自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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ともかく先立つものが無い……


第14話 町の薬師達  【出血注意】

 薬師組合は冒険者組合とは魔術師組合を挟む位置にある。その入り口には壺と試験管のようなものが並んだデザインのレリーフが掛かっていた。だが、そのレリーフが無くともそこが薬師に関する組織であることは誰にでも分かる。植物の青臭い匂いと、何らかの化学物質を想起させる特異な刺激臭が入り口にまで漂っているのだから。

 

 ブルプラとネットは、その建物の中に入る。奥にはカウンターがあり、そこには白い厚手のシャツを着た年輩の男が2人で暇そうに世間話をしていた。その後ろの棚には分厚い書類の束が重ねられ、薬草や鉱石のサンプルが瓶に入れられて並んでいる。あとは、下男と思われる、貧しそうな年老いた男が棚の埃を払っている。

 

「こんにちは」

 

 ブルプラはカウンターの男たちに声を掛ける。その声を聞き、男たちは世間話を止めて、物珍しそうに来客を見た。

 

「はいよ、何か御用で?」

「こちらは薬師組合ですね? あの、この都市でポーションを売りたいので、そのための手続きをお願いしたいのですが」

 

 ブルプラが要件を述べると、男たちは意外そうにブルプラとネットの顔を、次に服装を見る。

 

「あんたらが商売するのかね? それとも薬草の卸かね?」

「私たちは自分でポーションを作って、売るつもりです」

「ふーむ……だが、あんたら見たところ農民のようだが……? リ・エスティーゼからかね?」

「ええ、その方面ですが、ドルイド兼薬師でして……旅を続けているうちに服が綻びまして、替えを……」

 

 ブルプラは村でも出身を聞かれたことを思い出し、服装でそう判断されたのだと思い至る。今となっては仕方がない。服装の件は有耶無耶にしようと、しどろもどろに下手な言い訳をする。

 

「ああ、そうかい。まあ、何でもいいが、薬師というからにはポーションを作れるんだね?」

「ドルイドならば薬草取りは上手いだろうが、そのポーションは聞いたことが無いなあ」

 

 薬師であると聞いて、2人の男の顔つきがブルプラたちを値踏みするようなものに変わった。

 ブルプラはその視線に答えるようにカバンからサンプルを取り出す。

 

「はい、これが私たちが作っているポーションです」

 

 検問所や宿屋でも見せたモノ――流石に酒瓶は拙いと考えてユグドラシルの瓶に入れた見本だ。

 

「ほう、瓶は立派なものだな。だが、ポーションは……初めて見るものだが……」

 

 男たちは後ろの棚からポーションの瓶を幾つか取り出し、見比べる。それらは青い透明な溶液であり、あるいは濁った紫色の粘液だった。ブルー・プラネットが創った、澄んだ緑色のものは見当たらない。

 

「で、このポーションの効き目は?」

<中傷治癒>(ミドル・キュアウーンズ)<病気治癒>(キュア・ディジーズ)<解毒>(リムーブ・ポイズン)に相当する効果を併せもつものです」

 

 これは正確ではない。実際には第4位階の<生命力回復(リカバリー・ヘルス)>のポーションである。中程度のHP回復と軽度の状態異常を治すものだ。

 ブルー・プラネットは当初、弱り切った村人の体力と病気を同時に回復させるためにこのポーションを作成したのだが、この世界では第3位階の魔法を使えるだけで目立ってしまうことが先ほどの冒険者組合での情報で分かった。そこで、より低位階の魔法効果を複数合わせたポーションとしたのだ。

 

 だが――その誤魔化しは通じなかったようだ。

 

「あのね、ふざけないで欲しいのだが」

 

 何やら記録していた男がペンを机に叩きつけて大声を出す。

 

「第2位階の魔法効果を3つも複合化させたポーションなど聞いたことが無い!」

「い、いえ、実際に効果があるのですが。ドルイドの秘術で――」

 

 ブルプラは必死で弁明する。「人類種誘因物質」の使用も考えたが、この人口の多い街中での使用は碌な結果にならないと、村を発つときの経験から推測される。

 

「では、証明してほしいね」

 

 もう1人の男も信じがたいという顔で腕を組み、ブルプラに冷たく言い放つ。

 

「……分かりました。では、どうしましょうか? 怪我の回復は実際にお見せできますが、毒や病気の治療は……」

「それならば、私達の毒薬を使いたまえ。もし、君のポーションで治癒できないのならば、私たちが解毒しよう。ただし、その場合、我々のポーションの代金は払ってもらう」

 

 そう言うと男は鍵がかかった戸棚を開け、そこに保管してあった茶色の粘つく液体が入った瓶を慎重に取り出し、カウンターに置く。そして、もう1つ、棚から黄色く透き通った液体が入った瓶を降ろし、軽く振って様子を確かめ、横に並べる。

 もう1人の男は胸のポケットからケースを取り出し、中に入っていた小さなナイフを一振りカウンターに置いた。

 男たちは薬の瓶とナイフを揃え、ブルプラの目を見る。

 

「自分の身でポーションの効果を試せ、と?」

「ああ、『身をもって証明する』が我々薬師の心得でね。ドルイドさんはそうしないのかね?」

 

 ブルプラが組合の男たち――薬師たちの意図を確認する。

 ナイフを用意した薬師が嘲るように答え、もう1人もポケットからナイフを取り出してヒラヒラと振ってみせた。

 

「自信が無いのなら、その『素晴らしいポーション』を持って帰りたまえ」

「なるほど、分かりました。しかし、私たちも証明のためにポーションを消費するのですから、その代金はいただきたいですね」

「当然だな。試験料として毒薬の代金は貰うが、それとの差分を支払うよ」

 

 薬師たちが頷き、ブルプラたちに促す。

 

「で、どちらが飲むかね?」

 

 ブルプラとネットは顔を見合わせ、そして、ネットが手を挙げる。

 

「では、始めてくれたまえ」

 

 薬師たちは厳しい顔つきで茶色い液体――毒薬とナイフをブルプラの方に寄せる。

 ブルプラはナイフを取り、ネットの腕に軽く押し当てて引く。ネットは微かに顔を歪め、その腕に赤い血の筋が浮かび上がる。その血は腕を伝い、カウンターにポタポタと染みを作った。

 

 次にブルプラが毒薬を差し出すと、ネットは躊躇わずにその中身を飲み干す。

 毒も魔法で作られたポーションだったのだろう。ドロリとした液体を飲み干すと、その効き目は即座に現れた。ネットの端正な顔からは血の気が引き、足元がふらつき始める。額に冷汗が浮かび、カウンターに手をつく。

 それを見た薬師たちは意外そうな顔をし、ネットの腕を取って傷の深さと脈を調べ、心配そうに黄色い液体の容器――解毒剤の瓶に手を伸ばす。

 

「では、よろしいですか?」

 

 ブルプラは組合の薬師たちを一瞥すると、持参したポーションを取り上げ、ネットに飲ませる。

 再び、ポーションは即座にその効き目を現す。ネットの腕から傷と血が拭い去られるように消え、顔には健康的な赤みが戻る。

 

「ありがとうございます」

 

 ネットは晴れやかな顔でブルプラに頭を下げる――跪こうとしたところをブルプラが支えて止めた。

 

「お? おお! 本当に! 本当に傷と毒を同時に治しおった!」

 

 薬師たちは信じられないという顔で叫び、ネットの腕と脈を再度調べる。

 完璧な治癒だ。カウンターの血痕も消えていることから魔法の効果であることは間違いない――薬師たちは興奮した面持ちでブルプラに問いかける。

 

「信じられん! なんだこれは? 何というポーションだね、これは?」

「ええ、名前は無いのですが……効き目を信じていただけたようで良かったです」

「いや、すまん。申し訳ない。まさか本当にそのようなポーションをお持ちだとは!」

 

 先ほどと打って変わって低姿勢となり、薬師たちは口々に非礼を詫びる。

 

「信じられないのは私共も納得できます。だからこそ秘法ですので」

 

 ブルプラはにこやかに薬師たちに言い、ネットは当然だ、という顔をして横に立っている。

 

「では、このポーションをこの町で売ることに問題はございませんか?」

 

 ようやく本来の目的に戻ることが出来る――ブルプラは心配そうに薬師たちに質問した。効き目を認めてもらっても、売ることが出来なければ意味がないのだ。

 

「あ、ああ、うん、もちろん! もちろん問題は無いとも。ただ、その前に、うちの組合に登録してほしい。勝手に売られても困るからな」

「それは当然ですね。……あと、ポーションの容器も仕入れたいのですが、それはこちらで可能ですか?」

 

 村を出るときは、ワゴンセールを行うつもりで酒瓶を用意していた。だが、この薬師たちの様子、そして彼らが取り出したポーションを見ると、皆立派な容器に入っている。ならば、自分のポーションも酒瓶にではなくそれ相応の容器に入れて販売すべきだと判断される。

 ユグドラシルの空き瓶は数が限られている。売り物にしたら空き瓶の回収も難しいだろう。折角、この世界のポーションも立派な瓶に入っているのだ。ならば、それを使わない手はない。

 

「うむ、もちろん、容器は我々が用意しよう。1本銀貨5枚となるが良いかね?」

「え、ええ……では、あの、とりあえず2本お願いできますか?」

「分かった。ちょっと待っててくれ。あと、登録証を作成しよう。これは決まりで金貨2枚となるが、今持ち合わせはあるかね? ……手持ちが無ければ貸し付けとなるが」

 

 心細げに布袋の中を覗いて容器を注文したブルプラを見て、カウンターの薬師が遠慮がちに登録料を告げる。

 

「あ、はい。ちょっと持ち合わせがないので、さっきのポーションとの差額でお願いします」

「おお、良いとも。それで、このポーションの値段だが、幾らで売ろうと考えているんだね?」

「そうですね……1本につき金貨4枚、いや、5枚でいかがでしょう?」

 

 ブルー・プラネットとしては、思い切った値段を吹っかけたつもりだった。

 当初は金貨1枚で売り出すつもりだったが、ポーションの瓶だけで銀貨5枚なのだ。さらに、登録料だけで金貨2枚取られる。その元は取りたい。

 それに、薬師たちの様子を見ると、もっと高い値をつけても許される気がする。また、ユグドラシルでは金貨が最低の単位だったが、この世界では銀貨と銅貨を見ただけで金貨はまだ見ていない。町で金貨を何枚か使い、その価値を確かめたいという気持ちもあった。

 

 だが、薬師たちの反応はブルー・プラネットの予想を裏切るものだった。

 2人はカウンターに黙って両手をつき、項垂れている。

 

「あの、何か?」

「君たちは、我々を日干しにするつもりかね?」

 

 薬師たちは困惑しきった眼差しでブルプラを見つめる。

 

「申し訳ありません……森の奥で暮らしていたので、最近の物価が分からないので……」

 

 薬師たちは溜息をつき、棚から青いポーションを取り出してカウンターに置く。

 

「いいかね? これが今は金貨8枚だ」

「君のは、それに解毒の……いや、病気治癒も加われば金貨27枚、1本で済むことを考えれば少なくとも30枚としてもらわないと、薬価の仕組みが狂うのだよ」

「我々に任せてくれれば、その値段で君たちから買い取って我々が売ろう。君たちはこの町ではまだ顔が売れていない。我々ならば幾つか伝手があるから、安定した商売が可能だ」

 

 2人は交互に薬価の決め方を説明をする。だが、ブルー・プラネットには今一つピンとこない。

 

「申し訳ないですが、これは……?」

 

 薬師たちが取り出したポーションを指し示す。

 

「知らないわけはないだろう? それともドルイドはこれを使わないのかね?」

「錬金溶液の、治癒のポーションだよ。解毒作用はないが、これも第2位階相当だ」

 

 想定外の値段と、想定外の効果だ。ブルー・プラネットは見通しの甘さを思い知る。

 

「そうですか……では、金貨30枚といたしましょう」

 

 この世界の物価水準は良く分からない。たかが毒消しと体力回復の薬がそれほど高価なのかと思うが、ここは向こうの説明に合わせておいた方が良いだろうと考えた。

 

「……いや、まだ確認したのは回復と解毒だけだからな。とりあえず2つの効果をもつポーションとして金貨17枚として欲しい。病気治癒の確認にはこちらも試験用ポーションを用意しなくてはならないが、それで確認できれば差額を支払おう。もう1本、ポーションはあるかね?」

「いえ、今はあの1本だけしかないので……今は金貨17枚で結構です」

「よし、では、先ほどの毒薬との差分がまだだったな。毒薬は金貨2枚だから、差し引き金貨15枚を支払おう。登録料を引いて13枚だ。銀貨を混ぜた方が良いかな?」

 

 ようやく話がまとまった――薬師たちはやれやれと言うように首を横に振りながら引き出しを開け、金を取り出す。

 

「はい、それで申し訳ありませんが、金貨1枚分を銀貨でお願いできますか?」

「ああ、では金貨12枚と銀貨20枚だな。これでいいか?」

 

 カウンターの上に積まれた硬貨を数え、ブルプラは薬師たちに頭を下げる。

 

「それでは、登録をしよう。君たちの代表を1名、名前を聞かせてもらえるかね?」

「それでは、私が……ブルプラ・ワンと申します」

「ブルプラ・ワン……すると、君がケラナック村の疫病を!?」

 

 羊皮紙に書き込んでいた手が止まる。薬師がカウンターから見上げる目は、再び驚きを……いや、何か恐ろしいものを見るものになっていた。

 

「ええ、検問所でも言われましたが、ケラナック村で食中毒が広がっておりましたので」

「緑色の飲み薬……ひょっとして、さっきのポーションで、かね?」

「ええ、手持ちはあれしかなかったものですから」

 

 組合の薬師たちはもはや何も答えなかった。そして、書き上げた羊皮紙をブルプラに渡すと、小さく「では、これがウチの登録証となる、それに容器2本分、銀貨10枚をいただこう」と告げる。

 ブルプラは銀貨を支払い、容器と登録証を受けとってカバンに仕舞いこむ。

 そして、足早に薬師組合の建物を出て、その足で細い路地に入っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 エドレインタールの「旧砦」区域、その中央に位置する広場を囲む建物の間には幾つかの細い路地がある。それらはこの町が砦であったころ、近隣の村から避難してきた住民たちが広場に集い、それを守るための兵士が侵入者を迎え撃つために設けられたもので、当時は頻繁に兵士たちが通い、警備していた路だった。

 

 しかし、砦を築いた小王国が滅び、貴族領として帝国に吸収され、直轄地となった今では、この細い路地は使われることは少ない。「旧砦」の外に広がった市街地へと続く検問所への道は整備されているが、それ以外の道――建物の裏道など――には、広場の周囲には収まり切らなかった、さほど重要ではない機関や、機関や組合に食事などを提供する店などがひっそりと並ぶだけである。

 

 防衛のためにわざと見通し悪く作られた路地にブルプラとネットは入っていく。何人かの住人とすれ違うが、彼らとは目を合わせることもしない。また、住人達も農民の服装をしたシモベ2人にはさほど興味を抱かない。

 役所に提出する書類を取りに近道でもするのだろう――その程度に思うだけだ。

 

 そして、ブルプラとネットは路地を辿り、組合が並ぶ建物の後ろへと回り込む。そこにはやや開けた場所があり、樹が1本、忘れられたように生えていた。

 ブルプラは周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。

 

「よし、お前たちは広場に戻っていろ」

 

 その声を上げたのはブルプラではない。ブルー・プラネットが遠隔操作用アイテムを樹に植え込みながら霧となって姿を現し、発した言葉だ。

 ブルー・プラネットはそのまま流れる霧として路地を這い、薬師組合の入っている建屋の裏の隙間に入り込む。そして<樹化>(ツリー・シェイプ)を唱えると、霧は地面から伸びあがって一本の樹となった。

 

 ブルー・プラネットは樹と同化してその存在を非局在化することが出来る。この町の樹がどこにどう生えているか――それは宿の裏に生えている樹の中からでも把握するのは容易だ。

 だが、その状態では樹の場所や状態を知ることは出来るが、樹の外の物事を十分に聞くことは出来ない。外の状態を知るためには実体化するか、アイテムを埋め込んだ樹やシモベに意識を固定して、それを目や耳の代わりとするしかない。そして、樹やシモベを通じての感覚は、直接自分が見聞きするよりも遥かに弱い。おそらく、感覚器としてのアイテムやシモベの性能に制限されるのだろう。

 石造りの建物の中で交わされる会話を拾うには、その建物の側に生えている樹に擬態して直接聞くのが最も確実だ。

 

 壁にもたれかかるように生える樹に擬態して、ブルー・プラネットは意識を集中する。

 建物の2階に相当する位置……2人の薬師が声を潜めて語る内容が石壁を通じて伝わる。

 

『――って聞いたことが無い。しかもあれを100人以上に。可能か?』

『いや、村で配ったものがアレと同じという保証はないだろ。もっと低位の――』

『だが、彼はアレを配ったと言っていたんだぞ! 手持ちはこれしかなかったとか』

 

 コツコツと机を叩く音がする。

 

『しくじったな……隣で鑑定してもらえばもっと詳しいことが分かったかもしれん』

『次回、彼らが来たときに何とか1本手に入れて……』

『病気治癒の試験と合わせて、控えとして1本貰うか……製法も聞いておきたいところだが』

『うぅむ……秘術だろ、ドルイドの。聞いても教えてもらえるとは思えんが』

『錬金溶液のものを知らんようだったが……製法の体系がまるで異なるのかもしれんな』

 

 ボリボリと頭を掻き毟る音が混じる。

 

『なんとか聞き出す策を考えなければな……』

『田舎者の様だし、登録に必要とか言いくるめられないか?』

『登録証は出しちまったしな……』

 

 嘆息

 

『良い案が浮かんだら言ってくれ。ともかく、これは我々だけで』

『ああ、分かってる。あんな物を他の連中に教えてたまるか。帝都にもって行けば……』

『錬金溶液とは違う<病気治癒>なら、彼女の顔に効くかもしれんな。そうなりゃ我々が――』

 

 ブルー・プラネットは溜息をつく。なるほど、村人が言っていた「気をつけろ」とはこういうことか、と。

 そして、広場に戻っているシモベたちに意識を移し、薬師組合に再び向かう。

 先ほど入手した銀貨を使い、さらに2本のポーション用の瓶を購入する。薬師たちは戻ってきたブルプラに「ポーションはどうやって作るのかね」と世間話を装って聞いてきたが、ブルプラは「秘儀ですので」とだけ答えて足早に組合を後にした。

 後に残された薬師たちはブルプラの背後から小声で罵ったが、何もすることは出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「では、宿に戻るか……いや、その前にもっとマシな服を買わなければな」

 

 ブルー・プラネットは、シモベたちを検問所の外の町に誘導して衣服を扱う店を探す。それはほどなくして見つかったが、服ではなく、布を扱う仕立て屋だった。

 

「すみません、ドルイドか薬師らしい服を探しているんですが」

 

 ブルプラは店主に注文するが、その言葉を聞いて店主は軽く笑った。

 

 それはそうだろう、とブルー・プラネットは考える。現実世界でも「研究者っぽい服を」と注文したら笑われるだろう。だが、とりあえずはこう表現するしかない。

 

「そうですね……ドルイドは分かりませんが、薬師さまですとやはり白が基調になるかと」

 

 店主の言葉に、ブルー・プラネットは先の薬師たちを思い浮かべる。確かに彼らは白いシャツ――考えてみれば実験着の白衣に近いかもしれない――ものを着ていた。

 

「そうですね、では、そう……長めのシャツを白い厚手の生地でお願いできますか? ポケットが付いたものを。あと、ズボンを黒っぽいもので」

「ええ、分かりました。それで、ご予算は如何ほどに?」

「……上下1組ずつを2人分、全部で金貨4枚で可能ですか?」

 

 店主は一瞬目を泳がせ、すぐに商売人らしい笑みを取り戻す。そして、あからさまに腰が低くなり、声には滑着くような柔らかさが宿る。

 

「ええ、もちろんでございますとも。では、お客様、生地をお選びいただけますか?」

 

 店主が棚の奥から取り出した生地は、現在ブルプラたちが身に着けているものよりも明らかに仕立てが良いものだ。毛織物と何らかの植物性の繊維を編んだものの2つから選べといわれ、ネットが毛織物に拒絶反応を示したことから植物性のものを選ぶ。

 

「型はどのようにいたしましょう? アーウィンタールではこのタイプが最近の流行りでございますが」

 

 店主は色々とデザインが描かれた紙の束を示す。しかし、ブルー・プラネットは、この手の話には疎い。服など丈夫でサイズが合えばそれでよいのだ。流行りとか言われても分からない。

 

「ああ、ではそれを」

 

 ブルプラが適当に肯くと、店主は手際よく2人の寸法を測る。

 

「それでは、仕上がりに1週間ほどかかります。他にご注文はございますか」

 

 新しい下着を数着注文する。これも相場が分からないので「銀貨10枚分で何組か」というと、何やらサラサラと肌触りの良い生地で2人に2枚ずつ、店主が見繕ってくれる。

 支払いのために金貨を5枚取り出すと、店主は驚いた顔でそれをカチカチと打ち鳴らし、本物の金か確かめる。やはり農民が金貨を持つのは珍しいらしい。そして、支払いは出来上がったときで良いという。

 

「疲れたな」

「はい」

 

 仕立て屋を出たブルプラがネットに声をかけ、言葉少なく、ネットが返答する。

 肉体的な疲労ではない。ブルー・プラネットにとってもネットにとっても、そして体を借りているブルプラにとっても「この世界の街での買い物」は勝手が掴めないものなのだ。

 2人はそれ以上話すことも無く、宿に帰る。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルー・プラネットの本体は、薬師組合の裏で<樹化>によって変身していたまま置いてあった。

 ブルプラが宿に帰りつくと、その肉体から意識を本体に戻して変身を解く。そして、霧となって路地裏の樹に入り込み、広場の樹に転移して片端からアイテムを埋め込んでいく。

 すでに日が暮れかかり、人通りも少なくなっているうえに、ブルー・プラネットは周辺の足音から人通りを把握することが出来る。一瞬枝を伸ばしてアイテムを埋め込む様子は、町の誰にも見つかっていない。

 アイテムを埋め込んだことにより、これからはシモベたちが居なくても広場で交わされる会話から重要なキーワードを自動的に拾うことが出来る。

 

 キーワード――「シイの実」のアイテム1つにつき1つ設定することが出来るものだ。

 設定されたキーワードをアイテムが検知すれば、ブルー・プラネットがそのアイテムを埋め込んだ樹に意識を移していなくても自動的にブルー・プラネットに伝わる。

 ブルー・プラネットは、広場の樹に「ブルプラ」という単語を設定した。これで、誰かがブルプラの名を出すと、それがブルー・プラネットに伝わる。たとえブルー・プラネットの意識が樹々と共有されておらずとも――例えばブルプラに意識を移していても。

 どんな文脈で「ブルプラ」という言葉が出されたかは、ブルー・プラネットの意識をその樹に共有しなければ分からないが、この狭い町なら意識を移すのは瞬時に行える。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌朝、目覚めたシモベたちにブルー・プラネットは指令を下す。「町を探索し、商品の相場を調べる」と。そして、昼になったら冒険者組合に行き、<伝言>による調査結果を聞くのだ。

 何か期待できそうな情報があれば、その詳細を知るのに1週間だ。衣服を仕立てるのもそうだが、とりあえず、何をするにも1週間単位で時間がかかる。現実世界では1時間もかからないことだが、この世界の動きは現実世界に比べてあまりにもゆっくりとしている。

 

(焦らないでいくべきだな……)

 

 昨日は色々と失敗をした。この世界の価値観や相場を知る前にむやみに動くべきではない。

 あと、金貨は12枚残っている。仕立て屋に払う分を除くと8枚、それに銀貨は9枚だ。1日に宿と食費は銀貨2枚で十分、シモベたちは肉を食わないので安くあがる。

 計算すると、この宿には3ヶ月近く留まることが出来る。服が仕上がってからポーションを売り出すとして、それから2か月以内に1本でもポーションが売れれば半年は暮らせる。病気治癒の効果を証明すればもっと余裕ができるが、どうするか……。

 

 ブルー・プラネットは焦って収入を考えずとも町での生活が成り立つであろうことに安堵する。だが、生活には思わぬ出費もあることを覚悟すべきだ。冒険者を雇う相場も知っておきたい。

 

「冒険者組合に行き、確認しておくべきだな」

 

 実際に売るのは「薬師らしい」服装が揃ってからで良いとしても、ポーションを買ってくれそうな冒険者たちを調べて顔をつないでおいた方が良い。金貨にして30枚のポーションとなると相当の価値――村人には手が出ないものであり、町でもそれなりの価値になるらしいことは分かった。ならば、単純な食中毒程度で町の人達がポーションを購入してくれるとは考えにくい。もっと生命にかかわる病気、あるいは怪我に使われるのだろう。

 

 薬師組合ではポーションの販売を手伝ってくれると言った。病院等へ売る販路を押さえているのだろう。提案はありがたいが、まずは自分で冒険者に売って、彼らとの情報網を築きたい――必要なのは安定した儲けではなく、資金と情報なのだ。

 

 そこまで考えて、ブルー・プラネットは樹の中に戻り、シモベたちは町の探索に向かう。

 町は相変わらず人通りが多く活気にあふれている。これは現実であると主張するかのように。

 そして、ブルプラたちは店の一軒一軒を覗き込んでは、そこに売られている物の値段を確認していく。鳥や獣が小さな檻に閉じ込められ、その死骸が軒先に吊り下げられている店は遠回りして避けたが。

 

 途中、生活雑貨の類も幾つか買い入れる。紙が綴られたノートは見当たらなかった。木を繊維化して作る紙は貴重なのだろうか。代わりに羊皮紙を幾つか購入し、同じく購入したペンで思いついた事柄を記録していく。幸いなことに、シモベたちには「羊皮紙」なるものが何か思いつかないようであり、ブルー・プラネットもあえてそこには触れないでおく。

 

 色々と買い込んだつもりだが、支払いは金貨2枚で事足りた。

 こうしてみると、服に金貨4枚使ったのは、少々贅沢しすぎたのかも知れない。魔法のアイテム以外の物は非常に安い――銀貨数枚で良い物が買えた。金貨を取り出すごとに確認されるので、それを崩して以降、支払いは銀貨で済ました。

 

 そして昼になる。

 ブルプラたちは検問所を通り、冒険者組合に向かう。途中、薬師組合の2人には顔を合わせないように気をつけながら。彼らは「サンプルをよこせ」と五月蠅く言ってくることは確実だからだ。

 

 冒険者組合では、昨日と同じ女たちがカウンターにいた。ちょうど食事を終えたところのようで、ブルプラたちの顔を見ると、微妙な笑顔を浮かべて会釈してくる。

 ブルプラたちも会釈を返し、カウンターに近寄って尋ねる。

 

「昨日お願いした『地下墳墓』の件ですが、何かお分かりになりましたか?」

 

 女たちは書類を取り出し、ブルプラに見せる。ブルー・プラネットには読めない書類を。

 

「申し訳ありません。この国の文字は知りませんので……」

「はい、では口頭で説明させていただきます。ご依頼の地下墳墓、それも大規模なものは17件、候補が見つかりました」

「おお!」

 

 期待にブルー・プラネットの胸が高鳴る――本体に代わり、ブルプラの心臓が。

 

「まず、帝国内には5か所、大規模な地下墓地があり、定期的に冒険者がアンデッドの掃討を行っております。リ・エスティーゼでも王都とリ・ボウロロール、エ・ランテルの3つの都市に地下墓地があります。特にエ・ランテルの墓地は広く複雑であり、新しいものは管理されていますが、浄化済みの古いものは放置されているものも多いということです。また――」

「ここまでで何かご質問はございますか?」

 

 説明が次に行く前に、もう1人の女がそれを遮ってブルプラに確認する。

 

「えー、帝国に5か所、王国には3か所、合わせて8か所の地下墓地は、良く知られている……誰が作ったかはっきりしているもの、ということですね?」

「はい、そうですね。帝国や王国で管理されている地下墓地のうち大規模なものが8つです」

 

 女たちは頷く。

 

「よろしいでしょうか? それでは、十分な管理下に無い地下墓地ですが、カッツェ平野に2か所、かつての――」

「あ、すみません、まず『製作者が不明な遺跡』について教えていただけますか?」

 

 ブルプラが口を挟んだ。探しているのは、この世界の住民が作った地下墳墓ではない。あの日、この世界に出現したはずのナザリック大墳墓なのだ。

 カウンターの女は困った顔をして、指で書類の文字を辿る。

 

「そうですね……製作者が分かっていない遺跡となると……申し訳ございません、今回の調査では、そのような報告はございません」

「そう……ですか……」

 

 ブルー・プラネットの期待は一気に萎んだ。思わず項垂れるブルプラの肩に、ネットが心配そうに手を置く。

 

「今後、継続して情報を集めるのでしたら、1ヶ月、銀貨30枚で可能ですが……」

 

 申し訳なさそうに女が声を掛けた。

 

「そうですね……折角ですからお願いします」

 

 ブルプラは無造作に布袋を取り出すと、中から金貨2枚を取り出してカウンターに置く。それを見て女達は驚きの表情を浮かべ、顔を見合わせる。

 

「あの、よろしいのですか?」

 

 何が? と聞き返しそうになり、ブループラネットは理解する。 

 農民の格好をしている者が無造作に金貨を取り出すのが、やはり意外だったのだろう。

 ブルー・プラネットは、もう少し躊躇う演技をするべきだったかと反省するが、こうなってしまったら仕方がない。

 

「ええ、大丈夫です。お願いします」

「そうですか……でしたら、ご連絡先はどちらに?」

「大通り沿いの宿……『木漏れ日亭』に滞在してます」

「ああ、木漏れ日亭ですね。承知いたしました」

 

 女たちは笑顔で了承し、釣りの銀貨10枚をブルプラに戻す。

 

「では、この調査結果はいかがいたしましょう? 私どもでお預かりいたしましょうか?」

「はい、今後の調査結果と合わせて、まとめておいてください」

 

 どうせ手元に置いても読めないのだから、と考えてブルー・プラネットは書類の保管を頼む。そして、もう一つの目的を思い出してカウンターの女に尋ねる。

 

「ああ、あと、この組合で冒険者を雇うと幾ら掛かりますか?」

「それは……一概には申し上げられませんね。ご依頼の難度を見積もったうえで、対応できる方を紹介させていただきます。よろしければ、こちらに依頼書を貼って募集することも可能ですが」

 

 説明しながらボードを示す受付の女は期待の笑顔を浮かべている。

 

「あー、いえ、今すぐに依頼するわけではないのですが……冒険者の方々は今どちらに?」

 

 建物の中には昨日居た冒険者たちは見当たらない。

 

「この時間、皆さんは広場の向かいの酒場でお食事をしていらっしゃいますよ」

「この町の冒険者たちは大抵ご自宅から組合に来られて、依頼を確認してお帰りになりますから」

 

 受付けの1人は、冒険者が泊まっていくような大きな宿はこの辺境の小さな町には無いのだ、と教えてくれた。ブルプラのような旅の職人も来ることは珍しく、宿に泊まるのは帝都からの商人、近隣の村人たち程度だという。

 

「そうですか……分かりました。では酒場を覗いてみますね」

 

 ブルプラは女たちに礼を言い、組合を後にする。

 

(思ったより金がかかったな……えっと、宿に泊まれるのは2か月弱か?)

 

 銀貨はまだ残っているが、金貨は既に4枚だ――仕立て屋に払う4枚を別にして。

 早いところポーションを売って金貨を確保しないと冒険者を雇うどころではない。<伝言>の情報網も1ヶ月しか契約できていない。

 残りの金と必要な出費を指折り数えながら、ブルプラはネットを連れて冒険者組合に向かう。

 何とか良い客が見つかることを祈りながら。




貧乏旅行。

捏造設定:ポーションの相場
回復:金貨8枚
解毒:5枚
病気治癒:14枚
空き瓶:銀貨5枚
複合化させることにより+α

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