自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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嫉妬マスクと化したネスタカム。
揉め事を起こしたくないブルー・プラネット。


第11話 情報収集、そして金

 翌朝、毛布に包まれて寝ていたシモベたちが目を擦って起き出す。服も脱がなかったが、よく眠れたようだ。今日は村で長時間過ごすことを考えて、ブルー・プラネットは洗浄液を2人に掛けて臭いや汚れを取る。

 <獣類人化>と<知力向上>の魔法を掛けなおしても、シモベたちは昨日の記憶を保持していた。

 よし――ブルー・プラネットは頷いて、シモベたちに昨日の村に行くことを伝え、その準備を始める。

 ブルー・プラネットにとっては、この世界で4回目の朝だ。この異常事態にもだいぶ慣れてきた……と思う。

 

 一晩経ってスキルは回復しており、残りのポーションを完成させる。そして、それを昨日の分と合わせて台車に乗せる――この準備は1時間足らずで終わった。ブルー・プラネットはMP回復のために休息をとり、その間にシモベたちは近くの樹々から食料となる果物を集めて朝食をとる。

 

 やがて、万全の準備が整ったと考え、ブルー・プラネットたちは村へと向かう。

 一応は毛布で包んだが、大量のポーションを割らずに森の中を進むのは難しい――ブルー・プラネットはポーションを台車ごと持ち上げた状態で霧となり、慎重に森の上を飛ぶ。シモベたちも森の端の近くまでは霧になって樹々の中を進んでいく。

 

 2,30キロの行程だが、ゆっくり移動したため森の端に着いたときは正午近くになっていた。

 樹の陰に隠れてポーションを積んだ台車を下ろし、霧を実体化させる。

 今のところ、すべて順調だ。毎朝<獣類人化>と<知力向上>の魔法をシモベたちに掛け、本格的に活動するのは昼から――当面はこのサイクルで行けばMPは十分回復する。何か問題があってもこれならば対処できると、ブルー・プラネットは自信を深めた。

 

 聞き耳を立てて周囲の人間の気配を探ったが、昨日の失態で懲りたのか、ネスタカムは森には来ていない。村の方向に耳をすませば、彼は村の入り口で村長と話し合っている。内容は他愛ないもので、少し前からシモベ達を待っているらしい。

 あまり待たせても悪いなと、ブルー・プラネットはシモベ2人に薬を託して村に向かわせる。

 

「では、頼んだぞ。また折をみて私がお前の体を使わせてもらう」

「はっ、畏まりました」

 

 ブルー・プラネットの命を受け、シモベたちはポーションを載せた台車を引いて村に向かった。ブルー・プラネット自身は、一足先に村の中の樹に意識を移し、そこでアイテムを植え込んで村の観察をシモベの監督と並行させる。

 

「こんにちは、ネスタカムさん、村長さん」

「こんにちは、ブルプラさん、ネットさん」

 

 村の入り口で村長たちと挨拶を交わし、ブルプラたちは台車をネスタカムに引き渡した。

 

「こちらがポーション150本です。私たちは夜通しの作業で少し疲れたので、ネスタカムさんが投与していただけますか? あなたが一番患者をよく見てこられたでしょうし」

 

 疲れているようには見えないブルプラの言葉に、ネスタカムは卑屈な笑みを浮かべて肯いた。

 

「では、村長さん……えと……」

「イヘインムルです。そういえば、昨日は自己紹介しておりませんでしたね」

 

 村長が笑う。しかし、昨日に比べてその笑顔はやや硬い。

 

「そうでしたね、では、薬はネスタカムさんに任せて、私たちはちょっと生活用品などの件でお話をしたいのですが……」

 

 ブルプラが頷いて、村長に話を振る。ここまでは今朝打ち合わせた通りに進んでいる。いや、ブルー・プラネットが期待した以上だ。

 ブルプラの目と耳を通して村長との会話を聞いているブルー・プラネットは、シモベの演技力と村人の名前を憶えていることに感心し、<知力向上>の効果なのだろうと推測する。

 

(イヘインムル、イヘインムル……「ネスタカム」にせよ「イヘインムル」にせよ、聞いたことが無い名前だ。会話は翻訳されるのに名前は無理か。これが「広川」とか「吾作」とかだったら覚えやすいんだけどな)

 

 ブルプラと村長は世間話を続けている。その話によると、この村の名前は「ケラナック」というらしい。この名前も意味不明だ。どうやら一般名詞と違って固有名詞は発声されたそのままの音で伝わっているようだ。名前は名前として、その意味とは切り離されているためだろうか。

 

(聞いてみよう)

 

 ブルー・プラネットはブルプラの身体を乗っ取り、村長に話しかける。

 

「ゲフン、ゲフン……ええと、この村の名前、ケラナックとはどういう由来があるのですか?」

「うむ……村の名前ですか? それは神殿で頂いたので……意味は分かりませんな」

 

 ブルー・プラネットの質問に、村長は意外そうに答える。

 やはり、音が意味と切り離されている場合は翻訳されないらしい。名前は神殿で貰うと言ったが、現実世界のラテン語のような特別な職業の者しか使わない言語によるのだろうか?

 この世界の事情は意外に複雑だ――ブルー・プラネットはブルプラの身体を使い、首を捻る。

 そして、自分のシモベに名乗らせた名前、特に「ワン」や「ツー」がどう伝わっているのかも心配になる。いくら何でも「一番」や「二番」が名前では不自然か……村長の態度からはそうでもなかったようだが、と。

 

 そして、ネスタカムは村の患者を診に行き、シモベの2人は村長とともに家に向かった。

 村長の家ではその妻が待っていた。村長と同じく初老の、しかし、農作業で鍛えられた村長とは対照的に、細身で品の良い老婦人だ。

 村長の妻は、夫と自分、そして村の病を治してくれたブルプラたちに笑顔を向け、出来るだけのお礼をしたいと湯を沸かしてお茶らしきものを淹れる準備を始める。村長の家と言っても特に豪奢な構造ではなく、むしろ広い土間がそのまま壁で仕切られているような簡素な造りになっている。そのため、入り口近くの部屋からも台所の様子が見えた。

 

 22世紀の日本では、そしてユグドラシルでも湯を沸かすのは簡単なことだが、この世界では手間がかかる仕事のようだ。村長の妻は炊事場に立つと薪を用意し、その上に水を入れた鍋を掛ける。そして、指先に炎をともして、薪に火を点け、湯を沸かし始めた。

 

「ほう、指で炎を」

「ははは、うちの家内は魔法の才能がありましてな……町で学ぶほどではなかったのですが、香料や塩などを出せるので色々と便利なものです」

 

 ブルプラ――今はブルー・プラネットが支配しているが――が驚いた声を出すと、村長は笑って説明した。

 村長の口ぶりでは指で火をつけることは大したことではないらしい。だが、ブルー・プラネットにとってこの魔法はユグドラシルで見たことのないものだ。この世界にユグドラシルの魔法と異なる魔法があるならば、それは気を付けなければならない。特に炎を操る魔法には。

 

 ユグドラシルの火炎系魔法では、その効果範囲や時間は限定されていた。火球であれば一瞬の爆発を引き起こして消え、あとは消し炭が残るだけ――延焼などは起きない。

 だが、村長の妻が生み出した炎は薪を燃やし続けている。それはすなわち、この魔法で生み出した炎は森を焼き尽くす可能性もあるのだ。

 

 そして、魔法の火で燃やされた薪の炎は水を温めている。ユグドラシルの魔法のように効果は限定されず、物理的に影響が広がっている。「茶を淹れる」ということから、この魔法の火が消えても湯は水に変わったりしないのだろう。

 ユグドラシルでは湯を沸かす専門の魔法があった。徐々に湯が沸くため攻撃魔法としても役に立たない、ごく初歩の、低位の魔法だ。ブルー・プラネットはナザリックの大浴場でその魔法<水温上昇(ヒート・ウォーター)>を最大化(マキシマイズ)して掛け、湯に浸かっていた仲間たちを跳び上がらせたこともある――たっちさんなど、何人かは跳びすぎて天井にぶつかっていたが。それに比べれば村長の妻が使った魔法は他愛ないものだが、その影響は連鎖して予想外の影響を及ぼす可能性もある――ブルー・プラネットはこの世界への警戒心を高める。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 お湯が沸くまでしばしの時間があった。

 その間に、ブルプラとネットは玄関から近い部屋、おそらく応接間の椅子に座り、村長の話を聞く。村長は、今回の疫病の発端や、いかにこの村が苦境に陥っていたか、そして、この村が貧しいこと、ここに至るまでの苦労の歴史を訥々と語った。

 ブルー・プラネットが見るに、村長はいかにも苦労人といった風である。顔に刻まれた深い皺、太く節くれだった指、広い顎……現実世界では見ることが少なくなった「職人」の姿である。その彼の半生の物語は興味深く、尊敬に値するものと感じられた。

 

 だが、ブルー・プラネットが知りたいのは別のことだ。

 

「……そうですか、近くの都市にも救援を……それはどのくらいの距離にあるのですか?」

「早馬ならば半日で着きますが、そうですな、旅の方であれば朝早く発てば日が沈む前には」

「ほう、何という町で、どのくらいの規模なんですか?」

「エドレインタールという町です。正確なところは分かりませんが、帝国領になってからは砦の外にも町が広がったので、2万人といったところではないでしょうか」

 

 村長の口から「帝国」や「砦」という新しい言葉が出る。ブルー・プラネットがそれらを必死になって脳に刻み込んでいる間にお茶が運ばれてきた。

 小休止だ――ブルプラとネットは礼を言い、冷めるまで待つ。

 茶は良い香りがするが、ブルー・プラネットが知る「お茶」とは異なり、何か香料が入っている。村長の妻が魔法で作り出した香料だろうか。

 

 一方、村長は少し沈黙した後、こちらを窺うように質問を投げかけてきた。

 

「お二人は旅の薬師と伺いましたが、ネスタカムが言うには森祭司(ドルイド)でもあると……ご出身はどちらですかな?」

 

 ブルプラは答えに窮する。この周辺の地名など知らないのだ。誤魔化すしか道はない。

 

「ええ……西の……ずっと西の方ですね」

 

 ナザリックがあれば、その方角になる。あくまで日の昇る方角を東とすればの話だが。

 

「ほう……西の……すると、リ・エスティーゼ王国のご出身ですかな?」

「ええ、そうです。リー……エステ王国の森で森祭司(ドルイド)をしながら、町で薬師をしていました」

 

 その答えを聞いて村長はわずかに眉を顰め、ブルー・プラネットは何か間違ったのかと不安に駆られる。

 

「――そうですか、ああ、そうだ。しばらくお待ちください」

 

 溜息をついて、村長は席を立ち、ブルプラ達は座ったままそれを見送った。

 少しして戻ってきた村長は、布袋に包んだ幾ばくかの金を机に置き、ゆっくりと丁寧に礼を言う。

 

「この度は大変お世話になりました。お2人は旅の途中ということですが、せめてものお礼としてこれを受け取ってください。何分にも小さな村なのでこれ以上のことは出来ませんが……」

「いえ、これはこれは……」

 

 ブルー・プラネットは「真意看破」を使う。周囲の敵意などを大まかに把握する「環境状態感知」では感じられない微妙な感情――村長がこちらに対して抱く疑念や警戒感が伝わってくる。

 

「……ちょっと失礼してよろしいですか? あの、お手洗いは……」

「ああ、それでしたら外の小屋にありますので、お使いください」

 

 実際には、排泄は朝のうちに森の中で済ましてある。この世界のトイレ事情など知らない以上、最低限の知識しかもっていないシモベたちはそうやって済ませるしかない。

 ブルー・プラネットがシモベの2人を外に行かせたのは別の目的があった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルプラとネットの2人が部屋を出て行くのを見送りながら、村長は溜息をつく。

 やはり、今朝ネスタカムが言ったように、あの2人は厄介事の種かもしれん――そう考えて。

 農民としか見えない服を着ておりながら薬師やドルイドと名乗るのは不自然だし、神殿で貰う名のことも知らないようだった。何よりも出身地の王国の名を間違えるはずがない。

 ネスタカムの推測――あの2人が粛清された貴族にまつわる薬師の一族であろうという話は本当だろうか? リ・エスティーゼ王国の貴族ではない。バハルス帝国に飲み込まれた小国の末裔たる、この地域の貴族たちだ。

 

 何代か前の皇帝統治時、この地を治めていた貴族が奴隷たちを使って怪しげな実験を繰り返し、不老不死を求めたという伝説がある。13英雄に退治されたとも、あるいは裏切り者だったとも言われる、魔物の血を引く者と契約して邪法を教えてもらったという伝説だ。

 その貴族が粛清された折、お抱えの魔術師や錬金術師たちは処刑あるいは追放されたらしい。敏い者は捕まる前に自分たちから主人を見捨てて山に逃げた。彼らを追って帝国からの捜索隊が村々を検分し、その結果多くの無実の血が流された話は、未だに老人たちの間で小声で囁かれている。

 

 そんな一族の末裔であれば、世情に疎いのも、高度なポーション技術をもっているのも頷ける。

 他国の農民の服を着ているのも、身分を偽装するためだろう。

 しかし、なぜこの時期に里に下りてきたのか? わざわざ薬師と名乗ったのか?

 

 そこで村長の思考は行き詰る。考えても分からないことは分からない。ネスタカムが顔を歪めて語った可能性――疫病も2人が仕組んだのでは、という話は幾らなんでも邪推だろうと思うが。

 

 いずれにせよ、首を突っ込むことは危険だ――村長の長い人生からの教訓がそう言っている。

 

(俺はこの村でずっと暮らしてきて、それなりに蓄えもある。下手に関わって都の連中に目を付けられたら洒落にならねぇ)

 

 辺鄙な田舎の村長は、現皇帝の治世がどんなものかを知らない。だが、その渾名は知っている。

 

 鮮血帝。

 

 現皇帝の性格を何よりも的確に示す名だ。そのような皇帝が、この村に怪しげな一族の末裔が匿われていると聞いたらどうするだろうか?

 ブルプラたちはこの村を救ってくれた。それは感謝している。だが、折角助かった村を再び危機にさらすことは御免被る。

 街の役人に密告することも考えたが、藪蛇になりかねない。

 この小さな村にとって最善の道は、出来るだけ早くこの2人に立ち去ってもらうことだ――そう考えて、なけなしの金を渡してお引き取り願ったのだが……

 

 村長は顔を顰めて、温くなってしまった茶を啜る。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルプラたちは村長の家から出ると、村の広場の近くにある日除けの樹が密集している場所に向かう。幸い、誰とも出会わなかった。多くの家がまだ患者を抱えており、患者の傍に立って薬が届くのを待っているのだ。

 

 樹の1本にブルプラ達が身を寄せる。村の家々から陰になっている方向に。

 ブルー・プラネットはその樹から枝を伸ばし、それをブルプラの首に突き刺した。そして、ネットにも。

 刺された瞬間、シモベたちは顔を歪めたが、次の瞬間には何事もなかったかのように平然として歩き出す。刺された跡も残っていない。

 

 すべては一瞬の内に起きたことだ。ブルー・プラネットの枝もすでに樹の中に消えている。

 日除けの樹も、何事もなかったように風で枝をそよがせている。

 この出来事は村の者は誰にも気が付かれなかった。もし偶然に見ていた者がいたとしても、それは樹の傍を通りがかった2人に風でそよぐ小枝が当たった程度にしか見えなかっただろう。

 

 そして、2人は村長の家に戻っていく。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「失礼しました。それで、この周辺の国の話なのですが……」

 

 ブルプラ達がトイレから戻ってきた。

 村長は2人に険しい目を向け、そして、何か甘い香りを嗅いだ気がした。だが、すぐにそれは気にならなくなる。代わりに何か暖かな気持ちが沸き上がってきた。

 出来る限りの金は渡すと言った。それで分からないなら皮肉の一つも言ってやろうか――そう考えていた自分の考えが急に恥ずかしいものに感じられる。

 

(この2人が来られなかったら、この村はお終いだった。高価なポーションを大量に惜しげもなく使ってくれた立派な方じゃねぇか。そんな方を無下に扱うわけにもいかねえだろうよ)

 

 そんな考えが村長の頭に浮かび、それが尤もだと何かが脳の中で囁く。

 村長は先ほどとは打って変わって晴れやかな笑顔になり、椅子に腰かけながら大きく腕を広げて2人を迎える。

 

「いやいや、案内もせず申し訳なかったですな。それで、何かお知りになりたいことがありましたら何でも言ってください」

「では、お言葉に甘えまして……まず、この周囲の『帝国』について教えていただきたいのですが――」

 

 村長とブルプラたちの会話は、冷えた茶を啜りながら和やかに続く。いつの間にか村長の妻も傍に来て「お茶のお代わりは」と聞いてくれた。ブルプラ達が「いえ、冷えたお茶が好きですから」と答えると、冷ましたお茶をポットに入れて村長の妻もテーブルに着く。

 

 そうしているうちに、村人に薬を配り終えたネスタカムが報告にやってきた。

 

「村長、これで全員に薬を飲ませました! 全快です!」

 

 家の入口で弾んだ声で報告するネスタカムの顔が赤い。ブルー・プラネットは、ネスタカムが村人たちから感謝の言葉を受け取り、その細やかな自尊心を満足させたのだと推測する。

 

「ブルプラさん、ネットさん、本当にお二人には感謝しきれません」

 

 部屋に入ってきたネスタカムは、ブルプラたちと目が合うと一瞬だけ顔をしかめたが、すぐにその表情を和らげた。そして、やや引き攣った笑みを浮かべて2人の手を握り、礼を述べる。

 

「そうか……全員助かったか。良かったなあ、本当に良かった」

 

 報告を聞いて、村長は椅子に深く体を預け、ほうっと息を吐く。

 

「あとは、何人か再発しても対処は出来る……そうだ、エドレインタールに『薬は不要』と連絡せねばならないな……」

 

 そう呟くと村長は椅子から立ちあがり、手紙を書くために羊皮紙とペンをとりながら下男を呼んで馬を用意させる。

 そして、街の薬師組合に向けた手紙を書き始めた村長は、ブルプラ達から受けていた質問をネスタカムに振る。

 

「そうだ、ネスタカム君、ブルプラさんは遺跡について知りたいそうだが、君は詳しいかね?」

「遺跡……ですか? 砦の跡などではなく?」

「ああ、何でも墳墓というものらしいのだが、そういうものを知っているかね?」

「ええ、先ほどイヘインムルさんにお尋ねしたのですが、私達は『ナザリック』という墳墓を探しておりまして、ネスタカムさんはご存じないかと……」

 

 ブルプラも頷いて「ナザリック地下大墳墓」についてネスタカムに問いかける。先ほど同じ質問を村長たちにしたのだが、村長もその妻も「ナザリック」という名にも「墳墓」にも心当たりはないそうだった。

 ネスタカムは村長とその妻、ブルプラ達の視線を一身に受けて首を傾げる。

 

「墳墓の遺跡ですか……リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルには大規模な墓地がありますが、そういったものではなく、遺跡となったものですね?」

 

 ネスタカムは少し考えて、ブルプラに確認をする。

 

「ええ、大規模なもので、地下迷宮を備えたものなのですが」

「ふむ、それは相当古い文化のものですね……評議国ならば……っと、人間の墳墓ですよね?」

 

 ネスタカムの視線が天井付近を彷徨い、ブルプラに再度問いかける。

 

「ええ、そうですね。人間の文化で作られた墳墓です……モンスターが出るかもしれませんけど」

「カッツェ平野ならアンデッドが出現するそうですから、そういう遺跡があるのかもしれませんが、私はあまり詳しくは……冒険者ならそういう所を知っているでしょうね。しかし、なんでまた、そのような遺跡を?」

「はい、古代のポーションや魔法の知識に興味がありまして。それで、その『冒険者』はどこに行けば会えますか?」

「なるほど、なるほど……冒険者は、このような村ではいませんね。もっと大きな都市に行けばいるでしょうが、バハルス帝国では最近、あまり優遇されていませんので……」

「ふむ、そうすると、エドレインタールに行けば会えますか」

「エドレインタールには組合がありますよ。小さいですが。ただ、あの町は……」

 

 そこまで言ってネスタカムは顔をしかめる。それを見て、村長が話に割って入った。

 

「すみませんね、ブルプラさん。私はこの村と近くの町を往復するだけの人生ですし、ネスタカム君はまだ若いので……」

「いえ、面白いお話を聞けました。私たちは旅を続けているのでこの辺の常識に疎くて」

 

 ブルプラが笑い、村長とネスタカムも合わせるように笑う。

 

 やがて、村長は手紙を書き終わり、村の若者にそれを託す。

 今から馬で駆ければ、なんとか日が暮れるまでに最寄りの町――エドレインタールの薬師組合に手紙が届き、もはや不要となった薬草を手配してもらわずに済むという。

 

「本当に助かりましたわい」

 

 村長が笑顔でブルプラに礼を繰り返す。

 今度の笑みは命が助かったことに対してではなく、金銭的なものだ。村に薬師が派遣された後では、その出費をどうするのかなど厄介な話になる。これから村を立て直さなければならない時に、薬師たちは村人が到底支払えない金額を要求してくるに決まっている。

 

 そして、ブルプラは村長から初めに用意された袋の金に幾らか追加された金を受け取り、そこから麦などの食料を買い入れた。村長は干し肉も準備したのだが、ネットは怪訝な顔でそれを見て、すぐに顔を引きつらせて激しく拒絶した。

 ブルプラも顔を引きつらせながら説明する。

 

「申し訳ない。私たちは肉を食べませんので……木の実などを頂ければ嬉しいのですが」

「おお、そうですか、それは失礼。木の実ならば森で取れたものを蓄えてあります」

 

 村長は下男を呼び、村の倉庫から袋一杯の木の実を持ってこさせた。

 

「……このようなものでよろしいのですか?」

 

 村長が袋を開けて中身を見せ、ブルプラは「これでいいか?」とネットに聞く。

 ネットは「はい、これでしたら」と頷いて笑顔になる。

 

「はい、これでしたら大丈夫です。では、その代金はこちらに……」

「いや、こんなものにお金を頂くわけには」

 

 ブルプラが代金を支払おうとすると、村長は手を振って金を受け取ることを拒否する。

 この木の実は本来売り物ではなく、森で拾い集めた非常食だ。村の恩人に金を払って売り付けるわけにはいかない、と。

 

「いえいえ、これも大切な食料ですから。それに、ポーションのお代のことはご心配なくと初めに申し上げていましたし」

「……ブルプラ様には何から何まで……本当に……ありがとうございます……」

 

 何度かの問答の末、ブルプラが村長に代金として銀貨数枚を押し付けると、村長は感極まったように涙ぐみ、途切れ途切れに感謝の気持ちを述べた。

 ネスタカムも顔を赤らめて俯く。しかし、これは妬みなどの負の感情によるものではないと、ブルー・プラネットには分かる。

 

「それでは、私たちはこれで……」

「お待ちください。エドレインタールに行かれるのですね? なら、私が紹介状を書きましょう」

 

 村長は、立ち去ろうとしたブルプラを引き留め、提案する。

 

「旅の方でしたら、通行税の他に何かと警備がうるさいかもしれませんからね」

「いやぁ、そうですか。お手数かけます」

「何の何の。あの町には何度も行っているので、検問所の連中とは顔見知りなんですよ」

 

 ほう、とブルプラは感心の声を漏らす。そういうことならば、その好意に乗らせてもらおうと。

 

「だけど、ブルプラさん、気をつけてくださいよ。あの町の薬師たちは本当に……」

「ネスタカム君……気持ちは分かるが、止めておきたまえ」

 

 ネスタカムが苦々しげに口を挟み、村長はその言葉を遮って笑う。ネスタカムも、客人に長々と話す話ではないと気が付いて、ばつの悪そうな顔をして黙り込んだ。

 もっと話を聞きたそうなブルプラを見て、村長たちは顔を横に振り、溜息をつく。

 

「いえ、何というか、あそこの薬師たちは金に汚いのですよ」

 

 村長の言葉にネスタカムも頷く。

 

「ブルプラさんは、素晴らしいポーションをお持ちだ。それで、彼らにやっかまれるのではないかと心配なんですよ」

「ああ、そういうことですか……分かりました。気をつけましょう」

 

 ネスタカムが補足し、ブルプラは納得して頷いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 やがて日が傾くころ、ブルプラたちは村を去って森に帰る。

 明日の朝早くにもう一度村に立ち寄り、そこから出発して夜にはエドレインタールに着く計画だ。村長からは村に泊まっていくよう提案されたが、やはり今回も辞退した。必要な情報は粗方揃ったし、ブルー・プラネットがシモベの<獣類人化>を掛けなおすタイミングで人目に触れる可能性は出来るだけ減らしたかったのだ。

 

 森に向かって去っていくドルイド2人を見送りながら、イヘインムルとネスタカムはしみじみと語り合う。

 

「あの御二人は本当に素晴らしい方でしたね」

「ああ、そうだなあ……正直言って、はじめは『厄介者が来たわい』と思ったが……」

「私もです。あんなに素晴らしいポーションを作れることに嫉妬してしまいました」

 

 村の2人は顔を見合わせて笑いあう。

 

「あの御二方が町でご不快にならねばいいのだがな」

「そうですね……あの町は――」

 

 いつものようにエドレインタールの薬師組合の悪口を始めようとしたネスタカムを村長は手ぶりで制す。ネスタカムの話は長い。放っておけば1日中でも続く、村人にとっての地雷だ。

 

「分かっとるよ。だから、警備の連中にはブルプラ様の力になってくれるよう書いておいた」

「ああ、紹介状ですか。何と書いたのですか?」

「病を治して村を救ってもらったことを。大した料金も取らずに、とな」

「そうですか。薬師組合の連中が難癖付けて来ても警備の方が取り持ってくれると良いですな」

「ああ、儂は隊長と副隊長を知っとるが、真面目な男でな。村の恩人を悪いようにはせんだろう」

 

 村長の言葉にネスタカムが頷く。そして、2人は再び森の方を眺めると、村に戻っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ふぅ……」

 

 シモベを連れてシェルターに戻ったブルー・プラネットは、出ない汗を人間であった時の癖で拭う。綱渡りのような村でのやり取りで精神的に疲れたのだ。研究者であったブルー・プラネットは、元々人間とのやり取りというものが得意ではない。

 村長との会話の中で王国の名を間違えてしまったときに村長の心に生じた疑念、あれには胃が締め付けられる思いだった。すでに胃の感覚は無いが、プレゼンを失敗したときの感覚が蘇ったのだ。

 

 村長の疑念に対処するため「人類種誘因物質(フェロモン・フォア・ヒューマン)」を作ってシモベたちに注入した。

 このポーションは魔法の<人間種魅了(チャーム・パーソン)>とは違い、相手ではなく自分側に掛ける。そして、効果もはっきりと自分を「味方である」と誤認させるほどの効果は無く、魅力度を上げて、周囲の人間種の判断をこちらに有利にする程度のものだ。

 正直、どこまで効くものか不明だったのだが、思った以上に効果があった。おそらく、これは一介の村人と100レベルキャラクターである自分とのレベルの差によるものだろう。

 

 それにしても――ブルー・プラネットは村長たちの話を思い出す。

 色々な情報があり、整理しなくてはならない。

 まず、この村ではナザリック大墳墓についての情報は得られないだろう。ならば、明日以降もこの村に留まる必要性は小さくなる。

 更に、ユグドラシルと微妙に異なるこの世界においても存在するらしい「冒険者」なるものが情報をもっているらしいこと。彼らは村よりも都会で会える可能性が高いという。

 そして、最寄りのエドレインタールという町。

 村長が書いてくれた紹介状を手に取って眺める。文字は読めないが、最後に聞こえた村長たちの会話からすれば悪いことは書いてなさそうだ。これを検問所で見せれば「旅の薬師」という怪しげな立場のシモベたちが活動しやすくなるだろう。

 一方で、エドレインタールの薬師組合というものが厄介らしい。

 

「さて、どうするかな……」

 

 ブルー・プラネットは明日の計画を練る。

 ナザリックの情報を得るためには一時的にこの森を離れることも覚悟すべきだろう。MPを振り絞って作ったシェルターを壊したくないし、この森はナザリックに帰るまでの第3の故郷だが。

 

 腕時計を見る。まだ日が暮れるまでは少し時間がある。

 

「……空からでも、確認しておくか」

 

 ブルー・プラネットはシェルターを出て、身体を霧に変えて空に舞い上がる。そして、空の雲に紛れるように擬態の魔法を掛け、町への道を確認しながら村長に教わった方角に飛ぶ。

 

 ナザリックがあったと思われる方角へ飛んだ旅に比べれば、今回の視察は呆気ないものだった。森の端、村から50キロ程離れた場所で町が見つかる。山のすぐ傍、直径2キロ程度の範囲に人間用の住居と思われる小さな家屋が固まっている。山側には高い壁で囲まれた数百メートルの区画がある。それが昔の砦だった部分だろう。

 

 なるほど――ブルー・プラネットは思う。これがエドレインタールか、と。

 この距離ならば、樹々を伝っては移動できないが、飛べばすぐに戻れる。ならば、このシェルターを残しておいても問題はない。ただし、留守中に誰かに見つかるのを防ぐため、迷彩を重ね掛けしておくべきだろう。

 

 町の様子は「砦」という言葉から連想した凶悪な要塞があるわけでも無く平凡なものだ。しかし、上空からの観察には限界がある。村人たちが言った「厄介な薬師」も空からは分からない。

 もうすぐ日が暮れる――夜間の行動には未だに自信がない。町の上空を旋回したブルー・プラネットは、再びシェルターに戻る。

 

 エドレインタールに行く覚悟は固まった。

 人間の町ではシモベたちに動いてもらわねばならない。突然町に現れて怪しまれないように、明日の朝早くにもう一度村人に会っておき、そこから歩いてエドレインタールに向かう。それは問題ない。

 難しいのは町に入ってからだ。

 町に着くのは夜になる。明日は自分もシモベたちも森に帰れない。

 宿屋に泊まることになるだろう。相場が分からないから一番安い所に。

 

 ブルー・プラネットは村長にもらった硬貨の入った袋の中身を床に広げて勘定する。

 銀色の硬貨――銀貨なのだろう。これが32枚ある。

 銅貨はもう少し多くて54枚だ。だが、銀貨と銅貨のレートが分からない。

 ユグドラシルの通貨単位であった金貨は無い。

 そして、これらの貨幣がどの程度の価値をもつのか分からない。アイテムボックスにはクズ宝石――ユグドラシルで数千ゴールド相当――があるが、どこで換金したらいいのかサッパリ分からない。町に行けば換金所があるのだろうか?

 

 いずれにせよ、金は必要になるだろう。しかし、稼ぐ手段はポーションを売る以外に思いつかない――合法な手段という範囲では。

 となれば村人たちが厄介だという薬師組合とも関わらねばならない。

 

 この世界での適正な価格を設定する必要があるな――枝先で額をトントンと叩き、考える。村長の口ぶりからするに、ポーションは本来はもっと高額な物のはずだ。

 

「貧しい村の150人を助けて銀貨32枚……じゃあ、町では1本銀貨1枚ってとこかな?」

 

 まったくの当て推量だ。価格は町の薬屋を見て再考しよう。

 そして、どうやって売るか――店を借りることは無理だ。ならば、屋台で?

 台車にポーションの瓶を積んで、2人のシモベに売らせる。これは良いかもしれない。

 入れ物は――ユグドラシルの空瓶は数が限られている。ならば、酒ビンを洗って詰めるか。

 明日の朝、村長に言って酒ビンを貰おう。ああ、そうだった、村長の奥さん用に渡したポーションの空き瓶は回収していなかった。余ったポーションは処分しておいた方が良いだろうか……

 

 ブルー・プラネットは様々なことを考え、計画を練る。

 そして、森を離れるというのに少しワクワクしている自分に気が付く。

 現実世界では久しく忘れていた感覚、ユグドラシルの友人たちと冒険の予定を立てていたころの感覚……ブルー・プラネットはシェルターの天井を眺め、首を回す。肩が凝ったわけではないが。

 

 シェルターの中でブルー・プラネットは何度も計画を呟き、明日の冒険を思い描いた。

 




どうでもいい捏造設定:名前について
この世界の名前には2通りの決め方がある。
一つは「黄金の輝き亭」のように、現地人が意味をもたせて決めたモノで日本語に翻訳される。
そしてもう一つは「外来語」。これは意味が分かっても(例:ラナー=黄金)発音重視・語感重視なので翻訳されない。
知識層は意味を知っているが、農村などでは意味が分からず神殿で与えられた名前を使っている(洗礼名に近い)。

【例】
 水神の神殿で、高位の神官が厳かに依頼主に尋ねる。
「汝、新たなる命にどのような祝福を望むか?」
 父親と母親は赤子を抱きかかえながら跪いて答える。
「はい、この可愛らしい笑顔が人々の癒しとなり、太陽の様に輝く娘に育って欲しいと願います」
 神官は頷き、祭壇の水晶球――神の遺物に手を乗せ宣言する。
「この新たなる命が笑顔で人々を癒す、太陽の様に輝く娘に育つための祝福を!」
 神官の宣言に反応して水晶玉は仄かに光り、神々の文字を映し出す。
 同時に透き通った声が、赤子が名乗るべき名を告げる。
『キュアサンシャイン』
 書記官が神々の文字を台帳に書き写し、一般の文字に書き直して儀式は終了する。
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実は、水晶球は「キャラ名メーカー」。キーワードを変換してそれっぽい名前にするアイテム。
水晶球ごとに「どう変換するか」が設定されているため、同系統の名前は「同じ神殿で名付けられた」ことを意味する。同じ設定の水晶球も各地に点在しており、この世界において人間が国家単位にまで纏まるために大きな役割を演じた。

ちなみに、上の例では「古今東西アニメキャラ」設定であり、そのようなマイナーな設定の集団は「異端の民」として冷遇されている。

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