自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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大体の場所を把握して、準備開始。


第21話 ナザリック、侵入

 店を出る“フォーサイト”を見送りながら、ブルプラは冷汗を拭う。

 

(あまりキッチリと手順を決めると、逆に応用が利かなくなるんだよなあ)

 

 アルシェの持つ地図を確認し、“フォーサイト”にポインター付きの首輪を持たせるという目的は全て達成できたが、思い描いていた手順とはだいぶ違うものになった。人間であった時のブルー・プラネットは対人スキルが低い研究職である。そして“フォーサイト”とは昨日知り合ったばかりで個々の性格など把握していない。

 

 それでも何とかなったのは、やはり圧倒的な実力差に基づいたハッタリが効いたおかげだ。

 この店に来なければ売り込みに行くつもりだったが、結果は地の利を最大限に活かせた。

 

(お前たちのおかげだ。ありがとう)

 

 ブルプラの身体で原料保管室に戻り、召還モンスターを帰還させる。

 召喚した魔法植物は目を覚ますと立ち上がって礼をし、渦を巻くように消えていく。

 

 ブルプラの肉体を開放して2階の本体に意識を戻し、獣が入った檻を眺める。目を覚ました獣は怯えた瞳でこちらを――樹の魔物を見つめていた。

 

「可哀想か……そうだよな……」

 

 再び<獣類人化>の魔法を掛け、裸の男を檻から出す。そして、脱ぎ散らかされた服を差し出して命じる。

 

「お前は、しばらくここで休んでいてくれ」

 

 小柄な男――ブルー・スリーは跪き、頭を下げると服を着てその場に待機する。アルシェのカバンを開けたときに付けられたマーカーは、ブルー・プラネットが噴射した洗浄液のシャワーで拭い去られている。

 

「よし……とりあえず、今日の所はこんなところか」

 

 ブルプラはすでにネットと店番に戻っている。

 ブルー・プラネットは更なる情報が入ってこないかアイテムに気を配りながら次の計画を練り始める。

 

(地図……あの丸が描かれたあたり……以前に確認したところだよな)

 

 帝都からの大雑把なルートと目的地が書き加えられたアルシェの地図を思い出す。非常に簡略化されたものではあったが、帝都から南に下がってリ・エスティーゼ王国との境に向かう線と、その先に描かれた丸印は、ブルー・プラネットにとって十分な情報であった。

 

 最初にブルー・プラネットが飛び立った周辺。そして、上空から何もないと確認した場所だ。

 

(一杯食わされたか……俺も迂闊だった)

 

 幻術により上空からの視認を妨げていた可能性がある。そこまで考える相手だとすると、ナザリックに巣くう者を「機能をオフにするだけの初心者」と決めつけるのは危険かもしれない。

 ブルー・プラネットにしても、上空からの確認で「何もない」と決めつけたのは早計だった。

 

(あの時は誰も居ないと思っていたし、混乱していたからなあ……)

 

 ブルー・プラネットは反省する。今度こそは丁寧に侵入計画を練る必要がある、と。

 探索に行っている間、店やシモベをどうするかも考えておかなければならない。

 ナザリックへの侵入が上手く行って、「アインズ様」の正体を暴き、世界を狙う野望を止めることが出来るのならば、店やシモベはどうなろうと構わないが、一度の侵入で全てが解決すると期待すべきではない。何度も侵入を試みるために、この世界における基盤の確保も大切だ。

 

(捨てることはいつでも出来るからな)

 

 店やシモベだけではない。今回参加するらしい複数のワーカーチームは“漆黒”に嵌められた生贄だ。ナザリックの奥までの侵入は到底無理であり、最初の戦闘で簡単に全滅する捨て駒だ。

 彼らがナザリックの奥まで侵入して「アインズ様」に相見えることは期待していない。

 だからこそ、署名したユグドラシルのアイテムを“フォーサイト”に持たせたのだ。

 彼らが全滅したら、ナザリックの者は戦利品を調べるだろう。「ブルー・プラネット」の名が書かれたアイテムを……

 

 その反応を見て今後の計画に活かす。それが、今回の目標の一つだ。

 

 そして、戦いの場は地下墳墓の中になるはずだ。生贄を呼び込むために“漆黒”の仮面を使うことからも分かるように、ナザリックは外の世界の戦力を警戒している。ならば、監視されうる「外」で戦うはずがない。

 進入者が「内」――つまり、地下大墳墓への入り口を越えて進めば、「転移の指輪」で一気に自室まで飛べるはずだ。「外」から「内」への転移は制限されているだろうが、生贄のために内部転移を制限する理由は無い。むしろ防衛側のナザリック側が内部転移を活用しているだろう。

 

 内部に入ったらすぐに第九階層の自室に転移し、フル装備を整える。

 フル装備になれば、次回以降の侵入が楽になる。

 そこまでいけば、今回の生贄たちの役割は及第点だ。

 

 その後は「アインズ様」の正体を暴き、ナザリックの暴走を止める計画を進める。

 これは、可能であれば、だ。次の生贄に回してもいい。

 

(次の生贄はどうなるんだろう?)

 

 今回のブルー・プラネットの目標が「ナザリックの現状を知る」ことであるように、ナザリックの目的も「この世界の実力を知る」ことだ。そして、今回の生贄で“漆黒”は自信を深めるだろう。この世界があまりにも弱く、ナザリックの防衛が盤石であることに対して。

 

 では、次は……リ・エスティーゼ王国を蹂躙し、バハルス帝国の侵入者を追い返した次は――

 

 次に“漆黒”が手を伸ばすのは、近隣諸国で最強と噂されるスレイン法国だろう。

 ならば、先回りしてスレイン法国にもシモベを派遣し、同じように店を開くか。

 

――それはまだまだ先のことだ。あまり先のことを考えても仕方がない。まずは今回の――ブルー・プラネットは思考を切り替える。

 

 “フォーサイト”達ワーカーチームは、明朝、依頼主の貴族のところに立ち寄った後、ナザリックに向かうらしい。

 ブルー・プラネットはそれに同行するつもりはない。

 

 生贄を導くために同行するであろう“漆黒”の目が怖いのだ。目的地は分かったし、アルシェの場所は常に把握している。途中、何回か街路樹に仕掛けたアイテムを通して確認もしたが、彼女は貴重なアイテムを肌身離さず装備しているようだ。言われたように外から見えないように衣服で覆い隠して。

 

(人形を“漆黒”に見せてその反応を調べても……いや、だめだ。ブルプラの店がバレる)

 

 何度も頭をよぎる誘惑を否定する。

 もし、“漆黒”がブルー・プラネットの存在を知って殺しにくる場合、装備が不十分な今は抵抗できないだろう。人形が彼らに見つかるのは、あくまでブルー・プラネットがフル装備を回収してからだ。

 

 それはつまり、アルシェ達がナザリックの内部で死体となってから発見されるということだ。ブルー・プラネットが自室で装備を回収している間に殺されているだろうが、首輪のポインターが彼らの死体の場所を教えてくれる。

 

 ブルー・プラネットに残る人間の感情は、未来ある若者たちがナザリックの生贄となること、自分も彼らを生贄として利用することを非難する。

 しかし、薄くなった人間の感性に代わる樹の化け物の感性が――必要なのだという言い訳が、その非難を塗りつぶす。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌朝、ブルプラとネットは店に鍵をかけ、大家に「しばらく旅に出ます」と挨拶をした。

 金払いが良い店子が留守にすることを大家は寂しがった。しかし、ブルプラが「旅は長くても1か月程度」と伝え、留守の間の家賃を前もって払うと機嫌よく送り出してくれた。

 

 薬師組合と冒険者組合にも挨拶をした。

 彼らも貴重な技術をもつ薬師の不在を残念がったが、必ず戻ることを伝えると、餞別として疲労回復のポーションやドルイド用の石器のナイフをくれた。

 ブルー・プラネットにしてみれば、これらのアイテムはガラクタでしかないが、丁寧に受け取って礼を述べた。

 

 そして午後になり、ブルプラとネットは帝都を出て旅に出る――フリをする。

 街道から人の目が消えると、先に待っていたブルーと合流し、シモベたちは霧と化す。街路樹から実体化したブルー・プラネットが一瞬の間にシモベ3人を抱えて<霧化飛翔>したのだ。そして、空を猛スピードで飛び、森の奥深くに降り立つ。

 

「これからお前たちの<獣類人化>を解き、獣に戻す。しばらく、自分で生活してくれ」

 

 森の中でブルー・プラネットの言葉を聞き、3人のシモベたちは悲鳴を上げる。

 

「そんな! 私たちをお見捨てになるのですか!」

 

 この世の終わりを目の当たりにしたかのようなシモベたちの蒼ざめた顔を見て、ブルー・プラネットは胸を痛める。本来の姿で元の住処に返すだけなのだが、そこまで自分に依存する、歪んだ存在を作ってしまったことに対して。

 

「安心せよ。私は数日で戻る。お前たちを見つけられるよう、首輪はそのままにしておく」

 

 ユグドラシル時代なら使い捨てのNPCに過ぎないシモベも、言葉を交わして何日もたてば情が移る。このまま何もかも忘れて野生に帰った方が、彼らは幸せなのかもしれないが。

 ただ……今、首輪を外したら、彼らは絶望のあまり心に傷を負うだろう。

 それを恐れ、ブルー・プラネットは首輪には手を触れないでおくことを約束した。

 

「どうか……どうか、必ず帰ってきてください」

「そうだな。必ず帰る」

 

 跪き、号泣を続けるシモベに約束をし、3人の服を脱がせて<獣類人化>を一度に解除する。

 2匹のイノシシに似た獣と1匹の小さな鹿に似た獣が首輪をして立っている。

 彼らは不思議そうにブルー・プラネットを見つめ、やがて森の中に散っていった。

 

 それを見届けたブルー・プラネットは肩をすくめ、シモベたちの服をアイテムボックスに収納し、森の樹の1つに入り込む。

 約束は守るべきなんだろうな――そう考えながら。

 

 そして、ブルー・プラネットは帝都からナザリックがあると思われるルートに沿って街道にアイテムを仕掛けていく。アルシェが地図に引いたのと同じ線だ。

 幸いなことに森の近くを通るルートであり、森が無ければ街路樹がある。転移するための樹が途切れることは無い。

 

 2時間ほどでリ・エスティーゼ王国の国境近くまで辿りついた。

 アルシェたちはどうしているだろうか?

――首輪から発せられる魔力の信号によって、その位置を確認する。

 ワーカー達も、すでに帝都を出立したようだ

 ブルー・プラネットが来た道の遥か後方から、アルシェがゆっくりと近づいてくるのが分かる。

 

(この分だと、2,3日かかるな)

 

 彼らが来るまでにやるべきことは多い。まずは周辺の状況を調べるところからだ。

 

(たしか、この周辺には幾つか村があったはずだな……大半は焼かれていたが)

 

 <擬態>など複数の魔法を掛け、可能な限り上空まで昇り、以前探索した村の辺りへ行く。

 村はすぐに見つかった。だが、以前に見たものよりもかなり立派な作り――ぐるりと丸太で組まれた頑丈な壁で取り囲まれている。見張り台まで備えて、まるで砦のようだ。

 

 わずか数か月前は小さな集落でしかなかったこの村が、なぜ急速に発展したのか――しかも、過剰なほどの設備を備えて。

 思い当たることは一つ。これは、ナザリックがこの世界の人間社会に伸ばした橋頭保だ。

 

 目を凝らしてみると、帝国内では見かけなかったモンスターたち――ゴブリンやオーガなどが人間に混じって蠢いている。

 そして、その中でも特に異色を放つ「人ならざる者」をブルー・プラネットの目は捉えた。

 

 ルプスレギナ・ベータ――ギルド<アインズ・ウール・ゴウン>が創った戦闘メイドの1人。

 褐色の肌に三つ編みの赤い髪が映える、美しい女性を装った人狼だ。ブルー・プラネットから見れば強くはないNPCだが、この世界基準では凶悪な戦闘力をもつだろう。この程度の村ならば容易く制圧・支配できるほどの。

 

 事実、村の中で彼女は<完全不可視化>を使い、村の人間の側に現れて驚かしては、何らかの指示を出しているようだ。反抗する者がいないか隠れながら調べ、その実力を誇示しつつ村人たちを働かせているのだろう。

 逆らっても無駄だと分からせるために。

 

 やはり、か――視認困難な半透明の霧となったブルー・プラネットは、遥か上空で思わず呻く。

 

(本来ならば第十階層で待機する戦闘メイドがナザリックの先兵として動いているのは確かだな)

 

 帝都に現れた“漆黒”にはナーベラル・ガンマがいた。ルプスレギナと同じ、戦闘メイドの。

 ナザリックでは、各階層に強力な「階層守護者」が配置されている。それらは防衛の要であり、そうそう動かすことは無いだろう。逆に、弱い部類ではあるが、その分重要な役割を持たない戦闘メイドたち――仲間が趣味全開で作り上げた存在――が外の世界で動いているのだ。

 

 ブルー・プラネットはルプスレギナの能力を推定し、その検知範囲外に降り立つ。

 そして、村を遠巻きにするように感知用アイテムと、ドルイドのスキルで作り出した無数の小さな蜘蛛を傍に置き、自分は森の樹に溶け込む。

 

 やがて、ルプスレギナが村を出てきた。巨大な聖杖を小枝の様に軽々と振り回し、上機嫌で呟きながら。

 

「んぷぷぷ、ンフィーちゃんとエンちゃんの顔、あれでご飯3杯はいけるっすねー。盛り上げるだけ盛り上げておいて水をぶっかける……最高っす。次は、もうちょっとタメてから――」

 

 ルプスレギナの目が細められ、口元が邪悪な笑みに吊り上がる。

 

「……けど、ンフィーちゃんとエンちゃん、村の皆の前でお尻見られたら自殺しちゃうかもしんないっすねー。ぷぷっ『青春の悲劇』っすか? んーでも、その場合、アインズ様のご命令はどうなるのかな? ご命令では、確か――」

 

 そこまで言ったとき、突然、ルプスレギナの表情が変わった。

 

「――っと、アインズ様? いらっしゃるのですか?」

 

 先ほどまでの笑みが消え、目を丸く見開いて森を見つめ、そして周囲を見回す。

 

「……気のせいだったっすか? そうっすよ。この有能な私が見張られるはずないすっよ」

 

 少し寂しそうな表情で、明るい声を吐き出す。

 

「あーあ、ナーちゃんが羨ましいっすね。さてと、急いで帰るっす」

 

 そして、<完全不可視化>と<飛行>を唱え、彼女の姿は周囲の風景に溶け込むように消えた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ルプスレギナの姿が消えてからしばらくして、ブルー・プラネットは樹から姿を現す。

 

(やばかったな……ルプスレギナは俺の気配を感じたのだろうか?)

 

 先ほど、ルプスレギナの姿や声をアイテムを通じて確認した後、更によく観察しようとしてブルー・プラネットはルプスレギナの一番近くにある樹に意識を集中した。

 その瞬間、ルプスレギナはブルー・プラネットを「アインズ様」と誤認したようなのだ。

 慌てて意識を分散した結果、ルプスレギナは「気のせい」と思ったようだったが――

 

(ユグドラシルの設定だけじゃない感覚もあるのか……気を付けなければならないな)

 

 確かに、超人的に強化された視覚や聴覚以外にも、匂いや味などユグドラシルではサポートされなかった感覚までブルー・プラネットはもっている。MP消費の感覚などもユグドラシルにはなかった。

 意思をもって動き出したナザリックのNPCが、ブルー・プラネットの知らない、ユグドラシルの設定にはない感覚を有していることも十分に考えられる。

 

 だが、その種の感覚も当然限界はあるだろう――ブルー・プラネットは、村とは反対の方角を眺める。

 視覚や聴覚に関する限りブルー・プラネットの感覚はルプスレギナを上回っているはずだ。これはユグドラシルの設定上、種族特性とレベルの差から推測される。今もブルー・プラネットには不可視の状態で空を飛ぶルプスレギナの鼻歌、そして呼吸音をハッキリと捉えている。その一方で、ルプスレギナがブルー・プラネットに気が付いている様子はない。

 

 そして、彼女の身にとりついた小さな蜘蛛の糸にも気が付いている様子はない。

 ブルー・プラネットが相手にしていた80レベル以上のプレイヤーでも見破るのはスキルや魔法、そして運頼みの追尾アイテムなのだから当然だ。

 

(スパイダーでスパイだー、って、ベタ過ぎると総ツッコミやったなあ……)

 

 どうやら、ユグドラシルの開発陣の中でもドルイドの担当者は相当のダジャレ好きだったらしく、ベタなものほど効果が高いという不思議な傾向があった。

 中でもこの「霞蜘蛛の糸」は課金アイテムの劣化版でありながら使い勝手が良いスキルであり、糸で繋がれた相手の向かった方向や距離が手に取るようにわかる。そして、その者が聞いた周囲の物音も。

 

 ブルー・プラネットは指先に蜘蛛を乗せ、感覚を集中する。

 

『お帰りなさい、ルプスレギナ』

 

 落ち着いた雰囲気の、鈴を転がすような声の主がルプスレギナを迎えるのが伝わってくる。

 

『ユリ姉、待っててくれたっすか! ところで、アインズ様はお戻りになられたっすか?』

『いえ、まだよ。帝都からのお客様と一緒に戻られるのはあと数日かかるはずです』

『そっすかー、やっぱり、そっすよねー』

『何のこと?』

『いえね、カルネ村から帰るとき、一瞬、アインズ様のご気配がしたような気が……』

『ふふふ……あなた、やっぱり、前に怒られたのを気にしてるの?』

『へっ? 私、何かしたっすか?』

『……いいわ、それよりお客様のおもてなしの準備をしましょう。一旦、中に戻りますよ』

 

 そこで唐突に音声が切れ、役目を終えた蜘蛛の糸も消滅する。

 蜘蛛の糸が気付かれ妨害を受けたのではないようだ。転移魔法によって移動したのだろう。

 

(一緒にいたのは……『ユリ姉』……ユリ・アルファか)

 

 ブルー・プラネットは、蜘蛛の糸が途切れた辺り――10キロ近く離れた丘の上を見つめる。

 流石にこの距離では周辺の細かな状況は分からない。そもそも、ルプスレギナが着地した周辺は丘の斜面に隠れているようだ。

 だが、音声から判断するところでは、戦闘メイドが中心となって外部での「アインズ様」をサポートしていることは確かだと考えられる。

 

 ならば、十分に対応できる。

 確か、最上層の守護をしていたのはシャルティアという吸血鬼、戦闘に適した構成の100レベルNPCだった。そのシャルティアが入り口で見張っているのでは到底勝ち目はないが、戦闘メイド程度であれば、最悪、脱出するときに戦う羽目になっても全滅させることが出来る。

 

 それよりも――ブルー・プラネットは先ほどの戦闘メイドの間で交わされた会話を反芻する。

 帝都で聞いた「ナーベ」は人間を害虫扱いしていたらしい。そして、ルプスレギナは明るく笑って村人たちを追い込んでいた。ユリ・アルファと思われる者は、落ち着いて知性的な喋りだった。そして彼女たちの間では姉妹という設定が生きているようだ。

 

(NPCにも性格の違いはあるのだろうか?)

 

 自分が創造したシモベたちは、2人とも判で押したように同じ行動をとった。3人目のブルーは十分に把握していないが、先の2人のように跪き、忠誠を誓っていた。

 自分の意思を持つように行動するナザリックのNPCたち――彼らがもしそれぞれ異なった性格を持っているのであれば、侵入計画にも影響するかもしれない。

 

(ナーベラルは、俺が渡した図鑑が元になってるよなあ……やっぱり)

 

 ナーベラル・ガンマを作った弐式炎雷は、それを「人を虫けら扱いする」と設定し、その為に図鑑を元にして害虫の名をインプットしたのだろう。聞いたことはなかったが、NPCの音声機能で喋らせて遊んでいたのかもしれない。まさかとは思うが、理想の美女に自分を罵らせて……

――そこで思考を切り替える。

 

 ユリ・アルファを創造したのは、やまいこさんだ。彼女は教師としてユリ・アルファにもそのような性格を設定したのかもしれない。なにしろ、ブルー・プラネットを「ボクのユリに――」と殴り飛ばした人だ。思い入れたっぷりに、自分の分身として作り上げた可能性はある。いや、自分の理想像として、か。

 

 NPCは、自分の意思で動き始めた後も製作者が設定した性格に影響されている――?

 

 ブルー・プラネットは内心で唇を噛む。

 ブルー・プラネット自身も幾つかのNPCを作成したし、仲間のNPCの設定に協力したことはある。ナーベラルの他にも、現実の生物の造形が関わっているNPCは大抵そうだ。友人がコキュートスという「昆虫系の、氷の悪魔」を創造すると聞けば昆虫図鑑に加えて南極海の甲殻類の資料を渡した。それに、領域守護者のためには寄生虫図鑑も……

 

 だが、そのNPCたちの性格設定までは把握していない。

 それは、あくまで個々の仲間が楽しむフレーバーテキストに過ぎない――そう割り切って、ブルー・プラネット自身は第六階層の自然の再現、特にあの夜空に力を注いでいたのだ。

 

(仕方がない。出来る範囲で調査して準備するしかない)

 

 そう考えて、ブルー・プラネットは再び樹の中に戻り、森の中で使えそうなものを探索する。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 数日が過ぎ、ワーカーたちが到着した。ワーカーだけではない。金級の冒険者も同行している。

 そして、あの“漆黒”も。

 

 ブルー・プラネットは、あらかじめ周囲に張り巡らせたアイテムを通じて彼らの声を聞く。

 どうやら潜入するのはワーカーだけのようで、冒険者たちは地上部の監視に専念するらしい。そして、潜入は夜を待って決行されることになった。

 夜に死霊が蠢く墳墓に行くか――墳墓の内部を知るブルー・プラネットは苦笑すると森の奥に向かう。

 

「この辺だな」

 

 ナザリックの監視が届かない距離で実体化したブルー・プラネットは、近くの沼の中央に静かに身を浸す。差し渡し数メートルの小さい沼だ。何匹もの小魚がブルー・プラネットの身体を餌と間違えて突く。

 

(お魚さん、ごめんなさい)

 

 胸を痛ませながら手を合わせ、最大化した<水温上昇>(ヒート・ウォーター)を唱えた。水温を上昇させるドルイド魔法により水面から湯気が立ち昇り、沼の魚が腹を見せて浮かび上がる。

 一度「温度が上がる」性質を付与された水はどんどん暖まり、やがて沸騰を始める。濛々と上がる湯気は水面から離れてしばらくすると見えなくなる。水蒸気が冷えて液体に戻ると再び加熱され、結果、周囲は水蒸気で飽和した暖かな空気に満たされた。

 大量の水蒸気は森の中に作られた樹の密度が薄い道を通り、ナザリックの方面に向かってゆっくりと流れだした。

 

 森から溢れ出した湿った空気は<天候予知>(ウェザー・アイ)で予測していた風に流されていく。この数日間、何度か実験したとおりだ。

――ブルー・プラネットは満足の笑みを浮かべる。

 ユグドラシルでは、有毒ガスの噴き出すタイミングや流れる方向など、システムで予定されていた気象効果を前もって知る程度の魔法でしかなかったが、この世界では実際の気候の様々な要素を精密に予測できるものに変質している。

 

 小一時間もすると<水温上昇>(ヒート・ウォーター)によって沸騰した沼はほぼ干上がった。

 そこでブルー・プラネットは魔法を解除する。

 魔法によって沸騰していた水は瞬時に本来の温度に戻る。それとともに、魔法で保たれていた水蒸気も冷えて濃い霧となり、地上に降りてくる。

 ユグドラシルではここまで物理演算が働くことはなかった。沸騰した水は乾いたら消え去る――それだけだった。

 だが、この世界では違う。この世界の物質には魔法を受け入れながらも“現実”と変わらない連続性がある。

 もし上空からこの近辺を観察していたら、幅数百メートルの霧が細く白い蛇のように地面を這い、風に流されて森から数キロ先のナザリックに進んでいくのが見えただろう。 

 

『うひゃー、今日も天気が悪いっすね』

『そうね、この2,3日は特に……季節の変わり目というものかしら。特に森の近くでは湿度が高いから、日が暮れて気温が下がると霧が発生しやすいのです。『夜霧』というのですが、それが流れてきているのでしょう』

『ヘェェ、ソウナンダァ』

『さすがユリ姉、物知り』

 

 遥か彼方のナザリックから戦闘メイドたちの声が聞こえる。声を拾っているのはナザリックに向かって吹いた風に乗って飛ばした小さな蜘蛛の糸だ。

 

『やつら、この霧に紛れて来るっすかね?』

『その可能性は高いでしょうね。エントマ、監視には問題ないかしら?』

『問題ナイィ。タダノ霧デ、特ニ魔法ノ効果モ無イノォ』

 

 会話を聞いて、ブルー・プラネットはほくそ笑む。

 その通り。これは只の霧だ。<気候改変>(ウェザーコントロール)のような魔法によって作り出された霧ではなく、魔法が消えることによって自然の摂理で生まれたものだ。自然現象の霧と本質的に変わることは無い。本物の夜霧との違いなど、墳墓の底で目覚めたNPCに分かるはずもない。

 

「よし!」

 

 ブルー・プラネットはアイテムボックスから転移の指輪を取り出して指に嵌め、自身が作り出した「幸運の首輪」を手に取った。

 あの少女――アルシェは「本物の幸運を呼ぶアイテム」と言った。おかしなことを言う。そんな都合が良いアイテムなど……運など確率と結果論にしか過ぎないのに。

――そう嗤いながらも、ブルー・プラネットは念のために首輪を装備する。この世界には魔法が存在するのだから。

 

 そして、数日かけて作っておいた数多くのポーションを飲む。

 

「匂い消し」「対魔力検知」「植物縮小」「象牙の殻」「迅速化III」「罠滑り」「邪眼除け」「黄昏の精」「透明化」「魔力隠蔽」……

 

 並行して、自身に魔法を掛けていく。

 

<生命隠し><舞う木の葉><擬態><霧化飛翔><蜃気楼><視線逸らし><自然化><罠感知>……

 

 ブルー・プラネットの姿は、縮み、白くなり、小さなつむじ風に舞う木の葉となり、霧となり、それがチラチラと視認しにくいものに変わり、ぼやけ、周囲の背景と紛れ、消えた。

 

 これらの魔法の位階は高くなく、多くは第1か第2位階だ。あまり高位階の魔法を使って疲れ切っていたのでは危険だし、高位階の魔法には今回の目的となる「隠れる」用途のものがそもそも乏しい。

 それに、低位階であっても複合化して使うことにより十分な効果が得られる。重ね掛けしておけば罠で魔法が剥がされても“下”の魔法は残る。手間が掛かるが、それは今回は問題ではない。

 これは忍者の「霧隠れの術」にヒントを得て編み出したブルー・プラネットの戦術だ。高レベルの忍者やレンジャーには見破られる可能性が高いが、この数日の観察からは、まず見破られることが無いと、ブルー・プラネットは自信をもっていた。

 今回はナザリック側は侵入者を内部に招き入れる。つまり、外では攻撃してこないはずだから、これで十分だろう、と。

 

 そして、樹に入り、ナザリックの近くに戻る。ワーカーたちもすでに準備を済ませていた。

 彼らは周囲を漂うモンスター――自分たちを監視する者たちに気が付いていない。

 ナザリック近辺には戦闘メイド以外にも主として知覚能力に長けたアンデッドが巡回している。しかし、それらも樹の中に溶け込んでいるブルー・プラネットに気が付いている様子はない。

 確認できた見張り役モンスターは精々70レベル。ブルー・プラネットもよく知る奴らだ。彼らの知覚能力には偏りがある。アンデッド特有の生命感知、そして魔力の検知だ。

 今のブルー・プラネットでは「生物」である樹から出て長時間の監視に晒されれば見破られる。だが、一瞬なら――それで十分だとブルー・プラネットは判断している。

 

 木の葉を隠すなら森の中――それはすでに手を打ってあるのだ。

 

 ブルー・プラネットは他の侵入者の動きを確認し、ナザリックに向かって移動を開始する。

 

『アイツラ、動キ始メタァ』

『そう、それではアルベド様にご連絡を……っと』

 

 聞き取りにくい声――エントマの声に続いてユリ・アルファの澄んだ声が聞こえてくる。

 

『――はい、お客様が動き始めたようです』

 

 丁度、アルベドからの連絡が入ったようだ。アルベドとは、ナザリックのNPCを統括するという設定で作られたNPCであり、拠点の最奥で侵入者を待ち受ける者。

 

(アルベドが「アインズ様」なのか?)

 

 ブルー・プラネットは一瞬そう考え、すぐに否定する。あのNPCは黒髪に純白の衣装を着た女性だった。巨大な角は隠しようもなく、帝都で見た漆黒の戦士とはどうしても結びつかない。

 

(なに、もうすぐ分かるさ)

 

 思考を切り替え、侵入に集中する。今回は装備を取り戻すことが目的で、「アインズ様」の正体を明らかにするのは「運が良ければ」だ。

 しかし、それが次回であれ次々回であれ、そう遠い未来の話ではない――ブルー・プラネットは、そう確信していた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ナザリックの最奥では、アルベド達がワーカーたち迎え撃つ準備の最終確認をしながら、彼らの動向を監視していた。

 

「ユリ、そっちの準備はどう?」

『完了しております。夜霧が出てきたようですが、視界にも問題はありません』

「そう、手順は覚えているわね? アインズ様が私たちを信じてお任せくださった計画ですから、失敗は許されないわよ」

『はい、承知しております。アインズ様を失望させることがないよう、命に代えましても』

「おねがいね」

 

 地上の準備には問題が無い。アルベドは次の防衛拠点に通信する。

 

「シャルティア、エルダーリッチ達の配備はどう? 態勢は整ってるの?」

『任せるでありんす。おんしの指示に従って、第一階層のどのルートにも、すぐに7人とも集まれるようになってありんす』

「そうね……いい? 自分の手柄にしようとして変な動きは無しよ?」

『おんし、私が勝手なことをすると思ってありんすか? まさか、私がアインズ様のご命令に背くとでも?』

「……ごめんなさいね。ちょっとピリピリしていたみたい。今はあなたと言い争うつもりはないわ。お互いに頑張りましょう。あ、ついでに恐怖公に連絡、お願いできるかしら? 同じ階層でしょ」

『あんた、嫌がらせで言ってんかい!』

 

 シャルティアの叫びとともに通信が切れる。

 やむを得ない――アルベドは、その美しい顔を歪め、次の拠点に確認を取る。

 

「恐怖公、準備は?」

『おや、アルベド様、吾輩の方はいつでも準備が出来ておりますぞ――』

「そう、頼むわよ」

 

 アルベドはそそくさと通信を切り、身震いすると、次の通信を始める。

 

「ハムスケ! あなた達は準備できてるの?」

『まかせてくれでござるよ! それがし、訓練の成果を殿にご覧いただきたく――』

「そう、はっきり言って私はあなたの能力をよく知らないの。コキュートスは大丈夫だというけれど」

『ふむぅ、侵入者たちは皆人間でござろう? ならば大丈夫、ご心配には及ばんでござるよ』

「私が心配しているのは、アインズ様に無様なところをお見せするわけにはいかない、ということなの」

 

 呑気なハムスケの口調が気に障ったのか、アルベドが冷たい声で返す。

 

「アインズ様が私にお任せくださった以上、この計画は完っっっ璧に遂行されねばならないの。私の計画に不安な点があるとすれば、それはナザリックで創られた者ではない、あなたなのよ」

『それは……申し訳ないでござるが、信じていただきたいでござる。大丈夫! 危なくなったら殿のお創りになられたデス・ナイト殿も控えておられるゆえ』

「うっ……ほんっとうに、お願いするわね。もし問題が起きて、アインズ様が失望されることがあれば、アウラに言ってあなたの皮を剥いでもらうわよ。アインズ様のペットである以上、お許しがない限り殺しはしないけど」

 

 ブルブルと震えて縮こまるハムスケをそのままにして、アルベドは通信を切る。

 

 次は……と考え、アルベドは一度開きかけた通信を閉じる。

 第五階層の『真実の部屋』、その管理者は自分を快く思っていないことを知っている。

 音声による通信の代わりに、文字によって指示を送る。

 ただ一言「まもなく侵入者が転送されるので、善処するように」と。

 アレにはそれで十分なのだ。

 

 ふぅ、と息をつき、最後の拠点である第六階層のアウラに通信をする。

 

「アウラ、そちらの状態は?」

『ん、オッケー! 今、マーレがゴーレムの配置を調整中!』

「そう、マイクの調子は?」

『うん、ちょっと待って……『あーあー、ただいま、まいくのてすとちゅう。ただいま、まいくのてすとちゅう。マーレ、聞こえる?』……うん、大丈夫みたい』

「闘技場の状態はどうかしら? ゴミとか落ちてないわよね?」

『はいはーい、それは朝から3回聞きました。ちゃんとその都度確認してるから』

「そう。あなたの所が一番のキモ、最後の締めなのよ。よろしくお願いするわね」

『任せなよ……あのさ、ちょっといい? なんかさー、アルベド、肩に力入ってない? 気持ちは分かるけどさぁ』

「そうかしら? 完璧な上に完璧を期すのが私流よ。特に今回は――」

『はいはーい、『アインズ様が私に特にご期待をかけてお任せくださった特別な計画』でしょ』

「その通りよ」

『はぁ……うん、分かった』

 

 アウラは疲れた声で最後の了解を伝える。

 あまりギッチリ躾けると魔獣だって潰れちゃうよ、と内心で不満を抱えながら。

 

 今日何回目かの連絡を終え、一息つくアルベドに連絡が入る。

 

『アルベド、アインズ様ハソロソロゴ帰還デハナイカ?』

 

 第五階層の守護を司る氷の悪魔、コキュートスからだ。

 

「ええ、そうね。もうそろそろお帰りになるはずよ。先に第六階層で待っていて」

『ウム、ワーカーガ侵入シタラ、彼ラノ戦イヲ早メニ見テオキタイ。モニターハアルノカ?』

「ええ、もちろん。あなたの役目は彼らの力量をアインズ様に正確に伝えること。お願いするわ」

『ワカッタ。ソレマデハ、アルベドヨ、オ前ノ働キヲ見セテモラウゾ』

 

 アルベドは、その言葉の中にコキュートスの無念を感じ取る。

 

「コキュートス? これはあくまで戦略の一環としての防衛シミュレーションであって――」

『ワカッテイル。ダガ、ヤハリ抜カレヌ刀トハ寂シイモノダ』

「今回の侵入者は、貴方から見れば刀を抜くまでも無い者達よ。それに、アインズ様はご自身の剣の腕をお磨きになるために貴方を指南役としてご指名された。これは十分に誇りに思ってよいことよ?」

『アルベドヨ、感謝スル』

 

 通信が切れる。だが、アルベドは、あの武人が感謝するという言葉を出したことに満足する。

 彼の言葉に嘘はなく、アルベドの思いは十分に届いたのだと理解して。

 

 アルベドは満足そうにもう一度分厚い計画書を捲る。そして空中に浮かぶモニターに映された侵入者たちを眺め、自分の読み通りに動いていることに聖女のごとき笑みを浮かべる。

 

 彼らは祭司たる自分の手で愛しい主人に捧げられる選ばれし生贄だ。笑みをもって迎えられるべき者達なのだ。神に等しい、いや神にも勝る至高の御方は「この者達を捧げよ」と命じられた。その命に従うために、そのためだけに己の能力を振り絞り、ありとあらゆる可能性を考慮して計画を練り上げた。

――アルベドは頷く。

 

 全ての儀式は滞りなく進んでいる。アインズ様はきっとご満足になられるだろう。ナザリックの守りが盤石であることに。そして、その采配をとる私に対しても、と。

 

 以前、コキュートスがリザードマンの集落を攻めたとき、アインズ様はコキュートスの成長に大いに喜んだ。ならば、防衛線の指揮官としての才を示した私に対しては――

 

――アルベドの整った顔がドロリと緩み、口から涎が垂れかかる。

 それをジュルリと舌で舐めとり、そして口元を純白の手袋で拭う。

 

「うふふ……ご褒美にアインズ様の熱いご抱擁を頂けるかしら? それとも、もっと? 御寝室でアインズ様の特別なご褒美をこの……くふぅ」

 

 アルベドは下腹部に手を伸ばし、もう一方の手で自分の胸を抱きしめる。腰の翼がバタバタと羽ばたき、アルベドは弓なりに逸らした背を震わせた。

 周囲のシモベ達は「またか」という目で守護者統括を眺め、目を逸らす。

 恋い焦がれる主人に相手にされないサキュバスである――ナザリックの異形の者達にも仲間の痴態を見て見ぬ振りする優しさはあった。

 

 その時、作戦本部にアインズが転移してきた。

 

「お前たち、準備は出来ているか?」

「はい、アインズ様。すべては順調に進んでおります。侵入者は先ほど周辺の小霊廟の探索を終え、ちょうど中央霊廟に集まってきたところです」

 

 アルベドは満面の笑みをもって己の支配者に答える。すでに先ほどの痴態は欠片も窺えず、完璧な秘書のように次々とモニターを示して、アインズに状況を説明する。

 

「霧が出てきたようだな。私が帝都に向かった頃は、天気は晴れ続きだと思ったが」

「はい、ここ数日、日没後に霧の発生が続いております」

「魔法で作られた霧、あるいは何らかのアイテムによる干渉という可能性はないのか?」

 

 アインズの脳裏にシャルティアを洗脳しようとした未知の勢力のことが浮かぶ。

 

「はい、この霧には魔力が含まれておりませんし、特別な成分が含まれているといったこともございません。通常の霧であるとの報告を受けております。ワーカーのうち何人かは、この霧に隠れるため魔法で霧を創りましたが、それは統率された動きではなく計画的に準備していたものでは無いと判断されます」

「ふむ、そうか……しかし、こう霧が出ていては侵入者がよく見えんな」

「モニター越しですと魔法やスキルによる探知に制限がかかりますから……霧による物理的障壁の透視は困難ですね。外で巡回しているシモベのうち、透視能力をもつ者と視界をお繋ぎいたしましょうか?」

「いや、それは無用だ。どうせ大したこともない虫けらどもだからな。お前の誘導に支障がないのならそれでよい。私は第六階層で待つことにしよう」

 

 アインズは不快感を露にして手を振る。アインズにとって、ナザリックを侵す害虫など見るのも不快な者たちだ。さっさと計画通り葬り去ればそれに越したことはない。

 

「承知いたしました。それでは、どの者たちを第六階層に誘導いたしましょう?」

「そうだな……消去法になるが、こいつらの相手をすることとしよう」

 

 アインズは、霧の中を慎重に進む者たちを映すモニターの1つを指さした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「おあつらえ向きに夜霧が出てきたな」

 

 少し前からワーカーたちは霧に紛れて行動を開始していた。<透明化>の魔法をかけ、<静寂>で気配を消し、蛍光棒でタイミングを計って壁を降り、ナザリックの領域に侵入する。とくに「霧の壺」のポーションを持っていた何人かは、纏わりつく魔法の霧を作り出してその身を隠していた。

 安いが、よく効く目隠しだ――森に詳しいドルイドの薬師が宣伝用にくれた「試供品」が役に立ったと喜んで。

 

 ブルー・プラネットは霧が流れる地面を這うように飛行しながら、中ほどを進むワーカーの1人に纏わりついていた。ポーションによって作られた魔法の霧に身を紛れさせて。

 ワーカー本人は何も気が付いた様子はない。彼らは周辺の小霊廟の探索を始め、その財宝に心を奪われている。

 

 気持ちいいほど簡単に引っかかるな。

――ブルー・プラネットは、熱狂するワーカーたちに冷ややかな視線を送り、中央霊廟に集結する彼らに付いていく。今のところ、ナザリックの者がブルー・プラネットに気が付いた兆候はない。だが、それも罠かもしれず、気を抜くことは出来ない。

 

(さてと、始まりだ)

 

 ブルー・プラネットは目の前に待ち受ける墳墓の入り口を睨む。恐るべき罠が待ち受けている、口を開けた死の化身を。

 この世界での死が何を意味するのか不明だ。現実と同じであればそれでお終い。ゲームと同じならレベルダウンして拠点で復活ということになる。この場合の拠点とはどこだろうか?

 

(最悪なのは、死んで、敵だらけの玉座の間で復活することだな)

 

 過去、多くの高レベルプレイヤーの恨みを買ったギルドの成れの果てを思い出し、身震いする。

 死なないこと、捕まらないことが大切だ。決して無理をせず、臨機応変に……。

 

 そう考えているうちに、ワーカーがナザリック地下大墳墓の中央霊廟の広場に辿りつく。

 ここから先の地下へ続く階段は地下大墳墓からの風が吹いており、もはや、作り出した霧に隠れることは出来ない。だが、この階段は既に「ナザリック内部」と認識される場所でもある。

 

 ワーカーたちが広場から地下に続く階段へと降りていく。ブルー・プラネットはその中で転移の指輪を発動させた。

 第九階層の自室を目指して。

 




捏造設定
ワーカーの準備期間に少し余裕を持たせました。
あと、ナザリック周辺の監視モンスターも弱体化?

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