に彼女への備えを固めている可能性もあります。ですから、シャルティアを支援から外し、ブルー・プラネット様の御支援を私に一元化して、必要に応じてアウラ達を動かす体制としたいのです」

 

 アルベドは説明を終え、モモンガの決断を待つ。

 

「だが、お前は転移魔法を使えないのであろう? シャルティアを外してどうするのだ?」

「はい、転移はアイテムを使うつもりでございます。また、私に欠けている戦闘関連のスキルなどもアイテムによって強化したいと……。これには今後、他の至高の御方々がお見つかりになったときに即座に救援に向かえる仕組みを構築する意義も含んでおります」

 

 アルベドの説明を聞き、モモンガは唸る。

 確かにシャルティアに頼らない体制の構築は重要だ。アルベドが臨機応変に動ける状態は頼もしい。それに、友人を探しに行く仕組みだと言われれば反対できるはずもない。

 

「なるほど……良い考えだ」

 

 モモンガは決断する。

 ほんの少しの行き違いでブルー・プラネットとは何か月も会えなかったのだ。ならば、他のメンバーだって今後見つかるかもしれないと考えて。

 

 ブルー・プラネットと再会するまで密かに抱いていた恐れ――この世界に来たのは自分一人という考えが、これまでモモンガの積極的な捜索を妨げていた。しかし、ブルー・プラネットが現れたことでその恐れは払拭された。

 <伝言>が通じないのは、彼らが名を変えて身を潜めているせいかもしれないのだ。

 何らかの事情で返答できない、身動きが取れない状態で助けを求めている可能性だってある。

 

 友を探しに行こう。――モモンガの眼窩に燃える赤い炎は明るさを増す。

 

「ありがとうございます。では、私にお任せくだされば皇帝の謁見後に必要なアイテムや装備を揃えます。今考えておりますのは――」

 

 透き通るように白い肌を純白のドレスに包み、祈るように手を組んでアルベドは感謝を述べる。

 そして漆黒の衣に身を包んだモモンガに身を寄せ、嬉しそうにアイディアを話し続ける。

 モモンガも機嫌よく何度も頷きながら、再びナザリックに友人が集って楽しい冒険に出る日を思い浮かべる。友人が集まればこの墳墓を維持する重責を誰かに代わってもらい、モモンガ自身も気兼ねなく冒険に出られると。

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間――無数の怪物たちが犇めく地下の広大な空間に明るい笑い声が響き、黒白二体の魔は楽しげに話を続ける。

 




次回、最終話となります。

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