自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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引き続き、ユグドラシル時代。
…まだモモンガ達は未登場という。


第2話 樹人たちの夏

 西暦2128年の初夏、トレント達のギルド<シャーウッズ>は戦いの準備に余念がない。

 

「みなさん、準備はいいですか?」

 

 ギルド長ブルー・プラネット――印度菩提樹の姿をとるイビルツリーが緊張した声で確認する。

 

「OK!」

 

 メンバーたちの硬い声が響く。

 春のお花見会場で、あるクランに喧嘩を売られてからログインは必ず5人以上というギルドルールが作られた。そして、そのクランとの小競り合いは拗れに拗れ――ついには決闘ということになった。そのギルド戦が予定された今日は20人のメンバー全員が参加している。

 ブルー・プラネットはギルド武器『大地の王笏(グランドセプター):バージョン3』を握りしめ、深呼吸する。

 

 拠点一時封鎖システム<エウリュクレイア>(見張りの老婆)が解除される。

 周囲を彷徨っていた老婆――バンシーたちの姿が消え、公園を覆う光の繭がゆっくりと薄れてアルフヘイムの光景が周囲に広がっていく。

 公園の外では、このワールドにおける複数の上級ギルドから来た見届け人たちが待っている。

 更に離れて物見高い森妖精たちが、そして他のワールドからの見物客も集まっている。

 

「それでは、合図とともにギルド戦を開始します。よろしいですね?」

 

 拡声器を通じた見届け人の確認が届く。

 合図とともに戦いが始まり、合図とともに戦いは終わる――治安の良いこのワールドで自然発生したルールだ。より下層の、異形種プレイヤー同士の戦闘を想定して「油断する方が悪い」という暗黙のルールが支配するワールドとは違う。

 

「おう!」

 

 ブルー・プラネットは拡声器を通じて威勢のいい声をあげ、了解の意を示す。

 公園の隣の平野部に集まっている30人の集団からも了解の声が上がる。

 当然だ。どのワールドでも相応の決まりは存在する。たとえ公式の規約に違反しておらずとも、あまり我儘を通せばワールドでの生活――アイテムの売買など――自体が成り立たなくなる。いくら自由度が高いと言っても、人間同士のやり取りで成立している狭いユグドラシルの世界では自主規制は強制的な規約とほとんど変わらない。今さらそこで反対する者はいない。

 

「では……」

 

 ガァァァンと銅鑼の音が空中で鳴り響き、ギルド戦が開始される。

 平野に集まっていた集団が一斉に動き出し、<シャーウッズ>に向かって進軍を始める。

 対抗し、<シャーウッズ>側も防衛魔法を展開する。

 

<最強化>(マキシマイズマジック)<種子爆弾>(シード・ボム)<永続化>(コンティニュアル・マジック)

<最強化>(マキシマイズマジック)<対魔法霧>(アンチマジック・フォッグ)

<三重化>(トリプレットマジック)<蜃気楼霧>(ミラージュ・フォッグ)

 

 ポンポンと弾ける音がしてNPCトレント達から人の頭ほどもある巨大な植物の種子が空に向かって無数に撃ち出される。同時に公園の中央にそびえる巨大樹の周囲に霧が立ち込め、魔法抵抗力を上げる防壁を構築したかと思うと、その姿は揺らめき8体に分裂する。

 

 最初に領域内の奥まで侵入してきたのは<飛行>(フライ)の魔法で機動性に優れる魔法詠唱者たちの一群だ。地上のトレント達の枝が届かない高度で飛び、種子の弾幕を避けながら突入してくる。

 

<火球>(ファイアーボール)

 

 魔法詠唱者達は分裂した巨大樹に火球を放つ。強化もしていない低位階の遠距離攻撃だ。対象に対魔法防壁が張られている以上、それはダメージを与える目的ではない。幻影に対する攻撃でそれを打ち払うためだ。

 

 火球が炸裂し巨大樹の幻影は次々と消されていく。残ったのはただ1体――魔法詠唱者たちはそこに突撃する。魔法防御に接触し、それを中和するために。非力な魔法詠唱者が怪力のトレントに対して接近するのは危険だが、狙いを定められないように散開して――

 

『魔樹の叫び』

 

 ブルー・プラネットがグランドセプターを振る。配備されたイビルツリーたちが<恐慌>(スケアー)の効果をもつ叫びをあげ、錆びた蝶番が軋むような音が森一杯に広がる。

 魔法が効果を上げれば、プレイヤーの動きは止まる。飛行中であっても回避動作が不可能になる。また、キャラクターとして<恐慌>に抵抗できたとしても、この不快音はプレイヤー自身の精神を怯ませる。

 一瞬、上空に侵入した魔法詠唱者の動きが止まる。魔法効果ではない。しかし十分な隙だ。トレント達が吐き出した弾丸を避けきれず、種子の炸裂によって生じた爆風に煽られて魔法詠唱者達が空中で姿勢を崩す。何人かの魔法詠唱者は空中でクルクルと吹き飛ばされているが、大方の魔法詠唱者はすぐに姿勢を立て直す。魔法かアイテムによって安定化されているのだろう。

 彼らが負ったダメージは、致命傷には至らない。種子爆弾はさほど強力な攻撃ではなく、煙幕とノックバック効果が主眼だ。しかし、何度も当たれば当然危険であり、対策が必要になる。

 

<三重化>(トリプレットマジック)<火球>(ファイアーボール)

 

 空中の7人の魔法詠唱者から轟音と共に21の火球が放たれ、地上から迫る種子の砲弾と衝突する。火球に飲み込まれれた種子爆弾はその場で破裂し、大量の煙を撒き散らす。

 ギルド拠点に準備された火器と、ギルドを攻める側では自ずと物量に差が生じる。火球が相殺できた砲弾はほんの一部だ。火球で相殺されなかった砲弾がなおも地上から魔法詠唱者達に迫り、彼らはそれを避けようと身構える。

 

 しかし、次の瞬間、彼らの口からは恐怖の呻きが漏れる。

 火球と砲弾が衝突して生まれた煙幕の下から風を切る音がする。そしてその音の正体は――自分たちに向かって猛烈な速度で迫る巨大な刃だ。

 

 黒地に金の斑が輝く5メートル程の斧刃が10振り、煙を切り裂いて飛んでくる。

 身長の倍以上の巨大な刃に反応が遅れた魔法詠唱者はそのまま切り裂かれ、消滅する。単なる戦闘不能状態ではない。明らかに過剰なダメージ、現実世界ならば肉体が粉砕されるような状態になって、その場の蘇生すら許されずに消されたのだ。一方、反射神経に優れた者たちは<斬撃武器防御>(プロテクト・フロム・ブレイド)を唱え、光り輝く魔法の壁を展開する。

 

 しかし――

 

 斧はその魔法障壁を何の抵抗も受けずに突破し、魔法詠唱者たちに打撃のダメージを与える。

痛打を受けた魔法詠唱者たちは理解する。自分たちを打ち据えたものは斧ではなく、木刀だと。

 

 斧に見えたモノの正体は、斧の形状に加工した金剛刀タガヤの指だった。

 

 戦士のスキルがない金剛刀タガヤは、トレントの基本スキルである「薙ぎ払い」とともに上空の魔法使いに向かって勢いよく「バンザイ」と手を振り上げただけだ。それだけのことなのだが、人間の50倍以上のサイズである巨大トレントの動きはそれ自身が脅威となる。システム上、巨大種プレイヤーの体感速度は抑えられているが、それでも仮想現実で振るわれる腕の末端は人間が腕を振る10倍以上の速度に達する。

 このスキルだけでは精密な狙いはつけられない。もし上空にいたのが戦士系プレイヤーであったなら、出鱈目に振り回される斧を容易に避けることができただろう。また、仮に命中しても高級な防具を装備していれば致命的なダメージは負わなかったに違いない。

 だが、その日の戦いで空にいたのは魔法詠唱者――肉体的なスキルに乏しく、装備も十分ではない彼らは意表を突かれて打撃をまともに食らう。

 さらに、形状に惑わされて適切な防御魔法を選択できなかったことも大きな影響を与えた。

 最初の一撃で魔法詠唱者の群れは半減する。そして、生き残りは強力なノックバック効果によって吹き飛ばされ、空中での操作を誤り混乱している。そこに更なる一撃――今度は下に向かって振り下ろされる金剛刀タガヤの指が襲い掛かり、空中の魔法詠唱者たちはあえなく全滅する。

 

「タガヤさん、OKです。でも、透明化している敵が残ってないか、引き続き監視を!」

 

 モニターで上空の敵の消滅を確認したブルー・プラネットは、コンソールを操ってNPCトレント達、固定砲台の目標を自動化する。隠密系スキルで隠れているかもしれない敵を掃討するために。そして、地上戦への援護のために。

 

 地上でも戦士を中心とする進入者との戦いが始まっている。

 最初の<魔樹の叫び>で立ち止まった侵入者たちは、大蛇のごとくうねる巨木の根に翻弄される。ギルドメンバーが唱えた<踊る樹々>(ダンシング・プランツ)の魔法で周囲の木々が一斉に動き出したのだ。

 そして、脚を掬われ転倒し、さらには跳ね飛ばされた侵入者たちに、トレント達の太い枝が叩きつけられる。これだけで先走った軽装の侵入者たちが何人か消滅した。彼らは盗賊職であり本来は身軽さを特徴とするが、森林での行動を補助するスキルは習得していないようであり、この戦いにおいては脅威ではない。

 警戒すべきは戦士たち――体力・防御力ともに優れる彼らには、単純な打撃は致命的な攻撃とはなりえない。重装備のため空中に跳ね飛ばされることもなく、うねる根を掴んで体勢を立て直す。そして、叩きつけられる枝を薙ぎ払い、起き上がった戦士たちは更に奥に進む。空から降ってくる砲弾を避け、操られた木々を切り倒して、後ろに続く神官や魔法詠唱者たちのために道を開きながら。

 

 次に彼らを待ち受けたものは、視界を奪う濃い霧の中に荒れ狂う木の葉の嵐だ。木の葉はカミソリの刃のごとき鋭さをもち、侵入者にチクチクと鋭い痛みを与える。さらに、その上から侵入者たちに向かって槍のように尖った木の枝が降り注ぐ。

 

 だが、侵入者たちも反撃する。

 

 槍杉マタザが射出する木の棒は、連射は可能だが当たったところで大したダメージにはならない。所詮はスキルで生み出された、何の特殊効果もない木の棒だ。それを見抜いた戦士たちの剣の一振りで切り払われ、木の棒は消滅する。

 そして霧と葉の目くらましは、元よりダメージにはならない。それらは後方から魔法詠唱者が生み出した炎の竜巻で焼き尽くされる。

 

 障害が消えたため、戦士たちは突撃を開始する。一方、回復役の神官たちは剣を持たないため木の棒を切り払うことが出来ず、地面に突き立った木の棒に檻のように囲まれて足止めされている。

 

 戦士たちは神官たちを置いて先に進み、その後ろに空中を飛ぶ魔法詠唱者も続く。このクランは仲間同士で助け合わず、ただひたすらに敵の拠点を目指す戦術をとる。体力に劣る魔法詠唱者を戦士が盾になって守るこの組み合わせで、単純な攻撃では魔法詠唱者を殲滅するのは難しくなっている。従って、神官はいなくても良い――そういう判断だ。

 そして、戦士と魔法詠唱者の組み合わせは強力な攻撃手段を可能にする。魔法やスキルで強化された斧や剣が太い幹に叩きつけられ、何体かのトレントが呻き声をあげる。NPCだけではなく、それらに紛れて操っていたギルドメンバーも含めて。

 

「ウドがヤバイ、バルサ、回復頼む!」

「チェリーに火が!早く消火を!」

「マタザさん、あと1分、足止めおねがい!」

「マキチラスさん、20メートル北に移動して毒霧を流してください!西風が来ます」

 

 目の前に浮かぶコンソールを見てマップと敵・味方の位置を確認しながら、ブルー・プラネットは森の中央で矢継ぎ早に指令を出す。

 進入者の一団は、森の中央にそびえる巨木を目標に森の迷宮を進んでいる。目的はギルド武器の破壊。それさえ達成されれば勝敗は決するのだ。

 侵入者側の勝利条件は2つ――敵プレイヤーを全滅させるか、ギルド武器を破壊するか、である。人間種を中心とするこの侵入者たちでは体力に勝るトレント達のギルドを皆殺しにするのは困難であり、ギルド側のメンバーやNPCと一々戦っていくのは初めから選択肢には無い。守るもののない侵入者側は気楽に攻めてくる。なるべく敵が少ない楽な道を、なるべく早く駆け抜けて敵の中枢を叩こうと。

 逆に、防衛側の<シャーウッズ>は敵を全滅させる以外に勝利は無い。戦闘不能になった敵の復活を防ぐためにも、死体を叩いて消滅させる地道な作業が続く。どうしても敵の打ち漏らしがある。

 

 だが、意気揚々と侵攻する戦士と魔法詠唱者の一群は、目の前に現れた黄色い霧に包まれて足を止める。目に強烈なかゆみが生じ、涙が止まらず視界が狂う。

 花粉マキチラスが放った<毒霧>の効果である。

 

「毒だ! 回復頼む!」

 

 戦士たちは初めて後ろを向き、仲間の神官に怒鳴る。気が利かない奴め、という苛立ちを込めて。しかし、神官たちは後方に取り残され、うねる巨木の根に足を取られ……そのまま「叩きつけ」で振り下ろされるトレント達の枝に潰され、あるいは地上に落ちてくる砲弾の爆発に巻き込まれて次々と消滅している。

 

「くそっ!」

 

 戦士が悪態をつく。神官を無視して先走ったため、戦線が伸びすぎた。所詮は寄せ集まり集団であり連携が取れない――己の愚策と敗北を悟った残った戦士たちは喚きながら、せめてもと目の前に立ち塞がったトレントに向かって剣を振るう。

 しかし、その一撃は通らない。逆に、切りつけた剣にカウンターで武器破壊効果が発動される。最初の一撃で強化魔法の効果を失い、次の攻撃で剣は砕け散って消える。

 攻撃した戦士たちは呆気にとられて空になった手元を見つめ、そこに上から声が降り注ぐ。

 

「『斧を折る』から『オノオレカンバ』って言われたわけよ。硬いだろ?」

 

 オレオレガンバの蘊蓄に、へぇ、と幼い声を漏らした戦士は上から叩きつけられる太い枝の一撃、そして横から繰り出されたNPCトレントの「薙ぎ払い」で吹き飛ばされ、消滅する。前衛を失った魔法詠唱者たちは<飛行>で逃れようとするが、待ち構えていた背の高いトレント、ウド☆ザ☆ビッグボディに叩き落されて墜落し、地上のNPCから袋叩きにあい消滅する。

 

「24人消滅確認、あと6人残ってます」

 

 ブルー・プラネットは皆に連絡する。侵入者の大部分を短時間で排除できた。しかし、まだ油断はできない。1人でも敵が中心まで攻めこみ、自分のもつギルド武器を破壊したら全てが終わりなのだ。

 しかも、残る6人――戦士2人と神官2人、盗賊と魔法詠唱者各1名ずつからなる最後のチームはかなりの手練れとみられる。おそらく敵クランの中心メンバーなのだろう。今まで倒した未熟な侵入者たちとは一線を画すレベルにあるようだ。

 ブルー・プラネットは、他のギルドメンバーやNPCを誘導し、予想される侵攻ルートの防御を強化する。そして、横に立つマグナムバイタを見る。

 

「こっからが本番です。もしこっちに来たら、防御を頼みますよ」

「おう」

 

 防御と治癒能力に優れるマグナムバイタが胸を張り、枝を振るった。

 

「コンボで敵を中央前の広場に誘導して」

 

 ブルー・プラネットはコンソールで侵入者の動きを確認しながら、ギルドメンバーに指示を流す。

 

 生き残った6人のチームは広場へと続く道を突き進む。そして、神官が突然グワッと声を上げ、宙づりになる。

 後衛の悲鳴に他の侵入者たちが振り返ると、道の脇に生えていた巨木にアニメ美少女の笑顔が浮かんでいる。顔を隠して擬態していた桃色ピチピーチが隙を見て枝を伸ばし、敵の最後尾にいた神官を一人捕らえたのだ。反射的に戦士が駆け寄るが、30メートル近い上空に持ち上げられた神官に絡んでいる枝には剣が届かない。魔法詠唱者も<火球>で枝を焼き払おうとするが、他のトレント達が枝を振りまわして邪魔をする。

 巨大な桃のトレントの根元で戦士たちは剣を構える。神官がこのトレントに倒される前に、このトレントを倒すのだ。

 

「……捕まえた! いくわよ、イエロー!」

 

 しかし、桃色ピチピーチは戦士が剣を自分に振るうより早く、打ち合わせ通りに神官を道の反対側にいるメンバーに向かって殴り飛ばす。殴り飛ばされた神官はグオッと湿った声を漏らし、為すすべもなく空中を舞い、その後を他の侵入者たちは慌てて追いかける。

 

「まかせんかい! いくぞ、グリーン!」

 

 黄ラワントイテが、飛ばされてきた神官を枝で受け止め、同じく道の反対側に殴り飛ばす。神官を追ってきた戦士たちは、慌てて方向を転換し、広い道の反対側に走っていく。

 

「よし来た! レッド!」

「おう! これで最後や!」

 

 ハートフルグリーンとレッドパインがバレーボールの要領で神官を空中で回し、最後に<棘千本>(サウザンド・スパイク)の効果を付与した松の枝で叩きつける。

 

 ギルド長として参加できないブルー・プラネットを除いたチーム“色物”による4連続攻撃だ。計算ではこれで大抵のプレイヤーは倒れるはずであり、ジグザグに飛ばされてきたその神官も例外ではなかった。

 

 神官を追いかけて道を走ってきた敵チームの残り5人は、目の前で回復役が消滅するのを見る。そして周囲を見渡し、自分達が広場まで誘導されたことを知る。

 

 広場の中央に身を寄せ合って構える5人に対し、ギルド武器――宝石で彩られた紫檀の杖――による攻撃が発動される。

 

<地震>(アースクエイク)

 

 巨大な地割れが蜘蛛の巣のように広場を覆い、一挙に侵入者の生き残りを飲み込む。空中を移動していた1人を除いて。

 

 元から<飛行>により空中を移動しており地割れの影響を受けなかった魔法詠唱者は、飲み込まれた仲間たちを一顧だにせず、前方の巨大なトレントに火球を放つ。<三重化>(トリプレット)に加えて最大限(マキシマイズ)強化された(ブーステッド)その火球は、通常のトレントならば大きなダメージを与えたであろう。

 しかし、その前に立ち塞がったトレントは火炎系への耐性に特化した盾役――ハチカマドだった。ハチカマドの胴体に当たった火球は巨大な炎となって膨れ上がり、そして弾け、消滅する。

 

「甘いな。俺は連続8発OKだぜ!」

 

 渦巻く炎の向こうから現れたハチカマドは気持ちよさそうに両手を上げてポーズをとり、決め台詞を叫ぶ。

 ポーズに合わせてその背後に「糸・色・亻・侖」の文字が浮かび、呆然として硬直する――呪文詠唱後の硬直にある魔法詠唱者に周囲のトレントが止めの一撃を叩きつける。

 やがて、戦士2人がようやく地割れから這い上がってくる。地割れに飲み込まれた神官と盗賊はそのまま死亡したようだ。

 

「こなクソガキがっ!」

 

 生き残りに向かって、金剛刀タガヤが怒りの声とともに巨大な爪を振り降ろす。

 他のトレント達も取り囲んで枝を叩きつける。

 この怒涛の集中攻撃に、最後の戦士たちも消滅し、ようやく暫しの静寂が訪れる。

 

「敵30人、全滅しました。こっちは0人」

 

 見届け役にギルド戦終結を報告し、見届け役が銅鑼の音を周囲に響かせる。

 ブルー・プラネットは皆に戦果と被害報告を報告する。回復係のバルサ巫女、魔法ガニーがポーションを作り出して治療に回る。盾役となって傷を負ったナニシタン、ヤナヤナギ爺、そして実は意外に重傷だったハチカマド――「俺が一発で立たなくなるわけがないだろ?」と規約ギリギリの線を攻めてバルサ巫女に蹴られた――も回復し、やれやれと伸びをする。

 体力に勝るトレント達の、まずまずの戦果だ。準備にさほどコストをかけなかったため、敵が落とした幾つかのアイテムは十分に割が合うものと言える。

 

 だが、戦いに勝った<シャーウッズ>達からは明るい声は聞こえてこない。

 簡単すぎる――それが喜べない理由だ。

 

「今回は、相手が単純に攻めてきたんで助かりましたけど――」

「これは様子見だよな」

 

 ブルー・プラネットの声に、他のメンバーが頷く。今回は、こちら(シャーウッズ)の出方、戦法を探るための前哨戦に過ぎない。だから、侵入者の武装もアイテムもドロップ前提の貧弱なものだった。

 現実の戦争とは異なり、ゲームのプレイヤーは何度でも生き返る。復活によって経験値を失いレベルダウンするが、それすらもキャラクター構成を調整するための一手段でしかない。今回は敵チームに戦士・盗賊・神官・魔法詠唱者という基本職しかいなかったため戦闘は単純であり、そのために楽に勝てた。しかし、次回は森の中の戦いに適したレンジャーなどのスキルも追加してくるだろう。

 

「絶対、再戦を言ってくるでしょうね」

 

 誰かがうんざりした声を上げる。

 こんなにキレイな戦いで決着がつくはずがない――それは誰もが予感していたことだ。次からが本番だと。

 

 あのクラン――<崖から飛ぶ豚>(スーサイド・スワインズ)の悪名は噂になっている。

 ユグドラシルでは90レベル程度まではレベルアップが早い。そのシステムを利用し、自滅を前提として80から90レベル程度の微妙なところで何度も繰り返し喧嘩を吹っかけてくる「嫌がらせ専門」クラン。どこからともなく現れて面白半分の年少プレイヤーを巻き込み、人気のギルドに戦いを挑んでくる始末に負えない奴らだと。

 

 ギルド<シャーウッズ>とその拠点の情報は人気スポットとして公開されている。ユグドラシル運営の「専門家によって再現された自然をお楽しみください」という触れ込みで。これが妬みを買ったのだろう。

 

「運営に言って、何とかならんのですか?」

 

 メンバーの質問に金剛刀タガヤは首を横に振る。

 

「無駄やろな。先に手を出したのはこっち……向こうに大義名分取られたからな。運営はプレイヤーの行動は極力規制しない方針やし、俺らも契約で拠点は変えられん。」

「プロジェクトの契約ですか……」

「契約期間も残すはあと半年ほどやろ? これがプロジェクト最後のイベントかなあ……」

 

 寂しそうな金剛刀タガヤの声が漏れる。

 

「最後、ですか?」

 

 隣にいたブルー・プラネットが問う。

 

「ああ、『マナーの悪い参加者にどう対処するか』やな」

「プロジェクトの一環に組み込む、ということですね」

 

 ブルー・プラネットの質問に金剛刀タガヤは首を横に振り、静かに言う。

 

「『組み込む』というか『予定通り』やな」

「予定通り? 教授はこれも仕組んでいたんですか?」

 

 他のメンバーから訝る声、咎める声が上がる。だが、金剛刀タガヤの声は変わらない。

 

「仕組んだわけではない……が、いずれこうなることは、初めから予想はしていた」

「なるほど……『プレイヤーの干渉』ですか」

 

 他のメンバーからも不承不承、納得する声が上がる。

 このプロジェクトは、仮想現実で森を育てると同時に、その森がプレイヤー達の心理に与える影響の調査も目的としている。プラスの面では、植物がプレイヤーに与える安らぎの効果などだ。そして、森は育ち、実際に「花まつり」などの様々な社会的イベントを通じてユグドラシルの評判を高めてきた。

 しかし、明るい面があれば暗い面もある。

 一部のプレイヤーによって森が破壊される暗い面も、プロジェクトの成果として報告されるべきものなのだ。たとえ嫌がらせであっても、その頻度などは有意義なデータとして利用される。ユーザーがどのようなときに不満を抱えるか、そしてどのような迷惑行為に走るか――ユグドラシルという仮想現実を管理するのに必要なデータなのだ。

 

 運営には、<シャーウッズ>のNPCトレントを、プレイヤーによって破壊されて回復するシステム――例えば壁破壊によって変化する迷宮やトラップに応用する意図もあるらしい。当然、今回の戦いも運営の監視下にあり、運営がそれを阻止しなかったのは今後流行るであろうギルド戦をイベント化する参考データにするためだ。

 

「担当さんはなあ、『派手にやっちゃってください』っつーとったで」

 

 金剛刀タガヤが苦笑し、他のメンバーからは「あのクソ担当」という怒りの呟きが漏れる。

 

「ここまで育てた公園をただ壊されるのもシャクやろ?」

 

 説明を終えた金剛刀タガヤの声に皆が深く頷く。その様子を金剛刀タガヤは黙って見つめる。

森を育てることでプレイヤー達に愛着を抱かせる――それも予定された心理効果の一つだ。

 

「これも報告すべきですね。『育てたのに、シャクに障る』って」

 

 タガヤの心を見透かしたように誰かが言い、んんっ、と慌てる金剛刀タガヤを見て皆が笑い声をあげる。今日、初めての笑い声だった。

 そして、金剛刀タガヤがパシパシと手を叩いて締める。

 

「暗い予測をひっくり返すのも科学者の務めや! 別に、負けることまで予定はしとらん。最後は勝って締めくくろう!」

「ですねー」

 

 金剛刀タガヤが声を大きくし、メンバーたちは賛同の声を上げる。

 

「よしっ、じゃあ作戦を練ろうか。まずな――」

 

 金剛刀タガヤから意見を出す。

 

「――振り回すだけじゃ、なかなか当たらんな。やっぱり戦士スキルで命中精度上げるべきか」

「タガヤさんは、刺すとか、斬撃のスキルを習得するべきでしょうね。出来れば飛び道具も」

「でも、やはり『千年樹』は強いですよ。あれで上空の勢力を一気にやれたのが大きかった」

「おう、課金して一挙に最上位の種族とっただけのことはあったやろ?」

「課金……でも、奴ら、囮のタガヤさんをボスキャラだと完全に勘違いしてましたね」

 

 ブルー・プラネットが空中に浮かぶモニタに敵チームの侵入経路を表示して説明する。スキルによって巨大化し、周囲のトレントより2倍の樹高をもつ金剛刀タガヤを目指して敵が進んだのは明らかだ。この手はこれからも使えるだろう、と。

 

「わしはボス(教授)やで?」

 

 皆が笑う。金剛刀タガヤは「すまんな、冗談や」と笑ってギルド長であるブルー・プラネットの背中をバシバシと叩く。

 

「ウドも、ネタでデカいだけじゃなくてさ、やっぱ戦闘スキルを付けるべきだよ?」

「スキル以外にもさ、既存の外装データの組み合わせで何か有効なものはないかなあ?」

「俺はもっと武器破壊を強化するわ。今のままじゃ魔法武器が痛いわ」

「周辺の木との迷彩効果、あれは効いたようだったよ。もっと見破れないようにできる?」

「もっとコンボを……NPCも使って、ハメられない?」

 

 メンバー達は口々にアイディアを出していく。前向きな方針が決まり、皆が活気を取り戻して話にも笑い声が混じる。

 

「地上で火を放たれたらどうする?」

「あ、それは俺がドルイド魔法習得してるので鎮火できます」

「森全体に?」

「ギルド武器で範囲拡大すれば」

 

 しかし、ブルー・プラネットの提案は他のメンバーに却下される。

 

「ギルド武器をほいほい振り回すわけにもいかんやろ? アレが壊されたら終わりやし」

「あんた、見つかったら弱いでしょ」

「そうっすよ、ブルーさんには中央で隠れていてもらわないと……」

「じゃあ、誰か、ドルイドかフォレストメイジになって。最低2人」

 

 ブルー・プラネットは、チームのバランスを考えて皆に注文する。

 

「チェリー、お前もなんかせな。花吹雪のめくらましたって効果は低いやろ?」

「すんません。じゃ、自分もドルイドになります。あと、攻撃用に<花吹雪>強化します」

「それより、どや? 毛虫降らすんは? 毒虫はデータ豊富やろ?」

「勘弁してくださいっす。自分、虫はダメなんで……それに、女の子へのイメージも悪いし」

「お前なぁ」

 

 ファンがいるんっすよ、と抗弁する役立たずなオシャレ野郎を置いて反省会は続く。

 やがて、今日のところは、と誰かが言い、シャーウッズは拠点を封鎖してログアウトする。最後に残り点検をしたブルー・プラネットは、ふと、何か嫌な予感――何かが間違っているような気がして身を震わせた。

 




捏造設定
拠点一時封鎖システム<エウリュクレイア>
オデュッセウスより。
一時封鎖したギルド拠点に他のプレイヤーが入らないように、無敵な老婆が徘徊する。
老婆はギルドサインを示すと攻撃を止めるが、封鎖を解かずに一定時間いると強制ログアウトされる。

*9/16:トリエント→トレント、ブルプラ→ブルー・プラネット修正。

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