自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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早く次の町に行きたいのに足止め食らった!
(ブルー・プラネット、心の叫び)


第16話 破滅 【殺害注意】

 薬師組合からの呼び出しを了承したものの、ブルー・プラネットは困惑する。

 

 彼らはどうやって我々が明日出立することを知ったのか?

 出立を伝えたのは冒険者組合だけだ。そこから薬師組合に連絡が行ったのだろうが、広場の樹からは「ブルプラ」のキーワードは入らなかった。組合間で直接のやり取りがあったとは考えにくい。

 

(それにしても、衛兵まで動かすとは……)

 

 ブルー・プラネットは、薬師組合の男たちを軽く見過ぎていたと反省する。そして、組合の裏側の樹に転移し、周辺に人がいないことを確認して、先日と同じように組合の内部の声を拾おうとした。

 だが、すでに時間外で薬師組合は閉まっており、誰も居なかった。

 ならば、明日、直接話を聞くしかなさそうだ、とブルー・プラネットは諦めて宿に戻る。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 そして、翌日の朝。

 薬師組合の2階に通されたブルプラとネットは、円卓についた年配の男たち――薬師組合の男2人に加え、見知らぬ男が2人――の視線を浴びる。

 

「おはよう、ブルプラ君、それにネット君。まずは席についてくれたまえ」

「おはようございます。お待たせしてしまったようですね」

「いや、ちょうど皆揃ったところだ。ささ、席に」

 

 組合長に促されるまま円卓についたブルプラたちに、組合長は笑顔で2人の男を紹介する。

 

「こちらは副都市長のアマス・ボルングールさん、そして衛兵長のガルブ・アングハーンさんだ。都市監督官のラザヌール卿はあいにく帝都に戻っていらしてね。今日はこの町の代表として御二方に同席を願ったのだよ」

 

 紹介を受けて、副都市長と衛兵長の2人はブルプラたちに挨拶をする。彼らも特に何かの思惑があるようでは無く、自分たちがなぜ呼ばれたのか、と言いたげな表情を浮かべている。

 

「えー、皆さんにお越しいただいたのは、こちらのブルプラ君のもつポーションについて話を聞いていただきたいからです」

「ふむ、こちらの……ブルプラさんのポーションかね? なにかそれが問題でも?」

 

 話を受けて、ボルングール副都市長はネステリム薬師組合長に質問をする。

 

「ええ、問題というか、副都市長と衛士長にご判断をいただきたいのです」

 

 副都市長は首を傾け、手ぶりで先を促す。

 組合長が頷いて話を続ける。今度はブルプラの方を向いて。

 

「君たちのポーションは……ドルイド魔法で作成したポーションだったね?」

 

 質問の意図を測りかね、ブルプラは無言で頷く。ドルイドの秘術と説明したはずだが、それがドルイド魔法とどう違うのか良く分からないし、「秘術」といっても植物系モンスターである自分の身体から抽出したものだ。

 そして、薬師組合長はブルー・プラネットのポーションを取り出し、机の上に置く。

 

「このポーションは臭いや色から見て植物性のものに間違いはない。だが――」

 

 組合長は一息ついて他の者たちを見まわすと、ブルプラに視線を固定し、声の調子を一段落として続ける。

 

「――このポーションは我が薬師組合で治癒と解毒の効果が確認されました。“砦の牙”の鑑定でも治癒と解毒、そして病気治癒に麻痺解除の4つの効果があると報告を受けています」

 

 ああそうか――薬師組合長たちは“砦の牙”から話を聞き、ポーションを入手したのか、とブルー・プラネットは理解する。

 ブルプラの出立も、冒険者組合から“砦の牙”に伝わり、そこから薬師組合まで伝わったのだろう――“砦の牙”の思惑と外れて大袈裟な話になってしまったが。

 

「なるほど、しかし、それは薬草を混合したものならばあり得るのでは?」

 

 アングハーン衛兵長が要領を得ないという顔で質問した。

 その質問を受けて、副組合長が説明する。

 

「はい、薬草を混合して複数の効果を持たせるのは一般的な手法です。しかし、その場合得られたポーションは効果が出るのに時間がかかります。ところが、ブルプラ君のポーションは即座に効果が出るのですよ。純粋に錬金溶液と魔法で作ったものと同等に!」

 

 同席していた役人たちから初めて驚きの声が上がった。

 

「いや、アセラスレインさん、それは本当ですか? 複数の効果をもつ即効性のポーションなど聞いたことが……いや、昔、竜王を封印した十三英雄がその血から万能薬を作ったという話はあるが、それは伝説に過ぎないでしょう?」

 

 衛兵長が驚いた声で副組合長に問う。そして、組合長が大げさに腕を広げて答える。

 

「ええ、私達も長年ポーションを見てきましたが、このようなものは初めてです。しかも、ブルプラ君は錬金溶液のポーションを知らなかった……そうだね?」

 

 問い詰められ、ブルプラは肯くしかない。ユグドラシルの原料とは違い、この世界の錬金溶液については知らないのだから。仮に否定しても、それでは錬金溶液について説明せよと言われたら余計に立場が悪くなる。

 

「君たちは、今は薬師らしい姿をしているが、薬師としての教育は受けていない。ドルイドとして、我々の知らない術でこの未知のポーションを作り出した」

 

 薬師組合長の熱弁は続いたが、そこで副都市長から手が挙げられる。

 

「待ってくれたまえ、ネステリム君。言いたいことは分かった。薬師ではないのに未知のポーションを売ったのだ、と。だが、効果は確認されているのだろう?」

 

 その言葉を聞き、ブルプラは用意していた登録証を机の上に広げる。

 

「ええ、そうです。先日、私は組合長たちの目の前で効果を示し、それでこれをいただきました」

 

 薬師組合長と副組合長が苦い顔をしてブルプラを睨みつける。

 

「ふむ、ならば特に問題は無いように思えるが……効果が無い物を売りつけるなら問題だが、薬師の教育を受けた者しかポーションを売ってはならぬという法も無いしな」

 

 衛兵長が腕を組み、肯きながら言う。

 

「それに、ブルプラ君はケラナック村を助けてくれたのだろう? 素晴らしいことじゃないか?」

「ほう、ケラナック村のことは小耳にはさんだだけだが……それもブルプラ君たちが? うむ、素晴らしいな」

 

 衛兵長と副都市長はブルプラ(こちら)側だ――人助けをしてよかったとブルー・プラネットは思う。

 だが、薬師組合長はニヤリと笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「ええ、そうなのですよ。素晴らしいことです。……ボルングールさん、私は別にブルプラ君を非難したいのではありません。ただ、彼の素晴らしい技術をぜひ我々にも教えていただきたいと」

 

 その言葉に、副都市長と衛兵長は深く頷く。

 

「それで、どうだろう? 私達はぜひ君に教えを請いたいのだが。もちろん秘密は守るし、報酬も……相応しい役職も用意できるよ」

「申し訳ございません。このポーションの製法は……その、秘密ですので」

 

 ブルプラは拒否するしかない。自分の正体を明かしたら社会生活が危うくなる。

 

「それは分かっている。だが、考えてくれたまえ。君のポーションでどれだけの人が救えるか」

「うむ、ブルプラ君、私からもお願いしたい。私も元冒険者でね。そんなに便利なポーションが出来るのなら、その価値は計り知れん」

 

 薬師組合長の言葉に、衛士長が同調した。副都市長も興味深そうにウンウンと頷いている。

 

「そう、君はケラナック村でこのポーションを大量に用意したというじゃないか。なぜだね? なぜそんなことが出来るんだね?」

 

 副組合長が追撃する――人助けなんてするんじゃなかったとブルー・プラネットは思う。

 

「それは……先祖伝来の秘伝がありまして」

「その先祖とは? まさかとは思うが、昔の邪法によるものかね?」

 

 組合長の「昔の邪法」という言葉を聞き、副都市長と衛兵長の表情が変わった。お互いに目配せして、ブルプラに向けられる視線には鋭いものが混じる。

 

「い、いえ、そんなことはありませんが」

「そうだろうとも。私は君のことを信じているよ。これは正しい手法で作られたモノだろう?」

 

 組合長が優しい声で、円卓に胸を擦りつけんばかりに身をかがめて、下から視線を送ってくる。

 

「そうですな……昔の邪法によるものなら……私としても見逃すわけにはいきません」

 

 衛兵長は首を横に振り、副都市長も然りと頷く。

 邪法を伝える者――過去に粛清された貴族の関係者がこの都市に現れたならば、現皇帝の追及は苛酷なものとなるだろう。それはこの都市自体の存続を危うくさせることは間違いない。

 

「だからこそ! 君のためにも製法を公開することが良いと心配してるのだよ!」

 

 ネスタリム薬師組合長は腕を広げて熱弁する。

 副都市長と衛兵長は、そんな組合長にも鋭い視線を向けた。

 

 副都市長や衛兵長を同席させたのはこのためか、とブルー・プラネットは理解する。

 やられた――なんとか切り抜けようと思案するブルー・プラネットの脳裏に閃きが走った。

 

「分かりました……私たちの技術は、先祖が古文書や遺跡を研究して発見したと言われています」

 

 溜息とともに、ブルプラは説明を始める。組合長に降参したような口ぶりで。

 

「ほう、やはり十三英雄の時代の?」

「いえ、そこまでは……ただし、古い時代の技術であることは確かでして――」

 

 周囲が頷いたことを確認し、ブルプラは言葉を続ける。

 

「――それで、私たちも新たな知識を得るべく、旅をしているわけです」

「うむぅ……昔の邪法によって作られたものではないならば、問題はない……のか」

 

 周囲から、誰ともなしに呻く声が聞こえる。

 確かに、遥か過去には優れたポーション技術があったという伝説がある。遺跡から強力なアイテムが発見されたという事例もある。一方で、過去に粛清された貴族が邪法を試していたという記録はあるが、それによって新しいポーションを発見したという記録は残っていない。

 特殊なポーションの製法を遺跡から発見したという方が、邪法によるという話より説得力がある。

 

 その場の雰囲気が少し和らいだのをみて、ブルプラは説明を続ける。

 

「それで、この周辺に遺跡があれば……と思ってこの地方に来たのですが」

「うん? いや、この地方にそのような遺跡があるとは聞かんな」

 

 副都市長が首を傾げる。

 

「ええ、そうらしいです……ですから、私たちはまた旅を続けようと思っていたところです」

 

 ブルプラの説明に一同は肯く。しかし、薬師組合長は追及を続ける。

 

「なるほど、知識の出所は分かった。しかし、材料は? 知識だけではモノは作れんよ?」

「普通の……薬草ですよ。ただ、混ぜたり加熱したりするのに秘伝がありまして」

 

 この世界の薬草の種類を知らない以上、「普通の」という言葉を使う。ユグドラシルのアイテムなら腐るほど知っているが、それがこの世界に生えているかというと、森の植生を思い出すに自信は無い。

 

「ほう、混ぜたり加熱したり、と……? だが、それだけではないだろう? この溶液には強い魔力も含まれている。ドルイドの魔法かね? それとも材料に秘密が?」

「ええ……魔法植物のエキスも使っています。それが技術のカギです」

 

 魔法と答えたら「では見せてくれ」となるだろう。特殊な材料で見せられないとするべきだ。それに「魔法植物のエキス」というのは全くのウソでもない。

――ブルー・プラネットは魔法詠唱者に鑑定を許した迂闊さを呪ったが、今更仕方がない。

 

「おお、魔法植物か! 13英雄の伝説では竜王の血という話だが」

「数十年前にも、封印された竜王の一部から……という噂を聞いたことはありますよ」

 

 衛兵長の話に副組合長が補足する。それ幸いとブルプラはその話に乗る。

 

「さすがに竜の血は無理ですからね。特殊な魔法植物を刈り取って……」

「特殊な魔法植物!?」

「……森の奥で見つかるものですけど」

 

 ブルプラの説明が苦しくなっていく。原料が特殊だという言い訳は良さそうに思えたが、詳しい設定までは考えていない。

 

「どんな植物だね?」

「ええと、そうですね……例えばこんな植物です」

 

 薬師組合長の言葉に応えて、ブルプラは胸に掛けられた首輪を見せる。ブルー・プラネットのスキルで作られた「幸運の首輪」を。

 

「おお、これがその原料かね。ちょっと見せてもらってよいかね?」

 

 ようやく目当ての物を探り当てた薬師組合長が、満面の笑みでブルプラの首輪に手を伸ばす。

 

「ええ、構いませんよ……」

 

 ブルプラは胸から首輪を外して組合長に手渡した。

 組合長は副都市長や衛兵長と目を合わせ、首輪を円卓の上に置き、その上に手をかざす。

 

<付与魔法探知>(ディテクト・エンチャント)

 

 組合長が魔法を唱えるのを聞き、ブルー・プラネットは「お前もかい!」と心の内でツッコミを入れる。先日自分で鑑定しなかったのはなぜなのかと。

 ブルプラの内心の叫びを無視し、組合長は歓喜の声を上げる。

 

「おお、確かに魔法植物だ。だが、こんな植物は見たことが無い」

「これはポーションの原料にはならないのですが、他の……何種類かの魔法植物を使います」

 

 ブルプラはそそくさと首輪を回収する。特に首輪が惜しいわけではないが、それを煮てもポーションが出来るわけではない。何故ウソをついたのかと事態は悪化するだろう。

 

「では、ポーションの原料になるものを見せてくれるかね?」

「今、手元にはないのですが」

「そうか、では、次回の採集には連れて行ってほしいものだ」

「この周辺では……ちょっと採集が難しいのですが」

「だが、君たちは最近も“砦の牙”のために新しくポーションを作ったのだろう?」

 

 詰んだ――事実を突きつけられ、ついにブルー・プラネットは言うべき言葉を見失う。

 

「よし、決まりだな。魔法植物の採集に危険はあるかね?」

「この周辺にはそのような魔法植物は自生していなかったと思うが……」

 

 組合長ネステリム、副組合長アセラスレインが魔法植物について質問してくる。

 ブルプラ――ブルー・プラネットは仕方なく、その場しのぎの作り話で答える。

 

「ええ……自然のものではなく、森で召喚します。危険な魔物なので、ドルイドの儀式で……その、眠らせてですね」

 

 儀式による魔物の召喚――それを聞き、副都市長や衛兵長の顔が再び顰められる。

 

「ふむ、植物系の魔物か。ならば冒険者を付けよう。出来れば捕獲してみたいものだな」

「……それは非常に危険なのですが」

「どんな魔物だね? 難度はどの位かね?」

「難度は分かりませんが、ともかく……そう、トレントってご存知ですか?」

「おお、トレントかね。ならば……」

「いえ、ただのトレントではなく、邪悪な変異種で……」

「ええぃ、話では分からんな。ともかく見てみないことには……材料の残りはないのかね? 切れ端くらい残っているだろう?」

 

 副都市長と衛兵長は呆れた顔でブルプラと組合長、副組合長の言い合いを眺めている。

 

「ネスタリムさんも、アセラスレインさんも、ちょっと落ち着いて……」

「ブルプラさんも……私としては、危険な魔物を召喚するのは避けてほしいのだが」

 

 副都市長と衛兵長は穏便な方向に収めるつもりらしい。2人の立場を考えれば当然だが。

 

「分かりました。それでは原料の残りを組合で確認するということで今日の所は……」

「う、うむ。分かった。では、原料の残りを見せてもらうということで……」

 

 ブルプラが何とか幕引きに持っていき、それに組合長たちも同意する。

 結果――ポーションの原料を薬師組合に見せ、その上で魔法植物の捕獲の可否を考えることで決着した。

 薬師達は副都市長と衛兵長に礼を言い、ブルプラは滞在の延長を約束させられて会合は終わる。

 薬師達はブルプラに警告する。原料も見せずに無断でこの町を去ったら“砦の牙”に追跡を頼む、と。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 宿に戻ったブルー・プラネットは「魔法植物のサンプル」の入手を考える。

 面倒な会議を切り抜けるための方便だったが、約束してしまった。自分だけなら簡単に逃げられるが、2人のシモベを連れて追跡者を撒くのは面倒だ。

 

 身近に入手できる魔法植物と言ったら、それは自分の身体だ。他の回復系スキルをもつ植物系モンスターを召還することも考えたが、どうも自分に忠誠を捧げる相手の身体を使うのは気が引ける。それに、問題のポーションを分泌したのは自分なのだから、責任は自分にある。

 

 枝の先端を伸ばして治癒のポーションを分泌する瞬間、ナイフで切り取ることにした。

 その案を告げるとシモベは泣いて止めたが、これは必要なことなのだと言い含めてようやく納得させる。

 

 まずはナイフの調達だ。商店街を歩いてナイフを探す。特に、ドルイドに相応しい、非金属製のものを。そして見つかったのが火打石でできたナイフだ。刃渡り10センチほどで、透明感のある灰色の刃は形こそ歪だが、良く磨かれていて十分に鋭い。

 

 これを持ち帰って試してみる。

 左手の小枝を折り曲げ、そこに右手で持ったナイフを添える。そして――

 

 パシッ

 

 刃を枝に食い込ませようと力を込めた瞬間、硬い音が響き、ナイフが砕け散る。

 以前、大木を殴りつけても何の痛痒も感じなかった自分の肉体に再び驚かされる。

 自分の心の奥底を探り、自分の肉体を支えるスキル……「上位物理無効III」と「武器破壊V」が効いていることを確認し、それらを意識によって停止する――気持ちを切り替えてリラックスするような感覚だが、心の奥で何かが「カチリ」と切り替わったことを実感する。

 

 そしてナイフに<修復(リペア)>を掛けて修復し、再度チャレンジする。

 

 スキルを切った効果はあったようだ。今度は刃は折れずに、枝の先に食い込む。

 しかし、刃をどけてみると傷一つない。ゴリゴリと切り付けると、金属を擦り合わせるような硬質な音が響く。

 

(そういえば、俺の身体は「生ける鋼」だしな)

 

 ブルー・プラネットが修めるドルイド職は金属製の鎧を身に着けない。そこでブルー・プラネットは身体自身を鎧とするために材質を設定し、硬度を上げている。そして、その設定は「スキル」ではなく「設定」なので変更が効かないのだ。

 

 金属並みの硬度を持つ肉体に負けないよう、ナイフの質を向上する。

 

 ナイフにドルイド魔法<金剛石の祝福>(タッチ・オブ・アダマンタイト)を掛けると刃身が灰色から青黒く変わり、枝先で弾いてみるとキンと澄んだ高い音を立てる。さらに、魔法的強化を加えるために<破壊の精髄>(エッセンス・オブ・ディストラクション)を作り出してナイフに振りかける。火打石では材質がポーションに耐えられないが、アダマンタイト製であればもつはずだ。

 

 黒く滑るポーションが刃の表面を覆い、無数の小さな稲妻に変わってチリチリと音を立てる。

 金属製品を使えない自分(ドルイド)に代わり、ネットに命じて枝にナイフを振り下ろさせる。

 

――成功だ。

 枝の半分ほどに切れ込みが入る。そして、この世界に来てから初めて感じる、まともな痛みがブルー・プラネットの顔を歪ませる。シモベたちが、とくにナイフを持つネットが心配そうに見上げた。

 ブルー・プラネットが促し、ネットは再び切りつける。枝は完全に切り離された。

 

「おー、採れた採れた」

 

 ブルー・プラネットは切り離された小枝を眺める。そして、痛む指先――枝先――を見つめる。

 一滴の血も出ておらず、切り口はまさに植物のそれだ。

 切り傷を癒そうと、自分の体に<常緑の癒し>(エバーグリーン・ヒール)を掛ける。

 

 痛みが消え、枝の先端が復活する。

 同時に、切り離された小枝も消える。

 

「意味ないやろっ!」

 

 指一本を切り落とした努力が無駄になった――思わず癇癪を起してブルー・プラネットは叫ぶ。

 その叫びにシモベたちは蒼ざめ、ひれ伏し、ブルー・プラネットは彼らの気を取り直させるために気付けのポーションを注入する。

 そして、しばし考え込み、再びネットに命じて小枝を切り取らせる。

 

 夜を待ち、霧となって窓を抜け、ブルー・プラネットは外の樹々を転移して町を出る。

 町の外には草原が広がっており、地面の所々から石が顔をのぞかせている。

 そこに生えている樹から出現したブルー・プラネットは、切り取られた小枝を石の上に乗せて上から殴りつける。

 

 バンッと大きな音が響き、土台の石が砕け散る。何度も石を替え叩くが、その都度石が砕ける。

 

(完全に叩き潰してしまえば元に戻らないんじゃないかと思ったが……丈夫すぎるのも困るな)

 

 小枝は表面の薄い表皮がわずかにこそげ落ちただけで原形を未だに保っている。それを摘み上げてしげしげと眺めたブルー・プラネットは、不意に笑い出した。

 

(なんだ、消えるんならそれでいいやん)

 

そして、「再生」(リジェネレーション)のスキルを止め、「痛み止め」のポーションを自分に注入すると、再び宿に戻っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、夕方になり薬師組合が閉まる直前になって、ブルプラとネットは組合に現れた。

 

 ネステリム組合長とアセラスレイン副組合長は突然の訪問に驚くが、「例のポーションの原料の一部です」という言葉とともに差し出された見慣れぬ植物の切れ端――トレントとも違う奇妙な蔦状の物体――を満面の笑みで受け取る。

 そして、ブルプラたちとともに2階に上がり、魔法で鑑定する。効果は分からないが、確かに強い魔力を帯びていると認定された。

 彼らのナイフでは枝を削り取ることが出来なかったので、切り口をそのまま口に含む――あの緑色のポーションと同じ苦みがネスタリムの舌を痺れさせた。

 

 間違いない。これがあのポーションの原料だ――そう確信して頷いた2人は、ブルプラの言葉に仰天する。

 

「次の採集ですが、明日の朝、日が昇る前に森で儀式を行おうと思います」

「ま、待ってくれ。さすがに明日では冒険者の準備ができん」

「しかし、明日を逃すと、今度は月の巡りからまた何ヶ月も待たなくてはならないのです。捕獲の可否の検討は、次回で良いのではないですか?」

「それは、いつになる?」

「星の巡りを計算しないと分かりませんね。では、儀式の準備もありますので」

 

 ブルプラとネットは礼をして退出する。

 2人のシモベたちが去った後、薬師組合の会議室の窓から組合長たちの慌てた会話が漏れる。

 

『明日だと!? 今から冒険者組合に行って間に合うか?』

『無理だろ。トレント変異種の捕獲だろ? こんな枝1つで難度は分からん。依頼しようがない』

『では、どうする? 次って、いつになるか分からんぞ?』

『明日ってのは、俺たちに儀式を見せないためのハッタリだろ』

『ああ……だが、それを言っても仕方がない。明日、奴らが原料を採ってポーションを作れば、当分は儀式を見る機会もなくなるぞ』

『じゃあ……やはり明朝奴らを追うしかないか』

『では、また“砦の牙”に頼むか……』

『ああ、今度は俺も付き合うよ』

『ありがたいな。じゃあ、飯時にうちに来てくれ』

 

 なるほど――外で話を聞いていたブルー・プラネットはほくそ笑む。

 薬師組合長は“砦の牙”との個人的な繋がりがあり、それを使うらしい。個人的な依頼であるなら実に好都合だ。冒険者組合の手助けは今後も必要になるだろうから揉め事は起こしたくない。

 

 そして、深夜3時ごろにブルプラとネットは宿の主人に金貨2枚を担保として魔法のランタンを借り、宿を出る。

 薬師達の話から、宿に“砦の牙”が同行を求めて来るかと予想していたが、彼らは来なかった。

 シモベ2人は「旧砦」を迂回して山岳地帯に向かい、森に入る。

 

 森の奥深くに踏み入れてから小一時間経った頃、ブルプラとネットはやや開けた場所で荷物を下ろし、誰も居ない空間に向かってランタンを向け、声をかける。

 

「皆さん、姿を現して構いませんよ。居るのは分かっていますから」

 

 ブルプラの視線の先――やや間をおいて空間が揺らめき、“砦の牙”の5人が姿を現す。

 

「どうやって分かったのですか?」

「透明看破のポーションを飲んでますから。それに、樹の陰に隠れても<静寂>(サイレンス)では臭いを消せませんからね」

 

 イハエグリストがにこやかに質問し、ブルプラも微笑んで答える。

 

「へー、さすがはドルイドだね。魔法に詳しいんだ?」

「鼻もいいんだな。大したもんだよ」

 

 魔法詠唱者ホルスァペスが感心したように言い、盗賊――ミグミーエは「罠の専門家」という呼び名を好む――も褒めつつ、不満げに隣の大男、ノルンベリアを睨む。

 

「なあ、俺か? 俺が臭うのか?」

 

 ミグミーエの視線を受けたノルンベリアの問いかけに、ブルプラは首を横に振る。

 

「いえ……森の中では私を誤魔化すことなど、誰にも出来ないですよ」

 

 冴えない風体の薬師の嘲りに、それまで軽口を叩いていた白金級の冒険者“砦の牙”を覆う空気が険しくなった。

 

「それで、魔法植物の召喚儀式はまだなのかね?」

 

 イハエグリストが低い声でブルプラ達に問いかける。

 

「ええ……もともと原料採集はしないつもりです」

「ん? どういうことかね?」

「だって、原料を採集したら次は『作って見せろ』というでしょう? 申し訳ないけれど、それはお見せできないんですよ。でも、それでは、薬師組合のあの2人は私たちを離さない」

「んん、まあ、そうだねえ」

 

 ナエグニーベンが困ったものだと言いたげに頭を掻く。

 

「あなた達が忍んで来たのも、あわよくば『ドルイドの秘儀』を盗み見るためでしょう?」

「はっはっは――」

 

 イハエグリストが大声で笑い、髪を後ろに撫でつける。

 

「――いかにも、いかにもその通り。そうなんだよ。……で、見せてはくれないのかね?」

「申し訳ありませんが、ね。それに、魔法植物を召喚したら、私たちを殺すつもりでしょう?」

「それは君、考え過ぎ――」

「いえ、魔法で分かりますから。私たちは召喚失敗で死に、原料の魔物を同行した冒険者が捕らえた、とするつもりですね?」

 

 心を見透かすようにブルプラが問いかけ……そして頷く。

 イハエグリストは苦笑して肩をすくめて答えた。

 

「ああ、魔法か……次にドルイドと戦うときは気を付けるよ。うん、そうなんだ。君たちのことは気の毒だとは思ってるよ」

「しかし、あなたたちは私たちのポーションを広めないで欲しいと……」

 

 ブルプラは先日の会話を思い出し、イハエグリストに質問した。

 

「そりゃ、何も知らない余所者がとんでもないポーションばら撒くのは反対しますよ」

「その点、ネスタリムなら世渡り上手だからな」

 

 イハエグリストに代わり、後ろからナエグニーベンとミグミーエが説明する。

 

「……皆さん、ネステリムさんとは仲がよろしいのですね?」

「ガキの頃からの付き合いだからな。それで、そこまで分かっていて、どうしてここまで?」

「そうだよ。魔法を見破れるなら、せめて人通りの多い所で逃げりゃいいのにさ。わざわざ山の中まで……」

 

 “砦の牙”の問いに、ブルプラは冷たい目をした微笑みで返す。

 その表情の意味を察した“砦の牙”は剣を抜き、身構える。

 こいつらは最初から俺たちを殺すつもりで深夜の山中に誘い込んだのだ――そう理解して。

 

 目の前にいるのは武器を持たないただの薬師2人。しかし、すでにポーションやドルイド魔法で何らかの強化しているはず……迂闊に踏み込むのは危険。

 罠……ミグミーエが確認済みだ。

 魔法……ホルスァペスが<静寂>の準備に入っている。

 警戒すべきは未知のポーション……何か瓶を取り出したら優先的にその行使を防ぐ。投げつけて来たら回避する。

――ブルプラとネットを見据え、“砦の牙”が戦力を分析する。

 

 ホルスァペスが<静寂>を唱え、ミグミーエが催涙粉の布袋を投げようと構えたその時――

 その腕を後ろから掴まれ、盗賊は叫ぶ。同時に横にいた神官も。

 間をおかず、魔法詠唱者と前衛の戦士2人も――“砦の牙”は突然空中に吊り上げられた。

 “砦の牙”たちは自分の身を絡めとり空中に持ち上げたものの正体を見極めようと身をよじる。

 

 いつの間にか、彼らの背後には樹の化け物が立っていた。

 ブルプラが掲げるランタンの光を受けて闇夜に浮かび上がる樹の化け物は“砦の牙”が初めて見る種類の魔物だ。まるで人間の目のように2つ並んだ穴、そしてその下の口のような亀裂に炎を宿した樹の化け物は、胴部から伸びる無数の蔦でこの町最強の冒険者たち“砦の牙”の両腕を絡めとり、持ち上げている。

 

「うぐっ!」

 

 樹の化け物の腕から伸びる蔦の1本が体に刺さり、そこから注入される冷たい液の感触にホルスァペスが呻いた。

 

「<伝言>を飛ばされると面倒だからね。魔法は封じたよ」

 

 軋むようなその声を聞き、ホルスァペスは慌てて魔法を唱えようとする。

 

「<フぁイやーボーる>……な、なんで? <ふァイやーぼール>……くそっ!」

 

 声は出る。声は出るが、魔法の詠唱にならない。ホルスァペスは体内の魔力の流れに乱れを感じる。

 

「こ、こんなことが!?」

 

 魔法を封じる、魔法詠唱者の天敵のような魔物はいくつか知られている。だが、それらは<静寂>などによって詠唱をかき消すものが多く、詠唱者の体内の魔力をかき乱して魔法行使を不可能にする魔物など、ホルスァペスは聞いたことが無かった。

 そして、彼はもう一つの恐るべき事実に気が付く。

 敵からの声が聞こえた――<静寂>は抵抗された。魔法戦では今の自分たちは一方的に不利だ。

 

「これか! これが貴様の召還した化け物か!」

 

 イハエグリストが叫び、ブルプラとネットを睨みつける。

 絡みつく蔦を振り払って何とか剣を振るおうともがくが、その蔦は見た目と反して鋼鉄のように固く、全身の力を使ってもびくともしない――ただのトレントではない。

 怪力自慢のノルンべリアも腕を締め上げられて斧を取り落とした。

 

 イハエグリストは咄嗟に自由な手首を使って愛用の刺突剣を逆手に持ち替える。

 ランタンの光を反射して剣が半円の軌跡を描き、腕に絡んだ蔦に突き立てられた。

 

 パシッ

 

 蔦に切っ先を食いこませた瞬間、イハエグリストの剣は軽い音と共に弾け飛び、破片がパラパラと地面に落ちる。

 

「逆だよ。私がこの2人を召還したんだ……というか、創造したんだ」

 

 イハエグリストの攻撃をまるで気にせず、樹の魔物が裂けた口から言葉を発する。

 その言葉を聞いてブルプラとネットは跪き――“砦の牙”は魔物を見上げる2人の表情に場違いな悦びが満ちているのを見た。

 

 今や完全に蔦に絡みつかれ、手首まで自由を奪われた“砦の牙”は絶句する。

 この樹の魔物には知性がある。そして、目の前の薬師たち――この数日間、接してきた者たちは魔物に創造された存在だという。

 

「お、お前は……」

「ああ、説明は面倒なので勘弁してくれ。逆に、私が幾つか質問する。早く終わらせよう」

 

 邪悪な表情を浮かべた樹の冷たい声を聞き、ミグミーエは呻き、体を激しく捩った。

 

「君は、まあ、いらないかな?」

 

 樹の魔物が<苦悶の茨>(ソーン・ヴァイン)を唱えると、ミグミーエの身体から幾つもの巨大な剣が飛び出す。胸を切り裂き、背中を貫き、頭蓋を突き破って。

 彼の体に巻き付いた蔦から剣の様な棘が無数に出現し、それが彼の身を貫いたのだ。

 一瞬激しく痙攣した後に動かなくなったミグミーエの身体から蔦が離れ、彼の身体が地面にどさりと落ちる。その身体に開いた幾つもの穴から血が静かに流れ出て緑の大地を赤く濡らした。

 

 柔らかいな――そんな感想を抱きつつ、ブルー・プラネットは“砦の牙”の残りに視線を戻す。

 

「それで、質問だが……まず君たちは『ユグドラシル』というものを知らないか?」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一通りの質問が終わり、ブルー・プラネットは頭を抱えた。

 やはり、この世界はユグドラシルを知らない。そして、“砦の牙”にはプレイヤーでもなくNPCとして作られたという自覚も無い。彼らは彼らの人生を語り、命乞いをした。

 

 皆、この町で生まれ育った、幼き頃からの友であったこと。

 長じてお互いの道を決め、ある者は都会に学問を修めに、ある者は兵として剣の才能を認められ、各々がその才能を伸ばすために必死で研鑽を積み重ねたこと。

 そして才能の限界や辺境出身という社会の枠に打ちひしがれ、故郷の英雄の道を選んだ経緯。

――すべてがブルー・プラネットの想像する「人生」を超えていた。妄想でも設定でもなく。

 

 ブルー・プラネットは沈黙を破り、彼らに語る。

 

「分かった。お前たちは『生きている』のだな……だが、お前たちを逃がすわけにはいかんな……」

 

 せめて苦痛のない死を、とブルー・プラネットは枝の先端に赤く濡れた葉を出現させる。そして、ノルンべリアの……少し迷って、右腕に貼り付けた。その葉をもう1本の枝の先端がトンと叩く。

 

「ヒュッ……」

 

 吃逆のような音を立ててノルンべリアの呼吸が止まり、目を見開いたまま動かなくなる。対象の属性に関わらず即死効果を付与するスキル、「竜血の葉」だ。貼りつけてタップする、2段階の手順が必要な分、即死効果の成功確率は比較的高く、“砦の牙”程度であれば抵抗はほぼ不可能だ。

 

 イハエグリストが目を瞑り、幼馴染であるテギング‐ノルンべリアの最期に嗚咽する。

 その彼に向かって、ブルー・プラネットは胴体に生やしたヤドリギを取り、右脚に突き刺す。

 

「ぐぶっ……」

 

 イハエグリストの身体が電撃に打たれたように痙攣し、動かなくなった。

 

「ふむ、『竜血の葉』も『神殺しの矢』も効くんだな……部位は関係ない、と」

 

 自らのスキルの実験台に「生きている」と認めた人間を使う――その行為を理性では非道だと認めながら、ブルー・プラネットの感情にはそれを止める何物も沸いてこない。

 

(血も涙もない怪物か……)

 

 ブルー・プラネットは自分で切り取った枝の先端に目を遣る。

 そして余計な考えを心の底に押し込めて、目の前の、必要なことを続ける。

 

「それで、残るは魔法詠唱者と神官だな……お前たちは魔法を使えるのだろう?」

 

 親友たちの死体を地面に降ろした魔物の問いに、2人は必死で頷く。

 

「お前たちの魔法は、どこでどうやって覚えたのだ?」

「はひ……わはひはてひとのまひょうぎゃくいんで……」

 

 ホルスァペスは歯の根も合わぬほど震えながら答える。

 

「魔法学院? いや、そうではなく、そもそも魔法はどうやって生まれたんだ?」

 

 ブルー・プラネットは「沈静化」の薬液を魔法詠唱者に注入し、問い直す。

 

「は、はい……魔法は古代、大いなる八欲王によってその位階が定められたと学びました……」

 

 強制的に冷静さを取り戻された魔法詠唱者は、なおも震えながら答える。

 

「八欲王?」

「はい、8人の神のごとき方々で、偉大なる器物を使い、世界を平定したと……」

「ほう……例えばどんな器物だ?」

「……そこまでは……ただ伝承では剣の一振りで天が裂けたとも竜王を駆逐したとも……」

「そうか……それは神話としてはありがちで、何とも言えないな……他には何かないか?」

「他に……他には、かつては天空の城にお住まいであったと言われております」

 

 そこまで聞き、ブルー・プラネットは考え込む。

 天空の城という伝承からは、それがナザリック地下大墳墓であるとは思えない。しかし、天空の城という表現は、ユグドラシルでも有名なギルドを思い起こさせる。

 

「そうか、その天空の城とはどこに?」

「分かりません……それは……」

「ふむ……で、彼らは今どこにいるんだ?」

「八欲王は、お互いの物を欲して滅ぼしあい、最後には皆、倒れたといいます」

「そうか、ありがとう。役に立った」

 

 その言葉を聞き、ホルスァペスの顔に希望が浮かぶ。だが、次の瞬間、その表情を浮かべたまま彼の頭部は地面に落ちた。そして不思議そうに目を左右に動かし、何かを言いたげに口を動かすと、動かなくなる。

 ブルー・プラネットは蔦に生えた棘――ミグミーエの命を奪った剣を振るい、ホルスァペスの首を切り落としたのだ。首を刈られた者がそれに気付かないほどの一瞬の内に。

 

「この化け物め! 神よ! 神よ! どうか……」

 

 1人残った神官は半狂乱になって神に祈る。圧倒的な「魔」の存在を目の当たりにして。

 

「……そうだ、『神』だ。お前は奇跡がどうのと言っていたな。この世界の宗教は――」

「やかましい! お前のような悪魔に話すことなどない! 地獄へと帰れ、この化け物が!」

 

 改めて問いかけようとするが、ナエグニーベンは罵倒を繰り返すばかりだ。

 

「この悪魔! 魔神! そうだ、お前は魔神なのだろう? くたばりぞこないが!」

 

 話にならない――際限なく繰り返される罵倒に、流石にブルー・プラネットも苛立つ。

 聖職者ならばもっと落ち着いて最期を迎えるべきじゃないのか――ブルー・プラネットは呆れたように告げる。

 

「分かった。もういいよ」

 

 そして、スキル「吸血樹」を発動させる。

 ナエグニーベンを拘束していた蔦からさらに細かい、髪の毛のような蔦が伸び、彼の皮膚を食い破って全身に張り巡らされる。そして――

 

 カハッ……

 

 干乾びる体の中で萎んでいく肺から絞り出された空気が、ナエグニーベンの最後の声となった。

 ブルー・プラネットは、ナエグニーベンの身体から蔦を戻して観察する。血を吸った一瞬、蔦を赤いものが通ったが、今はもう元の灰褐色に戻っている。血はどこに行ったのだろうか?

 そして、ナエグニーベンの身体は――まるでミイラの様になっている。血液を吸っただけでこうなるだろうか? ユグドラシルでは相手のHPを吸収するスキルであるが……。

 

 ナエグニーベンのHPを吸収した証に、昨夜切り取った小枝の先端が僅かに成長している。

 それが彼の命の対価だった。

 ブルー・プラネットは無言で死体を地面に降ろし、跪いたままのシモベたちに向き直る。

 

「ああ、待たせてすまなかったな。楽にして良い」

 

 ブルー・プラネットは“砦の牙”の死体から目ぼしい物――硬貨や宝石、指輪、そしてブルプラのものも含めたポーション類――を回収すると、周囲の樹々をスキル「植物操作」(アニメイト・プランツ)で移動させ、地面を剥き出しにする。そして、そこに枝を伸ばして穴を深く掘り、“砦の牙”の残骸全てをその中に放り込み、穴を埋めて樹々で覆う。

 ダメ押しに<広域樹木育成>(マス・グロウ・プラント)を唱えると深い繁みが“砦の牙”の墓を覆いつくした。これであとは土の中の微生物が彼らの身体を土に還してくれるだろう。

 

「よし、町に戻ろうか」

 

 ブルー・プラネットはそう言うと再び森の木の中に溶け込み、シモベたちはその後に頭を下げててから夜道を魔法のランタンで照らし、町に戻っていく。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 その日の昼下がり、ブループラネットたちは宿を引き払い、薬師組合に行って組合長と副組合長に声をかけ、2階の会議室に上がって文句を言う。

 

「御二人には大変失望しました。冒険者に後をつけさせるなど。おかげで――」

「待ってくれ、何のことだね?」

 

 組合長たちはブルプラの文句を遮る。

 

「しらばっくれても無駄ですよ。“砦の牙”が自分でそう言ったのですから」

「う……ぐ……そ、それで“砦の牙”は?」

「ええ、“砦の牙”が魔法植物を刺激したおかげで、暴れて大変だったのですよ!」

「そ、そうか……それは申し訳ない……で、“砦の牙”は?」

 

 組合長は友人たちを探して視線を動かし、尋ねる。この失態をなんとか多人数で誤魔化し言いくるめるために。

 

「彼らは皆、殺されましたよ! 私たちを逃がしてね」

「冒険者の死体は森の中に放置するしかありませんでした。あなたの責任で回収してください」

 

 ブルプラの非情な言葉に続き、ネットも声高に断じる。

 

「ああ、お求めでした魔法植物……これだけは取れましたので、置いておきます」

「いやあ、本当に残念です。信頼関係が築けないとなると、協力できませんね」

 

 2人はそれだけ言うと、小さな木箱を置いて足早に去る。

 後に残された薬師たちはしばらく声も出なかった。古い友人たち、そしてこの町にとってかけがえのない英雄の突然の死を告げられ、しばらくはそれを受け入れられずにいた。

 

「まさか……あいつらが……イハエグリストが死ぬなど……」

「ああ、信じられん……」

 

 そして、ブルプラが残した箱に手を伸ばす。中にはただ1つ、太い根が付いた黒い花が入っていた。

 

「これが、“砦の牙”を殺した魔法植物か……?」

「ま、まて、それはまさか……!」

 

 組合長の制止が間に合わず、副組合長がその植物を摘み上げた瞬間、それはケケケと笑い声をあげ、炎に包まれて消えた。

 後に残された言いようのない悪臭が2人を包む。

 

「くそっ! なんだこれは!」

 

 悪臭はすぐに消え去り、入れ替わるように、やり場のない怒り、憎しみが急激に膨れ上がる。

 

「バ、バカ……折角の魔法植物が……何やってんだよ、マヌケッ!」

 

 手にした植物が消えて慌てる副組合長に、組合長の罵声が浴びせられる。

 

『マヌケだと? じゃあ、お前はなんだ? お前が『秘儀を覗かせよう』などと言ったから!』

『お前だって賛成しただろうが! このクソッ』

『うるさい! 偉そうに……自分じゃ何も出来ないから覗きなんぞ考えたんだろ、このカス!』

『てめぇだって出来ねぇだろうが! 大体、枝と花だけで何が出来るっていうんだ……あれ?』

『ん……どうした? え? ど、どこだ、あの枝は……?』

『……てめぇ……盗ったな!?』

『バカな! さっき、お前が棚に置いたんだろうが! 無くしたのか? このドアホウ!』

『ふざけるな! 棚に置いたモンが勝手に消えるかよ! お前が盗ったんだろ!』

 

 お互いの罵りが怒りに油を注ぐ。どす黒い感情が際限なく膨れ上がっていき、視界を白く染める。ブルプラ達のことは頭からすでに抜け落ち、彼らの手にはナイフが握り締められていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルプラとネットは検問所を抜け、新市街を通って帝都アーウィンタールへと続く街道を歩いていた。街道には街路樹が並び、ジリジリと肌を焼く夏の日差しから旅人を守っている。

 

 その街路樹に身を寄せた2人の頭上から、ブルー・プラネットの明るい声がする。その声は「混乱・バーサーク」の状態異常を引き起こす自爆系召喚モンスター、ガルゲンメンラインの効果を確認して満足げだ。

 

 薬師達が勝手に殺しあったことは、叫び声を聞きつけた下男が目撃してくれた。

 煩わしい者達は消えた、ポーションも回収できた――問題は解決した。

 

「お前たち、無事に町は抜けたようだな。では、私もお前たちと一緒に行くとしよう」

 

 シモベたちは街路樹に向かって跪く。創造主の機嫌が良いのを見て、彼らの顔も緩んでいる。

 そしてシモベたちは立ち上がると、次の目的地――帝都アーウィンタールへの旅を続ける。

 




神官の身体の半分は「優しさ」という名の魔力で出来てます。

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