この世界、あと5年で文明が滅びます。   作:白紫 黒緑

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物分りの良いだけの隠者(愚者)にはなるな

テストラの陣地に付いた俺達はまず怪我人の治療から始めた。クロシェットとレア、月夜、アリアが居残り組だ。トラブルが発生した場合、月夜が朝日と入れ替わり、連絡してくれることになっている。それと今回はウィル達を連れてきている。

「みんなは見学の予定だけど、もしもの時は自分の身を守れるようにしておくんだよ。向日葵達は各々所定の配置で頼む」

 

兵士達の士気が下がらぬように鼓舞する定時の集会、そこで登壇していた上官の頭が水風船の様に呆気なく爆ぜた。

「狙撃!スナイパーだ!」

その言葉の後、渡来人や勇者が地面に伏せ、周りを見渡す。それに遅れてガチャガチャと統一感の無い音をたてながらも周りの兵士たちも頭を伏せる。しかし、次に起こったのは今まで敵に開けられることの無かった鉄の城門が、本来開く筈のない内側に抉じ開けられ拉げる悲鳴のような音が響いた。

 

クロエは彼らの真上から頭を射抜いた発泡音さえ聞こえない上空からだ。それをやるのは、風を考慮するとかなり難しい。調和ノ使徒の演算能力無しではまず当たらない。対して地上の向日葵がやった事は非常にシンプル。強欲で作り出した巨大な霞の腕を城門目掛けて目一杯叩き付けた。さてと、

 

カチン

 

逃げてくるであろう。反対の城門をバラバラにして隔離、通るスペースを作る。一瞬で隔離するとなると大きい物は面倒くさいし、壁とくっついてるので何かと都合が悪い。城壁も丸ごと消そうと思えば消せるが、わざわざ逃走経路を増やすこともないだろう。………見えてきたな、

「そこで止まれ」

………アラー?全然止まらないね。突っ切るつもりなのだろうな、仕方ないし、ダンジョンでやったのと同じ要領で彼らの両サイドを氷で固める。しかし更に加速するだけで止まる気なし、それどころか三人ほど剣を抜いて先行してきた。

 

「さっさと畳んじまえ!」

 

はぁ………、あれですか?反撃を、死ぬ事を想定していない。自分が攻撃される事はないと盲信する甘ったれ、相手が躊躇することが前提の突撃に反撃を躊躇う必要は無い。恐らくこの手の事は何度もやってると仮定すると、正々堂々はないな、話が通じない上に危害を加えようと言うのなら、それ相応を対応がある。

 

バコ、

 

俺を中心に半径3メートルの範囲の地面を土魔法を使って陥没させる。息の揃った連携はタイミングだけではない。踏み込みやリズム、呼吸も揃う。その瞬間に地面が窪めばたたらを踏む事になる。尤も、俺が求めたものは、本人達の意図しない僅かな対空時間だ。土魔法で窪ませた範囲は俺が一歩踏み込めばギリギリ刃が届く間合いだ。三人纏めて一閃する。鎧を身に着けているのでこれで問題ない。一人が後続集団に突っ込み、残りは左右の氷の壁にぶつかる。

 

「代表者の佐田さん、前にどうぞ」

 

「あはははは!」

『クロエ!ちょ、乱射やめてよ!』

「あはははは!死ね!死ね!ほら死ねよ!」

「………駄目、みたい?」

「完全暴れてます」

クロエは上空を飛行しながら銃を乱射している。地上組は各々で身を守ったり守れる者の所に集まっていた。向日葵の頭上には傘のように手の形をした霞が銃弾を止めていた。付近にはノルンとロザリーがいる。アリスは頭上に傘のように回転しながら飛ぶ獄鋏・十三枚刃を盾にしながら、錆びた大剣を振り回している。ルシアと月夜は銃弾を物ともせず、戦っている。アナスタシアは治療の為においてきたので居ない。そのせいで安全地帯を求めるように兵士が殺到するが、向日葵は空いた手で強欲を行使して薙ぎ払う。ノルンは銃で撃っているがリボルバーの6発では、すぐに撃ち尽くしてしまうこともあって、リロードしている時間のほうが長い。

「ノルンお姉様、僕に魔力を借して貰っても良いですか?」

「ん?……いいよ?」

「何に使うの?ロザリー」

お姉様と呼ばれて機嫌のいいノルンが快く了承すると手を重ねる。同じ魔力で作られた機構精霊を使っているオートマタ同士なら同質の魔力なので簡単に受け渡しができる。

「僕の武器を使おうかと、ただ大きいのと魔力の消費が多くてまだ使えてないんですよ」

「まだいる?」

「もう少し欲しいです」

「………うん」

「武器ってどれなの?」

「これです。魔力はこれで足りると思います」

「ん」

「………?」

首につけられたチョーカーの十字架に触れるロザリー、

「お父様が作り上げた多目的広域魔導制圧兵器。来たれ!災禍柩匣・666(パンドーラ)!」

「…………何も起きない?」

「最初の攻撃はその巨大さを利用した。プレスですから、一分は掛らないと思うんですけど、少し時間は掛かりますよ?もちろんすぐ後ろにも出せますけど、ちょうどいいスペースがあるので……、」

辺り一帯が微かだが陰り始める。

『みんな!ちょっとこっちに戻ってきて』

「わかりましたわ!」

「了解!」

『ん………』

集合する頃には影の正体がはっきりと確認できるようになっていたが、もう既に遅い。

 

バァァァァン!

 

地響きとともに強い揺れを受けて何かが崩れる音がそこかしこから聞こえる。砂煙が晴れるとそこにあったのは黒曜石のような艶のある立方体の人工物だ。僅かだが両端に避けた兵士の怯えた声が聞こえる。

「そういえばクロエは?」

「上にはいないにゃよ?」

「じゃあ、起動しますね、えい」

兵士たちの方に向けて両端の一部が開き、ガシャガシャと音をたてながら何かが出てくる。

蹂躙舞踏(フェイマリーステップ)………今回はこれだけで十分ですね」

全長5メートルくらいの二足歩行ロボットといった感じだが、上半身は無い。この体で敵陣に駆け込み、その質量を利用して人を虫の如く踏み潰し、歩いた跡に残るのは拉げた鎧の肉詰めだけだ。

「………んにゃ?なにか聞こえないかにゃー?」

「………あの中から、みたいですわよ」

フェイマリーステップの歩く衝撃の間隔より速く、そして力強い地鳴り様な破壊音、目の前の人工物の中から響く音はここからは見えないが天辺から衝撃と共に抜け、遥か上から怒号を叩き付ける。

「ふざけじゃねぇぞ!どこのどいつだ!出てきあがれ!」

「巻き込まれてたんだ………」

「かなり怒ってますわね」

「意識を引き付けるからその間に貴様はあれを片付けろ」

「わ、わかったよ」

「………あんな音がした後だし、ご主人様も見てると思うよ、クロパン」

「クロパッ!………ちょ、月夜そんなところから見えるの!?」

「下から覗き込む形になるからばっちり、それに小生には能力やスキルを借りる力がある。本人の能力には劣りますが、元から強力なご主人様のスキルなら見えない訳が無いでしょう。視覚の位置は変えられないけど、透視はできるし、目も良くなるからレースの縫い目の一つ一つまでしっかり見える」

クロエの意識が逸れている間にフェイマリーステップの収納と共に災禍柩匣・666(パンドーラ)をロザリーが元の場所に返した。

「それじゃあご主人殿の元にに合流しましょう」

「「おー」」「「……おー」」「はい」「了解した」

 

「あー………えーとね、出てきてもらえないですかね」

いつまで経っても出て来ない。あっちは片付いたみたいだが、さっきから身代わりばかりを偽って出してくる。当然背中についてる契約魔法の効果を消すと態度が一転するので、いい加減叩きのめしたほうが良いかと思ったが、ある程度人数が減ってからだんまりを決め込んで動かなくなった。………さて、まあ、そこまで期待してなかったが、この程度の事もわからない馬鹿でなかった事が少し残念でならない。

「まあ、もう姿が見えるくらいには減ったけどな」

冒涜では触らなければ契約魔法の式を消せない。最初の人数でまとめて押し寄せられたら、波に攫われる様に容易く流されていただろう。そこまで馬鹿では無かったようだが、それほど賢い訳でもないって所だな、

「さて、………今から対人戦の基本を説明しよう」

適当に刀を抜くとあっちから一人飛び出してきたと同時に斬りかかってきたので避けて蹴り飛ばす、

「人同士では相当体格が違わない限り筋力とかに大きな差は生まれない。もちろん鍛えた者と病弱な人とでは当然差が出るが、ある程度鍛えた者同士ならその差は然程無い。だからこそ技があるんだ」

まあ、ステータスがあるから見た目で判断出来ないけどな、俺も熊と握手できたし、見た目を下回ることは無いはずだし、弱い分には問題ない。次の一撃を躱して、鳳凰双展翔で背中合わせになった瞬間に冒涜を使って式を消す。

「自分を知り、相手を知り、地形を把握、状況に合わせた戦術を組み立てて、最善、有利に、または全力を出せるようにする事」

槍の突きを躱し、腰を落として胸部に肘を叩き込む。数歩たじろいた所に即座に飛び蹴り、迫っていたもう一人を巻き添えにする形で蹴っ飛ばす。

「一対多数の場合は立ち回りが重要になってくるからな」

転がっている二人の地面に接している箇所を魔法で凍らせて動きを封じ、次に飛びかかろうとしている四人の片足を踏み込む前に凍らせて、転がしておく。………しかし氷結魔法便利だな、

「さて、もうお前しかいないぞ」

「俺は………!」

「誰かのふりなんかで逃げられると思うなよ?」

「ぐっ」

しょうもない馬鹿だな、一人づつ開放していっていたのは何の為か?なんて頭の片隅で疑ってたのだが、ただの時間稼ぎ、考える時間を建前に思考を放棄したやり方だな。

「次は契約魔法を俺の後ろの子供たちに飛ばそうとしてないか?」

「………!」

この手はもっと早期に打つのが正解だが、自分が見つかる事を恐れて、今使おうとしている。開き直ってこちらに手を翳して来たが、魔法は発動しない。

「このなんなんだよ!クソ!」

ヤケになって手近な石を投げてきたが、キャッチして投げ返す。当てる気は無いので後ろの氷の壁にぶつける。

「危ないだろう。人に石投げるな………、さて、どうしてくれような?」

「はあ?人殺しの癖になに正義感出してんだよ、殺しただろ?殺さなくてもその刀でいろんなもん斬ってんだろう?ウゼェんだよ!お前になんの権利があるんだよ!何様のつもりだ!ああ!」

一切目を離さずまっすぐ見つめたまま、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「…………言いたい事は終わったか?なら、餞別代わりに教えてやろう。人間は傲慢な生き物だ、正義だ悪だと声高らかにほざき宣う愚物も、耳触りのいい言葉に踊り踊らさられ、言われたものを差し出し、従うだけの愚物も、所詮どっちも愚物(人間)だ。どっちも深く考えず流し流され掻き乱す、数字や言葉、常識、普通とかと一緒でたかが概念なんなんだよ。正義も悪も違いは無い。お前がどう信じようがそれはお前の中での正義だ。………自覚の有無はどうでもいいが、曖昧な物に縋ろうが自分本位にねじ曲げ盾にしようが、俺がお前を斬る事を変えるには全く足らんのだわ、ーつかどうでもいい」

「どうでも……?」

「うん、どうでもいい。それとこの世に生を受けて生きる権利を使う以上は誰も傷つけないなんてことはないぞ?見えないだけで無数にいる。権利はお互いに侵害し合う用になってるし、権利は責任と表裏一体だ。例えば10本中一本のみ当たりのくじ引きをしたとして、お前が幸運にもあたりを引いたとしよう。その時に後からくじを引く者のあたりを引く権利を奪ってるんだよ。だから恨まれても妬まれても可笑しく無い」

「なんだよそれ!おかしいだろ!」

「人間は理屈だけでは動かないけど、自分の気持ちや欲には従順だよねー、お前みたいに、………サバイバル・ロッタリーって知ってる?」

哲学者のジョン・ハリスが提案した思考実験である。そのまま臓器くじなんて呼ばれてる。まあ、日本語圏でサバイバル・ロッタリーと言う表示が多いようだが、『人を殺してそれより多くの人を助けるのはよいことだろうか?』という倫理的問題だ。

 

大雑把に言うとくじ引きして当たった人を解体(バラ)してその臓器を移植を必要としている人に移植する。それをどう見るかって奴、

 

しかし、サバイバル・ロッタリーと言う思考実験は、社会全体の利益を最大化すべきであるという功利主義を人間の肉体に適用すると言うもので、功利主義の立場に立つなら、この制度は富の再分配と同程度には善である、とされているらしい。ツッコみたい事は山ほどあるけど、

「お前が生きてる場合の俺の利益はなんだ?お前が今までやってきたことの損益を埋めるほどのものはあるか?無いんだよ、俺が助けるのはお前らが住んでた国の住人だ。臓器の提供者はお前らのリーダー、………で駄目になった臓器はお前だ。じゃあな」

首や手首など動脈が皮膚から近い場所に切りこみを入れる。

「後悔する時間はやるよ」

血溜まりに背を向け歩く。死んだかどうかは後で確認するし、あの子達がこの光景をどう捉えるか、それはそれぞれだろうけど見たくないものから目を逸らせばその対価高い。ただ横を向いただけのつもりでも、心は無意識の内に自分から離れていくものなのだ。無自覚のうちに離れていたなら心だと思っているそれは何なのか?心があった場所を埋めるようにみすぼらしく過剰に飾り建てられた、寂しくも痛々しい虚飾だと俺は思う。

「わかってると思うけどどうしようもないことなんか星の数程ある。ただ己の都合の良いように曲げるな、分からないことがあったら考えるなり、相談するなりして答えを求めるんだ。行動が伴わなくてもいい、あった事はそのまま受け止めろ、心の中だけでも真っ直ぐであれ、それぞれが信じるものを通せばいい、それと目的と手段を混ぜるなよ?」

 


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