自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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都会に来たお上りさん。今度は殺さなくても済むように上手くやろう。


第17話 帝都アーウィンタール  【酔っぱらい注意】

 ツァインドルクス=ヴァイシオン――白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)とも呼ばれる巨大な竜は不快気に身を捩る。世界の目覚めと共に誕生した種族、竜たちの知覚が再び強力な魔力の奔流を感知したのだ。

 それは世界を汚す力――数百年前に世界が歪められて以来、時折現れる強者が放つ染み。

 先ほど感じたのは、大地を焼き尽くす灼熱の輝き。その合間に放たれた「死」そのものの闇。

 

 虫一匹生き残っておらず、後には草一本生えないだろうな――

 傷つき汚されたであろう大地を憐れんで、竜王は目を開ける。

 

 世界を汚す染みは広がり続けている。

 竜王は、父や祖父――世界を歪めた者との戦いに散った偉大なる竜王たちを思い起こす。

「この染みは、やがて世界を覆いつくすだろう」――預言者は言った。

 それでも世界の監督者を自負する長老たちは強大な敵との戦いに身を投じ、斃れた。

 

 白金の竜王は、ふぅ、と息を吐き、外の世界に思いを馳せる。

 人間たち――あの小さな生物は嬉々として歪められた魔法を使う。それが汚された力だと知らずに。それも仕方がないかも知れない。あの弱い者たちには生き残る力が必要だったのだ。

 眷属たち――幼い竜たちすら、今ではその魔法を使う。本来あるべき魔法に比べ、あまりにも安易なその力を。

 

 ユグドラシルとは何なのだろう? あの、空を切り裂いて現れた者達がいた世界とは……

 

 白金の竜王は再び目を閉じて微睡に戻る。意識を広げ、世界が上げる悲鳴を聞き取るために。

 だが、その知覚にも限界はある。古き友人が来たら調べるよう頼んでみよう。

 おそらく、あの魔力の奔流は吸血鬼かその仲間から放たれたものだ。傀儡の鎧に穴をあけるほど強力な……

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール。この大都市でブルー・プラネットとそのシモベたちは生活の拠点を築こうとしている。

 

 帝都までの旅は、宿場での滞在や野宿を含めて2週間ほどかかった。本来ならば数日で着く道程だったが、わざと時間をかけてエドレインタールからの追手を待ったのだ。“砦の牙”ではない。他の冒険者や衛兵たちが“砦の牙”殺人事件の容疑で追ってくる可能性だ。

 帝都に入ってからでは戦いの後始末が面倒だし、犯罪者として手配されているならば都市で騒ぎになる前に新しいシモベを調達する必要がある。

 薬師としての経験を積んできたブルプラ達を捨てて別のシモベに一から経験を積ませるのも面倒なので、ギリギリまではブルプラを温存したい。名前を変えれば別人としてやり直せる可能性もあるが、似顔絵を持っているかも知れない。追手が現れたら、その辺りの事情も分かるだろう。

――ブルー・プラネットはそう考えていた。

 

 しかし、追手は現れなかった。

 副都市長と衛兵長もポーションの存在を知っているのだが――ブルー・プラネットの心に不安が広がった。彼らまで殺したら大事過ぎるため生かしておいたが、何も無いというのが逆に気持ちが悪い、と。

 

 何も起きない日々が続き、無駄に緊張しているのにも疲れたブルー・プラネットの警戒心は徐々に緩んでいった。

 最初は、街路樹に仕掛けたアイテムで声を聞き、ブルプラたちはその近くに野営をさせていた。

 エドレインタールを離れて1週間が経つころには、自分の感覚だけに頼らず、街道の宿場にブルプラたちを置き、他の人々からの噂を集めた。

 

 宿場は、エドレインタールからだけではなく、様々な町や村からの街道が交わる場所にあった。

 エドレインタールからの旅人は、よくある喧嘩の不幸な結末である殺人事件について語った。目撃者の話によると、お互いに息絶えるまで何度もナイフで相手を突き刺していたそうだ。その薬師たちは金の貸し借りで以前から不仲だったらしく、重職の者が2人同時に死んだので町は大混乱だという。

 

 一方で、町の警備を助けていた白金級冒険者が行方不明であることも聞いた。冒険者が居なくなるのは特に珍しいことでもなく、何か急な依頼で町を離れたのだろうという噂だった。

 しかし、あまり長期間留守にしているようなら、代わりの上級冒険者が町に派遣される。

 ラザヌール卿が帝都から子飼いの者を呼ぶだろう。牙を抜かれた「砦の町」もいよいよお手上げだな――噂を聞いて、事情通らしい旅人は首を横に振りながら言った。

 

 新しいポーションの話は噂にも上っていない。

 あの町は混乱に陥っているらしい――ブルー・プラネットは、副都市長たちもポーションどころではないのだろうと納得する。

 

 安心したブルー・プラネットは、旅人たちからこの地域の情報を集めた。

 この辺りはバハルス帝国の中でも辺境であり、さらに東の方には魔物たちの国があるという。

 何それ――ブルー・プラネットは驚きながらも、人々の間では常識らしいその話に頷いた。

 この地域の宗教や伝承――四大神や八欲王といった神々、竜王、13英雄などの昔話――を聞き、さらに最近の怪異の噂を集めた。

 残念ながら、最近現れた巨大な地下迷宮――ナザリック地下大墳墓――についての噂は無かった。

 

 やはり、この周辺にはナザリックは無いのだろうかと落胆しつつ、アーウィンタールの冒険者組合の情報網に期待を寄せる。

 

 アーウィンタールからの旅人たちに帝都の様子を聞いた。

 相変わらず景気は良いよ、安心して旅が出来るのも皇帝様様だね――笑って答えたのは交易商だ。彼は冒険者を護衛に雇い、帝国内の各地を商売して回っているらしい。特に専門の商品があるわけではない。自分の目で良いと思ったものを買い付け、別の町に持っていって売る、そんな商売をしているという。

 彼に帝都での商売のやり方を聞くと快く教えてくれた。往来で店を開くには云々、注意すべき人物は云々、困ったら云々――人懐こい笑顔を浮かべた商人は細かいことまで、聞きもしないことまで教えてくれた。

 

「なるほど、為になります。それで、路上でポーションは売れますか?」

 

 薬師組合というものに関わりたくないブルプラの質問に、交易商は腕組みをして少し考えて答えた。

 

「うーん、ポーションは冒険者とのコネが大切だからなあ……あまり多くはないが、路上で自分の腕を切っては治してみせて、その場で売る怪しい薬師たちも、いることはいるよ。まあ、そんな奴らの売ってるものなんて信頼出来ないが、ともかく派手に騒いで人目を集めてカモを見つける商売だな。あんたらは、そんな商売に手を染めたらいかんよ」

 

 そうですか、そうですよね――ブルプラは礼を言い、この親切な交易商から何かを買おうとした。

 

「はは、気を遣わなくていいよ」

 

 あいにく今回の商材は織物だ。旅の薬師が買っても役には立たないだろう――交易商は笑った。

 

 その他にも宿場では多くの人から話を聞けた。商人だけではない。定期的に街道を巡回する兵士たち、修行中の職人たち、各種学院に向かう若者たち……彼らの語る人生や夢は様々だった。

 

 実力さえあれば平民出身でも皇帝の側近になれるんです――目を輝かせた若者がいた。

 第2位階の治癒を修めたので、故郷の困っている人を助けます――静かに述べる若者がいた。

 帝都で芸を磨きます――ある若者は楽しそうに踊りを披露し、宿場の皆で喝采した。

 

(この世界は……本当に若く……混沌としているなあ)

 

 ブルー・プラネットは心の中で溜息を繰り返す。

 元の世界では、社会は既に老衰の段階にあった。硬直した社会制度の中で人々は未来に託す希望も無く、決められた仕事に追われる日々だった。職場と家の往復の中で人付き合いは限られ、ネットの娯楽でのみ息抜きが許される、家畜の様な生活だった。

 あの世界と違い、この世界は可能性に満ちている――ブルプラは若者たちを眩しそうに眺めた。

 

 混沌とした世界――その感想は、アーウィンタールで極大となる。

 巨大な帝都において、人々の活気はエドレインタールの比ではなく、大通りは人々で溢れ、歩く者だけでなく駆けていく者、馬車で行く者も多い。商売道具を乗せた台車が引っ切り無しに通り、人々は互いに大声で呼ばわっている。静かな村、田舎町と比べてあまりにも無秩序で騒がしい。

 その騒音に、シモベたちは顔を歪めた。

 

「少し、落ち着いたところを探すべきだな」

 

 アイテムを通じて頭の中に響くブルー・プラネットの声に、シモベたちは何度も首を縦に振る。

 

 ブルー・プラネット自身も困っていた。

 エドレインタールに輪を掛けて、この町には樹が少ないのだ。それは、ブルー・プラネットがアイテムを通じて「キーワード」を収集することの困難さを意味する。

 

 ブルー・プラネットの本体は検問所のすぐ前にある街路樹に留まり、ブルプラの目で街並みを確かめる。

 通りには石畳が敷き詰められており、樹の生育を許す風ではない。また、忘れられた裏通りのような空間も無い。

 ブルー・プラネットは樹の中から感覚を使って樹木の多い場所を探し、実際にシモベたちを向かわせて周囲の状況を確認させ、そして意識を移す。

 

 最初に辿り着いたそこは、貴族の邸宅の敷地内だった。

 

(貴族の邸宅ならば情報は集まるだろう。しかし、シモベに質問させて情報を得るのは困難だな)

 

 次に樹木が並んでいる所に向かう。それは宿や酒場の多い通りだった。冒険者組合もある。

 

(ここは、旅人や冒険者が集まるところだろう。ここが第一の拠点になりうるな)

 

 そして、わずかに樹が生えている、あるいはほとんど生えていない場所。それは市場や工房、商店の並ぶ街だ。薬師組合はこの区画にある。

 

(ここは……駄目だな)

 

 この商店街には建屋が密集しており樹の生える隙間が無い。また、この辺りは地域の住民の生活の場であり、ブルー・プラネットが求めている「地下大墳墓」などの帝都の外の情報は期待できない。優先順位は最低となる。

 

 1日かけて帝都を回った後、シモベたちは宿に入り、ブルー・プラネットはその前の樹に意識を落ち着かせる。

 貴族の庭も捨てがたかったが、冒険者たちの集う区域からは遠く離れている。宿へは意識を移して移動する必要があり、面倒だ。シモベたちに<獣類人化>を毎日掛け、様子を確認して指令を下すためには、すぐ近くにいた方が良いという判断だ。

 

 宿の付近――この区画はそれほど人通りは多くない。その中でもブルー・プラネットが選んだ宿は最も人通りの少ない、静かな宿「木陰の憩い」亭だ。その名のように入り口を挟むように立つ2本の大木が日除けとなっている。表通りに面した樹であり、窓に枝が掛からないよう良く選定されているが、ブルー・プラネットが出入りするのには十分だ。

 宿泊料はやや高めだが、それは“砦の牙”からの金で何とかなる。革袋に入っていた硬貨だけで1年は何もしなくても楽に生活できる額だ。その他の物――宝石や魔法が掛かった指輪など――はブルー・プラネットからすればガラクタだが、ポーションの価値からみてこの世界では金貨数百枚にはなるだろう。

 だが、それを換金する手段はまだ良く分からない。それに、万一“砦の牙”の失踪との関わりを疑われても困るため、宝石類の換金は最後の手段とする。アイテムボックスに入れてあるユグドラシルの宝石も、文字通り宝の持ち腐れだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「疲れただろう」

 

 日没後、ブルー・プラネットは窓から侵入し、寛ぐシモベたちに声を掛ける。

 

「はっ! とんでもありません。まだまだ働けます」

 

 シモベたちは床やベッドに横たわっていた状態から飛び起きて跪く。

 

「いや、ムリはしなくていい。今、疲労回復のポーションを打つからな……明日以降も忙しいぞ」

 

 枝を伸ばし、ポーションを注入するとシモベの顔色に赤みが差し、目が輝く。やはり疲れていたのだ。1日中、うるさい街中を歩き回るのは酷だったのだろう。

 

「はいっ! なんでもお申し付けください」

 

 元気を取り戻した声を聞き、ブルー・プラネットは微笑む。

 明日も街中を色々と動き回らねばならない。とりあえずは冒険者組合に行き、エドレインタールで依頼した「地下墳墓」に関する調査結果を「木陰の憩い」亭まで届けてもらう手続きだ。

 そして、旅の商人が教えてくれたように街でポーションを売る手続きも予定している。

 

 やがて夜も更け、シモベたちは寝付く。それを見てブルー・プラネットは自分の仕事を始める。

 

 まず、必要な数だけシイの実のアイテムを生み出し、それにキーワードを設定する。

 今回のキーワードは2つ――「墳墓」と「遺跡」だ。アイテム1個につき設定できるキーワードは1つだけなので、1本の樹には2つを埋め込むことになる。

 

 この、通称「冒険者通り」の樹々の1本に枝が1つ増える。それは一瞬蠢くと消える。その隣の樹にも同じように枝が生え、消える。それが通りのすべての樹で起きる。

 帝都の夜だ。深夜でも人通りは絶えない。

 飲んだくれた冒険者が通る。だが、彼らは道端の樹の騒めきに気が付かない。仮に気が付いても、それが何か見当もつかないだろう――たとえ素面の時であっても。

 その枝はアイテムを樹々に埋め込んでいるブルー・プラネットだ。自然な樹に見えるよう魔法でカモフラージュしており、さらに見る者の視線を逸らす魔法も掛けている。

 

 「冒険者通り」の数十本の樹に全てアイテムが埋め込まれるのに5分間も掛からなかった。

 

(今日はとりあえず、この程度か)

 

 ブルー・プラネットは仕事に満足し、樹の中に入り込む。そして、早速情報を集めるために、酒場の隣に生えている樹の1本に意識を移し、聞き耳を立てる。

 

「――バジウッドがなんだっつーんだ! こわくねぇ、あいつなんかぜんぜんこわくねぇぞ……」

「おめぇちょっとのみすぎじゃねーかぁ???」

「るせぇ……っぷ」

「ほれいわんこっちゃねぇ、そとでやってこい」

 

 酔っ払い同士の会話だ。若手の冒険者が管を巻いているらしい。

 ユグドラシルでも酔っ払いに絡まれたことは何度かあり、正直、そういう存在は苦手だ。しかし、この世界の若者たちが夢を語り飲み明かすのを宿場で見てきたブルー・プラネットには、彼らの醜態すら微笑ましいものに感じられる。

 酒場から出てくる千鳥足の冒険者に、ブルー・プラネットは暖かな視線を送る。

 

 うぉぇぇぇぇぇ……

 

 足元に暖かな液体の感触が広がる。ブルー・プラネットの意識が宿る樹に若い冒険者は手をついて、その根元に飲んだものを吐き戻していた。

 

 ひぃぃぃぃぃ……

 

 ブルー・プラネットは声にならない叫びを上げ、その樹から霧が飛び去る。

 酔っ払いは、風も無いのにザワリとそよぐ樹を不思議そうに見上げ、飲み直しに酒場へと戻る。

 ブルー・プラネットは別な樹に宿る。すると、今度は足元で奇妙な音がした。

 

 カチャカチャ……シャー……ふぅっ……

 

 別な冒険者が立小便をしている。再び、ブルー・プラネットの足元に暖かな液体の感触が広がる。

 霧が樹から飛び去る。その冒険者は満足そうに股間を振るわせ、頭上の霧には気が付かない。

 

 ブルー・プラネットは、何故この「冒険者通り」に街路樹が多いのか、理解した。

 そして、決意する――樹に意識を宿す前に、周辺をよく確認しようと。

 幸いなことに、ブルー・プラネットは眠らないでも済む。この夜は、ひたすら「酔っ払いどもに被害を受けない樹」を探して意識を移しまくった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、朝早くからブルプラたちは冒険者組合に向かう。まだこの時間では冒険者たちも多くは集まっていない。“砦の牙”の件もあり、今、多くの冒険者に囲まれることは避けたかったのだ。

 

「はじめまして……エドレインタールから来たブルプラ・ワンと言いますが」

「はい、はじめまして、ブルプラさん。本日は何か御用でしょうか?」

 

 受付に出たのは、やはり女の2人組だった。エドレインタールの受付よりも垢抜けており、かなりの美人である。この世界においても受付は女性なのか、とブルー・プラネットは考える。

 薬師組合では組合長と副組合長がカウンターにいたが――まあ、仕事の内容によるのだろう。

 

「ええ、エドレインタールで調査を依頼していたのですが、こちらでそれを引き継げるというお話でしたので……」

 

 ブルプラは紹介状を取り出してカウンターに広げる。受付嬢の1人がその上下を逆に直し、内容を確認して微笑む。

 

「はい、こちらで契約期間内の調査はご報告いたします。報告先は……」

「『木陰の癒し』亭でよろしくお願いいたします。あと、エドレインタールからこちらに来るまで2週間かかったのですが、その間、何か新しい報告はありませんでしたか?」

 

 帝都までの旅の間、ブルプラたちは冒険者組合からの報告を受けていない。何か新しい情報があれば、と期待したのだが……

 

「はい、エ・ランテルでのアンデッド発生は前回お伝えしていますね……以来、『地下墳墓』に関する報告は届いておりません」

 

 受付嬢は滑らかな声で報告する。どうやら進展はないらしく、ブルプラたちは肩を落とす。

 

「そうですか……最近なにか目新しい事件とかの噂はありませんでしたか」

 

 地下墳墓以外にもこの世界での出来事を知っておくべきである、と考えていた。この世界の人々は本当に生きており、それはブルー・プラネットの考えの及ばない事件を引き起こす可能性がある。たとえそれがブルー・プラネットに直接関係無い事件であっても、この世界は活気に満ちており、好奇心を刺激するのだ。

 

「はい、そうですね……大きな事件というと、リ・エスティーゼ王国で強力な吸血鬼が発生したことくらいでしょうか」

「ほう、強力な吸血鬼ですか。それはどのような?」

「詳しいことは都市機密となっており、こちらでは……ただ、ミスリル級冒険者2チームで討伐に当たったそうです。1チームは全滅。もう1チームの活躍で退治され、生き残った冒険者はアダマンタイト級に昇格したということですよ」

 

 受付の女たちの言葉はあくまで滑らかだ。そして、ブルプラたちを見つめる目は期待を帯びている。

 

「よろしければ、この件に関しても詳しい情報を調査いたしましょうか?」

 

 これも商売だ。ブルー・プラネットは考え込む――ミスリル級冒険者と言ったら“砦の牙”の上のランクだ。ユグドラシルのレベルでいえば20台といったところか。それがアダマンタイト級になったところで……

 

「あれ? ミスリル級の上ってオリハルコン級ではなかったですか?」

 

 受付嬢の話に違和感を感じ、ブルー・プラネットは受付嬢に尋ねる。

 

「ええ、そうなんです。功績が大きかったために一気に飛び級したらしいですよ」

「ほう……それは素晴らしいですね。何というチームなんですか?」

 

 ブルプラの質問に受付嬢が答えるより早く、後ろで屯っていた冒険者たちが大声を上げる。

 

「そりゃ“漆黒”だろ! なんでもすげぇ美女がいるらしいじゃないか」

「ええ、そうです。“漆黒”ですね」

 

 冒険者の話に受付嬢が頷く。

 

「へえ、“漆黒”! 皆さんの噂になるくらいですから、お強いんですね」

 

 組合に集まり始めた冒険者たちがゲラゲラと笑う。

 

「そりゃそうよ、アダマンタイト級だぜ! ミスリル級でも化け物なのによ」

「おう、噂じゃ吸血鬼との戦いでアイテムを使って森の一部を焼け野原にしたらしいな」

「聞いた聞いた、その話! ありゃほんとかね? 人間業じゃねーって、それ」

 

 ブルー・プラネットは内心不快を覚える。笑われたからではない。それはこちらの失言だ。小さな町では白金級の“砦の牙”でさえ英雄だったのだ。国に1つか2つしかいないアダマンタイト級と聞いて「強いんですね」とは、あまりにも世間知らずだった……のだろう。

 

 だが、アダマンタイト級はユグドラシルでいう30レベル前後だろうと考えられる。たかが吸血鬼を倒すのにアイテムの力を借りなくてはならないのだ。ブルー・プラネットの基準では弱すぎて「初心者」のカテゴリーで括られる範囲だ。彼らを「最高峰」とするこの世界との認識の違いに注意しなければならない――その程度のことだ。

 

 不快に感じたのは「森の一部を焼け野原にした」という言葉に関してだ。かつてのギルド<シャーウッズ>の戦い、そして、この世界に来てすぐ、誤って大木を倒しかけたときの樹の悲鳴を思い出す。

 

(“漆黒”か……アイテムを使って森を焼くとは……自力で吸血鬼を倒しきれなかったために苦し紛れで放火でもしたのか? アンデッドの弱点は火だからな)

 

 村で湯を沸かすために魔法の火が使われていた光景が目に浮かんだ。この世界独特の魔法はユグドラシルの魔法とは異なり、弱い魔法であっても広範囲に影響を及ぼしうるのだ。

 強力なモンスターから人々の命を守るためなら、森を焼くことも仕方ないかもしれない。ブルー・プラネットは、不快ではあるがそう考えて我慢する。人間のために森を焼くのも、森を優先して人間を見捨てることも、立場が反対なだけで傲慢には変わりない。

 

 ユグドラシルと同じような魔法を使っているくせに、この世界の人間たちはあまりにも弱い。

 自分の死すら糧にできるゲームとは違って、死んだらそれっきり……リスクを取ることに限界があり、それゆえ成長が遅いのだろう。それは仕方がないことで、この世界の人間たちは「保護されるべき」存在なのだ。

 

(だが……それでも……会うことがあったら『森を大切に』と一度シメたらなあかん)

 

 ブルー・プラネットは冒険者チーム“漆黒”の名を脳裏に刻み込む。

 

「……それで、いかがいたしましょう? 詳しい情報は――」

「いえ、今回は必要ありません。ただ、強いモンスターが出現したという情報は欲しいですね」

 

 この世界の人間達がアダマンタイト級などと名付けたところで弱い冒険者には違いない。そんな者にブルー・プラネットの興味はない。むしろ、彼らが放火をせざるを得ない状態に追い込むモンスターの方に注目すべきだと考える。人間が再び森を焼く前に、ブルー・プラネットがモンスターを倒すという選択肢も考慮して。

 受付嬢に1か月間の調査を頼む。もうじき契約期限が来る「地下墳墓」と新たな「強力なモンスター」の2件で金貨3枚だが、今となっては痛い出費ではない。

 

 そして、受付の前に並べられたテーブルに着き、冒険者たちの噂話に耳を傾ける。仕事を見つけられない冒険者たちは、先ほど名が出た“漆黒”の話で盛り上がっている。

 

「あの女の方、すげぇ美人なんだろ? それで第3位階まで使えるんだからたまんねぇよな」

 

(ふん……やはり第3位階程度なのか)

 

 ブルー・プラネットは“漆黒”の評価をさらに下げる。アダマンタイト級と言っても“砦の牙”と大して変わらないではないか、と。

 

「リ・エスティーゼ中心で活動してんじゃあ、こっちまでは来ないかなあ」

「おう、会ってみてぇなあ……なんで王国の冒険者は美人が揃ってんだ?」

「そうそう、アダマンタイトっていやぁ、“蒼の薔薇”も美人ぞろいなんだろ?」

「美人ぞろいだが、やっぱり一番はリーダーのラキュース姫さんかな」

「俺としては双子を一緒にお願いしたいところだが」

「ボクはガガーランの姐さんだな、やっぱり」

「ははっ、『姐さん』か。まあ、頑張れよ。会えるといいな」

 

 周囲の冒険者はハハハと笑い、その若い冒険者の肩を叩く。熟練の冒険者がまだ年若い冒険者を励ます微笑ましい光景にブルー・プラネットの機嫌も良くなる。

 

(『姐さん』か……うん、年上キャラは良いよね。やはり成熟した女の魅力ってものが……)

 

 ブルー・プラネットは、「ペロ」だの「ぷに」だのと叫ぶ懐かしい友人たち、互いに認め合いながらもその点だけは分かり合えなかった仲間たちを思い出す。

 衰退していく社会では、繁殖を前提としない変態趣味が蔓延する。それが友人たちを見てのブルー・プラネットの考察だった。その一方、これから人口が増えていく若い社会では、子供を産むための機能――豊かな胸、大きな尻など――をアピールする女性が男たちの本能を強く刺激するのだろう。それが生物として健全なのだ。

 

 そして、受付嬢たちに目を遣って、この女たちもかなりの美人なのに、と思う。この世界では整った顔の人間が多い。その世界で「美人」と評される女は、一体どれほどの美人なのだろうか。

 

(ガガーラン姐さん、か)

 

 ブルー・プラネットの精神はそちらの方に惹かれていった。

 植物系モンスターとなった身体ではナニをすることも叶わぬだろうが、生物とは業の深いものだ――そう反省もする。

 

 いずれにしても、一度その美人を見てみたい。

 

(“漆黒”、ラキュース姫、“双子”、それに“ガガーラン姐さん”……うん)

 

 ブルー・プラネットはそれらの名を脳裏に刻み込む。

 そして、まだ名前の出ない“漆黒”の女の名を知りたいと思い、ブルプラを通じて冒険者に問いかける。

 

「その“漆黒”の美人さんの名は何というのですか?」

「おう、おっさんも美人にゃ興味あるか? そうだな、確か『美姫ナーベ』だったかな?」

 

 “漆黒”の「ナーベ」――ブルー・プラネットは、その名に何か引っかかるものを感じる。

 

「ナーベ……フルネームでは何と?」

「いやぁ、知らねーな。本人も『ナーベ』としか名乗ってないってよ。相方の『戦士モモン』と合わせて、つい最近、異国から来た経歴不詳の英雄だ。名前を明かせねぇ訳でもあるんだろうよ」

「……つい最近……異国から来た……その、『モモン』という戦士はどういう姿なんですか?」

「全身を黒で固めた戦士でな、巨大な2本の剣を目にもとまらぬ速さで振るうって話だぞ」

 

 教えてくれた男は、美人の話から話題がそれてちょっと興をそがれた様子だが、その口調には英雄に憧れる熱が残っている。

 

「エ・ランテルじゃあ溢れるアンデッドを一掃し、吸血鬼を森ごと焼き払う、ってよ!」

 

 周囲の冒険者たちも目を閉じて腕を組み、うんうんと肯く。

 

「ほぉ! エ・ランテルのアンデッド事件、それも“漆黒”が?」

「そうだぜぇ! いきなり現れた銅級冒険者が大活躍であっという間にミスリルに、それでアダマンタイトと来たわけよ! 憧れるわなあ!?」

「ほぉ……ほぉ……」

 

 ブルプラは――今はブルー・プラネットが身体を借りているが――目を白黒させる。

 黒い装備、巨大な剣、二刀流の戦士……特徴は弐式炎雷さんっぽい。そして伴には「ナーベ」。

 

――弐式炎雷さんが作り上げたメイドNPCは、たしか「ナーベラル・ガンマ」といった。

 

 ブルー・プラネットの心の中に、かつての仲間の一人の姿が浮かび上がる。

 しかし、名前は「モモン」だと……? モモンガさん? でも彼は戦士ではない。可能性は薄い。

 

(分からん……まったく分からん……)

 

 思考が渦を巻き、ふらふらとブルプラは立ち上がる。そして、覚束ない足取りで冒険者組合から出て、それを慌ててネットが追いかける。

 

(もし、弐式炎雷さんがこの世界に来ているのなら……)

 

 NPCを作る参考にと請われて貸してやった生物図鑑をペラペラと捲り「うわっ、これ何? ガガンボっていうの? キモッ」と言い放った友人を思い出す。何の参考にしたのか知らないが、彼はひたすら虫の名前をメモしていた。

 

 ブルプラたちが宿に戻り、ブルー・プラネットは万が一の可能性を求めて<伝言>を使う。

 相手は弐式炎雷だ。彼もまた、このモザイク状に入り混じった世界に巻き込まれたのだろうか、と考えながら。

 

『もしもし、弐式炎雷さん、ブルー・プラネットです。聞こえますか?』

 

 やはり返事は来ない。<伝言>が繋がった感覚も無い。魔力が紡がれる奇妙な感覚は虚しく宙を彷徨い、消える。

 そして、ブルー・プラネットは樹の中で意識体となったまま肩を落とす。

 

「ひょっとして、と期待したけど……やはり誰も居ないのか……」

 

 弐式炎雷に似た戦士も、ナーベラル・ガンマと似た名をもつ女冒険者も、他人の空似なのだろう。

 ユグドラシルによく似ているが微妙に違うこの世界で、偶然似た存在がいるのかもしれない。SFでよくあるパラレルワールドという奴だろうか。

 そもそも、ナーベラルは拠点防衛のための戦闘メイドNPCで、外には連れていけないはずだ。

 

 ブルー・プラネットは、意識の中で首を振る。未練を断ち切るために。

 この世界は「生きている」のだ。自分の妄想をいつまでも引き摺るべきではない、と。

 

 あえて“漆黒”の名は忘れることにする。これ以上心を掻き乱されないために。

 

(美人ならそれで結構! 帝都に来ることがあったら顔でも拝んでやるさ)

 

 かつてゲームで友人たちが作り上げた美女たちの姿を思い浮かべ、別な妄想に心を移す。

 

 シャルティア……ペロさん、それはアウトでしょ? そりゃお姉さんに怒られるって!

 タブラさんが作った「アルベド」は綺麗だったな。うん、彼は良く分かってた。

 それに、やまいこさんの「ユリ・アルファ」。あれはドストライクだったなあ。ダテ眼鏡と言うのがまたピンポイントで――おかげで酷い目に……いや、あれは誤解なんだってば……そんな意図はなかったんです……すべてペロロンチーノが……

 

(そんな目で見ないでください!)

 

 ブルー・プラネットは過去の思い出に引き摺られ、樹の中で意識体の首を振る。

 そして、しばし放心していた。シモベたちが心配して、アイテムを通じて声をかけてくるまで。

 




都会はおっかねえ。

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