自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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第25話 式典

 10時になった。

 モモンガとブルー・プラネットは顔を見合わせる。

 NPC達に話すストーリーは、ブルー・プラネットの<知力向上>によって完全に暗記している。

 あとは、度胸だ――2人は頷きあい、そろって玉座の前室、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)と名付けられたドーム型の広間に転移する。

 

 多数の悪魔を象ったゴーレムに囲まれるその部屋で、モモンガは緊張するブルー・プラネットに声をかける。

 

「大丈夫ですって! 俺だって何とかやってこれたんですから」

 

 何度も謁見を経験しているモモンガには緊張しながらも多少の余裕がある。

 しかし、ブルー・プラネットにとっては、支配者として玉座から自分の意志をもつナザリックのシモベたちを前にするのは初めてのことだ。彼らが自分を支配者と見做してくれるか、いまだに自信はない。煌びやかなアイテムで飾り立てたこの身体が如何にも空々しく感じられる。

 

「いやぁ……私、あんまり大勢の人の前に立つのは得意じゃないんですよね……」

 

 ブルー・プラネットはウジウジと呟く。

 初めは気楽なパーティーを想像していたが、2人とも酒や食事をとらないこと、NPCたちとの上下関係にも配慮すること等々を考えていくと、何やら堅苦しい式典になってしまったのだ。細かいことをアルベドと――ブルー・プラネットが怯えて<伝言>で――打ち合わせをした結果だ。

 ブルー・プラネットはNPC達の前でスピーチを予定されている。

 元の世界でも研究報告会で上司たちの前で発表することは何度もあったが、それはその都度、胃が痛む思いをするものであり、できれば避けたいものであった。

 

「ここまで来たらダメですよ! じゃ、行きましょう!」

 

 モモンガが片手でブルー・プラネットの鋼の腹を叩き、もう片手で女神と悪魔の彫刻を施された巨大な門に触れた。

 門が音もなくゆっくりと開き始める。

 ブルー・プラネットのスキルによる感覚は、その隙間から漏れてくる圧倒的な“気”を感じる。それは至高の支配者達を――自らの創造者達を待ち望むシモベたちから発せられる気配だ。

 

 扉が完全に開き、モモンガとブルー・プラネットが足を踏み出す。

 中央に敷かれた厚い絨毯の道――その両脇に跪き、頭を垂れた無数のシモベたち。

 彫像のように微動だにせず、それでいて主人の一挙手一投足の発する音を感じようと研ぎ澄まされた気配が一斉に2人に向けられる。

 

 言葉を発するものは1人もいない。

 見上げるような高さの天井から吊り下がるシャンデリアから幻想的な輝きが降り注ぐ下、2人の至高者は黙って広大な玉座の間を進む。

 巨大な水晶の玉座へと続く真紅の絨毯の上をモモンガが先に立って進み、ブルー・プラネットが追従する。40枚の旗が掲げられるその間を、最奥の玉座とその後ろに掲げられた巨大なギルド旗を見据えて歩を進める。

 

 歩みながらブルー・プラネットは思い知る。自分はどれだけのものに背を向けて去ったのかを。

 第六階層、そして浴場――これらはブルー・プラネット個人の趣味によるものが大きかった。そこで感じたものは懐かしさだった。

 しかし、この玉座の間は全盛期の41人で作り上げ、皆の思いが1つになった空間だ。両脇に控えるNPCとその眷属たち――友たちが心血を注いで作り出し、今は自らの意志をもつ者達から向けられる感覚はそれぞれの創造主達の思いを宿しているようだった。

 

 あの雄々しい神話獣たちには死獣天朱雀の蘊蓄が込められていた。対面の黒い触手の塊はタブラのホラー映画に対する愛情が。悪魔の群れはウルベルトが現世では満たされない執念を込めて作り上げた軍団だ。甲冑に身を固めた異形の騎士たちは武人建御雷が、女吸血鬼たちはペロロンチーノが誇らしげに――

 

 被造物の感情とともに、彼らを創りだした仲間たちの思い出が蘇る。ブルー・プラネットに伝わる感覚は混ざり合い、かつて自分が背を向けた友たちからの優しい眼差しとなる。

 

『おかえりなさい、ブルー・プラネットさん』

 

 ブルー・プラネットは足を進めながら視線を落とす。涙を流さない身体に感謝しながら。

 俯いたその視線の先に前を歩むモモンガがいる。背を伸ばし、まっすぐ前を見据えて歩む支配者の姿だ。目の前の小さな骸骨が、神器級アイテムを差し引いても眩しく感じられる。

 彼は何年もの孤独の中でこのナザリックを維持し、この世界で意志をもったシモベたちを率いて今日まで来たのだ。友人たちの思いに支えられたこの荘厳な空間は、まさにモモンガのために用意された王宮であるように思える。

 自分は果たしてこの玉座の間に相応しいのだろうか――先ほどまで2人で繰り返し話し合った疑問が再び頭をもたげてくる。

 

 この素晴らしい友人――自分を友人と認めてくれたモモンガの心に応えねばならない。仲間たちが遺したNPCたちの思いにも報いなければならない。

 

 ブルー・プラネットはそう心に誓う。

 ナザリックに相応しくあらねばならない、二度と仲間を見捨てる卑怯者にはなるまい、と。

 

 先を行くモモンガは振り返らず、ブルー・プラネットの思いを他所にひたすら真直ぐに進む。

 その先には金と銀で飾られた階段があり、純白の衣を纏う黒翼の美女が頭を垂れて控えている。

 モモンガが階段に着き、上る。ブルー・プラネットも後に続く。

 そして、2人で巨大な水晶の玉座の前に立ち――黒いオーラを纏ったモモンガがギルドの象徴たる杖を振り上げ、威厳に満ちた声で宣言する。

 

「皆の者、頭を上げよ!」

 

 衣擦れの音が広がり、跪いていたシモベたちが一斉に顔を上げて玉座の至高者達を見つめる。

 

「長らく不在であったアインズ・ウール・ゴウン41人の1人、ブルー・プラネットさんが戻られた。歓声をもって迎えよ!」

 

 両手を広げたモモンガに応え、広大な空間が歓声によって震える。

 人間の形をとるもの、その死体、悪魔、ドラゴン、昆虫、その他名状しがたい無数の存在が、己のもつ発声器官の許す最大限の音を立て、ナザリックの栄光を叫び、ブルー・プラネットの名を呼んだ。スケルトンなどの発声器官をもたない者達は、足を踏み鳴らし、手にした剣や盾を打ち鳴らし、至高の存在へと捧げる思いを表す。

 そして、その音はモモンガの手の一振りによって掻き消え、広間は再び静寂を取り戻す。全てのシモベたちがモモンガの次の言葉を待っている。

 

「お前たちが我が友ブルー・プラネットさんに捧げる忠義を嬉しく思う。それでは、ブルー・プラネットさんからお前たちに言いたいことがあるそうだ。聞くが良い」

 

 ブルー・プラネットが一歩前に出る。緊張のあまり震える足を無理やりに進め、胸を張り。

 そして、可能な限り支配者然とした声を張り上げる。ここまで来たら引き返せないのだ。

 

「ナザリックの者達よ。まず初めに、私はお前たちに詫びねばならない。かくも長き不在の間、このナザリックを守ってくれたモモンガさん、そして、お前たちには本当にすまないと思う」

 

 ざわめきが広がる。NPC達は皆口々に至高者の謝罪を否定する。

 至高の御方が私たちに謝られることなどありません、ご帰還いただきこれに勝る喜びはありません――人間の言葉を話せる者も、そうでない者も、そう言った内容を口々に唱える。

 

 数呼吸置き、ブルー・プラネットは再び話し出す。

 

「私は、お前たちがモモンガさんを支え、己の職務を今日まで果たし続けてくれたことを、何よりも嬉しく思う。本当に、私はお前たちを――そして、かくも素晴らしいお前たちを創造した友人たちを誇りに思う」

 

 再び、広間が歓声で震える。

 至高者が自分たちの働きを認めてくれたこと、そして、自分の創造者たちが誇りに思ってくれるであろうことを告げられ、全てのシモベたちが目も眩む歓喜の波に覆われた。

 

「私は、長らくナザリックを留守にしていた……こことは異なる世界、お前たちが知らぬ世界に赴き、それを守る戦いに身を投じていたのだ」

 

 ブルー・プラネットは、モモンガと打ち合わせたストーリーを話す。

 

「その世界では恐るべき力をもつ機械の獣が毒の煙を吐き、牙と爪で我が同族たる樹々をなぎ倒していた。日も月も星々も厚き黒雲に隠され、病と腐敗が地を覆い、大河は干上がり、海は黒い油で汚された。人間たちはちっぽけな砦の中で身を寄せ合い、全ての生命がまさに絶えようとしていたのだ。その世界を見過ごせず、救うために私は戦った……長く苦しい戦いだった……」

 

「ならば、私たちもその戦いに連れて行って欲しかったでありんす!」

 

 一息ついたブルー・プラネットに向かい、最前列にいたシャルティアが悲鳴を上げた。

 

「至高の御方が戦っておられる中、私たち守護者が安穏とナザリックで控えているなど耐えられないでありんす!」

 

 シャルティアの言葉に賛同する声が広がる。

 ブルー・プラネットは頷き、手を伸ばして守護者たちを鎮め、話を続ける。

 

「お前たちの忠義は知っている。だが、お前たちはこのナザリックを守るために創られた存在だ。思い出してほしい。私たち至高者は外の世界に冒険に出かけ、常に勝利して戻ってきた。それを信じて待つことも、お前たちの大切な任務なのだ。時には外の世界から侵入者が来る。その時は……その時にこそ、私はお前たちと一緒に戦うのだ。お前たちは覚えているか――」

 

 ブルー・プラネットは階下のNPC達を見る。

 モモンガは「NPC達はおぼろげながらユグドラシルの記憶もあるようです」と言っていた。ならば、過去のプレイヤーによるギルド防衛戦のことも覚えているだろうと考えたが、NPC達の表情を見るに、それは当たっていたようだ。

 階下に控える階層守護者たち――最前列の向かって右にはシャルティア、左にはコキュートスが各々の眷属を連れている。次の列にはアウラとマーレが使役する獣たちと共に、反対側にデミウルゴスが三魔将たちを連れて並ぶ。さらにその後ろには各領域の守護者たちが跪いている。

 

 皆、過去最大の防衛戦において斃れた者達だ。

 

「――私はよく覚えている。お前たちがナザリックを守るために戦い、斃れたときのことを。シャルティア……お前が撃たれたときのペロロンチーノさんの悲鳴を知っているか? コキュートスよ、氷原に横たわるお前を見つけたときの武人建御雷さんの嘆きを……アウラ、マーレ……ぶくぶく茶釜さんはお前たちの亡骸を膝の上に乗せて泣き、動けなかった……結局、やまいこさんがまとめて運んだものだ。デミウルゴス、いつもクールなウルベルトさんがお前の骸を抱きかかえて『俺のデミウルゴスが!』と叫んだのだ……」

 

 静まり返った広間に、守護者たちの呻きと泣き声が響く。

 守護者たちの列から離れて並ぶセバスは目頭を押さえ、戦闘メイドたちはハンカチで止めどなくあふれる涙をぬぐう。その反対側に退いているアルベドも顔を伏せ、拳を握り締めて肩を震わせている。

 

「お前たちは皆、守護者達もその配下も我々41人の仲間達がその思いを込めて創造した者だ。何処に居ようと、我々の心は常にお前たちと共にある。我々だけで冒険に出ていた時も、お前たちが待っていてくれると信じていたからこそ戦えたのだ。お前たちも……我々と共におらずとも、我々の存在を感じ、信じていて欲しい」

 

 シモベたちは口々に忠義を叫ぶ。私たちは常に至高の御方々と共にあり、全てを捧げ尽くすと。

 

「ありがとう……私はこうしてナザリックに帰ってきた。そして、今このナザリックがあるのは私も知らぬ世界だ。この新たなる世界を、お前たちと共に歩んでいきたい。それが私の願いだ」

 

 ブルー・プラネットが話を終える。

 モモンガが拍手し、それに続いて広間のNPC達から割れんばかりの拍手が響く。

 

「お前達、これからはブルー・プラネットさんに私と変わらぬ忠義を捧げよ。そして、今後のナザリックの方針についてお前たちに命ずる――」

 

 モモンガが手を横に動かしてNPC達を鎮め、話を変える。

 

「――これからは、ナザリックは私、モモンガとブルー・プラネットさんの2人を頂点とする共同統治を敷くことになる。ただし、形式上は私が最高責任者として、今まで通り『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗る。アインズの名によって宣言されたものは、私とブルー・プラネットさんの意志によって決定されたものと知れ」

 

 ここでモモンガは一息つき、NPC達の顔を見て理解を確かめる。

 

「外の世界と接するにも、私は今まで通り『アインズ』と名乗る。外界の者に対してはナザリックの統一された意志として当たらねばならぬからだ。だが、ナザリックの内々においては『モモンガ』あるいはブルー・プラネットさんの名によって下される命令もあるだろう。それは夫々の責任において発せられたものだ」

 

 再びモモンガは周囲を見回し、理解を確認して頷く。

 

「各々の部署における指揮命令系統については、あとで改めて文書にして送る。お前たちが新たな体制を十分に理解し、さらにナザリックを偉大なものとするために十分な働きを期待する!」

 

 モモンガが手に持った杖で床を打ち鳴らす。

 シモベたちは口々にナザリックの栄光を称える。その歓声はいつ終わるとも知れないものだったが、モモンガは頃合いを見てそれを止める。

 

「それでは、昨夜の作戦について、特に功績のあった者達をこの場で称えたいと思う。まず、アルベド、こちらに来るが良い――」

 

 アルベドが中央に歩み出る。そして、ゆっくりと階段を上り、モモンガの前に立つ。

 

「昨夜の作戦において侵入者の撃退はアルベドが中心となって計画したものだ。侵入者たちの動きを予測し、追い詰め、打倒した手腕は見事であった。アルベドは本来内政を取り仕切るのがその職務であったが、防衛に対しても新たな才能を示した。私はその成長を嬉しく思い、ここにその栄誉を称える。よくやった」

 

 アルベドは深々とお辞儀をし、涙を眼の端に滲ませながら誇らしげな笑みを浮かべてモモンガを見つめ、その手から賞状を受け取る。

 

「では、アルベドよ。あとはお前が読み上げよ」

 

 アルベドは階上の裾に退き、モモンガから事前に伝えられていたリストを手に、戦功の有った者達を呼び出す。

 

「まず、戦闘メイド、プレアデス……あなたたちは侵入者の一陣を迎え、配下を率いてそれを撃退しました。ここにその功を称えます。代表としてユリ・アルファ、上がりなさい」 

 

 玉座の上に巨大なスクリーンが浮かび上がる。そして、昨夜のプレアデスたちの戦い――“グリーン・リーフ”パルパトラ率いるワーカーたちが戦闘メイドたちの声援を受けながら倒されていく記録映像が流される。

 戦闘メイドたちが玉座の正面、階下の中央に並ぶ。そして、リーダーであるユリが緊張した面持ちで階段を上り、2人の至高者の前に立つ。

 

「戦闘メイド、プレアデス。お前たちは自らが十分な戦闘能力をもつが、今回は部下を率い、その監督をする新たな才能を示した。よって、その功を称え、ここに表彰する」

 

 モモンガが功績を読み上げ、ブルー・プラネットが賞状を用意する。

 本来ならNPC達にはそのような行為は不要だったろう。NPC達は命令に従い、その義務を果たしたに過ぎないのだから。

 だが、今はNPC達はその意志をもち、新たな才能を示す者達も出てきている。

 信賞必罰はNPC達に“やる気”を出してもらうよう、統治者としてのモモンガの配慮だ。

 

 そしてもう1つ。この表彰式はブルー・プラネットにNPC達を紹介するためでもある。

 ブルー・プラネットは当然、ナザリックのNPC達を知っている。引退後に創られた者達もいないわけではないが、それは極僅かだ。だが、この世界でNPC達が意志をもち個性が生まれてからはブルー・プラネットと初めて顔合わせする者達が多い。

 

「ユリ・アルファ、そしてプレアデスたちよ、よくやった。お前たちの働きに期待する」

 

 ブルー・プラネットがNPC達の顔を一人ずつ眺める。その表情を見てその個性を知るために。

 そして、やや離れたところに立つユリに向かって枝を伸ばし、賞状を渡す――もっと近くに来てくれればいいのだが、と思いながら。

 ユリはやや青ざめて――元々透き通るような色白の顔に硬い表情を浮かべて賞状を受け取り、一礼して下がると足早に階段を下りて他のプレアデスと合流する。そして、プレアデスたちは再度、階上の2人に頭を下げて元の場所に戻る。

 

 式典で緊張しているのだろうか――ブルー・プラネットは戦闘メイドの代表である、見るからに真面目そうなユリ・アルファの性格を推測する。

 

「次に、ハムスケ。あなたはこの度の戦いにおいて武技を習得し、新たな可能性を示しました。ここにその栄誉を称えます」

 

 アルベドが名を呼び、広間の後ろから巨大なハムスターがのそのそとやってくる。

 こいつはあまり緊張してないな――ブルー・プラネットは横に立つモモンガに小声で尋ねる。

 

「すみません、モモンガさん……あんなNPCいましたっけ?」

「あ、そうでした、説明してませんでしたね。実はあれ、王国の森で見つけた魔獣です。今は第六階層でリザードマンやデス・ナイトと一緒にコキュートスに特訓してもらっているんです」

「え? 外界の魔獣を第六階層に? それに、え? リザードマンって湖の……第六階層に?」

「何人か見所のあるリザードマンを入れたんですが……ここにはいないみたいですね」

 

 モモンガは呑気に広間を見渡す。この広間に呼ばれた者はナザリックでも選りすぐりの者達だ。

 外界から来た、そしてあまりにも弱すぎるリザードマンは当然来ていない。外界からの存在は表彰に与るために特別に呼ばれたハムスケだけだ。

 

 ブルー・プラネットは半ば呆然としながら思考を巡らせる。第六階層に自分が知らない生物たち――ユグドラシルのNPCではなくこの世界からの“外来種”が導入された影響について。

 

 気が付くと、目の前に巨大なハムスターが控えていた。

 

「ハムスケ、お前はこの世界の特殊能力“武技”を使い侵入者を倒したと聞いている。これはナザリックの戦力拡張に大きな可能性を示すものである。よくやった」

 

 モモンガがハムスターの功績を称える。ブルー・プラネットが後ろを振り返り見上げると、スクリーンには巨大なハムスターがその尻尾で人間の剣士の両腕を切り落とす映像が流されていた。

 

「殿にそこまで褒められると照れくさいでござるな。でも、拙者は成功したでござるよ」

 

 ハムスターが変な言葉で喋り、ヒゲをひくひく動かしながら、はにかんでいる。

 

「そうか……お前がハムスケか。初めて見るが、よくやった。後で詳しい話を聞かせてくれ。その……リザードマンたちと一緒に」

「ハイでござる。拙者もブルー・プラネット様にお会いするのは初めてでござるが、殿に対するのと変わらぬ忠義を誓うでござる」

 

 賞状は……ハムスターの手で受け取るのは困難であるという配慮から、ブルー・プラネットはスキルで分泌した粘着液で賞状をハムスケの額に貼りつける。

 ハムスターはお辞儀をして階段を下り、額でヒラヒラする賞状を誇らしげに翳しながらノソノソと元の場所に戻っていく。

 

「よし、今回は以上だ。もちろん、計画に従って働いてくれた者達……恐怖候やニューロニストなどの働きも私は高く評価している。お前たちの今後の働きを期待しているぞ」

 

 カツカツと杖で床を2度打ち鳴らし、威厳をもってモモンガが締める。

 ナザリック万歳、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ――NPC達が繰り返し叫ぶ中、モモンガとブルー・プラネットは来た時と同じように広間の中央を通り、玉座の間を後にする。

 そして、扉が閉まると同時に第九階層のモモンガの居室前に転移した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「さてと、これでひとまず終わりましたね」

 

 居室の中、椅子に座ったモモンガが大きく息を吐いて首を左右に曲げて肩が凝ったというジェスチャーをする。この身体になってからというもの疲労は感じないし、そもそも凝る筋肉が無いのだから無意味な動作だが。

 

「ええ……緊張しましたよ。モモンガさん、流石ですね」

 

 立ったまま、ブルー・プラネットも大きく溜息をつく。モモンガと同様に今や呼吸を必要としない体であり、溜息と言っても口に相当する木の洞から空気を流しだすだけのことだが。

 

「え、何が流石なんです?」

「いや、このナザリックの支配者として威厳があるなあって」

「いえいえ、俺なんて全然ですよ……今日も緊張してガチガチでしたよ」

「そうですか? いやぁ、そうは見えなかったですよ」

 

 2人はハハハと笑いあい、ひとまずお互いに労いの言葉をかけあう。

 だが、ブルー・プラネットは是非とも確認したいことがあった。

 

「それでですね、モモンガさん」

「はい?」

「あのハムスケとか言うハムスター……それにリザードマン、第六階層に入れているんですか?」

 

 ブルー・プラネットの口調と覗き込むような視線に、モモンガはその真意を悟る。

 

「あ、はい。えーとですね、この世界と上手くやっているというアピールのために、幾つかこの世界の者達をですね……すみません、ブルー・プラネットさんのホームで勝手なことして……」

 

 モモンガは申し訳なさそうに釈明をする。自分の領域に勝手にモノを持ち込まれれば不快に思うのは当然だと。

 しかし、ブルー・プラネットは首を振って応える。

 

「いえ、今さら『ホーム』とか言える立場じゃないんで、それは良いんですけど、外来の生物を第六階層に導入するにあたり、その生態系への影響はどうなっているのかなと心配なんですよ」

 

 ブルー・プラネットは何も「持ち込まれた」ことに不満があるわけではない。外来生物がすべて悪いというわけでも無く、優れた性質をもつ場合は生態系にとって有益でもある。問題は、その影響がコントロールできない可能性があることだ。

 

「あ、その点でしたら、導入する者達は『自給自足できる者達』と条件を付けているので大丈夫ですよ。ハムスケは私がモモンとして外に行くときの騎獣として使ってますし、リザードマンたちは自分の村で魚を養殖し始めていますから食料の心配はありません。ドライアードやトレントは勝手に育っているようですしね」

 

 問題解決と言わんばかりに笑うモモンガに、ブルー・プラネットは僅かに苛立ちを感じる。

 

「いえね、そういうことじゃなく……例えば、外の世界から害虫が来て森を食い荒らしたりですね……ちょっとまって、あの、今、ドライアードやトレントって言いました?」

「ええ、森にいた植物系モンスターの中で平和な種族を入れて、この世界の果物の栽培を任せています……けど……?」

 

 ふらつく巨体を見たモモンガの言葉が尻切れトンボになる。

 

 ブルー・プラネットは眩暈を覚えていた。

 ユグドラシルで作られた第六階層の森林地帯に、この世界の動物だけでなく植物まで導入しているだと? まだこの世界の生物とユグドラシル由来の生物の適合性を確認していないのに……。

 モモンガやNPC達は、たとえ病気に罹っても魔法で治療すれば問題ないだろう。しかし、外来種の問題はそういった単純な話ではない。いつの間にかこの世界の植物が第六階層に蔓延り、ユグドラシル由来の植物が絶滅したりするかも知れないのだ。

――そんな懸念がブルー・プラネットの脳を駆け巡る。

 

「わかりました。後で第六階層の状態を確認します。いやまて……そっか、そうだよな……捕虜を第六階層に移す前に消毒して、アウラとマーレに小動物の採集を頼んで、外来種の標本を……あ、そうだ、ブルプラ達も回収したら検疫が必要か……」

 

 ブツブツと呟くブルー・プラネットを、モモンガはキョトンとして見つめる。モモンガには何が問題なのかさっぱり分からない。とりあえず、第六階層で厄介なことが起きているらしいことは分かるが……。

 

「えっと、そうですね。第六階層の確認はブルー・プラネットさんにお任せします。アウラとマーレは今から帝国に向かうので……午後には戻ってくると思いますが、案内させます」

 

 モモンガの提案に、ブルー・プラネットは頷く。

 

「お願いします。では、私は自分の部屋に戻って昨日の捕虜のことを片付けるので、アウラ達が帰ってきたら連絡してください」

「ええ……あの、ブルー・プラネットさん、すみませんでした」

「え? いえいえ、良いんですよ。ともかく確認が先です。結果によってはちょっとコストが掛かってしまうかもしれませんが、それは私が全額出しますから」

 

 そう言ってブルー・プラネットは手を振り、モモンガの部屋を出て自分の居室に向かう。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 自室に戻ったブルー・プラネットを、檻の中のヘッケランとイミーナが不安げに見つめる。

 部屋のなかには異臭が漂っており、2人とも酷く落ち込んでいた。どうやら2人とも檻の中で排泄を行ったようだ。

 

 チッと舌打ちをしたブルー・プラネットは2人に洗浄効果のあるポーションを噴射し、汚物を浄化する。ブルプラたちの世話で手慣れた作業だ。

 室内の空気も魔法で浄化し、そして、清潔になった2人に告げる。

 

「お前たちは今から場所を変え、実験室に移ってもらう。お前たちは第六階層に移すつもりだったが、その前に第六階層の生態系を乱す可能性を調べなければならんからな」

 

 そう――人間たちは排泄も行うのだ。それが正常に分解され、土に還り、第六階層に根付くユグドラシル由来の植物の肥料になるのか――その保証はない。

 

「朝の食事はどうだった?」

 

 式典の前に一般メイドに頼んでおいた食事について、ブルー・プラネットは2人に問いかける。

 

「は、はい……非常に美味しい食事でした」

 

 イミーナが答え、ヘッケランもウンウンと頷く。

 

「それで、今のところ腹を壊したとかはないか?」

 

 失禁を咎められたと思ったのだろう。ヘッケランとイミーナは泣きそうな顔で否定する。

 

「いえ、申し訳ございません。食事は最高でした。腹も壊していません。でも、昨夜から……どうしても我慢できなくて……アイテムがあれば処理できたのですが……それも……」

「ああ、謝ることはない。排泄するのは生物ならば当たり前のことだ。だが……ナザリックで作られたモノを食べて異常がないか……ふむ」

 

 ブルー・プラネットはヘッケラン達を観察しながら額の辺りを枝で掻き、考える。この世界の人間がナザリックの食事で生きていけるのかと。

 一方、ヘッケランとイミーナは、独り言をつぶやく樹の怪物を不安げに見つめる。

 

「<伝言>……もしもし、モモンガさん」

『あ、ブルー・プラネットさん。どうしました?』

「あのー、第九階層に適当な空き部屋ってありますか?」

『用途によりますけど、ギルドメンバー用居室の予備が幾つかありますよ。何に使うんですか?』

「いえね、この世界の者達がナザリックで生きていくための実験をしたいんですが、そのために何人か飼育できる部屋を欲しいんですけど」

『あー、捕虜のことですか。それだったら……っと、アルベドの近くは良くないですね』

「そう…ですね。やはり、離しといた方が良いんじゃないですか?」

『はい。では娯楽室の予定地の方が良いですね。案内します。あと必要なものはありますか?』

「そうですねぇ……監視役としてデス・ナイトを1人、貰えます?」

『消えないタイプですね? もちろん。お安い御用ですよ』

 

 <伝言>のやり取りが終わり、少ししてノックの音がする。

 

「はーい。モモンガさんですか?」

 

 ブルー・プラネットがドアを開けると、モモンガがデス・ナイトを引き連れて立っていた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 デス・ナイトがヘッケランとイミーナ、2つの檻を軽々と持ち上げ、廊下を歩きだしたモモンガとブルー・プラネットの後に続く。

 

「ブルー・プラネットさん、この捕虜たちをどうするんですか?」

 

 モモンガは不快感を滲ませた視線をヘッケラン達に向けながらブルー・プラネットに尋ね、その視線を受けてヘッケランとイミーナは目を伏せて震えた。

 もう1人の捕虜――ロバーデイクはこのナザリックを荒らした罪として拷問用の部屋に移して人体実験の準備をしている所だ。モモンガとしては罰を兼ねて有意義に使いたいとの思いがある。

 

「ええ、外界の者達を第六階層に移す前に、第六階層の生態系との相性を調べたいと思いまして。あと、ポーションや魔法の実験ですね」

「なるほど、生態系……ふむふむ。さすが専門家ですね」

「いやぁ、専門といっても環境論についてはあまり詳しくないんですけどね」

「いえいえ、俺なんかそんな知識さっぱりですから」

「ちょっとしたことなんですよ。猫とネズミは一緒に飼えない。でも、ネズミが殖えすぎたら餌を食いつくして飢え死にしてしまう。だから、適当に猫で間引くのも必要だ、とか」

「あはは、そりゃそうですね。そうか、猫とネズミか……間引くのも必要……ふむふむ」

 

 気楽に話し合う骸骨と樹の化け物を見ながら、ヘッケランとイミーナは檻の中で揺られていく。

 

「あ、ここだ。この部屋を使ってください。それじゃ、このデス・ナイトをお貸ししますね」

「はい、ありがとうございます」

「いえいえ……それでは。また何かあったら気軽に声かけてくださいね」

 

 そう言ってモモンガが去っていく。

 ブルー・プラネットは手を振ってそれを見送り、さて、と振り返る。

 

 居住区と娯楽エリアの間にある空き部屋だ。

 鍵の掛かっていないドアを開け、中の広大な――それでいて家具も何もない、ただ天井からの灯りで白い壁が照らされているだけの空室に2つの檻を運び込む。

 

「よし、今日からお前たちはこの部屋で生活してもらう。家具や……トイレは後で準備しよう。他にも必要なものを考えておいてくれ。それから、メイドに食事を運んでもらうが、朝昼晩の3食が必要か?」

「はい……お気遣い感謝いたします。食事は、お任せします」

 

 ヘッケランが答える。こちらからの要望を言っても仕方がないと諦めた声だ。

 

「うむ、それでは朝昼晩の1日3回、メイドに食事を運ばせよう。それから、お前たちはこの部屋を出てはならない。このデス・ナイトがお前たちを監視する」

 

 ブルー・プラネットが指さすと、ドアの前に立っていた巨大な死の騎士――不浄な皮膚を漆黒の鎧で覆い、血管を思わせる真紅の紋様が走る武器と盾を構えたアンデッドが腹に響くような低い咆哮をあげる。

 それは至高者に仕事を任せられた被造物が「お任せください」と上げた歓喜の声だが、ヘッケランとイミーナには「お前はもう逃げられないのだ」という地獄からの宣告にしか聞こえなかった。

 

 ブルー・プラネットがパチリと枝を鳴らすと、ヘッケランとイミーナを捕らえていた2つの檻が消失する。

 しかし、自由になっても2人は立ち上がることすらできない。

 蔓の檻は消えたが、この部屋が新たな檻になっただけだ――そう理解しているのだ。

 

「なに、安心しろ。この部屋から逃げ出さない限り危害は加えん。それに――」

 

 ブルー・プラネットは明るい声でヘッケラン達に告げる。

 

「――ちょくちょく実験に付き合ってくれるだけでいいんだ。それで飢えることもなく身の安全が保障されるのだから、悪い生活ではないと思うぞ?」

 


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