戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~ 作:Myurefial0913
この女は一体何なんだ。
風鳴翼は長月凛花に対して始めの頃はこうした印象を受けていた。ある日途端に現れて特異災害対策機動部二課の一員になったその人はどこか得体の知れない雰囲気を持っていて油断ならなかった。翼は表に出さずとも心の底では凛花を警戒している。
天羽奏がやって来た時と比べて訳アリ度は断然高そうで、二課の司令官であり翼の叔父である風鳴弦十郎も長月凛花に関しては何かを隠しているようにも思えた。司令が何を隠しているのかまでは翼の手の及ぶ所では無かったのでロクに調べる事が出来なかったが。
(頑張って、奏……)
翼は指を合わせるように手を組んで成功を祈る。
ここは最近何度も適合実験が行われている実験室に横付けされた一室で、奏を除いた一行はここに集まっていた。目の前には寝台に寝そべってぼんやりと天井を見つめる奏の姿が見えていて、翼や弦十郎はいつもここで奏の実験を見守っている。いつもと違うのはそこに長月凛花が居る点だ。
長月凛花、18歳女性。翼や奏よりも年上であるが教えられたのは基本的なプロフィールばかりで本人からも何も話してくれず、余りに無口過ぎてこっちからも踏み込んで行けない。翼が元々積極的に話しかける方でないのも災いしているが、長月凛花の人付き合いの悪さは翼以上だった。
何が好きなのか、今までどんな事をやって来たのか、話題のあの事についてどう思ってるのか等の他愛のない話題から、どんな志を持ってシンフォギア装者候補になる事を考えたのかということまで全て分からないまま。
――そう、この女は適合者になるためにここへ来たのだ。そこについては奏と一緒だけど、そこに感じた第一印象は正しく正反対。
初めて対面した際、奏と同じくシンフォギア装者候補の一人だと紹介された時に翼はある焦りを覚えてしまう。それについて弦十郎がどう考えているのかを、今日この場で翼は問いただしたかった。
翼たちと同じ部屋にいた櫻井了子が電子パネルを操作して調整を進めていた。毎度毎度襲ってくる激痛に根を上げることなく適合を試みる奏が実験開始を待つその時に、そういえば、と弦十郎の右隣にいた翼が話を切り出した。
「司令、長月さんもシンフォギアへの適合を試みると言ってましたが今あるシンフォギアはあと一つだけなのでは?」
「まぁその通りだが……」
「他にもシンフォギアに出来るような聖遺物も無いんでしたよね……?」
「……そうだ」
弦十郎は翼の言わんとすることを察した。
「それでは仮に奏が適合者になれず長月さんが装者となった場合、奏は……奏は一体どうしたらいいんですか!?」
「……」
弦十郎を挟んで翼と反対側に居る長月凛花は喋らない。
普段から冷静でいる翼にしては妙に熱くなっていた。翼自身にはその自覚が無かったがようやくここまで仲良くなれた友達の事を思っての事だろうと弦十郎は解する。
「その時は奏には諦めてもらわねばなるまい。それが凛花くんの場合であってもだ」
聖遺物には限りがあり、それに適合できる者もまた限られているため、聖遺物を手にする座を賭けた競争がそこにあると弦十郎は言う。
「っ!……どうしてまた急に適合者候補なんて連れてきたのですか?」
「理由なら言った筈だが」
「理解はしました、ですが私は納得などしてません!奏はまだ諦めてなんていません!」
「だが、成功もしていない、だろう」
「ッ!!」
「翼、これが遊びじゃないのは戦場に立つお前が一番よく知っているはずだ。別に俺は奏の事を悪く言うつもりもないし見捨てた訳では無い。お前がそう言うのは奏のことを思っての事だと分かるが、ことシンフォギアへの適合に関してはこれも一種の戦いだ」
実験が開始される駆動音と奏の叫び声が共に聞こえてくる。そんな声が聞こえてしまった翼は弦十郎から目を逸らしてしまった。翼からすれば急にやって来た長月凛花は奏の夢を邪魔する厄介者でしかなく、適合するなら長月凛花よりも奏にしてほしいと思っている。
何を思って弦十郎が長月凛花に適合実験をさせたがるのか、翼には理解できなかった。
奏の方が適任だという理由には翼の私情以外にもあった。
「……長月さんから、その意志と覚悟を示す胸の思いを司令は聞いているんですよね……?」
「……」
長月凛花は沈黙を守ったまま。弦十郎は長月凛花をチラリと一瞥して再び翼に向き合う。
「意志は受け取った。だが、その内容までは聞かされてはいない」
「聞いて、いない……んですか?」
「まだ訊いて欲しく無いとの事だ」
「なっ……」
思わず絶句した翼。そんな翼の視線は弦十郎の左隣にいた長月凛花へと向かう。
窺い見ると長月凛花は何も喋らないまま奏が踠き苦しむその様を眺めていた。乏しすぎるその表情に変化は一向に訪れない。かけていた眼鏡に反射した光の所為で一層表情が読み取り辛かった。
そんな長月凛花に翼は怒りを覚えた。
(こんなに奏が苦しんでいるのに、それを見て何とも思わないだなんて……!あなたのその眼は一体何を見ているの!?その眼は本当に奏の事を見ているのか!?)
翼が己の激情を抑え込む事に必死になっていると次第に機械の停止音が鈍く聞こえてきた。そして残念ながら今回の実験も成功には至らなかったようだ。"失敗"という声を聞かなくてももう分かってしまっている。
「それでなくても奏はお前の大事な友人であるし邪険にはしないさ。仮に奏が適合出来たとしても凛花くんには了子君の方からやらせたい事があるようだ。奏にだって他にも出来ることを探せる」
しかし、その言葉は翼の耳には届いていない。
「……司令は、長月さんと奏、どっちに適合して欲しいんですか……?」
「翼!それを訊くのは、詮無いことだ」
「ッ!!……失礼しました」
翼は櫻井了子の発した実験終了の声とともに部屋を飛び出し、誰もいないところで一人翼は言葉を吐き捨てる。手に血が通わなくなるくらいに握っている事にも気付かずに。
「明確に伝えるような意志も無しにここにやって来たあなたの方が遊び気分では無いのか!?貴様は一体何を考えているんだ!?長月凛花!」
顔合わせの時から印象はそこまで良くなかったし、長月凛花に対して何となく感覚的に好感も持ててない。勝手なことだが、翼の心の中でどこか彼女を敵と判断しているんだろう。
そう思う理由は翼にも明確には分からない漠然としたものだった。
○
翼のいなくなった一室にて、一仕事終えた櫻井了子がクルリと椅子を回転させて凛花たちの方を向いた。
「あ〜らあら、翼ちゃんったら随分と熱くなってたわね。そんなに奏ちゃんの事を好きなのかしら?」
「俺も随分とズルくなっちまったなぁ……翼が言わんとする事は一理あるが、俺らにも先に予測できた事ばかりだ。そろそろ、訳を説明してくれないかな?凛花くん」
「……」
弦十郎とて翼の言いたい事は痛い程分かる。しかし言及するのを許さない『大人の事情』という奴が不都合を生み出してしまっていて、自由な発言すらもままならない。櫻井了子も同様だった。
元々LiNKER実験に乗り気で無くて、子供には苦しい思いをして欲しく無い弦十郎。先の翼の問いの答えとしてはどちらかと言えば奏に適合して貰いたかった。この時までは。
「アナタをシンフォギア装者としてでは無く、前段階の適合者候補として紹介してほしいと頑なに言ったのはアナタからだったわよね?アナタを二課に受け入れる際に私がたまたま親権を継いだ子としても紹介出来たのに、どうしてこんな回りくどい危険な嘘をついたのかしら?」
「……」
先の実験中、一切言葉を発しなかった長月凛花に櫻井了子と風鳴弦十郎は翼不在のまま説明を求める。凛花がシンフォギア装者候補として紹介されたのは凛花から要請があったからだった。
櫻井了子の言う危険とは完全聖遺物の存在や正規適合者である事の露顕だろう。凛花のこの行為は防衛大臣の決定に相反するものかと思われたが、どう言うことか、その当人である広木防衛大臣がこれにオーケーサインを出したのである。弦十郎も櫻井了子もそれには逆らえず、なあなあになったまま嘘の設定が出来上がったのだった。
弦十郎は凛花を戦いから遠ざけたいと思っていたのでこれには反対している。
「……今すぐ、この実験を辞めさせる事って出来ませんか?」
「凛花ちゃん?」
「……身体がLiNKERにもう耐えられないだとか言って納得させて奏さんを実験から外してください」
質問の答えは答えになって無かった。
「ちょっとちょっと、急にどうしたって言うのよ?いきなりそんな事言われても……」
「理由はあるのか?」
「……奏さんを、シンフォギアに適合させない為です」
「何故、奏を適合者とさせたくない?」
そんな中返って来た凛花の理由は予想外に、そして余りにも単純明解であった。
「……あんまり未来の事を聞きたくないと言ってましたが……すいません、言わせてもらいます。……奏さん、実は未来ではもう亡くなっているんです。しかも、翼さんの目の前で」
「何ですってッ!?」
「何だとッ!?」
天羽奏がそう遠くない未来に死ぬ。
降って湧いたような衝撃のカミングアウトに二人は喫驚する。実験室と厚いガラス壁を一枚隔てた向こう側にその本人が翼と一緒にいる姿が見えていたが、幸いマイク機能はオフになっていてこちらの声は聞こえていないようだった。こんなことを聞かれても困るので、櫻井了子は部下に指示を出して天羽奏をひとまず病室へと送り込む事にした。それに翼も同行したようだ。
束の間の安心をそよに櫻井了子はより詳しく聞くために凛花を問いただす。
「……凛花ちゃんの言い方だと奏ちゃんはまるでガングニールに適合できたように聞こえるのだけど」
「……奏さんはシンフォギア装者として翼さんと一緒になってノイズと戦っていたんです。恐らくこのまま実験を続けても何らかの形で適合はできちゃうと思います。私のいた未来では適合出来ていたので。……でも、LiNKERを使ったシンフォギア装者の身体は負荷が大き過ぎてボロボロになっていくばかりで、そんな中戦い続けた奏さんは……」
「そんな……」
「戦いの最中、翼の目の前で力尽きた訳か……」
天羽奏の目的は自らの手でノイズを倒し尽くすこと、そんな天羽奏の適合は無事叶われる。
しかし叶えられたその夢は奏を蝕む悪夢だった。シンフォギアへの適合が現実になり、例えその夢が叶えられたもしても天羽奏は不運に見舞われてしまうのだと言う。
しかもLiNKERの使用者の寿命は短いと宣言された。人工的に適合者を増やしたところで生命を弄ぶ事には変わりなかったのだ。その事実はこの実験の存在意義にも関わって来る。
「……だったら、そんな未来が変われるようにするにはいくらでもやりようがあるじゃないですか。ここにも奏さんの代わりに使える
その夢を叶えることが本当に奏にとって良いことなのか?直接間接問わず奏の夢について聞かされてない長月凛花が図らずともそう言いたいのだと二人は感じ取ってしまった。
「出来レースでもするつもりなのね」
「……はい」
凛花が言いたいことは至極簡単な事。天羽奏に実験を諦めさせて代わりに自分があたかも偶然適合出来たと見せかけるのだ。自分よりも奏の方が高いと誤魔化した適合係数に関しては誤差の範疇だとか運が良かっただけだと嘘を重ねるだけでいい。何もすぐの適合実験で凛花も適合出来たと見せかける訳じゃない。時間をかけて適合したようにすれば向こうも納得しやすいだろうと考えていた。
総てを総て、はっきりさせなきゃいけないほど世界は堅く作られてないはずだ。其の場凌ぎは凛花のお得意分野はず?だから。と、自分でも反吐が出るほど甘い考えを持って。
それでも、やらなければならない。
「……奏さんは死んじゃいけない人なんです。翼さんを悲しませちゃダメなんです」
天羽奏の命を守る為にはLiNKERを必要としない自分がガングニールを使う方がいい。そう凛花は言った。
だが、凛花に対し弦十郎から苦言を呈される事になる。
「凛花くん、それは君が本心から望むことか?」
「……ッ!」
凛花は下唇を甘噛みし、黙りこくる。
見通しの甘そうな適合計画よりも凛花の心を弦十郎は心配した。
「俺自身は未だ生傷の癒えない君を再び戦場へと出向かせるようには出来るだけしたくない。奏の代わりに適合者としてあり続けると言うことは、シンフォギア装者として戦場に立つということ。それがどういう事か分からない君では無い筈だ」
長月凛花はあらゆる側面でまだ完全に立ち直っていない。まだ移動には不自由しているし、持ち合わせてきた正義から逃げ隠れたままだ。自分の心に決着を付けられないまま徒らに時間だけを弄してきた凛花をこのまま戦場へと立たせられる大人はここには居ない。
ただし、シンフォギア装者として戦場に立つ意志と覚悟を持てたのであれば話は別だ。と弦十郎は言外に言う。
「俺たちは未来予知などできないし、実際に見てきた訳じゃ無いからそれが嘘か真か確かめる術がない。だが君の事だ、必要も無く無駄に嘘を付いている訳ではないのだろう。ったく、そう言う事ならもっと早く言ってくれれば俺たちにも手助け出来たんだかな。今更シンフォギアを使えましたと言える時期じゃないが、それでも押し通すんだろ?」
「……」
弦十郎から言わせても凛花の考えでは詰めが甘い。が、しかし修正するには少し遅かったようだ。どこまで嘘を見破られずにいられるかも分からないのに、そこへ追加された嘘を守りきるのはとても難しい。それもまたバレやすい状況に自ら作り変えてしまったのだ。
実験はどうするのかと訊けば聖詠さえ歌わなければいいと言い、見せかけの実験でもLiNKERを実際に使うのだと言う。今まで正規適合者にLiNKERを使った事も無い上、あの苦しみの中本当にそれが出来るかも分からないのに考え無しにも程がある。
先の問い掛けもあった凛花は己のダメさ加減に、またしても黙りこくってしまった。
「だが、あの奏を説得するのは骨が折れるぞ?」
「……?」
今回ばかりは俺から何も出来ないな、と弦十郎がボソボソと呟いていたが、疑問符を浮かべていた凛花に櫻井了子からフォローが入る。
「考えている以上に奏ちゃんは強情だって言いたいのよ、どこかの誰かさんと違ってね?」
「……はあ」
腑抜けた声が漏れてしまった凛花。フォローはフォローになったのだが何だか凛花は上手く飲み込めてない。それと対照的に弦十郎は眉間の辺りがピクピク動いている。
「まるで言えば何でも言う通りやってくれるお人好しみたいな言い方をするじゃないか」
「何も間違ってないんだから良いじゃない。それに私は弦十郎くんが、なんて一言も言ってないわよ?」
「くっ……やめやめ、俺の負けだ」
早々に勝負を諦めた弦十郎らしからぬ一幕。
長月凛花には分からない事が多い。最近本当にそう思うけれど……ふふん、と豊かに実った果実を自慢げに揺らす櫻井了子が口喧嘩に勝って大層ご機嫌だったことは、凛花にも理解は出来ていた。
○
「ッ……!?」
突然、パンパンッとけたたましいほどの破裂音が一斉に鳴り渡り、周囲には火薬の臭いが次第に充満してきた。一体何事か?と部屋に入ったばかりの長月凛花は自分の置かれた現状を上手く把握出来ていなかった。思わず身構える。
仄かに漂う硝煙の臭いと突然発射された音、これだけではさも誰かが拳銃を発砲したように聞こえるが、凛花の目には鉛玉がバーゲンセールされる様子など一向に見えて来ず、代わりに夥しい数のカラフルな紙テープや紙吹雪が視線上を舞い凛花の頭に強襲してきた。
「………………ふぇ?」
あまりに予想外過ぎたために呆気にとられていた。素でアホな声が出てちゃった。
……これってもしかして、もしかすると、もしかするかもしれない……。
そんな予想が頭をよぎる。まるでそれが正しいかのように前方の視界には多数の人が集まっていた。同じく多数設置されたテーブルには大量に盛り付けられた豪華なオードブルが並べられていて見た目も華やかだ。どうぞご自由にお取り下さいと、見た感じビュッフェ形式らしい。
……あー、これはもしかするかも。
「では、改めまして長月凛花ちゃん!我々特異災害対策機動部二課へようこそ〜!!」
満面の笑みのまま自身の掛け声とともに最後にクラッカーを鳴らした櫻井了子。大砲さながらの凄まじさすら感じる爆裂音を出しならがら最後の追撃だ!と言わんばかりに凛花に向けて発射した。凛花の目の前が真っ暗になった。……耳、痛い。
あとで分かった事なのだが、櫻井了子の持っていたクラッカーは何故か他の物と違って独自に開発した特別製で、中身の分量が段違いに多く仕込まれていたらしい。そんな事を知る由も無い凛花は為す術なく紙テープと紙吹雪の嵐を前に撃沈してしまう。
……一体何やってるんですか、了子さん……。
弦十郎に誘導されてここにやって来ただけの凛花には全くもってサプライズイベントだ。この事自体は前もって示唆されていたが、こんなにも早くそして唐突に開かれるなんて凛花は思ってもいなかった。そんな凛花の師匠は凛花の斜め後ろで被害を受けることなく弟子の惨状に苦笑いしている。
そう、今ここで開催されているのは長月凛花の歓迎会パーティ。祝われる当の本人が喜ぶが否かは置いといて、今日正式に長月凛花は二課全員に対してその存在を知らされる運びとなった。凛花に取っては2度目の歓迎会、なんと天羽奏がやってきた時にも開かれたらしい。
ご丁寧に巨大なくす玉まで割られて中に『歓迎!長月凛花ちゃん!』なんていう垂れ幕もかかっている。誰が作ったのか想像に難くないが、一体この人たちはどこに向かって努力しているのか。
頭が軽く紙の山に覆われている凛花は首をブンブンと振って振り落とし、小さく溜め息を一つ。
「……はぁ」
「どうしたの?そんな面倒くさそうな顔しちゃって。あなたの歓迎会なんだから名一杯楽しまなきゃ損よ」
「……何の脈絡も無しに大量の紙吹雪を浴びせられて無邪気になんか喜べないですよ」
「ふふん、もしかしてビックリさせちゃった?この勝負、凛花ちゃんから一本取ることの出来たこの私、櫻井了子の勝ちね!」
その豊満なお胸を誇らしげにして張る櫻井了子は満面の笑みだ。
何故か喜ぶ櫻井了子。凛花はいつからそんな勝負が始まっていたのか分からないし、そもそもそんな勝負を受けたつもりもない。それに一体誰とどんな勝負を繰り広げていたのかもいまいち理解できなかった。
それに、そこまでビックリしていない。理解が追いつかなかっただけ。
「了子君、その辺にしてやれ。ったく、危うく俺まで被害を受けるところだったぞ」
はぁい、と少し子供っぽく残念がる声が漏れる。悪戯好きな櫻井了子に対して弦十郎からストップが掛かってしまったようで、櫻井女史は大人しく引き下がった。正直助かりました。
櫻井了子と入れ替わるように弦十郎が前に出ると騒がしたかった会場がピタッと凪のように静まり返った。威厳ある特異災害対策機動部二課司令からの御言葉をいただく。
「本日付けで正式に所属となった長月凛花くんだ。本人は恥ずかしがり屋で自分から話しかけることは少ないだろうがよろしくやってくれ!……よし!みんな準備はいいか!新たな仲間の加入を祝って、乾杯ッ!」
弦十郎の一声に、『乾杯ー!』と年甲斐もなくはしゃぐオトナ達の威勢のいい声が上がった。祝われる側の筈の凛花は持ってたグラスを少し上に掲げて終わる。何故かは分からないが二課の人たちはイベント事が好きらしい。
全員知っている顔だけどやっぱりここでは初めまして。こっちは良く知っているのに相手に知られてないってのは本当に複雑だが、凛花はそれはそれで割り切ることにした。もう変わりようのない事実だから。
「こんにちは、凛花ちゃん。前にも少しお話しましたけど改めまして、友里あおいです」
「藤尭朔也です。これからよろしく頼むよ!凛花ちゃん!」
この会以前に実はばったり会ってしまった友里あおいや藤尭朔也にも凛花は改めて紹介してもらっていた。当然だけど少し若く見えてしまったのはご愛嬌。無表情で愛嬌も愛想も無い自分にも分け隔て無く優しく対応をする辺り大人だなぁって思ったり、今も昔も変わらないんだなとどこか安心したり。今も昔もという表現はおかしいかな……?
そんな二人を皮切りに、次々とやって来るかつての知り合いたちに挨拶と嘘の設定を混ぜた自己紹介を繰り返す。弦十郎師匠曰く、これも都合よく通す為には必要な事らしい。
この場にいるのは何だか微妙な気分……。
「う〜ん、3人は余裕で捕捉可能な設計だったんだけど……改良の余地ありね。よし、次は……」
あれからずっと目の前にいた
「あははっ!凛花さん、随分と災難だったなぁ。遠くから見ててもとんでもない量だったぜ、ありゃあ」
あたしの時よりも何倍も多かったぞ!とケラケラ笑いながら凛花に気さくに話しかけてきたのは天羽奏だ。笑い過ぎで目に涙がチラリと浮かんでいる。凛花が二課のオペレーターたちから挨拶を受けていた時も爆笑だったらしい。
4、5歳は年が離れているが奏の性格からか初めから敬語で畏まることなくタメ口で喋っている。もともと凛花にとって天羽奏は年上なのでタメ口でもなんら違和感は無いのだが、周りからすれば凛花が敬語を使っている所為でどっちが年上か分からなくなるそうだ。
「……奏さん、もう大丈夫なんですか?」
「ん?まぁ、慣れちまったのか次の日にはピンピンしてるんだよな、最近は」
つい昨日のことだ、初めて凛花は奏のLiNKER使用実験を見学した。今日は奏の実験失敗から経過を見るために大事を取った次の日だが、病床に伏せていると思っていた奏は意外にも元気そうにしていた。見た目ではどこもおかしそうは見えない。
「いやー、今日の朝には調子戻ってて良かった良かった。せっかくの歓迎会にあたしだけ欠席だなんて堪らないからな」
そう言って大輪を咲かせる奏。それは見るものを元気にさせる効果がある笑顔に思えた。事実、彼女の周りは活気で満ちている。奏自身も心配させまいと屈託無いような笑顔を見せる事で気を使ってるのかも知れない。
しかし、そんな笑顔の花を見られたのも束の間、奏は顔に陰りを落とす。
「聖遺物への適合ねぇ……一体どうしたら上手く行くんだが……翼はよく天羽々斬に適合できたよなぁ、羨ましい限りだ。あたしとの違いで適合係数以外にもなんか要因がある気がしてならねえよ……」
「そう言われても私と奏との大きな違いなんて思い当たらないし……」
奏の隣にいた翼が思い詰めた表情になった。
いくらシンフォギアへの適合が難しいからと言って何の策も無しに取り組んでいたのでは無駄が多くなるのは当然のこと。適合係数という巨大な障壁があるが、それ以外にも適合出来ないのには何かしらの理由が無いとは言えない。
だが天羽奏にはそれが何なのか検討もつかなかった。そんな奏に一つの案として助け船を出したのは弦十郎だ。
「人と聖遺物にも相性というものがあるかもやしれんな」
「相性ですか?」
翼が鸚鵡返しに聞き返す。
「ああ、翼が適合した天羽々斬と適合者である翼との間には何らかの関連があっても良かろう」
「これまた面白い発想ね、良い着眼点だわ」
櫻井了子のメガネがキラリと光ったように凛花にはみえた。目から鱗、とまで行かなくても櫻井了子的に議論の展開としては十分及第点だったみたいだ。了子さんの説明したいスイッチが入らなきゃ良いんだけど……。
「あたしと適合しようとしてるガングニールは相性が悪いってことか?」
「あり得なくは無いわね。天羽々斬を扱える翼ちゃんは同じ聖遺物である筈のガングニールの起動は出来ない訳だし、相性の良し悪しが関わってくるなら別の聖遺物でも検証してみなきゃいけなくなる……。
現状、相性の判定なんてどうやりゃ良いのかなんて分からないけど。今思いつくのでも……歌の相性だったりとか、本人の心象と聖遺物との整合性が取れるのかとかも考えられそうね」
聖遺物を起動させるためには、どんな歌、誰の歌であっても良いとはいかない。相応な適合係数を持ち得ていようとも相性が悪ければ、例え互いにパスを繋いだとしても聖詠は浮かんでこないが、逆に相性が良ければ適合係数が低くとも起動させることもあるかも知れないのだ。また、今回のポイントはそこだけではない。
「歌は少し分かるにしても本人の持ってる心象風景だったり意思が聖遺物の適合と関係して来るのか?」
「無くは無いと思うわよ?翼ちゃんが持つ天羽々斬は剣の聖遺物。そんな天羽々斬に適合した翼ちゃんは昔っから剣を握ってた訳でしてねっ?」
櫻井了子は軽くウィンクして弦十郎へ話しの続きをパスした。
「……翼は幼き頃から風鳴の人間として戦いに備えてきたのは奏も恐らく知るところだろう。守護の要として修行を重ねてきた翼が最も得意とするものは、やはり刀や剣……戦いの中で生き、その中で己に一番必要なものは何なのかと考えた場合、翼が思う信頼するに足り得るものは恐らく剣だ。
剣があれば己は常勝不敗。適合に際して言えば同じ剣である天羽々斬が翼の心象の具現化にピッタリ合ったのだろうよ。昔、翼がガングニールでは無く天羽々斬のシンフォギアを起動できたのもそれが原因なのかも知れない」
ま、想像でしか喋ってない俺には真実かどうか分からんがな、と一言加えて。
「奏ちゃんが今適合しようとしている第3号聖遺物、ガングニールは北欧の神オーディンが持っていたとされる槍で、持つものには必ず勝利を齎し、貫けぬものは無かったと伝えられているわ。そんなガングニールに適合するには槍に準じた何かがあれば良いのかもしれないわね。例えば槍を実際使ってみるとか、奏ちゃんの持っている譲ることの無い強い信念を貫き通すとか、なんてどうかしらん?」
槍ゆえに何かを貫く。そんなものがあっても良いのでは、と櫻井了子は言う。
「あたしの譲れないもの、か」
「流石は了子君だな」
「まだ実証も無く、確証も得られて無い不可思議要素よ?まあ、ロマンチックな事は私は大好きだけど、それだけで適合されちゃあ科学者として私は困っちゃうわ。絶対無いとは言えないけどそう単純に起動なり適合なりされちゃったら叶わないもの。それよりもまずは適合係数をどうするかが重要よね」
「結局、そこだよなぁ〜……」
話が一周して来て結論が元に戻ってしまったことに奏は意気消沈する。適合係数という壁は途方もなく高く分厚い。適合係数が足りなければ聖遺物から引き出された絶大なパワーに自分が喰い殺されてしまいかねないのだ。これからも数値の上昇との戦いになってくるだろうが、今回は何も収穫が無かった訳ではないだろう。
「いずれにしても不確定要素には変わりあるまい」
「あくまでも気持ちの問題としてかしら?物は試しに今の自分の夢を省みてはどうかしらね?」
「そうだな……」
と、ここで奏はふと視界に映った最初に喋って以来何も話していない人物の存在を思い出す。奏さんがちらっとコッチを見た。喋ってないのは私だ。
「……凛花さんもガングニールへの適合を試みるんだよな?」
「う、うん、そうね。今二課が所有するシンフォギアはガングニールしか無いからそうなっちゃうわ」
「そっか……」
奏はそこで初めて凛花が自分と同じシンフォギアに適合しようとするのを知ったようだった。漸く気付く競争相手の存在に奏は焦燥感を感じ始めていた。
すると、凛花は話の流れに乗って口を開く。一番デリケートな所に突っ込んで。
「……奏さんはどうしてシンフォギアが欲しいの?」
「……っ!」
それに目敏い反応したのは奏ではなく翼だった。しかし、物言いたげな翼を抑える為に奏は翼よりも先に答えることにする。一度その問いにも答えた事もあるから躊躇いもない。奏の纏っていた明るい雰囲気がガラッと変わり、静かなる闘志が湧いて見えるようになった。
「そういや凛花さんにはまだ喋ってなかったか。……あたしがシンフォギアを欲しい理由、それはな、ノイズをぶっ殺す為だ。
あたしは間一髪で死を免れたが、あたしの家族はノイズにみんな炭素へと変えられていってな……。知ってるとは思うけどシンフォギアってのはノイズをぶっ殺せる唯一の武器だろ?あたしにはそれがどうしても必要でな、奴らを倒して倒して倒し尽くすまであたしの気は収まらねぇ」
天羽奏は戦いを望む。戦いに明け暮れて自ら死にに行くような破滅しかない夢を見ていた。しかもその先には死地しかないのを自分で理解している。
それよりもこの眼、この気迫……。
凛花は酷く既視感を覚える。こんな事、前にもどこかであったような気がしないでもない。しかもここ数ヶ月もしないうちに。そして、あったであろうその時と同じような言葉が口から出て来てしまった。
「……どうしてそこまでして死にたがるの?」
「ハッ……!?」
「貴様ッ!奏を侮辱するのか!!」
ついに翼の堪忍袋の尾が切れる。どうも翼は奏の事になると沸点がとても低くなるらしい。ここ最近は特に顕著で敵を前にした獰猛なケモノのように強く威嚇している。奏の制御も意味をなさなくなる程に。
「……昨日も見たけどそんなに苦しんで繋いだ生命をわざわざ殺すような事しなくても、そんなの出来る人に任せればいい。別に奏さんだってそれは同じことが――」
「それ以上奏の事を貶めるのは私が許さんッ!!」
「ちょ、翼!」
「長月凛花!私は最初から貴様が気に入らなかった!!己が信念を自ら語ることも無く、漸く口を開いたと思えば他人を詆るだけ!!やって来たばかりで適合実験の苦しみを知らない貴様がどうして奏の気持ちを理解出来る!!」
「……何も分からないよ。私は奏さんじゃないから」
「なッ……!!何一つ分からないだとッ!?私たちより年上の癖に人間性のかけらも無い薄情者が、人類守護の要であるシンフォギアなど纏える訳が無い!!貴様は一体何しにここに来たのだ!!」
翼の言うことは事情を知らない者からすれば最もだ。物言わない凛花がようやく発した言葉がアレだけではそう捉えられてもおかしくは無いのだ。寧ろ上司である弦十郎や櫻井了子が何も言及しないことに違和感すらある。言葉尻が速くなってくるにつれ凛花に詰め寄っていきそうになる翼の肩を奏は押さえ揺さぶった。
「こら、もう落ち着けって翼!……でも、あたしも知りたいところではある。質問を返そうか、凛花さん」
「……」
「どうしてシンフォギアなんか欲しいんだ?」
凛花は噤むが思い悩む事は無かった。答えはとうに出てる。
「……大切なものを守る為に」
「……え?」
「……これ以上大切なものを失くさない為に私は戦いたいんだ」
2人に対する凛花の設定として天涯孤独の身である事は伝わっている。理由としては何もおかしく無いし、凛花の言った事は事実だ。しかし翼はそう素直に受け取らなかった。
「フン、結局は私利私欲か。そんなものだろうと思ってた!!」
「翼!!熱くなりすぎだって!!ちょっと冷静になれ!!」
「あっ!!……ごめん、奏」
奏はいいから、と肩を落とす翼を諌める。
「あたしの理由も教えたし、凛花さんの望む理由もこれでわかった。だけどよ凛花さん、誰かに任せるっていうのは間違いだ!他人任せにして夢が叶うものか!あたしの夢はあたしが叶える!あたしは適合者の座を譲る気はこれっぽっちも無ぇ!」
懐が深く温厚な奏も凛花の言い分を見逃す訳には行かなかった。
「先に実験してたからあたしに優先権があると言いたいところだが、それじゃ凛花さんも納得しないだろ?」
だからここはフェアに行こうぜ、と奏は続ける。
「凛花さん、あたしと勝負してくれ。組み手して勝った方が先に実験する権利があるとする。もちろん実験で死ぬか諦めるかストップがかかるまで、実験を優先する権利だ」
「……」
周りを置き去りにトントン拍子に話が進み、重大な事柄が簡単に決まってしまいそうになっている事に状況を見守っていた大人たちがようやく騒然としだす。
そんな事があってか、ちょっとちょっと、と言いながら櫻井了子が話に割り込んで来て仲裁に入って来た。
「奏ちゃん、凛花ちゃんはまだ怪我が完治してないのよ?いきなりそれを模擬戦だなんて……」
「そこまで酷く言うほどあたしは鬼じゃ無いさ。勿論傷を治してからやってもらうつもり。ぱっと見じゃ分からなかったが、凛花さんって実は結構鍛えてるでしょ?杖ついてるのに隙が無いんだもん」
「言われてみれば確かに……」
「……」
何もかもに興味が無さそうに見える凛花だが、成長した奏には凛花の張った不可視の警戒網が何となく見えていた。脱力していてもリラックスした状態とは程遠く、まるで何かに怯えているかのように常に気を張っているように思えたのだ。奏はそれが気がかりだった。
「それに実験の独占権なんて決めなくても、こっちでスケジュールぐらい組むわよ。何もこんな決め方しなくてもいいじゃない?」
「それじゃあ、あたしは満足出来ないね」
凛花も首肯して同意する。
「……私はこのままでも、今すぐでもいい。
「……えっ?」
「え、ちょっと、凛花ちゃん!?」
「貴様ッ!まだ言うのか!!」
「……私は時間が惜しい」
怒る翼をサラッと無視し、クルリと180度回って出口へ凛花は向かう。杖をつきながらの歩き方はまだぎこちなさが見えていて、歩くのも普通よりかゆっくりめだ。こんな様で果たして動けるのだろうか、詳しいところは凛花も天任せ。
「……師匠、前に行ったあの部屋、ちょっと借りますね」
しかし、凛花は師匠である弦十郎に肩をガッチリ掴まれてしまった。説教をする時のように厳しい表情でいかにも怒っているみたいだ。
「待て、俺は許可したつもりは無いぞ。奏もだ」
「……平気です」
「平気なものか、そのなりで動けるようには到底思えん。勝負事は万全を期してからやれ」
「……平気です」
「だからな――」
「――師匠はこんな言葉、知ってますか?」
互いに主張を譲らない師弟。しかし凛花が弦十郎の話を遮る形で被せてきた。
「急になんだ?」
「……ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」
「なッ……!!」
凛花の口から出るには予想外過ぎた。
驚きの表情に満ち、ぐうの音も出ない弦十郎は二人の暴走を止めるための反論が浮かび上がらないため、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……師匠はこの言葉に反対ですか?」
「……くっ、念のため俺も付いていく事にする。何かがあってからでは遅い。本当に危険だと感じたらすぐ止めるからな、それだけは約束しろ。それに今回だけだ、いいな?」
反論出来るわけもない格言を提げられては弦十郎は折れるしかない。何せ、今までその言葉を体現してきた側の人間なのだから否定出来ないのだ。
「……大丈夫です。奏さん、先に行ってます」
そう言い残し凛花は師匠と呼ばれた弦十郎と共に会場を去った。
「あ、うん、分かった……。そういや凛花さん、弦十郎のおっさんのことを師匠って……え、師匠!?」
「あの司令が弟子を!?それも……」
「弦十郎くんったら、相変わらず甘いんだから」
この会の主催者と祝われるべき本人が不在になり、会場内の喧騒に飲まれてしばし固まってた翼と奏だったが、凛花たちが退場してから時間もそこそこに復活を果たす。そして重大な事実に気づいてしまった。
「こりゃ凛花さんってとんでもねぇダークホースってやつか!?こいつは骨が折れそうだ……」
「頑張って奏!あんなやつ叩きのめしてやってよ!!」
長月凛花があの風鳴弦十郎の弟子となると怪我をしててもどうにかなってしまいそうで怖い。しかもあの『師匠』呼びはお互い随分言い慣れているようだった。奏自身も精々武術を習ってたぐらいだろうと甘く見積もってたらしく、まさかの展開に少し冷や汗が出て来てしまっているぐらい動揺してしまっていた。
(しかし、何だってんだ凛花さん。急にあたしに実験を辞めさせたいだなんて……)
奏には分からなかった。凛花は自分が適合したい、ではなく奏を適合させたくないと言った事が。
「う〜ん、青春してるわね〜。こういうアツイ展開は大好物よー」
先ほど諍いを収めようと動いていた櫻井了子は面白いことになった展開に身を任せていた。
うんうん、とただ一人噛みしめるように頷き、二人の覚悟をかけた戦いを他人事のように観客として楽しんでいるのであった。