戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE17 Rebirth→Next?(後編)

 

 

 

 

 

 「君のいた世界では戦争が起きた、あの時君はそう言ったな?」

 

 

 ガングニールの件は一先ず置いておくことになり、持っていた槍を消した凛花は声に出さずただ頷いて肯定する。

 凛花の気持ちは未だに晴れる事がないまま、悲愴な面持ちを保っている。

 

 

 「君に何が起きてしまったのか、話せる所だけでもいい、俺たちに話してみてくれないか?」

 

 

 「……それ、は……、……っ」

 

 

 陰鬱な表情を浮かべて俯いたままだった凛花は不安げに弦十郎の方を向いた、がしかし、すぐにベッドへと目線を逸らす。

 いつの間にか凛花の身体は無意識に細かく震えていた。

 

 

 「独りで考え込んで良い答えが出せないのなら尚のこと誰かと語り合った方がいい。話し合った末に自分の納得の行く答えを出せればそれでいいんだ。

 君の望む答えは出せないかも知れない、だがどんな形であろうと必ず君の力になってやる」

 

 

 

 

 「…………………………っ」

 

 

 

 

 震えるあまり自分の身体を自分で抱き締める凛花。

 それは本能的な自己防衛によるもの。

 

 そんな様子に心を痛めながらも、しかし弦十郎は凛花に対して話すように要求した。力不足で及ばなかった過去の自分に対する後悔と反省を無駄にしない為に。

 

 

 今度こそは絶対に、と。

 

 

 そんな覚悟に胸を打たれたのか、はたまたそんな事をつゆも感じる事無く話し始めたのか、僅かな期待を胸に持った故なのかは分からない。

 

 

 長い長い沈黙を経て、長月凛花は独白する。

 

 

 

 

 

 

 

 「……今から8年後の世界で起きた戦争……その原因は、実質的に日本が独占していた聖遺物、取り分けシンフォギアを狙った全世界による日本へと一方的な侵略でした……。しかも日本全体を一斉に攻撃して来て、1日と経たずに日本中が戦火に包まれました。

 

 

 宣戦布告すらも実質的に無く、あまりに唐突すぎて何も分からないまま私たちは正当防衛と救助活動と言う名のもとに反撃を始めました。

 

 誰かを守る為にあるシンフォギアの力を……誰も傷つけたくないと言う思いとは裏腹に同じ人間に対して牙を剥けだして、ついに手をかけてしまった……何人も死なせてしまったかも知れない……。

 

 

 

 

 ……そして私は何もかもをあの戦争で失ったんです。

 まるで犯した罪に罰を与えるかのように。

 

 

 

 私のいた世界ではとある事件後に、極秘であったはずのシンフォギアの存在が世界に知られてしまいました。

 

 ノイズへの対抗力を持つと言う事以上に強大な軍事力として各国政府では捉えられていたシンフォギアが戦争の原因と言うこと、それが日本でも拡散していて、負傷した誰かを助けても「助けてくれてありがとう」の一言も無く、お前の所為だと、お前が居なければ戦争なんて無かったんだと、怖い顔をした色んな人たちから罵倒され蔑まれ、終いには敵意剥き出しに石なんかも投げられて、敵の兵士に「目的の奴はここにいるぞ」と告げられ裏切られていく始末……。

 

 けれど無残にも見捨てるわけに行かなくて、身を守りながらずっと救助活動をしていました。たとえどんなに居た堪れなくなっても、心が苦しくなっても我慢してそんな人たちを助け続けていました。

 

 

 辛いのは自分だけじゃ無いって、そう思いながら。

 

 

 ……あの戦争に巻き込まれた人たちの誰が悪いかなんて言えないし、事実、あの戦争で助けた人たちは誰もが被害者で、誰も悪くなかった。

 

 

 悪いだなんて、言えるはずもなかった……。

 

 

 ……だって、聖遺物なんて言う物とは無縁な生活を送っていただけで、標的にされた私たちの戦いに巻き込まれてしまっただけだから。悪いのは巻き込んでしまった私たちの方……。

 

 

 確かに私たちがいなければ戦争なんて無かったかもしれない……。

 

 

 聖遺物なんて物が無ければそもそも争いなんて起きなかったのかもしれない……。

 

 

 

 

 ……けど、全てを失ってから、思ったんです……。

 

 

 

 

 ――本当にそんな人たちを救うべきだったのかなって。

 

 

 私を傷つけるだけの全く関係のない人よりも、大切にしてくれていた親友の事を優先していれば良かったんじゃないのかって。敵の進軍を許してでも親友の生命の方を取っていればって……。

 

 そうすれば……こんなにも苦しい事なんて、無かったかもしれないんじゃないのかなって、罵詈雑言を直に受けながら救助を続ける苦痛よりも、何百倍も、何千倍も辛いことになる事なんて無かったんじゃないのかって……。

 

 

 

 

 

 そう、思っちゃったんです……。

 

 

 

 

 

 私たちだって、何も悪くないのに濡れ衣を着せられた!

 

 

 信じて、裏切られて、それでも信じようとして、結局裏切られて、その繰り返し。

 

 

 誰も心から人を信じてる訳なんかない!

 

 

 人間は他人の事なんてどうでも良い、誰も自分の事が一番。自分の為なら他人を容赦無く貶める!

 

 

 

 

 ……そんなことを、知ってしまった。

 

 またしても、理解させられてしまった……。

 

 

 

 そんなの……理不尽過ぎるよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからもう、何も信じられないんです。

 

 

 

 

 ……でも、そうしたら、今まで私がやってきたことは何だったんだろうっても思えてきちゃって……。

 

 ……私は何で人助けをしていたのか、私の持ってた正義は安っぽい偽善なのか、何がしたくてそんな事をやってきたのか……。

 

 

 

 

 

 

 ――私は何のために歌を歌って来たのか。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを疑うようにもなってしまいました……。今まではぶち当たったとしてもどこか避けてきた、そんな事を……。

 

 

 

 人と人は話し合いでいつかきっと仲良くなれる、人間はお互いに分かり合える。

 

 

 そう考えていたけれど、現実に戦争は起きてしまった。私が大切にしていた事はやっぱり嘘だったんです……。

 

 

 

 人を信じていたのも、持ってた正義も、私が見た夢も、結局は独りよがりで押し付けていただけで正しくなんか無かった。

 

 人を助けて良い気持ちになる為に、偽善に酔ってただけの人でなし。

 

 

 

 私はそんなんじゃないのかって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーそうやって君は、誰かを守るための拳で、もっと多くの誰かをぶっ殺してみせるわけだッ!!!』

 

 

 

 

 

 

『ーーーお前の歌で、救えるものか……誰も救えるものかよッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 凛花の脳裏に焼き付いていたとある言葉。

 それは、どちらも凛花にとってはかなり衝撃的であった戦いの最中に、自分に向けて発せられた言葉だった。

 

 敵対していた二人の言葉も()()()()()()()()()()()()のかもしれない、がしかし、それは間違ってなどいなかった。実際、その言葉の通りになってしまったのだから……。

 

 

 

 自分はあの戦争でどれほどの人を傷つけた?

 

 

 自分の歌で一体誰を救えたと言うのか?

 

 

 

 それだけは、既に解かり切っている事だ。

 

 

 

 

 

 「……でも、全てを奪われても、人と人がきっと仲良く出来るという夢が正しくなんか無いと分かってても、私は最後まで諦めきれなかった……。争い合っているか仲良しなのかで、良い方なのはやっぱり争わない方だから……。

 

 ……それが月の破壊、そうすれば呪いは解けて仲良しになれる、人と人とが信じあえる。

 

 それが、私に残された最後の手段だったんです。

 

 その夢も師匠に間違ってるなんて言われた上に失敗してしまいましたけどね……。

 

 

 だから、もう、何も分からないんです。

 世の中は嘘ばっかりで、思い通りになる事なんか何も無い。

 他人も自分も、夢も希望も正義も、何が本当なのかも。どうして私は生きてるのか、何がしたいのか、どうするべきなのか、どうした方がいいのか、それすらも……」

 

 

 

 

 長い長い告白は終わり、長月凛花の意気消沈した言葉はそこで途切れた。

 

 

 数多くの本物を失った凛花、その喪失が齎したものは一人の少女が抱え込むには余りにも大きすぎる代償だった。何か一つだけならば別の形で辛うじて取り戻す事が出来るかもしれないが、凛花は一度にたくさんのものを失いすぎた、立ち直れる方がおかしいくらいに。

 

 ――世界の全てに絶望して死んでしまいたいと思ってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……俺が何故君の夢を間違っていると言ったか、その訳をまだ言ってなかったな」

 

 

 「……」

 

 

 

 

 凛花は何も喋らない。

 

 

 

 

 「……君は月を壊すことで人と人とが仲良くなれる、そう考えて絶唱を放ち破壊を試みた。そうする事が夢だとも言った」

 

 

 「………」

 

 

 「あのまま月が壊れ、地球には何にも影響が無く、その後人間たちは互いに仲良くなれたとしよう、人類にかかっていた呪いは解かれ、世界には恒久的な平和が訪れる、君の夢は見事叶ったんだ。

 

 しかしだ、その夢の中に、月の破壊を試みた立役者の凛花くんは含まれているのか?

 

 そうして争いが無くなった世界の何処に、手と手を繋いで仲良くしたいと願った筈の君は存在しているんだ?

 

 夢の中で君の隣に居て手を繋いでる人は一体誰だ?」

 

 

 「…………」

 

 

 「……もう分かってると思うが、そのいずれの答えも『いない』だろう?

 

 君の叶えたかった夢の世界に君の姿は何処にもないんだ。絶唱を紡いでそのまま果てる、若しくは瀕死のまま生き延びたとしても誰かと一緒に居るわけでもなく生命尽きるまで僅かな時間を孤独に過ごすのみ。

 

 ……実際そうするつもりだったんじゃないか?人を信じられなくなったのにそんな夢を見てしまうのは自分を苦しみから解放する為。

 それっぽい理由をこじ付けて正当化し、自分の心を騙して絶唱なんてものを使った、違うか?」

 

 

 「…………………」

 

 

「人間というものに絶望したとしてもその誰もが被害者で悪い訳じゃないと言う思い込みから、強く復讐や争いを望んでいる訳ではない。

 また、凛花くんの身に起きてしまった悲劇の原因があたかも全て凛花くんにあるような錯覚を盲目的に信じてしまい酷く自分を責めるようになった。

 そして、生きる支えを全て失ったとしても、心の底では誰かの幸せを願う夢を捨て切れなかったいう思いも確かにあった。

 

 それらの所為で君の夢は、夢の中にすら君の居場所が無くなってしまうほど酷く歪んでしまったのだろう。

 

 

 ――全ては、自身を苛む悲哀や苦痛から逃れようとするために。

 

 

 

 

 だからこそ俺は、君の夢は間違っていると言ったんだ。

 

 

 君の望んだ世界に君は存在せず、凛花くんの手によって争いの呪縛から解放された世界中の人たちは笑い合い、齎された平和を謳歌する。

 

 

 ――長月凛花の功績と犠牲を永遠に認識する事無いままに。

 

 

 そんなものはあんまりじゃないか。

 夢と言うのは自分の為に見るもんだ、君の願いは短絡的に君を楽にするだろうがそれは君を不幸にする事を絶対に避けられない。

 

 自分が幸せにならなければ夢なんて嘘で満ちている、そんなものは夢の本質から外れている欺瞞だ、自分が幸せにならなければ夢なんて意味が無いからな。

 

 

 先ずは自分なんだ。他人じゃ無い。

 

 

 自分は幸せになる資格がないと言いながら、他人の為に何かをしてやりたいなんていう願いは歪んでいる!まして、死んでしまえば幸せになれるのに、なんて言う奴は大馬鹿者だ!俺が叩き直してやる」

 

 

 

 

 「……じゃあ……じゃあ!!私は一体どうしたら良かったんですかッ!?どうする事も出来なかった私にこれ以上どうしろって言うんですかッ!!

私が居なくなれば世界が平和になれたかも知れないのにーーうっ……!!」

 

 

 

 

 ついに耐えきれなくなった凛花は初めて激情を表に出して弦十郎へと喰いかかる。

 だが、凛花の話の途中で弦十郎は手を頭に添えて強く、そして優しく凛花を抱き締めた。

 

 

 

 

 「君が、凛花くんが幸せになれる夢を俺たちが一緒に探してやる!凛花くんが納得のいくその時まで一緒に苦しんでやる!また道を間違てしまう時が来たとしてもその都度正しい方向へと導いてやる!

 

 子供の夢を叶えてやるのがオトナの役割なんだ、俺は君を裏切ることも見捨てることもしない、いつまでも味方でいてやる!!

 

 確かに俺は君のことを何も分かっちゃいないだろうが、それが君を守ってやらない理由にはならない。

 君はもう独りなんかじゃないんだ、今からここも君の居場所だ!存分に迷惑をかけろ!何度でも俺を頼れ!俺は、凛花くんの師匠、なんだろ?」

 

 

 「ッ!!」

 

 

 「師匠が弟子の面倒を見るのは当然の事、君に構う理由はそれだけでも十分じゃないか。

 ……困ったときはお互い様なんだ、もう独りで苦しむことなんてないし、独りで不安や悲しみを抱え込む必要なんてもう無い。辛いときは辛いって言ってくれれば良い、君の頼れる大人たちは君の側にいる。

 

 一人になりないときは一人になればいいが、その帰りは誰かがきっと待っててくれる。

 

 自分で自分の事を信じてやれないなら俺たちが君を信じて待っててやるし、たとえ君が俺たちを信じられなくても、俺たちは支えてやる。

 

 ……だから、もう、そんな悲しい事を言うな」

 

 

 

 

 「ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 「今すぐ見つけなくても良い、凛花くんが背負ってしまった重荷を一個ずつ無くしていくんだ。

 

 他人の事なんて後回しにして自分の事を優先させろ。

 

 一度持っているものを、抱え込んでしまった苦しみを全部投げ出しちまえ。それから大事なものだけを拾い集めれば、君の求める本物が見えてくるはずだ。

 

 自分を苦しめるもの全てを捨てて逃げたとしても君は悪くない。苦しみ続けて尚向き合おうとしていた君を誰が糾弾出来ようか」

 

 

 

 人間は誰しも聖人君子になれる訳がない。

 

 確かに自分の心を殺して聖人君子になれる人物もいるだろうが、それはほんの一握り。俗世から離れ、崇高な理念をもつ高位の僧侶ぐらいなものだ。

 

 

 世界に溢れるその他大勢は、そんなに頑張れる人間じゃない。

 

 

 強者など数えられる程か、若しくは居ないか。世界中の人々の殆どが弱者であり、人類すべてが弱者と言っても過言ではない。

 親しい者が殺されれば憎悪し復讐したいと一度は考えるだろうし、誰かに虐められたり蔑まれたりすればその者と向き合いたく無くなるのは当然なのだ。

 

 そういった負の感情を一切持たず、たとえ友人を殺されたとしても尚、見返りを求めず誰かを思い遣ろうとするのはある種の精神異常をきたしていると言えるのかも知れない。

 

 

 「……でも、私は……私と関わったみんなの事を不幸にしてしまった……。それなのに、私だけが逃げる事なんて……出来ないです」

 

 

 けれど、長月凛花は真面目であった。誰かの役に立ちたい、困ってる人を救い出したいという立派な信条を貫き通すだけの強さを持っていた。自分の責任を他人に押し付けることなんてしない。

 

 だが、真面目過ぎるが故に一度綻びが生じてしまえば融通が利かず、雁字搦めに陥ってしまう弱さも併せ持っている。

 苦しみから逃れる事を最も許せないのは、自分自身であると言う、二重苦の枷を凛花は持ってしまっていた。

 

 

 己を許すことなど到底出来ない、と。

 

 

 しかしそんな凛花に弦十郎は一つの疑問を投げかける。

 

 

 

 「……今の君に、その罪を償うことが出来るのか……?」

 

 

 「……ッ!」

 

 

 弦十郎のその言葉は、凛花の何に対しての言葉だろうか。

 

 

 「逃げずに苦しみ続けることが罪の償いになるのか……?俺はそうは思わん、逃げたって別にいい。

 

 逃げたものに向き合うのだって後からでいいさ。今は無理でも自分が万全になってから、犯してしまった罪に、捨ててしまった信念に、疑ってしまった正義に少しずつ向き合って行けばいいさ。それなら傍から見ても逃げたようには見えんのだから。

 他人の幸せを考えるのはその後でいいだろう?」

 

 

 「……でも、師匠を頼って償ったとしても、今度は師匠を不幸にしてしまうかも知れないんですよ……。

 私と関わった人は何処かで不幸になってしまっているんです。

 

 私の所為で誰かが傷つくのなんてもう見たくない、だからこれ以上私と関わらないでいてください……」

 

 

 

 歩み寄りを見せた弦十郎に対する明確な拒絶。

 

 しかしそれは長月凛花なりに弦十郎のことを思っての言葉でもある。

 それだけ凛花にとっては関わりたくないだけの理由があるのだ。

 

 

 

 長月凛花は呪われている。

 

 自身が関わる人物に対して不幸や災難を撒き散らしてしまう呪いにかかっていて、本来争いを好まない凛花を当事者として争いに関わらせる形で凛花を苛んでいる。

 

 今までにそんな事が多過ぎた。

 

 実際にそんな呪いがあるのかと言う所在の有無よりも、現実に彼女の身に起きる事件の数々がそれを物語っており、少しずつに凛花を蝕んでいた。

 

 

 決定打は、凛花が全てに絶望した聖遺物を巡る戦争。

 

 

 凛花自身がその呪いの存在を信じてしまうのは無理の無い事だった。

 

 そんな不幸が他人に及ばないようにするには、ひとりぼっちでいた方が良い。苦しみを味わうのは自分だけで良い。そう考えつくのも当然の事だろう。

 

 

 

 しかし、長月凛花を救うと決めた一人のオトナはそれでも諦めはしなかった。

 抱擁を解き凛花から身体を離した弦十郎は椅子に座ったまま、未だ光の灯ってない瞳を覗き込む。

 

 

 

 「凛花くんと関われば俺は不幸になる、か。

 ……ふっ、そうだな凛花くん、そこまで言うのなら、()()()()()()()()()()

 

 

 

 「えっ……!?」

 

 

 「し、司令!?」

 

 

 「弦十郎くん!?」

 

 

 呆気にとられた3人など何処吹く風な弦十郎は腕を組みながら話を続ける。

 

 

 

 「一つ、俺と凛花くんで勝負をしようじゃないか。

 

 凛花くんが本当に人を不幸にする呪いにかかっているというならば、俺の事をとことん不幸にしてみろ。病気、事故、災害、死別……それで本当に俺が不幸になってしまったのなら俺の負けだ。君の望む通り、君と関わるのもやめにしてやる。

 

 だが俺は君が幸福を得られるように背中を押してやるぞ。

 俺が不幸になるか、君が幸せになれるか、どちらが先に叶うのかで勝負だ」

 

 

 「ぁ…………」

 

 

 唖然とする凛花、反対に自信に満ち溢れている弦十郎は大胆不敵で憎たらしい程に爽やかな笑みを浮かべている。

 してやったり、と言った具合に。

 

 何と言う抽象的な戦いであろうか。幸か不幸かなどと判断するのは客観的には分かりづらく、どうしても個人の主観が関わっている為に勝敗を決め難い。

 

「不幸だ……」とひとつ呟けば明白な証拠となり、弦十郎の負けは決定するのだが、屈強な戦士でもあり、勝負事には一切手を抜かない勝ち気な二課司令がおいそれと負けを認めるような発言をする筈も無く、またその発言を凛花は聞き届けなければならない為に非常に難易度が高い。

 

 反対に凛花はどのように不幸にすれば良いのかも分からず、そもそも凛花自身は誰かを不幸にはしたく無いと思っているので、この勝負に勝てる見込みは殆どないようなものだ。

 

 

 

 「こうなった弦十郎くんは梃子でも動かないわ……諦めることね」

 

 

 「そうですね……」

 

 

 弦十郎の突発的な言動にこめかみを押さえ頭を痛めて呆れた様子の櫻井了子。

 苦笑する緒川は櫻井了子の言葉に最早頷くばかり。

 

 勝負など早々に成立していない、やや一方的なゲームのような気もするがそれを指摘出来る勇気ある行動を起こす者はいなかった。

 

 

 

 「……なん、で……?」

 

 

 「……ん?」

 

 

 「……何でですか!?どうしてそこまでして私を!そこまでする理由なんて何処にもないじゃないですか!!」

 

 

 

 これまでの弦十郎の行動、言動その全てに於いて凛花の頭では理解出来る範疇を超えていた。

 そんな凛花を前にしても弦十郎は自分の持つ信念を淡々と貫き通す。

 

 

 

 「さっきも言っただろう、俺は君を救うと心に決めた、凛花くんの事を助けたいと思ったからだ」

 

 

 「ッ!……だか、ら、そんなんじゃ、理由になんて――」

 

 

 「ならない、とでも言うのか?」

 

 

 「……ッ」

 

 

 歯噛みする長月凛花。

 

 

 「君は二課の一員として人助けをしていただろう、その時どんな気持ちで人助けをしていた?

 自分が助けられる対象になった時にその理由が適用されないだなんて、まさか思い込んでいる訳ではあるまいな?」

 

 

 「……」

 

 

 「……ハァ、何処まで自分の存在を勘定から外すつもりだ。自分は悪くて他人は良いだなんて事がある訳がないだろう!それ以上自分を貶めるのはよせ!!

 ……だがな、別にそれだけが理由じゃないぞ」

 

 

 「……何、ですか……?」

 

 

 「それは、俺は大人だからだ」

 

 

 幾度と無く弦十郎が繰り返してきた言葉。

 凛花の質問を前にしても再度それを迷いなく繰り返す。

 

 

 「……大人、だから……?たった、ただそれだけの事で……?」

 

 

 「ああ、そうさ」

 

 

 「……それこそ全然全く意味が分かりません!!さっきよりも理由になんかなってないじゃないですか!」

 

 

 目に灯っているはずのハイライトは未だ戻ってないのに、無表情のままだった状態から一転して、凛花は先程から強く弦十郎に喰いかかるように己の表情を露わにしている。

 

 助けてほしいという心とは裏腹に、自分なんか救う価値なんか無い、助けてもらうべきじゃ無いというジレンマを抱えながら凛花は訴え続ける。

 

 

 「理由にはなっているさ。大人になれば色んな事をやらなきゃならなくなる。

 子供の頃には無かった様々な力を持つようになればそれだけ責任が発生し、自分の事だけではいけなくなる。

 

 俺の信条としているその一つに、子供を守ってやるのが大人の務めだ、と言うのがある。

 俺からすれば君はまだ成人もしてない未熟な子供だ。

 ならば君を庇護下に置いておくのは何も間違いでは無く、況してや君のその惨状で放っておける訳がなかろう」

 

 

 「……私は、子供で、師匠は、大人だから……。人助けの仕事に就いているから……。

 だから、私を助けるんですね……?」

 

 

 単純明快で理論的な理由が欲しいのか、凛花は分かりやすくて納得の行きやすい理由を並べた。

 

 感情の介入しない、そんな理由を。

 

 

 「それだけじゃ無いが、それも一つの理由だ。

 ……もし、守られるのが嫌なら、大人になって誰かを守れるくらいに強くなるんだな」

 

 

 「……」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 

 

 

 「……いいん、ですか……?本当に……」

 

 

 「あぁ」

 

 

 「……本当に、ここに居て、私は生きてて、良いんですか……?」

 

 

 「あぁ!!当たり前だッ!!」

 

 

 「………っ」

 

 

 「……君はその戦争で助けた誰からも生きている事を否定されたのだろうが、君はそれが誰もが望んでいる事だと本当に思うか?考えてみるといい。

 君の手から零れてしまった親友が、君と一緒になって心を通わせ苦しんだ友人たちが、本当にそう思っているだろうか?

 

 ……そうじゃないだろうよ。

 

 君が友に生きていて欲しかったようにその友達も君の事をそう思い、生きて欲しいと願っているはずさ」

 

 

 「……でもっ、私は!未来の事を守りきれなかった!私が弱かったから!私が未来の元へと辿り着けなかったから!……そもそも戦争だって……」

 

 

 戦争の火種が自身にあるという紛れも無い事実を引きずり、またしても話をぶり返す凛花。

 そのまま暗く落ち込んでいくのを何度も見ている弦十郎はそれを許さない。

 

 

 「言ったはずだ!諸悪の根源が全て君に帰属するなんて事は無い!

 話を聞く限り、確かに凛花くんにも至らなかったところはあるのかも知れないが、それだけを拡大解釈して自分を責めるもんじゃない!!

 君に助けられた人たちが助けてくれた凛花くんを悪者に仕立て上げたのは、それこそ救いようの無い被害者意識故だ、俺たちにも制御し得ない人間の感情まで抱え込もうとするな!

 

 

 

 ……君が守れなかった親友は"未来"くんだと言ったな。

 

 その子は凛花くんの事をどう想っていた?

 どんな風に君の事を支えてくれていた?

 自分が死んでしまった事を親友である君のせいだと逆恨み、君にも死んで欲しいと果たして思うのか!?逆に凛花くんが未来くんの立場になったら一体どうなんだ!?

 

 少し頭を冷やせッ!!」

 

 

 「うッ!!」

 

 

 激しい剣幕で声を荒げて叱責する弦十郎に凛花は怯む。そして、叱咤する言葉の裏に隠れた激励の意味を考え始めた。

 

 

 

 ――瞳を閉じて、遠い所に居る親友の言葉を思い出す。

 

 

 

 

 『―――あなたの人助けは度が過ぎてるの』

 

 

 『―――……ばか』

 

 

 『―――今度一緒に流れ星を見に行こうね』

 

 

 『―――ありがとう、助けてくれるって信じてたよ』

 

 

 『―――私だって、守りたいのに……!!』

 

 

 『―――身体平気……?おかしくない……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『―――世界で一番優しい拳だもの、いつかきっと、嫌な事を全部解決してくれるんだから……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「無念さを強く感じた君は、今何を求める?」

 

 「……」

 

 

 「君の親友を奪った世界へ復讐か?」

 

 

 「……」

 

 

 「最初に浮かび上がったそれが、君の答えだ」

 

 

 後悔、屈辱、懺悔、憤慨、失望、諦観。

 

 

 「それがまだ見つからないのなら、俺たちが君に出来る事を教えてやれなくもない、だがしかし、君はそれで良いのか……?」

 

 

 

 全てに絶望し、世界に見捨てられたかのように壮絶な孤独感を味わった長月凛花。

 

 

 

 「君の親友は、何を想っていた?」

 

 

 

 過去の世界にて弦十郎たちという絶対的な支えを手に入れ、過去を振り返った今一番に思うことは……。

 

 

 

 

 

 

 「……私の親友は、いつも私の側で笑っていてくれました。どんなに辛い事があってもずっと側で支え続けてくれました。どんな時も私の事を一番に考えてくれていました。

 時には自分の事を顧みず危険を冒してまで私の事を助けてくれたりもした……あの戦争の時もそう、自分は瀕死の重傷を負っていたというのに私の事を優先してくれていた……。

 

 私は未来が居なければ、何も出来なかった……。

 未来が側で支えてくれなければ何も出来なかったままだった……。

 

 私は、未来が側に居なきゃ、あまりにも無力だ……。

 

 

 

 ……私だって、守りたいものがあったんです。

 

 

 

 それは何でも無い唯の日常で……みんなと笑顔でご飯を食べれるような日々で……。

 そんな日常を守りたいと強く思っていたんです。

 

 初めてシンフォギアの事を知るようになってからはそれを目標にしていたけれど、段々と事の次第が大きくなるにつれてそれも段々と見失っていって……。

 

 

 私に出来たことは、拳で解決出来る些細な事……。自分の行いが正しいかどうかなんて分からないままに突き進むだけ……。ただ、歌を歌ってみんなと手と手を繋ぎあえれたら良いなって……。

 

 私に出来たことはたったそれだけなのに、けれど私は時間が経つにつれ色々な事を望み過ぎて、無力だったばかりに全てを失くしてしまった……。

 

 自分のしてきた事に疑いを持ってしまったのも、この拳で誰かを傷つけてしまったのも事実……。

 

 

 親友に何にも恩返しが出来なかった。これは、私が絶対に背負わなきゃいけない十字架……。

 絶対に未来に返さなきゃいけない想い。

 こんな私を助け続けてくれた未来だけは信じていたい。未来の事を裏切りたくなんか無い。

 

 

 

 未来の願いを、叶えたい……。

 

 

 

 その為にも私は罪を償いたい……。

 みんなに謝りたい。

 

 誰かと関わる事は怖いけれど……。

 

 大切なものを……もう失いたくない。

 あんな惨劇を二度と味わいたく無いから……。

 

 

 ……また、戦えるか分からない……。

 もう戦えないかも知れない……。

 

 ……何が私の大切なものかなんていうのは見失ってしまったけれど……。

 

 こんな私にも、大切なモノがまた手に出来るのであれば、それが……許されるのであれば、それをこの手から離したくない……」

 

 

 

 世界は残酷だ。真実も残酷だ。

 

 

 

 無事に立ち直れるかは分からない。立ち上がったとしても、もしかしたら何も手に入らないのかもしれない。何を願っても叶わないのかもしれない。

 

 

 そうなってしまうのは怖い。

 

 

 死ねば全てが終わりを告げて、苦しみから解放されると同時に何もかもを失う。失ったとしても楽になれる。

 

 生命以外に失うものがないのだから。

 

 心の底でかつてはそれを無意識に望んでいたようだ。

 

 

 

 ……それでも、今は生きる事を選んだ凛花。

 

 

 

 こんなにも苦しむのであれば、人間関係なんて持たない方がよっぽど良い。ひとりぼっちで当たり障りなく何も起きない日々を過ごした方が心を抉られる程の辛い事件が起きない。

 持っていたナニカが無くなってしまった喪失感に人の心は耐えられないのだ、それが自分にとって大切であればあるほど。

 

 

 

 ……けれど。

 

 

 

 人はナニカを持っていた時の喜びを、充足感を、安心感を知っている。知ってしまっている。

 

 

 

 もし、もう一度大切なものが極僅かでも手に入るのなら。

 

 罪を償う事で、少しでも許されるのであれば。

 

 大切なものを守れるのであれば。

 

 もう、失わなくて済むようになれるのであれば。

 

 生きる事でこの苦しみが晴れるのなら……。

 

 心の拠り所を持てるなら……。

 

 生きる意味を、得られるのなら……。

 

 

 

 

 「そうか……良かった。大切なものはこれから生きていく中で見つけていくといい。俺たちも一緒になって探してやる」

 

 

 ようやく心からの想いを聞く事ができた弦十郎はホッと一息つく。

 

 

 

 それは小さくて大きな願い。それは果たして少女の身に余る想いであろうか。

 

 何もかもを失った少女は、人間として原初の欲望を再び得ることで生まれ変わる。

 

 今までは忌避していたであろう手段であっても取る事を厭わない、躊躇しない、そう心に思う長月凛花。

 シンフォギアを使う時が来れば、誰かを助ける為にではなく、自分自身の為に使いたいとも思う。

 それは、何が何でも親友を優先させなかった事による悲劇を繰り返さない為に――

 

 

 「……俺の話は今日のところは取り敢えずここで終わりにしておく。騙されたと思って俺たちを信じて待っているといい、また明日様子を見にくるからしっかり休んでおくんだぞ?」

 

 

 じゃあな、と告げて凛花の頭をくしゃりと撫でてから心持ち足早に場を後にする弦十郎とそれを追いかける緒川。

 

 ふと、凛花の病室を出る直前に弦十郎は背を向けたまま皆に聞こえるように呟く。

 

 

 「……神は人間に対して超えられない試練を与えないと言う。君が未来から過去へと遡ってきた理由にも、何か訳があるのかも知れないな。

 それを探し、見つけ出した暁には親友へ想いを伝える為にも未来へ帰る方法も見つけなければなるまい。一つずつ見つけていくとしようじゃないか、凛花くん」

 

 

 

 

 そう言って今度こそ病室を後にした。浮かべた微笑みを誰にも見られないように背中を見せたまま。

 

 

 

 

 病室を出た二人は同じく目を覚ました天羽奏の病室へと移動を開始した。先ほどの翼の電話を受けれなかったのだが、櫻井了子から既に伝言は行っているようで、用事が終わり次第こっちに来てほしいと翼からのメッセージが来ている。

 同じ病院内で病室から病室へと移動するその傍ら、緒川は長月凛花の病室内での出来事を頭の中で整理して言った。

 

 

 

 「司令らしいところもあるかと思えば、らしくない部分もありましたね」

 

 

 「そうか?」

 

 

 

 

 確かに、普段から一切の物怖じをしない性格からすれば少しばかりと雖も必死になった弦十郎と言うのも珍しいと言えば珍しい。

 人助けの任に就く最高司令官が、他人なんかどうでもいいだとか人助けの責務から逃げ出せなどと、後から考えてみてば可笑しな話であったのだが、長月凛花が現れてから変わった様子になったのは何も櫻井了子に留まらないらしい。

 

 全ては凛花を思ったが為なのだが。

 

 

 「……まあ、それも含めて風鳴弦十郎というお人なんでしょうけれど」

 

 

 「……何が言いたいんだ?緒川……」

 

 

 緒川は緒川でただただ噛み締めるだけであり、そんな緒川の方を向いていた当の本人は困惑顔である。

 

 

 「まあいい。……彼女は、誰かを信じることが怖いと言ったな?」

 

 

 「はい、そうでしたね」

 

 

 「であるのに、俺たちには自分のことを曝け出した。これがどういう意味か分かるか……?」

 

 

 「……はい」

 

 

 「絶対に、凛花くんを守ってやらねばなるまい……いいな?」

 

 

 「了解です、司令」

 

 

 

 

 長月凛花を取り巻く障壁はまだまだ数多く、二課司令としても風鳴弦十郎としても、凛花の内面的な問題に留まらないそれらの課題を消化していかねば長月凛花の幸せへの扉を開くことなど出来ない。

 歩を進めるに連れて、いつしか二人の顔は使命を持った戦士の覚悟のようなものを持ち合わせるようになっていた。

 

 鷹の目のような鋭い眼光を宿す弦十郎の真剣な面持ちは誰よりも前を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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