西暦2126年、従来のものとは一線を画すDMMO-RPG「YGGDRASIL」が日本で発売された。広大なマップと膨大なアイテム、豊富な種族や職業、さらにはツールを使えばプレイヤー自身が外装を調整できる高い自由度……日本人の想像力を甚く刺激するこのゲームは発売前から注目を集めており、いずれ大ブームになるだろうと様々な業界が予想していた。
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西暦2127年初頭。ユグドラシルを構成する9つの
ユグドラシルの9つの
その平和なアルフヘイムにざわめきが広がる。地平線から「トレント」と呼ばれる植物系モンスターの集団が現れたのだ。
トレント――古典ファンタジー映画のリメイクと合わせたアップデートにより追加された異形種――は、樹木を擬人化した「歩く樹」である。映画での活躍によって人気を集めたが、レベルアップにより数十メートルともなる巨体ゆえに「失敗作」「運営がまたやらかした」と悪評が立ち、あっという間に不人気となった不遇な種族だ。
今ではレア種族となったトレント達――身長10メートル前後にもなる彼らがおよそ20体の集団でどこかへと移動している。森の奥で偶に見かけるモンスターではない。この平野を行く彼らは人間が操作する
初心者集団らしきトレント達は、時折吹く仮想現実の風に枝を揺らしながら、キョロキョロとあたりを見回して、ユグドラシルの世界に驚きの声を上げている。
青空の下をゆっくりと歩いていく彼らをよく見れば、トレント達はモミ、桃、松、杉、桜、そして海外の植物を含む様々な外装を採っている。初心者にしては異様な作り込みだ。
「すごいね、空は青いし、遠くの山とか遠近感がほんとにリアル!」
感激の声を上げたのは、異様に大きくキラキラと輝く目を貼り付けた桃の木のトレントだ。
「私たち、ほんとは椅子に座ってるんだよね?」
花をまき散らすエフェクトを掛けながら、桃の樹は木の根で作られた短い脚でクルクルと踊る。他のトレント達には真直ぐ歩くことも覚束ない者がいるが、本人の運動神経の問題だろう、
「はは、モモさんはDMMO初めて?」
後ろを歩く松の木が身体を揺すりながら笑って声をかける。
「初めて! ダイブは映画でも経験あるけど……鈴川が言ってたけど、こりゃハマるわ」
「そういや、スズは前からやってんだろ? あいつ、何で来なかったん?」
桃のトレントの話を継いで、先頭のモミの木が振り向いて後ろのメンバーに質問する。
「鈴川君? あいつさぁ、自分のキャラを見せたくないってよ」
「はは、ネカマとか? 奴が? それはキッツイなぁ」
「1キャラ縛りは辛いねー。ベテランなら案内して欲しかったけどねー」
あの皮肉屋が女キャラで何をしてるのか……トレント達が笑い、再び風が平野を吹き渡る。
「うーん、いい風! 折角花を咲かせてるのに匂いがないのは寂しいけど、景色も風も、本当に気持ちいいねー」
仮想現実の風に吹かれ、サラサラと音を立てて桃の花が空に舞い、消える。目に映る光景はまさに現実であり、弱いものの風が体を撫でる感覚も確かに感じられる。だが、残念ながらユグドラシルでは嗅覚はサポートされていない。
「樹に貼りついたアニメ顔は気持ち悪いですけどねー」
派手な桃の木とは対照的に、リアルな樹皮に大人しい顔を貼りつけた桜の木が、つい口を滑らす。
「ああん? なんだって? あんた、他人の趣味に文句つける気かー?」
笑いながらも怒気をはらんだ桃の木が振り返り、桜の木がたじろぐ。
「何でもありませんって。そんな『歳を考えて』だなんて思っても」
「うおりゃぁ」
桃の木は枝を振るい、桜の木を突き飛ばす。桜の木は、ヨタヨタとよろめき、ドシンと音を立て地面に尻餅をつく。
「イタッ……くはないけど、桃さん、やめて!」
付き飛ばされた桜の木は半笑いの声をあげる。いかに強く殴られようが、それは仮想現実での出来事だ。物理演算の結果として押しのけられたり倒れたりはするが、「仲間」の間では痛みもダメージもない。
「痛くはないんでしょ? じゃ、殴り放題ってことでイイじゃない」
「痛くはないけど、怖いんですって!」
桃は桜の上に馬乗りになり、動かない笑顔を貼りつけたまま殴り続ける。
「私は殴りたい。あなたは痛くない。Win-winってもんじゃない」
「ボクにはWin成分が無いんですが、それは」
「あんた、さっき失礼なこと言ったでしょ? 言えたでしょ?」
周囲のトレント達はオロオロと2人を取り巻き、そのざわめきが無駄に木の葉を散らす。
やがて、桃の木は「今日はこれくらいにしてやる」とばかりに息を吐き、桜の木から降りる。
「桃さん、あの、はしゃぐのもイイですけど……」
「なによ? あんたも『歳を』とか言いたいの?」
「いえいえ、そんな。俺はただ、早くしないと、先生が待ってるんじゃないかなと……」
アニメ顔で凄む桜の木に、モミの木が一歩退きながら手を振って応える。
ただでさえ目立つ巨大なトレント達の騒ぎに、周囲のプレイヤー達が好奇の目を向ける。その中の1人、
「この先になにがあるんですか?」
若いというより幼い声だ。このエルフの戦士は10歳前後の子供が動かしているのだろう。声の割には口調はしっかりしていることから、もう働きに出ているのだろうか?
桜の木を模したトレントが振り返り、地面に尻餅をついた体勢のまま森妖精と目を合わせる。他のトレント達は立っており、一番低い目線が桜の木だ。それでもをトレントが
「うん、この向こうに公園を作るために来たんだよ」
「へぇ、公園が出来るんですか!」
桜の木から説明を受けた
桜の木は、そして他のトレント達も手を――腕に相当する木の枝を――振って、それを見送る。
再び行進が始まり、しばらくして柵で囲まれた広大な草原にたどり着いたトレントの集団は立ち止まる。
「ここだね。『シャーウッズ公園建設予定地』って立て札がある」
「あ、先生だ! ヤッホー!」
数百メートル離れて1人の巨大なトレントが立っており、宙に浮かぶ
トレント集団の声に気が付き、その巨大なトレントはユサユサと枝を振って応える。
トレントの集団は、巨大トレントに駆け寄ってそれを見上げ、声をかける。
「先生、今の森妖精さんは……」
「うん、運営の人。エリアの説明してくれてたんだ」
他のトレント達が、ほうっと声を上げる。
トレント集団のリーダーがあたりを見回して確認する。
「多賀先生。この平野の1キロ四方を使ってよい、とのことでしたね」
「……私は『金剛刀タガヤ』。ここではキャラ名で呼ぶようにね」
巨大なトレントはチッチッチッと指を――小枝を顔の前で揺らす。
事前に説明されていたが、これはユグドラシルを運営する企業が主導するプロジェクトであり、トレント達――生態系研究所の研究員たち――からそれを公表することは契約で禁じられている。生態系研究所が参加しているという事実は運営会社からの許可が出るまで秘密であり、彼らは「シャーウッズ」という名で活動することになっているのだ。
「はい、すんません、金剛刀タガヤさん」
「ま、気にするこたぁないよ。レッドパイン君。さっきの運営さんの話では、君らがログインしてからこの周辺は私達しか入れないように設定されたらしい。外からは見えないし、声も漏れないそうだから気にすることはないが……まあ、外へ出るときもあるだろうから、キャラ名で呼ぶ癖をつけといた方が良い、ってことだ。折角のゲーム空間だから遊びに徹しよう」
金剛刀タガヤと呼ばれた巨大なトレントは笑い声をあげる。
キャラ名で呼ばせるのは自分の趣味だろ――周囲のトレント達は内心で思う。
教授という人種はイイ歳をして中二病が治っていない者も多い。良い人なんだが……自分で「金剛刀」など名乗るか?
今に始まったことではない。金剛刀タガヤの後ろでトレント達は諦めたように首を横に振る。
「つーても、これは『仮想空間における疑似生態系の構築およびその社会的影響』で予算をとってる産学共同プロジェクトだからな。趣味と実益を兼ねて、真面目に遊ぼうや」
「ですね。では、さっそく」
パシリと枝を鳴らして締める金剛刀タガヤに応え、集団の中ほどにいたモミの木のトレントがどこからか短い杖を取り出し、何やら弄りだす。
「これって振るんでしたっけ? 捻るんでしたっけ? って、おおっ!」
杖が起動したらしく、目の前の空間にコンソールが広がり、周辺地図や各種データが映される。
「動いた動いた……じゃ、まず、ここに土台となるNPCを1つ配置しますね」
コンソールを通じた操作により、空中に一辺が60メートルの巨大な四角形の白い膜が出現する。3×3の9升に分割されたその膜は地表に対して平行に降り、そのまま地表を覆う。
「はい、次に、成長型のNPCです」
再びコンソールを操作しながら、モミの木は説明を続ける。
白い升目で覆われた地表の中央に、樹高1メートルほどの苗木がピョコリと現れる。1レベルを与えられたNPCトレントだ。
「これが1ユニットとなります……じゃ、生育システムの確認しますね……レッドパインさん、これ、このバーをスライドすれば良いんでしたっけ?」
「そう、これを動かすと……ポイントが移動してNPCのレベルが変わるってわけよ」
モミの木のトレントの後ろから、アカマツのトレントが覗き込み、コンソールを指さしす。
レッドパインが後ろからコンソールを操作すると、地表に生えたばかりのトレントの苗木は見る見るうちに成長して樹高10メートルほどのトレントになる。
「はーい、これで土台NPCがレベル10から1、成長型NPCがレベル1から10になりました」
今度は自分で、モミの木はコンソール上のバーを元に戻す。NPCトレントは先ほどの成長を逆再生するように小さくなって苗木に戻る。
「はい、これでまた土台がレベル10、成長型NPCがレベル1の状態です」
モミのトレントが皆を見回し、他のトレントから確認のための質問が飛んでくる。
「えーと、このモンスターが生存競争しながら移動、成長し、寿命で崩壊して近くに子孫を残すわけですよね?」
まだ成長プログラムを起動させていないため、NPCトレントは設置された場所で初期設定のままに静かにゆらゆらと体を揺らしている。
「そうだよ。成長型NPCが土台NPCからポイントを吸収して成長し、さらにポイントを求めて移動する。その結果、NPCの分布には動的なパターンが生じるはずだ。そして、外部因子としてプレイヤーの干渉などが加わってパターンはどんどん変化する……まあ、ライフゲームの一種だな」
金剛刀タガヤが説明する。
「その成長プログラムは出来てるんですか?」
「それは杉山君、じゃなかった花粉マキチラス君の担当だね?」
金剛刀タガヤが後ろの杉の木を指さし、杉の木は腕を振る。
「はい、出来てますよ。ただし、成長型NPCがポイントを吸収する範囲や移動速度はリアルでのシミュレーションとこっちでの試行を合わせて最適化しなければ――」
杉の木が楽しそうに説明する。
「――下手すれば、あっという間にポイントを吸いつくして数本の巨木だけが残るってことになりますからね」
「ここには全部で10×10の100ユニットを配置するんで、土台に最低限の1レベルを残して、最大で9体の100レベルトレントが出来るね」
モミの木が肯いて補足する。
「じゃあ、とりあえずは配置しようか。さ、土木工事の始まりや」
金剛刀タガヤの号令で、モミの木が短い杖を操作して空中に白い膜を次々に作り出し、それを他のトレント達が運んでいく。厚みが無いとはいえ一辺60メートルの巨大な膜は、人間ならば持つだけで一仕事だろう。しかし、トレントとして巨体と怪力を設定された一団にとっては大した仕事ではない。初めは覚束ない動きをしていたトレント達も仮想現実の体に慣れ、30分もしないうちに作業は終了する。
「おう、終わったか。じゃ、ユニットごとに成長型NPCを配置して」
金剛刀タガヤの指示で、モミの木はユニットを順に巡り、トレントの苗木を生やしていく。
やがて、600×600メートルの白い地表に100本の苗木が規則正しく並ぶ。
「うーん……ちょっと寂しいっすね」
「ま、地表のテクスチャは弄るし、拠点ポイントを消費しない『普通の木』を生やすから」
「その木はどうやってコントロールするんですか?」
「トレントってモンスターは周辺の木を一時的に支配して『トレントもどき』を作る。だから、トレントと周辺の木で1つのグループで行動するってわけ」
仕事を終えて帰ってきたモミの木に後輩たちが質問を浴びせ、それにモミの木が答えていく。
「あと、このNPCの外装も何とかなりませんか?」
桜の木のトレント――桃の木と並び、キャラクター設定で外装にこだわっていたメンバー――が意見を述べる。NPCとして出現したトレントは特定の樹種が指定されていない。ユグドラシルのモンスターとして初期状態である、漫画的な「樹木」に目や口が付いたものだ。プレイヤーのトレント達は「大学」の名を冠する研究機構の1研究所に勤める研究員たちであり、その口調には「こんな漫画的な樹は、専門家として放置できない」――そんな意志が感じられる。
「私たちのデータを複製、修正すれば可能ですが、NPCの改装にはコストが掛かりますよ」
モミの木が首を傾げ、金剛刀タガヤに顔を向けて意見を求める。
モミの木だって外装を疎かにしたいわけではない。研究員たちは皆、自然を愛し、夢をもってこの仕事についている。現実世界ではすでに崩壊した生態系を仮想空間で再現するというプロジェクトを聞いて誰もが歓声を上げたのだ。
問題は、それが仕事である、ということだ。
夢は夢として、限りある予算の中では優先順位は付けねばならない。
「構わんよ。そのための予算もとっとる。ユグドラシルの運営も外装データを欲しがってるから問題なく認められるやろ」
金剛刀タガヤが腕を組んで頷き、GOサインを出す。
「いいねー、NPCたちにもオシャレさせよう!」
桃の木が拍手する。
「それは……ほどほどに、な」
金剛刀タガヤに釘を刺され、桃の木はキラキラ輝く笑顔を貼り付けたまま「うー」と呻く。
「では、外装データの取り込みも後で考えるとして……余った拠点ポイントが400あるんで、小さな植物系モンスターも配置しますね」
モミの木がコンソールのモンスター設置ボタンをポンポンと叩き、白い地表に「なごみ系」と呼ばれる植物系マスコットモンスターが数種類、全部で数十体出現する。これらのモンスターは拠点ポイントをそのままキャラクターレベルとし、森の中限定で動き回ることになる。特に機能は持たせないが、他のプレイヤー達がこの公園に来てくれるための客寄せだ。
「ありがとう、ブルー・プラネット君」
金剛刀タガヤは、ブルー・プラネットと名乗るモミのトレントを労い、次の作業を指示する。
「では、チェリー君、バルサ巫女君、ハチカマド君、そのNPC達を適当に配置してくれ」
指示を受けたトレント達が枝を伸ばし、モコモコ動くなごみ系モンスターを抱えて運んでいく。
「今日はこんなところかな? 明日からは、自分の仕事が終わったものからここに来て作業を手伝ってくれ。あと、休日も出来るだけ参加してほしい」
金剛刀タガヤは「ボーナスも出るから」と付け加え、他のトレント達は拍手で応える。
「……ようし、コホン、それでは、ここにギルド<シャーウッズ>を正式に発足する!」
金剛刀タガヤは両腕を振り上げ、高らかに宣言する。ブルー・プラネットが杖を地表に突き立て、他のトレント達が「オー」と腕を上げる。
「ギルドが設定されたことで、今後は、この公園に直接ログインすることが出来る……はずだが、確認してくれ」
金剛刀タガヤの言葉に他のトレント達はコンソールを開き、出現地点に「<シャーウッズ>」と設定されていることを確認して頷く。ブルー・プラネットは既に確認済み――というか、自分がたった今設定したのだから頷くだけだが。
「当面の目標は、この公園を定常林まで育て上げること! 頑張っていこう!」
金剛刀タガヤの言葉に、他のトレント達はハイ、と元気のいい返事を返す。
「それでな、ギルド運営で重要なことだが……我らがギルド長、ブルー・プラネット君のもつギルド武器<ザ・スタッフ・オブ・ガイア>!」
金剛刀タガヤがビシリと指を――枝の先を――伸ばし、モミの木を示す。
苦笑しながら、ブルー・プラネットは短い木の杖を地面から引き抜き、ひらひらと掲げて振る。
あの何の装飾もない、拠点の管理ツールに“ザ・ガイア”ときたか――多賀教授の中二病に悩まされる部下たちは見えないところで溜息をつく。
「これに公園の全設定が入っているし、これが壊されたら公園も崩壊するから大事にな!」
部下たちの溜息が聞こえているのか聞こえていないのか、金剛刀タガヤは気にせずに続ける。
「よし、じゃあ、ギルド長、頼むで! 皆もブルー・プラネット君に協力するようにな!」
「はーい!」
「よろしくな、ギルド長!」
再び、トレント達から明るい返事が返ってくる。
これから2年、休日出勤確定かよ、と苦笑するブルー・プラネット以外から。
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西暦2127年の春、トレント達の公園は祭りの季節を迎えている。
桜の外装を与えられたNPCが花吹雪を散らす、ギルド<
この数ヶ月の実験で公園のシステムが安定し、ユグドラシルの運営会社は「生態系研究所の指導による本格的自然公園」を大々的に発表した。それまでの口コミだけでなく、公園はユグドラシルの名所の一つとして公式パンフレットに記載され、多くのプレイヤーが――このワールドの森妖精たちだけでなく、他のワールドからも――集まり、公園は大いに賑わっている。
「大成功ですね。シーズンに間に合って良かったです」
桜エリアから少し離れ、モミのトレント、ブルー・プラネットは金剛刀タガヤに話しかける。
この数か月でブルー・プラネットもレベルアップして今では40メートル近い樹高だが、それでもなお金剛刀タガヤを遥かに見上げる形になり、会話は主にアイテムを通じて行っている。
「せやなぁ、皆が楽しんでくれとるなあ」
金剛刀タガヤの声も嬉しそうに弾んでいる。短期間で森が完成したこともあるが、それ以上に多くの人が自然に親しんでくれている様が嬉しいのだ。
「さっき視察に来た運営さんも喜んでくれてなあ。拠点ポイントを増やしてくれるらしいで!」
「公園の範囲を拡張できますね。あるいはモンスター……樹種を増やしますか?」
「どっちもやろうや!」
ブルー・プラネットの質問に、金剛タガヤは答える。眼下に広がるピンク色の雲――桜エリアに向かって、それを抱きかかえるように腕を広げながら。
祭りの会場では、桜のトレント、ラブミー・チェリー暴威を中心としてギルドメンバーが来場者にプレゼントを配っている。彼らは皆、祭りの会場で邪魔にならないように三重化した<
彼らが配っているのは、余計なコストがかからないようにスキルを工夫して作ったアイテムだ。
ヘイトを下げる<花束>、魅力度を増す<花の冠>、幸運度を上げる<四葉の首飾り>、<伝言>の機能拡張アイテムでNPCの遠隔操作も可能にする<シイの実のブローチ>等々、ゲームの進行にも役に立つ、ちょっとした便利グッズであり、訪問客は嬉しそうに受け取っている。
「おにーさん、花の冠ちょうだい」
「はーい、まっててね」
チェリー暴威は指先から蔦を伸ばし、それに花を咲かせると、くるりと輪を作る。
「はい、花飾り。可愛いね、良く似合ってるよ」
花の付いた輪を切り離すと、幼い少女の姿をした森妖精の頭の上にポンと乗せる。
アイテムを貰った森妖精の少女はキャッキャッと喜んで跳ね、礼を言って友人達の集団に戻る。
後ろに付いていた他のプレイヤーたちも次々にアイテムを注文してくる。
「思ったより大変そうやね。手伝うわ」
ブルー・プラネットも
「ブルーさん、助かります」
「じゃあ、余ってるアイテムを貸して……次回は俺もそのスキル習得して作るから」
「はい、じゃあ、これだけお願いします」
参加したものの、ブルー・プラネットはアイテムを創れない。ギルド維持のために他のスキル習得を優先したためだ。今日の所は各ギルドメンバーから貰ったアイテムを配ることに徹する。
やがてユグドラシルの青空がオレンジ色に染まり、そして薄墨色に変わる。
暗くなってきたな――ブルー・プラネット達は時間を確かめ、来場客に閉会を宣言する。
「はーい、本日はこれで閉園となりまーす。ご来場ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてまーす」
最後の来場者が出て行ったことを確認し、ギルド長ブルー・プラネットは公園の門を閉ざす。
「ロック確認、よし!」
門のカギを掛けることは形式的なものに過ぎない。魔法で守られるとはいえ、門自体を破壊するスキルや魔法もあるし、空を飛ぶプレイヤーもいるのだ。しかし、この平和なワールドではプレイヤーのマナーは概して良い。ユグドラシル運営公認の観光イベントを荒らすような者もいない。
「お疲れー。ブルー、結局、来場者は何人よ?」
「延べ人数は1万6253人ですね。連休初日でこれだと、明日も期待できますよ」
ギルドメンバーたちが中央広場に集まって円陣を組み、一日を振り返る。
ブルー・プラネットはマスターソースを開いて情報を確認し、メンバーに伝える。
「入園料は設定してなかったけど、寄付してくれたのが約50万ゴールドですね」
「平均30ゴールド……んー、思ったよりは集まったね」
「皆、喜んでくれてましたから」
「でもよ、途中で来場者プレゼント、切らしちゃっただろ? 明日はどうすんの?」
「先着1000名様って限定しても、アイテム作れるのが5人だけだと足りないですね。なるべく多くの人に配りたいし……今から森の動物を狩って、レベル上げてスキル付けますよ」
「そうだよねー、皆で作るべきだよねー。あたしは疲れたよ」
バルサ巫女が座ったまま足をバタバタさせて愚痴をこぼす。しかし、「疲れた」と不平をこぼすその口調には不満ではなく充足感が含まれている。直接多くの人と触れ合い感謝されることなど、研究所に詰める普段の仕事ではありえない。メンバーは皆、新たな体験に興奮し喜んでおり、会話は自然と弾む。
「今から狩り? トレントって暗いと行動ペナルティ付くでしょ?」
「そういうと思って<永続光>のアイテム、人数分もってまーす」
「んじゃ、大丈夫か」
「遭遇率も上がってるから2,3時間やればレベルアップできるんじゃないかな」
「よっしゃ、じゃあ行こうか」
「ちょいまち! 交通整理の問題。地面にマーカー表示しても誰も従わないよ。どうすんの?」
メンバーが立ち上がりかけたところで、槍杉マタザが別の問題を指摘する。
「あーそうか……すごい混雑してたもんね」
「じゃあ、交通案内のガイドを付けましょ。一部のトレント使って……」
「やってみた。でも、やっぱり蔦のロープじゃ注目度低いよ。人型のヤツじゃないと」
「人型ねぇ……新しいNPCつくんの? 割り振るポイントは無いよ?」
メンバーは腕を組んで唸る。
「動物を変形させて『村人A』にする魔法、あれ使えないかなあ?」
ドルイド職を極めているイブキ正成が提案する。
動物を変形して人間型キャラクターにする魔法はドルイド魔法にある。本来は囮を創り、簡単な命令――敵に向かって走らせる等――を実行させるだけのものだが、それを交通整理に仕えないかということだ。
「あー、あれで? でもあれ、ただの人形だよ?」
「どうせ腕を振って『こっちです』とか『並んでください』とか言わせるだけでしょ? 音声組み込めば十分じゃないかな?」
「やってみる?」
「森で狩りするなら、ついでに何匹か捕まえて試してみるのも良いね」
ギルドメンバーが口々にアイディアを出す。皆、疲れてはいるが楽しげだ。
「よっしゃ、じゃあ、動ける人で狩りに行こうか! 疲れてる人はログアウトしていいよ」
「俺、行きますよ」
「あたしも行くよ」
元気な金剛刀タガヤの声にメンバー全員が立ち上がる。
「じゃあ……開錠」
ブルー・プラネットが公園の門を開ける。トレントの集団は、明るく光る腕輪をつけて列となって公園を出る。
「では……ロック確認、よし!」
ブルー・プラネットが鍵を閉め、トレントの列の最後尾につく。
そして、トレントの群れは巨体を揺らしながら夜の森へと吸い込まれるように消えていく。
アニメから入ったもので、1年を記念しての投稿です。
原作10巻で丸ごと設定を否定されても笑って許してくださいな。
特典小説も持ってないし…
*9/16:誤字など一部修正。ご指摘いただき感謝。
9/18 同上。自分で見ると、なかなか見つからないもんですね。