自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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お上りさんの勘違いは続く。


第13話 冒険者組合 【トイレ注意】

 翌朝、まだ日が昇らないうちにブルプラはフラフラとベッドから立ち上がる。そして、虚ろな目で窓に近寄り、その覆いを外し――霧になったブルー・プラネットが入り込んでくる。

 ブルプラは寝床に戻り、何事もなかったように寝ている。そこにブルー・プラネットが<獣類人化>を解除し、再び魔法を掛けなおす。

 ブルプラとネットの身体は、各々のベッドの中で服を着たままイノシシに似た獣に戻り、再び人間の姿を取り戻す。その間、2人のシモベは静かに寝ており、声を上げることも無かった。

 ここはもう森の中ではなく町なのだ。シモベが起きてから魔法を掛けなおし、その合間に獣に戻ったシモベが鳴き声を上げて宿の主人に知られることがあってはならない――人間社会は煩わしいが仕方がない。

 

 やがて、2人は目を覚まし、着衣の乱れを直すとベッドから降り、霧の身体で宙に浮いているブルー・プラネットに跪いて朝の挨拶をする。

 

「おはようございます。ブルー・プラネット様。今日の仕事をご命令ください」

 

 すでに何度も繰り返された行動だが、町中であるという意識があらためて日本人としての広川の精神を刺激する。これまでは森の中、ユグドラシルの延長でシモベに対する支配者として振る舞っていたが、ふと我に返って周囲の目を意識すると、たとえ個室の中であっても2人の男に傅かれる状況は気恥ずかしい。

 

「ああ、そうだな……今日はまず冒険者の組合に行ってみよう。それから薬師組合だな」

 

 ブルー・プラネットはシモベ達から微妙に目を逸らしながら<知力向上>の魔法を掛け、今日の予定を伝える。気恥ずかしく感じながらも威厳を保ってしまうのは、相手に合せてしまう日本人の性だ。

 

「それでは、トイレを済ませよう」

 

 シモベの身体を1人ずつ支配し、順に1階に行ってトイレを済ませる。森の中で済ませていたのとは違い、ここは宿の中だ。人間の常識をもったブルー・プラネットが手伝う必要がある。

 ブルー・プラネットにしても、この世界のトイレは勝手が違う。現実世界のチューブ式とは違い、穴が開いた椅子に腰かけて下の空洞に排泄物を落とした後に、使い捨ての木の板で拭う――ものすごく気持ちが悪いが仕方がない。

 幸いこの宿には水道が引かれているようで、ブルー・プラネットは何度もシモベの手を洗う。

 

「体も清潔にしなくてはな……」

 

 2階の部屋に戻したシモベたちを並んで立たせ、洗浄液を噴射する。

 この宿屋にシャワーはない。どうやって人々が入浴しているか疑問はあるが、日本人の精神の残滓をもつブルー・プラネットは風呂にも入らず外出することが許せない。

 

 シモベたちの全身が洗浄液の泡に包まれる。

 現実の洗剤であれば床に水溜りが出来て、水漏れしていると宿の主人が怒鳴り込んでくるだろう。だが、これはユグドラシルの植物系異形種のブルー・プラネットがスキルで作った洗浄液だ。ユグドラシルでモンスターに付けられたマーク――ジャイアント・オクトパスの墨など――を消し去るための洗浄液で、汚れを落とした後には何も残らない。

 洗浄液の泡は体の隅々まで入り込み、汚れや臭いだけを消し去って、そのまま気化して消えていく。ゲーム上ではなく現実の汚れまで消えるのは不思議だが、魔法というのは便利なものだ。

 

 清潔になったシモベ達を見て頷くと、ブルー・プラネットは宣言する。

 

「よし、では行くか」

 

 窓の格子を通って霧の体が外の樹に溶け込んでいく。そして、意識をブルプラに乗り移らせ、 2人のシモベは荷物を肩にかけて部屋を出る。しっかりと部屋の鍵を閉めることも忘れずに。

 

 目抜き通りを歩きながら、ブルプラは街並みを観察する。昨夜は閉まっていた店も開いており、通りは賑わっていた。ブルー・プラネットの意識は賑わいぶりに興味を惹かれるが、並んで歩くネットがどうも落ち着かない。

 

「ネットは、こういう所は苦手か?」

「はっ、人間は気にならなくなりましたが、硬い物の当たる音にはどうも慣れません」

 

 ブルプラ――意識はブルー・プラネット――の問いかけに答えるネットは、店の売り子が棒で板切れを叩いて呼び込みをしたり石畳の上を台車が通ったりするたびに顔をしかめている。

 

「そうか、それは済まないな……」

 

 以前の会話からすると、ブルー・プラネットに体を支配されていてもブルプラの意識が消えているわけではないらしい。おそらくブルプラも、ネットと同じく落ち着かない気持ちでいるのだろう。

 森の動物を街中に連れ出していることにブルー・プラネットは罪悪感を覚える。

 

「いえ、これは私共の使命ですから。それに、御身のお側でお仕えすることは何物にも勝る喜びです」

 

 すれ違う町の人たちは、ブルプラとネットの会話を耳にして2人にチラチラと目を向ける。農民2人が「御身」などという言葉を使って主従関係を結んでいることを奇妙に感じたのだろう。

 服装は粗末だがよく洗濯されて汚れ一つない。顔もキレイに洗われており、体臭もない。

 中年の方は冴えない顔つきだが、若者の方は騎士と言っても通用する美丈夫だ。

 ひょっとしたら高貴な身分の者が供を連れてお忍びで町に来ているのか――そんな表情を浮かべる者もいる。

 ブルー・プラネットは人々の視線を浴びてそれ以上の会話を続ける勇気はなく、ブルプラとネットは無言で検問所に向かった。

 

「おはようございます」

「おはようございます。ブルプラさんとネットさんですね。夜番の者から聞いています。ケラナック村のことはありがとうございました」

 

 許可証を衛兵に見せて挨拶すると、衛兵たちも笑顔で挨拶を返してくる。検問所を通る人々を見ると、大抵は衛兵と顔見知りのようで、許可証も見せずに軽い挨拶を交わして行き来している。

 人口2万人程度の小都市という話だったが、そんなものだろうか? 

 現実世界では「近所づきあい」に縁がなかったブルー・プラネットは疑問に思うが、とりあえず衛兵たちに顔を覚えてもらうまでは許可証を見せるやり方で行こうと考える。

 

 検問所を抜けると、高い石壁で挟まれた狭い路地が続き、そして広場に出る。広場の中央には大きな噴水があり、そこから滾々と溢れだす水が街へ引かれた水路に流れ込んでいる。山側の小高い場所に造られた砦だ。新しい街との高低差で水道が引けたのだろう。

 この噴水は山からの地下水脈を掘り当てたのだろうか――ブルプラは、少しの間その噴水が朝日を浴びて輝き、澄んだ水が流れていくさまに心を奪われた。

 

 この噴水は信仰の対象でもあるらしく、町の人々は噴水の前で祈りを捧げてから各役所に向かっている。この町の命を繋ぐ貴重な水源なのだから、信仰の対象となるのも頷ける。

 その信仰心の表れなのだろうか、広場の正面には小さいが立派な彫刻が施された神殿が建てられている。そして、その白い神殿の両脇にくすんだ色の石造りの建物が続き、広場を囲むように軒を並べている。その建物と建物の間が入り組んだ路地となり、検問所や砦の外への門へ繋がっている。頑丈な石造りの建造物で囲まれた広場――砦として使われていたものに若干の手直しが施されているが、基本的な構造は昔のままなのだろう。

 

 その建物の並びに各種の組合らしきものがあった。文字は読めないが、看板には剣と盾、薬瓶、巻物などのシンボルが刻まれたレリーフが入り口の上に掲げられている。

 

(冒険者組合というのは、ここだな)

 

 ブルプラとネットの2人は剣と盾のレリーフの下にある扉を開け、中に入る。

 さほど広くない部屋の奥には受付カウンターがあり、その脇には依頼内容らしいメモがピンで留められたボードが立てかけられている。入り口からカウンターに到るまでに幾つかのテーブルが並んでおり、そこには数人の武装した男たちがいる――冒険者たちだろう。金属製ゴーレムではないようだ。ユグドラシルでクエストを探しているプレイヤーと雰囲気がよく似ている。

 扉が開く音に冒険者らしき者達が振り向き、その視線がブルプラを捉えた。だが、それは「何しにきやがった」であり、積極的に仕事を求める熱意は感じられない。振り向いた者達の胸元には銅色や鈍い鉄色の小さな金属板が掛かっている。それが冒険者たちの金属名を示しているのだろう。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」

 

 来客の姿を認め、奥から受付と思われる2人の女性が声をかけてくる。女たちは1日の仕事を始めようとして書類をカウンターの上に並べているところだ。

 ブルプラは受付の女に答える。

 

「ええ……仕事の依頼ではないのですが、少し教えていただきたいことがありまして」

 

 「依頼ではない」という言葉を聞くと、冒険者たちは更に興味を無くしたように視線を外し、フンと鼻を鳴らすと何やら液体をコップに注いで飲んでいる。朝早いというのに酒だろうか。

 受付の女たちは、それでも笑顔で問いかけてくる。

 

「はい、どのような内容でしょうか?」

「この辺りに、地下墳墓のような遺跡がないかを調べているのですが、分かりますか?」

 

 ブルプラの質問に、受付の女たちは首を傾げる。視線を天井に向けて記憶を掘り起こしているようだ。

 

「……地下墳墓、ですか? そうですね、この周辺ではそのような……少々お待ちください」

 

 そう言うと1人の女が依頼内容を貼り付けているボードを確認しに行き、もう1人は過去の依頼書をまとめた分厚いファイルを取り出して捲りだす。ブルプラもその綴られた依頼書を眺めるが、書かれている文字が読めないので諦めて受付嬢の報告を待つしかない。

 

「……ああ、21年ほど昔、古い塚を塒にしていた盗賊団を討伐した記録があります」

 

 ようやく文書を確認し終えた女が顔を上げ、これで良いかと言いたげにブルプラの顔を伺う。

 

「その塚はどんなものですか?」

「細かい記録は無いのですが、10人ほどからなる盗賊団が寝泊まりしていたそうで、塚の奥に略奪品を樽2つにしまっていたということです」

「……ということは、それほど大きな墳墓ではないですね」

 

 ナザリック地下大墳墓ではない――少し落胆した声でブルプラが確認する。

 

「はい、鉄級の冒険者5人で討伐されたということですので、大きな仕事ではないですね」

「そうですか……他には、墳墓に関する記録は無いですか?」

「はい、残念ながら」

 

 受付の女が困った顔で首を傾げ、微笑む。もう1人の、ボードを確認していた女も戻ってきて首を横に振る。受付の女はテーブルについている冒険者たちにも視線を送るが、彼らも首を横に振る。

 受付の女は申し訳ないという顔をしながらも、笑顔を浮かべて提案してくる。

 

「もし新しく『地下墳墓』に関する情報が入りましたら、ご連絡いたしましょうか?」

「ええ……お願いしたいですが、連絡はどのように?」

「ご住所をお教えいただければ、お手紙でお知らせいたします」

「そうですか……あいにく、私たちは旅の途中でして、そう長居もしないつもりですので……」

「はぁ、それでしたら申し訳ございませんが……」

 

 受付の女は首を横に振り、ブルプラは肩を落として項垂れる。

「冒険者たちなら何か知っているかもしれない」――その希望、ナザリックへ帰還する糸口の1つが断たれたことに落胆したのだ。

 

「お客様、この辺りに地下墳墓があるというお話を聞いてこられたのですか?」

 

 暗い顔をしたブルプラを哀れに思ったのだろう。受付の女が優しい声をかけてくる。

 

「いえ、特にあては無かったのですが、私は巨大な地下墳墓を探して旅をしておりまして……」

「そうですか……もし数日いただけるのでしたら、他の都市にも問い合わせてみましょうか?」

「はい、もし可能でしたら……でも、他の都市に問い合わせるとなると、どの程度時間がかかりますか?」

「まず、<伝言>で各都市の組合に連絡を取ります。それは翌日には結果が分かります。候補があれば詳しい情報を文書で取り寄せますので、帝国領内の情報でしたら最大1週間あれば揃うと思われます。都市国家連合やリ・エスティーゼ王国からとなると、もう少しお時間をいただきますが……」

「1週間ですか。それでしたら、是非お願いいたします」

 

 望みの糸がまだ繋がっていることに、ブルプラの目が輝いた。

 それを見て受付の女はニッコリと微笑んで会釈をし、商売人の顔になる。

 

「ご依頼ありがとうございます。それでは、まず<伝言>による問い合わせに銀貨10枚をいただきますね。もし詳しいことが分かりましたら、その文書の入手に更に銀貨5枚いただきます」

 

 痛い出費だ――まだ金を稼ぐ見通しも立っていないのに。だが、これでナザリックの場所が分かれば金銭など問題ではない。

 そう考えて、ブルプラは口述で「大規模な地下墳墓の調査依頼」と受付の女に書類を作ってもらい、金を払う。各都市の冒険者組合に問い合わせた結果は明日になれば揃うそうなので、ブルプラは明日の昼頃に再び来て報告を聞くことを約束する。

 

 それにしても――

 予測はしていたが、ユグドラシルと同じ<伝言>の魔法が使えることが確認できただけでも収穫だ。ユグドラシルでは魔法職を取ったプレイヤー同士がゲーム内での連絡に使う、一番基本の魔法だ。プレイヤーに似た「冒険者」という存在が<伝言>を使えるのは当然かもしれない。あるいは、そのまま「プレイヤー」という存在がいるのかも――

 

 ブルー・プラネットは、受付の女に確認する。

 

「<伝言>が使えるということは、ユグドラシルのプレイヤーが組合で働いているのですか?」

 

 これは上手く伝わらなかったようだ。

 受付の女は首を傾げ、眉を顰めて困ったようにブルプラに問い返す。

 

「申し訳ございませんが、『ゆぐどらしるのぷれいやー』とは、どなたでしょうか?」

「ええと、ですから、『ユグドラシル』の『プレイヤー』が<伝言>で連絡をとっているのですか?」

 

 受付の女は困った顔でもう1人の受付を見て、そちらは黙って肩をすくめる。

 

「申し訳ございません。この組合では『ゆぐどらしる』という所から来た『ぷれいやー』という方は在籍しておりません。<伝言>は、組合に登録された魔法詠唱者が担当しております」

 

 受付の女は2人とも、あからさまに「変なことをいう客だ」という表情を浮かべている。

 

「そうですか……いえ、でしたら結構です」

 

 ブルー・プラネットは平静を装いながら、内心は酷く混乱して会話を止める。

 この世界は何なのだ?

 この世界の人間もユグドラシルの魔法を使える――村長の妻が使ったような、この世界特有の魔法ではない。冒険者組合というユグドラシルを強く想起させる組織があり、<伝言>を当然のように使っている。

 そのくせ、「ユグドラシル」や「プレイヤー」の存在が知られていない。

 あまりにもチグハグな世界だ。

 

 新たな事実が再びブルー・プラネットを困惑させる。

 この世界はユグドラシルを知らない――妄想の世界である可能性がまた小さくなった。

 しかし、「全くの異世界」である可能性も小さくなった――ユグドラシルの魔法が根付いているのだから。

 どちらか一方ではなく、ユグドラシル的な世界と異世界との2つがモザイク状に入り混じっている。そのモザイクを構成する断片に、ナザリックや自分が取り込まれたのだろうか。

 

 どこまでがユグドラシルの断片なのだろうか? もっと情報を集めなければならない。

 気を取り直し、ブルー・プラネットはシモベの目を通して<真意看破>を使う。

 受付の女たちにウソはないことが直観的に分かる。隠し事もない。単に、無知な田舎者に呆れているだけだ。

――少し腹が立たないでもないが、それならば、もっと様々なことを教えてもらおう。

 

「……冒険者組合には魔法詠唱者も多いのですね?」

「はい、<伝言>でしたら使える者はそれなりにおります」

「他の魔法は……どんな魔法が使える方がいらっしゃいますか?」

「はい、この組合には第3位階まで使える者が1人おり、空を飛ぶ<飛行>(フライ)を習得しております。現在は白金級の“砦の牙”に所属しており、山岳地帯の警戒にあたっております」

 

 <飛行>(フライ)――これもユグドラシルの魔法だ。第3位階という点でも同じだ。

 

「第3位階……では<火球>(ファイヤーボール)も使えるのですか?」

「はい、お使いになられるそうですよ」

 

 間違いない。この世界の人間もユグドラシルの魔法を使っている。

 だが、この受付の女は「第3位階まで使える」と言った。それ以上の魔法はどうなのだろうか?

 

「その『白金級』の方が、この都市で最高の冒険者ということですね」

「はい、現在のところは。要請があればミスリル級以上のチームが帝都より派遣されますが……」

 

 ブルー・プラネットは、どのような冒険者がいるのか、受付嬢たちに質問を続けた。

 現在、このエドレインタールに在籍する冒険者で最高の者は「白金級」らしい。その下には「金級」のチームも1つ、更に衛兵たちよりは強いという「銀級」の戦士が2,3人いて、下級のチームを補佐しているらしい。下級のチーム――一般兵並みの「鉄級」そして最下級の「銅級」も合わせれば、全部で数十チーム、数百人の冒険者がこの町にはいるという。もっとも、これらの中には書類上だけの登録で、他の仕事と掛け持ちしていたり、半ば引退している者も多いということだ。

 

 第3位階の魔法を使えるのは、最高位の「白金級」チームの魔法詠唱者1人だけだという。

 他のチームの冒険者は、最高で第2位階かそれ以下の魔法しか使えないらしい。

 

 白金級以上の冒険者たちについてブルプラが話を聞くと、エドレインタールには在籍していないが「ミスリル級」や「オリハルコン級」、そして最高位の「アダマンタイト級」があることも教えてくれた。その「アダマンタイト級」の冒険者は近隣諸国に各1つか2つのチームがある程度で、ミスリル級やオリハルコン級であれば大きな都市にはそれなりに存在するということだ。

 

 これらの冒険者のランクは業績に応じて審査されて決まる仕組みになっており、ユグドラシルであったレベルという概念は無いらしい。ブルプラが発した「冒険者のレベル」という言葉に受付の女は再び困った顔をして、討伐対象や課題の困難さを示す「難度」という言葉があるが、それは通常は冒険者の力を量るのには使われないと忠告したくれた。

 

 ブルー・プラネットは、高々第3位階の魔法が使える程度でこの小都市の最高位冒険者になれるという情報に驚く。そして、最高位のアダマンタイト級冒険者の強さに興味を引かれたが、それには明確な答えは無かった。

 受付嬢の話では、アダマンタイト級の魔法詠唱者は第3位階を超えた第4、第5位階の魔法すら使いこなす者もおり、神官職であれば死者を生き返らすことも可能だという。

 それを、受付の女は大げさな身振り手振りを交えて語ってくれた。

 

「アダマンタイト級の冒険者は第4、第5位階の魔法を使うということですか?」

「はい、さすがにフールーダ・パラダイン様のように第6位階に達した者は聞いておりませんが」

 

 ブルプラの驚いた顔を受付の女は別な意味にとったようで、「第4、第5位階ですよ」と首を振りつつ声を潜め、恐ろし気に語る。

 ブルプラ――ブルー・プラネット――は驚きのあまり声も出ない。第5位階の魔法など、まるで初心者ではないか。ユグドラシル時代であれば数日で習得できるレベルの魔法だ。ユグドラシルのシステムに慣れるためのチュートリアルでモンスターを倒し、最初のクエストをこなしているうちにいつの間にか到達してしまう程度の。

 

 以前、村を襲っていた騎士たち、そして、彼らを監督していた魔法詠唱者たちのことを思い出す。あの弱々しい連中も、ひょっとしたらこの世界においては強者として位置づけられる者だったのかもしれない――貴重な機会を逃したのかもしれないと、ブルー・プラネットは少しばかり残念に思う。

 

「ああ、第5位階の魔法なんて、どれほどの奇跡を起こせるのか……恐ろしいですが、冒険者組合に勤めるものとして、一度は見てみたいものです」

 

 憧れるように語る受付の女を見て「あんたの目の前に立っているのがその産物だよ」と心の中でツッコミを入れつつ、ブルー・プラネットは質問を続ける。

 

「あの……第6位階よりさらに上の位階魔法を使う方はいないのですか?」

 

 ユグドラシルの魔法はどこまで浸透しているのだろうか――そう考えて聞くブルプラに、対応していた受付の女はポカンと口を開けて、ブルプラの顔をまじまじと見つめる。

 横からブフォッという音がする。

 そちらを見ると、もう1人の受付の女が思わず吹き出していた。

 そして、後ろで耳をそばだてていた冒険者たちも大声で笑う。この無知な田舎者の、突拍子もない質問に対して可笑しさを堪え切れないというように。

 

「第6位階より上、か? そりゃいるさ、お伽噺の中にな」

「そうだな、おめえらが探してる地下墳墓には第8位階の魔法を唱える魔神がいて、おめえらを頭から喰っちまうぞ!」

「はは、魔神が冒険者やってるかもな。おい、誰が魔神だ? 手を上げてみな」

 

 暇人どもが――ブルプラは心の中で呟き、なおも続く冒険者たちの冗談を背にして組合を出る。

 

「少し疲れた。食事をするか」

 

 ブルプラはネットに声をかけ、ネットは頷く。そして、2人は広場の中に出ている屋台で果物を買い、その近くの椅子に腰かけて食事を始める。

 

「……しかし、ブルー・プラネット様……よろしかったのですか?」

「ん? 何のことだ?」

 

 普段無口なネットが珍しく自分から問いかけてきた。その意図を汲めなかったブルプラは果物をモゴモゴと頬張りながら聞き返す。

 

「先ほどの冒険者どもです。あのような下賤な輩にブルー・プラネット様が笑われるなど!」

 

 見ると、ネットは顔を赤らめ、怒りに拳を震わせている。

 その怒りには真摯に答えてやらねばならん――ブルプラは食いかけの果物を置き、一呼吸おいてネットに答える。

 

「……ああ、構わんさ。彼らは無知であり愚かだが、あえて懲らしめるほどの価値も無い」

 

 実際には、ブルー・プラネットも少しばかり不愉快であった。しかし、それは自分のこの世界に対する無知から来たものだ。笑われても仕方がないかとも思えた。

 

(まあ、いいか……怒るだけ損だ)

 

 別にこの冒険者たちとずっと付き合うつもりもないしな――そんな思いとともに不快感は拭い去られていた。何より、気に食わないからとブルー・プラネットが本体を現して彼らを打つことはできない。あの弱々しい者たちを皆殺しにするのは容易いだろうが、それで折角潜入した人間社会から警戒されるわけにはいかないのだ。

 

「御心のままに……しかし、ご命令あらば、私はいつでも御身のために戦います」

 

 ブルー・プラネットはその意気を嬉しく思う。

 しかし、ネットの言葉は頼もしいが、シモベ2人では弱すぎるとも思い、腕を組んで考えこむ。

 

 <獣類人化>で作り出されるのはあくまで基本レベル、それも戦士などの職業ボーナスが付かない一般人でしかない。

 この町の冒険者には第3位階の魔法程度とはいえ、空を飛べたり火球を撃ったりすることが出来る者もいる。それより下級であっても冒険者はただの人間よりは強いはずだ。武器も持たずに暴れたのでは、シモベ達には勝ち目はない。

 いや、冒険者との戦いがどうこう以前に、街中で暴れればすぐに衛兵たちに捕まってしまうだろう。それではポーションを売って金を稼ぐ計画が水泡に帰す。

 

 駒が足りない。

 ブルー・プラネットは、ブルプラの体を通して溜息をつく。この世界は、現実世界ともユグドラシルとも随分と違っている。そして、社会の仕組みを利用するのに手頃なレベルの駒が不足しているのだ。

 

 駒を増やすか?

 弱くとも数さえ揃えば出来ることは多くなる。1日のMP回復をうまく使えばシモベを4、5人増やすことも可能だ。MPに余裕はなくなるが、いざというときはブルー・プラネットが体力で戦えるし、スキルで戦闘用の召喚獣を付けてもいい。

 だが、ブルプラは思い直して首を横に振る。数が増えれば問題も増すと理解して。

 現在はまだ生活の基盤を確立していない。社会常識さえ覚束ない段階だ。その状態で闇雲にシモベや召喚獣を作っても住居や食事を用意するだけで大変だし、どうしたって社会との軋轢が生じる。何か事ある毎にブルー・プラネットが関与していたら、それだけ正体がばれる危険が増す。

 逆に行動が縛られて「社会の情報網を使ってナザリックを探し出す」という目的から遠のいてしまうだろう。

 

 まずは、このシモベを使いこなすことだ――ブルー・プラネットは果物を食べているネットを見る。

 ブルー・プラネットはポーションを作り出せる。それをシモベに売らせて金を稼ぐことが当初からの目標だった。だが、同時にその金で冒険者を雇い、戦闘などを任せればシモベ自身は弱くとも、ブルー・プラネットが表に立たなくとも、問題は解決する。

 シモベを上手く使い、冒険者のコネクションを作っていこう。

 

 やはり金が掛かるよなあ――硬貨の入った布袋を取り出して眺める。

 冒険者組合なるものがあり、魔法で色々調べることが出来ることは分かった。冒険者も雇えるようだ。

 だが、調査費や依頼料は――今日の依頼であっさりナザリックが見つかれば良いのだが、受付の女の反応からすると期待は出来ない。幾つかの候補が浮かんだとして、調査結果をさらに細かく調べるとなると銀貨にして数十枚は必要だろう。今の手持ちの金ではすぐに底をつく。

 

 つい数日前にこの世界に出現したナザリック大墳墓は、まだ冒険者たちにも発見されていない可能性だってある。冒険者が発見して報告されるまで定期的に冒険者組合に依頼を続けるのでは、金が幾らあっても足りない。

 自分で情報を集めることも大切だ――とりあえず、現在までの情報は冒険者組合にまとめてもらい、今後は冒険者の噂などを集める仕組みも作らなければならないだろう。

 

「そうすると、やはり出来ることは決まってくるな」

 

 ブルー・プラネットの心は決まる。

 まずは、シモベたちは薬師兼ドルイドとして使い、ポーションを売って収入を確保する。

 そして冒険者にも顔を売り、噂を集め、荒事が必要になれば依頼する。薬師としてポーションを売っていく過程で自然に冒険者ともコネを作ることも出来るだろう。

 それと並行して、ブルー・プラネット自身もスキルを使って情報収集の仕組みを構築する。

 

ちょっと吹っかけてみるか――。

 

 ブルー・プラネットは金を稼ぐためにポーションの値段を高めに設定しようと考える。少なくとも銀貨数十枚の収入は確保したい――金貨にすればどれだけだろうか?

 ブルプラは立ち上がる。そして、次の予定である薬師組合に足を進める。

 それを見たネットも慌てて立ち上がり、食べ掛けの果物の最後の一欠片を飲み込むと、ブルプラの後を追った。




ブルー・プラネットは朝シャン派。

捏造設定:冒険者組合の<伝言>ネットワーク
冒険の依頼が入らないで暇な魔法詠唱者の副業として<伝言>による情報伝達がある。魔法学院の学生のアルバイトとしても人気。
ただし、魔力消費の問題から伝えられる情報量は少なく、公開できる部分も限られている。あくまで「ヘッドライン」的なモノ。

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