自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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順調に金稼ぎ……それが目的ではないのだが。


第18話 冒険者たちの噂

 帝都アーウィンタールに来てからはや1ヶ月が経った。

 ブルプラたちシモベは都会の生活にも慣れ、積極的に商売を進めている。突然の大音響にはまだ本能的な警戒心が残っているようだが、徐々に「人間らしい」行動が板についてきた。

 

(ひょっとして、「商売人」のレベルが上がってたりして)

 

 シモベを見守るブルー・プラネットは冗談半分にそう考えることもある。

 今やシモベ達は身体を操らずとも接客を任せられるまでになっている。

 おかげで自分は昼間も探索に出ることが可能になった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 1か月前、帝都に来て初めて冒険者組合に行き、その新たな情報に驚いて呆然としていたときに声をかけてくれたのはシモベたちだった。

 

「ブルー・プラネット様。如何なされたのでしょうか? 薬師組合に行くご予定でしたが」

 

 そう言うシモベたちは既に外出の準備を終えていた。前日の夜、午後から組合に行き、商売の許可をもらうと説明していたのを覚えていたのだ。

 もちろん、毎朝<獣類人化>とともに<知力向上>の魔法を掛け、必要な知識は共有している。

 それにしても随分と頼もしくなったものだとブルー・プラネットは感心し、自分もしっかりしなければと気を引き締めた。

 

 そして薬師組合に行って「冒険者通り」の一角に店を構える許可をもらった。

 街中で怪しげな薬売りも見かけた。売っていたのはポーションではなく、安い薬草の類だ。旅の途中で出会った交易商が言ったようにその手の商売人は胡散臭かった――あんな匂いを付けただけの油で病が治せるわけもない。

 

 薬師組合で聞いても、そんな商売で組合の信頼を落とされるのも困る、店舗を構えてくれ、と強く勧められた。

 やはり、ポーションは高級品なのだ。

 

 帝都の薬師組合に見せるために用意したポーションは、あえて質の劣る<軽傷治癒>(ライト・ヒーリング)の効果をもったものだ。エドレインタールでの失敗を繰り返さないため、ブルー・プラネットが試しに分泌した原料――トレント種が基本スキルとしてもつ「癒しの水」だ。

 

 ポーションをして差し出されたその液体の効果を証明するために、薬師は魔法を唱えた。最初は<付与魔法探知>(ディテクト・エンチャント)、次に<道具鑑定>(アプレーザル・マジックアイテム)を使い、そのポーションが「軽度の傷を治療する」効果があることは理解を得た。

 

「だが、<保存>が掛かっていないな。このままでは劣化が問題だ」 

 

 最初に提出したポーションは不合格とされた。

 ユグドラシルではポーションに対して「劣化」という概念は無かった。いや、あるにはあったが、それは<風化>などの魔法効果だ。ブルー・プラネットが分泌した樹液も自然に腐ることはあるのだろうか?

――そう考えたが、それを議論しても始まらない。ブルー・プラネットはおとなしく引き下がり、宿であらためてポーションを準備した。

 

 先ほどと同じ樹液に<保存>(プリザーベイション)を掛けたものだ。

 再度鑑定してもらうと、これでポーションとしての体裁は整ったらしい。

 

「うむ、<保存>を掛けたのだな。良いだろう。」

 

 薬師は頷き、それでも新たなポーションの実地試験を要求した。

 ブルプラが了承すると、薬師は「奴隷」と呼ばれる男を用意した。対価を払うと彼が腕にナイフで切り傷を付け、それを薬師が治癒する――それが効果の試験法だった。

 新人のポーションや低質な錬金溶液を使ったもの、そして、ブルプラのように新しい原料を使用したものでは効果が不安定であり、魔法による鑑定では分からない詳細を実際に試すことが必要だと説明された。

 

(なるほど。軽傷治癒といっても最大回復量が5か10かという違いがあるようなものか)

 

 この世界の人間はデジタルデータではない。レベルの代わりに曖昧な「難度」という概念があるように、ユグドラシルの魔法のように効果がはっきりと分かれているものでもないようだ。

――ブルー・プラネットはユグドラシルと現実の概念の狭間で納得する。

 

 ブルプラのポーションは傷跡一つ残さずに、奴隷の腕に刻まれた軽い切り傷を塞いだ。

 

「ふむ、錬金溶液から創られるものとは色が異なるが、効果は同じかやや高め……ドルイドの君がトレントから作ったのだね? 良いだろう。ただし、製法が異なることは明記してくれたまえ」

 

 薬師組合の組合長は肯いて、登録証を渡してくれた。

 

 ブルプラは奴隷の腕に残る何本もの古い傷跡に気が付いた。聞くと、未熟なポーションで治癒が完全に行われなかったときのものだそうだ。やはり、ポーションの出来不出来はあるらしい。

 

 思わず「大変だなあ」と感想を漏らすと、その奴隷は笑って「仕事ですから」と答えた。

 軽傷ならばこの程度、中傷ならばこの程度、と自分で傷の深さをコントロールできることが彼の――その奴隷の自慢であった。それが下手な奴隷では<軽傷治癒>を調べるのに深い傷を作ってしまい、傷を残すこともあるという。

 

「私は手加減が上手いんです。治らなかったら薬師の所為ですよ」

 

 奴隷は笑ってそう言った。

 昔は奴隷には拒否権は無く、傷をつけるのも対価を受け取るのも所有者たる薬師だったという。もし治療が失敗して奴隷が死んでも、所有者に相当する金額を支払えばそれで済んだらしい。

 だが、今では奴隷の地位は向上し、自分で金を貯めて自由な身分を買い取ることも可能だという。

 

「ありがたいことです」

 

 奴隷はそう言って、大切そうに金貨を仕舞いこんだ。

 

 薬師組合ではポーションの精製器や一般的な薬草の入手先を教えてもらった。

 ブルー・プラネットのポーション作成には必要のないものだが、ポーションを作っている振りもしなくてはならない。原料も無いのにポーションを大量に作成したのでは疑われてしまう。帝都の近くには薬草を自分で採集できる森林は無く、他の薬師は皆、業者から原料を買い付けているという。

 

「薬草の他に、錬金溶液の原料の仕入れ先も、教えていただけますか?」

 

 ブルー・プラネットは、あえて様々な原料を買い込んだ。さすがに市販の原料を全種類揃えるには資金が足りなかったが、それでも様々なポーションが作れるはずだ。

 

「色々と研究したいと思いまして」

 

 薬師組合で言った言葉――これは本心でもあった。ポーションの効果が不安定なことがあると聞いて、元・研究者としての好奇心が疼いたのだ。

 この世界の薬草はユグドラシルでは見たことが無いものも多い。そして、人は「生きて」おり、自由度は高い。ならば、ユグドラシルとも元の世界とも異なる、この世界独特のポーションも作れるのかもしれない。

――ブルー・プラネットはそう期待した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

(この1か月間は、色々と忙しかったな)

 

 ブルー・プラネットは充実していた。

 最初は低級なポーションから初め、徐々にその質を上げていった。最初は<軽傷治癒>のポーションだけだったが、<中傷治癒>に相当するものを揃えていった。

 

 錬金溶液の使い方もすぐに理解できた。元々、薬師/秘術師のクラスも修めている。ドルイド/トリエントで成長した残りの29レベルを振り分けた程度だが、それでもこの世界の薬師からすれば最高級の存在らしい。

 この世界の材料は知らないものばかりだったが、これは保存のため、これは効果を上げるため、これは味を消すため……と、すぐに覚えて使いこなせるようになった。

 

 この記憶力はブルー・プラネットが人間としてもつ専門性だけに因らなかった。スキルとして「薬品鑑定」や「薬品調合」をもち、それを意識すると新たに覚えた薬品の性質、それをどう使えば良いかが自然と分かり記憶に刻み込まれるのだ。

 コツが分かれば、この世界の薬師よりも遥かに手際よくポーションを作り出せた。MPの消費もなく、スキルの枯渇もない。購入した原料さえあれば作れるというのは便利なものだ――金が掛かるという問題に目を瞑れば。

 

 品質にも問題は無いようだった。

 むしろ、「ドルイドの秘術で作り出したポーション」で始めた薬師がいきなり高度な「錬金溶液と魔法で作り出したポーション」を扱うことに他の薬師たちが疑問を持たないよう、切り替えは意識的にゆっくりと行わなければならなかった。

 

 最初は薬師組合にポーションを降ろして販売してもらい、それで店を出す資金を得た。

 そして、1ヶ月が過ぎる頃には、ブルプラの店は「ドルイドの魔法を加えた、良く効くポーションを安く売っている店」として、それなりに有名になっていた。

 

「はい、ドルイド特製<軽傷治癒>なら金貨1枚、<中傷治癒>なら金貨6枚。錬金溶液と魔法で作った<中傷治癒>薬なら金貨8枚だよ」

 

 店を訪れた冒険者にブルプラたちが説明をする。

 この世界の錬金溶液で作ったポーションは、この世界の相場で売る。そして、ブルー・プラネットが作り出したポーションはそれより少しばかり安く。

 

 初めのうちは、同業者のやっかみもあった。製薬の秘密を聞き出そうとする者もいた。

 しかし、彼らはブルプラが語る薬草学の知識に感嘆し、やがては彼の弟子になりたいとまで言い出すようになった。当然、ブルプラは丁重に断ったが。

 

 一度、本物のドルイドが来たときは焦った。考えれば当然だが、この世界にはドルイドがいる。

 宗教の話は避け、しきたりについては「流派の違いですね」と誤魔化したが……金属製品を身に付けない等の基本はユグドラシルの職業ドルイドと同じだったおかげで切り抜けられた。

 

 徐々に毒消しや病気治療のポーション、その他に冒険者たちが求めるアイテム類――夜光性の液体、粘着性の糸、そしてそれらの中和薬等々――も店に置き始めている。

 

 しかし、あの町で見せた治癒・毒消し・病気治療・麻痺解除の効果を併せ持つポーションは売らない。それはこの世界には過ぎたものだ。裏では更に高度なポーションも開発しているが、公にするのは慎重にするべきだろう。

 ブルー・プラネットからすれば、今店に並べられているのは初心者向けのポーションに過ぎない。それでも、冒険者たちはそれに命を預け、なけなしの金で購入していく。

 

 売れ筋の「ドルイド特製ポーション」には原料が必要ない。その一方でポーションやアイテムはかなりの高額で売れる。おかげでブルー・プラネットたちは経済的にも潤っている。

 この帝都で冒険者が何人いるのか正確なところは分からないが、千人はいないだろう。彼らが皆、ブルプラの店でポーションを買うわけでもないし、それも毎日というわけではない。

 

 冒険者以外にも、学者や学生が買いに来ることもある。錬金術以外の技法を学びたいと言って様々な種類のポーションをまとめ買いしてくれる上客だ。

 上客と言えば、身なりの良い紳士がいた。彼はブルプラの顔をちらちらと盗み見し、不思議そうに首を傾げていたのでよく覚えている。エドレインタールからの追手か――そう警戒もしたが、「真意看破」で感情を調べてみると敵意の類は感じられない。感じられたのは、未知なものに対する強い好奇心と敬意だ。おそらく、ドルイドの薬師が珍しかったのだろう。

 その紳士は何度かに分けて来店し、結局は全種類を2本ずつ買ってくれた。その体はよく鍛えてあり、動きには無駄がなかった。まだ30代後半といった若さだが、引退した冒険者なのだろう。冒険を忘れられず、ポーションのコレクションをしているか――ブルー・プラネットはそう推測する。

 

 そういった上客を含めても、売れるのは1日に数本だ。しかし、毎日のように金貨数枚の収入があるのは明らかに商売として成功した部類に入る。

 贅沢をするつもりはないが、食事が良いものになり、このところシモベたちの体重が少し増えてきたようだ。ネットは若いから良いものの、ブルプラの方は……運動もさせるべきだろう。

 

 だが――ブルー・プラネットはその生活に満足しているわけではない。

 本当の目的を忘れたわけではない。

 目的――それは、自分が人間であった記憶を証明するナザリック地下大墳墓に戻ること。

 自分が何者であるのか、それすら不確かな状態では、この生活も虚しいものだ。しかし、残念ながら、未だにその手掛かりはつかめていない。冒険者組合からの連絡も目ぼしいものは無い。

 

 経済的な余裕が生じたことから、冒険者組合に追加で「珍しいアイテムの発見」に関する情報の収集も頼んだ。これは、ナザリックが盗掘され、その由来が「墳墓」であると分からないままにアイテムが流出している可能性を考えたためだ。

 だが、報告されるアイテムにはユグドラシルの残滓と思える物が幾つかあったものの、レベルは低く、ナザリックとは関係ないと思われた。

 

「ふぅ……」

 

 ブルー・プラネットは、溜息をつく。

 もうすでに宿暮らしではない。店舗として借りた建物の中で生活している。

 2階建ての小さな店で、シモベ2人が1階で店の番をしている。

 上の階は倉庫と居住用に使っており、そこにブルー・プラネットが居る。窓を塞いでいるために覗かれる心配はない。

 聴覚による警戒は怠らないが、樹の中で酔客のゲロや小便に怯える日々に比べれば気は楽だ。

 

 今日も店ではシモベたちが冒険者の相手をしている。

 仕事を覚えたために、特にブルー・プラネットが助けることも無い。厄介なことがあればアイテムを使って連絡するように言っているが、まだ、実際にそうなったことはない。

 

(では、見回りに行ってくるかな)

 

 2階に置かれた巨大な鉢植えに向かう。

 そこには、3メートル近いブルー・プラネットの身体を溶け込ませるのに十分な大きさをもった樹が部屋の大半を、それでも窮屈そうに占めている。

 樹を持ち込んでくれた業者は、その依頼に初めは驚いた。

 しかし、シモベたちの「ドルイドとして樹は外せない」という言葉に納得し、大家と相談したうえで床の補強を含めて全て手配してくれた――それだけブルプラの金払いが良かったということでもあるが。

 

 おかげで、ブルー・プラネットは樹に溶け込み、帝都を巡回するのには困らない。

 

「ごめんね」

 

 天井に枝を閊えさせ窮屈そうな樹に小さな声で謝り、「樹勢維持」(グリーン・メンテナンス)のポーションを注入する。そして、そのまま樹に歩み入り、溶け込む。

 

 ブルー・プラネットの脳裏に半径500メートルの範囲にある樹の状態が映し出される。

 その樹々には視覚と聴覚を代用するアイテムを既に仕掛けている。つまり、その範囲ならば樹の状態だけでなく、周辺の状態まで分かるのだ。

 樹々の中を意識体として移動すると、それにつれて視聴覚を共有可能な範囲も移動する。

 さらに遠い場所の樹々――意識の共有範囲外――からも、アイテムは設定されたキーワードを伝えてくれる。これは自分で見聞きするようにはいかないが、必要になったら樹々を伝って視覚と聴覚を共有できる範囲に行けばいい。

 

 疲れることを知らないブルー・プラネットは、折を見てはアイテムを通じた情報収集を行い、夜になると周辺に目撃者がいないことを確認して新たな樹々にアイテムを埋め込み、着実に自分の領域を増やしていく。

 いずれは帝都の大部分を覆うネットワークを構築する予定だ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

(今日も空振りか)

 

 自宅を兼ねる店の2階に戻ったブルー・プラネットは、溜息をつく。

 今日こそはと意気込んで巡回に出かけ、結局、成果なしに意識を自宅の樹に戻し、実体化する――これを何度繰り返したことだろうか。

 

 相変わらず、街には活気があふれている。

 相変わらず、冒険者は弱い。

 相変わらず、組合からくる情報には大したものは無い。

 

 夏が過ぎ、秋になったというのにナザリック地下大墳墓の調査には実りが無い。

 ただ、つい先日「強力なモンスター」に合致する情報として、リ・エスティーゼ王国の大森林で冒険者が「巨大な樹の魔物」と遭遇したという情報が入ってきた。

 巨大な樹の魔物――ナザリックの手掛かりにはなりそうにないが、その言葉に興味を惹かれた。

 冒険者組合に詳細な情報を頼んで数日間待たされたが、追加情報はほとんどなかった。

 

 曰く、

『依頼主に関する情報は非公開。依頼内容も非公開。チーム“漆黒”がトブの大森林で行動中、巨大な樹の魔物に遭遇したと報告。難度は不明。同地域においては30年前にもアダマンタイト級冒険者1チームとミスリル級2チームで協力して巨大な樹の魔物から特殊な薬草を採取した記録あり。今回の『樹の魔物』も同一個体と推測され、その場合の難度は120以上と推定される』

――それだけだった。

 

 ブルー・プラネットは落胆する。30年前に出現した「樹の魔物」ならば、2か月足らず前にこの世界に現れたはずのナザリックには、やはり関係無いだろう。「巨大な樹の魔物」は、ユグドラシルの<シャーウッズ>には腐るほどいた――同僚たちだ――が、それはずっと以前にキャラクター設定を変更して「巨大」ではなくなったし、すでにユグドラシルを止めたか、あるいは別な種族へと替えていた。未だにトレント種なのは自分だけだ。

 

 それにしても、また“漆黒”か――ブルー・プラネットは記憶を掘り起こす。

 

――たしか、美人で有名なガガーランとかいう女冒険者がいて、第3位階まで使いこなせるとか。

 

 第3位階で倒せる「巨大な魔物」とは、どんなんだよ! と、突っ込みたくなる。

 ユグドラシルのボスキャラは、魔法であれば第10位階を連発してようやく倒せるものだった。

 そういうボスキャラであれば「巨大な魔物」と呼ばれるのも納得だ。

 しかし、第3位階――樹の魔物へ放つなら<火球>だろうが、その効果範囲はたかが知れている。大して強化(ブーステッド)もしていない、あんな線香花火で倒せるものを「巨大」とは言わないだろう。

 

(まあ、人間と比べりゃ、10メートルもあれば十分に巨大か?)

 

 そう考えて自分の姿を見る。3メートルに満たない樹の化け物だ。「巨大」とは言えないが、この世界を蹂躙するには十分な力をもつ怪物だ。

 

(ナザリックに戻れたら……いや、戻ったら、何をしよう)

 

 初めのうちは、人間であった証拠を取り戻したら正気も取り戻せる――元の現実世界に戻る切っ掛けになるかもしれないと期待していた。しかし、今ではこの世界が自分の妄想ではなく実在することを信じかけており、それに伴って「現実に戻る」希望は消えかけている。

 

 では、「人間であった」ことを確認したうえで、化け物となった俺は何をするべきか。

――それが、このところブルー・プラネットの心に生じた新たな疑問だった。

 

 親しかった友人はかつてゲームの中で言った――「世界の1つでも征服しようぜ」と。もし彼がこの世界にいたならば、嬉々として世界を蹂躙し、征服していたかもしれない。

 同じことを言っていた別な友人――彼は現実社会に対する深い憎しみを抱えていた。

 彼ならば、この世界にその怒りをぶつけ、破壊していただろうか?

 それとも、彼が愛することのできる世界に作り変えていただろうか?

 その圧倒的な魔力を行使して。

 

 世界を征服すると言葉に出さずとも、世界を変えたいと願う友人たちは多かった。

 正義感にあふれる友人は「誰かが困っていたら助けるのは当たり前」と口癖のように言っていた。建前でさえその価値観が消えかけている世の中に対する苛立ちだったのだろう。

 では、彼がこの世界に居たならば――問答無用に「悪」を斬り、その超人的な能力を人々は畏れ、彼自身が「困りもの」となったかもな。

――ブルー・プラネットは苦笑いする。

 

 ギルド<アインズ・ウール・ゴウン>のメンバーは、一癖も二癖もある友人たちだった。

 そして、そんな彼らをまとめていたのがモモンガさんだった。

 彼は周囲の状況を把握し、調整する能力に秀でていた。そして、私利私欲に走ることなく、仲間の話に耳を傾け、よく考えて行動する、理想的なギルド長だった。サービス最終日に、何年も前にギルドを捨てた自分を誘ってくれた優しい男だった。

 

(彼ならば、この世界でも上手くやっていけるかもしれないな)

 

 この世界に放り込まれて数ヶ月が経つ。その間、右往左往するばかりだった自分を嗤い、ブルー・プラネットは部屋の中で宙を見つめる。

 

(モモンガさん……彼ならば、この世界でどう行動しただろうか)

 

 彼がこの世界に現れていたら――

 例えば「あの国、気に入らないから滅ぼしちまおう」と言うベルリバーやウルベルトを制し、「誰かが困っている」とお節介を焼きたがるたっち・みーを上手く誘導し、真に必要な解決策を提示していただろう。「ペロ」だの「ぷに」だの口走る変態どもを抑制し、酒池肉林に溺れることも無いだろう。

 少なくとも、今の自分のようにシモベを連れてウロウロとあてもなく世界を彷徨うことも無いはずだ。何かの目的をもって世界をまとめ上げる、立派な支配者になっていただろう。

 

 俺はこの世界で何をすべきか――ブルー・プラネットは溜息ををつき、答の無い問いを繰り返す。

 そして、シモベたちの様子をみて、問題が無いことを確認し、再び町へ巡回に出かける。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ある日、冒険者組合からの情報がやってきた。求めていた「墳墓」に関するものではなく、今回も「強力なモンスター」についての情報だ。

 

『リ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼにおいて、難度200以上の強力な悪魔が出現。多くの悪魔を率いて多数の国民を拉致。死者多数。“蒼の薔薇”と“漆黒”のアダマンタイト級2チームを中心とした作戦で撃退』

 

 相変わらず簡素な報告だ。

 そう思いながら組合からの使者に話を聞くと、彼は青ざめて恐るべき被害の噂を語った。事件は数日前に起きたもので、国家に縛られない冒険者の中には、実際に王国でその惨状を見て帝都に逃げてきた者もいるという。

 彼らは異口同音に、あの場に戻りたくないと言っているらしい。

 

――またしても王国での事件か

 

 青ざめた男を前に、ブルー・プラネットは苦笑する。帝国では、少なくとも表面上は、大した事件は起きていない。皇帝の治世が良いのか、社会が上手く組織化されているためか、それとも土地柄か……

 

「この帝国にも、帝都にも、いつその悪魔がやってくるか分かりません」

 

 震えながらそう呟く男の肩を、ブルプラは――ブルー・プラネットは軽く叩いて勇気づける。

 

「大丈夫ですよ。帝国にもアダマンタイト級の冒険者がいるのでしょう? それに四騎士だって、フールーダ様だっていらっしゃるのですから……」

 

 いざとなれば俺だって――そう考えながら、ブルー・プラネットは王国にも情報網を張り巡らせるべきかとも思案する。仮に「モンスターの出現しやすい地域」というものがあるのなら、異形種で埋め尽くされたナザリックもそこに出現している可能性だってあるのだ。

 

 たしか、最初にナザリックがあった場所は帝国と王国が接するあたりだった。その周辺を探索したとき、ナザリックはすでに消えていたが、それは王国内の別な場所に転移していたのかもしれない。

 

 組合の使者は帰っていった。

 ブルー・プラネットは、アイテムによるブルプラの支配を解き、思考に耽る。

 

 ナザリックが王国内に転移しているとしたら、王国も直に探索すべきだ。だが、ここから王国に行くのはかなり面倒だ――今の拠点から樹を伝って帝都を出て、そこから街路樹を利用して街道沿いに移動する。そして、上手く森があれば王国まで行けるが、その保証はない。

 魔力消費を考えなければ、帝都を出て人気のない街道から空を飛んで行くことも出来る。魔法を使った防空網はあるらしいが、第3位階程度のものでブルー・プラネットを感知することなどできはしない。

 

 だが、どこに行けばよいのか。まずは「王都リ・エスティーゼ」だろうが、それはどこだ?

 行き当たりばったりの旅では数日間かかる。その間、シモベは帝都に残すことになり、<獣類人化>の魔法が切れて折角の生活基盤を失うことになる。

 

(地図かあ)

 

 帝都に来る途中、交易商に地図のことを聞いてみた。だが、彼は「町から町への街道を伝っているだけですよ」と、地面に幾つかの丸を描き、それらを繋ぐ線を引いただけだった。

 帝都に着いて間もない頃、冒険者組合と薬師組合に周辺の地理を聞いた。彼らは帝都の中については教えてくれたのだが、その外の町との位置関係は非常に大雑把なものだった。

 

 あらためて夕方、冒険者組合に行って近隣諸国への道を尋ねてみる。

 組合の受付嬢は困った顔をして上役に話を伝える。上の階から降りてきた組合長はブルプラに「なぜそんなことを聞くのかね?」と訝し気に聞いてきた。

 

「ええ、ちょっと商売を広げるために交易を考えておりまして」

「うん? 街道沿いに行けば近隣の町に行けるが、それでは不満なのかね?」

「うーん、もっと遠くに行きたいんですが、護衛の冒険者さんはどうやって……?」

「大体の方角は分かるから、町から町へ、次の町への街道を確認して行くのさ」

「……もっと周辺の状況を一望できるようなものはありませんかね?」

「そういうものは将軍たちが持っていると思うが、一介の商人が手にして良い物ではないな」

 

 組合長は首を振り、2階に戻っていった。

 肩を落としたブルプラ達を見た受付嬢は「よろしければ、周辺の状況を確認するために冒険者を手配いたしましょうか?」と声をかけてくれた。

 話を聞くと、王都リ・エスティーゼまで冒険者に依頼して連れて行ってもらうことは可能だが、それにはかなりの日数がかかるという。

 樹を伝って移動することも、空を飛ぶことも出来ない冒険者たちなのだから当然だが。

 

(やめておいた方が良いな)

 

 冒険者を利用するなら、シモベを使う必要がある。何日間も共同生活をすれば、シモベたちの行動に違和感を持たれるだろう。途中で動物に変わったり、植物系モンスターに薬物を注入される依頼者を見たら、冒険者たちはどう行動するだろうか?

 

 今の自分の姿は「邪悪な樹の魔物」なのだ。こちらの説明が通じるとは思えない。

 万が一、ブルー・プラネットの存在が知れたら、その冒険者を“砦の牙”のように葬り去ることになる。その場合、依頼したブルプラたちが報告をすることになる。どうやって説明すればいいのか――ブルプラたちも元の獣に戻して「全滅した」という形にしたら、今までの生活基盤がすべて失われる。

 

「ありがとうございます。でも、今回は依頼はしないでおきますね」

 

 ブルプラは微笑んで受付嬢に答え、受付嬢は残念そうに「そうですか。それではまた」と会釈を返した。

 

――まあ、まだ王国にナザリックがあると決まったわけではない。

 いずれは探索に行かなければならないだろうが、まずは帝都で情報を集めてからでも良い。

 

(“蒼の薔薇”や“漆黒”が帝国にも来てくれたら、色々と話は聞けそうだが……)

 

 簡素な<伝言>を通じての情報よりも、直に王国内の魔物を倒している冒険者たちに話を聞いた方が詳しいことが分かるだろう。

 ブルー・プラネットはそう考え、今後の予定を立てる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 そして、その日は来た。

 

「なあ、ブルプラさんよぉ、聞いたか? あの“漆黒”が帝都に来てるってよ」

「ほぉ、そうですか。それは素晴らし……ゲフンゲフン……失礼、えっと、あの“漆黒”ですか?」

 

 店に来ている冒険者たちの他愛ない噂話に、ブルプラはいつも通り愛想笑いしながらも気の無い返事をする。

 そこにアイテムを通して会話を聞いていたブルー・プラネットの意識が乗り移った。

 

「そう! あの“漆黒”よ。黒い戦士モモンと美姫ナーベ!」

「え、あれ? “漆黒”の美姫はガガーランではなかったですか……?」

 

 店にいた冒険者たちは爆笑した。

 ブルー・プラネットは自分の記憶を掘り起こし、間違いに気付く。

 そう、「美姫ナーベ」だった。ナザリックの戦闘メイド、ナーベラル・ガンマと良く似た名前の――意図的に思い出すことを避けていたが、まさかこうも完全に忘れたとは。

 

 あまりにも都合の良い自分の記憶力に呆れながら、ブルー・プラネットはなおも腹を抱えて笑い続ける冒険者に尋ねる。

 

「はは、勘違いでした。“漆黒”! 是非お会いしたいですね。どこに行けば会えるでしょうか?」

 




やることないと暇だよね。

ちなみに、「ガガーラン=美人ぞろいの”蒼の薔薇”メンバー」をまだ信じてたり。

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